長門有希の結婚生活 [R-18]の続き)
 


「おめでたです。」
産婦人科の先生にそう告げられた。
結婚してから一年半、ようやく私も母親になれるのだ。
彼にはどうやって伝えよう?
昔の私なら単調に事実を告げるだけだったかもしれないけど、今は違う。
どうにかして彼を喜ばせたい。
 
方法1:数日間思いきり冷たくしてそれから発表
…駄目。
冷たくしたら彼の私に対する態度も冷たくなるだろう。
そんなの堪えられないし、胎教に悪い。
 
方法2:以前のように豪華な夕飯、お風呂の後にラブラブ発表
…いい。
けどいつも通り過ぎて思い切り喜ばせるのには向かないかもしれない。
最悪の場合これでいこう。
 
方法3:いつも通り普通に過ごし、夜寝る前に発表
…これ?
いつも通りだからかなりのハプニングになるはずだ。
取り乱す彼を想像するとつい口元が緩む。
 
方法4:妊娠検査の紙を「あのー…」
 
「…?」
「……後がつかえてるので…とりあえず待合席のほうに行かれて貰えますか?」
「…失礼しました。」
医者の前で考えを巡らせていたようだ。
あの様子からすると口に出してたのかも知れない。恥ずかしい。
 
家に着いた。
帰り道にずっと考えていたけど、方法は③にする。
彼には気付かれないようにしよう。勘が鋭いから。
 
「ただいまー。」
「…おかえりなさい。」
いつも通りに彼を玄関で待ち、いつも通りに鞄を受け取り、いつも通りに食事の準備。
 
「…どうしたんだ?」
ギクリ
…いつも通りに…。
「…何が?」
「いや…なんていうか、いつも通りだなぁ…と思って。」
「…いつも通りなんだからいつも通りなのは当たり前。」
「あ、いやまぁ…そうだけどさ。…なんていうか、必死にいつも通りを装ってるように見えて。」
…彼はいつも以上に勘が冴えている。
「なぁ、有希。酒飲まないか?」
コタツでくつろいでいると彼はビールを手に私の前に座った。
酒は赤ちゃんに悪い。いつも通りなら断らないけど、こればっかりはダメ。
「…いい。」
「なんだよぉ、飲もうぜー?」
…?いつもならたいていの事は一度断れば引き下がるのに。珍しい。
「…今日はあまり飲みたくない。お酌ならする。」
「…そっか。じゃあ頼むよ。」
 
軽いおつまみを作って、彼のお酒に付き合った。
今日の彼はいつもよりご機嫌に見える。
多分私が赤ちゃんができた喜びでそう感じるだけだろうけど。
「なぁ…風呂、一緒に入らない?」
…妊娠中の性行為は赤ちゃんに影響がある。
必ずヤるとは限らないが、可能性は1%でも消しておきたい。
「…いい。」
「また?…なんか怒ってる?」
こればっかりは勘が外れたみたい。違う、とても喜んでる。
「…そんなことない。ちょっと恥ずかしい。」
「何がだよ、いつも一緒に入ってるじゃないか。」
「…少し、太ったから。」
咄嗟に嘘をついた。彼に嘘をつくのは初めて。
…悪意のある嘘ではないから許されるはず。
「なるほどなぁ…そうは見えないけど…嫌なら仕方ないか。」
ちょっとかわいそう。
「背中流すだけなら…。」
パァッと彼の表情が明るくなった。
「ああ、お願いっ!」
…この表情が好き。好きすぎてどうにかなってしまいそう。
 
シャコシャコ
 
彼がお風呂から出た後、私もお風呂に入った。
さぁ…もうそろそろ打ち明ける時間。
彼の慌てる顔は最近見てないからとても楽しみ。
 
私がお風呂から出ると、彼はベッドの上でニコニコして私を見つめてきた。
「有希、マッサージしてあげるぜ。」
…まずい。
もしかしたらそのままセックスに持ち込まれるかもしれない。
持ち込まれてから断るときっと彼は落ち込む。それだけは阻止したい。
「…いい。代わりに私があなたに。」
「んー、俺が有希にしてやりたいんだけどな。…じゃ、先にやってくれ。その間に気が変わったらいつでも言ってくれればいいから。」
コクリと頷く。
 
彼の背中に跨がり、肩甲骨の辺りを指で押す。
彼がいない間、ツボ押しの本を読んだことがあるので知識としては心得ている。
気持ちよかったのか、始めてから10分ほどすると彼は寝息を立て始めた。
 
しまった…。伝えるタイミングを逃した。
いや…違う。
ここでちょっと起こして、寝ぼけた頭にサプライズで相乗効果が生まれるかもしれない。
気付いて笑いが込み上げてきた。つくづく私は人間になれたんだなと実感する。
 
布団に潜り込む。
さて、起こそう。
「…あな「なぁ有希」
…驚いた。私が逆に驚かされた。
「寝てたのかと。」
「いや、驚かそうと思って。びびっただろイテテテテ…」
彼の頬を引っ張る。なんか悔しい。
「驚くのはまだ早いぜ。」
「え?」
「俺、係長に出世した。」
…?……?
「…本当?」
「ああ、どうだ、驚いたか。いやー、いつも通りに振る舞って驚かす作戦はせいこイテテテテ!」
…夢じゃないらしい。
「…自分ので確かめろよなぁ。」
「おめでとう。」
彼をぎゅうと抱きしめる。
あぁ、先に驚かされてしまった。しかも考えていたことまで一緒だなんて。
喜ぶ雰囲気に溢れている今明かすのは癪だけど仕方ない。
「…私も、伝えたいことがある。」
「ん?なんだ?」
落ち着く為にすぅと息を吸って…。
「赤ちゃんができた。」
「…はい?」
「赤ちゃんができた。」
「ほんとに?」
「本当。」
「マジ?」
「マジ。」
彼はプルプルと震えている。
だんだん泣きそうな顔になってきた。…喜んでない?
「でかしたぞ有希ィー!!!」
大声をあげて私を強く抱きしめてきた。
「やった、俺と有希の子供か!嬉しい、嬉しいなぁ!」
「…私も。」
顔が熱くなるのを感じた。よかった、喜んでくれて。
一瞬でも喜んでないかもと考えた自分を叱る。そんなはずないのだから。
「今日は本当に素晴らしい日だ!名前は何にしようか!?」
「…まだ、気が早い。男か女かもわからない。」
「わかってるよ!両方考えるんだよ!ウヒヒヒ、楽しみだ!…あっ…。」
喜びのあまり彼は笑いながら涙を流している。…切ない気持ちになった。
「…ほんとに…嬉しいなぁ…。」
私を抱きしめてくれた。…ああ…私は愛されている。こんなにも。
世界中の人に自慢してやりたい。これが私の最愛の主人と。
「…愛してるぞ。」
「…私も。」
「『私も』だけで濁すなよ…。…愛してるぜ。」
「…私も、愛してる。」
布団の中で見つめ合い、少し笑って、キスをして、眠りについた。
 
名前は何にしよう?
私もほんとは気が早い。
だって彼との愛の結晶。
気が早くなっても仕方ない。
 
 
朝、いつもより早く目覚めた。
「ムニャムニャ…」
彼が何か寝言を言っている。
 
 
 
「産まれた…俺の子…よくやった…有希…ムニャムニャ…」
…ほんとに…気が早い。
これは私への愛の深さと受け取っておこう。
 

 


 


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