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 綺麗な場所を見つけたから、今日は気持ちがいい。
 場所は言わない。秘密だから。

都会の雨は気まぐれで、なにか洗い流すように降ったり、なにかを閉ざすように降ったり、などなど。
、、昼に。小雨なんかを通して見る街は異国のようで、まさに今そうなのだが、スキップしたくなるようなあれだ。
傘の柄が冷たいままで、たまに襟足なんかに当たって、いやだ。
その上。どこに引っかかるのか。髪の毛が一本抜け、また抜け。この傘は不良品ですか?この骨には粘着剤でも着いているのか?
折り畳み傘は小さいから仕方が無い。畳んで丸めて叩いて縛って手に持ってみたら、何も隠すことはないらしかった空が、きらきらと輝いていた。
春だから、雨が当たっても風邪はひかないのだ。

ビルと雲の間に太陽が燃えている。





















 そう。気持ちがいい日は散歩したくなるものだ。
 さっきは諸事情で市役所に行ってきた帰りだったのだが、今度は純粋な散歩だ。また雨が降り出す心配はなさそうだったので、傘を玄関に広げて乾かしてから、ドアを開けて空気をいっぱい吸って、そしてドアを閉めた。
Then、私の中で何かが震えた。
 夏の空気というのを一番よく知っているのは子どもだろう。子どもしか知らないのかもしれない。そう考えると自分はまだ子どもなのかもしれない。たまに思い出すので。
 そう。例えば今、ドアを閉める直前に、家の中から小さな風がやってきた。開けてあった窓に迷い込んでしまったのか、さっき、かわいい風が逃げていった。
 、、こういうのは多分、自分が育った環境に由来するもので、そうとうな詩人や画家のかたなら表現できるものなのだろうが、私には難しすぎる。
 たまに何か、とっても大切なものの、たったひとかけらを、思い出すことがある。それだけしかわからない。
 夏の空気もそのひとつである。
 思い出したら掴まえて、離さないようにしたいのだが、それは逃げて、周りの景色はまた味気のないものになってしまう。
 ラムネのおいしさと、夕暮れの紅さと、家の裏に生えている雑草の青さと、扇風機の徒労さが、一緒になったような、いつも昔は一緒にあった、夏の空気だ。
 散歩をしている。足につられて身体がついていくわけだが、頭はまだ過去に酔っている。

 さてさて、一息ついて、散歩の行き先を決めようと、街路樹に沿って伸びている道を止まって、ちょっとしたマンション?の玄関へ行って日を避ける。
 夏なのだから、セミでも鳴いていればいいが、都会に住む場所は人が埋め尽くして、いない。
わたしの散歩コースは三つに絞られていた。ひどく抽象的な行き先だが、それしかないように思われた。
 セミを探しに行こうか。
 それとも今日見つけた綺麗な場所へ行ってみようか、、。
 行ったことのない場所へ行ってみようか、、。

 私は財布の中身を確認した。五千六百円。バスに乗って山のある場所まで、十分なお金だ。
 よし、たしか6キロ程離れたところに、県境の連山ほどではないが、あるていど大きな山村地帯がある。
 行ってみよう。
 バス停まで、小高い丘を歩く。
 五千六百円あれば、バスに乗れるに決まっている。400円使うかどうかだ。
 そしてその山村地帯のどこかで何かを食べながらたそがれて、セミを聞いて、帰ろう。
 6キロという距離感に多少の不安を感じつつ、私はバスを待つ。
 この丘からは、私の学校が見えた。

 私はバスの右側の、後ろのほうに座った。
 6キロ以上はあるということで、もう25分ぐらい走っている。まあいいか。
 勘違いしたな、、。
 今。1時38分。日差しはまだまだ強い。
 今日は8月24日。学校が始まってから初めての土曜日でございます。
 ああ、そう。綺麗な場所というのは、市役所の前にある公園の奥のことだ。
 夏限定なのかもしれないが、木々の生い茂る場所。
 下の土には木漏れ日が落ち葉のように揺らめいている。
 もう行くことは無いだろう。なぜなら、、。
 、、バスから見える景色がだんだん青くなってくる。空はまだまだ青い。葉はまだまだ緑い。空の色と、夏の色だ。
 山の中の小さな町。せらせらと流れる川の上の橋。私はそのバス停で降りた。
 まだセミの音は聞こえない。川に逆らって森の方へと歩く。

 私は転校する。


 少しでも止まると、涙が溢れてしまいそうだから、早足なのかもしれない。

「はあ、、。」















 1

 思い返せば私。涼宮ハルヒは、破天荒なことをしてきた。
 その報いだろうか、愛するあの街とあの高校からお別れするのだ。
 高校での初めての春。始まりの季節。思い返せば懐かしい。ただ、あまり記憶に残っていないのは、周りに起こったことが多すぎたからだろうか。
 春夏秋冬と、そして二度目の春と、申し訳程度の夏。
 私はSOS団とともに成長してきた。
 ずっと一緒に活動してきたわけだ。たぶん、。
「別れを告げる日が来たのだ。」
 転校という響きは軽いものなのだが、自分にとってなんだかとても悲しい。空虚感と、寂しさと。

別れの言葉を選んで、最近は眠るのが遅い。
 今日だけは、その寂しさから逃れようと、知らない場所にやってきたのかもしれない。
 それでも寂しさはついてきて離れない。
 川沿いの道はいつの間にか登山道になって、濡れた土と、緑と、小さく流れる川が、生命力の尊さをきらめかせているように見えないでもない。
 看板がある。
 このまま1キロほど登ると、小さな神社があるらしい。私はそこへ行ってみることにした。



「あのね。」
「私、転校するの。」
 口に出して言ってみる。
 頭の中の景色は、あの部室だ。
 キョンはどんな顔をするだろうか。
 私の好きな、あの可愛い顔を思って少し笑った。
 今日は土曜日で、役所に手続きする日だ。
 そして明日は引越しの準備をする日で、月曜日は最後の普通の日。
 そして火曜日は、私がいなくなる日だ。
 だから、明後日しかない。
 思い残したことは、もう、無い。
 いや、一つある。でも、、、、。いや、ある、、。
 あるに違いないという本心と、わからないとはぐらかす恥ずかしさが、転校の決まった日からずっとこの心にあった。
 それはつまり、恋の告白である。
「好き」と声に出して言う。だれもいないはずなのになんだかだんだん顔が赤くなって、森の冷えた空気がそれを咎める。
 登山道では人に会わなかったが、小さな神社の前には少し人がいる。小さな売店もあって、ところてんを食べた。
 その売店で、小さな子どもがお母さんに木刀をねだっていた。
 セミが鳴いていることに気づいた。
 ミーンミーン。
 ミーンミーン。
 2時31分。やかましく晴れた日は、少し落ちて、この場所の影をどんどん長くして、そのまま沈もうとしている。
 私は来た道を帰る。







 2 レター


 ねえ、キョン?
 今、私は24日の夜、手紙を書いています。
 いつ書き終えるかはわからないけど。
 まだ全然眠くないから、朝になるかもね。
 今は、蒸し暑いです。
 この暑さともさようならだね。汗が出ています。
 私、昔、夏に旅行したの。そこは涼しくて、快適かなあと思ったんだけど、全然眠れなかった。
 今、窓を開けて外を見ています。
 虫が鳴いています。街灯が音を出しています。
 私は、この街が好き。
 切ないってこんなことなのかな。
 子どもの頃は意味がわからなかったけど、今、わかったよ。

 ベランダの塀越しに吹いてくる風が、少し涼しい。
 あの風だ。
 ちゃぶ台の上に便箋と麦茶を置いて、書かずにはいられなくなった。全てが前置きで、書きたいのは二文字。
 もうこれは10枚目ぐらいになる。紙くずと化した私の心は、畳の上で汗を掻いているようだ。

 キョン。あのね。
 本当は口で言いたいんだけど、私はきっと言えません。
 私は、あんたがいるこの街が好き。

 これは10枚目ぐらいになる。紙くずと化した私の心は、畳の上で汗を掻いているようだ。
 好き、という言葉が浮き出て見えるようで、私はまたそれを握り締めて丸めた。
 畳の上にあるのは、ちゃぶ台と、紙くずと、ダンボールと、私だけ。
 切なくて、コップを持って、ベランダに出てみる。
 切なくて、切なくて、明日が嫌で、嫌で。
 コップについでおいた麦茶が、表面を結露させて、それが垂れていく。
 ぽた。ぽた。ぽた。
 タンクトップの中に、下から風が吹いてくる。
 そして、逃げてく。

 私は泣いている。
 明日も泣く。
 きっと明後日も泣く。

 今日は沢山汗を掻いた。髪がべたべたする。
 お風呂に入ろう。
 風呂上がりに、この街をもっと感じておこう。


、 、、、、、、、、、。





 3 終

 今日も学校に行く。いつもどおりの授業を聞いて、後ろを振り返れば、いつもどおりの仏頂面がある。夏休みが終わっても、代わり映えのしない教室だ。

 夏には、SOS団の活動が活発になるから、大変だ。やれやれ。何を考えているのだろうか。どんな恐ろしい企画が俺を待っているのだろうか。楽しみでもある。

 いろんなことをしてきたが、一番俺が覚えているのは、こいつがどんな顔をして過ごしてきたか、なのかもしれない。可愛い顔になるときや、怒った顔になるとき、まるで季節のように綺麗に変わる。
 春夏秋冬。一緒に過ごしてきた時間。
 今日はいつもの通り仏頂面。まあどうでもいいか。
 今日も放課後がやってきた。
 まったく、、今日はまた仏頂面か、、なにかいやなことがあるのか?
 俺に相談するなんてこともあるのかな、未来には。
 無いだろうな。
 夏がまた始まるんだな。廊下がちょっと暑いや、、。


 部活の最後にハルヒは言った。
 きっと、最後の部活を寂しくさせたくなかったのだろう。
 解散とともに、さようならを。
 泣いていた。涙を出さなかった奴も、心の中で泣いていた。
 、、、そして俺は今、涼宮ハルヒと一緒に帰っている。
 いつもだったら折れる筈の道をまっすぐ進んでついてくる。
ゆっくりゆっくりついてくる。
 口を開こうとして、閉じる。

 大きく息を吸って、なんとか、いつもの調子の声が出る。
「解散か、、。」
 返事は、ない。後ろに泣き顔のハルヒがいる。
「悲しいな。」
 一人で喋っていたら、喉のおくが熱くなってきた。
「寂しい、、な。」
 返事はない。俺の目に、涙が流れて、夕日が少し濁る。

 俺もゆっくりゆっくり歩く。
 ゆっくり。ゆっくり。

 ハルヒが追いついて、今は真横を歩いている。
 なぜか、いつのまにか手が絡まっている。
 さらっとした手だ。

 ゆっくり歩く。

 今、足が揃っている。
 右、左、右、左。

 ハルヒの口が開く。
 俺は聞こえなくて、かといって足を止めるのは恥ずかしくて、歩いていってしまう。

 ゆっくり歩く。

 ハルヒが止まる。

 ゆっくり止まる。

 俺が振り向く。ハルヒの口が開く。
 俺はもう思いっきり泣いていた。幸い鼻水が出なくて、そんなにみっともない顔はしていない筈だ。
 ハルヒの方はティッシュを沢山使っている。

「、、、。」

「聞こえないぞ。」

「、、、!」

「聞こえない。」

「、、、。」

「聞こえない。」

「今のは、、言ってないわ。」

 夕暮れが街に赤を運ぶ。

「好き。」

「え?」

「好きだ。」

「・、、なんであんたが言うのよ、、。」

 ゆっくり歩く。

 俺の家が見える。涙は止まった。俺は手を離さない。家まで連れて行く。
 玄関から俺の部屋へ。

 ゆっくり歩く。暑い廊下を。

 ドアを閉めて、抱きしめた。

 抱いた体は強く抱いたら折れてしまいそうで、怖い。
 ベッドに引き倒されて、驚いた。
 抱いたら、壊れそうだった。
「遠距離恋愛って知ってる?」
 物理的な遠距離と、この絡み合うようにお互いを求める近さ。大して遠くはないと後で聞いたが、俺はどこでも、週末は一緒にいようと思った。



 ぽけっとから、手紙が落ちた。
 風鈴の模様の手紙。綺麗に折りたたまれている。



終わり。

 失礼しました。ありがとう。
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