第二章 ~防衛準備~

 

 

【悪キョン視点】

 

おそらくこのセキュリティでも、あの男は突破してくるだろう。
アイツはハルヒ以上に強引で活発だから、あっという間に平行世界から味方を集めて奪還作戦を企てるはずだ。
目には目をという言葉はこういうときのためにあるのだという変な勘違いはしてはいけないとは思うが、アイツと同じ行動を取るしかないと思う。
さっそくアイツと同じ方法で、俺は平行世界へと移動することにした。
計画立案者と実行者が必要だ。まずはこの世界で計画立案者をゲットしよう。
俺は腕時計で、この世界の俺が既に帰宅していると思われる時間帯になっていることを確認した。
それから携帯電話のGPS機能で、この世界の俺の自宅を確認した。最近の携帯電話は随分といろんな機能がついているものだ。
ここまでくるともう「電話」じゃないような気がしてくるし、実際にそういう使い方をすることが大幅に減ってきている。
これからの電話産業が心配になってくるが、俺には関係ないことだ。
そんなことを考えながら歩いていると、目標の邸宅に到達した。
馬鹿みたいにでかくて古い日本家屋。ここの人間は犬神佐兵衛の遺産でも相続したのだろうか。
ここに俺が住んでいるのか。横溝作品の舞台になってもおかしくない住居である。きっと事件とかがあるに違いない。
そして並び立つ二つの家の争いがあって、その両家の息子と娘が恋愛関係になってるに違いない。
遺産争いがあって、両家の息子と娘が相続人とかで話がややこしくなるに違いない。
そんな変な妄想をしながら、俺はその豪邸の前で立ち尽くしていた。
中に居る俺を誘い出すには、公衆電話から電話をするのがいい。
幸いなことに、50mほど離れた場所に公衆電話を発見することができた。今日の俺は実にツイてるね。
ここのキョンの携帯電話の番号をプッシュし、受話器を耳に近づけた。
すると「もしもし」という、俺の声が聞こえてきた。
「お前の手を借りたい。正面の玄関から出てきてくれ」
そして相手の返事を聞かずに、俺は受話器を置いた。テレフォンカードがもったいないからな。
数分ほど待っていると、玄関からキョンが出てきた。
なんと、そのキョンは灰色の羽織を着ていた。似合わないな。
まさか住居だけでなく服まで和風とは。一体、この世界の俺に何があったのだろう。
このキョン(今からこいつを和キョンと呼ぼう)は俺の顔を見ると、少し驚いたような顔をしてから、静かに歩み寄ってきた。
「……お前は何者だ?」
「俺は平行世界から来たんだ。ちょっとお前に手伝ってもらいたいことがあってな」
俺は長くて複雑でややこしくて面倒な説明を始めることにした。
物事を説明することがあまり得意でも好きでもない俺は、予想を遥かに上回る時間を掛ける羽目になった。
ようやく理解をしてくれた和キョンは快く協力すると言ってくれた。実にありがたい。拝みたいくらいだ。

 

 


協力してもらうために俺はこの和キョンをこちらの世界へと招待し、作戦を考えてもらうことにした。
事前に調査したデータによると、この和キョンはかなり頭が良いらしく、将棋なども得意らしい。実に重要な人材ではないか。
彼と共にこれから作戦を練り、どのような人材が必要になるかを考えていこう。
机の上に広げた俺のビルの図面に視線を向けたまま「敵は何人くらいの編成なんだ?」と和キョンが訊ねてきた。
「たぶん、五人から七人程度だと思う。それ以上少ないと行動が制限されるし、それ以上多いと失敗しやすくなるからな」
「ああ、やっぱりそのくらいか。こっちもそのくらいで抑えていこう。おそらく向こうはスパイを一人送ってくるだろう」
和キョンはそう言って、図面の中央に将棋の「歩兵」の駒を置いた。
「事前に警戒しておけばなんとかなるだろ」
「油断は禁物だ。向こうだって馬鹿じゃない」
そう言って和キョンは、図面の上の駒を「と金」に裏返した。これは厄介だな。
「向こうはスパイを活用しながら、外側からもゆっくりと近づいてくる」
和キョンは将棋の駒をもう一つ図面の上に置いた。今度は「桂馬」だ。
「そして俺たちがスパイに気を取られているうちに、外側から攻撃を仕掛けてくる」
そして「桂馬」を「成桂」に裏返した。
「つまり、スパイと正面の敵、両方に気を配らなければならないわけだ。このとき、一つ問題点がある」
「なんだ?」
「それは」和キョンは今度は「香車」の駒を取り出した。「第三者の介入だ」
「第三者? 誰だそれ」
第三者など、この件に関わってくることはないと思うのだが。
「ハルヒだ。この件にまったく関係無いハルヒが突然俺たちの前に現れたとしよう。お前の注意はどこに向かう?」
「ハルヒだ。……つまり、お前はこう言いたいんだな? ハルヒに遭遇してしまったときに、大きな隙ができる、と」
和キョンは静かに頷いて、将棋の駒が入っているケースの蓋を閉めた。
そして右手に持っている扇子を開けたり閉めたりしながら、話を続けた。
「だから、向こうは絶対にそれを利用してくる。絶対にハルヒをけしかけてくるはずだ」
「なるほど。ということは、できる限りハルヒを避けたほうがいいな」
これは「言うは易し、行うは難し」という言葉の良い例だ。
「そういうことだ。しかしそれも上手くはいかん。もしハルヒに遭遇したら離れるのは不可能に近いし、避けていてもやってくる」
背後霊みたいなものだ。
「ということは、ハルヒの対処が上手い人間が要る、ということか」
和キョンは頷きながら、ぱしんと音を立てて扇子を閉じた。
「そういうことだな」
「それならちょうど良い人間がいる」

 

 

 

 

今回のキョンは気に入らないが、モテキョンと呼ばせてもらう。
この平行世界に住む俺は、どういうわけか女にモテるのだ。実に羨ましいね。
彼が歩いているときは確実に、その後ろに一人以上の女性が付いてくるというこの世界の法則がある。実に恨めしいね。
彼ほど女性に対する接し方や対処法などを知る人間はいないと思い、彼をメンバーに加えることにした。
さて問題。顔がまったく同じ俺たちは何故女にモテないのでしょう。
「甲斐性無しだからだろ」
正解者に拍手。
「というか、悲しくなるから止めてくれ」と和キョン。
「今更この程度じゃ悲しくならん」
「それにしても、どうやってモテキョンを誘い出すんだ? あいつは常に女子が一緒にいるんだぞ?」
羨ましいを通り越して恨めしい。
「とりあえず、下駄箱には『一人で屋上に来い』と書いた手紙を入れておいた」
「……なんか、果たし状みたいだな」
そんなことを話していると、この屋上の扉が開かれた。どうやらもう来たようだ。
ドアを開けて登場したモテキョンは、俺たちに驚いて変な声を上げて一歩下がった。
「おわぁっ!? な、何者だ!?」
残念なことに……その後ろに朝比奈さんがいた。朝比奈さんが。
この状況に危機感を感じた俺は「一人で来いって言っただろ!」と声を張り上げてしまった。
「ま、待て待て! 朝比奈さんが勝手に付いてきたんだ! 俺は悪くない!」
なんだとコノヤロウ。朝比奈さんまで誑かしおったか。
この状況の把握ができないらしい朝比奈さんは、俺と和キョンの顔を見たまま呆然と立ち尽くしている。
この朝比奈さんはどうしよう。俺は和キョンと顔を見合わせた。
「……まあ、朝比奈さんのことだから、説明すれば分かってくれるさ」と和キョンは楽観的だ。
「だから、お前達は誰なんだ!」とモテキョン。
ああ……また説明しなきゃならんのか。めんどくさい。

和キョンに助けを借りながら、二十分ほどで説明を終えることができた。
ここのキョンも快く協力してくれることになった。実に実にありがたい。
問題はさっきから不思議そうに俺たちを眺める朝比奈さんだ。
「えーっと、朝比奈さん、これは個人的な問題なので、気にしないで、忘れてください」
俺がそう言っても、朝比奈さんは帰ろうとはしない。ええい、モテキョンめ。お前は朝比奈さんにそんなに想われているのか?
今度は俺の変わりに、モテキョンがこう言った。
「朝比奈さん。何日か会えなくなるとは思いますが、心配しないでください。俺は一秒たりとも朝比奈さんのことは忘れませんから」
すると、朝比奈さんは笑顔で「はい、頑張ってください!」と言って去っていった。
「随分と大袈裟だな」と和キョン。
「相手が女性のときは、ちょっとくらい大袈裟に言うくらいが丁度良いんだよ」
やっぱり、女の対処はこいつに任せるのが一番だな。

 

 

 


さて、もう一度作戦会議だ。
「なあ、ハルヒの対処は良いとして、セキュリティ面についてはどうするんだ?」とモテキョン。
確かにこのセキュリティは万全とはいえない。
例えば、金庫へ続く通路に行くためには指紋認証システムのドアを抜けなければならない。
問題は、そこに警備員がいることだ。もしこの警備員が眠らされたりでもすれば、その眠った警備員の指をパネルにかざすだけで通過できてしまう。
「確かにここは改善したほうが良いな。逆に警備員は配備しないほうが良い」と和キョン。
「じゃあ、どうすればいいんだ? センサーを追加設置することはできないぞ?」
「いや、そういうハイテクでデジタルなセキュリティじゃなくていい。例えば…………そうだな、番犬とか」
和キョンはそう言いながら、図面の指紋認証システムのところに、将棋の「銀将」の駒を置いた。
「番犬、か」
ドーベルマンか。あるいは、シェパードか。
それとももっと強力なヤツがいいか?

 

 

 

 

「この世界のキョンには特殊な能力がある」
これだけ世界がたくさんあれば、一人くらい特殊なヤツがいてもおかしくない。
「特殊能力? なんじゃそりゃ」と和キョンは首を傾げた。
俺は手元の書類を見ながら説明を始めた。
「どういうわけか、食肉目、つまりネコ目の動物を自由自在に操ることができる。獣使いだな」
こんな人間はファンタジーの世界の住人だけだと思っていたのだが、まさか実在するとはな。
まあ、超能力者や未来人や宇宙人がいるんだ。今更驚いたりはしない。
「そいつに番犬を使わせるってことだな?」と和キョンは扇子を開いた。
さて、この世界のキョンを何と呼ぶことにしようか。獣使いキョンでいいか。
「せっかくネコ目の動物全般が操れるんだ。イヌなんかよりもっと強力なのを用意しよう」
ネコ目とは言っても、三毛猫や柴犬からグリズリーやセイウチまで非常に幅広い。まさに選り取り見取りである。
さすがにセイウチは遠慮したいが、番犬代わりにできれば何でも良い。
「できるのか?」と和キョンは扇子で仰ぎ始めた。屋上に居るというのに暑いのだろうか。
「金さえ掛ければ大抵のことはできるし、幸いにも金はある。運搬できる大きさなら何だって良い」
つまり俺は、遠まわしにセイウチだけは嫌だと言っているわけだ。
別にセイウチが特別嫌いというわけでもないのだが、馬鹿でかい牙を持つ体長3mの怪物を自分の建物に入れたい人間はいないだろう。
というか、そもそもこれをネコ目に分類するのは大きな間違いなのではないのか?
「で、どういう生き物を使うんだ?」
「まあ、比較的簡単に入手できるドーベルマンとかでも構わないんだが、見るだけでやる気を失くすようなヤツが良いな」
「トラとかか?」
和キョンは悪戯小僧が面白い悪戯を思いついたような笑みを浮かべた。
「そいつはいいな。だが、さすがにそんなものは用意できないぞ。だが、肉食獣という点では良いアイデアだ」
肉食獣がそこにいるだけで、大抵の人間は侵入を諦めるだろう。
「じゃあ、簡単に用意できるケモノを探せば良い」
和キョンがそう言ったとき、屋上の扉を開けて獣使いキョンがやってきた。
獣使いキョンは俺たちの顔を見たまま、驚いて固まってしまった。
俺はそれに構わず説明を始めることにした。
「俺たちは平行世界から来たんだ。お前に手伝ってもらいたいことがある」
俺はまたまた長くて面倒な説明を始めることになった。
前回と同じように和キョンに手伝ってもらいながら二十分ほど掛けてなんとか説明を終えると、獣使いキョンは俺に訊ねてきた。
「番犬を操るのか。犬種は何だ?」
まだイヌと決まったわけではないのだが、彼はイヌと勘違いしてしまっているようだ。
とりあえず、「まだ未定だ」と答えておくことにした。嘘は言っていない。
すると彼は快く協力をしてくれることになった。どの世界の俺も良いやつばかりだな。
さて、もう一度作戦会議に戻るとしよう。

 

 

 


「セキュリティ面については、監視方法を少し変えれば何とかなるはずだ」
和キョンはそう言って扇子を開けたり閉めたりしている。
「じゃあ、セキュリティ面以外ではどうなんだ?」
「問題があるな。その問題というのがスパイだ。前にも述べたように、敵は必ずスパイを送り込んでくる。賭けてもいいぞ。
そのスパイに対して、嘘の情報を流すというのが大事だが、それが意外と難しいものだ。
作戦内容の情報管理してるのは一人ではなく、俺たち全員だからな。だから全員が共通した嘘の情報を持つ必要がある」
「それはまた難しいな」とモテキョンはテーブルの上のコーラを飲み始めた。
「ああ。一人でも違った嘘情報を流したら、その時点で嘘が嘘とばれてしまうからな。全員の嘘が一致しなければならない。
それが仮に成功したとしても、敵だって馬鹿じゃないんだから嘘と見破ってくるかもしれない。
もしかしたら、俺たちが予想もしないような巧妙な手口でスパイを送り込んでくる可能性もある」
「例えば?」と俺は訊ねてみた。
「例えば……この中に既にスパイが居るとか」
「それはありえない」俺はすぐに否定した。「全員、俺が直接スカウトした人間だぞ? スパイが入り込む余地は無い」
「あくまで例えだ。ありえないから気にするな。さて、問題はまだある」
和キョンは扇子を開けたり閉めたりするのをやめた。
「なんだ?」
「例えば、敵が複数のスパイを使った場合だ。もし複数のスパイを送り込まれたら対処が非常に面倒になる。
問題はまだまだあるぞ。第三者であるハルヒが敵と繋がっている可能性も否めんし、長門とかが関わってくる可能性もある。
もしかしたら向こうにも獣使いキョンのような特殊な能力を持つ者もいるかもしれない。
向こうは、こっちの裏を掻くためならなんでもするはずだ」
ということは、対策の練りようがないということか。
「ああ、だからいかなる状況にも対応できるように、お前の影武者を用意しておかなければならない」
なるほど。
「それなら良いヤツがいる」

 

 


俺は、平行世界の校舎の屋上で手元の資料を見ながら説明を始めた。
「今回のキョンは、演技力があり、影武者や嘘を吐くのに非常に適している。あの長門をも騙すほどだ。
もちろん顔は俺と同じだ。これ以上の適役はいないだろう」
「別に顔が同じなら誰でも良いんだがな」と和キョンは呟いた。
「どうせやるんだったらパーフェクトを目指そうじゃないか。おや、来たようだぞ」
俺たちがドアの方を向くと、ゆっくりとドアが開いた。
そこにいるキョン(影キョンと呼ぼう)は俺たちを見て少し驚いてから、こう訊ねてきた。
「誰だ、お前ら」
今までで一番冷静じゃないか。
「俺たちは平行世界から来た。お前に手伝って欲しいことがある」
何回目の台詞だろうか。これが最後だといいのだが。
俺はまたまたまた説明を始めた。
今回は疲れた和キョンが助けてくれなかったので、説明だけで三十分近い時間を費やす羽目になってしまった。
そこで影キョンのこの一言。
「お前、説明が下手だな」
正直、ショックだった。
まあいい。協力してくれるのか?
「………………まあ、いいだろう」
なんだ今の間は。
とりあえず、仲間を得た俺は、また元の世界へと戻って作戦会議を続けることにしよう。

 

 

 


丸い机を囲むように、全員が席に着いた。
俺の右側に獣使いキョン。
その右側に和キョン。
その右側にモテキョン。
その右側に影キョン。
和キョンは全員の顔を見渡してから、ゆっくり立ち上がって言った。
「さて、ここに五人揃った。これで計画は順調に進められる」
「敵の数が把握できてないと難しいんじゃないか?」とモテキョン。
「安心しろ。敵は六人だという情報を手に入れた。この情報を入手したことによって、計画を完成させることができた。
この計画に穴は無い。仮に、ハルヒがやってこようとも、スパイがやってこようとも、絶対に大丈夫だ」
「もったいぶらないで、早く計画を発表してくれ。さっきから退屈でしょうがない」と獣使いキョン。
「まあまあ、焦るな。今聞かせてやろう」
和キョンはそう言いながら、楽しそうに机の上に図面を広げた。
「これで負けたら、お前の責任だからな」と俺は頬杖を突いて言った。
和キョンは笑って、こう言った。
「では、作戦を発表しよう」

 

 

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最終更新:2008年04月20日 20:28