『梅雨空に舞う雪』

 

 

 

○ 第2章:水を得た……

 

「へ、有希の従妹?」

ハルヒが目を白黒させているなんて珍しいものを見せてもらった。

長門が学校を休んでいることを放課後の部室で聞いたハルヒは、団長席で両手を頭の後ろに組みながら、朝比奈さんの方に向かって言葉を続けた。

「どこの国だって?」

「えっと、確かジンバブエだと……」

「どこ、そこ?」

「さぁ、私もよくわかりません」

「ふーん、まあどこでもいいけど。それより有希に従妹がいたことの方が驚きよね、キョン」

いや、なぜこっちに話を振るのだ。

「そ、そうだな」

俺だって驚いてるんだ、雨水の中から、水もしたたる美少女が生まれたんだから……。

「会いたいわね、その娘(こ)に……。そうね、明日は土曜日だし、久々に不思議探索に出かけましょうか」

予想通りの展開だ。昨日の作戦会議でも、きっとハルヒは不思議探索とかなんとか口実を作って、この週末にこゆきを引っ張り出すはずだ、と古泉たちと確認し合っていたのだ。

「じゃあ、10時にいつものように北口駅前に集合ね。みくるちゃん、有希にも連絡しといて、で、いとこちゃんも連れてくるようにって」

「はい、わかりました」

「キョン、遅れちゃだめよ、罰金だから」

「はいよ」

ハルヒより先に俺が来てたところで、長門の従妹のため、と称して俺の奢りになるんだろ、どうせ。ま、いいさ、明日はこゆきのためなら飲み物ぐらいは喜んで奢ってやるさ。

 

翌日。どんよりと曇ってはいるが、雨だけはなんとか降らないようだ。

結局、集合場所に最後に到着した俺が、いつものように奢ることになった駅前の喫茶店で、こゆきと、SOS団のメンバはそれぞれ自己紹介していた。もっともハルヒ以外はすでに紹介済みであったのだが、そこはハルヒには公然の秘密だ。

長門の趣味なんだろうか、こゆきはうちの妹とは比較にならないぐらいの大人びた落ち着いた衣装を纏っていた。今度うちの妹の服選びに長門に来てもらおうか。

「へー、こゆきちゃんっていうのか、かわいい名前ね」

「はい、よろしくお願いします、涼宮さん」

こゆきはにっこり微笑んで小さくお辞儀した。ハルヒは同じように微笑を返しながら、

「うんうん、こちらこそよろしくね」

と言うと、アイスティーをストローでくるくるとかき混ぜながら、今度は長門に話しかけた。

「それにしても、有希にこんなかわいい従妹ちゃんがいるなんて」

「わたしも知らなかった」

「へ?」

「ご両親がジンバブエに行った後、音信不通だったから」

「そ、そうなの」

「そう」

いつものように長門の返事は簡単明瞭だ。

何を納得したのかは知らないが、「なるほどね」と小さくうなずいたハルヒは、あらためてミックスジュースを飲んでいるこゆきを眺めていた。

「ふーん、目元は有希にそっくりね」

そういってハルヒは長門とこゆきの姿を交互に見比べている。

「口元は…………、ちょっと違うみたい」

一瞬、おやっ? という表情をしたハルヒは、アイスティーを一口すすりながら俺の方にチラッと視線を送ってきた。流石に気づいたかな、口元は俺似ということに。

ここで、こゆきは俺と長門の間の子供だ、なんていったところで、「なに言ってんの、アホキョン!」と、一蹴されるだけだろうけどね。

 

その後、爪楊枝を使った探索の班分けくじ引きでは、ハルヒ・長門・こゆき・俺、と古泉・朝比奈さん組に分かれた。

宇宙人製有機アンドロイドと液体宇宙人という十分不思議な存在と一緒に、いったいそれ以上のどんな不思議を見つけようというのか、小一時間ほど問い詰めたい気持ちをぐっと我慢して、俺はハルヒにしたがって、梅雨空の街中を歩き回ることとなった。

 

「こゆきちゃんは何か欲しいものはない?」

ん、いやな予感……。

「いえ、特には」

「遠慮しないでいいのよ、そこのキョンが買ってくれるから」

「おいおい、何でそうなる?」

「いいじゃない、買ってあげなさいよ」

「お前が買ってあげればいいじゃないか」

「男の人に買ってもらった方がいいわよね、こゆきちゃん」

「はい」

そんな風に微笑まれると、買わざるを得ないではないか。

「でも、ほんとにいいんです。昨日有希さんにいっぱい買ってもらったから」

「そうなの? でも欲しいものがあったら遠慮なく言いなさいね」

「はい」

「そういえば、有希のこと『有希さん』って言うの何か変ね」

「わたしは構わない」

それまで黙って会話を聞いていた長門の答えを受けて、

「いとこ同士なんだから『有希ちゃん』でいいじゃない? 有希もいいでしょ」

「いい」

「はい、涼宮さん、有希ちゃん」

「うん、素直ないい子ね」

そういってハルヒはこゆきの頭をなでなでしている。

「よかったら俺のことは……」

「あんたはキョンでいいの」

「それはさすがに……」

と躊躇してくれるこゆきはいい娘だなぁ、まったく。

「じゃ、『キョン君』でいいじゃない? 実の妹にも『キョン君』って呼ばれているんだから」

「わかりました。いいですか? キョン君」

「いいよ、好きにしてくれ」

俺の妹になりかわって『おにぃちゃん』と呼んでくれるなら、何でもお望みのものを買ってやるのに、残念だが仕方ない。

「なにぶつぶつ言ってるのよ、行くわよ」

 

その後、楽しげに話しながら歩いて行くハルヒとこゆきの後姿を見ながら、俺は長門と並んで歩いていた。そういえば今日の長門は制服じゃないな。半そでのミニのワンピの下にジーンズという格好は新鮮だった。

「さっき、こゆきがいっぱい買ってもらった、とか言ってたがそんなに買ったのか」

「それ程でもない。当面必要な衣服だけ」

「ひょっとして、その服も買ったのか?」

「そう」

「最近は、よく買い物とか行くのか」

「わりと」

「ふーん、似合ってるぞ、それ」

長門は俺の方に振り向いて、軽く首を傾けて、

「ありがとう」

とだけ言って、また前を向いて歩き続けている。でも、ちょっとだけ横顔がうれしそうな感じがしたのは、決して俺の気のせいではあるまい。

 

結局、こゆき以上の不思議が見つかるわけもなく、その日も夕方になった。もうすぐ期末試験だというのに何やってんだろうね、まったく。

解散前に駅前広場に集まったところで、ハルヒは、

「こゆきちゃん、いつまでここにいるの?」

と、微妙な質問を投げかけてきた。

「えっと、しばらくは……」

あいまいにはぐらかすこゆき。

「じゃあ、来週はSOS団の部室にきなさいよ。有希が学校行ったら一人ぼっちでしょ」

「え、いいんですか?」

「おいおい、部外者は学校に入れないだろ」

という俺の突込みに対して、

「制服着てくればわかんないわよ、有希、制服いっぱい持ってるでしょ?」

「ある。しかしサイズが合わない」

「じゃあ、あたしがサイズ詰めてあげる。一着ぐらいならいい?」

「問題ない」

「決まりね。これから有希んち行って一着持って帰るから、今晩中にサイズ直ししてあげる。ということで、今日は解散!」

そう宣言すると、ハルヒは長門とこゆきの手を引っ張って行ってしまった。

 

残された俺たちは、ことの成り行きを見守るしかなかった。

「さすがにここまでは想定外でしたね」

そうだな、古泉。

「来週はどうなるんでしょうか」

それは俺にもわかりません、朝比奈さん。

「すべては神のみぞ知る、ですね。それでは僕も帰ります。お疲れ様でした」

「じゃあ、キョン君、お疲れ様」

そう言って手を振りながら朝比奈さんも帰っていった。

「来週も平穏無事で過ごせますように」

俺は梅雨空を見上げて、かなわぬ願いと知りながら、心の底から神に祈るしかなかった。

 

週明け月曜日、蒸し暑い教室にたどり着くとハルヒの姿はなかった。たぶん、部室だな、こゆきのところに行っているに違いない、と考えながら下敷きで首筋を扇いで涼をとっていると、国木田がやってきた。

「ねぇ、キョン、さっき廊下で長門さんと、長門さんそっくりの小柄な女の子が一緒に歩いているのを見かけたんだけど、誰だか知ってる?」

なんと、長門、そんなに堂々と廊下を歩いていたのか? 俺は、知らぬ存ぜぬで通すことも考えたが、どうせバレるのは時間の問題だし、国木田なら害もなかろう。

「長門の従妹だそうだ」

「へぇー、転校してきたのかい?」

「うん、まぁそう言うわけではないんだが……」

「でも制服を着てたけど。そうか、また涼宮さんがらみだね、わかった、これ以上は触れないでおくよ、じゃ」

そういって国木田は自分の席の方に戻っていった。賢明な判断だな。俺もそうやってハルヒと距離を置けたらどんなによかっただろう、などと、窓の外の梅雨空を眺めていると、

「あいかわらずの間抜けヅラね、ちょっとはしっかりしなさい」

といって、ハルヒが戻ってきた。

「よう、部室だったのか?」

「そうよ、こゆきちゃんの制服姿を見てきたわ。サイズもぴったりだし、可愛かったわよ」

そりゃそうさ、こゆきは俺と長門のいいとこ取りした美形キャラだしな。

「ん、なんか言った?」

「なんでもねぇよ」

 

来週から期末試験だからといって、どの教師もここが重要、とか言ってくれているようだが、周回遅れの俺にはそれでも手に負えないので、大人しく眠って過ごすことにした。どうせ、放課後にはハルヒの試験直前対策臨時講習会があるし、その方が教師の話よりずーっと俺にはわかりやすくて役に立つ。

そんなこんなでもう昼飯の時間だ。いつものように一緒に飯を食っていると谷口までが、

「おい、キョン、なんかちっちゃい長門が廊下を歩いていたぞ、ありゃなんだ?」

なんてこと言ってるし。ちょっと長門とこゆきに注意しておいた方がよさそうだ。

「長門さんの従妹らしいよ」

と国木田。

「なに、ほんとか? キョン」

「あぁ、そうだ」

「何年だ、1年か?」

「違う、歳は1112らしい」

「う、お付き合いをお願いするには、ちょっと若すぎる」

「こらこらこらこら、あの娘にはちょっかいだすな、谷口」

「安心しろ、小学生には手は出さん、ってちょっと待て、なぜそんな子が制服着てこの学校にいるんだ?」

「涼宮さんがらみだってさ」

と再び国木田が、卵焼きを頬張りながら補足した。

「そうか、なら、ますます手は出さん。安心しろキョン」

「当たり前だ」

万が一でも、俺の娘、ではなくて長門の従妹のこゆきに手を出そうもんなら、ハルヒと俺と、なにより長門の制裁が待っているんだからな、と心の中で警告を発しながら、俺は残りの弁当をかき込むと、谷口と国木田を残して部室へと急いだ。

 

部室では長門が本を読んでいる横にこゆきがちょこんと座っていた。ハルヒが言っていたように、制服姿だがよく似合っている。それにしてもよく制服なんてもののサイズ直しができるもんだ、ハルヒ。

俺に気づいたこゆきは、椅子から立ち上がると小さくお辞儀して挨拶してくれた。

「あ、キョン君、こんにちは」

「よ、よう、元気?」

「はい!」

こゆきの元気な返答を聞きながら、いつもの定位置のパイプ椅子に腰掛けて、長門に話しかけた。

「なぁ長門、朝からこゆきと一緒にあちこちうろうろしてたのか?」

「校内の必要な場所を案内していた」

「あんまり目立つなよ、といってももう遅いかもしれないが」

「……了解」

「ごめんな、先生とかにバレるとやっかいだから」

「はい、わかります。なるべくここにいるようにします」

そういうとこゆきはすまなそうにうつむいた。

「いいよ、気にするな、いざとなったら長門がなんとかしてくれるさ」

「遮蔽シールドの用意はしている」

「ほら、な」

「はい」

俺はいったん立ち上がると、急須でお茶の用意を始めた。朝比奈印のお茶ほどのことはないが、ないよりはましだろう。お盆に載せた長門と俺と客用の湯のみにお茶を注いで、

「お茶、飲むか、味の保証はしないが」

といって、長門とこゆきの前に湯飲みを置いた。

「ありがとうございます」

 

長門とこゆきが俺の淹れたお茶を飲んでいるのを眺めながら、やっと、食後の一息をつくことができた。

コクコクっと湯飲みを空けた長門は、またいつもの読書体勢に戻っている。その隣で、こゆきは、両手を膝の上においてちょっと上目遣いに俺のことを見上げている。

「似合ってるな、制服」

歳より幼く見える俺の妹とは正反対で、こゆきは実際の歳より34つ上に見えるタイプなので、小柄な高校1年生といっても納得できるような雰囲気を醸し出している。

こゆきは制服のリボンの結び目あたりを指でくるくるともてあそびながら、

「土曜日に、一晩かけてサイズを直してくれて、日曜日にわざわざ届けてくれたんです。涼宮さんってすごくいい人ですよね」

「うーん、まぁな」

ハルヒがいい人、ということには素直に同意することはできないが、ハルヒの一見強引な行動が結果として誰かに感謝されることもある。文化祭の時もそうだった。徐々にいい方向に変わってきたということか。

しばらくまったりと過ごしているうちに午後の授業の予鈴がなったので、「また放課後に」といって俺は部室を後にした。

 

その日の授業も終わり、さっさと教室の掃除を済ませて少し遅れて部室に着くと、ちょうど朝比奈さんの着替えが終わったところらしく、「どうぞ」との声とともに、古泉がドアを開けようとしているところだった。

「やぁ、どうも」

と、いつものスマイルを振りまく古泉に、軽く手を上げて挨拶しながら、俺も古泉に続いて部室に足を踏み入れた。

 

部室の中では、着替えの最後の仕上げに朝比奈さんが頭のカチューシャを直しているところだった。そんな朝比奈さんの姿を眺めながら、長門の隣に座っているこゆきが感嘆の声を上げた。

「へー、かわいいですね朝比奈さん」

「え、えぇ、ありがとう」

「どう、いいでしょ。みくるちゃんはね、我がSOS団が誇る無敵の萌えキャラなのよ」

団長席で胡坐姿のハルヒの言葉に、頬を赤らめている無敵の素敵な朝比奈さんだった。

「どう、こゆきちゃんもメイド服着てみる?」

なに!?

「え、いいんですか」

「ねぇ、みくるちゃん、去年の文化祭の時にみくるちゃんのクラスのウェイトレスが着てたメイド服あまってない?」

「あれですか、うーん、余ってはいないと思うんですけど。でも、結構評判だったし、みんな捨てずにしまっているって聞いているので、貸してもらえるかも」

「うん、じゃあちょっと貸してもらってきてよ。で、サイズ直ししていいかも聞いておいて」

「はい、わかりました」

3着ね」

3着もですか?」

「こゆきちゃんの分と、有希の分とあたしの分も。みくるちゃんは自分のがあるでしょ?」

「ちょっと待て、長門も着るのか?」

思わず口を挟んでしまった俺に対して、ハルヒは、

「そうよ、有希とこゆきちゃんってよく似てるし、姉妹メイドなんて最高じゃない? いいわよね、有希?」

「問題ない」

いや、俺が問題だ。それどころか北高全体の問題だ。朝比奈さんだけでなく長門にこゆきに、ハルヒまでもがあの伝説の『焼きそば喫茶・どんぐり』の極上メイド服を着るのか!? この4人が並んでにっこり笑いながら『いらっしゃいませ』なんてお出迎えしてくれるなんて、この世の楽園ではないか。 いや長門は笑わないか。

「ほらほら、キョン、また妄想してるでしょ」

「ん、いや、あのな……」

「ふん、まぁいいわ。ついでだからあんたもなんか着なさいよ」

「俺はメイド服なぞ着れん」

「違うわよ。誰があんたのメイド姿なんか見たいのよ」

ふん、ひょっとするとどこぞの電気街にいるアルバイトの偽メイドより、似合うかもしれんぞ。ま、悔しいが俺より美形の古泉の方が絵にはなりそうだが。

「そうね、やっぱ、メイドとくれば執事よね」

「ちょ、ちょっと待て、ハルヒ」

「ねぇ、古泉くん、夏の合宿の時の執事さんに言って貸してもらえそうな執事服がないか聞いてみてよ」

「新川さんですね。わかりました」

わかるな、古泉!

「当然、2着よ」

「はは、了解です、涼宮さん」

にやけている場合か、古泉。お前も着るんだぞ。

「僕は構わないですよ。メイド姿になるよりいいですから」

ちぇっ、メイドであろうが執事であろうが、見た目ではお前には敵わないさ。

団長席から立ち上がったハルヒは、こゆきの肩に両手を乗せて、

「楽しみねー、ね、こゆきちゃん」

「はい!」

元気いっぱいに返事するこゆきは、とても嬉しそうだった。

 

その後、SOS団メイドモデル撮影会でもして金を取る、とか言い出したハルヒを何とかなだめすかして、その日は部室を後にした。

長い坂道を下りながら、俺は長門に尋ねた。

「なんだか、妙なことになってきたが、いいのか?」

「別にいい。涼宮ハルヒもこゆきも楽しんでいるし、問題はない」

長門の視線の先には、こゆきを真ん中にして、楽しげにふざけあっているハルヒと朝比奈さんが歩いている。

「それに……」

といって長門は振り向いて、俺の目をじっと見つめながら、

「あなたもわたしたちのメイド服姿を楽しみにしている。違う?」

はい、違わないです、長門さん……。

言葉を失った俺は、黙って坂道を下って行くしかなかった。今週もどたばたが続きそうな放課後だった。

 

翌日には早くも3着の『焼きそば喫茶・どんぐり』のメイド服が集まった。なんでも朝比奈さんが鶴屋さんにメイド服のことで電話すると、

『ん、あのメイド服かい? 3着ぐらいなら新品あまってるよ、あん時、調子に乗ってめがっさ作りすぎちゃってさ。え、ハルにゃんと長門っちも着るのかい? うん、楽しそうじゃないか、みんなで着る時はあたしも混ぜとくれ。ブツは明日持って行くよっ』

と、朝比奈さんに返答の余地を与えない、怒涛のトークが返ってきたそうだ。ということで、SOS団コスプレ大会には名誉顧問の鶴屋さんも参加してくれることになった。超豪華キャストのそろい踏みではないか。ハルヒが言ってたように見学者から金でも取れば、ひと財産築けるかもしれない。

ハルヒは、こゆきの体のサイズをちょこちょこっと測って、

「ちょっと手間かかりそうだけど、金曜日にはサイズ直しできるわ、こゆきちゃん、楽しみにね」

とか言いながら、なにやら図面を書いている。こゆきは、そんなハルヒの姿を目を輝かせながら見つめていた。

 

その日から数日間の放課後は、ハルヒは、こゆきの分に加えて、長門と自分の分のメイド服のサイズ直しを少しした後、長門とともに俺に試験対策講習会を開いてくれていた。やっぱり教師の話よりずっとわかり易い。助かる。

朝比奈さんは、今日は鶴屋さんと一緒に勉強するからといって先に帰ったし、古泉も新川さんから届いた俺と古泉の分の執事服を部室に置くと、「僕も今日は帰ります、すみません」と言い残して帰って行った。そんなわけで、木曜日の部室には、ハルヒと長門とこゆきと俺だけが残された。

難関の数学の講義だったが、思ったより理解が進んでいた。俺も驚きだった。

「うん、結構できるようになってきたじゃない?」

「おうよ、ハルヒと長門の教え方がいいんだよ」

「当たり前よ、ね、有希」

「当然」

そんな俺たち三人の様子を眺めながら、時折、屈託なく笑うこゆきの表情は、梅雨空の試験前という重い空気を吹き飛ばすのに十分な明るさだった。そんなこゆきに影響されているのか、ハルヒも、それに長門までもがなんだか活き活きとしているように感じられた。水を得た何とか、というのはまさにこういう状況をいうのだろうか。

 

「じゃあね、キョン、ちゃんと有希とこゆきちゃんを送り届けるのよ」

「わかったよ」

「じゃ、また明日ー」

そういってハルヒは駆け足で去っていった。

ハルヒの姿が角を曲がって消えてしまうまで見送ってから、こゆきは長門の右腕に巻きついて歩き始めた。俺はそんな二人の後姿を見ながら少し後ろを歩いていた。

「ハルヒさんって優しくて、素敵な人ですね」

「魅力的であることは確か」

そういって長門は少し俺の方に振り返った。

そうだな、色んな意味で魅力的なのは間違いないな。

こゆきは、巻きついた長門の方を見上げながら、

「ハルヒさんとはライバル同士ですね」

と言うと、今度はこゆきがチラッと後ろを振り向いた。

ん、長門とハルヒがライバル同士? どういうことだろう。

長門もこゆきの方に視線を向けた。

「だって二人とも……」

そう言ったところで、長門に巻きついていたこゆきの腕が水飴状にぷにゅっととろけると同時に、こゆきは崩れるように地面に倒れこんだ。

「こゆき!」

驚いて駆け寄ってみると、一瞬とろけた左腕は元に戻っていたが、こゆきは倒れたまま動かなかった。長門はこゆきを抱き上げて背中におんぶすると、早足で歩き出した。俺もその後を小走りで追いかけた。

 

 

第3章:水入らずの……

 

 

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最終更新:2008年05月16日 22:12