あの再開から数日が経ち、涼子もすっかりクラスに溶け込んだようで、二学期からだというのに涼子はまたもやクラス委員長の座にちゃっかり居座っている。なんでも前任のクラス委員長がその座を譲ったのだとか。確かにこいつが委員長をやっているっていうのは絵になるし頼りになるもんだから、譲りたくなる気も分からんでもないが。

でも心配事が一つ。ただでさえ涼子は誰にでも優しく笑顔で接していたので、男子からだけでなく女子からも人気があったというのに、再構成後はその笑顔にさらに磨きがかかったというか、惹きつけてやまない魅力というか、上手く表現できんのだが、そんなもんがあるもんだからもう既に大の人気者になってしまっていた。

この前なんて下級生から、

「お姉様と呼ばせてくださいっ!」

なんて言われていたくらいである。しかも相手は俺から見てもかなり可愛い分類に入る女の子。谷口いわくAランクマイナスらしい。ちなみに今の涼子はAAAランクプラスなんだとか。

まぁそんな事はおいといてだ。前置きが長くなっちまったが俺の心配事というのは、

『可愛い娘に悪い虫がつかないか』

という父親ならば誰もが考えるであろうことなのだ。

谷口よ。万が一涼子に手を出してみろ。古泉をプレゼントしてやるからな。

・・・・・とまあそんな事を昼休みにぼ~っと考えている時に、

「キョン君。今いいかな?」

と涼子が話しかけてきた。あ、俺の呼び方だが、本人たっての希望であだ名で呼ぶことになっている。どこか引っかかるところがないわけでもないが、確かにそのほうがいろいろと安全なので俺は快く承諾した。

それにもし学校で「お父さん」なんて呼ばれてみろ。きっと学校中のファンが押し寄せてきて俺は殺されてしまうだろう。さすがにこの歳で死にたくはないし、俺自身学校でそう呼ばれたら恥ずかしさのあまりきっと窓から飛び降りるだろう。

「構わんぞ。んで、なんだ?谷口にでも言い寄られたのか?だったら俺が・・・」

「ううん。そうじゃなくってね、ちょっと相談なんだけど」

何でも言ってみろ。俺にできることなんてたかが知れてるけどな。

「単刀直入に言うけど、わたしもSOS団に入っちゃだめかな?」

「・・・・・え?」

こいつ、何を考えているんだ。あんなのに好き好んではいるなんてよっぽどの物好きか、

酔狂のどちらかにちがいない。前者にしろ後者にしろどちらもまともな思考の持ち主ならありえんだろう。まさか自分の娘が!いや、お父さん絶対に認めません!

「なんで・・・だ?」

「だって、涼宮さんに凄い勢いで誘われちゃってるから、なんだか入ってもいいかなぁって」

そもそもわたしの役割は涼宮さんの観測なのよ、と小さい声で付け加えた。

そういえばハルヒの奴、最近妙に意気込んでいると思ったらこういうことだったのか。

「それに・・・入団すればキョン君や長門さんともっと一緒にいられるじゃない」

「お前・・・・・」

まずい。いまのは非常にまずいぞ。笑顔でそんな事言われたらお父さんクラッときちゃうじゃないか。しかも無意識のうちに手が勝手に頭撫でようとしてるし。教室なんだぞ、ここは。こんなところで頭を撫ででもしたら大変なことになっちまう気がする。危ないところだったぜ。

「それで・・・どう思う?」

「お前がいいと思うならいいんじゃないか?」

ここまで言われたらNOなんて言えないに決まっているだろうが。

「うんっ、分かった!それじゃ涼宮さんに返事してくるねっ!」

涼子はもう一度笑顔を見せると踵を返して小走りでどこかへ走っていった。

「キョン、俺たち友達だよな・・・・・・」

いつの間にか近くにいた谷口が胡乱な目で俺に言う。何の話だ。

「俺もSOS団に入ってもいいか・・・?」

そんな事俺に言われても困る。ハルヒに直接言え。

「だよなぁ・・・」

とちょうどいいタイミングでハルヒの鼻歌が廊下から聞こえてきた。この様子からして今のハルヒはかなり機嫌がいいな。きっと先ほど出て行った涼子がもう返事をしたに違いない。このまま谷口と話していてもうじうじ言われるだけそうだし、ここはいっちょう突撃させてみるとしよう。

「おい谷口。今のハルヒ、かなり機嫌がいいぞ」

「何、それは本当か!?」

「ああ。ためしに聞いてみたらどうだ?」

聞くだけ無駄だと思うが、と口から言葉が出かかったがなんとかもう一度飲み込む。

「そ、そうだな。よし、漢・谷口、ちょっくらいってくるぜ!」

胸を張り、勇ましくハルヒの元へ向かう谷口。俺に背中を向けたまま片腕を水平に伸ばして親指を立ててドアへと進んでいくその姿はまさに漢であった

「次に会うときは・・・・・・・部室だぜ、キョン!」

負けると分かっている戦に挑むなんて並みの男ではできんだろう。ましてや相手は不沈艦、涼宮ハルヒだ。一般人なら誰もが尻尾を巻いて逃げ出すだろう。それともただの馬鹿なのだろうか。いや、ただの馬鹿に違いない。ま、この際どっちでもいいか。

廊下から声が聞こえる。

「おい涼宮。話がある」

「なによ?」

「俺もSOS団に入れてくれ!」

「却下」

「ぐわああああ!キョン!貴様はぁっ・・・俺のっ・・・」

意味不明な言葉の後にドサッとなにかが倒れる音がしてから、ハルヒが何食わぬ顔で教室へと入ってきた。

「まったくなんなのよあいつ。あ、それよりもキョン、喜びなさい!SOS団に新メンバーが入団よっ!」

・・・・・谷口よ。俺がもう一度聞いてみてやろう。これが俺からの手向けだ。

「谷口か?」

「はぁ?あんたそれ本気で言ってんの?」

「いや、さすがに冗談だ。朝倉だろ?」

だがそういったとたんハルヒの表情ががらりと変わった。

「キョン!あんたなんで知ってるの!?まだ誰にも言ってなかったのに。まさかSOS団にスパイがいるとでもいうの!?」

今にも飛び掛ってきそうな勢いでハルヒが突っかかってくる。

「そりゃお前、あんだけやってれば知るなっていうほうが無理だろ」

さりげなく俺がそれを知っている理由を変えているのは秘密だ。

「ふーん、いつもは鈍感なくせにこういうことにだけは敏感なのね」

「鈍感はないだろ、鈍感は。俺は人一倍繊細なつもりだぞ?それよりもどうして朝倉をSOS団に誘ったんだ?」

「理由なんてそりゃたくさんあるわよ。去年急に転校して今更こんな時期に帰ってくるのも変だしね。でもやっぱり一番の理由は・・・」

ハルヒはふっふっふと不敵な笑みを浮かべる。

「委員長だからよっ!」

俺、絶句。

「二学期からのくせにいきなりクラス委員長になるなんて変よ。きっと朝倉が何かしたに違いないわ!」

「何かってなんだよ」

「そんなの知らないわよ。催眠術とか?魔法とか?それとも実は朝倉はこの北高の裏組織の大幹部とか!?」

「そんなことあるわけないだろ」

しかも最後のやつは論点から少しずれてるような気がするぞ。

「分からないじゃない。あ、もしかしたら朝倉はSOS団を視察しにきたスパイなんじゃないかしら!?」

さっきは俺がスパイで今度は涼子がスパイ扱いかよ。

・・・・・なんか、つっこむ気も失せた。もう知らん。勝手に言っててくれ。

「そうかいそうかい。それじゃ俺は寝る」

そう言って俺は机に突っ伏した。放課後はいろいろと忙しそうだしな。第一眠い。

「ちょっと、キョン!?たっくもう、しょうがないわねぇ」

そうぼやきながらもハルヒは静かになった。

そうして俺の意識は、秋の暖かい日差しのなか、薄れていくのであった。










つんつん。

誰かが俺の頬を突っついている。誰だろう。そう思っても視界は真っ暗。当たり前だ。まだ目を開けていない。

「ふふっ。誰も・・・見てないわよね?」

何か言っている。俺に何かしようってか?仕方ない、もう少し眠っていたいがこれ以上悪戯されるわけにはいかん、と睡眠欲と保身を天秤にかけてわずかに傾いた保身をとって目を開ける。

「え・・・・・?きゃっ!」

そこには度アップの涼子の顔が。涼子は俺と視線が合うと、目を一回ぱちくりしてから急いで距離をとる。

「きゃっ、じゃないだろ。きゃっ、じゃ。驚いたのはこっちだ。それで、お前は何をしようとしてたんだ?」

「いや、あの、その・・・じ、授業も終わったのにキョン君がまだ寝てたから起こしてあげようと思って」

涼子はそう言いながらも目は泳いでいた。

「そういうことじゃなくてだな、お前は今何をしようとしてたんだ?」

「だからさっきも言ったとおり、起こしてあげようかと・・・」

「なら聞くが、誰も見てないわよね、ってのはなんなんだ?」

「えっ!?聞いてたの、それ」

「ちゃんと聞いてたぞ。まぁ俺は頬をつんつんされたことなんて知らないけどな」

「そ、それも知ってるの!?ううう・・・・・キョン君のいぢわる・・・」

そう言うと涼子は、むー、とふくれた。そろそろ勘弁してやるか。

「悪い悪い。起こしてくれてありがとうな」

うーん、と伸びを一回してから俺は席を立った。

「よし、それじゃ行くとするか」

「行くって・・・どこに?」

「どこにってお前、部室に決まってるだろ。SOS団に入ったんだろ?」

「あれ、キョン君にまだ言ってなかったっけ?涼宮さんがわたしに何か用事があるらしくて、後から一緒に行くことになってるんだけど」

・・・おいおい。初耳だぞ、それ。

「もう。そんな変な顔しないでよ。言ってなかったんなら謝るし。ね?」

別に俺は気にしちゃいないが・・・それよりその顔は止めてくれるか?上目遣いでウインクされながら両手合わせて謝られると何もかも全て許しちまいそうだ。

「ふふっ、だったら変なお願いでもしちゃおうかしら」

「頼むからそれは止めてくれ」

「冗談よ。でもそういうわけでわたしは一緒に行けないの。せっかく誘ってくれたのにごめんね?」

「そういうことなら仕方ないだろ。さて、そろそろ俺は行くとするかね」

「うん。それじゃ後でね」

またね、と小さく手を振る涼子に見送られながら俺は教室を後にした。

今思い出したのだが、さっき俺が起きた時に目の前にあった涼子の顔が微妙に赤かったのはなんでだろう。熱でもあったのか?

「ま、いっか」

今日はまだ暑いからな。どこか暑い所にでもいたんだろ。

俺はそう結論付けると部室へと足を進めた。

コンコン

俺は朝比奈さんの、ひゃ~い、というエンジェルボイスの返事を期待してノックを打つ。

「どうぞ。開いてますよ」

はて、今のは俺の空耳か?もう一度ノックしてみるか。

コンコン

「どうしたんです?入ってこないのですか?」

突きつけられたのは残酷な現実。あぁ無情。さらば、俺の淡い夢。

俺は、はぁ、とため息をついてから部室に入った。

「こんにちは」

ドアを開けるとそこにはゼロ円スマイルを貼り付けた男が俺の目の前に立っており、笑いかけてきた。

「さっきはどうしたのですか?なかなか入ってこられない様子でしたが」

それはだな、古泉。お前が俺の小さな期待を無残にもぶち壊してくれたからだ。

「それはすみません。でも僕としてはなにかをやらかした、という記憶はないのですが・・・」

もういい。気にするな。それよりもまだお前は一人なのか?

「いえ、先ほどから長門さんがいつもの席にいらっしゃいますよ」

それを聞いて俺は長門の特等席のある窓際に顔を向ける。すると長門も読んでいた本から目を放し、こちらを向いて数ミクロンほど首を縦に振ってからもう一度視線を本に戻した。

それを見届けてから俺はもう一度古泉のほうに向きなおす。

「朝比奈さんは進路指導の相談で先生に呼ばれているそうなので遅れるそうです」

もう数ヵ月後には朝比奈さんも受験か。だがもしかしたら受験というのは嘘かもしれない。ほんと、あの人はどうなさるおつもりなのだろうか。ハルヒの観察のためにこの時代に残るのか?それとも元の時代に帰ってしまうのだろうか。できることならこの時代に残ってもらいたいものだ。

「それよりも涼宮さんの姿が見当たらないのですが、何か聞いていますか?」

「あぁ、ハルヒなら野暮用があるとかで少し遅れると言ってたが」

それにしてもこの物言いからして、こいつまだ涼子の件についてまだ知らないようだ。思い返せばハルヒ自身が他の人には誰にも言っていないと言ってたからそれもあたりまえなのかもしれん。俺的には機関の情報網でとっくの昔に知っててもおかしくないとおもうんだが、それは間違っているのだろうか。もちろん、こいつが知らないふりをしている可能性がないわけではないが・・・

「どうかしましたか?先ほどから何か考えているようですが・・・まさか涼宮さんと喧嘩でもなさったとか」

「いや、なんでもないぞ。ただ考え事をしていただけだ」

考えるだけ無駄だろうけどな。

「そうですか。それならこれ以上の干渉はやめておきましょう。それよりも今から一局、どうですか?」

「構わんぞ。もともとそのつもりで来たんだしな。んで、何をやるんだ?」

「オセロなんてどうでしょうか?」

「いいぞ。やってやろうじゃねえの。なんせ俺の今学期の目標はお前相手に全勝だからな」

「僕だって結構腕を上げましたよ?今度こそあなたを倒せるかもしれませんね」

「言ったな?それじゃあ負けたほうがジュース奢りってのはどうだ?」

「いいですね、負けませんよ。それでは準備をしてきますので少々お待ちください」

古泉がオセロの準備をしに離れる。これが好機、というわけでもないが、一応今のうちに涼子のことを長門に聞いてみよう。まあ俺が聞くまでも無くしってそうだけど。

俺は長門に近づくとそっと古泉には聞こえないように小さな声で話しかけた。

「長門。お前は今日ハルヒが何をするか知っているか?」

長門は俺のほうを向くと、小さくコク、と頷いた。

「知っている。今日は涼宮ハルヒが涼子をSOS団に連れてくる日」

やっぱり。思ったとおりだ。

「それは涼子から聞いたのか?」

「そう。彼女から相談を受けた」

「それで長門はなんて答えたんだ?」

「入団を推奨しておいた。わたしという個体も彼女と一緒にいたいと思った」

そう答える長門の目にはどこか見る者を優しい気持ちにする光が灯っていた。

「・・・そうか。それならいいんだ。読書中に悪かったな」

「いい。かまわない」

長門が本に目を戻すのを確認してからいつもの席へと向かう。俺が長門と話している間に古泉はすでにオセロの準備を完了させていたようで、ちゃっかり自分の席に座っていた。

「長門さんとのお話はもういいんですか?」

「ああ。終わった」

答えながら椅子を引いて座る。

「それで、何の話だったんですか?僕が用意をしている間にしていた内緒話の内容がとても気になるのですが、お話願えませんか?」

「すまんが今は話せない。でもお前ももう少ししたら嫌でも知ることになるぞ」

「それなら仕方ありませんね。今聞くのは止めておきます。それでは始めましょうか」

「おう。かかって来い」

「それではいきますよ?さ~いしょはグー!」

「じゃんけん・・・」

「「ポンッ!」」

とまあ古泉も意気込んで挑戦してきたのだが結局は俺の三連勝でオセロは幕を閉じた。

どうせならいつも喫茶店で奢らされている分もしっかり取り替えそうかと思ったのだが、どこか悪い気がしたので、俺から停戦を申し込んだわけだ。こいつも色々裏で頑張ってくれているようだし、苛めるのも程々にしておかないと可哀想だ。

「僕の負けですが、飲み物は何にしますか?」

「コーラにでもするか」

「承知しました」

古泉がもう一度ゼロ円スマイルを俺に投げかけて席を立った瞬間、

「すみませぇ~ん、遅れちゃいました~」

と愛しのマイエンジェルが部室に降臨なされた。

「朝比奈さん、こんにちは」

くそ、古泉に先を越された!何たる失態だ!

「こんにちは、古泉君。それに、キョン君も長門さんもこんにちは」

こんにちは、朝比奈さん。お疲れ様です。

「今お茶淹れますから、ちょっと待っててくださいね」

朝比奈さんはいそいそとお茶を淹れる準備をしに行った。

お疲れのところ、申し訳ありません。でも俺がここに来ている理由の大半があなたのお茶を飲むことなんです。ですからお茶がなかった今までは少し、いや、だいぶ味気ないものでした。

「というわけで古泉。コーラはまた今度にしてくれ」

「了解しました。それでは朝比奈さんがお茶を淹れてくださっている間にもう一局どうですか?」

古泉としばらく打っていると朝比奈印のお茶が運ばれてくる。

「キョン君、古泉君。お待たせしました、どうぞ」

朝比奈さんは俺たちにお茶を淹れてくれると、自分の席に座って編み物を始めた。

俺はその姿をちらちらと見て目の保養をしてから、湯気の上がった湯飲みを感謝を込めてゆっくりと味わうようにして飲む。

うん。おいしい。やっぱり一日一回はこれを飲まなければ俺は死んでしまうだろう。

おいしいお茶も飲んだことだし、気合入れていきますか。

とせっかく人がやる気になったというのに、奴が扉を乱暴に開ける騒音とともにやって来ちまった。

「みんなそろってるわね!今日は超重大発表があるの!」

こりゃもうお開きだな、と古泉に視線を送と、向こうもその意味をちゃんと理解したようで、一回頷くとオセロ盤を片付け始めた。

・・・何が悲しくて俺とこいつは男同士のくせに視線だけで会話ができるようになってしまったのだろう。今度朝比奈さんに頼んで過去に戻させてもらって過去の俺が謎のコミュニケーションを成立させるのを阻止してみようか・

「キョン、古泉君!ちゃんとこっちを向いて話を聞きなさい」

「申し訳ありません」

「はいはい、分かったよ」

俺と古泉はハルヒに見つからないように小さく肩をすくめてからハルヒのほうに身体を向ける。

「それで、その超重大発表というのはなんなのですか?」

「古泉君も気になるのは分かるけど、少し落ち着きなさい。SOS団の副団長たる者、いついかなるときでも冷静沈着でいなくちゃだめなんだからねっ」

「そうでした。すみません」

古泉がイケメンスマイルを浮かべて謝る。

「でも古泉君も勘が鋭いわっ!今回は本当にビックニュースだもの」

ハルヒよ。そろそろ本題に入ったらどうだ?朝比奈さんなんてさっきからずっとおろおろしていらっしゃるぞ。あ、こら長門。まだ本に視線を落としちゃいけません。

「もう仕方ないわねえ。それじゃあちょっと待ってなさい」

ハルヒはそういうと部屋から出て行った。と思ったらすぐに帰ってきた。

片手には女の子を連れて。

「紹介するわっ!新しいSOS団のメンバーの朝倉涼子ちゃんよっ!」

「ええっ!?」

「ふえぇ!?」

「……………」

反応は個人差があるものの、大抵の人は驚いている。でもな、長門はもともと知ってたんだから、文字数合わせてまで驚いたふりしなくてもいいんだぞ。

「二年五組の朝倉涼子です。みんなよろしくね?」

「というわけだからみんな、朝倉と仲良くしてね。それと朝倉。あんたに渡すものがあるの」

ハルヒは自分の鞄から小さな紙袋を取り出す。

「開けてもいいの?」

「あったりまえじゃない。そのために買ってきたんだから」

どうやらハルヒの野暮用とやらはこの紙袋の中身を買いに行ってたことらしい。はて、なんだろう。部屋のみんなの視線が涼子の手元に集まる。

「これは・・・眼鏡?」

紙袋の中から出ていたのは赤いフレームの、どこにでもありそうな何の変哲のない普通のメガネだった。

「おいハルヒ。この眼鏡はなんのつもりなんだ?」

涼子も古泉も朝比奈さんもあっけにとられているようなので俺が質問する。いや、別に俺には眼鏡属性がないから驚かなかったとか、そういうわけではなくて、この部屋の住人たちと付き合っているうちに知らず知らずのうちに驚くことへの免疫ができてしまっていただけの話だ。

「なんのつもりって、それは眼鏡なんだからかける以外に何か使い道があるの?」

「そりゃそうだが・・・ん?かけるって誰がだ?」

「朝倉に決まってるでしょ」

「なんのためにだ?」

「そりゃあんた、朝倉が委員長だからよ」

一同、絶句。それ以前に話の流れがよく分からない。どうして眼鏡をかける理由と委員長がつながるんだ?

「委員長っていったら、容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能はもちろんのこと、やっぱり眼鏡っ娘でしょ?せっかく朝倉には最初の三つがそろってるんだから勿体無いじゃないの!」

「だ、だからってなぁ・・・」

「大丈夫よ。これ、伊達眼鏡だし。そういうわけで朝倉はこれからここに来たら必ずこの眼鏡をかけること!いいわね?」

駄目だこりゃ。聞く耳を持たない、というのはこういうことを指すのだろう。前から分かっていたことだがな。

「それじゃあ朝倉はさっさと眼鏡をかけるかけるっ」

「うわぁ、ちょっと涼宮さん!?自分でできるから、ね?」

「いいからいいから」

涼子はハルヒに強引に眼鏡をかけさせられていた。だがこんなのは序の口だぞ、涼子。これからお前はもっとすごいことをされる運命なんだからな。SOS団に入るというのはそういうことなのだ。

「やっぱり似合うわ!あたしの思った通りね!」

「どう・・・かな?」

ハルヒが涼子の前からどいて、その眼鏡をかけた全貌が明らかになる。

「ほう」

「うわぁ。朝倉さん可愛いです。すっごく似合ってますよぉ~」

「本当です。よくお似合いですよ」

確かにその眼鏡は涼子によく似合っていた、というよりも、整った顔立ちに映える赤いフレームが元からあったかのように思われた。

これはこれでいいんじゃないのか、うん。

・・・・・正直、たまりません。

「朝倉、あんたにさっき言い忘れちゃったんだけど、今度の日曜日はSOS団恒例の探索があるから空けときなさいよ」

「うん。分かった」

「これで重大発表はおしまい。ちょっと早いけど解散にしましょ。今日の鍵当番はキョン、あんたがやんなさい」

「え、何で俺が」

「雑用係なんだから当然じゃないの。何か文句あるの?」

「へいへい。やっときますよ」

ハルヒの一言で今日の団活はお開きとなった。俺に面倒を押し付けて。やれやれだぜ、全く。

みんなは自分の片づけをさっさとすますと、荷物を持って出て行く。

そんな中、長門が一人まだ部室に残っていた。

「どうしたんだ、長門」

「・・・うそつき」

話しかけていきなりのうそつき呼ばわり。どうしてだ?俺は別に嘘なんてついた覚えはないぞ?

「あなたは眼鏡属性は無いと言った」

ああ。確かにそう言ったな。

「・・・うそつき」

長門はぷいとそっぽを向いて部屋から出て行った。

まさかとは思うが、このためにあいつは残っていたのか?

それよりも結局長門は何が言いたかったんだろう。明日にでも聞いてみることにしよう。

「俺も鍵をさっさと返しに行って帰るとするかね」










そして次の日曜日のこと。
「それじゃ、行こっか」

この日の探索は午前は三人グループを二組作って回ったのだが、午後はSOS団の人数がちょうど偶数になった、ということでペアを三組作って行動することになった。

せっかく朝比奈さんと回れるチャンスだというのに、もし古泉と二人のペアになったらどうしようか、と内心脅えていたのだが、どうやら神というものは本当に弱者には手を差し伸べてくれるようで、恐れていたことは現実になることはなかった。よし、これからは長門に絶対に俺が古泉とペアにならないようにしてくれと頼んでおくことにしよう。

「俺には特に行きたい場所とかないから、お前の好きなところでいいぞ」

「分かった。じゃあちょっとついてきてね」

というわけで俺の運命のくじ引きの相手は涼子だったわけだが、朝比奈さんは何の皮肉か、古泉とペアになっていた。くそう、古泉め!こんなことになるんだったらオセロの時のジュース奢りであいつを破産させるくらい勝っておけばよかった。

「なにやってんの、キョン君。置いていっちゃうわよ?」

なんてことを考えている間にも、涼子はぐんぐんと先に進んでしまっていたので、俺は小走りで追いかける羽目になった。これも古泉のせいだ、きっと。

「そういえばお前、部室ではいつもちゃんとメガネかけてるみたいだが、嫌なら別にかけなくてもいいんだぞ?あんなのハルヒのただの思いつきに過ぎないんだし」

「別に嫌ってわけじゃないわよ。なんか新鮮な感じがするしね。それに朝比奈さんだってメイド服で頑張ってるんだから、わたしも頑張らなくっちゃね」

などと他愛のない会話を交わしながら歩いて辿り着いた場所は、夏休みに長門と涼子とで来た教会だった。今日は教会では何にもないようでしんと静まっている。

「なか、入ってみない?」

「いいけど、大丈夫なのか?」

「もともとお祈りを捧げる場所なんだから、大丈夫に決まってるじゃない」

そりゃそうか。いちいち祈るのに許可が要るわけないか。

扉を開けて二人でなかに入る。

そこには誰もいない。

ステンドグラスを通過した日差しが暖かい光となって差し込み、部屋の中を優しい色彩に塗り替えている。

「誰も、いないね」

「あぁ」

自分達のカツカツという足音が聖堂の中に響くくらい静かな室内を短い会話をはさんで俺たちは祭壇まで歩いていく。

涼子は十字架の元に立って部屋全体をぐるりと見渡すと俺に質問をしてきた。

「ねぇ。キョン君。キョン君がここにわたしを連れてきてくれた時、わたしが何て言ったか覚えてる?」

涼子にそういわれて記憶を過去へ飛ばす。が、あの日は色々なことがありすぎて正直なところ細かいことはあまりよく覚えていないのが現実だ。

「・・・」

「もしかして・・・・・忘れちゃったの?」

「すまん」

俺が答えるのを見て、涼子は一瞬悲しそうな顔をしてから俺の正面に立つと、

「・・・・・言ったでしょ?わたし、大きくなったらお父さんの・・・ううん、キョン君のお嫁さんになるんだって」

そして突然唇に走る温かくて柔らかな感触。

そう。涼子は俺にキスをした。

閉じられた瞼。長いまつげ。健康そうな頬。整った顔立ち。

それらを見ているうちに、最初は驚いて動かなかった身体も次第にキスの感触に酔いしれ、より強く求め始めようとする。

が、ちょうどその時、教会の鐘の音が鳴り響き、その音で俺ははっと我に返った。

「お、おい!涼・・・」

「もうこんな時間。涼宮さんたちのところへ戻りましょ?」

涼子は名残惜しげに俺から離れると、くるりと回れ右をして、たたたっと元来た道を駆けていった。ちらりと見えた横顔は真っ赤に染まっている。

「俺は・・・今・・・何を・・・」

小さな呟きと、まだ自分の唇に残る涼子の唇の感触を隠すようにして自分の口を指で押さえ、俺はこう思った。

もしかしたら。

もしかしたら俺は今この瞬間に。

涼子に心奪われてしまったかもしれない、と。

だから俺は自分自身に問いかける。





Am I father? 

~FIN~


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