それは正月の喧騒は一段息ついたものの、冬将軍はナポレオンのごとく落ち着こうとしないある冬の日のことである。
俺は光陽公園のベンチで冬将軍の猛攻に孤軍奮闘を強いられていた。こんなことならもっと着込むべきだった、などと考えても完全にアフター・ザ・フェスティバルなのである。それに今回の件は俺のせいなので文句を言うわけにもいかなかった。寒さで気が遠くなる俺はもう一度ことの成り行きを考えてみることにした。
………
……



あわただしい年末を駆け抜け、新年始めのミーティングが事の始まりであった。
ハルヒは座っていた椅子を蹴倒しそうな勢いで立ち上がり
「今までみくるちゃんだけプロモーションしてきたSOS団ですが、新年ということで新企画をスタートさせようと思います」
高らかに宣言するハルヒに俺はいったいどこからつっこもうかと考えていた。古泉は興味深そうで笑っており、朝比奈さんは標的が自分でないことに安堵の表情を浮かべていて、長門は定位置で本というよりブロックといった方が正しいような分厚い本を読んでいた。
「これからは有希のプロモーションよ!」
…だめだ、ハルヒがこんな顔で笑うときはラガーマンが100人いても止められない、そこに関取100人足したっていい、俺は半年とちょっとの付き合いでよく理解していた、やれやれ。
長門は自分の名前に反応しハルヒを見た後、顔を60°ほど横にスライドさせ俺を見た。その表情には困惑の色が0.3ppmほど伺えた。助け船を出すべきだろうか。
「別に文化祭があるわけでもないのに何のためにやるんだ?」
長門はハルヒに向き直った、こんなんで満足だったか?
「去年のほらあんたの友達、中原?中曽根だっけ?あのアホみたいに有希の可愛さに気づいていないマヌケが校内外に多すぎるのよ!これはSOS団の今後のためにも立ち上がらねばならないの!」
まず訂正しておくが、中原でも中曽根じゃなくて中川だ。あれ?中河だっけ?
「どっちでも同じよ、やるったらやるの!」
会心の演説をした後の大統領みたいな表情しやがって、そんなの長門の本意じゃないだろ。
「なに言ってるの?有希が残念そうだったって言ったのはあんたじゃない!」
確かに言ったが、俺の言いたかったことはそういうことじゃ…。チラリと長門をみると無言、無表情のまま目だけで「そうなの?」と尋ねられた。
「ちょっと!あんたが彼氏の1人でもいてやれば良いって言ったんじゃない!?」
いや、だから―――バタン。
俺の反論を遮るように本が閉じられる。全員の視線が一カ所に集中した。顔色一つ変えずに立ち上がった少女は
「合宿時の風邪が完治していないので、早退する」
とだけ言うと凍った空間の中で一人だけ風のようにドアから出ていってしまった。ハルヒはよくわけがわかっていない、朝比奈さんは新しいケージに入れたハムスターみたいにオロオロしいる、古泉は肩をすくめておどけたような顔をしていた。
「怒ってしまわれたんでしょうか?」
「そのようですね」
蚊帳の外の二人はヒソヒソと話している。
「キョン!どういうことか説明しなさい!」
ハルヒはメロスのごとき怒りを見せた。セリヌンティウスこと長門が何故怒ってしまったのかはわからないが、わかることは二人の怒りの矛先が俺に向けられていて、地球最強の二人に板挟みにされたらどんな暴君でも音をあげることうけあいであるということだ。
「私は有希に彼氏でも出来れば転校を諦めてくれると思ったの!なのに…なのにどういうことなの?もうわけわかんない!解散!!!」
乱暴にカバンを掴むと部室から飛び出した。


「どうやら久しぶりにバイトが入りそうですね。」
ニヤリと古泉が笑う、皮肉はやめてくれ。
「皮肉ではありませんよ、ただ五寸釘を刺しておいたつもりだったんですが、いつの間にか抜け落ちてしまったようなので再び釘を刺しておこうかと」
こういう時のニヤニヤは本当にムカっ腹が立つ、誰にって?自分にだ。まったく何やってんだろうな俺は。
「では」
古泉は足早に部室を出ると携帯で誰かに連絡をとっていた。
「あの…」
申し訳なさそうに朝比奈さんがポツリポツリとはなし始めた。
「長門さんが怒った理由をちゃんと聞いて、それをきちんと説明すれば涼宮さんもわかってくれると思います。」
わかっていますよそんなこと。
「すみません…」
ポツリポツリと言葉以外のモノが彼女のメイド服にシミを作っていた。関係ない朝比奈さんに八つ当たりするなんて俺もそうとう焼きが回ったな。自分の頬を思いっきりはたいた、しっかりしろ俺。朝比奈さんはびっくりしてこっちを見ていた。
「それじゃ、行ってきますね」
「はい、いってらっしゃい」
微笑みかけたその顔にいつものプリティーな笑顔が戻っていたので少し安心した。


長門の家電には誰もでなかった
「ピーーっという発信音に続いてご用件をお話しください『………長門、俺だ…とにかくお前の話を聞かせてくれ……光陽公園で待ってる』ピーー」
いつもは手持ち無沙汰になる留守電がこんなにも早く切れてしまう。用件は伝えたはずなのに何か言い残したことがあるような気がしながら俺は公園へと急いだ。



………
……

そんなわけで俺をあざけ笑うような北風に体を丸めながら俺は考えていた。
長門は何故怒ったのか?俺はここまできてもさっぱりわからなかった。こんなことなら自称『女心を知り尽くした男』谷口の話をバカにしないで聞いとくんだったな。ふと時計を見ると学校を飛び出してから1時間しか経っていなかった。時間がこんなにものろまに過ぎていくものだったのかと驚かされる。いや今までが異常だったんだろう、なんだかんだ言って俺はSOS団で過ごす時間が好きで、部活や不思議探しをしているとすぐに時間がたってしまった。なんど時計にスロウの呪文を唱えたかわからない、当然心の中でだが。もしあんな楽しい日がもう戻ってこないと思うとなんだか鼻の奥がツンとした。いや別に悲しい気持ちになったりしたわけじゃないんだ、なんというか一生懸命作った砂の城が無慈悲な波にさらわれてしまう感覚に似てるかもしれない、とにかくやるせなかった。これでもし長門がこなかったら笑ってやろう、誰を?もちろん自分をだ。



長門が現れたのはその5時間後だった。俺はこんなに人を待ったのは初めてかもしれない。
向こうの方から長門有希の細っこいシルエットがぼんやり浮かぶ、制服姿のままダッフルをすっぽりと被っていた。糸に引かれた操り人形みたいにすうっとベンチに座った、長門はいつもみたいに俺の目をじっと見てくれなかった。
「この時間でよかった?」
俺はうなずいた。
「ひょっとしてずっと待ってた?」
うなずく。
「……私にはなしたいことでも?」
うなずいて、俺は長門の前に立った。強い風がダッフルのフードを吹き飛ばした。長門の視線はやはり俺を見ていなかった。


「すまなかった」


思いっきり頭を下げた。実際には何秒かわからないが、このまま公園のモニュメントになったっていいと思った。




不意に小さな手が俺の頭をポンポンと叩き、そのまま自分の隣をコンコンとクリックした。俺が顔を上げると長門と目があった。
「私のほうこそすまなかった」
俺を隣に座らせペコリと頭を下げた。いいんだ、俺はお前のことを分かったふりして何にも分かっていないようだし。
「そう」
すまんと言おうとしたが長門がこっちをじっと見るので躊躇してしまう。
「やはり、言語による情報伝達には齟齬が発生する、これは私の責任でもある」
よかったら教えてくれないか?
「うまく言語化できる自信がない」
下を向いてしまった。俺がバカなばっかりにすまんな。
「……私はあの時、残念ではなかった」
じゃぁ、やっぱり俺の目が節穴だったか。
「そうじゃない、私は残念だった。でも超感覚能力者についてはどうでもよかった。ただ…」
何かを言おうとして長門は膝に置かれた手に力を入れた。
「ただ…」
長門は苦しそうだった。無理することはないどうせ相手は大バカ野郎だ
「…そんなことない」
やおらに立ち上がる。俺は小さな背中を眺めていた。
「私はあなたを試したかった。もしあのまま超感覚能力者が私に求愛し続けたら―――」
小さな背中は語る
「あなたはそれを阻害してくれた?」
俺はあの時感じた中河に対するイラつきの理由が今になって理解できた。

 

「当然だ」


「どうして?」
「それは…」
大バカついでだ言ってしまえ
「お前が誰かのものになるのは俺が嫌だ、だって俺は…」
俺は最後まで言ってしまおうとした、だが小さな背中はくるりと半回転した。
そしてその細い人差し指を薄いながらも少女のあどけなさを内在させる唇に押し付けた。ポーズだけならば朝比奈さんの【禁則事項です】に似ているがその意味するところは大きく違うような気がする。
「長門聞いてくれ!俺は!」
言いかけたがそこでやめざるおえなかった。なぜなら長門が人差し指で自分の唇でなく、俺の唇を押さえたからだ。その指にはかすかに温もりが残っていた。
「何も、言わなくていい」
そう言うと、長門はその人差し指をもう一度自分の唇にそっと戻し
「満足」
とだけ言ってトコトコと歩いていってしまった。俺はというと情けないことに惚けてしまっていた。なぜかって?長門のその時浮かべた初めて見る茶目っ気のある笑みにやられてしまっていたからだ。きっと俺の知らない長門の表情はもっとあるにちがいない、そしてそんな一つ一つを全部見てみたいと思った。




後に聞かされた話によると昨日閉鎖空間は角砂糖ほども出なかったそうで、古泉はハルヒが怒りよりも落ち込んでいたからと予想していた。ハルヒはというと、ハルヒなりに気を使ったようで新しい衣装をいくつも自腹で買ってきていた。あいつが自腹を切るなんて空から何か降ってくるんじゃないだろうか、500円玉とか100円玉とか。
「有希!好きなの着せてあげるわ」
ハルヒはやり通すつもりらしい。
「いい」
「どうしてよ」
俺はとめておくべきだったんだなこの時点で。
長門は本から視線を外した。



「好きな人ができたから」



やれやれ。
いったいだれなの!?と大騒ぎするハルヒ、おめでとうございます、と拍手する古泉、それってぇ…ときゅうにもじもじし始める朝比奈さん。しかし、長門はしゃべり続けた。


「昨日キスをした」


うん、(間接)が抜けてるのはうまく言語化できなかったからだろうな、うん!そうに違いない、そう信じよう…。部室の中はまさに阿鼻叫喚であった。

「さっきからみょ~~~に静かだけどひょっとしてあんたじゃないわよね?」
ぬかった!!違う違う違う、全力で否定してみる。当然のことながらハルヒは止まらない。
「古泉君嘘発見機ってレンタルできる?」
「手配しておきましょう」
「それから自白剤も」
「承知いたしました」
「キョン~♪昔は捕虜の人権は確立されてなくてね、いろいろな方法で自白をせまったそうよ♪自分で自分の歯をへし折らせてそれを頭にトンカチで打ち込んだり、体中の間接という間接に釘を打ち込んだりね♪痛くしないうちに白状するのをオススメするわ☆」
なんで俺だって決めつけてんだ!
「問答無用!はやくいいなさいっ!」

やれやれ、俺はあそこで本を黙々と読んでいる少女にハルヒに息の根をとめられる前に伝えられるのかね

今度の日曜日図書館に行こう

って。


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