涼宮ハルヒの瞳が、恐怖によって見開かれる。
『彼』が、叫ぶ。
《ハルヒ―――》
ある、雪の日だった。
「お、雪だ」
古泉一樹とのオセロゲームに興じながら、彼は窓の外を見て呟く。
「わぁ、もうそんな季節なんですね」
朝比奈みくるの目は、プレゼントを喜ぶ子供のように輝いていた。
――雪。
自然が作り出した氷の結晶。
…わたしと、同じ名前の。
「あら、凄いわね、積もってるじゃない!みんな、外に出ましょう!」
涼宮ハルヒが決めた遊びは、雪合戦だった。
「はふっ、ひゃわあ、いたいですぅ」
「逃げちゃダメよみくるちゃん!ほら、有希にキョンに古泉くん!あんたらも投げなさーい!
遠慮はいらないわ、それっ!」
彼女の投げた雪が、彼の顔面に直撃した。
「うおっ、痛ぇ!くおらハルヒ!」
言葉とは裏腹に、彼も楽しんでいるようだ。
わたしは安堵した。現状維持どころか、もっと良い方向に向かっている。
今日は古泉一樹に負担がかかることもないだろう。
「長門っ、仕返ししてやれ!」
私は雪を投げ返した。勿論、『普通の女子高校生が投げられる限界』は超えていない。
こんな気持ちを持てるようになったのは、彼のおかげ。
冷たい風が、不思議と心地よかった。
「あー、今日は楽しかったわ!明日も積もってたらやりましょ!
じゃあ今日はここで解散ッ!」
涼宮ハルヒは満面の笑みを浮かべる。
わたしは帰ろうとした。
そのとき、
「ハルヒッ!」
「涼宮さん!」
一面の白い雪の世界に、一際目立つ黒い車が入り込んできた。
尋常でない速さで。
それは、車道を横断しようとした彼女に――
「きゃあああああああっ!!」
最後に聞こえたのは、その叫び声のみだった。
ピー、ピー…
わたしが目を覚ましたとき、そこはまた白い空間だった。
現状が把握できない。
わたしは辺りを見まわすと、わたしが寝ているベットの横に、誰か座っているのがわかった。
「……すぅー、すぅー…」
涼宮ハルヒ。彼女だった。
頭に巻かれた包帯と、右足のギブスから察するに、わたしは彼女を助けようとして怪我をしたようだ。
肉体の損傷はたいしたことない。わたしの力を使えば、こんな傷は簡単に直せる。
しかしわたしは、それをしなかった。
何故だろう。わからなかった。
「…ん?あ、有希!目が覚めたのね!」
「覚めた。大丈夫」
やがて起きた彼女は、わたしを一目みるなり抱きついてきた。
「もう、キョンに続いてあんたまで入院なんて…」
肩が濡れていくのを感じる。
――涼宮ハルヒが、涙を流していた。
「あたしを庇って、くれたのよね…?」
わたしはこくりと頷く。彼女を助けたかった。
「…ばか、ありがと…」
涼宮ハルヒは大声で泣き出した。
それを聞いたらしい。彼と朝比奈みくる、古泉一樹が、慌てて駆けつけてきた。
「長門!無事だったんだな!」
「…ぐすっ…長門さあん…」
「驚きましたよ。ご無事で何よりです」
やっとわかった。
わたしが情報操作をしなかったのは、したくなかったのは、
―――心配して、貰いたかったからなのだ。
瞳が熱い。これは――
「…ありがとう」
ある雪の日、わたしは、初めて涙を流した。
ある雪の日に 完