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文化祭の前日、実行委員で夜中まで仕事をしていたらこんな時間になってしまった。

僕は最後の見回り担当、この時間の学校は昼間と違って暗闇と静寂が心地良い。
懐中電灯を片手に歩く廊下は、一人で歩くには少しばかり勇気が要った。でも、これも役回りですからね。

苦笑いをしてみた。彼が居たなら、気持ち悪いぞ、なんて小言を言ってくれるんでしょうね。
そろそろ彼にもしっかりしてもらわないといけない時期ですね、涼宮さんも、ですが。
廊下を歩く音がコツコツと響く。最後の教室をチェックして、戸締りができているか確認した。

懐中電灯の電池は切れ掛かっているらしく、その輝きも随分と弱まってきている。
これは早く帰らないと少々困った事になりそうですね。何分僕は、幽霊という非科学的なものが苦手なので。誰に説明するわけでもなく、ひとりごちた。
月が出ていれば、綺麗に見えそうな空なのに、今日はウサギの姿も見えない。

 

 

「古泉くん」

 

一瞬だけドキリとした、誰も居ないと思っていたから。

いくら僕が超能力者といっても、所詮は生身の人間ですからね。
振り返るとそこに居たのは、五組の阪中さんだった。

文化祭実行委員の委員長をしている。まだ二年生なのに、素直に偉いなと思った。
女性の上司と言うと、どうしても森さんの事を思い出してしまう。

森さんと阪中さんは、どこも似ていないのに。でもなんとなく、醸し出す雰囲気が近いと思った。
彼女とは、いつかの事件以来仲良くしている。

きっかけは、何だったか。

忘れたって言ったら阪中さんから怒られるかもしれないけれど、実は緊張していてあまりよく覚えていない。
JJルソーは、すっかり元気になり毎日の散歩が楽しみだそうで。

たまに自家製のシュークリームを持って文芸部室へと足を運んでくれる阪中さん。

涼宮さん曰く彼女は「SOS団専属のお菓子職人」というポジションを確立したらしい。
僕はイチゴ味のソレがお気に入りだった。

 


「見回り、完了しましたよ」
微笑んだこの顔は彼女から見えているだろうか?
「了解なのね」
独特の言い回しが彼女らしい。なのね、なのね。
昨日真似をしてみたら本人を含めた数人から似てないって言われた。そんなに似てないですか? 似てないのね。
例年文化祭の数日前から泊り込みのをする生徒は、それぞれの教室を使う事になっているのだけれど。今年からは男子は体育館、女子は旧校舎になったらしい。
だからこの本館には僕達しか居ないらしい。
委員長、お仕事ご苦労様です。

ペコリと頭を下げた。
「それほどでもないのね」
その荷物、持ちますよ? ありがとうなのね。
二つのダンボールを、一つずつ持つ事にした。
コツコツ。

カツカツ。

規則正しい二つの足音が木霊する。

懐中電灯に照らされた廊下の先にある教室を目指す。

 

 

「古泉くん」

 

もう一度名前を呼ばれた。
窓の外からはリンリンと虫の鳴く声が聞こえる。
「何でしょう」
随分、光が弱くなってしまった懐中電灯、辺りは真っ暗。
体育館から光が漏れていて、そこに人がいる事を主張していた。
「暗いと、恐いのね」
よく見えないけれど、阪中さんは震えているみたいだった。
それじゃあ、廊下の電気付けましょうか?
「だ、だめなのね」
慌てて廊下のスイッチと僕の間に立ちはだかった阪中さん。
怒ってます? 怒ってないのね。
「無駄な電力は省いて地球に優しく、これまさしくエコの基本なのね」
エコロジー、ですか? そうなのね。

 

ガサリ。
足音と明らかに違う音が鳴って、阪中さんの小さな体がぴくんと震えた。
「ひゃ?」
僕は咄嗟に、バランスを崩して倒れそうになった彼女を支える。
ドサリ、ダンボールの中身が廊下に散らばってしまった。
「だ、大丈夫ですか?」
「あ……、うん。大丈夫なのね」
抱きかかえる格好になってしまったのは、予想外だったけれど。
そのままで世界は、止まってしまったのかと思った。

 

 

「古泉くん」

 

これで何回目だろうか、名前を呼ばれたのは。

口を開いたのは阪中さんの方が先だった。
僕は、言葉を捜したけれど。
こんな時、なんていえば良いのか。
機関のマニュアルにも記入されていなかった。
「はい?」
「お願いがあるのね」
「何でしょうか」
僕は今、どんな顔をしているのでしょうか?
聞いてみたいけれど、阪中さんの顔を見たら、そんな気になれなかった。
「もう少し、このままで居たいのね」
「それは、委員長としての命令、ですか?」
「違うのね、お願いなのね」

そうですか? そうなのね。

「好きな人に抱かれてみたい、これまさしく恋愛の基本なのね」

そうですか? そうなのね。


どうして彼女が実行委員長になったのか。

なんとなく、わかった気がする。

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