とある喫茶店。
 女二人が向かい合って座っている。
 
「悪いけれども、今日は、男性を相手にするときと同じ口調で話させてもらうよ。そうしないと、平静を維持できそうにもない。僕は、涼宮さんとは違って、強い人間ではないのでね」
 佐々木の発言に、涼宮ハルヒは黙ってうなずいた。
「では、何から話そうか?」
「キョンのこと、どう思ってる?」
 涼宮ハルヒの単刀直入な質問に、佐々木はあっさり答えた。
「好きだった。……うん、そう、過去形だよ。いや、現在進行形の部分が全くないといえば嘘にはなるだろうけど、もう、諦めはついている」
「なんで? フラれたわけでもないのに」
「告白すればフラれるのは明らかだ。キョンに異性間の友情という命題について肯定的な確信を抱かせてしまったのは、僕だからね。自業自得というやつさ。キョンにとって、僕は友人以外ではありえない」
「友情が恋愛感情に変わることだって……」
「キョンはそれをあっさり否定したよ。あれはいつものちょっとした世間話だった。今でもはっきり覚えてる。『友情が恋愛感情に変わるなんてありえん。そんなのは物語の世界だけだ』とね」
 涼宮ハルヒは、複雑な表情を浮かべた。
「不安になってきたかな? その不安は正しいと思うね。このままじゃ、キョンと涼宮さんの関係も友人関係で確定してしまう。変えたいと思うなら、今すぐ行動することだ。今ならまだ間に合う」
「なんでそう言えるの? キョンは有希やみくるちゃんが好きかもしれないじゃない」
「それはないよ。長門さんも朝比奈さんも、恋愛については意識的に避けようとしている。キョンは他人のそういう態度には敏感だからね。ほとんど無意識的になんだろうけれども」
「でも……」
「キョンの長門さんに対する態度は、父性的な保護者のものだ。これは彼が妹持ちなことが影響してるのだろう」
「それはなんとなく分かるけど」
「そして、朝比奈さんに対しては、二律背反的な感情を抱えてるように思える。憧れと同時にどこか反感めいたものも感じるんだ。反感の原因は分からないけどね」
 涼宮ハルヒは、唖然とした。
 普段のキョンの態度から見て、朝比奈みくるに対して反感を抱いているなんてことは想像もつかなかったから。
「その二人に比べれば、涼宮さんは無条件で魅力的な女性だよ、キョンにとっては。キョンをこれほどまでに引き付けられたのは、初恋の従姉妹のお姉さんを除けば、涼宮さんが最初だと思う」
「佐々木さんだって、充分魅力的なんじゃないの?」
「世の男性の抱く感情の平均値でいえばそうである可能性も否定はできないかもしれない。しかし、この場合は、キョンにとってどうであるかが問題だ。僕はキョンの恋愛感情的な意味での好みを満たすものを持ち合わせていない」
「キョンの好みって、どんなのかしら? いまいちつかめないのよね」
「これは話に聞くところのキョンの初恋の相手から分析した結果だけどもね。退屈を感じさせる暇すらないほどにパワフルで笑顔のまぶしい女性。簡潔にいえば、そんなところだ」
 
 佐々木は、紅茶のカップに口をつけた。
 涼宮ハルヒは、テーブルの上の紅茶のカップに触れようともしない。
 
「佐々木さんは、本当に告白する気はないの?」
 涼宮ハルヒは、にらむように佐々木を見た。
「ないね」
「なんで?」
「キョンははっきりと断って上で、それでもなお変わらぬ友情を維持してくれるだろう。でも、僕はそれに耐えられない。ならば、現状の友人関係を維持し続ける方がベターだ。最初にもいったとおり、僕は涼宮さんほど強い人間ではない」
「なら、私をけしかける理由は何なの? 告白してフラれてしまえばいいなんて思ってるわけ?」
 佐々木は苦笑した。
「正直にいえば、そういうどす黒い気持ちもないわけではないよ。でも」
 佐々木はここで一度言葉を区切った。苦笑が引っ込み、真剣な表情に変わる。
「これは何よりもキョンのためなんだ。僕にとって彼が大切な友人であることには変わりはない。彼には幸せになってほしいと思う」
 涼宮ハルヒのにらみつけるような視線は変わらない。
 佐々木は、それを確認してから、付け加えた。
「友情が恋愛に質的転換を遂げうるのは、キョンにとっては、涼宮さん以外に考えられないんだ。彼が今後、涼宮さん以上に魅力的な女性に出会う可能性はほとんどないだろうからね。この機会を逃せば、キョンは一生独身だよ」
「……」
「言っておくけど、キョンの方から告白してくるのを待つのは最悪の選択だ。彼は、異性間の友情に疑問を持ってないし、今の涼宮さんとの関係に不満があるわけでもない。彼が自ら積極的な変化を望む可能性は0だ」
「キョンって臆病者?」
「あながち外れてはないのかもしれないけど、より適切な言い方をすれば、恋愛感情は精神病という教義の熱心な隠れ信者なんだと思うよ。初恋が破れたときの経験がトラウマになってるのだろう」
 佐々木は紅茶を飲み干した。
「僕から話せることはこれぐらいだ。あとは、涼宮さんの判断に任せるよ」
 佐々木は、伝票をもって、席をたった。
 
 涼宮ハルヒは、紅茶のカップをにらみながら、ずっと考え込んでいた。
 やがて、意を決したように顔を上げると、携帯電話を取り出した。アドレス帳の一番上にある電話番号を呼び出す。
「いつもの喫茶店に集合。今から30秒以内。遅れたら罰金」
 一方的にまくし立てて、通話を切る。
 
 彼が来るまでの時間。それは、彼女にとって永遠に等しいぐらいの長さに感じられた。
 
終わり
 


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