「世界がピザになってしまったことに気づいたのは、涼宮さんと縁のあった私だけでした」
 深夜の街路。俺と古泉の前に突如現れたキングスライム……もとい、朝比奈さん (大) はため息まじりにそう呟いた。
「私は涼宮さんの情報改竄に、耐性というか免疫というか、そういうものがあったんだと思います。ある瞬間を境に世界が、この時間軸から見て未来の世界がデブの惑星へと変容してしまったことに私は気づきました」
 明日この世の終わりが訪れると悟ってしまったかのような口調で朝比奈さん (大) は肩を落とした。ひどく落胆した様子なのに、顔面の肉が厚すぎてどんな表情をしているかが目視確認できない。
 俺と古泉は驚愕のあまり言葉を失ってわなないていた。最悪の場合、世界はピザになってしまうと予想していたが、よもやこれほどとは……。果たして目の前の未来人の女性と思われる肉の塊は、無事日常生活を送っていけているのだろうか?
 これはピザなんて生ぬるいものじゃない。ジャーマンポテトスペシャルピザだ。
「未来世界の住人たちは自分たちが当然過剰な肥満体になってしまったことに疑問をもっていません。世界は元々こういう構成をしていたのだと理解しているからです」
 なんて……なんて恐ろしい。よもやハルヒがデブ専に目覚めるだけで世界がこれほど凄惨な事態になっているなんて。朝比奈さん (大) に比べれば、俺や古泉なんて単なるワラビ餅に過ぎないぜ。
「未来の世界には靴紐がないんですよ。何故だか分かります? 未来人は自分で靴を履くことすらままならないから、座って靴の紐が結べないんです」
 なんということだ。人間世界は人界という地獄のひとつに数えられていると聞いたことがあるが、これはまさに肉界。肉地獄。
 話が長くなりそうだということで、俺たちは長門のマンションへ引き返した。緊急事態なんだ。長門を交えてじっくり腰を据えた話し合いをするべきだと判断したからだ。
 朝比奈さん (大) の歩く様子を見てるだけで悲しみがこみあげてくる。ひょこひょこと左右にゆれながら、体中の肉という肉をゆさゆさ揺さぶりつつ歩く姿は、下手な三文ドラマよりよほど涙を誘う。いっそ歩くのをやめて転がった方が早いのに。

 

 再び長門宅にやってきた俺たちは、手短に長門にことの経緯を伝え、会談の場を設けてもらった。
 お茶を運んできた長門は急須から淹れたお茶を、俺と古泉と、壁にもたれかかるように座る朝比奈さん (大) の前に置いた。きっとああやって何かにもたれかからないと、自重で下半身を痛めてしまうのだろう。わかります。
「つまり朝比奈さんの話をまとめると、涼宮さんが肥満嗜好に目覚めてしまうという歴史的パラドックスが起こってしまったため、未来世界はその影響を被り世界中の人々が過度の肥満体になってしまった。ということですね?」
「そうです。古泉くんの言う通り、涼宮さんの好みがこの時代で、もうすぐ肥満好きに変わってしまってしまうのです。そのため、未来の世界が大変なことになってしまうのです」
 お茶を飲み干した朝比奈さん (大) は、とうとう身体を床に横たえて惨憺たる未来の窮状を語り始めた。

 

 世界中の人間が肥満であるため、若年性肥満の子供がほぼ100%。小児性の糖尿病を発症させる子供も少ないという。大人にいたっては3人に1人が過度の高血圧や糖尿病、通風などの重度の病気を患っているという。
 またそれらの病気から併発する網膜症、神経症、肝硬変、腎不全、動脈硬化、がん、心臓疾患、脳卒中、変形性間接炎などなど。
 現代人に比べて肥満が定着化しているので今の世の中ほどの発病はないものの、それでも日夜病院は満員状態。デブがデブを呼び、さらにそのデブがデブを呼ぶという混迷の一途。
 世界でも1,2を争うほど充実している現代日本の医療制度は完全に崩壊し、高額の医療費のほとんど全てを受診者が支払わなければいけない冬の時代が到来しているという。
 そのため低所得者、普通所得者は満足な医療が受けられず悲惨な生活を送っているらしい。
 また、ただでさえ医療費が高いのに、病院に押し入るインスリン強盗が多発しているため病院は警備会社と契約して自衛を強めているためその人件費まで医療費に含まれる始末。
 健康被害の拡大を最小限に食い止めるため政府はタバコとアルコールの流通を法的に禁止するが、タバコ、アルコールを暴力団組織のシンジケートが裏社会で一手に売買し始めたため、麻薬・ドラッグ以上に公安組織を悩ませているという。
 肥満化した人間たちは自然と運動をやめるため、移動の際に交通機関や車の利用が増加。世界規模の二酸化炭素問題が発生。お隣の某国が工業ガスを大量に吹き上げているため、国家間は今以上にギスギス状態。
 さらに食料問題も見過ごせない重大議題だそうだ。なんせデブはよく食う。ただでさえ世界規模で食料が減少しているというのに、デブたちは大量に食いまくる。そこでも先進国と途上国間の格差問題が拡がっているらしい。
 とにかく全てにおいて、阿鼻叫喚の地獄絵図。ハルヒがデブ専になっちまったせいで、遠くない将来、世界は破滅のピンチに陥っているわけだ。

 

「朝比奈みくるの言っていることは真実。このまま何の手も打たずに間近に迫ったゴールデンウィークを迎えた場合、決して低くない確率で涼宮ハルヒは自宅のインターネットで見つけた肥満嗜好サイトの影響で、その方向に覚醒してしまう」
 そうなれば、世界を救う手立てはなくなってしまう。と丸顔の長門が淡白に説明してくれた。
「このままでは本当に人類は、いえ、地球上の生命は滅亡してしまいます。他勢力の古泉くんや長門さんに助けを求めるのは心苦しいのですが、地球の危機という共通認識を持ち、手を貸してはくれないでしょうか」
 本当に苦しいんですよと言って、朝比奈さん (大) は何度目かの寝返りを打って仰向けになった。きっと身体と床の接している面が重さに耐えかねて痛いのだろう。
「了解ですよ。機関は元々、涼宮ハルヒの神的能力によって世界へ悪影響が出ることを防ぐために結成された組織です。先ほどのお話のような事態が到来すると知りながら放置しておくことはできません」
「情報統合思念体も未来人たちに協力する方向で決定が下された」
 古泉と長門はともかく、俺が朝比奈さんの願いを断るわけがない。それに、世界がそんなおかしな事になると知りながら見て見ぬふりなんてできないぜ。
 仰向けのまま、朝比奈さん (大) は顔だけを俺たちの方に向けて何度も何度も礼を言っていた。

 

 さあ。どうするべきかな。協力を約束したものの、どうやって世界のジャーマンポテトスペシャル化を阻止したものか。
 ハルヒは食事制限から運動、自己管理におけるまでことごとくダイエットを失敗してきたデブの見本的な女だ。普通のダイエットに見向きもしないあいつを痩せさせる手立てなどあるのだろうか?
 こうなったら多少ならずとも、荒治療の必要があるようだな。

 


 ~4週目 ・ 我慢ダイエット~

 


 次の日。SOS団の部室では珍しい光景が広がっていた。SOS団の平団員である俺、朝比奈さん、長門、そして副団長の古泉が真摯な面持ちで団長・涼宮ハルヒに詰め寄っていたのだ。
「是非、今度のゴールデンウィークには山篭りツアーを敢行したいと思っているのです。これは我々団員の総意でもあります」
 慇懃でありながらも、絶対に自説を譲らないという強い信念のこもった口調で古泉がハルヒを見据える。
「たまにはそれもいいと思うんです」
 必死の表情で力説する朝比奈さんに、無表情ながらも重々しく頷く長門。そして俺自身も、ぜひとも一度山篭りというものを経験してみたいと主張する。
 何故、山篭りなどを? 答えは簡単だ。朝比奈さん (大) の話によればハルヒはゴールデンウィークの最中に自宅でデブ専に目覚めるという。ならその時間ネット環境の無い場所に連れて行き、ノーマルな趣味に引き戻せば良いと判断したのだ。
 別に山に篭る必要性などないだろういう意見もあるだろうが、ダメなのだ。普通の場所、ありきたりの環境への旅行では、涼宮ハルヒという厄介さんを納得させることはできないのだ。まったくもって厄介さんだよ。
 本当は以前行った孤島のペンションなどで優雅に合宿していたかったのだが、それでは今までと何も変わらない。この機に一気に体脂肪を落とし、ハルヒの凝り固まった脂肪のような価値観も変えていかねば、ということになったのだ。
「山篭りねぇ。確かに面白そうな案ではあるけど、でもなんでまた皆して山に行きたいなんて思ったわけ?」
 理由なんてあるもんか。山だぞ、山。山はいいぞ。何故山に登るのかと言うと、そこに山があるからだ。分かったか?
「何わけの分からない支離滅裂なこと言ってるのよ。それはそうとして、私この連休にはSOS団のみんなで遊園地に行こうと思ってたんだけど、どう? そっちの方が面白そうじゃない?」
「ダメです」
「ダメですよぅ」
 ダメだ。
「山にするべき」

 

 SOS団一同の謎の一斉否定に遭い、さしものハルヒも理解不能を起こし、目を白黒させて硬直していた。
 悪いなハルヒ。俺も山に篭るより、みんなで遊園地に行った方が100倍楽しいと思うぜ。だが残念ながら、今は世界の未曾有の危機なんだ。このままじゃ、世界が脂肪まみれになっちまう。分からなくてもいいから、今は首を立てに振ってくれ。
「遊園地にはいつでも行けますが、山に篭れるチャンスは今だけなのですよ? 寒さも和らいできましたし、ヤブ蚊などの虫が発生するのはまだ先です。タケノコも芽吹いていることですし、山篭りには大変適した季節だと思いますが」
 少し焦った古泉がちょっと苦しい言い訳をする。この弁がハルヒに通用するか?
「うぅん………みんながそこまで山に篭りたいって言うんなら、団長としてもやぶさかではないわね……」
 あからさまに怪しい古泉の言だったが、ハルヒ自身も動揺しているためか、それを怪しいとは思わなかったようだな。不承不承と言う感じだが、ハルヒも俺たちの勢いに圧されて認めざるをえないと判断したようだ。
「じゃあ古泉くん、今のうちからSOS団が篭るにふさわしい山を探しておいて。私は山に篭って何をするかのメニューを考えておくから」
「ありがとうございます。ご期待に添えますよう、全力で篭るべき山を探しておきます」
 そうは言ったものの、依然釈然としていないハルヒだった。が、あれこれと古泉が山篭りについてハルヒの好きそうな物語を聞かせてやっているうちに、あの肉厚な眼窩にも爛々と好奇心の輝きがその光度を増していく。
 古泉の話を聞き終えてその日の活動を終了する頃には、すっかりハルヒは山篭りする気になり、いつも通りのSOS団団長様の姿に様変わりしていた。言い出した俺が言うのもなんだが、あんまり無謀なことはスケジュール化しないでくれよ。

 

 

 

 そうこうしているうちに、瞬く間に4月は過ぎ去っていった。まだまだ先だと思っていたゴールデンウィークも、気づくとも目の前にまで迫っている。
 本来なら長期の休暇である黄金週間を喜ぶべきところだが、さすがに今は複雑な心境である。何せ不本意ながらも、地球の未来がかかった山篭りに行かなきゃならないことが決定されているのだ。微妙な心持になるのも当然のことさ。
 だから、すぐ隣でゴールデンウィークの到来に喜びうち震えているデブ谷口を見ているだけで憤懣やる方ない怒りに駆られてしまうのもやむなしというもんだ。


 あ、言っていなかったが、谷口も太っている。こいつの場合はハルヒの変人能力などは一切関係なく、ただ単に自堕落が祟って皮下脂肪が増えてしまっただけだ。俺も他人のことを言えた体型じゃないが、それも自業自得ってやつさ。
 谷口が太っているのはたまたまの偶然だが、偶然は他にもいろいろ続いている。国木田も太っているし、加齢臭漂うお年頃の岡部教諭もメタボっている。阪中もデブだし、ぶっちゃけ運動会系以外のやつはみんな脂ぎっている。
 どういう経緯があったのか知らないが、カナダから帰国した朝倉も水牛と見紛うばかりに肥大化していた。表向きにはカナダでメイプルシロップを食いすぎたということだが、長門が言うには二度と凶行に走らないよう主流派によって肥満化させられたらしい。

 

 そんなこんなで長期休暇が訪れてしまったわけだが、恐ろしいことにハルヒの言う山篭りスケジュールとやらは未だ発表されていない。なんでも山に行くまで秘密なんだとか。なんとミステリアスなことよ。
「いいわね、みんな! 一生に一度、あるかないかの山篭りよ! 悔いの残らないように精一杯篭りましょう!」
 新幹線の席で、デカイ肩で隣の俺をぐいぐいと押しながら、ハルヒはひたすらエキサイトしていた。そんなに押すなよ。ただでさえ狭いんだから。まあ、席が狭いんじゃなくて俺たちがデカイだけなのだが。
 車輌内を歩き俺たちの座席の脇を横切る通行人は、一様に俺たちを見てギョッとした顔をで去っていく。そりゃこんな力士みたいな集団が新幹線の一角を占領してりゃ誰でもびっくりするわな。
「涼宮さん、一体山に行って何をする気なんですか? そろそろ教えてくれてもいいんじゃないですか?」
 好奇心半分、怯え半分といった表情で、朝比奈さんが目の前のハルヒに問いかける。しかしハルヒは意味深な笑顔で微笑むだけで、とうとう回答を口にすることはなかった。
 不安だ。とことん不安だ。それはそうと、駅弁3つは食いすぎだろう。
「あそこが私たちが篭ることになった、痩身山よ!」
 丸太のような腕で上下が逆さまになった地図を振り回しながら、ハルヒは新幹線の窓から鬱蒼と生い茂る木々にどこまでも埋め尽くされた山を指差した。

 

 

 痩身山は遠くから見た遠景ではとても奥深そうな山だった。しかし実際そこへ分け入ってみて、その印象は大きく覆されることとなった。
 ここは山なんかじゃない。登り勾配の急な、樹海だ。
「なかなかステキな山じゃない! やっぱりこれくらい自然豊かな山じゃないと、篭り甲斐がないものね!」
 こいつは脂肪に圧迫されて脳みその判断能力が前にも増して低下しているのではないだろうか。これのどこがステキな山だと言うのか。俺たちは生きて還ることができるんだろうな?
「じゃあ、早速私たちが篭るテントを建てるわよ!」
 山の中腹を過ぎた辺りで、川べりの広場でハルヒがそう提案した。正直言ってもう足腰がガタガタだしこの辺で止まってくれないと過労死してしまうと思っていたところだ。ふうふうと荒い息を漏らしながら、俺と古泉は背負っていた荷物を下ろした。
「小さい方が男用テント。大きい方が女用テントよ。じゃあまず大きい方から作りましょう!」
 そう言うと思ったよ。だがその前にちょっと休ませてくれよ。もう疲労困憊で倒れそうなんだ。

 

 大きなテントを何とか張り終えた後、休む間もなく俺たちは小さなテントの設営にとりかかった。ほとほと疲れ果ててはいるが、小さなテントは男性ルームなのだ。これができないと俺と古泉は深山の最中で野宿ということになってしまう。
 テント張りにはもう嫌気がさして久しいのだが、女性陣は川辺で夕食の準備を進めているのだ。俺たちももうひと踏んばりしないとな。
 流れる汗を拭きながら、俺は古泉にこの山を選んだ理由を問いかけた。山篭り場所にここを選んだのは、他ならないこいつだからな。
「それは、この山が涼宮さんの希望と、山篭りに適していたからですよ。この山には熊のような猛獣もいませんし、このようにキャンプを張るにふさわしい広場もあります。到る道は険しいですが、見た目ほど危険な場所ではありませんよ」
 確かに、言われてみれば過ごしやすそうな場所ではあるな。テントを張るにはちょうど良さそうだ。
 にしてもハルヒの希望通りって、あいつはお前に一体どんな要望を出したんだ? 普通じゃないほど深い山でもご所望だったのか?
「涼宮さんたってのご希望ですよ。あなたにもご想像がつくんじゃないですか?」
 ……まさかとは思うが、ツチノコが出る山とか、天狗が住んでる山とかか?
「惜しいですね。方向性はあっていたのですが。正解は、宇宙人の出る山です」
 宇宙人の出る山って……宇宙人をまるっきり妖怪扱いだな。某怪談じゃあるまいし。
「この痩身山の上空では、よくUFOや未確認非行物体が確認されるのですよ。山に宇宙人らしき小さな人影を見たという目撃例も、何件か挙がっているという話です」
 下らないな。そんなのはゴシップ誌か東スポあたりがギャグででっち上げてるようなもんじゃないか。子供じゃあるまいし、そんなの真に受けるやつがいるわけないだろ?
「夕食ができた」
 俺たちを食事にさそいに来た長門の肩に手をおき、俺は古泉に向き直った。いいか、宇宙人ってのはこういうのを言うんだぞ。

 

 その日の晩飯はキャンプの定番、オーソドックスなカレーライスだった。屋外カレーといえば焦げたカレーに生煮えご飯と相場が決まっているが、このカレーは家庭料理並の出来栄えだ。さすがSOS団製。
「孤島の豪華な別荘もいいけど、こうして静かな山奥にテントを張ってアウトドアするのもいいものね! あんなきれいな月、久しぶりに見た気がするわ」
 ハルヒは口の周りをカレーでベタベタに汚しながら、きらきら光る瞳で夜空を見上げていた。純粋にこの樹海合宿を楽しんでいるその姿を見ていると、俺もなんだか心が軽くなっていくような気がしてくる。
 周囲を見回すと、朝比奈さんと古泉もハルヒと同じように満点の星空に目を奪われていた。それがとても微笑ましくて、平和で、不意に頬が緩んでいく。気づくと俺も、神秘的な夜の空を見上げていた。
 苦労して来た甲斐があったかな? こんな時間も、悪くないよな。
 ただ長門だけが、ひたすら鍋を見つめたままカレーを食べ続けていた。

 

 ひたすら美しき星の輝く空を満喫したハルヒは、満月のように丸い目と顔を俺たちに向けて高らかに宣言した。
「それじゃ、晩御飯も食べたことだしそろそろ山篭りの本分に入りましょうか」
「え? 山篭りの本分……ですか?」
 朝比奈さんが小首をかかげて疑問を口にしている間に、俺の脳裏に古泉から聞いた話が蘇る。
 そうだ。ハルヒはこの山篭りで、宇宙人を見つけ出すつもりなんだった。わざわざ見つからないものを探さなくても、長門有希で満足しとけよ。
「宇宙人を探し出すのよ! 情報によれば、この山には宇宙人がウヨウヨいるって言うもの。山に篭って集中的に探せば、きっと1人や2人には出会えるはずよ!」
 ウヨウヨいるわけないだろう。本当にいい加減なことばかり言うやつだな。
「というわけで。みんな、準備はいい? 必ずやこの連休中に、2,3人の宇宙人とお友達になるのよ!」
 ということは、長門をあわせても最低1体はノルマとして宇宙人を見つけ出せというのか。長門に頼んで喜緑さんを呼んでもらおうかな。
 言い忘れていたが、ちなみに喜緑さんもメタボである。穏健派の彼女は、おっとり食べておっとり運動不足になって、おっとりスローペースで太ってしまったらしい。というと何だかかわいらしいが、今じゃ立派な百貫デブである。
 空になったカレー皿を机の上に放り出し、ハルヒは意気揚々と立ち上がった。そしてまだカレーを食べている朝比奈さんの腕をつかんで歩き出した。
「さあ、そうと決まれば善は急げ! 早速出発よ! 宇宙人は夜中は活発に動き回っているだろうから、見つけられる可能性が飛躍的にアップするわよ!」
 どういう経緯の調査結果だよ、その統計は。宇宙人が夜行性だなんて聞いたこともないぞ。
「何つまんないこと言ってるのよ。いるわよ、絶対に! だいたいあんたごときに、宇宙人がこの山にいないことが証明できるっての?」
 そんな小学生の張り合いみたいなセリフで反論されてもなぁ……。まあ、長門がここにいる以上、この山に地球外知的生命体が存在していることは確定しているわけだが。
「そんじゃ、早速探索に出かけるわよ! 私に続けぇ!」
 やれやれ。メタボってもこの行動力満載の突っ走り傾向は何も変わらないな。

 

 

 そんなこんなで、俺たちはハルヒ隊長の下で夜を徹しての宇宙人探索に精を出すこととなったのだった。まったく、居もしない物を探してガタガタの身体にさらに鞭打つことになろうとは。
 当然といえば当然なのだが、やはりいくら深山に分け入ろうとも宇宙人は見つからなかった。ハルヒいわく 「明日こそは必ず見つけ出してやるわ!」 と粋がっていたが、こいつは宇宙人を日本猿かなにかと混同しているんじゃないだろうか。
 いや、そんなことはどうでもいいのだ。宇宙人を捜し求めてあてもなく山中を駆け回るくらいなら運動にもなるし、世界がピザになる心配もない。多少疲れる程度のことで済むのだから。
 山篭り開始から3日目。問題はその日の朝からすでに始まっていた……。

 

 

「食料が底をつきました……」
 深刻な顔つきで、それに最初に気づいたのは朝食担当の朝比奈さんだった。血色のいい顔を曇らせ、米を入れていた箱を開いて見せてもらったが、なるほど。1粒たりとも残っていない。
「おかしいわね。いくら大食いがそろっているとは言え、そこそこ多めに食料は持ってきてたから3日目で切れるはずはないんだけど。ネズミにでもやられたのかしら?」
「お米だけじゃないんですよ。保存用に買っておいた乾燥肉や漬物なんかも無いんです」
 え、ご飯だけじゃなくておかずまでないんですか? 全部ですか?
「はい。おかずの類も全滅です。残っている物は調味料だけなんです」
 参ったな。麓の町までは歩いて半日近くかかるぞ。その間食料もなしの強行軍となると、かなり辛い道のりになりそうだな。
 俺たちが困り果てていると、水汲み担当で川の上流までバケツを持って出かけていた長門が、ご飯粒がついたしゃもじをモシャモシャとかじりながら帰ってきた。……なんでこいつ、ご飯食べてんだ?
「……有希? そのご飯は、なに? どうしたの?」
 水の入ったバケツをテントの横に下ろし、きょとんとした様子で長門はハルヒに向き直る。
「朝ごはん。小腹が減っていたので、水汲みに行く前に米を炊いて持って行った」
「……その米、もしかして、この櫃に入ってたご飯を全部つかっちゃった……?」
「そう」
 まったく悪びれたふうもなく、「当たり前のことを訊くなよ」 といった感じで長門はしゃもじをペロペロキャンディーのようになめ始めた。

 

 サバイバル生活において何にも増して大切な食料に手を出した見せしめとして長門を木に逆さづりにしようという見解で俺たちの意見は一致したのだが、長門が重すぎて木に吊るせない上に長門の体重を支えられるだけの木が無かったので、結局その案は没となった。
「これは一体何の騒ぎですか?」
 とりあえず重罪を犯した長門にどのような制裁を加えるべきかと論議していると、薪拾い担当の古泉が枝木の束を担いで帰ってきた。
「おお、古泉か。お疲れさん。聞いてくれよ、実は長門が……って、お前、それなんだ?」
 荷物置き場の隣に薪の束を下ろす古泉を見て、俺たちの眉間に厳しいタテジワが走る。
「何って、干し肉ですよ。お恥ずかしながら、薪を拾いに行く前に小腹が減っていたので、悪いとは思ったのですが早めの朝食をいただいてしまいました。はっはっは」
 さわやかな笑顔でそう言う太い好青年に背を向け、俺とハルヒと朝比奈さんは討議に戻る。さすがにデブ2人を支えられるだけの木は周囲になさそうだ。

 

 造反者の長門と古泉を表の木の根元に縛り付けた俺たちは、大きい女性用テント内で水を飲みながら今後の対応を検討していた。
 まず話し合われた議題は、今から山を回って木の実などの食料を現地調達するという内容であったが、これは保留されることとなった。
 俺たちは勢いで山に来ただけのアウトドア超初心者だ。この樹海内に存在する物で、何が食べられて何が食べられないかの判断などつかない。誤って毒のある物や菌類の多い物を食べてしまったら、医療器具の無いこの状況では致命的だ。
 長門がいてくれれば食べられる物とそうでない物の仕分けをしてくれそうだが、そもそも食べられる物、調理可能な物がこの樹海内に豊富にあるとは思えない。いたづらに樹海内を放浪した挙句、収穫ゼロという可能性もある。
 次に話題になったのは、一度山を降りて食料を買いに言ってはどうかという案だったが、これはハルヒによって却下された。
「まだ宇宙人を見つけてないじゃない!」
 この期に及んで宇宙人かよ。空気読めよ。
 代替案として、長門と古泉に食料を買いに行かせるという話も出たが、片道半日のここと麓の町を往復していたら1日かかってしまう。それは無理だろう、という結論に帰結した。
 じゃあ一体どうしようと言うのか。十分山篭りを堪能したことだし、俺としてはもう帰りたい心境ではあるのだが。
「仕方ないわね。じゃあ今日一日粘ってみて、明日までに宇宙人が見つからなければ少し早めの下山としましょう」
 マジかよ。食料も底をついたってのに、まだ宇宙人を探すつもりなのか?
「当然よ! この程度の苦難で宇宙人探索をあきらめたとあっちゃ、SOS団の沽券にかかわるわ」
 失って困るような沽券なんて持ち合わせていないくせに。食料がないと知っちまうと、余計に腹が減ってくるぜ。ちくしょう!
 そんなこんなで始まった山篭り3日目は、あまり派手な動きもなく粛々と執り行われていた。あのハルヒですら空腹のためか、あまり高いテンションを維持できず終始元気がなかった。
 まあ俺たちの体格を維持するためにはそれ相応のカロリーが必要なわけで。そのカロリーが確保できないとなれば、体内の元気をカロリーに変換して使うしかないわな。

 

 

 結果から言うと、3日目も宇宙人は見つけることができなかった。まあ当然だな。2日間夜を徹して捜索して影すら確認できなかったUMAが、空腹でふらふらのやる気が出ない俺たちごときに見つけられるわけない。
 朝からろくな物を食べずに山中を這い回っていた俺たち。夕方に差し掛かる前からすでに、ガス欠になった車のようにぷすぷすと変な音を鳴らしながらテント前にぐったりと座り込んでいた。
「……ねえキョン。なんか作ってよ……」
「……米も食材も、もうないだろ。マヨネーズと塩だって、昼にそこらへんから採ってきた草で作ったグリーンサラダにかけて食っちまったじゃないか」
 俺たちはもう駄目かも知れんね。
 偉大なるプロレスラー、武藤敬司も自叙伝で言っていたじゃないか。山篭りなんてするもんじゃないってさ。その警告を無視して山になんて来るから、こんな目に遭うんだ。自業自得さ。
 にしても、腹減ったな……。カップラーメン食いてぇ。スナック菓子食いてぇ。肉とまではいかなくても、腹にたまる物が食いてぇ。
 前に炭水化物を食べないようにする食事制限ダイエットをやったことがあるが、食事制限なんてやわなもんじゃないぜ、これは。ダイエットというよりも断食だ。修行僧かよ、俺たちは。
「起きてたっていいことは何もないわ。体力を使わないよう、今日は早く寝ましょう」
 力ないハルヒの提案に異論をはさむような者はひとりもいない。それが妥当だと思うし、反論する力も残っちゃいないんだ。俺たちは無言で水腹をふくらませると、そのままのそのそと床に就いたのだった。

 

 

 

 4日目の朝。早くから起きだしてきた俺たちは誰からともなく黙々と身支度を整え、山を降りる準備を整えた。
 正直言って無事に下山できるかどうかも怪しい体力ゲージだが、このままここに残るわけにもいかない。5人そろっていれば何とかなるだろう。
 俺たちは、下山を始めた。さらば、山篭り。二度と来ねぇ。

 

 と、別れの意を捧げて肩を落とした5人組だったが、1時間2時間と歩いているうちに、あることに気づく。
「非常に危険」
 心なしかげっそり痩せたように見える長門が、先頭を歩くハルヒに聞こえないよう俺たちにささやきかける。
「涼宮ハルヒは早々に痩身山を下山することを望んでいるが、心の奥底ではアクシデントにより目標を達成できずおめおめ下山しなければならなくなった現状に強い不満を抱いている」
 だろうな。あの完璧主義者のハルヒのことだ。宇宙人が見つからなかっただけならまだしも、食料不足になってしまうという情けない事情で計画を中断しなけりゃいけなくなったってことが納得できないんだろうよ。
「そのため、この森自体が涼宮ハルヒの情報改竄により出口なき迷宮と化してしまった。ここは通常空間と隔離された亜空間的な場所となっているため、未来人、機関はもとより情報統合思念体でさえ介入できない」
 俺たちの目は点になっていた。
「それはつまり、涼宮さんの迷いが吹っ切れない限り、僕たちはひたすらこの森の中をぐるぐると遭難者のように歩き続ける運命、つまりそういうことですか?」
 じ、冗談じゃないぞ、おい! 永遠に繰り返す8月とはワケが違うぜ。もうとっくに体力の限界は過ぎてるってのに、食料もなしでこの森の中をさまよえってか!? ふざけるな!
「落ち着いてください。非常事態の今だからこそ、冷静に対処しましょう」
 俺はお前みたいに達観してないんだよ。死に直面してるってのに、落ち着いてなんかいられるか! 長門、解決策はないのか?
「非常に難しい。涼宮ハルヒの望む宇宙人をこの場へつれてくることができれば事態は好転すると思われるが、情報統合思念体と連絡を絶たれた私にはどうすることもできない」
「ふええぇぇん、どうしましょう!?」
 半べそ状態の朝比奈さんの声を聞きながら、俺はハルヒの背中をじっと凝視していた。やってくれるじゃないかよ、団長さん。
「絶望的な状態です。もう、覚悟を決めた方がいいかもしれませんね……」
 人生に対する覚悟を決めたかのような穏やかな口調で古泉が呟いた。
 冗談じゃない。俺はまだまだこの世に未練があるんだ。生き死にの覚悟なんて決められないぜ。こうなったら最後の手段しかないな。あまり使いたくなかったが……仕方ない。
「キョンくん、まだ手があるんですか?」
 一か八か。乾坤一擲ですよ、朝比奈さん。要するにあいつをお望みの宇宙人に会わせてやりゃいいだろ? 朝比奈さんも長門も古泉も、今から俺の言うことに口裏を合わせてくれ。
「あなたと口裏を? ……なるほど。その手がありましたか。考えましたね」
 さすがに察しがいいな古泉。じゃ、頼んだぜ。朝比奈さんも、長門も。
 俺は意を決し、やっきになって獣道の草をかきわけながら前へ前へと進んでいくハルヒに声をかけた。

 

「おいハルヒ、見たか、今の!」
「え、なにが? 話なら麓の町に下りてからよ」
「それどころじゃないって! 見てないのか? 今さっき空のすぐそこを、UFOが飛んでったじゃないか!}
「え!? UFOですって!? ど、どこよ、どこどこ!? いないじゃないの!」
「本当だって、飛んでたんだって! お前が気づかなかっただけだろ? 古泉も長門も朝比奈さんも、見ましたよね!?」
 体力的にも限界を超えているだろうに、ものすごい勢いで食いついてくるハルヒから顔をそらし、肩越しに振り返り古泉たちにアイコンタクトを送る。頼むから、空気読んでくれよ。
「ええ、確かに見ましたよ。すぐそこを飛行していました。けっこうな至近距離でしたし、見間違えではありません」
「わわ、私も見ました! びび、びっくりしたな~ (棒読み)」
「見た」
 ほら見ろ。これだけの目撃情報が寄せられているんだ。お前が気づかないうちに俺たちの上空を、お前が待ち望んでいたみ確認飛行物体が通過していったんだよ。
 俺たちの命を張った演技にすっかり騙されたハルヒは、目を見開き驚愕の表情で立ち尽くしていた。どうだ、ハルヒ。悔しかろう? ん? 悔しいだろう。悔しいなら早く願うんだ。実在する宇宙人に私も会いたい!と。
 実際にハルヒが宇宙人と出会っちまったらいろいろとややこしいことにはなるだろうが、この迷いの樹海さえ抜けきれば後日、機関や情報統合思念体の頑張りでどうとでも修正可能なんだ。まずはこの森を抜け出すことが最優先事項なのだ。
「ずるいわよ、あんたたちばっかり! 私もUFO見たい! 宇宙人に遭いたい!」
 空腹も忘れ、総身の肉をぶるぶると震えさせつつそうハルヒが叫んだ時だった。突如、俺たちの前の茂みがガサガサと不穏な音を立てて振動し始めた。ひょっとして、出たのか? 宇宙人が出てきたのか!?
「あ、あ……ああああ! でで、出たわよキョン! う、宇宙人だわ!」
 半信半疑ながらも驚きと歓喜に彩られたハルヒの声が森の木々にこだまする。そう、遂に現れたのだ、変体ハルヒパワーによって本物の宇宙人が!
 しかもなんて分かりやすい姿なのだろうか! まるで小学生が落書きしたタコ型宇宙人のような、典型的ラクガキ火星人じゃないか! ハルヒの中の宇宙人像ってこんなものだったのか!? 長門とは大違い!
『きゅーきゅー』
「かか、かわいい~!」
「あ、こら、みくるちゃん、ダメよ不用意に駆け寄っちゃ! 我々地球人が土星人に対して友好的であることを示さないと! まずは挨拶から……ええと、土星語で挨拶はなんて言うのかしら? きゅーきゅー?」
 気づくと体力の限界も何のそので、タコ型宇宙人に急接近する朝比奈さんとハルヒ。え、それ土星人なの?
 どうでもいいが、土星人もみくちゃ状態だな。うねうね動く数本の触手を困ったふうにくねらせ、くらげのような身体をぶにょぶにょとハルヒたちに揉まれている。おいおい、もうちょっとフレンドリーに接してやれよ。その手つきが攻撃行動ととられるかも知れないぞ。
『きゅー!』
 巨大な体躯の地球人女性2名にいいように触りまくられ、愛らしいフォルムをした土星人はひときわ甲高い雄たけびを上げた。と、その瞬間、なぜか急に空が怪しい黒雲に覆われ始めた……

 

「こ、これは……」
 俺は、いや俺たちは、不穏な雰囲気に包まれて頭上に視線を移した。その瞬間から、がっぽり開いた口が閉じなくなってしまった。
 なんかもう……なんていうか……嘘だと言ってもらいたい事態だぜ。
 突然周囲が夕暮れ時になったかのように薄暗くなったから曇ってきたのだと思っていたのだが……上空を見上げた俺たちは度肝を抜かれたね。
 そこには、この痩身山全土を覆いつくすほどに巨大な未確認飛行物体が、超大型UFOが、青空を覆いつくして浮遊していたのだ!
「う、うそだろぉぉぉぉぉ!?」
 空腹と急展開と非常識のオンパレードで完全に混乱してきた脳みそを整理するよりも早く、あっけにとられた俺たちの頭上へ、上空の円盤から謎の光が照らされる。
 サーチライトをあてられたように、眩しさに目を覆っていた俺たち。ふと気づくと俺たちの丸っこい身体が、少しづつ、徐々に、ふわふわと、宙へ浮かび始めていた。
「と、飛んでますよ!? 飛んでます! これはまさか、僕らはあの上空の宇宙船へご招待たまわっているのでしょうか!?」
 ちょ、マジかよ!? うひぃ、勘弁してくれ、許してくれ、キャトミューティレーションだけは堪忍だ!
 気がつくと俺たちは、観覧車にでも乗っているかのように抗う術もなく、またスポイトに吸い上げられる水のように宇宙船へと招かれる。
 ハルヒも朝比奈さんも古泉も長門も、みんな一様に不可視のピアノ線に吊るされるように天へ向かって昇っていく。
 その様子はまさに月の世界へと帰って行く5人のメタボリックかぐや姫。
 おお、俺は地球人で、地球がいいんだ! 宇宙船になんて乗れなくても悔しがらない人生を送るから、下ろしてくれぇぇぇ! ひゃああぁぁぁああぁぁぁ……!

 

 こうして、俺たちSOS団は旅先の山中で不慮の事故により、うっかり巨大宇宙船にさらわれてしまったのだった。

 


  to be continue.... 【次回・とうとう1ヶ月目】


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