「お前、土日を挟むごとに人格が変わるのか…?」
谷口が不気味な物を見るかのように眉をひそめて聞いてくる。
そう思うのも無理ないかもしれない。先週のため息癖は完治して、今僕の顔には笑顔が常駐してるからね。へへん。
「いい事じゃないか。先週までのダウナーな雰囲気よりは全然マシだろ?
知ってるか谷口、笑顔は敵を減らすんだ。ごくまれな例外を除いてな」
「それはあのSOS団とやらにいる色男の事か?あいつの笑顔は何かわからねーけどイライラする」
「それもそうだが、お前のニヘラ笑いもごくまれな例外に含まれるのを忘れるなよ」
ふふふっ。幸せだなぁ…
こういう感じで日常生活に刺激的なスパイスがあると、頭の中のモノローグも活性化して
現代文の成績も上がるかも。現にキョンは色々な意味であの涼宮さんと一緒にいるから現代文がいいんだろうし。
あ、そういえばいつもやたらに哲学的な事を言ってるから倫理も得意なのかも。
あぁ、それにしてもおとといの図書館デート、楽しかったなぁ。好きな人と一緒にいられて、
勉強も教えてもらって…一石二鳥、一粒で二度おいしい、二兎を追って二兎を得たってところだ。
いつもと同じ弁当も高級レストランのようにおいしく感じる。
「「………」」
あ…。
「…やっぱり気に食わん。キョン、こいつの笑顔は敵を増やしたようだぜ。
さぁ国木田、洗いざらい吐いてもらうぞ!どうせ先週言ってたナンパに成功したんだろ!?」
…迂闊なことにモノローグに熱中するあまり、二人のジトッとした目付きに僕は気付かなかった。
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「ねぇキョン」
ホームルーム開始までの短い空白時間に、後ろの席の奴が妙に声を潜めて話しかけてきた。
お前、そんな小さい声で喋れたのか。
「うるさいわよ。それよりあんた、あのショタっ子」
それはまさか国木田の事を言っているのか?いくらお前でも三年間同一クラスにいる奴の名前くらい…
「知ってるわよ。野球では7番ファーストで、映画にも脇役Bとして出してあげたし」
野球の打順はアミダだし、映画もチョイ役以下だったけどな。
「…そんな事はどうでもいいのよ!」
ハルヒは静かに叫ぶという離れ業をやってのけ、やっとの事で本題に入る。
「その国木田だけど、一体何があったのよ?先週末はため息ばっかりついてたくせに
今日は気持ち悪いくらい一日中笑顔じゃない」
…やけに良く見てるんだな。
「見たくて見てるわけじゃないわよ!ただあんたといつもつるんでるから…何でもないわ!」
いきなりボリュームを上げるなみんな見てるぞ。
それにあいにくだが俺にも分からん。分かるのは先週末抱えていた悩みか何かが解決したって事くらいだ。
本当は何となく分かるのだが(電話でアドバイスまでしたわけだから当然だ)
それをわざわざハルヒに教えるという、檻の内側でライオンの前に生肉をぶら下げるような愚かな真似はしないのさ。
もう付き合いも長いから学ぶことは学んでいるのだ。
次はどうせ後をつけるとか、自宅に盗聴器をしかけるとか言い出すに違いない。
「…尾行するわよ」
予想通りの言葉で清々しい。対抗の言葉ももう前もって用意してある。こういう時はさりげなくそっけなく、
団活は休みか。まぁせいぜい逮捕連行されないように…
「あんたも来るの!」
前言を撤回しなければならない。俺は少しも学習していなかった…。
ハルヒの目はあの殺人ヒューマノイド・インターフェースの自宅訪問を俺に強要した時と同じ、
有無を言わせない強烈な威嚇オーラを発していて、俺はと言えば俺の口癖と言えば何?
という問いに対して俺を知る連中が全会一致で挙げるであろうあの台詞を言うしか道が残っていないのを
後の祭りながら悟っていた。
…やれやれ。
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今日は月曜日で、鶴屋さんも授業があるらしくて(6限目7時30分までだって!)
僕は彼女からお誘いを受けて大学の授業に潜入する事になった。
大学ってずいぶん遅くまで授業があるんだね。今まで僕は大体7時くらいで諦めて帰ってたから会えなかったんだ。
勿体ない事したなぁ。もうちょっと待ってれば良かったのに。
なんてね。後悔っていうのは取り戻せないものを悔やむ為の行為なんだから、今の僕には関係ない。
あ、今またニヤニヤしちゃってた。谷口にバレたらまずい。
えっと、鞄オッケー。立つ準備オッケー。…チャイム!
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な、何よアイツ…!真面目クンの癖にチャイムと同時に教室出てったわ!
マヌケ顔で突っ立ってるキョンの腕を引っ張る。
「おぅわっ!」
何ボサッとしてるのよ!逃げられちゃうでしょ!
急いで廊下に出ると、まだ国木田の背中は尾行不可能な距離までは離れてなかった。
「あのな…そんな騒がしかったら気付かれちまうんじゃないか?」
あんたがのろいのが悪いのよ!見失ったらどうすんの?ほら行くわよ!
「あーわかったわかった」
またやる気ない返事。ホントにアホなんだから…
ムカついたからキョンの腕を思い切りギュッと掴んで引きずっていく。
痛い痛い言ってる。良い気味だわ。
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潜入する授業は6時からだけど、気がはやっている僕は家に戻り準備が整うとすぐに玄関を出た。
現在時刻、4時32分。シャワー浴びてたからちょっと時間かかっちゃった。
でも学校から帰ったそのままの汗くさい状態で鶴屋さんに会うなんて考えられない。
それにまだ時間には余裕があるし、大丈夫だろう。大学までは歩いて20分。一時間前には付いちゃうな。
ゆっくり歩いてると、これから会いにいくひとの家が夕日に浮かんで見えてきた。
何か勿体ない気がして、ちらっと目を向けて足を早める。
月明かりの下とはまた違う趣があるから、一人で見ちゃうのは…ね。
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程なくキャンパスに着いていつものように図書館に直行しようと思ったけど、
考えを改めて少しキャンパス内を散歩することにした。
この大学に来ている人は凄くバラエティに富んでいる。
真面目そうな人、とんでもない恰好の人…何て言うか、色彩豊かっていう感じ?それも魅力の一つだと思う。
歴史のある学校だから、明治時代にタイムスリップしたような感覚を覚える建物が記念館として使われていたり…
やっぱり、行きたいなぁ。
あ、もう少しで時間だ。そろそろ行かないと。えっと…八号棟の106教室だったかな。
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