春である。スプリングクオーターなんて言葉があったりするが生まれも育ちも日本である俺にはどうでもいい言葉で、実際知らなくとも人生なにも困らないわけだから脳の隅っこの部屋に閉じ込めておくことにする俺は今日も健全だ。
 春である。近所のガキがここぞとばかりに走り回って俺の耳を良い意味で刺激してくれる、季節の初め。
 そう、春なのだ。春の花・桜が、俺たちの目の前で小学生と見間違えそうなほどの無邪気さでそれらの中を駆け回るハルヒをより引き立ててくれる。その元気な少女を見守る俺らSOS団メンバー+鶴屋さんも、溢れんばかりに咲き誇った桜に囲まれ、改めて今が春だということを認識する。
 つまり、春であり――しつこいか?――、今は花見を始める直前、ハルヒによる不思議パワーによって満開となった桜に囲まれながら敷き物を敷いている最中だ。
 そよ風で揺れる栗色の髪をおさえる麗しの朝比奈さんを見て、今日は読書よりずらずらと並んでいくおせち料理に目がいっている長門を見て、珍しくウキウキとした表情を見せている古泉を見て、本日のスケジュールの発案者、名誉顧問の鶴屋さんのスーパースマイルを見て、ピンク色の花びらを集めてはしゃぐハルヒを見て、俺は思うのだった。
 俺は本当に幸せ者なんだな、と。
 
「キョーン! ちょっとこっち来なさーい!」
 敷き物であぐらをかいた途端、ハルヒが俺へ罵声にも似た声のボリュームで叫ぶ。
「なんでだ」
「桜の花集め競争するのよ、さっき思いついた遊びっ!」
 またしょーもない遊びを考え付いたもんだな。その、そのまんまなネーミングはどうかと思うぞ。
「悪いが花見早々汗をかきたくないな。丁度昼時だし、まず料理をご賞味させていただくよ」
 残念ながら俺は鶴屋家特製おせちの方に興味があるんでね。
「あははっ、さすがハルにゃんは面白いなあっ! 今行くよーっ!」
 そう言うと鶴屋さんはハルヒの元へ走り出した。忘れていた、彼女もハルヒと同等のテンションの持ち主であった。
「行ってあげたらいいじゃないですか。涼宮さん、喜びますよ」
 そういうわけにいくか。今俺が行ったら、お前と長門と朝比奈さんだけというなんとも羨ましい空間が生まれちまうだろ。
「いえ、僕は単純に涼宮さんの気持ちを考えて言っただけですよ」
「…………」
 俺がスマイルの一点張りに言い返せないでいると、
「……食べてもいい?」
 さっきから料理の数々に目を輝かせていた長門が、俺ら2人の会話を聞き飽きたように言った。
「ああ、どんどん食っていいんだぞ――」
「――あー!」
 長門が箸を持った瞬間、向こう側からハルヒの声がした。何事かと思ってそっちを見てみると、
「おや、キミたちか! 奇遇だな!」
 SOS団と腐れ縁でもあるのか、上ヶ原パイレーツのキャプテンさんが会釈をひとつしてからにっこりと笑った。
 当然その後ろにはキャプテンとセットで上ヶ原パイレーツ軍団が花見の支度をしている。
「あんたがたも花見?」
「もちろん。こんな満開の桜、そうそう見れるもんじゃないからね」
 まあそうだろうさ。ハルヒ自慢のスペシャルパワーのお墨付き桜だからな。
「しかも今日は我がチームのバッターくんの誕生日なんだ!」
「……それは、おめでとう」
 ハルヒはさもどうでもよさそうに祝いの言葉をキャプテンさんに告げた。上ヶ原パイレーツもそういう時事的イベントには凝っている部分があるらしい。
「しかし弱ったな……これだけの大人数が座れるスペースはここらにないようだ……」
「なら、あたしたちのスペースあげてもいいわよっ!」
「なっ!?」
 おいハルヒ、お前どういうつもりだ。
「ただし、あたしたちとの勝負に勝てたらねっ!」
「勝負?」
「そう。桜の花集め競争!」
 そんな遊び、あっちがやるわけ……
「よし、やろうじゃないか! こっちが勝ったら場所をもらうよ!」
「そうこなくっちゃ!」
 ……どうやら、俺はキャプテンさんの持つ遊び心の尺度を計り間違えていたようだ。
 
 
 かくして、SOS団VS上ヶ原パイレーツ(以下、パイレーツ)の桜の花集め競争が始まった。ルールは実にシンプルで、両組からそれぞれ3名の代表者――大将、副将、三将――を選出し、三将から1対1のガチンコバトルをしていくというわけだ。バトルと言っても、1分内にどれだけ舞う桜の花を集めることができるかという、遊び心にさらに磨きのかかったピノキオでさえやらなさそうななんともしょーもない競争なのだが、勝負を引き受けるパイレーツのほうもパイレーツである。
 気になる3人の代表者だが、パイレーツ側は当然の如く三将・キャッチャーさん、副将・バッターさん、大将・キャプテンさんである。対するSOS団はというと、まず三将が鶴屋さん。ふむ、妥当な線だ。次に副将がハルヒ。ここらへんから嫌な予感がした。最後に、大将が俺。
宇宙一当たって欲しくない予想が今当たってしまったのだ。
「なんで俺が大将なんだ」
 という俺のせめてもの抗議も、
「いいじゃない、あたしが決めたんだから」
 という理屈の通ってないハルヒの反論によって、最弱と謳われる某戦闘マンガのヤ○チャの攻撃ばりに軽く受け流されてしまったのは言うまでもない。
「それに、あんたの……」
「ん?」
「その……や、やっぱなんでもないわよ! ばか!」
 なぜかハルヒの顔が熟れたトマトのようにみるみる赤くなっていき、煙があがる幻覚まで見えた。
 ばかと呼ばれる筋合いはないつもりだが、言葉に詰まれば自然に罵声が出てくるこいつの性格も解かっているつもりなので、俺はそれ以上何も言わないことにした。
「ま、まず三将戦! 代表者は前へ出てっ!」
「勝負するからには、負けないにょろっ!」
「捕る仕事ならお手の物さ!」
 
 そうして――戦いの火蓋が切って落とされた、という表現が似つかわない戦いの火蓋が切って落とされた。
 
 
 しかし勝負は最初から見えていたのかもしれない。普段は野球ボールを捕り続けてきたキャッチャーさんも、いつもと勝手が違う桜の花に苦戦しているのに対し鶴屋さんは持ち前の身軽さと手足の長さで次々と桜の花を手中に収めていく。
 こりゃまず1勝は頂いたなと安堵の溜息をついていると、横からあまり聞きたくない声色が飛び込んできた。
「なぜ涼宮さんがあなたを大将に選んだか……それは解かっていますよね?」
 俺は無言に徹する。すると古泉は微笑し、
「あの時、涼宮さんが言いかけた言葉の続きを僕は知っていますよ。『それに、あんたの戦う姿が見たいし』と言おうとしたが、恥ずかしくて言えなかった……ということでしょう」
 ずいぶんな憶測だな。
「そう、僕が思うに――かなりの可能性でです――涼宮さんはあなたが大将として戦う勇姿を見たくて選んだのですよ」
 勝手に決め付けるな。
「十分有力な推測だと思いますよ。それと、まだ話には続きがありましてね」
「……言ってみろ」
「この勝負は、どちらかが2勝した瞬間勝敗が決してしまうことになっています。まず三将戦は鶴屋さんが勝つでしょう」
 ああ、それは誰が見ても明らかだろう。
 この時丁度、三将戦の勝敗が決まった。鶴屋さんとハルヒのハイタッチを視界におさめてから、また古泉の話に耳を傾ける。
「これで1勝ですね。しかし、あと1勝でもしたら大将戦がなくなってしまいます」
「喜ばしきことだ」
 続いて、ハルヒの号令とともに副将戦が始まった。ハルヒの飛び回る姿を見てみたい気もしたが、こいつの話を聞かないで、変に拗ねられても困る。
「さっき僕は言いましたよね。涼宮さんはあなたの勇姿が見たいと。それならこの副将戦……涼宮さんのすることが容易に推測できます」
「……?」
「鈍いですね」
「うるせー」
 ハルヒの動きを観察してみると、どうもおかしい。あいつなら平気で軽く何百枚か集めそうだが、躊躇っているような仕草を見せてあまり花を集められていない。これはどういうこった。
「涼宮さんは」
 タイムアップ。副将戦の勝敗が決した。
「わざと負けますよ」
「…………どうやらそうらしいな」
 ハルヒのやろう、変な真似を。ちらちらこっちを見るな、お前らしくもない。
 立ち上がろうとする俺だったが、どうやら古泉の演説はまだ続いていたようだ。
「ここで問題がひとつありましてね」
「なんだ」
「あなたに負けてもらっては困るのですよ。大将戦、必ず勝ってください」
 ……あまり自信がないな。
「もし負けるようなことがあれば、涼宮さんは……」
 草野球大会の時のワンシーンが脳裏に浮かんだ。こんな勝負でもあれがくるってのかよ。
「実は対症療法はあります。あなたが1年の夏、涼宮さんとともにあちらの世界に行った時……」
「あの方法なら断る」
 前と同様、古泉はくくく、と喉を鳴らせて腕を組んだ。
「そうでしょうね。そう、ようは勝ちさえすればいいのです。そうすればオールクリアのバッチグーです」
 バッチグーなんて久しぶりに聞いたな。
 そんなことを思いつつ、俺は戦いの場に向かった。
 
 
「1勝1敗だ。フェアにいこう」
「ええ、もちろんです」
「両者準備はいい? それじゃ、大将戦っ、始めー!」
 
 この勝負、まあぎりぎり勝てるだろうと踏んでいたがそうも行かなかった。なにしろ意外とキャプテンさんはフットワークが良く、俺より遥かに速いスピードで桜の花を集めていく。
 いまさら運動部に入っておけば良かったかと後悔している暇もなく、残り時間も30秒を切った。いかん、負ける。
 遠くに古泉の心配そうな顔が目に映る。その隣で長門が……うん?
 
「いけませんね」
「…………」
「……長門さん?」
 
 長門の口が超高速で動くのを見た俺は、長門の助けがくることに大いに期待を膨らませ、案の定そうなった。
「属性情報をブースト変更。アタッシングモード」
 その声を聞き遂げた瞬間、俺の周りの空間を舞う桜たちが、俺の体中にくっついてきた。
「むおあっ!? な、なんじゃこりゃ!」
 全身にはもちろん、俺の顔にまで桜がまとわりつき離れない。待て長門、やりすぎだ!
「すっごーい、すごいじゃないキョン!」
「キョンくん、やるねーっ!」
「キョンくん苦しそう……」
「3,2,1……しゅーりょーっ! この勝負、どう見てもキョンの勝ちねっ!」
 
 
 そんなこんなで、SOS団VS上ヶ原パイレーツの勝負が終わった。その結果また俺らはここで花見をすることができたのだが、思えばさっきの勝負はハイリスクノーリターンな賭け事で、ただハルヒが遊びたかっただけなのだと再認識し鬱蒼たる気分になる俺であった。
「ねえキョン、最後のあれ、どうやったらできるの?」
「ん? あ、あれはだな……内緒だ」
「ケチ! 教えてくれたっていいじゃないっ」
 春巻きを箸でつまんで口に運ぶ作業に専念していた俺は、ハルヒの口から出る次の言葉に驚きを禁じえなかった。
「……でも、恰好良かった、わよ」
「はあ?」
「……や、やっぱなんでもないわよ! ばか!」
 その後のハルヒは、なぜか顔がとろけそうなほど真っ赤だった。その頬を膨らませる可愛らしい仕草に、少々視界を奪われていながら俺は思うのだった。
 俺は本当に幸せ者なんだな、と。
 
 
 花見の正しい遊び方 end
 
 
 
 
……これは、西本理一さんの誕生日に掲載させていただいたSSです。

他の誕生日作品はこちらでどうぞ。

 
 

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最終更新:2008年04月20日 00:02