俺は洞窟の片隅で、身を屈め、音を殺し、いずれ来るだろう奴を待っていた。
空を切る羽の音が響き、ペイントボール独特の匂いが洞窟の中を満たす。
(……来たか)
丸い穴の開いた天井から、身体中に傷を負った《大怪鳥イャンクック》が姿をあらわした。
巨体を揺らす《イャンクック》が着地するのを、今か今かと待ちながら、胸の高鳴りを押さえる。
《イャンクック》の着地と同時に土煙があがり、身体が傾き、地面に沈む。
(……今だ)
落とし穴によって体の半分近くが埋まり、身動きがとれずにいる《イャンクック》めがけて走る。
「うおおおおぉぉぉぉ」
俺の背中に掛かる大剣《バスターソード改》の柄を握り、全体重を掛けて振り下ろした――
 
馬車に揺られながらも、俺は荷物を大事に抱えていた。
「これで《街》に行ける……」
思わず呟いてしまってから辺りで、くすり、と忍び笑いが起こったことに気付く。慌てて唇を引き締めるが、喜びが込み上げてくる。
家業を継ぐと思っていた親は、ハンターになるのを反対したが、
「一ヶ月で《イャンクック》を倒せるなら考えやろう」
と、親父が条件を出してきた。
 
俺は死に物狂いでランポスと戦い、防具と武器を揃え、経験を積んだ。
閃光玉や落とし穴などを使いながらも、一ヶ月で《イャンクック》を倒せるまでになった。
そして、俺は街に向かっている。
一ヶ月で倒したのなら早い成長だろうが、今年で十七になる俺の年齢的には遅い方かもしれない。
街では同い年で《飛竜》を狩る奴がいると聞いている。
ハンターとしてはまだまだ半人前なのは分かるが、嬉しさが込み上げてくるのは仕方がない。
街に着いた俺は、酒場に向けて歩いた。
ここでハンターとして活動するには、ギルドの組合に登録をしないといけない。
酒場の扉の無い入り口をくぐると、煙草と酒の匂いが満たしている。ここにいるだけで酔ってしまいそうだ。
カウンターに向かって歩くが、誰も俺を見ようともしない。
それもそうだろう。武器もそうだが、防具は《ハンターシリーズ》で揃えてある。
新人ハンターが来た、としか認識していないのだろう。
「おや? 君は新人かい? 今めがっさ忙しいから、奥にいる喜緑さんに登録を頼むといいにょろ」
そう言って変な語尾を使う女性は、ジョッキを手に持ち奥のテーブルにいった。
俺はその人が言った方へ行き、喜緑さんらしき人に声をかけた。
「あなたが喜緑さんですか?」
荷物の中から紹介状を取り出し、カウンターの上に置く。
「ここの《ギルド》に登録したい」
喜緑さんは折り畳んだそれを丁寧に開き確認する。
読み終わると、一冊の帳面を出して、俺の前に置いた。
「ここの記入事項に答えて」
帳面を受け取り、羽ペンで、名前、年、性別、得意な武器、を書き込む。
喜緑さんは帳面を受け取ると、
「登録証を作るから待ってて」
そう言って、カウンターの奥の扉の向こうに話かけた。
「会長(マスター)、彼の《ハンターランク》はどうします?」
喜緑さんの声に対して、壁の向こうから返事がする。
「《レンジャー》」
返ってきたのは、たった一言。
「それで十分」
いや、二言で俺のランクは決まった。
登録証を受け取った俺は、荷物を宿舎に持って行くことにした。
「ちょっと待って」
後ろから喜緑さんが呼び止める。
「《アプトノス》のステーキをサービスしとくから、荷物を置いたら来てね」
今日は何も食ってなかったことに気付いた俺は、お言葉に甘えさせてもらおうことにた。
「有難うございます」
俺は荷物を部屋に置くと、すぐに酒場へと向かった。
「今、手が離せないの。別の子に持ってこさせるから、適当なとこに座って待ってて」
別の子ね……。変な語尾を使う女性が持ってきてくれるのだろうと思いつつ、席を探す。
どこもかしこも席は埋まっているが、一つのテーブルだけ空いている。
いや、正確に言うと、一人のハンターの周り、半径三メートルに人がいないのだ。
そのハンターは《グラビィトンハンマー》という巨大なハンマーを背中に負って、腕と腰と足には《レイアシリーズ》の防具を身につけ、
胴鎧は《スティールメイル》、頭には兜ともいえない、黄色いリボンの付いたカチューシャをつけている。
しかも、美人と言っていいほどの女性がそこにいた。
長い髪を一つに纏めたポニーテールが、なんとも良い。
男の一人や二人、近くにいてもいいくらいだ。が、誰もいない。
席も空いているし、せっかくなので声ぐらい掛けておこうと思ったこの俺を、誰が責められよう。
「この席、座ってもいいか?」
問う俺に、鋭い眼光が刺さる。
「あんた何? 新人?」
その問いに俺は頷いた。
「なら、向こうに行ってくれる。ただのハンターには興味ないから。
あたしが求めているのは凄腕のハンター。もしくは古龍種の情報のみ。
だから、あっちに行ってくれる。邪魔だから」
まるで眼だけで《飛竜》を殺そうとするように俺を睨む。それと同時に、周りから笑い声があがった。
訳の解らない俺は、物凄く居心地が悪い。早くここから立ち去りたい。それほど気恥ずかしい。
「おーい、新人!」
奥のテーブルから声がする。振り向くと同い年くらいの男が手を振っている。
「こっちに来いよ!」
丁度いい。この女の下から離れられるなら。
俺は駆け足でその場を去った。
「お前、あの涼宮に声かけただろ」
今では太刀に分類される《鉄刀・神楽》を背負った男が言う。
俺もこんな武器が欲しいと、恨めしく思いながら話を聞くことにした。
それと同時に《アプトノス》のステーキが目の前に置かれた。
「お待たせしましたぁー」
舌足らずな声だが、可愛らしい。
礼を言おうと振り向くと、受け付け服からはち切れんばかりの胸を、横から突き出した女性がいた。
「有難うございます」
礼を言うと、女性は軽く会釈して立ち去った。
「鼻の下のばしてないで話を聞け」
男の言葉で我に返った俺は、肉に噛り付き、話を聞いた。
「いいか。あの女の名前は《涼宮ハルヒ》って言う、この街のハンターの中でも、ずば抜けた変人だ」
 「みくるちゃーん! ビール!」
後ろから、あの女の声が聞こえる。
「腕がいいから、いろんな隊に呼ばれてんだけど……」
「ちょっと待ってくださぁ~い」
俺にステーキを持ってきてくれた女性の、とても可愛らし声が返ってくる。
「一度、隊に入れた奴らは、二度と組もうとはしないらしい……」
「また始まるのか」
と、周りのハンターの声。
「涼宮と組んだ隊は必ず依頼を成功させ、生きて返ってくるが……」
「うりゃー!」
「いやああああぁぁぁぁ」
飛び掛かるような声。
そして、天使の声が悲鳴に変わり、俺は涼宮なる女の方へ振り向いた。
「必ず、何らかのトラウマを植え付けていくらしい」
「いやぁ、ひゃぁ、はふぅ」
 天使の声は途切れ途切れに聞こえ、それと同時に胸が揺れる。
涼宮と言う女は、後ろから抱きつき、服の中を天使の胸を弄っていた。
(たしかに変人だな……)
 
《涼宮ハルヒ》と言う変人に出会って、もう一ヶ月経つ。
けっして忘れる事がないだろう名前とともに、腕の良いハンターや受け付け嬢の人達の名前も、ある程度覚えた。
この《街》や宿舎での暮らしにも慣れ、ハンターとしての一歩を踏み出している。
 
そんなある日、俺は大剣《バスターブレイド》を背負い、走っていた。
「早くしろ、キョン」
俺はその声の主を追い、馬車に足を掛け、中に乗り込む。
ちなみに、《キョン》と言うのは俺のあだ名だ。
そして、その名を呼ぶのは《涼宮ハルヒ》のことを教えてくれた男、谷口だ。
「キョンは本当、昔から変わってないね」
そう言ったのは、国木田という男。
そして、《キョン》というあだ名を広めた本人だ。
 
国木田とは小さい頃からの友達で、その時から俺のことを《キョン》というあだ名で呼んでいた。
三年程前に、国木田は両親と一緒に村を離れたが……まあ、いろいろとあったのだろう。
旅の途中でモンスターに襲われるなんて事は、よくあることだ。
 
まあ、詳しい話は知らないが、俺がハンターになる二年程前にハンターになっていた。
 
「準備はいいか? 行くぞ!」
谷口と国木田の隊のリーダーで、俺達より十程歳上の先輩ハンターの岡部が言うのと同時に馬車は動き出す。
今日は待ちに待った、街に来て初の狩りである。
 
今まで、肉やキノコを集めては収納し、鉱石類を採掘して街に帰るといったことしかしていなかった。
そんなとき、谷口が声を掛けてきた。
「街に来て一ヶ月経つが、そろそろ狩りがしたいんじゃないか?」
と。そして、付け加えるように、
「《イャンクック》の討伐依頼を受けて、明日、三人で行くんだが……どうだ? 行くんなら、契約金は俺達がだしとくけど」
俺は谷口の言葉に歓喜し、二つ返事で承諾した。
 
この日をどれだけ楽しみにしていたか。
胸の高鳴りを押さえつつ、俺達の乗る馬車は《森と丘》に向かっていた。
 
 
 
その頃、街の酒場の奥の部屋に、一つの依頼書が届いていた。
その依頼書を受け取った男の瞳が、眼鏡の奥から覗き込む。
会長と呼ばれているマスターは、眼鏡をついと指で押し上げると一人の受け付け嬢を呼び止た。
「喜緑くん。この依頼書の対応を頼む」
呼び止められた受け付け嬢《喜緑江美里》は、依頼書を受け取るとカウンターに戻り、内容を確認した。
 
『《リオレウス》を村に住むハンター達で撃退したが、また戻って来るかもしれない。
その前に、そちら側のハンターで討伐してほしい』
 
そう書かれていた依頼書には、村長の名前、報酬金、逃げた場所が書かれてあった。
「困まりましたわ……」
小さな溜め息を吐く。
 
一度、ハンター達の攻撃から生き延びた《飛竜》は、知識をつけ、さらに手強くなる。
腕の良いハンターならどうにか出来るため、差程問題では無いが、如何せん場所が悪かった。
依頼書に記された場所は《森と丘》。
そこには今、四人のハンターが《イャンクック》の討伐依頼を受けて、馬車は走らせている。
そのハンター達は、この事を知らない。
例え《リオレウス》に気付いたとしても、新人ハンターを連れて、手強くなった《リオレウス》と戦うのは自殺行為に等しい。
本来なら、運が無かった。と言われるだろうが、何の対応もしなかったら、ギルドの信頼性を落とすことになる。
喜緑さんは考えた挙句、一人の女性を呼び止めた。
「鶴屋さん。少し宜しいですか?」
呼ばれた女性は、手に持っていたビールをテーブルに置くと、長い髪を揺らし、カウンターの前までやってきた。
「ん? あたしに用かい?」
喜緑さんは依頼書をカウンターの上に置くと、簡単な説明をした。
「そりゃー困ったね。あたしが行かなきゃならないとこだけど、ちょっち用事があるから、みくるに頼んでみるよ」
「お願いします。それでは、私は馬車の準備を頼みにいきますので」
喜緑さんは背を向けると、酒場から出ていった。
 
「みっくるー! 今すぐカウンター前に集合ー!」
鶴屋さんの声は酒場の中に響き渡り、何人かのハンターは耳を押さえる。
そんな中を胸を揺らし、《朝比奈みくる》はカウンター前に駆け寄った。
「何ですか? 鶴屋さん」
朝比奈さんの問いに、鶴屋さんは依頼書の事を説明した。そして、今から四人のハンターに事情を説明するように、と。
「戻って来るなら、契約金の方は返すからって言っといてよ」
「はい」
「あ! それと、そこに置いてある《傘》とトランクを持っていっていいよ!」
「分かりました」
朝比奈さんはそう言うと、傘に手を伸ばし、掴もうとした。
「どこ行くの、みくるちゃん?」
それを遮るように、誰かが腕を掴む。涼宮ハルヒだ。
「今日は、あたしの相手をしてくれるんじゃないの?」
「あ、いえ、あの……今から《森と丘》に行かないといけないので……」
「《森と丘》?」
涼宮ハルヒはその言葉を聞くと、クエストボードを睨み、カウンターの上に視線を移し、歩を進めた。
鶴屋さんはカウンターの上にある物に気付き、手を伸ばすが、遅かった。
涼宮ハルヒは神速の動きで依頼書を手に取り、内容を読む。そして、場所を確認したその顔が、驚きと笑顔に変わる。
「みくるちゃん、《リオレウス》の討伐に行くの! それなら、あたしも行くわよ!」
その言葉に、朝比奈さんは言葉を失った。
これは別に感動しているわけでは無い。逆に心配で仕方ないのだ。自分の命が……。
「違うんだよ、ハルにゃん!」
涼宮ハルヒを呼び止め、鶴屋さんはすぐに事情を説明したが、
「どっちにしても、暇だからついていくわ」
その言葉に、鶴屋さんも言葉を失った。
 
涼宮ハルヒがどんなハンターか、この街の人間は知っている。
だからこそ、心配で仕方なく、どうする事も出来ないのだ。
鶴屋さんは、誘拐されるように連れていかれる朝比奈さんを、ただ、見守る事しか出来なかった。
 
二人が酒場から出ようとしたとき、《フルフルシリーズ》に身を包んだ一人の少女が中に入ってきた。
その少女の顔を見た鶴屋さんは、すぐに二人を呼び止め、
「有希っ子。そこの二人についていってくれないかい?」
鶴屋さんの言葉に《長門有希》は、了承の返事をし、二人に近づいた。
「有希って言ったかしら? あなたと隊を組むのは初めてね」
「そう」
「よろしくね」
「わかった」
 
 
そう言って、三人は酒場を出ていった。
 
三人を見送る鶴屋さんは、胸の中にある不安が、「隊を組む」の言葉によって確信へと変わった。
涼宮ハルヒは《リオレウス》の討伐をするだろう、と。
 
 
 
《森と丘》に到着した俺達は、馬車から荷物を降ろしていた。
ある程度、荷物を降ろし終わると、岡部はランス《ブロスホーン》を地面に置き、
支給品で届いた携帯食料を噛みながら、調合した爆薬を大タルに詰め込んでいく。
国木田はライトボウガン《グレネードボウガン》用の弾を作り、谷口は閃光玉と音爆弾を作りだした。
俺も何かしないといけないと思い、馬車に積んでいた荷物に手を伸ばす。
「何してんだ?」
調合を終えた谷口が言う。
「テントを造るんだが」
当たり前のように答えたが、なぜか谷口達は笑っていた。
「ここに何日いるつもりだ?」
「それは《イャンクック》を討伐すりまでに決まっているだろ」
「それは何日だ?」
「知らん」
この俺の言葉に、谷口達は溜め息をついた。
「俺達は四人で狩りに来ているだぜ。
《リオレウス》ならまだしも、《イャンクック》相手に、二、三日戦い続ける奴なんて街にはいないぜ」
荷物を持ち上げ、付け加えるように、
「俺達は、ハンターになって一ヶ月で《イャンクック》を倒した、お前の度胸だけは評価しているだからな」
谷口は大タル爆弾を背負い歩きだす。
なるほど。お前が言いたい事は、よく分かった。
つまり、今日中に《イャンクック》を狩って帰る、と。
なんだか馬鹿にされた気分だが、最後の言葉は褒め言葉として受け取っておくよ。
 
「何をしている? 準備はいいのか」
谷口の作った閃光玉と音爆弾を手にした岡部が言う。
「キョン、これを持っていきなよ」
国木田が駆け寄り、閃光玉を一つ渡してきた。
「もしもの時は、これを使って逃げなよ」
俺はそれを受け取りつつ「逃げねーよ」と、返事をした。
 
「それじゃ、行くとするか」
岡部が言い、歩きだす。俺も岡部が用意しておいた大タル爆弾を背負い、後をついていった。
 
《アプトノス》の群れを避け、森の中に入り込み《ランポス》がいないか確認する。
馬車の中であらかじめ《イャンクック》のいそうな場所を検討していた俺達は、身をかがめながら奥の水場に向かった。
 
先頭の岡部が歩を止めて、数十メートル先を見据える。
そこには《大怪鳥イャンクック》が辺りを見回していた。
茂みの中に身を隠していた俺達に気付いた様子は無いが、顔を持ち上げ、警戒している。
大タル爆弾の爆薬の匂いが、風に乗り届いたのだろう。
「先制攻撃を掛けるぞ」
そう岡部が言うと、荷物を降ろして中から音爆弾を取り出す。
「キョン。俺達も行くぞ」
谷口は荷物を地面に置き、大タル爆弾を抱え直す。
俺もそれに従い、大タル爆弾を抱え、《イャンクック》めがけて走った。
 
―――クワカッカカカカ
 
俺達に気付いた《イャンクック》が吠える。
見据える先は、俺と谷口。
 
本来、大タル爆弾を持った状態で突っ込むのは危険な行為だが、それでも俺達は突っ込んだ。
後ろにいる岡部を信じて。
 
「くらえ! ハンドボールで鍛えたこの投球術を!」
岡部が高らかに叫び、音爆弾を投げた。
力投珠を身に付けた、防具の重さを感じさせない投球は、俺達の頭上を越え、《イャンクック》の目の前で爆発する。
耳のいい《イャンクック》は、聴覚にダメージをおい、脳を揺する。
頭を揺らし、足をふらつかせ、なんとかそこに立っている。
「今のうちに」
谷口は懐に潜り込み、足下に大タル爆弾を仕掛ける。
つづけて俺も大タル爆弾を仕掛けて、《イャンクック》から距離をとった。
直後、一発の銃声とともに爆発が起こる。
 
熱風が体を突き抜け、土煙があがる。
その中で《イャンクック》は、甲殻に穴をあけ、片足が吹き飛び、地面に倒れた。
 
その中に岡部が走り込み、甲殻の穴にランスを一直線に突き刺す。
谷口は背中の太刀を引き抜き、逃げられないように翼膜を斬りきざむ。
そして俺も大剣の柄を握り、顔面に振り下ろした。
 
 
 
「これが隊の狩りだ」
と、《イャンクック》の甲殻の一つを剥ぎなが岡部が言う。
確かに、一人で狩りをした時より断然早さが違う。
それは、隊の人間一人一人が役割を果たしたからだろう。
 
「よし。俺達は先に帰らせてもらうとするか。依頼が成功した証拠があれば十分だから、他の素材はお前にやるよ」
と岡部が言い、背中を向けてもと来た道へ帰っていく。
谷口と国木田も岡部のあとを追って歩きだす。
俺はお言葉に甘えて、イャンクックの素材を剥ぎ取ることにした。
腰のナイフを抜いて、イャンクックの身体に刃をとおし甲殻と鱗を剥ぐ。
荷物の余裕を確認し、火炎袋をイャンクック身体から取り出す。
手についたイャンクックの血が糸を引き、垂れ落ちる。
 
剥ぎ取りを終えた手で額の汗を拭き、重くなった荷物を抱えなおす。
そこに風がそよぐ。木が獣のように唸る。大地に写る巨大な影。
俺は手に持つ荷物を強く握り締め、上空を見た。
 
―――ギャオオォゥゥ
 
雄叫びをあげ、舞い降りたのは《雄火竜リオレウス》。
こんな話は聞いてない。
《リオレウス》がここにいるなんて。
あれか。二週間前に卵を持って行ったのが原因か?
いや、あれだ。それとは関係なく、ただ、水を飲みに来ただけだろう。
そうだ! そうに違いない!
俺は気づかれないように一歩、また一歩、後ろに下がる。
 
バキッ!
 
え?
俺の足が、枝を踏んでいた。
 
《リオレウス》はその音に気付いたのだろう。
振り返り、俺を睨み、怒りの叫びをあげた。
これは危険だ。逃げたほうがいい。
本能が体の中を駆け巡り、国木田から貰った閃光玉を投げていた。
まばゆい光を放ち、《リオレウス》は動きを止める。
そのままおとなしくしてくれればいいものの、《リオレウス》は尾を振り回し暴れている。
もと来た道には《リオレウス》がいるため、進めない。
周り道にはなるが、丘を経由して行くしかないようだ。
重い荷物を抱え直し、全速力で逃げた。
 
百、二百近く走ったあたりで、俺は足を止めた。
多少入り組んでいるせいか、背後には《リオレウス》の姿は見えていない。
途中出会うと思っていた《ランポス》は、何故か死んでいた。
安心した俺は、乱れた呼吸を整えようと大きく深呼吸した。
 
―――ギャオオォゥゥ
 
遠くにいるはずの《リオレウス》の雄叫びが間近に響く。
 
そして俺の目の前に降り立った。
本日二回目。
そんなに俺に会いたかったのか……俺に……。
正直嬉しくない。逃げ切る自信が無い。
そんな俺の心境に関係なく、《リオレウス》は突撃する。
そしてその攻撃は、俺にあたらなかった。
一発の銃声が、弾丸が《リオレウス》の足に当たり、爆発した。
お陰で《リオレウス》は地面に頭から激突する。
俺は《リオレウス》から距離をとり、銃声のした方へ振り向く。
そこには、涼宮ハルヒ、朝比奈みくる、長門有希の三人がいた。
 
「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人がうわっ!」
前口上を唱えていた涼宮は、起き上がった《リオレウス》が炎弾を飛ばすや否や、横に飛び込むようにして避けた。
「くっ! ちょっと何よ今の! 前口上ぐらい言わせなさいよ!」
涼宮は通じることのないだろう文句吐いて走りだしす。
長門有希も片手剣を引き抜き走りだした。
目指すは《雄火竜リオレウス》。
思わぬ救援に俺は歓喜し、見入っていた。
長門は脚を攻撃し、涼宮はハンマーを頭に叩き込む。
《リオレウス》が反撃しようとしたときには距離をとり、そこに朝比奈さんが弾丸を打ち込む。
流れるような攻撃に、《リオレウス》の身体から鱗が剥げ、甲殻にヒビが入る。
好機と察した涼宮は、手に持つハンマーに力を込める。
「もらったー!」
振り抜く一撃を《リオレウス》は首を反らして回避した。
「うそ!」
態勢を崩した涼宮に《リオレウス》は反らした頭を利用して頭突きを繰り出す。
避けることができず、もろに直撃した涼宮の体を吹っ飛ばし、二回、三回地面を転がり、動きを止める。
「おい! 大丈夫か!」
俺は涼宮に駆け寄り、抱き起こした。
「くっ……前……」
涼宮は吐き出すように言葉をもらし、前を振り向くと《リオレウス》の口から炎弾が吐き出されていた。
 
炎弾は俺の防具では防ぎきれずに燃えつきるだろう。
涼宮だって同じだ。剥き身の部分にあたればどうしようもない。
 
どうせ死ぬなら……。
俺は《リオレウス》に背を向けて、涼宮の身体を覆い隠す。
せめてこいつぐらいは、涼宮ぐらいは救けてみせようと。
ポニーテー……いや、考えるのは止そう。理由なんてどうでもいい。

「え……」
腕の中にいる涼宮が声を洩らす。
そして、俺の背にハンマーで叩きつけるような衝撃が伝わる。
「うあっ」
全身を突き抜ける炎に、燃えるような痛みを感じながら、遠くで悲鳴にならない声を聞きながら、俺の意識は途絶えた。
 
 
 
暗い暗い闇の世界。
俺は死んだのか?
ここは地獄なのか?
思考の中にある答えは、体を駆け巡る痛み。
 
その痛みを和らげるかのような冷たさと温もり。
そして、俺は目を覚ました。
 
「目が覚めた?」
俺の瞳を覗き込むように涼宮は顔を近付けた。
ガタガタと揺れるのを背中に感じ、身体を起こす。
不意に動かしたせいか、身体が悲鳴をおこし、痛みに顔が歪む。
「ちょっと、無理に動かなくていいわよ」
涼宮は両手で俺の体を押し倒す。
「俺は……生きて……」
身体を横にしながら辺りを見回し、自分が荷馬車の中にいることを確認する。
「生きてるわよ。……たく、あんた大剣使いで良かったわね。
それが背中に無かったら、全身が丸焦げになってたわよ」
その言葉に俺は自分の身体を確認した。
上半身裸になっていたのは気になるが、俺の両肩には熱したように赤々としている。
「みくるちゃんが持ってきたトランクの中に薬があったから、手当てしといたわ」
成る程。それで裸に……。
 
「……涼宮」
「なに」
「……ありがとう」
俺は簡単な言葉で礼を言った。
「礼を言うのは、あたしの方よ」
そう言って涼宮は、
「けどね……あたしは言葉で礼をする気はないわ。借りたものは三倍にして返す」
それはどういう事だ?
俺に何かしてくれるのか?
「あたしと隊を組みなさい!」
………………は?
『礼』と『隊を組む』のがどう関係しているんだ?
「救けてもらったからには、あたしがあんたを三回救ける」
「ちょっと待……」
「拒否権はないから」
「いや、しかし……」
「返事!」
その瞳の鋭さに畏怖し、
「は……はい……」
返事をしていた。
「うん。よろしい!」
その時の涼宮の笑みは、とても輝いてみえた。
出会った時とは大違いだ。
 
「それと、涼宮と呼ぶのはやめて。ハルヒと呼んでちょうだい! いい?」
……わかったよ。ハルヒ。
 
 
 
あれから数日後。
ハルヒに呼ばれて酒場に俺と長門と朝比奈さんは集まっていた。
集まった俺達にハルヒが言ったことは、
「SOS団! これがあたし達の隊の名前よ!」
涼宮ハルヒは酒場に居たハンター達に宣言して、席に着いた。
周りがどよめき、変な言葉が飛びかっているが、気にしないでおこう。
「ハンマーに大剣に片手剣にボウガン……。あと、ランス使いが欲しいわね……」
あらぬことか、ハルヒは五人目のハンターを望みはじめた。
五人目なんて、不吉な事を言いやがる。
「おい、ハルヒ。さすがに五人目は……」
「大丈夫よ。あたし達は『隊』じゃなくて『団』だから。一人二人増えたところで変わりないわよ」
ハルヒにとって、俺の意見など無意味なのだろ。
団であるという理由で打ち切られた。
せめて長門や朝比奈さんに危害が及ばないようにしないとな。
そう心に決め、この日は酒を飲み交わして一日を過ごした。
 
そして翌日。
五人目のランス使いが仲間に加わったのは、言うまでもないだろう。
 

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最終更新:2008年04月18日 11:34