~ みちる再び ~

 



 みくるです。
 それは、真新しい制服姿の生徒さんたちを見れるのも今年が最後なのかなと思うと、ちょっと寂しくなってしまう4月のある朝のことでした。
 外は気持ちいい青空。
わたしはいつものように登校の準備を済まし、今朝は暖かいから制服のまま行こうと玄関のドアを開けようとした時です。
「えっ?なに?なんで?」
 どうしてTPDDの強制動作コードが送信されてくるの?
しかもこれは…緊急強制動作コード?
「なんなの?わたしなにも…」
 言い終わる前にわたしの体は、この時間平面から消えていました。



 気付くとそこは、薄暗い林のような場所…。
えっ!?えっ!?ここはどこっ!?どの時間平面っ!?なんだかとても寒いんですけど~。
 左手にはめた電波時計を操作して出てきた表示に、わたしは驚きました。
…どういうこと?
 日付は、元いた時より三年前の12月2日午前6時19分。
ということは、この時代のキョンくんたちはまだ、中学二年…。
なんで?なんでここに来たの?しかも今度はわたし一人…一人で何をするの?
 辺りを見回すと、目の前の茂みの隙間から何かが見えます。
近づくとそれは…ベンチの背もたれ?
 おそるおそる茂みを抜けると…見覚えのある風景…駅前の公園でした。
 よかったぁ~知ってる場所で…ひゃぁっ!
ちょっと安心して座ろうとしたら、ベンチの冷たさが制服越しに伝わって…はずかしい。誰も見てないよね。
そういえばここは12月なんだ。
今度はそう~っと…うぅ~やっぱり冷たい…。
 ようやく慣れてきたところで、もう一度今の状況を整理してみよう。
 緊急強制動作コードによる突然の時間跳躍。
通常、跳躍するには申請して許可が下りないと出来ない。でもそれはこちらの意思で跳ぶ場合。
もし何らかの理由で管理局がわたしたちを強制的に跳躍させたい時は、強制動作コードによって跳ばすことが出来る。
その中でも緊急強制動作コードは、名前の通り緊急時に使用されるもの。
これを受信すると、10秒以内にわたしたちの意思に関係なく管理局の指定した所へ跳ばされてしまう。
当然、滅多に使われるものではなく、わたしもこれが初めて。
 そんなものがどうして送信されてきたんだろう。何か緊急事態でも起きたのかな。
でも、いきなり跳ばされてもわかんないよ。ここで何をすればいいの…?
 わたしはデバイスを起動させて確認しようとしたんだけど…あれ?起動しない…どうして?
前みたいに無くなってはいないのに。もう一度……だめ、全然動かない。
ふぇっ!?なんでっ!?もしかして壊れちゃったの?……どうしよう。

 


「ねぇ、あなた北高の人よねえ」
「へぇっ?」
 どのくらい経ったんだろう。ベンチで寒さに耐えながら途方にくれていると、誰かに声をかけられました。
 それは、紺色のコートを着た一人の女の子。
「その制服、北高でしょ?」
「え…ええ、そうです…けど」
 どうやら彼女も学生みたい。着ているコートがどう見ても学校指定っぽいデザインだから。
高校生…じゃなさそう。ちょっと幼く見えるから中学生かな?
 でも…なぜだろう、無意識に体が怯えている。彼女誰かに…。
「じゃあ、ちょっと聞きたいんだけど…」
 …その口調、わたしを見下ろす大きな目。
そして…背中まである髪にのっている黄色いカチューシャ…。
「ジョン・スミスって人、知らない?」
 ま、まさかっ!?
「えっ!知ってるのっ!?」
 ズイッと近づく顔に思わず身を引くと、両肩を掴まれちゃって、
「ねえ教えてっ!そいついま学校にいるっ?家どこっ?何時にここ通るっ?」
「ちょ、ちょっとす…」
 すごい力で体を揺さぶられて、あやうく名前を言っちゃうとこでした。
まだそうと決まったわけじゃないけど…でもどう見ても…。
 彼女は揺さぶるのを止め、今度はその大きな目でわたしの顔を覗き込んできました。
とても真剣な眼差しに圧倒されて、ポロッと言っちゃいそう…。
「あなた、いまあたしがジョン・スミスって言ったら驚いてたわよね。知ってるんでしょっ?」
「い、いえっ…知りませんけど…」
「え?…じゃあ、なんで驚いたの?」
「それは…」
 もちろん本当の事なんて言えるはずもないわけで…。
「あ…あなたが知り合いに似てたから…その…」
 なんだか気が抜けたようにガクッと頭を落とした彼女は、そのままわたしのとなりに座っちゃいました。
…冷たくないのかな。
「もう…紛らわしい事しないでよねぇまったく。はぁー」
 怒ってる…というより呆れてるって感じ。
そして盛大に吐き出される白い溜息。
でも今のわたしは、それを見ても寒さを感じるどころではありません。
別の意味で体は震えていたけど…。
「ご、ごめんなさい…」
 別に謝ることないと思うんだけど…ねぇ。
「あ、あのぉ…そのジョン・スミスさんて人、捜してるんですか?」
 …なぜかな。異時間平面の人に許可なく干渉するのは危険行為なのに、話しかけてしまったわたし。
 そんなこっちの事情なんかお構いなしの彼女は、かなり白み始めた空を見上げながらぽつりと「そっ」と一言だけ。
「その人、この近くに住んでるんですか?」
「知らないわ。ただ、そいつも北高生なのよ。わかってるのはそれだけ…。あたし北高に知り合いなんていないから、学校近くで張ってれば見つけられると思ったの。前は毎日来てたんだけど、結局それらしいヤツは見つけられなくて諦めてやめたわ。でも…なぜかしら、今朝起きたらなんだか無性にまた来たくなって、それで来てみたら誰かがベンチで凍ってるのが見えて、しかも北高っぽい制服を着てたから声かけたってわけ」
 まさか…偶然よね。
「こんな朝早くから…ですか?」
 時計を見ると、もうすぐ7時。
それより、どう見ても年下の彼女になに敬語使ってるんでしょう。
やっぱりいくら年下でも”彼女”だから…て、もう完全に決め付けちゃってますね。
まだ本人から直接聞いてないんだから、他人の空似ってこともあり得るのに…。
「もしかしたら部活で朝練とかしてるかもしれないじゃない。だからあらゆる可能性を考慮していたの。その時の癖が出ちゃったのね」
 両手を左右の腿の下に挟み、両足を揺らしながらちょっと懐かしむように話す彼女。
 そこまでして会いたいジョン・スミスさんってどういう人なんだろう。もしかして、恋人さん?
ふ~ん年上の外国人かぁ。なんかプラトニック~。
この頃はそういう人に興味あったなんてちょっと意外。
 …キョンくんに教えたら妬いちゃうかな?うふふっ。
「そ、そんなんじゃないわよっ。ただ変なヤツだったからまた会ってみたいだけよ。いろいろと聞きたいこともあるし…。それにそいつ日本人よ。同じ北高なのに知らないの?自分の学校に外国人がいるかいないか」
 えっ日本人?それで…ジョン・スミス?う~ん確かに変な人っぽい。わたしだったら遠慮しちゃうな。
「え…ええ、生徒がいっぱいいるから、なかなか…」
「ふーん変わってるわね。普通そういう珍しいのがいたら真っ先に気付くもんじゃない。あたしは今の学校の事は全部知ってるわよ。つまんない人間ばっかで全っ然おもしろくないけど」
 変わってるのはあなたの方だと思いますけど…。
それよりやっぱりあなたは…こんな状況で会うなんて、これってほんとに偶然ですよね?そうですよね?
 ひぇっ!こっち見てるぅ~。
「あ、あの~…なにか?」
「あなた…ほんとに高校生?なんだかめちゃめちゃ可愛いわねっ!」
 前にも同じ様なことを言われたような…。そんな目キラキラさせないで下さい。
わたしに興味持たれると困るんです…いろいろと。
「ねぇ、あなた名前は?」
「ほぇっ!?な、名前ですか?え、え~と……」
 どどどどうしよう!………そうだっ!
「み、みちるです。朝比奈…みちる…」
 はわっ、苗字がぁっ!てもう遅いです…。
「ふーんみちるちゃんかぁ。あたしはハルヒ。涼宮ハルヒよ」
 やはり、涼宮さん……最悪の状況。とにかくごまかし続けなければ。
 その為に使った名前、みちる。
前にキョンくんが同じ様な時につけてくれた、もう一つの名前。
気に入ってたから使っちゃいました。
「ところで、みちるちゃんて高校何年?」
「えっ…三年です」
「ますます見えないわっ!その制服、コスプレじゃないわよね」
「ち、違いますっ!」
 来年大学生ですよ、わたしっ!…合格すればだけど。
「そんな怒ることないわよ。そんだけ可愛いってことなんだから、むしろ誇りに思いなさい。きっと良い事があるわ」
 ええ…おかげさまでSOS団にスカウトされ、いろいろやらされていただいてますぅ…。
「ちなみにあたしは東中の二年。よろしくね、みちるちゃん!」
 わたしに対する接し方は変わらないんですね。
「はい、涼宮さん」
 て、わたしも変わらないじゃない。ちょっと情けない…。
「ハルヒでいいわよ、みちるちゃんのほうが年上なんだから」
 あれ?なんか違う。
そうか、今のわたしは”みちる”だもんね。じゃあ、勇気を出して…。
「わかりましたっ、涼宮さん……あ」
「ププッ…アッハハハハ!みちるちゃん、なんだか知らないけどあなたおもしろいわー!」
 うぅ…そうでしょそうでしょ。自分でも笑っちゃいそうですぅ。あまりに情けなさすぎて…。
 それにしても…中学生だからかな、目の前の涼宮さんの笑顔が無邪気に感じられて、ちょっとかわいい。
もちろん今の涼宮さん―SOS団のほうよ―の笑顔もステキですよ。
ただ…それ以上に言い知れぬ恐怖のほうが大きいですけど。
「そうだっ!ねぇみちるちゃん、今日ヒマ?」
「えっ?」
 そういえば忘れてました。いま緊急事態なんですよ~っ!
でも連絡取れなくてどうする事も出来ないし…だけど一応制服着てるわたしにその質問はどうかと…。
「だったらあたしと遊ばない?」
 な…何を言い出すんでしょこの子は。でもそこが涼宮さんなんですよね…。
「それはだめですよ~。涼宮さん、学校があるじゃないですか」
「いいのいいの一日ぐらい!どうせつまらないヤツばっかだし……それに……」
 …ん?笑顔が消えちゃった。どうしたんだろう。
「…そんなことはいいから行こっ、みちるちゃんっ!」
「よくないですぅ!あっ…ちょ、ちょっと涼宮さぁん!」
 強引にわたしの手を引っ張っていくその笑顔は、また無邪気なものに戻ってました。
捜さなくていいのかなジョン・スミスさん…。
 そしてやっぱり、制服を着ているわたしの学校の事は気にしないんですね。どのみち行けないけど…。

 


 時間はまだ朝の7時半。
今日の予定を組むために入ったのは、週末の不思議探索でもよく使う駅前のハンバーガーショップ。もう在ったんですね。
内装が少し違ってるけど、それでもなんだかホッとします。
 そしてなにより、暖房の効いた店内はさっきまで寒空のなか制服だけでいたわたしにとって、まさに楽園天国~♪
自分の置かれてる状況の事なんて、空の彼方に飛んでっちゃいましたぁ~。あはは~♪
 そんなわたしの目の前では、涼宮さんがテキパキと予定を組んでいます。…あの~それ全部今日回るんですか?
 それにしても、やっぱり中学生ですね。行きたい所がどこも普通っぽいていうか、みんながよく行くような所ばっかり。
 でも、ここで一つ問題が…。
「さすがにお互い制服はまずいわねー。途中で捕まったらせっかくの楽しい気分も台無しよ。そうねえ…私服に着替えて駅前に集合ってことにしましょ。ところでみちるちゃんの家ってここから近い?」
 えっ?…ど、どうしよう。本来この時間平面にまだわたしは来てないから家まで数年かかるなんて言えないし、この時代に知り合いなんて……長門さん!
 そうだ、どうして気が付かなかったんだろう。長門さんがいるじゃないですか!長門さんならなんとかして…てそういえば今この時間軸上、長門さんの部屋にはキョンくんと”わたし”が時間を止められて寝ているんだわ。
だめね。それにやっぱり長門さんはちょっと…。
「どうしたの、みちるちゃん?」
「えっ!いえ、あの……ちょっと家には…その…」
 うぅ~、上手な言いわけが出てこないよう。
「え…はっ!…みちるちゃん、あなたもしかして……家出少女?」
「ち、違います違いますっ!違うけど…家には帰れないっていうか…」
「違うの?となると……ははぁーん、なら親とケンカしたのね。それで家に帰れない…こんな寒いのに制服だけってことは、ケンカの勢いでそのまま家を飛び出してきたってわけね。見かけによらず朝っぱらからやるじゃないみちるちゃん、ますます気に入ったわ!」
 う、う~んさすが涼宮さん、よくそこまで思いつきますね。
でも、家出少女よりはいいかな…。
「だったらあたしの服貸したげるっ!見たところ、背はあたしとあまりかわらないみたいだし」
「えっ?」
「あたしんち、ここから遠くないの。それにいま親は二人とも朝から出掛けてて、暫くいないから」
「でも…」
「いいからいいから!善は急げよっ」
 もの凄い勢いでコーラを飲み干し、わたしの手を引っ張って店を後にした涼宮さんの勢いは収まらず、あっという間に家まで連れて来られちゃいました。
 ちなみにさっきのハンバーガー代は、わたしの必死の抵抗も空しく涼宮さん持ち。
どうやら本当にわたしが親とケンカして、お金も持たずにそのまま飛び出したと思い込んじゃってるみたい。
 お姉さんの面目がペシャンコです…。

 


「うわっ!みちるちゃん胸でかっ」
 嫌な予感…て、やっぱり来るんですかぁ~!
「わひゃあああ!だ、だめですぅ~!」
「いいじゃんいいじゃん、減るもんじゃなしー…ほんっとおっきいなー、それにやーらかーい!」
「どひぇえええ!や、やめてぇ~!」
 あの日の記憶が~!でもここにはキョンくんがいない、他に誰もいない、でも誰か助けてぇ~!
「…なんかムカついてきたわー、背は同じくらいなのに、あたしより大きいなんて!」
「わわわ!そ、そんな力いれないでぇ~!」
「ま、いいわ。今日はこれくらいで勘弁してあげる♪」
 うぅ~、もうぐったり…。
結局わたしは、涼宮さんにおもちゃにされるのが既定事項なんですね…。
 そんなこんなで涼宮さんからなんとか着られそうな服を借り(スカートは無理だったので制服のまま。…ダイエットしようかな)、ちょっと胸元あたりに窮屈感を感じてるわたしに何やらご不満な視線を送り続けている涼宮さんと出発です。


 それからの涼宮さんはまさしく涼宮さんで、わたしをあちこちに連れ回してくれました。
 午前中はデパートやアクセサリーショップをまわり、
「あっ!ねぇねぇみちるちゃんみちるちゃん、これ着てみてよっ!」
「みちるちゃんっ、これ被ってみて!」
「んー!みちるちゃんって、着せ替えがいがあるわねー!」
 …中学二年にして、なにやらもうわたしに対するコスプレ願望を開花させ、
 お昼はファミレスで、
「あたしはこれと、これと、これと、あと…これ。あっ、ライス大盛りね!みちるちゃんも一緒でいいよね」
「へっ?え~っ!無理です無理ですぅ~!わたしはこれだけで…」
 …その食欲から周囲に驚きの表情を開花させ、
 午後は映画館で、
「ひくっ…ひくっ…うぅ~…」
「…むーーーー」
 …うるうるしているわたしの隣でイライラの大輪が開花…寸前でした。
 ちなみにここまで使ったお金は、殆ど涼宮さんが出してくれました。もう、わたしの面目なんて見る影もありません…。
それにしても涼宮さん、けっこうお金持ちなんですね。
「そんなんじゃないわよ。今まで貰ったお小遣いやお年玉を貯めてただけだもん」
 へぇ~倹約家さんなんだ。
…できれば高校生になっても続けてほしかったです。コスプレ衣装なんかに使わず…。
「違うわ。ただ…使い道が無かっただけよ…」
 …あれ?わたし何かヘンなこと聞いちゃったかな。
 それよりこうして歩き回ってみると、三年前の同じ街なのに見慣れた建物がまだ無かったり、逆に見慣れないお店が在ったりと、ちょっと新鮮な感じ。
 新鮮に感じたと言えば、涼宮さんもそう。
だって涼宮さん、歩く時ずっとわたしと手を繋いでいるから。まるでお友達と一緒にいるような、とても嬉しそうな表情で。
 そしてわたしも、そんな涼宮さんがなんだか妹のように可愛く思えてきちゃいました。
「もうっ、なんなのよさっきの映画はっ!あんなのが全米No.1なわけ?テレビの予告編に騙されたわ、全然つまらないじゃない!これならあの予告編を映画館で流したほうがまだましよっ!まったく!」
 館内で我慢していた分、思いっきりイライラを開花させています。
「でも、最後にあの二人が結ばれて良かったじゃないですか。わたしめちゃめちゃ感動しましたよ~」
「あんな男のどこがいいのよっ。眠気に襲われる価値すら無いくらいつまらない男だったじゃない!残念だけど、あんな男とくっついた彼女の人生にもうドラマなんてありえないわ。むしろ彼女のライバルとくっついた男と一緒になったほうが、これからの人生山あり谷ありで波乱万丈に生きていけるってもんよ。あたしが監督だったら断然そうするわね。そして今度は彼女たちで続編を作るの。ねっ、いいアイデアでしょ、みちるちゃんっ!」
「そ、そうですねぇ…」
 涼宮さん…結構ちゃんと観てたんですね。
それと監督って聞いて、思わず身震いが…。
「ああもうっ!みちるちゃん、あそこでうっぷん晴らすわよっ!」
 そこは、ゲームセンターでした。
 

 

「えいっ…やぁっ…あ、あれ?……とうっ…ええいっ……ふぇっ?」
『0点』
「…あたし、モグラ叩きで0点なんて初めて見たかも」
 ふみゅ~…これでも本気でやったのに…。
「貸してみちるちゃん、あたしが仇とってあげるっ!」
 仇って、わたしなにも…。
ハンマーを受け取った涼宮さんは、まるでテニスプレーヤーのようにモグラを待ち構えています。
「さぁ、どっからでも出てきなさーい…それっ!ほっ!…」
『PERFECT』
「わぁ~、すごぉ~い涼宮さぁ~ん!」
「ふふーんっ、まっかせなさーいっ!」
 その後もいくつかのゲームに挑戦した涼宮さんは、どれもがパーフェクトか記録更新。
 例えばバッティングマシーンでは、一番速いボール(たしか150キロ)でもポカスカ打った挙げ句、係りの人にもっと速くしてと無茶を言って、周りの男の人たちを金縛りにさせてました。
まさに涼宮さんです。
 それに比べわたしは……ご想像にお任せしますぅ。

 


 どうやら満足した涼宮さん。わたしを連れてゲームセンターを出ました。
「さぁーって次はどこ行こうかしら。みちるちゃん、どこか行きたい所ある?」
 ゲームセンター前の自販機で二人揃ってホットのミルクティーを飲みながら、この後の予定を検討中。
 最初に決めていたこの後の予定は、さすがに時間的に無理なのでキャンセル。近場で遊ぶ事にしました。
涼宮さんはオールナイトで遊ぶつもりだったらしいけど、それは丁重に諦めてもらいました。
「そうですねぇ、それじゃあ…」
「ねぇ…あれ、隣りのクラスのあの子じゃない?」
 時間は午後の3時過ぎ。そろそろ学校も終わった頃で制服姿が目立ち始めた街中。
 大きくはないけど、でも聞き取れないほど小さくもないそんな声が、わたしの耳に入ってきました。
「あぁ、たしか…涼宮さんよ。でもなんで私服?…そういえば今日学校で見なかったわよね。とうとうサボりだしたのかな」
 えっ…?
見ると、離れた所からこちらを見て囁きあってる三人連れの女子学生。
 あのコート…今朝の涼宮さんと同じ。ということは東中?
それより、とうとうって…。
 カラーンッ
 缶の落ちる音がしたので振り向くと、駆け出していく涼宮さんの後姿が。
「あっ…」
 事態が飲み込めず、とにかく後を追おうとしたわたしの耳に飛び込んできた、三人目のセリフ。
「仕方ないんじゃない?あたしだってずっと独りだったら、学校来たくなくなるもん」
 学校?独り?
 わたしが追い始めた時、涼宮さんは角を曲がるところでした。
遅れてわたしが角を曲がると、涼宮さんはもうはるか先を走っています。
「まっ、待って涼宮さぁんっ!」
「ついてこないでっ!!」
 涼宮さん……?
 願いとは裏腹にどんどん引き離されていくわたし。それでもまだ辛うじて姿が見える。
でも結局、三つ目の角を曲がった所で完全に見失ってしまいました。
「はぁ、はぁ……涼宮さん…どこぉ?…」 
 周りに建物はなく、見えるのは空き地と林だけ。でも一本道だからこの先にいるのはたしか…よね。
 それにしてもずいぶん寂しい所に来ちゃったな。こんな場所があったなんて知らなかった。
それに少し薄暗くなってきて…ちょっと怖いですぅ~。
 うきゃぁっ!…なんだ、鳥かぁ。
 ひぐぅっ!…今度は風、もう~。
 それにしてもどうしちゃったんだろう涼宮さん。やはりさっきの話が原因?
という事はほんとうなの?
 中学時代の涼宮さんの事は、大雑把な事しか聞いていない。
いつ第二、第三の時間断層が出来てもおかしくなかった…そのくらい波が荒れていた、と。
 しばらく進むと、林の手前で道が切れてる。あれ、行き止まり?うそでしょ!?
でもよく見ると、林の中に細い道らしきものが…こ、ここを通るんですかぁ…うぅ…。
でも、行くしかないですっ。
みくる、行っきまぁーすっ!
…わきゃっ!枝が刺さるぅ…こっちこないでぇ~っ。

 


 林の中の道を抜けると、そこには小さな野原と共に幻想的なオレンジ色の世界が広がっていました。
 空だけでなく、見下ろす街も、そして空気や風の音までもがオレンジ色に染まる、そんな夕焼け。
きれい…。
 でも、そのせいで逆に黒く浮かび上がるものも…。
 目の前で膝を抱え、小さくなっている涼宮さん。
 やっと見つけたのに、掛ける言葉が見つからない…。
「…きれいでしょ。ここ、あたしのお気に入りの場所なの」
 静かに話始めた涼宮さん。
「嫌なことや辛いことがあるとここに来るの。そうするとね、気分がスーッと楽になるの」
 そういう場所、わたしにもある。わたしの場所は…。
「空はこんなに広いのに、街や山が小さく見えるでしょ?だから、こんな小さな世界に住んでるあたしの悩みってなんなの?小さすぎて見えないじゃない。そんなもん気にしてどうすんのよ、って感じがして」
「…涼宮さん」
「でも…今日はダメ。スッキリできない…」
「えっ?」
「さっきの話、ほんとよ。あたしずっと独り。だって、つまらない普通の人間ばっかなんだもん。でもそれが嫌なんじゃないの。そういう風にしたのはあたし自身なんだから」
「…それじゃあ」
「…みちるちゃんに知られるのが嫌だった。そんなあたしを…」
 …どういうこと?
「今朝みちるちゃんと初めて話した時、普通じゃない感じがしたの。どこがどうとかじゃなくて…ただそんな感じがしただけ。だから、この人とならなんか楽しく一緒に過ごせそうって、…友達になってくれそうって…」
「お友達……はっ!」
 わたしはそこで、何かに思い当たった気がしました。
それは、今日一緒に歩き回った場所。涼宮さんにしては普通でいかにも中学生っぽい感じだった。
それとさっきのお小遣いの話。使い道が無かったって…もしかして、そういう所へ一緒にお出かけするお友達がいなかったということ?
「みちるちゃんと一緒にいてとても楽しかった。これからもこうして一緒にいたい。でもそう思い始めたら、やはり今までのあたしが不自然に見えてきて…こんなあたしじゃ逃げてっちゃう、一緒にいたいなら普通の人って思われたい…。本当に変よねあたしって。普通の人が嫌いなくせに、その自分は普通の人に見られたいだなんて。……でも、結局ばれちゃった…」
 なんだか無理して淡々と話してる彼女が、切なく感じてくる。
 そして、一度も振り返らず話続ける涼宮さんの背中が、さらに小さくなった。
「…ごめんね、みちるちゃん。無理に付き合わせちゃって…」
「そんなこと…」
「この場所、来週には消えちゃうの。削って住宅地にするんだって」
「えっ…」
「…あたしの居場所が無くなっちゃう……仕方ないよね、日頃の行いが悪いか…えっ!?」
 わたしはいたたまれなくなって、とうとう後ろから涼宮さんを抱きしめてしまいました。
「みちるちゃん…?」
「わたし、上手に言えないけど…涼宮さんは涼宮さんらしくしてるのが一番だと思う。自分をごまかすのって、とても辛いんだよ。結局最後はもっと辛い気持ちになるんだから。だから自分の気持ちに素直に、正直にいたほうがいいと思うの」
「それって…こんなあたしでも?」
「うん。わたし、涼宮さん大好きだよ。今日だってとても楽しかった。…嫌いになんかならないよ」
「みちるちゃん…ありがとう。あたしもみちるちゃんのこと…大好き」
 こうして抱きしめてる涼宮さん、あったかい…。
 そしてわたしも涼宮さんの隣に座り、しばらく一緒に夕焼けを眺めました。
 なんだか最初に見た時よりもずーっときれいで、心に染み込んでくる感じがします。
「ねぇ涼宮さん?」
「なに?」
「今はいろいろと辛いかもしれないけど…がんばって」
「え?」
「がんばって、がんばって…そして北高に来てね」
「北高へ?」
「そう、北高でみんな待ってるから」
「みんなって…誰?」
「わたしやキョ…あっ!」
「みちるちゃんも?だってその時、みちるちゃんもう卒業してるんじゃ…」
「えっ?え~と…あ、あの~それは…」
 はう~っ!なにやってんのよわたし。早く何とかごまかさないと~…。
「…もしかして成績あぶないの?たしかにみちるちゃんて、つまんないヘマとかやらかしそうよね。いわゆるドジッ娘ってやつ」
 うぅ~ちょっとお姉さんっぽく振る舞ってみたかったのにぃ…。
「ほんっといいキャラだわみちるちゃんっ!あたしの目に狂いはなかったわね」
 そういって抱きつかれちゃいました。わたしってやっぱり変なんでしょうか…。
 でも、とりあえず元気になってくれたみたいでよかったぁ。
「そんなみちるちゃんが通ってる北高…侮れないかもしれないわ」
 いえ、学校はいたって普通だと思うんですけど…。
「あいつもいたことだし…これは行くっきゃなさそうね!」
 そう言って立ち上がった涼宮さんは、真っ赤な太陽に向かってこぶしを振り上げ熱血しちゃってます。
 そうだっ!元気になったついでに聞いてみよう。
「そういえば…ジョン・スミスさん?その人のことどう思ってるんですか?」
「へっ?い、いきなり何を…どうって、ただ変なヤツだったからまた会ってみたいだけよ…」
「あ、嘘付いてる」
「う、嘘じゃないもんっ!ホントだもんっ!」
 ふてくされたようにソッポ向いて座る涼宮さん。照れちゃってカワイイ。
「いいえ、お姉さんにはまるっと見え見えです。さぁ正直に答えなさい。言わなかったら…こうですよっ!」
 また後ろから涼宮さんに抱きつき、そして、
「ちょ、ちょっとみちるちゃん、どこくすぐって…キャハハハハハッ!だ、だめそこは、あっ…クッ…キャハハハッ!や、やめてみちるちゃ…キャハハッ!だ、だめだってばぁ!」
「言うまでやめませんっ!さぁ全部吐いてスッキリしちゃいましょうっ!」
「わ、わかったわかったから!……はぁ、はぁ、もう…意外としつこいのね…」
「はいっ、こういうお話は女の子の基本中の基礎ですから!」
「基本中の基礎って…女の子ってそうだったかしら……し、仕方ないなぁ。一回しか言わないからね。それと…誰にも言っちゃダメだからね…」
「はいはい」
 うふふっ…涼宮さん、口止めするという事は答えはもう決まったも同然じゃないですか。
さあ、その口から直接聞かせてもらいますよ。
「……あたしは…」
 その時です。わたしの頭の中に何かが入ってきました。
これは…管理局から?ということはデバイスが直った!?
「…そいつのこと…」
 トラブルの原因…不明?突然、緊急強制動作コードが送信されて…しばらくわたしたちのデバイスが制御不能になって…
その復旧作業に時間が掛かって、やっと今直った…と?どういうことだったんだろう。ほんとにもう大丈夫なのかな…。
「…みちるちゃん?みちるちゃん?」
「ふぇ?…あっ、はい!」
「どうしたの?」
 涼宮さんがちょっと心配そうにわたしの顔をのぞき込んできました。
「な、何でもないですよぉ。さあ涼宮さん、正直に言っちゃって…」
「今言ったわよ」
「え…ええ~っ!わたし聞いてなかったですぅ。お願いっ、もう一度教えて!」
「いやっ!一回だけって言ったもん。だからもう言わない」
「そんなぁ~」
 一番おいしい所だったのに~。なんてタイミングで連絡してくるんですか、管理局のばか…あれ、まだ繋がってる?
ひょえぇぇ~~っ!

 


 帰り道、わたしは涼宮さんにお別れのことを話しました。
引っ越すことになったということにして…。
 それを聞いた彼女からは、悲しさと寂しさがひしひしと伝わってきて…とても辛かったです。
それでもわたしの話をなんとか受け入れてくれたようでした。
でもそれからの涼宮さんは、暗い表情のまま一言も口を聞いてはくれません。
わたしも…そんな涼宮さんになにも話かけられなかったです。
 ただその間、涼宮さんはわたしの手をずっと握って離しませんでした。
痛いぐらいに強く、わたしをどこにも行かせないかのように…。
そんな状態のまま、涼宮さんの家に着きました。
 家には涼宮さんのお母さまが帰っていました。
とても綺麗な人で、涼宮さんに似てキリッとしてるけどどこか優しそうです。
 今日無断で学校を休んだ事をどこかで聞きつけたらしく、厳しく問い詰めてきましたが、涼宮さんは無視してわたしの手を引いたまま部屋に向かっちゃいました。
ケンカしてるのは涼宮さんのほうじゃないのかな。
 なのでおば様にちゃんと挨拶が出来ず、引っ張られながら愛想笑いとも苦笑いともつかない格好になってしまったんです。
そんなわたしを、おば様は驚きつつも笑顔で迎え入れてくれました。
 このまま気まずい感じでお別れしちゃうのかな…と思いながら涼宮さんの部屋に入ると、
「…みちるちゃんの言ったとおりだね。自分をごまかすのって…辛い」
「えっ…?」
 わたしに背を向けたまま、涼宮さんは続けます。
「自分の気持ちに素直に…正直にいたほうがいいって言ったよね…」
 …どうしたの?
「だから……だから……」
 肩が、震えている…。
「…涼宮…さん?」
 わたしが震える肩に手を伸ばそうとした時、突然振り向いた涼宮さんの顔は…すでに泣き崩れていて…そして…、
「やっぱりやだよーっ!みちるちゃんどこにも行かないでっ!」
 おもいっきり抱きついてきました。
「明日はちゃんと学校行くから…だからお願い…」
「涼宮さん…」
 わたしの耳元で聞こえる、涼宮さんの嗚咽。
そんな彼女がとても愛おしくなって…でも、どうすることも…。
 わたしも涼宮さんを抱きしめ、何度も何度もやさしく髪を撫でながら、
「…ごめんね…ほんとうにごめんね…」
 それを言うのがやっと…。
だって、それ以上は泣き声に変わっちゃうから。
「やだやだやだーっ!…やっと友達ができたのに……もう独りはやだよ…」
「…すず…」
 違う。今ここにいるのは、第一級特別監視対象者の”涼宮さん”じゃない。
ただの一人の、寂しがり屋の女の子…、
「…ハルヒ」
 抱きしめる腕に、思わず力が入ってしまう。
 耳元では涙声で小さく「行っちゃやだ…行かないで…」と聞こえる。それを聞く度に涙が溢てくる。
とてもこの腕を解くことなんてできない。出来ることなら、彼女が笑顔になるまでずっとこうしてあげたい…。
 ありがとう、ハルヒ。たった一日だけだったけど、そこまでわたしの事を想ってくれて…。
そして…ごめんね。
 わたしは自分の涙をそっと拭き、今から話すことに耳を傾けてもらえるようにハルヒの背中を軽く叩いて、
「よく聞いてハルヒ。あなたの未来には、とても楽しいことが待ってるの」
 するとゆっくりと顔を上げ、わたしを見つめてくれた。
 でもその瞳からは、とめどなく涙が溢れている。
「…楽しい…ヒクッ…こと…?」
 わたしは必死に堪え―それでも涙目にはなっちゃってるけど―出来るだけ微笑みながら、
「…そう。毎日笑顔でいられるような…波乱万丈な日々よ」
「…ほんと?ほんとにそんな日が来るの?」
 まるでお星さまにお願い事をすれば叶うというお話を聞かされて、純粋にそれを信じようとする小さい女の子のようなハルヒ。
「うん、ほんとよ。楽しい仲間に囲まれて、いろんなことをするの」
「楽しい仲間…その中にみちるちゃんもいる?」
「えっ?」
 口では疑問形でも、その瞳は”いて”と懇願しているよう。
「……うん、いるよ」
 ハルヒの髪をやさしく撫でながら、笑顔で答える。
 彼女の顔にも笑顔が戻ってきた。
「でも…今のわたしとは、ちょっと違ってるかも…」
「…違う?」
 また不安そうな表情…。
 ハルヒ…あなたはわたしが帰ったあと、今日の記憶を消されてしまうの。
だってわたしは、ここにいてはいけない人間だから…。
 今日わたしと出会った事、わたしとお出かけした事…みんな無かった事になるの。
そして、わたしとの別れを悲しんでくれる今この時も…その辛い気持ちと共に消えて無くなるの。
 だから”違う”と言ったのは、今のあなたを知らない”わたし”という意味。
当然、今のわたしを知らないあなたにもなるんだけど…。
 本当にごめんなさい。わたしたちの勝手な都合であなたの記憶をいじってしまって。
でも、わたし忘れないよ。ハルヒの事。
 そして…信じてる。
また、あなたに会えることを。
あなたがまた、わたしに出会うことを。
それは、未来がどうこうというよりも、わたし自身があなたに会いたいから…。
 本当ならわたしは、遠くからあなたを見守るはずだった。
決してあなたの前に姿を見せることなく、陰からひっそりと…。
それが、わたしの任務だった。
 ところがあなたは、あなたのほうからわたしの前に現れ、そしてわたしをお陽様の元へ連れ出した。
(そういえば…初めて会った時、変な事聞かれたような気がしたけど…)
 おかげでこちらの計画はメチャクチャになり、わたしもその強引なやり方に正直うんざりした時もあった。
 でもね、今だから思うの。
あのまま本来の任務通り遂行していたら、はたして今までの間、こんなに楽しく思えただろうかって。
 いろいろ恥ずかしい事や落ち込むような事もあったけど、それも今となっては楽しい思い出。
 すべてあなたのおかげよ。
このあと記憶が消されても、わたしはまたあなたと…みんなと会いたい。楽しい思い出を作りたい。
 だから、あなたの気持ちを聞かせて。
 どんなことがあっても、あなたの願いはかならず叶うから。
「…いいわ。違っててもあたし見つける。絶対に…絶対にみちるちゃんを見つけてみせる!」
 …ありがとう、ハルヒ。
「…うん…待ってるね。わたし、見つけてくれるのを待ってるから……だから、それまで少しの間…」
「わかったわ…あたし、がんばるっ!」


 そうよ、がんばって
 そして、また会いましょう……ハルヒ



 その後、わたしの元の時空間への帰還を待って、涼宮さんたちへの記憶消去が行われた。

 



――数年後、


「んー…ねぇ、あなたお姉さんか誰かいない?」
「えっ?わたし一人っ子ですけど…」
「そう……気のせいかしら?…まっ、いいわ。さあ行くわよ!」
「へぇっ?ど、どこへ行くんですか?」
「いいからいいから!」
「ちょ、ちょっとあの…」
 バァーンッ!
「やあごめんごめん!遅れちゃったー!捕まえるのに手間取っちゃって!」
「なんなんですか~?ここどこですか?何で連れてこられたんですか?いったい何を…」
「黙りなさい。…紹介するわ」

 


「朝比奈みくるちゃんよ」




~みちる再び~ 終

 

 


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