KYON'S ELEVEN

 

 

第一章   ~平行世界キョン作戦~

 

 

 

陽は地平線に向かって沈み始め、カラスは鳴いていた。これは下校の合図のようなものである。
昇降口に向かい、靴を履き替えようとすると、下駄箱に手紙が入っていることに気がついた。
携帯電話という通信手段が確立している現在、このような古い連絡手段を使うというのは実に怪しいものである。
それに俺にはトラウマもあるわけで、この手紙が凄く読みたくないのだ。
しかし、またハルヒ絡みのトラブルが発生したのだろうと思いながら、仕方なくその手紙を読んでみることにした。

『今すぐ屋上に来い』

随分と汚い字で殴り書きされていた。実に簡潔で分かりやすい。
未来人関係でも宇宙人関係でも無さそうな字だが、字だけで判断するのは危険だ。
俺は大きな不安を胸に、屋上へと向かった。

 


屋上への扉の前で俺は警戒をしながら、この扉を開けるべきか否か、悩んでいた。
この扉を開けてしまえば間違いなく厄介なトラブルに巻き込まれるだろう。確率は160パーセントだ。一回巻き込まれる確率が100で、二回巻き込まれる確率が60だ。
もしかしたら刺されるかもしれない。いや、今度はそれより悪いかもしれない。
俺にとって、この学校はヨハネスブルグより恐ろしい場所と化してしまっているので、常に警戒を怠ってはならないのだ。
やはりこのまま帰るべきだろうか。いや、そうしたらもっと酷いトラブルに巻き込まれる可能性も高い。どちらにしろ、トラブルからは逃げられん。
俺は勇気を振り絞り、ドアノブに手を掛けた。
ゆっくりと回し、そして慎重にドアを開くと、そこには一人の男が立っていた。
俺と同じくらいの背格好で、真っ黒なスーツを着ていて、俺とまったく同じ顔をしている。つまり、俺が居た。
「えーっと……誰だ、お前」
どこからどう見ても俺なのだが、念のため訊ねてみることにした。
「俺はお前だ。平行世界からやってきた」
お前はいきなり俺の脳味噌を混乱させるつもりか。平行世界? シュレディンガーの猫の話か?
「パラレルワールドだよ。お前は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を見たことがないのか? 複数の現実が存在するって話だ」
どうやら随分と厄介なことに巻き込まれてしまったようだ。
「で、平行世界からはるばる何の用だ?」
「いや、ちょっと助けてもらいたいことがあってな」
未来人関連の話か? それとも宇宙人か超能力者か? すまんが、どれも御免だ。
「安心してくれ。個人的な頼みがあって来たんだ。俺の大事な大事な宝物が、とある極悪人に奪われてしまった。で、お前の力を借りたいというわけさ」
なんだそのRPG的展開は。俺はそんなもの望んじゃいないぞ。
「俺だって望んでないさ。でもこうなっちまったもんは仕方ない。さあ、行くぞ」
そう言って、俺の返事も聞かずにコイツ(紛らわしいのでキョンBとしておこう)は俺の腕を引っ張って走り出した。
いくらなんでも気が短すぎなんじゃないか? ハルヒだってもう少し余裕を与えてくれるぞ?
「これから忙しくなるんだ。休んでる暇なんて無いんだよ」
やっぱり俺はトラブルに巻き込まれる運命なんだな。
俺は大きく溜息をついてから、「やれやれ」と呟いた。

 

 

 

 

 

 

キョンBに連れてこられた場所は、平行世界のとあるビルの最上階だ。
どうやらキョンBが所有する建物らしい。こっちの世界の俺は随分と金持ちなんだな。実に羨ましい。
もし俺がビルを所有できるほどの金持ちだったら、さっさと引っ越してしまうが。
「で、奪われた物は何なんだ?」
「それは禁則事項だ。口が裂けても言えないな」
相手が自分でも言えないのか。俺がタンスに隠してあるような物体か、それに準ずるものだろうか。もしそういう類のものだったら協力はしたくないな。
まあ、わざわざそんなものを奪うやつがいるとも思えんので、おそらく真面目なものだろう。
長門関連か、あるいは古泉か朝比奈さんか、はたまたハルヒ関連の物体なのだろう。
「……じゃあ、それを奪った極悪人とやらは誰だ?」
極悪人というくらいだから、そうとう悪いヤツなのだろう。
「極めて悪い人」と書くんだ。ちょっとやそっとの悪さじゃないはずだ。
「他の平行世界の俺だ」
…………。
……極悪人?
「厳重なセキュリティだったのに、顔が同じだから簡単に盗まれちまった」
こいつ……けっこう馬鹿だな。
「……で、どうやって取り戻すんだ?」
「向こう側のセキュリティが厳重さが半端じゃないからな。俺達だけじゃ無理だ」
そこで長門の登場か。なるほどなるほど。
「いや、今回は長門や朝比奈さんや古泉の力は一切借りん。プライベートな問題だからな」
「そのプライベートな問題に俺を巻き込むのは問題ないのか?」
「自分だからな。他に頼れるやつはいないだろ」
その大事な宝物を盗んだのも自分だろ、と突っ込みを入れるのは面倒なのでやめておいた。
それにしても、実に理不尽な話だ。巻き込まれる側の身にもなって欲しいものだ。
「じゃあ、誰を味方にするんだ? まさか、他の平行世界から大量に俺を連れてくるとか……」
「ご名答」
聞かなきゃよかった。
「……なっ、……お前は馬鹿か!」
「良いアイデアとは思わないのか? それに、別世界の自分に会ってみたいとは思わないか?」
ちょっとだけ思った自分が憎い。
「実は既に一人連れてきてる」
「なにぃっ!?」
……本当にこいつは行動が早い。ハルヒより行動が早いんじゃないか?
ドアがゆっくりと開いて、隣の部屋から眼鏡を掛けた俺が登場した。こいつはキョンCとしよう。
「紹介しよう。こいつは計画立案者のキョンだ。特徴は視力が悪く、頭が良いとこだ」
キョンCは軽く会釈し、「どうも。初めまして」と言い、俺の横の席に腰掛けた。
「さて、今回の計画はすべてこのメガネキョンが考えてくれる。さあ、今の状況を説明してやってくれ」
メガネキョンという呼び名が気に入らないような表情で、キョンCは説明を始めた。
「大事な物が平行世界の俺に奪われたって話はもう聞いたな? 分かりやすく説明するためにその俺を悪キョンと呼ぼう。
悪キョンは厳重な警備が敷かれた馬鹿でかい地下金庫にその物体を閉じ込めた」
地下金庫?
「なあ、その悪キョンは何者なんだ? 地下金庫なんてどこにも無いだろ」
「そいつが所有してるビルのうちの一つに地下金庫があるんだよ」とキョンAが答えた。
…………。
……所有してるビルの一つ?
「なあ、金持ちじゃないのは俺だけなのか?」
「安心しろ、俺も平均的な庶民だ」とキョンCが答えた。
そいつは良かった。安心したぞ。自分だけ庶民というのは悲しいどころの騒ぎじゃないからな。
「説明を続けるぞ。その地下金庫というのがスティーブン・セガールでも突破できないようなセキュリティでな。コレが実に厄介なんだ。
まず、扉の厚さが二十四センチ。扉を開けるには二分おきに変更される暗証番号を入力しなければならない。
そして、その金庫につながっている通路には赤外線センサー、圧力センサー、サーモセンサーが設置されていて、突破が困難だ。
その通路に入るのも指紋認証が必要だし、そこに警備員が一人いる。停電を起こしても二十秒で予備電力が作動するし、警備が強化される。
仮に金庫の中に入れたとしても出られない。まさに難攻不落の砦だ」
キョンCが説明を終えると、キョンBはこう訊ねてきた。
「感想は?」
俺は即答した。
「狂ってる」
他に答えようがないだろう。
「その意見には同感だ。だから仲間が必要なんだ。最低でもあと三人」
ということは、たったの六人でこれを突破するというのか? それこそ狂ってる!
せめてスティーブン・セガールとブルース・ウィリスとジャッキー・チェンを用意してもらわないと不可能だ。
「いやいやいや、明らかに無理だ。不可能だ。俺は降りるぞ! 帰らせてもらう!」
「一人で帰れるのか?」
…………。
………………だから、わざわざ平行世界まで連れてきたのか。
……ちくしょう。
俺は席に戻った。
「仕方なくだからなっ! 好きでやってんじゃないんだからなっ!」
「おや、ツンデレか?」とキョンBが微笑んだ。
帰りたい。心底帰りたい。というか、もう泣きたい。
俺は、「やれやれ」という言葉すら言う気になれなかった。

 

 

 

 

 

 

その後、俺は仲間集めのために他の平行世界に行く羽目になってしまった。一体いくつ平行世界があるんだ?
「今回仲間にするキョンは、重度のパソコンオタクだ。得意分野はハッキング」とキョンAは楽しそうに説明する。
ちなみに今回はキョンCは留守番係だ。
俺達は今、校舎の屋上にいる。こんな今までで類を見ないほどにややこしく、そして厄介な出来事に巻き込まれたのは初めてだ。
そもそも、俺はこの件について一切関係が無いだろう。この男と知り合いであるわけでもないし、親しいわけでもない。
このキョンBは確かに俺だが、あくまで異世界の俺であって、こっちの世界の俺とは何の関係も無い。
それに、異世界人が異世界に干渉してしまうのはかなりの大問題ではないのだろうか。つまり、俺はここにいるべき人間ではないということだ。
世界というものは、その世界の内側の人間のみが関われる密室であり、部屋の外の人間が入ってきてしまうのはおかしいということだ。
「そうだな……ここの俺はオタキョンと呼ぼう」などと訳の分からないことを言っているキョンBを殴りたい気分だが、誰かがやってきた気配がしたのでやめておいた。
ドアがゆっくりと開き、登場したのは猫背の俺だった。こいつはキョンDとしよう。オタキョンなんて呼ぶのは可哀想だからな。
「な、なんだぁっ!?」とキョンDは腰を抜かして俺達を見た。
そりゃ驚くよな。自分がもう二人もいたら驚くさ。俺だって驚くだろう。だが、この他にももう一人いるのだから彼はさらに驚くことになるだろう。
「俺達は平行世界から来た。平行世界って分かるか?」とキョンBがキョンDに話しかけた。
「……パラレルワールドってやつか?」
どうやらこのオタキョン、もといキョンDは理解が早いらしい。説明が短くて済みそうだ。
「お前に頼みたいことがあるんだ」とキョンBは現状の説明を始めた。
この説明の間、退屈な俺はここから校庭の様子を眺めることにした。
地平線に向かって沈み始める太陽。カーカーと鳴くカラス。音楽室から聞こえるトランペットの音色。校庭で練習を続けるサッカー部。
俺が平穏を感じることができるのはおそらく、こういうときしかないのだろう。これも俺の運命なのだろうか。
というか、今回のトラブルの原因は、後ろで説明をしているこの男だと思うんだがな……。
「……というわけだ。分かってくれたか?」
キョンDは戸惑った様子で、「できれば勘弁してほしいんだが……」と言った。
だが、キョンBはその話をまったく聞かずに彼の腕を引っ張り、もとの世界へと移動を始めた。
こいつはハルヒ以上に強引だな。

 

 

 

 

 


さっきから訊きたかったんだが、これはいったいどういう技術で移動しているわけなんだ?
普通、平行世界なんて簡単に行けるものじゃないだろう。
「ああ、禁則事項だ」
……便利な言葉だな、それ。俺も今度使うことにしよう。
「さて、これでやっと四人揃ったな」
丸いテーブルを囲むように俺達は椅子に座った。明かりが少なく、部屋が暗いので悪役達の秘密会議のようだ。
だが、席はまだ二つ空いている。
おそらく、この二人もこれから連れてくることになるのだろう。
「この二人が、問題なんだ」とキョンB。
「どう問題なんだ?」
異世界の俺には問題があるというのか。実に厄介なことに巻き込まれてしまったものだとつくづく思う。
「まず、容姿が俺達とまったく違う。片方は俺達の面影があるからまだ良い。問題はもう一人だ」
だから、どう問題なのか、と訊いているだろう。さっさと答えてくれ。
「……実際に会えば分かるさ」
なんとも気に入らない答えだ。この場で答えても何の問題も無いだろうに。
ちゃんと答えるまで問い詰めたい気分だが、おそらく答えないだろうから、別の質問をしてみた。
「ちなみに、奪還計画はちゃんと考えてあるのか?」
「もちろんだとも。考えた上でのこのメンバーだ。メガネキョンが考えたこのメンバーだったらどんなセキュリティにも勝てるさ」
それはどこからくる自信なのだ、と問い詰めたいね。
どうやらこの男には問い詰めるべきことが多くあるようだ。
「じゃあ、次のキョンを捕まえに行こう」
キョンBはそう言って立ち上がった。
次のキョンも大変だな。

 

 

 

 

 


平行世界の俺の下駄箱に、屋上に来るように指示した内容の手紙を入れたのだが、問題が発生した。
部活中に部室のドアの向こうから「下駄箱にこんな手紙が入ってたんだが」という声が聞こえたのだ。これはまずいような気がしてきた。
俺は屋上にいるキョンBに作戦失敗の旨を報告することにした。
「何? 失敗? 何故?」
「ここのキョンがハルヒに下駄箱の手紙の件を相談したんだ。ハルヒのことだ。絶対に『行くな』というに決まってる」
「困った困った、困ったな。このままじゃこっちの世界のキョンが俺達のところに誘い出せなくなるな」
「何か手はあるのか?」
キョンBは眉間に皺を寄せ、人差し指を眉間に当てて考え出した。
「こっちのキョンは俺達と姿が違うから、直接呼びに行っても差し支えは無いんだが……」
俺はキョンCから借りた双眼鏡で、部室の様子を見てみることにした。
定位置に座る古泉、長門、ハルヒ。メイド服を着ている少女は朝比奈さんだろう。さて、キョンEはどこだ?
教室の方を覗いてみても、キョンEの姿は確認できない。じゃあ、あの声は誰の声だったんだ?
「なあ、この世界のキョンはどこにいるんだ? 姿が確認できないんだが」
「部室から声が聞こえたのなら、部室にいるんだろう」とキョンBがめんどくさそうに答える。
朝比奈さん以外はここから顔が見えるし、その朝比奈さんもメイド服を着ているからすぐに確認できる。死角にいるのだろうか。
「仕方ない、行くしかないか」とキョンBが呟いたとき、朝比奈さんの姿がこちら側に振り向いた。
……こちらの世界の朝比奈さんは、胸が小さいようだ。
「行くってどこに?」
「部室に直接向かう。面倒だが、他に手段が無い」

 

 

 

 


ドアの前で、二回ノック。それからゆっくりとドアを開くと、お茶を飲む男と、椅子に座って本を読んでいる少女が視界に入ってきた。
次に団長がパソコンをやっているのが見え、それからメイド服を着た少女がお茶を淹れている様子が見えた。
「アンタ、何の用?」とハルヒが俺達に訊ねる。
俺はここで、凄まじい違和感を覚えた。
なんだこれは。誰だこれは。
そんなことお構いなしにキョンBは「ちょっとキョンを借りたいんだが、いいか?」と訊ねた。
おいおい、どれがキョンだよ。まさか、アレがキョンなのか? もしかしてそうなのか? そんなことがありえちゃうのか?
「俺に用か?」と答えたのは、メイド服を着ていた少女だった。ああ、胃が痛い胃が痛い。
「ああ、ちょっと手伝って貰いたいことがあってな」とキョンB。
あれが朝比奈さんでないということは、ドアを開けたときにすぐに分かった。だが……だがこれは、心臓に悪すぎやしないか?
「着替えてからでいいか?」
「ああ、準備ができたら屋上に来てくれ」
ああああ…………誰か、胃薬をくれ。

 

 

 

 


屋上に来たキョンEは男子の制服を着ていた。
え? ……もしかしてコイツ……男子か?
「で、俺に何の用なんだ?」とキョンEは訊ねてきた。
「実は俺達は平行世界から来たんだ」という説明が始まったため、退屈になった俺はキョンEを眺めていることにした。
どこからどう見ても女だし、男子の制服を着ていることに大きな違和感を感じるが、おそらく本当に男子なのだろう。
女にしか見えないから、ハルヒにメイド服を着るように言われたのだろう。
これでキョンEが朝比奈さんの役をやっていたことに説明がつくし、納得もいく。
その朝比奈さんは、今日は欠席のようだ。普段だったらメイドが二人いるのだろうか。是非とも見たい光景だ。
顔は随分と美人だが、俺の面影が少し残っている。俺の双子の妹だ、と言われたら殆どの人間が納得するだろう。
「……というわけなんだ」
どうやらキョンBの説明が終わったらしい。
「他にも俺がいるから呼び方を区別しなきゃならん。お前のことは女顔キョンと呼ばせてもらおう」
「断る」
キョンEは即答した。
当たり前だ。誰だってそんな名前は嫌だ。俺だって嫌だ。
「まあいい、とにかく行くぞ」とまた強引にキョンBは俺達の腕を引っ張った。
強引にも程がある。

 

 

 

 

 

もとの世界に戻ってきた俺達は、丸いテーブルを囲むように席に着いた。
時計回りに俺、キョンB、C、D、Eの順番だ。俺の左側は空席だ。
もうどれがCでDだか分からなくなってきたので、仕方なく別の呼び方を使おう。
「なんだか悪の秘密結社の作戦会議みたいだな」とオタキョンが言った。
「似たようなもんさ」とリーダーキョン。
「で、どういう作戦なんだよ」と女顔キョン。
「これはどう考えても突破不可能なセキュリティだ」と俺。
「いや、大丈夫だ。ちゃんと考えてある」とメガネキョン。
口調が全員一緒なので、文章にするのは困難だな。
「さっきから気になってたんだが、この空席は何なんだ?」と俺は自分の左側の席を指差した。
「今から連れてくる。お前も来い」
俺は大きく溜息をつき、「やれやれ」と呟いた。
そして、リーダーキョンとともに、またまたまた並行世界へと向かう羽目になった。

 

 

 

 


平行世界に到着すると、すぐにリーダーキョンはこう言った。
「先に言っておく。この世界は極めて異常だ。何が起ころうとも、ショック死するんじゃないぞ」とリーダーキョンは俺に警告してきた。
あれ以上に驚くことがあるものか。今の俺はどんなことが起きても驚くことはないだろう。たとえこの世界の俺が宇宙人だったとしても。
「宇宙人? そんなに可愛いもんじゃないぞ」
……少し不安になってきた。
「で、下駄箱に手紙は入れたのか?」
「今回はそれが通用しない相手だ。しかも、こちらから行くわけにもいかない。だから、ここのキョンが一人きりになったところを狙う!」
……お前は誘拐犯か。まあ、似たようなものか。
「静かに! 来たぞ!」
リーダーキョンはそう言って廊下の影に身を潜めた。俺もその後ろに隠れることにする。
足音が少しずつ近づいてくる。俺たちは息を潜め、じっと待っていた。
あと5m……4m……3m……2m……来た!
さて、この後俺はどういう行動を取ればいいのだろう。
そう悩んでいると、リーダーキョンは「ここで待ってろ」と言い、ゆっくりと出て行った。
「あれ!? アンタなんでこんなとこに居るのよ!」というハルヒの声が聞こえた。何故、ハルヒがここにいる!?
「今までどこにいたんだ? 探したんだぞ?」とリーダーキョン。
……ちょっと待ってくれ。おいおいおいおい、話が違うんじゃないか?
「ちょっと話があるんだ。来てくれないか?」とリーダーキョンは続ける。
「え!? ……分かったわ」と戸惑いながら返事をするハルヒの声が聞こえた。
おいおい、ココのハルヒはやけに素直だな。どんどん俺の胃は痛くなってくるぞ。
リーダーキョンはハルヒを連れて、屋上へと上がって行った。
なんでハルヒを連れて行くんだ。必要なのはハルヒじゃなくてキョンだろう。もしかして若年性痴呆症にでもなったのか?
いや、まさか…………。
「来て良いぞ!」というリーダーキョンの声が屋上から聞こえた。
おそらく、俺に対して言ったのだろう。他に誰もいないよな。俺だよな。
俺が来ちゃって良いのか? キョンが増えるんだぞ? ハルヒの目の前で!
おそるおそる屋上へと向かうと、俺達の顔を見て驚愕しているハルヒがいた。
「えっ!? なっ、なんで二人ぃ!?」
やはりこの状況には大きな問題が生じるのではないだろうか。今更そんなことを考えても遅いのだが。
「俺たちは平行世界から来たんだ。平行世界って分かるか? パラレルワールドだ」
またリーダーキョンの説明が始まった。今回ばかりは状況が把握できないので、俺にも詳しい説明をしてほしいところだ。
そもそもキョンを連れてくるんじゃなかったのか? 何故ハルヒを連れてくるんだ。
説明が終わったところで、俺はリーダーキョンに訊ねた。
「これはいったいどういうことだ」
「こっちの世界じゃ、ハルヒとキョンの立場が逆なんだ。ハルヒが"キョン”と呼ばれてる」
ああ、もう訳わかんねぇえ!! じゃあ、この世界の俺はどうなってるんだ!
「んなもん決まってるだろ。神の能力を持っていて、宇宙人にも未来人にも超能力者にも気づいていない団長さんだよ」
逆ってそういうことか……。この世界じゃ俺の代わりにハルヒが苦労をしているわけか。
ハルヒは「今度は異世界人? 困ったもんね」と言って、溜息をついてから「やれやれ」と呟いた。
ああ、間違いない。こいつはキョンだ。

 

 

 

 

ついに全員が揃った。
キョンと呼ばれる人間が六人。さて、これだけで一体に何ができるというのだ。
メガネキョンが立ち上がり、大きな図面のようなものを机の上に広げた。
どうやら、建物の設計図のようだ。
「目標の地下金庫は地下二十メートルの位置にある。この建物は正面玄関以外の入り口が存在しない。
幸いにも、この悪キョンに容姿が酷似している人間が俺を含めて数名居るので、ここの警備員は簡単に騙せるだろう。問題はそのあとだ。
地下に降りるためにはエレベーターを使うしかない。驚くべきことにこのエレベーターは決められたパスワードを入力しないと使えない。
そして、エレベーターのパスワードを知っているのは内部の人間だけだ。つまり、スパイを用意する必要があるわけだ。
エレベーターを降りると、小さな部屋にたどり着く。そこには警備員が一人と扉が一つ。
その扉は指紋認証でしか開かない。扉を抜けると、長さ十二メートルの通路が現れる。
通路には赤外線センサー、圧力センサー、サーモセンサーがあり、どれか一つでも反応すると、二十秒以内に警備員がやってくる。
通路の先には厚さ二十四センチのチタン製のドアがあり、二分ごとに変わる暗証番号を入力しなければ開かない。
そして、その番号は悪キョンの携帯電話を見なければ分からない。ドアを開ければそこはゴールだ。
電力を切っても二十秒で予備電力に切り替わり、警備が強化される。
それと、金庫を含めたすべての場所に監視カメラがあるのを忘れちゃいけない。
死角はどこにもなく、その映像は一階のセキュリティ室で二十人体制で管理されている。
もし姿が発見されれば、作戦は失敗だ。以上。何か質問は?」
「……」ぽかんと口を開けて呆然と図面を見るオタキョン。
「……」何かを言うべきなのだろうが何も言えない俺。
「……」呆れた様子で図面を見る女顔キョン。
「……」頬杖を突き、怪訝な表情でメガネキョンをみるキョンハルヒ。
全員無言だ。
突っ込みどころ満載過ぎて、何も言えない気分である。
つーか、事前に聞いてたものよりもパワーアップしてるじゃないか。不可能どころの騒ぎじゃないぞ。
「……皆、元気が無いな」とリーダーキョンが笑った。
まさか本当にこの状況を打開する作戦があるとでも?
「ああ、あるとも」
嘘なら嘘って言っても良いんだぞ? まだ間に合うぞ?
「本当だって」
「じゃあ、その作戦を言ってみろ」
「良いだろう」
リーダーキョンは嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔が妙にムカついた。

 

 

 

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