昨年と同様に季節感を忘れた太陽がじりじりと教室を照らす午後、俺は下敷きを団扇代わりにしながらざわめく教室を見回してため息をついた。


その溜め息には三つほど理由があり、一つは先ほども言ったように暦上は秋も半ばに差し掛かったはずなのに、全く持って太陽が休んでくれないからだ。
おかげで俺は運動をしてもいないのに始終汗を流しつづけ無くてはならなく、二酸化炭素が立ち込めた教室にいるお陰で眩暈を起こしそうになる。
おい、ミンミン蝉。そろそろお前らも彼女探しは諦めろよ。あんまりしつこいと嫌われるんだぜ?

 

もう一つというのは今まさにクラスで話し合われている最中である。
黒板にはデカデカと『文化祭について』と書いてあり、横にはお化け屋敷だの迷路だの、といくつか書いてあるのだが、俺としてはそんなの面倒くさいことこの上ないので昨年のように適当に済ませてしまいたい。

しかし、如何せん今年の委員長はバリバリの朝倉タイプらしい。
ちなみにこのロングヘアの委員長がサバイバルナイフ片手に俺に襲い掛ってきたことはまだ無いがな。

 


そして最大の溜め息の原因は今俺の丁度真後ろで肘をついて外を眺めていた。
また随分と大人しいものだから俺の溜め息は更に大きくなる。

分かるだろ?涼宮ハルヒが大人しい時なんて大抵ろくな事は起きないのさ。


……今年は何だろうか。昨年のクソ映画の続編だろうか。ゴメンだな。

やっぱり朝比奈さんはロングメイドが一番良く似合う。それにいくら朝比奈さんが徐々にコスプレ慣れをしているとはいえ、あの犯罪擦れ擦れの衣装を今年も朝比奈さんに着せるというのは朝比奈さんの名誉上も宜しくない。俺の精神衛生上にも非常に宜しくない。
それとも去年の文化祭に感化されてバンドかもしれんな。
ふとそんな考えが掠めた瞬間、何故か一瞬とてつもなく恥ずかしい様な衣装を着てギターを弾いている自分の姿が脳裏に浮かんだ。
いかん。それだけは阻止しなくてはならない。
 
ここは仕方ない。朝比奈さんには申し訳無いが映画の続編を製作する方向で……とハルヒの方を向いた時、

 

「今年の映画製作は無理ね」

とハルヒが言った。


俺はというと文字通りポカンとした顔をしていて頭が真っ白になった。
その後段々と脳みそに酸素が回りはじめもう一つの最悪のパターンが俺の目の前に写し出される。

 

『SOS団鮮烈デビュー!』と書かれたポスター。おい何だこれは。
三人娘は前方で笑いあっていて、俺は何故か古泉とハイタッチ……くそ、古泉の奴全身レフ板の様な白スーツなんか着てやがる。

 

「何ぶつぶつ言ってんのよ」

とハルヒの声で我に帰る。

スマン。それだけは絶対に勘弁だ。

 

「今年はみくるちゃんが受験じゃない?クラスの方もあるだろうし、それに」

とここまで言って俺の方をチラリと見た。
ああ、そうだったな。俺はこの件で思いっきり喧嘩をしたことがある。
弾みとは言えハルヒを殴ろうとしてしまったんだっけか。俺にとってもあんまり思い出したくない記憶である。
まあもちろんハルヒも悪いんだがな。というかおおよそハルヒが悪いのだが。

 

それは置いといてだな。なんだこいつも結構いいところがあるじゃないか。朝比奈さんの進路の心配をするなんてさ。
俺のこいつに対する印象も随分変わったもんだ。それこそ長門と同じ位に。
いつの間にかこのハチャメチャ団長様にも友を大切にする思いを実感させられる。無意識のうちにね。


 

「ホント残念だけど……せっかく新衣装も用意したんだけどね。進学ヤバいって泣きながら言われちゃしょうがないわ。あたしはもう一年留年するのも有りだと思うけど」

……本当は受験というのは嘘で衣装が着たくないだけでは無いだろうか。どうなんです?朝比奈さん。

 

「それに」
とハルヒは黒板を指さす。

 

「結構楽しそうじゃない」

 

そこには『メイドカフェ』という文字が踊っていた。


――――――――――――


「勝負よ!」

 

いつもと変わらず朝比奈さんのお茶を味わいつつ、長門の読書姿を尻目に古泉とボードゲームに興じていると、突然ハルヒが叫んだ。

 

結局、今年の文化祭でのSOS団の活動は朝比奈さんの衣装展示に止まり(というか止まらせた)、当日俺達はそれぞれクラスの方に専念ということになった。(やはり朝比奈さんは衣装を着るのが嫌だったらしい)
長門は去年の腕を認められ、また占いをするらしい。
占いというよりも予言だと思うがね。あれは。
古泉はまたあの良く分からん演劇で、朝比奈さんもこれまた焼きそば喫茶店らしい。
みんな去年と同じで違うのは俺達くらいなもんだ。

古泉の棒読みなんてどうでもいいが、朝比奈さんの麗しい新衣装は果たして見られるだろうか。今年は俺達も忙しそうだしな。


 

で、ハルヒ。いきなりなんだ。

 

「有希、みくるちゃんに古泉くん!皆には絶対負けないんだから!」

勝手に意気込むな。

 

しーんという空気が俺の目の前を通り過ぎていくのが分かる。
古泉、気色悪いからニヤニヤとこっちを見つめるな。

 

「で、何の話だ」

「あー!もう分かってないわね!だ、か、ら、今年はクラスごとにSOS団で対決よ!」

 

もちろんビリは罰ゲーム!とも付け加えた。
うん。どうやらクラス対抗の人気投票で、ということらしい。

1年半も一緒に過ごしているとこれだけの情報量でこれだけの推測は出来るようになるのだな。さすが団員一号である。
それにしても、なるほど。それであんなにも簡単に映画を諦めたわけだ。
大体ハルヒがメイドカフェ位で大人しくなるとは思えん。まさかとは思うが副賞の学食10万円分が目当てじゃないだろうな。

 

「何言ってんのよ。10万円なんてクラスで分けたらすぐ無くなっちゃうじゃない。
 あたしはね。団長として皆をテストするのよ!もちろんあたしも手なんか抜かないんだからね!」

と言ってギラギラとした目で椅子の上から俺達を見下ろした。
古泉はニヤニヤ顔を崩さずに俺の方を見つめ、朝比奈さんは可愛らしく「頑張ります!」と可愛らしくガッツポーズを作っている。
長門は無表情に見えるが、その瞳がほんの少しキラキラとしていたのは俺の気のせいでは無いはずだ。

 

まあハルヒにとっても勝つことが目的では無いだろう。
こいつは只SOS団の仲間達と本気で争ってみたいらしい。それは断じて血生臭い意味では無くて、さ。
これはゲームだ。
それにこいつはもうテレビゲームで失敗しても簡単にリセットするような奴では無いのさ。

 


やれやれ。
そう俺は本日何回目になるかも分からない溜め息をついた。
手強い相手じゃないか。
長門の占いは去年の文化祭でお墨付きだし、古泉は女性票がダントツだ。
朝比奈さんは言うまでもないね。10人が12人花まるをつけても文句無しだ。

 

でも、やってやろうじゃないか。
不利上等。そうハルヒを見るとニヤリと怪しく口の端を歪めた。

 

――――――――――――

 

とまあ、そんなこんなで文化祭一週間前となって、校内にはまた意味不明な連中がうじゃうじゃ湧いてきた。
俺達SOS団はというと、ハルヒに活動休止命令を出されてクラスの貢献に精を出している。
あのハルヒですら黙々と作業しているんだ。谷口なんか怯え切ってしまっている。
新鮮だけどな。あの意気込みを見た後ではそこまで不思議ではない。

 

「キョン君」

 

呼ばれて振り返る。
そこには少しまごつきながら何かを差し出している阪中がいた。
……これか。

 

「そうなのね。キョン君にも着て貰わなきゃ困るの」

と言って無理矢理手に持っていた物を押し付ける。

おおよそ予想は付くが一応聞いておこう。

 

「これは、その、例の」

「衣装なのね」

 

阪中は照れたように微笑む。
胸元にフリルの付いたブラウスにベスト、膝丈くらいのスカートが何とも言えん。
ほう、可愛いじゃないか。

 

「メイドって感じはしないけどね。カチューシャも無いし。ほら、早くキョン君も着替えた方がいいかも。谷口君はもう着替えてるよ」

 

・・・・・・早くないか。あいつ。似合ってるか似合ってないかと聞かれたら微妙だ。
うん。パチンコ屋のバイトにしか見えん。
只、本人は大満足のようで鏡の前で髪の毛をいじっている。
痛いからやめてくれ。

 

―――――――――――

 

「ほおぉぉぉ」

 

なんか・・・・・・その上から下まで舐める様に見るのはやめてくれ。阪中。国木田も。
トイレから着替え終わって出てきた時に古泉に同じ様な目で見られてもう精神的にズタボロなんだ。
いや、こんな衣装似合うのは俺の知り合いにはあのニヤケ野郎位しかいないかもしれない。
なんつーか、恥ずかしいぞ。これ。

 

渡された衣装はベストと蝶ネクタイ、黒のスラックスに普通ならあり得ない長い腰巻エプロン。
そして何故か
「・・・・・・眼鏡?」
うん。確かに眼鏡だ。何故眼鏡なのだろうか。よく分からんがとりあえず掛けてみる。
念のため鏡を覗き込んで見て思わず失笑してしまった。
いや、分かってたさ。だが少し位期待しても良いじゃないか。谷口なんか鏡を見てなお、まだ浮かれてるぞ。
・・・・・・すまん。谷口。俺も人の事は全く言えんな。ええい忌々しい。
大体何故眼鏡なんだ。俺には眼鏡属性は無いぞ。

 

「さすがB+・・・・・・」

阪中が呟く。
同意したように国木田が頷いた。
なんなんだ。B+って。

 

「キョンは気付いて無いあたりが可哀想だよね。まあそこがいいのかも知れないけど」

やめろ。そのニヤニヤ顔。なんか非常に殴りたくなってくるぞ。殴らんが。

 

 

その時、後ろの方でおおっと言う歓声が聞こえた。
振り向くと・・・・・・ハルヒだ。いや、なんとなく予想はしてたんだがな。
大人しく衣装を着たらしいハルヒは以前より少し伸びた髪を持ち上げてポニーテールもどきを作ろうとしていた。
が、俺と目が合い何故かその手を下ろして顔を背ける。なんだそりゃ。

 

「涼宮さん!やっぱりお似合いなのねー」

と阪中がハルヒの方に駆けて行く。


否定はしない。むしろ賞賛の声を送ってやりたいくらいだ。
正直、ここまで似合うとは思ってなかったな。
ハルヒは黙ってりゃ指折りの美人だからな。不思議ではないが。
なんだかハルヒが制服以外と言うとバニー位しか思い浮かばんからな。
露出が無い衣装も似合うじゃないか。とても恥ずかしくて言う気なんかしないがな。

 


文化祭まであと一週間。
果たして俺とハルヒは勝手にハルヒが吹っ掛けた勝負で勝利を収めることが出来るのだろうか。

 

 

――――――――――――

 

 

「また、来て下さいねー!」

 

先程”来店“して来た高陽園学院の女子二人の背中に向かって投げキッスをする谷口を尻目に俺は水を運ぶ。
おい谷口、その辺にしておけ。二人とも完全に引いてるぞ。

 

一年に一度の文化祭はなかなかの賑わいで、普段は拝めないであろう黒い詰め襟やチェックのスカートが廊下を通りすぎていく。
俺達の「メイド+ギャルソン喫茶」もなかなかの客入りで、俺もいつもの様にボンヤリとはしていられない。

 

ふと窓から校庭を覗く。すると80W位の笑顔でチラシを配っているハルヒが見えた。
どうやらクラスでもそこそこ顔のいい奴とペアを組んで客引をやってるらしい。
なるほど。こんなありふれたクラス企画でも客入りがなかなか良いわけだ。
ハルヒは黙ってさえいりゃ朝比奈さんにも負けてない位の美人だからな。
俺だって今日初めて北高の文化祭に来て、あんなウェイトレスにチラシを配られちゃノコノコとやって来るに違いない。
うん。やはりよく似合っている。

 

「涼宮さんが気になるの?」
口元を少しニヤつかせた阪中が俺の顔を覗き込んできた。
まあ気にならないって言うと嘘になるな。
お前らから見てもハルヒも随分変わっただろう。

 

「そういう事を言いたいんじゃ無いんだけどなあ」
阪中の視線が俺からハルヒへと移る。

 

「本当はキョン君と組ませようと思ったんだけどね。涼宮さんが別にしてくれって」
正直に言おう。軽くショックだ。

 

「ふふ。だろうね。でも涼宮さんも何か考えがあるんだと思うのね」
何を考えてるんだか知らんがね。
俺はハルヒと組になっている男子が笑い合っている姿を見て窓から目をそらせた。

 
慣れない笑顔を作りながら一年と思われる女子三人組のテーブルに水を置いた。
なるほど。これは疲れる。
古泉を思わず尊敬しちまうね。あいつはこんな笑顔を毎日無料配布してんだからな。
普段は緩みまくりの口角に葛を入れて無理矢理上げる。
駄目だ。これはハルヒに振り回される以上にキツイ。精神的に。
その上、コンセプトがメイド喫茶だからかなんだか知らないが話しかけられればこちらも答えなければならない。
谷口の様に女の子を目の前にすれば口から言葉が自然と生まれるわけでも無く、だからと言って「部活は?」と聞かれれば誤魔化さざるを得ない。
まさか朝比奈さんの衣装展示をしている不可解極まり無い、名目上のみの文芸部だと知られるわけにはいかないからな。

 

去年の朝比奈さんの焼きそば屋の様にカメラ禁止ではないから写真撮影を頼まれることもある。
国木田なんかは割とノリノリでピースなんかしてやがるが、俺は勿論こういう類は苦手なもので案の定その笑顔は引きつっていた。
一つ聞いていいか。こんな冴えない奴と写真撮って面白いのか?

 


思わず時計を見上げる。
休憩まであと5分。


――――――――――――
 
谷口と国木田とは休憩時間が異なっている。
俺は11時から奴らは12時からの休憩だ。
俺は谷口のトークショーを眺めながら教室を出た。正直もう目も当てられん。
さて、どうしようかね。
古泉の演劇なんざどうでもいいが、長門の占いもとい当たりすぎる予言は気になる。
それに朝比奈さんからは去年と同じく焼きそば割引券を頂いているのだ。
いや、貰っていなくても是非とも朝比奈さんの麗しいお姿を拝見しなくては気が済まないのだが、

「この恰好じゃあな…」
いくら文化祭とはいえギャルソンの恰好をした男子が一人で回るのには結構勇気がいる。
そういえば去年古泉は演劇の衣装のままうろついてたな。俺には到底真似できん。

 


「お呼びになりましたか?」

振り返るとあのニヤケスマイルが何かよく分からないオーラをしょって立っていた。
その姿はまるで世界史の教科書から抜け出てきたような、所謂貴族のような恰好をしている。
一体何なんだ。その衣装。

 

「ああ、今年はですね『オペラ座の怪人』をやることになりましてね。僕は裏方でも良かったのですが……曲がりにもヒロインの恋人役をやることになってしまいましてね」
とわざとらしく肩をすくめた。
オペラ座なら俺でも分かる。あのヒロインの幼なじみとかいういけ好かないハンサム野郎か。
俺は赤い球になって怪人の住む地下にヒロインを助けに行く古泉を想像した。

 

「まあ、それも先程終了致しましてね。時間も余裕が出来ましたので少しぶらついていたんです」

 

俺はその後の古泉の言葉に驚愕した。

 

「森さんと」

 

背の高い古泉の陰からヒョッコリと顔を出した森さんは俺を見るとニコリと微笑んだ。
初めて見る恰好だ。
普段はまとめている髪は下ろして少し緩くウェーブがかかっていてシンプルながらも高そうなワンピースを着ている。
やはり美人だ。自然と頬が緩むのが分かる。

 


「森さんがどうしても若い頃の思い出にひたりたいとうるさいので仕方なくう!?」
突如として古泉のニヤケスマイルが苦痛に歪んだ。
森さん、笑顔がとんでもない事になっていますよ。俺ちびっちゃいそうです。
泣きそうな顔でごめんなさいと小さく呟き続ける古泉を俺は初めて見た。何だか恐ろしい。

 

そんな森さんは顎で古泉を俺の隣に立たせると頭のてっぺんから爪先までを舐める様に見つめた。
その瞳はギラギラと輝き、真剣そのものって感じだ。
しかし朝比奈さん誘拐事件の時に見た時の物とはまた違う。もっと必死さがプラスされた感じだ。
正直怖い。

 

「流石B+……Aランクの古泉と並べばやっぱり劣るけどこの衣装もなかなか……
本人は気付いていないようだけど色気、色気がいいわ。この天然たらしな雰囲気がたまらないわね。
そして何と言っても眼鏡がいいわね。このセンスの持ち主と仲良くなりたい……」
眼鏡は最大にやっちゃったポイントだと思うのですが。

 

古泉が顔を寄せて「聞かなかった事にして下さい」と言ってきた。
うん。俺は何も見てない聞いてない。
古泉が顔を寄せた瞬間に目を見開いた森さんなんて全然。
仕方ない。紅茶研究部で本場のアフタヌーンティーを披露しているはずの荒川さんに連れて帰ってもらう事にしよう。
 
 

 

「お騒がせしました。森さん、少し変わった趣味をお持ちの様で」
森さんを引きずっていく荒川さんの後姿を見送りながら言う古泉の笑顔はどことなく疲労に満ちたような感じだった。

 

「さて」
古泉が無理矢理いつもの笑顔を取り繕って言う。今ならお前の気持ちが非常に良く分かるぜ。

 

「僕としては今から長門さんと朝比奈さんのクラスに行こうと思うのですが、一緒にいかがですか?」
いちいちキザったらしく言うこいつが衣装も相まって更にウザったく感じるのだが、わざわざ断る事もないだろう。
俺も丁度そう思っていたところだ。


こいつと一緒なら確実に浮く事も無いしな。

 

―――――――――――


予想通り朝比奈さんのクラスの前にはすでに行列が出来上がっていた。それも男ばっかりの。
まあ、朝比奈さんの麗しいお姿を見れるのだ。それも仕方ない。
今年はどんな衣装だろうか。いやー楽しみで仕方ないね。
勿論今年も写真撮影は禁止だろう。
いや、そんなことは俺がさせん。肩を抱こうものなら俺が蹴り飛ばしてやりますよ。
 
「あっれー?キョンくんと古泉くんっ?」
ハルヒにも負けない元気いっぱいな声が響く。
鶴屋さん、そんなに叫ばなくても聞こえてますよ。

 

「いっやーごめんごめん!キョンくんは今年も谷口くん…だっけ?なんかと来ると思ったからさっ。おねいさんめがっさ驚いちゃったよっ」
鶴屋さんが腰に手を当ててわっはっはっと笑う。
いつもながら良く笑う人だ。

 

「古泉くん、また随分とド派手なかっこしてるねー。んんっ、これはもしかしてオペラ座の怪人のラウルかな?」
「御名答。流石です、鶴谷さん」
古泉がわざとらしく驚いて微笑む。
このお方にはそんな演技効かないぜ?

 

「あははっごめん!本当はパンフレット先に読んでて知ってたんだよねっ。
それにしてもキョンくんっ、キョンくんもお似合いじゃないか!いいねえ、たまにはキョンくんのコスプレも。いっつもみくるばっかじゃ、不公平だよっ。」
 
いえいえ、いいんですよ。お世辞なんて。
似合って無いのは重々承知です。
それよりも鶴屋さんの方がずっとお似合いですよ。
これは決してお世辞などでは無い。
この行列の中には鶴屋さんに惹かれて並んでいる奴もいるに違いない。
ざっと30分待ち位ですかね。

 

「んーまあそんなもんだねっ。みくるがいるから仕方無いっさ!ささ、御代は先に頂いちゃうよ。おまけしちゃって二人で400円!今年はジュースも付けちゃうよ」

 

いつもいつもお世話になります。鶴屋さん。

 

―――――――――――

 

「いらっしゃいませ~」
俺と古泉が男だらけの行列に混じること小半時。入り口の向こう側からあの麗しい舌ったらずなエンジェルボイスが聞こえた。
ああ、パラダイスは目の前だ。悪いな、谷口。お先するぜ。

 

店内は昨年よりも女性好みしそうなものになっていた。
たかが文化祭。されど文化祭。
窓にはレースのカーテンが架かっていて、なるほど。少し暗くなっている。


この高そうな花瓶は鶴屋家ご用達なのだろうか。
落ち着いたBGMが流れてにくい演出だ。
しかし、客は男ばっかだな。そりゃそうか。

 

「あ!キョンくん、古泉くん!来てくれたんですね」

 

今、俺の目の前には麗しい女神の様なお方が微笑んでいらっしゃるのだからな。
嗚呼至福のひと時である。
 
朝比奈さんは昨年のウェイトレスもさることながら、今年の衣装もばっちり着こなしていた。
本当に、このセンスはどこから出てくるのであろうか。もはや朝比奈さんのために作られたと言っていいほど似合っていらっしゃる。
この朝比奈さんの魅力を十二分に発揮させてくれるデザイナーに泣いてお礼を言いたいね。
ついでにハルヒはこのセンスの持ち主の爪の垢を煎じて飲めばいいと思う。

 

「いやだ、そんなに褒めないで下さい。キョンくんも古泉くんもとっても素敵です。あ、今年はジュース付きなんでジュースを注がせてもらってるんです。」
テーブルに置かれた二つのコップがみるみるうちにオレンジ色に染まる。
うーん。これがいっぱいになったら朝比奈さんは別の席を回るのか。実に惜しい。

 

「そういえば、涼宮さんすごい頑張ってますよね。さっき校庭で会って手加減無しだからねって言われちゃいました」
「まあ、あいつの負けず嫌いは今に始まった事じゃありませんからね」
「今年はキョンくんのクラスが一番のライバルなんですよ?」
朝比奈さんがいたずらっぽく笑う。

 

「だって涼宮さん、とても可愛いんですもの。同じ喫茶店としては負けられません!」

もちろん古泉君にも負けませんよと、残して朝比奈さんは別のテーブルへと去って行った。
嗚呼もう少しいて下さい。そして俺に潤いを与えて下さい。
そんな言葉を飲み込んで、身も心もボロボロになった男達を癒す戦場の天使のごとく忙しく働く朝比奈さんの背中を見送る。

 

オレンジジュースはコップの縁まで注がれていた。

 

――――――――――――

喫茶店と言っても決してゆっくり出来るわけではない。
俺達は運ばれてきた焼きそばを大して味わいもしないで掻き込むとそそくさと朝比奈さんのクラスを後にした。
朝比奈さんと楽しげに話しているのを見られたらしく何だか非常に居たたまれなくなったからな。
それに何かと名前が知れている上に恰好があまりに普通じゃない。特に古泉が。
あのニヤケ貴族が教室中のウェイトレスの視線を独り占めしていたのは言うまでもないだろう。
敢えて言うが、ああ忌々しい。

 

「次は長門のクラスか?」
時計を見ると、なるほど。長門のクラスを回って俺の休憩時間も終わる位だな。
長門の占いか……うーん、何を言われる事やら。当たるのが分かっているから恐ろしい。
長門が1分後に地球が破滅すると言ったら本当にその通りになるのだろう。ノストラダムスよりも信憑性があるね。

 

「一体何を言われるんでしょうね」
人が考えてる事を読むな、古泉。

 

「正直、僕は自分よりもあなたが何と言われるか、そちらの方が気になるんですけどね。」
「どーだか」


長門のクラスもなかなか盛況の様で朝比奈さんのクラス程では無いが列が出来ていた。
最もこっちは女子ばっかだが。
占い中の長門と目が合う。
衣装は去年と同じようだ。
ほんの少し懐かしくて目を細める。


その直後、それまで結構あった列が急に切れた。
あのー長門さん。変な事してないですよね?
これ、あなたがやったんじゃありませんよね?

 

「並んで」

無機質な声でそう言うとその黒い瞳が一つ瞬きをした。

 

――――――――――――

 

「で、何で俺が先なんだ?」

 

何故か長門に先に占うように促され、女子だらけの教室内で肩身の狭い思いをしながら目の前の魔女姿の長門を見つめる。
うーん。それにしても相変わらずのハマり具合である。
もっと可愛らしい衣装の方が似合うと思うのだが、まあいいか。本人は気に入っている様だしな。
古泉はというと長門と俺の話が聞こえそうで聞こえない様な絶妙な位置で腕を組んでニヤニヤしてやがる。

 

「古泉一樹には大切な話がある。長くなるから、あなたは占いが終わったら自分のクラスに戻るべき」
大切な話……というところが引っ掛かるがまあいい。
あんまりいじめてやるなよ?案外あいつは打たれ弱いからな。

 

コクリと小さく頷くと長門の白い指が真っ黒な布から現れ、机に置かれた玩具の水晶玉に添えられる。
と思った刹那、長門の薄い唇が小さく開かれ高速で何やら呪文らしきものを唱え出した。
背筋を何か冷たいものが走る。
正直、この手のヤツには大分助けられたが嫌な思い出が多いのも事実だったりする。
その……なんだったか?情報連結解除コードってやつだ。
 
「大丈夫。あなたの危惧しているものではない。これは只の早口言葉。初朗売りって知ってる?」
ああ、あの古典落語か。
というかそれは不必要に相手をびびらせるからやめとけ。

 

「これは演出。雰囲気を出すためには必要不可欠なもの。
わたしはこれを高速詠誦するために有機生命体の体感時間で0.012秒必要とした。
これはわたしの努力の証。……許可を」

 

分かった。分かったからそんなキラキラした眼をするんじゃない。
お父さん断れ無いでしょーが。
「ちなみに占い自体はあなたがわたしの目の前に座った瞬間に終っている」

 

ここは本当ならずっこけたいところなのだが、予想はついていたのでわざわざそんな面倒な事はしなかった。
こいつ相手にそんなボケをかましたってスルーされて寂しくなるだけだからな。
うん。泣いてない、泣いてないぞ。

 


「あなたに言うことは只一つ」

 

長門の白い指が俺の心臓あたりを指す。

 

「素直になること」

 

――――――――――――

 

占いを終え、一人長門のクラスを出て自分のクラスに向かう。
古泉の診断結果が気になるが、長門が言うんだ仕方ない。
そのうちオセロでもやりながらそれとなく聞いてみよう。

 

それにしても問題はさっきの長門の占いだ。
あれは占いというよりも忠告って感じだったな。
「素直になること」ねえ。
一体何だって言うんだ。
存外、俺は至極素直に生きてきたつもりだ。
ハルヒが無茶を言うような時は文句をしっかり言うし(最も、これは誰も文句を言わないからだが)、朝比奈さんのお茶の美味さは言葉巧みに表現してる。
長門には嘘をついたってすぐバレるのは明白だし、古泉の顔が近い時はちゃんと言及してやる。
今は、SOS団が何よりも大切な存在だって胸を張って言えるさ。

 

一体どうしたって言うのだろう。

 


時計を見ると自分の休憩時間を軽く回っていた。
これはマズイかもしれん。
今頃谷口がミイラになってるかもしれないな。いや、無いか。

 

なるべく存在を目立たせないようにコッソリと関係者以外立ち入り禁止と書かれたスペースに入る。
そこでは全く疲れた様子を見せない(むしろ生き生きしている)谷口と相変わらずの国木田が仲良くサンドイッチを頬張っていた。

国木田が少し驚いた顔で「何でこんなところにいるの?」と聞いてくる。
なんのこっちゃ。
俺がぽかんとしていると国木田を押しのけて谷口が凄い形相(頬袋にサンドイッチが入ったハムスターが睨みつけてると思ってくれ)でわめき散らし始めた。
谷口、口の中に物を入れたまま喋るな。なんか飛んでくるぞ。
 
「だぁかぁらぁ!お前何でこんなとこにいんだよ!」
「休憩時間のことか?ああ、それなら悪い。他のクラスが結構混んでてな」
と言っても待ったのは朝比奈さんのクラス位だが。

 

「そうじゃなくて、・・・・・・?阪中に会ってないのか?」
だからなんのこっちゃって。
確かにちっとは休憩時間過ぎちまったが、それでも阪中が俺を探しに行かなくては行けないレベルではない。
またハルヒか?あいつも今回はクラス企画を盛り上げるために健気に頑張ってたと思うんだがな。

 

その時、おそらく俺を探していたと思われる阪中が肩を落として帰ってきた。
ぼけーっと突っ立っている俺を見つけると小走りで近づいてくる。
その瞳には驚愕の色が浮かんでいる。
スマンな。入れ違いだったみたいだ。

「そんなこといいよ、それより早く保健室に行って!」

 


「涼宮さんが倒れたの」

 

――――――――――――


一瞬何を言われたのかよく分からずにポカンとしてしまう。
ハルヒが倒れた?
いやいや、まさかまさか。だってあの天下無敵のハルヒがだぞ。
朝比奈さんが倒れたって聞いたら納得もいくが、ハルヒは無いだろう。
長門が倒れたと聞いたらそれはそれで焦るが。

 

「何ボケッとしてんだよ!あの涼宮が熱中症で倒れたんだよ!」

谷口が唾を飛ばして叫ぶ。
やめろよ、お前さっきまでサンドイッチ食ってただろ。

 

とまあここまで言われて段々と脳全体に酸素が行き渡り情報が実感となって広がる。
ハルヒが倒れた。熱中症で。

 

なんだって?

 

「涼宮さんと休憩時間一緒だったから一緒に他のクラス回ろうって言ったのね。でも涼宮さんもうちょっと頑張れるからって……」
責任を感じてるのか阪中の表情がどんどん暗くなっていく。

 

何あいつは無茶してるんだ。
去年とは別の意味で完全に空回りしてやがる。
いくら暦上は秋とはいえ、今日なんかまだかき氷が美味しく食べられる。
そんな中休み無しでチラシ配ってたのか。
きっとまともに水分もとって無かった事だろう。あの馬鹿。

 

「今涼宮さん、保健室で休んでるから。だから」

 

阪中、谷口や国木田をはじめその場にいた全員の視線が集まる。
やれやれ。なぜ俺が。
という言葉を飲み込み頷く。
何て言ったって俺はSOS団きっての平団員1号だからな。そういう役回りなのさ。
それに、正直俺も気が気でない。
ハルヒに気をとられて仕事に集中出来ないんじゃ意味無いもんな。うん。

 


「仕事の方は任せてよ。谷口くんが頑張ってくれるのね」
と阪中は目を丸くしている谷口に笑いかけた。

 

――――――――――――

 

それにしてもどうしたものか。
新しく冷やし直したタオルをハルヒの額に置いてベッド脇の小さな椅子に腰を降ろした。

 

熱中症で倒れたらしいハルヒは保健室のベッドで静かな寝息を立てている。
あまりに静かに寝てるものだから何となくこのまま起きないかもしれないという変な不安が込み上げる。
……俺があの世界に行っていた時のハルヒはこんな気持ちだったのだろうか。

 

「すまん。ハルヒ」
「何がすまん、なのよ」
「うわっ」

 

閉じていた目が急に開いて俺を睨む。
しかしその瞳にはいつもの溢れんばかりのエネルギーは見られない。

 

「……いつから起きてたんだよ」
「あんたが新しいタオル置いてくれた時から。……ありがとう」
 
自分自身の耳を疑ったね。
なんて言ったってあのハルヒの口から感謝の意が聞けるとは夢にも思わなかったからな。
まず「変なとこ触ったんじゃないでしょうね?」と在らぬ疑いを掛けられると思ったぞ。
人間、弱ってる時っつーのは素直になるものなのかね。

 

「ばか。あたしが素直じゃいけないわけ?大体あたしは常日頃から素直に生きているつもりよ。自分にも、皆にも」
そう言うと弱々しく上半身を起こした。
窮屈だからだろう。ベストは脱いでおり、ブラウスも第二ボタンまで外されていた。
チラリと覗く胸の谷間なんて見ていない。決して見ていないからな。

 

「エロキョン」
ハルヒが俺の視線に気付いてボタンを閉める。
だから見てないって。

 

「大体何であんたここにいるのよ。確かあんたの担当の時間じゃないの?何サボッてんのよ」
「お前が倒れたって聞いて見舞いに来たんだよ。来なきゃ来ないで文句言うくせに」
「ふん」
そんな弱々しい目で睨むなよ。
俺は古泉みたいに気の効いた言葉なんて持ち合わせて無いってのに。

 


沈黙。
しかし居心地は悪く無い。
それは俺とハルヒが過ごしてきた時間を証明するものであり、朝比奈さんや長門、古泉達と走り回ってきた歴史を示すものでもあるからだろうか。
 
「あたしね、駄目なのよ」
ハルヒが溜め息をつく。
「一人って駄目なの。一人じゃ何も出来ない。」

 

「ずっとそう。中学校の時だって、本当は寂しかった。
皆とは違っていたい、とは思っていたけどどこかでそれは嫌だって思っていたの。
一番幸せではいたかった。でも、誰も分かってくれなかった。」
ハルヒは目を瞑っている。その孤独な思い出を瞼の裏で見ているのだろうか。

 

「でもね、そんな時変な奴が現れてね。お前みたいなことを考えてる奴を俺は知ってる。って言ってきたの。
初めてだったのよ。自分がしていることに理解してくれたのって。
……今思えば本当に分かってくれてたかどうかは微妙だけどね。
あんたも知ってるでしょ?七夕の、校庭落書き事件」

 

ああ。知っているどころの話じゃないな。
なんてったって共犯者だからな。
とは、ハルヒに言えないのが何だかむかむかする。

 

「あれ、あたし一人でやったんじゃないの。中一の女子が一人であんなの書けるわけないでしょ?常識的に考えて。
あたしは、あいつの言葉だけを信じて中学時代を過ごしたわ。きっと憧れていたのよ」

 

今日のハルヒは変なネジが一本飛んで行ってしまったのでは無いだろうか。
話を聞いているこっちが恥ずかしくなってしまう。
そしてそれと同時に俺は軽く後悔をしていた。こいつを縛り付けていたのは俺だったのか。

 

「あいつのことは一生忘れないと思う。
けどね。高校に入ってあんたに会えた。みくるちゃんにも有希にも古泉くんにも、皆に会えた。
今は昔よりずっと楽しいの」
 
ハルヒの瞼が開かれる。その瞳は先ほどよりはいくらか輝きを増したように見える。

 

「だから、もう大丈夫だと思った。あたし、一人で立ち上がれると思ったのよ」
「だから俺と組まなかったのか。今日」
「知ってたのね。そうよ。あたし何だかんだであんたに頼っちゃうから。
悔しいけどね。SOS団だってあんたがいなきゃ存在しなかったわ」

 

「……でも、駄目ね。今日だって無茶しすぎたわ。あたし自分の身体がこんなにヤワだとは思わなかったもの。」

 

そう自嘲気味にふふっと笑う。
しかし何て不器用な奴なんだ。完全に空回っているじゃないか。
なあハルヒ、何でお前は

 

「一人で頑張ろうとするんだ?」
ハルヒの大きな瞳がびっくりしたように俺を見つめる。

 

「そりゃあ、お前だっていつかは一人で立ち上がれるようになんなきゃいけない。でもな、少しずつでいいんだぞ。そんなに急ぐな。
それとも、俺達がそんなに信頼できないか?」
「そんなわけないでしょっ!ばか!」

 

またばか、と言われてしまった。本日二回目だ。

 

「けど、時々無性に不安になるのよ。SOS団を世界一だと思ってるのはあたしだけじゃないかって。
皆があたしだけに隠し事をしている様な気がして。
寂しいのよ」

 

俺は黙って聞いている事しか出来ない。
ハルヒを蚊帳の外にして飛び回っていたという事実が胸に突き刺さる。
でもなハルヒ、
 
「俺や長門や朝比奈さん、古泉だってお前が好きだ。ハルヒ。
お前は愛されているんだよ。それだけは信じてくれ」

 

自分の口から出たと思いたく無い位に顔から火が出るような台詞だぜ。全く。
ハルヒは俺の目をじっと見つめると、わっと布団に顔を押し付けた。
なあ、泣くなよ。

 

「泣いてないわよ!あんたが変な事を言うから……!」

泣いていないという割にはその華奢な身体は震え、しきりにしゃくり上げている。
俺は何と言葉を返して言いかも分からず只うろたえていた。
そっと(恐る恐ると言った方が正しい)ハルヒの頭を撫でてやると一瞬ビクリとしたが抵抗はしない様だったのでそのまま抱き締めてやる。
すると意外なことに子供の様に泣きじゃくるハルヒがすがり付いてきたので少しだけ腕に力を入れる。
こんな風に泣き付いて来るのは、初めてだな。
笑顔、不機嫌、不安そうな顔。
様々な表情を見てきたが目を真っ赤に腫らしたハルヒを見るのは初めてだ。

 

離したく無いと思ってしまったのは不謹慎だっただろうか。

 

 

「……もう少し寝るわ。急に疲れちゃった。」
十分ほど経った頃ハルヒはその赤くなった目を隠すようにそっぽを向いて言った。
そうした方がいいと思うぜ。思いきり泣くのって結構体力使うだろ?
それにしても俺も疲れた。
今なら昔見た番組で42.195キロ走りきった芸人の気持ちがよく分かるぜ……。
 
遠のいていく意識の中で長門が何かを呟いた気がした。
ああ、そうだ。言い忘れちまったな。
その恰好結構似合ってたぞ、ハルヒ。
それでポニーテールだったら満点だ。

 


「ふん。あんたも案外良かったわよ。
敢えてランク付けするならA-ってところね。けど、そうね。あたしは眼鏡が無い方がいいわ」

 

――――――――――――

 

その後のことを少し話そう。


「あっおじゃ、お邪魔……」

 

そのままハルヒのベッドに寄りかかって寝てしまったらしい俺は、朝比奈さんの可愛らしい悲鳴で目覚めた。
後夜祭にも現れない俺とハルヒを心配した朝比奈さんが長門と古泉を連れて保健室にやって来たらしい。
そのハルヒはというと顔を茹で蛸の様に真っ赤にして引き吊らせている。

 

「起きろ!バカキョン!」
未だ覚醒しきっていない俺はそんなハルヒの怒鳴り声は強力過ぎるほどだった。
 
古泉は相変わらずのニヤケ顔で俺に近付くと急に真面目な顔になり
「僕達は、友達ですよね」
とか何とか聞いてきやがる。
何の話だ。そりゃ。
友達かどうかと聞かれたら、まあそうじゃないか?
「それだけ聞けたら十分です」
そう言うと長門の隣へと戻っていった。
「僕はガチホモじゃない」とか何とか聞こえたのは、気のせいだな。ああ気のせいだ。

 

「そういえば、クラス対抗の結果はどうなったんですか?」
「あ、あのう……」
朝比奈さんが何か言いにくい事のように口ごもってしまう。
その時長門がハルヒの耳元で何かを囁いた様だ。
それを聞いたハルヒが一瞬驚いたような顔をして、突然長門を抱き締めて頭をぐりぐり撫で回した。

 

「うっそ!有希!よくやったわー!さっすがSOS団の誇る無口キャラね!」
一体何があったか分からないが、うん。喜ばしい事ではあったようだ。長門もどこか嬉しそうにしている。

 

「長門さんのクラスが校内人気投票で一位になったんですよ」
なるほど。長門の占いは当たるからな。
古泉、そうやって顔を近づけるから勘違いされるんじゃないのか。
「これは失礼。でもそれは勘違いですのであしからず。僕は是非ともあなたと全うな友情を築きたいんですよ」
お前にそう言われるとそれはそれで気持ち悪い。
 


「で、結局勝負の行方はどうなったの!?」

 

凍った。
確かに空気が凍った。
ハルヒが朝比奈さん、長門、古泉の順にぐるっと頭を回して見回す。
朝比奈さんは咄嗟に顔を背け、長門はそのまま、古泉の笑顔はどことなく硬い。

 

「え……っとですね……」
朝比奈さんがおずおずと切り出す。
「涼宮さんのクラスも凄いんですよ!なんて言ったって全校で四位なんですから!」
「本当に僅差だったんです。僕のクラスと」
「そう……ですから……」

 

ハルヒの顔がゆっくりとこちらを向く。
いやー、あの笑顔で怒った顔なんて俺には見えないね。全く。
「キョン!あんたがサボったからよ!あたしまで罰ゲームじゃない!」

 

ああ、罰ゲームだな。いくらハルヒと一緒と言えど、結局俺が苦労する羽目になるんだろう。
今から一体どんなものか考えただけで嫌になっちまうぜ。

 


俺は今日一番の笑顔を見ながら溜め息を吐いた。やれやれ。

 

fin

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最終更新:2020年03月13日 01:23