ハルヒ率いる俺らSOS団と、キャプテンさん率いる上ヶ原パイレーツは今まで白熱した激戦を繰り広げてきた。というのは800%ほど美化した言い方で、草野球と桜の花集め競争――ああ、口にするのもこっ恥ずかしい――というやる気になれば何度でもできるような勝負を2回しただけだが、結果はどちらもSOS団の勝利ということで幕を閉じた。
 この結果に、自称「ビリとかドン引きとか周回遅れとか予選落ちなんていう言葉が一番嫌い」という我らの団長・涼宮ハルヒという女は非常に満足しているようだが、上ヶ原パイレーツの総長である1人の男は、そうではないらしい。
 そう、あの男は再び勝負を持ちかけてきた。SOS団VS上ヶ原パイレーツの、最終決戦を。
 
 
 決戦前日。いつものように部室に集まっていた俺らは団長の登場を待っていた。なぜなら、またアレが出されたのだ。そう、ハルヒの集会号令である。
「今回はなんだと思います?」
 詰め将棋に飽きて手持ち無沙汰にしていた古泉が話題を提供してきた。朝比奈印のお茶を堪能していた俺は湯飲みを長机にそっと置き、
「さあな。俺が知るわけない」
「僕はあなたに答えを求めているわけではありません。あなたの予想を欲しているのですよ」
 いちいち小難しい言い方をするな。
「どうせ、またくだらないことだろうさ」
「なぜそう言い切れるのですか? あなたは、涼宮さんの心の内を完全に把握していると見受けてもよろしいですか?」
 うぜーなこいつ。
「はは、そんな顔をしないでください。いいじゃないですか、くだらないことでも。くだらなくても、きっと楽しいことに違いありません」
 逆に訊いてやろう。なぜ言い切れる。
「今のは僕の願望を口にしただけです。きっと涼宮さんなら楽しい出来事を提供してくれる……そう信じていますからね」
 だめだ、こいつと話しているとどうも腹が48度くらい立ってくる。直角の半分よりちょい上という意味だ。
「でも、本当に楽しいことだといいですね」
 朝比奈さんが顔をくいっと傾け、天使の笑顔で言った。
「そうですね」
 俺も笑顔を返して差し上げる。この方の仕草を見ていると、古泉からもらったイライラを全て解消できる。……もしかしてこれは健康剤に商品化することはできないだろうか?
 朝比奈さんの可愛い仕草集を動画に収め、全世界のストレスが溜まった男どもに見せてストレスを解消させる。これは売れる。誰か、健康用品会社に掛け合って来てはくれないだろうか。
 はっ、だめだ、朝比奈さんのメイド姿はSOS団メンバーだけが見れる代物であって、世の男どもに見せた暁には朝比奈さん宛てにファンレターが殺到して、ハルヒがそれを良いことにグラビア写真配布なんてこともしでかすやもしれん。
 そんなことを彼女にはさせたくないから、この話は無かったことにしようと俺が決心すると、部室の扉が不躾に開いた。
「みんな、集まってるわね! 集まってなかったら逆立ちして牛乳飲みながら校舎10周の刑にするところだったわ」
 それは危なかった。逆立ちしながら牛乳を飲むなんて重力に逆らった行動、人間に蠕動運動という機能がなかったらできないぜ。ああ、素晴らしき人間の神秘。
「なにわけの解かんないこと言ってるのよ。それより、これ見て!」
 ハルヒの右手が厚みのある紙を持っていた。そこには、確かに『果たし状』と書いてある。
「誰からの喧嘩の種を買ったんだ」
「解かんないの? 上ヶ原パイレーツよ」
 いや、そりゃ解からねえよ。
「上ヶ原パイレーツもベタな手を使ってくるわね~、今時『果たし状』なんて書かないわよ、普通」
 お前にも今時の常識があったなんて驚きだ。
「キョン黙れ。それでね、中身を読むと……」
 ハルヒは、小学生の作文の発表のように朗読を始める。
「『こんにちは、涼宮ハルヒさん。上ヶ原パイレーツキャプテンだ。今までの僕らがしてきた激戦の数々、僕は忘れもしなかった。そして、これからも忘れはしないだろう。話は急になるが、明日――なぜか『みょうにち』とふりがなが振ってあった――の5月5日、再び僕らと野球で勝負していただきたい。これで決着をつけよう。最終決戦だ』」
 その後にハルヒは集合時間と場所を言って紙を長机に放った。
「と、言うことよ」
「ま、また野球するんですかぁ……?」
「そーよっ! 我らSOS団は、この決闘、受けてたちます!」
 またキャプテンさんも突然なこった。せめて1週間くらい決戦までの猶予を与えてくれてもいいのに。
「野球ってことは少なくとも9人必要だろ? 頭数は揃ってるのか?」
「ここの5人と鶴屋さん、妹ちゃんに……あら? 前は誰が居たんだっけ」
 谷口に国木田、お前らハルヒに存在ごと忘れられてるぞ。
「国木田くんですよぅっ」
「あっ、そうそう、セットで谷口ね」
 谷口に国木田、お前らハルヒに等号で認識されてるぞ。
「キョン、あんたはその2人と妹ちゃんをよろしくね。鶴屋さんにはあたしが声かけとくから」
 また俺の妹を試合に出すのか? あいつは火がつかない蚊取り線香以上に使えないと思うぜ。
「もしかしたらすごい潜在能力の持ち主かもしれないじゃない! もしそうなら、それを開花させてあげるのはあたしよ」
「そうかい」
「なによ、やる気なさそうね。これはSOS団の名誉をかけた勝負なんだから、気合入れていくわよっ!」
「ええ、勝ちましょう」
「が、頑張りましょうっ」
「やるからには、勝つ」
 この宇宙人と未来人と超能力者たち、ハルヒに性格が似てきたか? やれやれ、俺は俺のままでいたいものだ。
 これは補足で、明日はゴールデンウィークということもあり休日なのであり、太陽が燦々と輝く野球日和と天気予報で聞いた記憶がある。
「それじゃ、明日午後1時に市営グラウンドに集合ねっ! 遅れたら……」
 ハルヒは俺だけに指を刺して、
「罰金だからっ!」
 
 
 その日の夜、俺はまず谷口に電話をかけた。なんたってハルヒからの命令である。命令を無視してハルヒに「試合でホームランを打て」なんてことを言われたら堪らない。
「谷口、明日は暇だよな」
『「暇か?」と訊けよ、なんだ「暇だよな」って』
「だって暇だろう?」
『いいや、暇じゃねえな。お前に関わると涼宮がくっついてくる。俺は絶対に暇じゃねえ』
「そうか残念だなー、明日は光陽園学院のお嬢様たち3人と遊ぶ約束だったんだが……俺と国木田、あと1人必要なのにな……まあお前が無理ならいいや、古泉らへんにあたってみるよ」
『待て待て待てっ、そういうことは早く言おうぜキョン! 俺は明日ドが付くほどフリーだ! 月でコサックダンスを踊れるほどフリーダムだぜ!』
 意味が解からん。
「じゃあ暇なんだな?」
『おうよ!』
「んじゃ明日の午後1時、市営グラウンドに来い。野球するからジャージで来いよ。じゃあな」
『なっ!? お、おい!』
 ブツリ。
 俺はそのまま何も言わずに電話を切った。すまん谷口、このツケは来世で払う。
「さてと、次は国木田だな……」
 俺は慣れた手つきでダイヤルを入力する。
「国木田、明日は暇か?」
『うん、暇だよー』
「それじゃあ明日の午後1時、市営グラウンドに来てくれ。野球するからジャージでな」
『楽しそうだね。解かったよー』
 ブツリ。
 なんか1年の頃の草野球大会に誘った時もこんな感じだった気がする。単純な奴らだ。
 
 
 明くる決戦当日。妹と共に家を出て、妹のチャリスピードに合わせてチャリを漕ぎ、妹の話し相手になってやりながら市営グラウンドまで向かうと、俺らが着いた頃は1時のちょうど1分前であった。
「1分前とは、命拾いしたわね、キョン」
「あっははっ、妹ちゃん、お久しブリの塩焼きだねっ!」
 そこにはSOS団メンバーと、陽気で元気な鶴屋さんと、暗い面をさげた谷口とにこにこ顔の国木田の姿があった。ああそれと。
「よく来てくれた、SOS団の諸君」
 上ヶ原パイレーツのみなさんも当然居た。俺はハルヒとキャプテンさんの握手する姿をしっかりと見届ける。
「さあ、今こそ決着をつけよう!」
「望むところよっ!」
 今――SOS団と上ヶ原パイレーツの、真剣勝負――になるのかね――が始まろうとしていた。
 
 
 ここでルール説明。基本的に野球のルールとは変わらず、こちら側の送球スキルを考慮して盗塁はなし。9回やっても時間がかかるから、3回までやって終わりにしようということになった。
 しかし今までの勝負を決定付ける最後の戦いが野球とは、上ヶ原パイレーツもフェアじゃねーな。いや、前回の草野球で全然フェアじゃなかったのは俺らのほうか。
 先攻はSOS団。打順や守備位置なども前回と一緒である。「決めるの面倒だから、前のと一緒でいいじゃない」というハルヒ流の考えてで決まった結果だ。
 整列して挨拶の後、1番バッターハルヒがバッターボックスに入った。上ヶ原パイレーツから借りたバットとヘルメットをかぶって。
「さー来なさいっ!」
 ハルヒが構えると、ピッチャーがワインドアップモーションに入り、その手から速球のボールが放たれた。
 次の瞬間にはボールがキャッチャーミットに収まる音が聞こえて、さすがのハルヒもバットを振れなかったようである。あいつでもこんなことがあるのか。
「いえ、涼宮さんは振れなかったのではなく振らなかったのですよ」
 古泉がスカした顔で言った。俺は、審判の「ボール」という判定を聞いてそれにやっと納得する。
 相手ピッチャーもハルヒを警戒していたのか、それともただコントロールがズレただけなのかは知らないが、ボール球と見極めるハルヒの奴もとんだ野郎だぜ。
 続いて第二球目が放たれ、それを気持ち良いくらいにバットにジャストミートさせたハルヒは女とは思えないほどのスピードでグラウンドの土を蹴って走り出した。ボールは左中間を越え、レフトとセンターが追って内野に送球する頃には、ハルヒは既にサードの塁を踏んでいた。
「みくるちゃーん! 打ちなさいよーっ!」
 朝比奈さんが打席に立つのを見たハルヒがトキの声で叫んだ。あんなのが打てるのはお前くらいだ。
 やはりと言うべきか、朝比奈さんがベンチに帰ってくるまで1分とかからなかったであろう。安心した表情でバットを握りながら戻った朝比奈さんは長門にヘルメットとバットを手渡す。
 ちなみに長門には「序盤はへんてこ宇宙パワーは使うな」と言ってある。従って、長門も1分程度でベンチに帰ってきた。さて、次は俺か。
「もう、なにやってんのよ! キョン、バントでもいいから当てなさい!」
 ハルヒの言葉を聞いて敵の守備陣が前進した。バカ野郎、スクイズという僅かな得点の可能性――ツーアウトなので可能性は天文学的数値と言っても過言ではないが――さえも消しやがって。
 そしてあえなく三振。こりゃ参った、バントでも当てれない。
「このバカキョンー!」
 ハルヒの罵声を聞きながら、俺は既に守備位置へ移動していた。なあに、いちいちハルヒの言うことを聞いていたら身が持たないのさ。
 
 
 攻守交代。ハルヒは意気込んだ表情でマウンドに立ち、投球練習もせずに1番バッターを立たせた。
 ハルヒの腕の良さは健在で、むしろ前より球が速くなっているんじゃないかと思えるくらいだった。それは敵のバッターも予想外だったようで空振り三振。
 続く二番バッターも剛球ストレートでねじ伏せる。古泉も、ど真ん中にしか飛んでこないから捕手が楽そうだぜ。
 3番バッターがバッターボックスに入る。こいつは前にホームランを打っているから、ハルヒも当然はらわたが煮えくり返っているに違いなく、その感情はハルヒの投球に表れた。すぐにツーストライク……を取ったのだが、3球目でボールがバットに当たっちまった。
 コキンという金属音がグラウンドに響き、ゆるやかな放物線を描くボールはちょうどセンターの長門の元へ飛んでいき、そのまま長門のグローブに収まってスリーアウト。
 信じられん。1回終わってもまだ0-0とは。
 
 
 しかしてこちらが得点を得ることができるはずもなく、妹、古泉、国木田が三連続三振で攻守交代。
 俺がグローブをつけて守備位置につこうとするところで、古泉が俺に聞こえるように呟いた。
「……いけませんね」
 訊いて欲しそうにしてたから訊いてやる。
「なにがだ?」
「あなたも解かるでしょう。負けたらどうなるか」
 そりゃあな。それくらいの学習能力も俺には備わっているつもりだ。
「しかしだ、お前はまだ0-0だというのに負けると思っているのか?」
 古泉はぽかんとした顔で俺を見た。
「……そういえばそうでした。僕は後ろ向きな考え方しかしていませんでしたね……どうもすいません」
「まあ、もし負けそうになったらまた長門にでも頼めばいい。気楽に行こうぜ、気楽に」
 
 
 今日の星座占いで1位だったせいなのか知らんが、2回裏は1得点しか入らなかった。4番バッターが打ったファールボールを国木田が追いかけ見事キャッチしワンアウト、5、6番バッターには塁に出られたが、7番バッターはハルヒの剛速球についていけずツーアウト、8番バッターに2塁打を打たれ1点のビハインド、9番バッターが打ち上げたフライをハルヒがキャッチしてスリーアウト。
 なかなか戦績だけ見ればいい勝負をしている。結局まだSOS団チームでハルヒ以外塁に出た者は居ないが、相手の得点も1点に抑えているのだから別段気にはしない。
「よし、勝てるぞ!」
 上ヶ原パイレーツのベンチ軍のほうで歓声に似た声が上がった。
「キャプテン、自分の誕生日にSOS団に勝つ夢が叶うかもしれませんね!」
「ああ、このまま上手くいくといいんだが……」
「いきますよ、絶対に!」
 大声で話しているせいでこちらまで聞こえる。
「……へえ、今日はあっちのキャプテンの誕生日だったんだ……」
 ハルヒが気力の抜けた声で呟いた。そのままキャプテンさんを直視してボーっとしている。
「どうかしたか?」
「誕生日の日に負けちゃ……悔しい、わよね」
 何を言い出すのかと思ったが、ハルヒはいつもの元気顔を取り戻した。
「鶴屋さん、打ってねっ!」
「うん、がんばってくるにょろよっ」
 
 
 早くも最終回SOSの攻撃。8番バッター鶴屋さんが打席に勢いよく飛び込む。
「打つよーっ!」
 そう宣言した鶴屋さんの目はキラキラしていた。この人なら本当に打ってしまいそうだ、と俺が思った刹那――まさに有言実行、鶴屋さんが振ったバッドにボールが当たった。
 しかし残念ながらボールはサードゴロで、流れる髪をなびかせながら1塁に走った鶴屋さんの足によってギリギリセーフ……とはいかなかった。谷口も当然の如く三振でツーアウト。
 打順が1順して、ハルヒが再び打席に立つ。ハルヒの顔は真剣だった。
 1球目、ボール。2球目、ファール。3球目、ボール。4球目、ボール。そして5球目、あのコキンという音が再びグラウンドにこだました。
 ハルヒの打ったボールはファーストとセカンドの間をするすると抜け、ハルヒは1塁でストップする。
「ああん、もうちょっと飛ぶと思ったのに!」
 じだを踏んでいたハルヒは、
「タイム!」
 この試合初のタイム宣言を審判に申し付けた。
 
 
「2番バッターはみくるちゃんに代わって代打キョンねっ!」
「んな、代打ってもんは打順に入ってない奴がやるもんじゃないのか?」
「いいわよそのくらい! ねっ!?」
 ハルヒはキャプテンさんに顔を向ける。
「ああ、許可しよう」
「そういうことだから! 審判さん、打者交代ね!」
 ハルヒが1塁に戻っていく。そして俺は、なぜかまた打席に立たされることになっちまった。
「キョンくん、がんばってください!」
「あなたにかかっていますよ」
 2人の声援によって余計にプレッシャーがかかる。……本当にやるのか、これ?
 相手ピッチャーもまだまだ集中を切らしてはいない。すぐに剛速球が飛んできて、それはストライクの範囲をすり抜けてキャッチャーミットに収まった。
「ストラーイク!」
「キョーン! いけえーっ!」
「キョンくんがんばってー!」
 もはや誰の声かさえも解からない。落ち着け、俺。よくボールを見るんだ。
 ピッチャーから放たれたボールをキャッチャーの手中に収まるまでをよく観察することに専念した。したさ。ただ、これをどう打てってんだ?
「ストラーイク!」
 どっかの青春野球漫画じゃあるまいし、こんな球打てっこない。だが、打たねばならない。(長門の手助けなんて、この時の俺は全く覚えていなかった。)
「これで終わりだ!」
「ええい、当たれ!」
 ストレートがくることは解かっていた。まだバットにさえ当てられていないからだ。だから、俺は無我夢中でバットを振る。
 
 カキン。
 
 当たっ――た。しかし……
「あーっ、惜しい!」
 ボールはファールの線を越えて転がっていった。惜しい。
「ファール!」
 休む暇もなくピッチャーが再びワインドアップモーションに入る。
 最終回の0-1でツーアウト、ツーストライクノーボール。こんな状況でこの俺がバッターボックスに入るなんて今まで思ったことさえなかった。当然だろう。俺は野球に興味がなかったからだ。
 しかし今はそうは言ってられない。なんたって、SOS団のため、世界のため、ハルヒのためである。そう思った時――俺の集中力は今日一番研ぎ澄まされた。
 
 コキン!
 
 また飛んできたストレート球は俺のバッドに打ち跳ね返され、ショートの股の間を高速ですり抜けた。
 それを確認した俺はたまにしかしない全力疾走で1塁まで走り、これはどこまで行けるんだと考えつつ1塁でストップした。変に動いてアウトになったら本末転倒だ。
 今までにない歓声が湧き上がる。みんなは誰を呼んでいる? 俺の名か? いや違う、俺のあだ名だ。しかし今はそんなこと構いやしないさ。みんなが俺を呼んでいる。
「すごいよーキョン!」
「キョンくんやるっさねーっ!」
 みんなの居るベンチを見て、それからハルヒを見た。だがそれは予想通りの表情とは違い、目と口は笑っているのに眉はハの字である。なぜだ?
 まあそんなことはどうでもいい。俺は心から湧き上がる達成感を感じて、次のバッターを確認し、勝利確定の意志を手に掴む寸前だ。
「長門!」
 俺は長門に向かってゆっくりと頷く。
「かましてやれ!」
 長門も俺に習いゆっくり首肯。
 バッターボックスで直立した長門は、音も無くバットを振り上げる。それを見届けたピッチャーは、今日一番の速さの球で投球した。だが……
 長門はすっとバットを振ると、見事にボールに命中、そしてそれはそのまま高い放物線を描いてフェンスを越え……なかった。ボールはセンターのグローブの内に収まる。
「スリーアウト! ゲームセット!」
 ……どういうことだ?
「……情報処理は完璧だった。なのにどうして……」
 長門も驚いているようだ。俺は恐る恐るハルヒを見る。
「あー負けちゃったわね、でも仕方ないわよねっ!」
 激怒も落胆もせず、そのままキャプテンさんの元まで駆け寄ると、
「誕生日おめでとう。良かったわねっ!」
 笑顔でそう言った。
「なるほど、つまりこういうことでしょう」
 耳元で説明好きな野郎の声が響いた。
「長門さんの情報処理能力より、涼宮さんの力が上回ったということですよ」
 どういうこった?
「長門さんは確かにホームランになる打球を打ち上げた。しかし、涼宮さんはそれを阻止したのですよ。無意識下の内にね」
 なぜそんなことをする必要が……ああ、そうか。ハルヒ、お前は……
「みんな、そんな気を落とすことはないわっ! 結果は結果だものね」
「ハルヒ、いつも負けが嫌いとか言っていたお前は悔しくないのか?」
「ううん、全然。だって、」
 その後のハルヒの言葉で、こいつは本当に成長したな、と俺は思うのだった。
 
 
「勝たせてあげることが、あたしたちからのキャプテンさんへの誕生日プレゼントだからねっ!」
 勝たせて”あげる”というところが、こいつらしいと思ったのも事実だけどね。
 
 
 決戦!青春野球勝負! end
 
 
 
 
……これは、金子英彦さんの誕生日に掲載させていただいたSSです。

他の誕生日作品はこちらでどうぞ。

 
 


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