みんな消えてしまった、ハルヒさえも────。
 犯人は俺そっくりのヤツだった、そのせいでみんな騙されて隙を見せちまった……。
 
 
「うふ、キョンくん、そろそろ種明かしに行く時間ですよ」
 懐かしく思えるその声を聞いて、気が抜けていた俺は思わず振り返った。
 
 そこにいたのは───。
 
 
「あ、朝比奈さん!?」
 そこにいたのは朝比奈さんだった、しかも(大)のほうだ。て、ことは……。
「えーと、お久しぶり、でいいのよね」
 周りに花が咲きそうなくらい、色気たっぷりの微笑みで、しゃがみこんだ俺を覗き込む朝比奈さん(大)。えーと、得盛のそれが更に強調されてとんでもなく目のやり場にこまるんですが。それはともかく。
 俺はそそくさと立ち上がり、
「あ、えーと、お久しぶりです、……いやいや、そーじゃなくて」
 思わずつられて挨拶しちまった、俺は頭を左右に振って、
「それどころじゃないんですよ、みんな消えちまって、ハルヒも長門も古泉も……」
 朝比奈さんも、と言いかけたところで気付く、目の前にいるのは本人なんだった。
 
 しかしなんだろう、この何かがつっかえたもどかしい感じは。訊きたいことがあるはずなのにうまく言葉にならない。ここに朝比奈さん(大)が現れるって事は、消えてしまったと思われる朝比奈さんは無事って事でいいんだよな、いやいや、違うだろ、そんな当たり前の事訊いてもしかたないんだ。
 
「あの、ひょっとして、朝比奈さん? この事件の真相をご存知なんですか?」
 おいおい、何を言ってんだ俺は、よりによってこんな質問しか出来んとはな、情けない。良く考えろ、相手は未来人なんだぞ、そりゃ知ってるに決まってるだろ、だからこそ、ここに、この時間に現れてるんじゃないのか、それくらい推理しろよ俺。
「そりゃまあ、知ってますけど、でもわたしが真相を語ることは出来ないの、わたしが出来るのは案内だけ、だからキョンくん自身で確かめてきてね」
 見るものすべて虜にしそうなウインクをする朝比奈さん(大)。────え? 俺自身で確かめる?
 その後、朝比奈さん(大)は何かを思い出し、右手の人差し指を立てて、
「あ、でもキョンくん、その前に……」
「な、なんですか?」
 またなにか重要だが良くわからないお使いでも頼まれるのだろうかと思い、俺は少し身構えた。
「お腹空いてない?」
「はい?」
 なんだか肩透かしを食らった感じだ、もともと天然ボケ気味、あ、いや、うっかり屋さんだった気もしなくはないが、それはこの時代の──っていうのはおかしいか──俺の良く知る朝比奈さんの方だ。
 それで、ゴージャスな方の朝比奈さんは食欲旺盛キャラなのか? どっちかといえば少食だったと思うのだが。
 ハルヒも長門も鶴屋さんもそうだが俺の周りの女性陣はどうやら胃腸の調子が良い人ばかりな気がするな。そして朝比奈さんも(大)になればその仲間入りなのか? まあ、そのナイスバディに成長すると考えると納得してしまいそうだが。
 まあ、それはともかく、いろいろ腑に落ちない点が多すぎるこの事件、なにやら予感めいたものが俺の中で沸きあがり、今回は事前準備をすることが出来そうだった。
 
 
    新・孤島症候群─解明編─
 
  
 ぐるぐると回転している感覚が俺を襲い、事前準備をしていなかったら、もれなくさっき食べたものを戻していたかも知れない。今回は長時間船に乗るってことで酔い止めを持ってきていたのだ。と、言うより旅行かばんに入れっぱなしなだけなのだが、おかげで助かった。
 で、俺としては、あまり食欲はなかったのだが、『食べなきゃだめ』っと、朝比奈さん(大)に軽く諭されてしまったために無理やり胃に詰め込んだ、ひょっとしてこれも既定事項ってやつなのかもしれない。
「それじゃ、過去のわたしをよろしくね」
 そう言って朝比奈さん(大)の気配が遠ざかっていく。
 
 ぐるぐる感覚が落ち着いたので、ゆっくりと目を開けると、そこは薄暗い部屋の中だった。どこだ、ここは。いや、何時だ? と言った方がいいかもしれない。過去に来ているのは解るんだが。
 とりあえず電気をつけようかと思った矢先、誰かの話し声がドアの向こうから近づいてきた。思わず俺は息を潜める。
 ガチャリ、と扉の鍵が開いた。まずい、誰かが入ってくる、ここで誰かと鉢合わせしてもいいものかどうかまだ判断できないぞ、今はどこかに隠れてやり過ごすしかない。
 
 ドアが開き、誰かが入ってくる、俺はベッドの陰に隠れてその様子をうかがっていた。
 パチっと明かりが点いたと同時に、
「あ、すいません朝比奈さん、どうやら妹の荷物、俺の部屋に置いたままだったんで取りにいってきます、ちょっと待っててください」
「じゃ、わたしはみくるちゃんと一緒に待ってる~」
「何いってんだ、寝る前にはちゃんとトイレと歯磨きしなきゃだめだろ、ほら、いくぞ」
「はぁ~い」
 と、妹の声がした。
 そのあと、フフッと軽く笑う声がして、
「じゃ、また後でね」
 これは朝比奈さんの声だ。
 ドアが閉まり、静かになって、俺は理解した、そうだ、この後朝比奈さんが消えるんだったよな。さて、ここでいきなり俺が現れても大丈夫だろうか、やっぱうろたえるんだろうな、この朝比奈さんは。
 しかしここでずっと隠れているわけにもいかない、10分もしないうちにこの時間の俺と妹がやってくるんだからな。
 
「だ、だだ誰かいるんですか?」
 ベッドの陰から立ち上がろうとした俺の気配を感じ取って朝比奈さんがうろたえながら叫んだ。
 俺は、出来る限り朝比奈さんを驚かせないように、やんわりと言う。
「すいません、俺です朝比奈さん、驚かすつもりはなかったんですが……」
 良く考えると、なんだか朝比奈さんの部屋に入り込んだストーカーみたいな言い訳じゃないか。
「いえいえ決して不法侵入とかじゃなくてですね」
「え? あれ、キョンくん? でもだってさっき廊下で……」
 丸い瞳をさらに丸くして俺と廊下の方を交互に指差す。
「それはこの時間の俺です、今の俺はちょっと未来から来ました、長門ふうに言えば異時間同位体ですかね」
 とりあえず色々と事情を説明したいのだが、いかんせん、時間があまりない、朝比奈さんは、何で? どうやって? キョンくん一人だけ? などと疑問符を頭に浮かべていたが、少しして、
「あ、そっかぁ……」
 と呟くと何やら一人で納得しはじめた。
 どうやら俺以上に順応性が高い人であるようだ。この状況に納得してくれたのなら話は早い、この時間の俺と妹が戻ってくるまでにこの場所から移動しなきゃならんからな、でないとつじつまが合わなくなって過去の俺と鉢合わせしてしまうことになる。
 一番いいのは時間移動だが、はたして今の朝比奈さんに言ってそれが可能なのかどうかも解らん、可能だとしても何時に行けばいいのかも俺は見当もつかない。
 考える時間も、相談する時間もあまりない、どこかに隠れるか? たしかあのときの俺は部屋の中を見回しただけで探したりしなかった、クローゼットの中にでも隠れればやり過ごせそうだ。
 
 などと思案していると、
「キョンくん、これからあたしと時間移動してもらえますか?」
 めったにないほどって言っては失礼だが、とんでもなく理想的な申し出だ。と、思っていたが、後で訊くとどうやらすでに未来から指令が来ていたらしい。とはいえ今の俺の返事はイエスしかない。
 いや、どの俺でも朝比奈さんの申し出を断るなんて事はしないけどな。
 
「それでどの時間に移動するのですか?」
 一応訊いてみた。
「大体一時間後くらいです、理由はよく解からないんですけど、ひょっとして未来からきたキョンくんなら解るのかな……」
 そこまで言った後、ハッとして。
「あ、あたしも未来からきてるんだけど、全然解ってないですね」
 少し落ち込んだ寂しげな笑顔で語る朝比奈さん、俺は何か元気付けることでも言おうかと思案していると、コンコンと扉からノックする音が聞こえた。
 まずい、もう来やがったか、間の悪い俺め。俺は朝比奈さんに小声で、
「とりあえず時間移動しましょう、この時間の俺に合うわけにはいきませんから」
「わかりました、では、目を閉じてて下さい」
 
 
 本日二回目の時間遡行、つくづく酔い止め薬を開発してくれた方に感謝する、うん、いい薬です。はっきりいってこの感覚は慣れることはないからな、酔い止めは常備しておくべきだ。
 無重力感覚が落ち着き、足が地に着く。
 酔い止めを飲んでいたため、気分は悪くならなかったのだが、時間遡行が終わったあと、俺は足をもつれさせて倒れてしまった。しかもそばにいた朝比奈さんを押し倒すような感じで。
 
 決してわざとじゃないからな、そこんところ念を押しておくぞ。
 酔い止め薬は三半規管の機能を鈍くさせる働きがあり、その効果で酔うことは防げるが、副作用として平衡感覚にも影響があるのだ。
 で、幸か不幸か床に倒れたのではなく、ベッドがある方向に倒れたので朝比奈さんに怪我をさせずにすんでよかったのだが、こんな姿を誰かに見られたらとんでもなく誤解されそうだぞ。
「キョ、キョンくん、あ、あの……、いろいろと、まずいです」
 朝比奈さんの真っ赤になった顔が目の前にある。はい、まずいですね、すぐにどきますから……。
 その時、ふと右方向に誰かの気配を感じた、思わずびくっとしてその方に向く。
「…………」
 沈黙の戦艦がそこにいた。
 
「長門!」
「な、長門さん!?」
 思わず二人とも声が出た。
 無表情だがいつもと違う部分があった、少し目を見開いている様な気がする、やっぱいきなり部屋に人が現れたらコイツでも驚くんだな。などと長門を観察してる場合じゃない。
 俺はすばやく起き上がり、続いて朝比奈さんもそそくさと起き上がった。
「いきなり現れてすまなかった、驚かすつもりはなかったんだ、あー、ええとだな、訳あって俺は未来から来た、で、こっちの朝比奈さんは少し過去から来たんだ、いや、未来人なんだけど、無駄にややこしいな、異時間同位体って言えばいいのか? それも違うか、この時間に朝比奈さんはここにしかいないからな」
 長門の冷ややかな目線に内心あせりながらなんとか事情をつたえようと試みる。だが、何を言ってるか俺にも解らん。これで理解できたらすごいことだ。
 よくよく考えたらいくらなんでも女の子の部屋にいきなり現れるのは色々と非常識だよな、さっきは朝比奈さんの部屋だったし、次は長門の部屋かよ、節操ないな俺。どちらも行き先は朝比奈さんが決めてるんだが。
 
「…………」
 またもや長門の沈黙、しかしその沈黙を破る声が廊下から響いてきた。
 なにやら言い争いをしている声だ。長門はゆっくりと廊下の方に向く。つられて俺もそっちを見る。
 言い争いの声の主はどうやらハルヒとこの時間の俺らしい、そういやハルヒに胸ぐらを締め上げられてたな。
「あ、あの、なんだか二人が言い争っているみたいなんですけど……、ほっといていいんですか?」
 ほっとくも何も、朝比奈さん、俺たちが出て行く訳にもいかないでしょ、それにあの時は長門も出てこなかったし、助けに来たのは古泉で……。そこまで考えてふと気付く。
「そうだった、なんとかしなきゃな」
 俺は長門に向き直り、
「長門、いきなりで悪いんだが、古泉と連絡出来ないか、どうやらそこで騒いでるヤツを治めるのは古泉の役目らしい」
 俺は廊下の方を指差しながら、もう片方の手で長門を拝んだ。
 あの時の俺は確かに長門に感謝したんだ、お礼を言うには俺的には遅くて時間的には早くなったがな。
「メッセージを送るくらいなら、出来なくはない」
 さすが長門、圏外でも通信可能なんだな。
 
 
 程なくして古泉が来てその場をたしなめ、その後、ハルヒがこの時間の俺を連れ去り、その姿を見送ったであろう古泉も立ち去った。これから食堂で機関の連中と相談をはじめるんだろう。
 さて俺たちはどうするか。少し時間に余裕が出来た、それに色々相談できそうな長門もいる。
 
 で、結果から言おう、相談も何もあったもんじゃない、朝比奈さんは、『お役に立てなくてすいません、よく解からないんです』と言い、長門は長門で『あなたの判断と行動に任せる』と俺にすべてのゲタを預けやがった。
 とりあえず今後の展開は俺が体験してきた事柄をそのままなぞるようにつじつまを合わせて行動することに決まった。と言うか俺が勝手に決めた訳だが。
 はっきり言うと、よく解りませんって言ってる朝比奈さん、実はあなたが黒幕なんですよ。
 
 ────まぁ、ここまで来れば誰だって推理できるだろ、今回の事件、つまり実行犯は俺ってことらしい。これから俺は偽者の俺を演じなければならない、この後に起きた『そして誰もいなくなった』の模倣事件の犯人として。
 
 
 そういう訳で、この後、俺と古泉が長門の部屋に来たのと、長門がいなくなったと思って探している過去の俺と古泉を、長門の得意技、不可視遮音フィールドってヤツでやりすごした。なんと便利な得意技。
 さて次は、この部屋に入って来る俺を気絶させなきゃならんのだが、その前に一つ確認しておかないと。
 俺は何も知らないひよこのようにぼんやりと椅子に座っている朝比奈さんの方に向き、
「朝比奈さん、少し訊きたい事があるんですが、誰かを瞬時に眠らせたり、気絶させたりできますよね?」
 多分できるはずである、大人バージョンの朝比奈さんは何度もこの朝比奈さんを眠らせてたし、それに初めて時間移動したとき、俺も眠らされたことも思い出した。
 そして、今回気絶させられた時とその時とよく似ていた事に思い立ったのだ。だとしたらこの役は朝比奈さんしかいないってことになる。
「え? なんで知ってるんですか? そのことは誰にも……」
 朝比奈さんは目をパチクリさせた後、何かに気付いたようにハッとして、
「い、いつもそう、キョンくんは何時の間にかあたしの知らない何かを知っているみたいだし、急に禁則が外れたりもするし、これじゃあたしなんかよりキョンくんの方がよっぽどしっかりしてて未来人っぽいです」
 現に今は俺も未来人なんですが、それはまあ置いといて。
 ちょっとすねた感じの朝比奈さんも何か胸にぐっときて良い感じです、はい。
 
「じゃあ朝比奈さん、この時間の俺が部屋に入ってきたら眠らせてください、ガツンと一発で」
「わかりました、じゃ、遠慮なくいきますね」
 あーあ、機嫌を損ねてしまった朝比奈さん、それはそれでかわいいのだが、すまんな、過去の俺、朝比奈さんのストレス解消役になってくれ。それに俺なら朝比奈さんに何をされても許すはずだ。そうだろ。
 
 ガチャリと扉が勢い良く開き、俺が入ってきた。
 軽く部屋を見渡し、一目散にベッドの脇にある机に向かう、そこにある本に手を伸ばしたとき、長門が軽くうなずき、例のフィールドが解除された。
 そそくさと朝比奈さんがこの時間の俺の背後に忍び寄り、首筋あたりに手を伸ばしたかと思うと、グラリと力なく倒れこむ俺。
「あ、だめ、こっちに」
 朝比奈さんが倒れこみ始めた俺の腕をつかみ、ベッドのほうに促がした。朝比奈さんがそうしなければその『俺』は床のほうに倒れこみ、受身も取れぬまま頭を打ち付けてしまうかもしれなかったからだ。
 そのかわりさっきと逆で俺が朝比奈さんにベッドへ押し倒された状態になってしまった。
 おい、そこの俺、今すぐ入れ替われ。というか、あの後、そんなことになってたのか、ちくしょう。覚えてないのが悔やまれる。
「あややや、こ、これは事故です、事故なんですよ長門さん!こうしないとキョンくんが怪我してしまうからでして、あの、その」
 解ってますよ、朝比奈さん、おかげさまでこのあと起きた時にどこも怪我などしてませんでしたからね。まあ、そこにいる俺のことをちょっとうらやましく思うが、それよりなんで長門に言い訳をしてるんだろうか。
 理由は良くわからんが長門のことが苦手だと言ってたからか? いつも何か遠慮がちな気はしていたが……。
 そのような疑問が頭に浮かんだが、すぐさま廊下から声がして、意識はそっちに向いた。
 
「おやおや、皆さんおそろいで、何やらお取り込みの最中ですね、出直したほうがよかったのでしょうか。それにしても、また僕は蚊帳の外なんですか? 出来れば色々と事情をお話してくだされば良いんですが」
 廊下で少し真面目な微笑を顔に貼り付けたハンサム野郎が立っていた。
 すまん古泉、お前の存在をすっかり忘れていた。
 
 
 とりあえず古泉にこれまでの経緯と事情を話すことにする。
 一通り説明すると古泉は、普段の倍くらいのスマイルを顔面に貼り付けて笑い始めた。何がそんなに可笑しいんだ? それに気色悪い笑い方をするな。
「いえ、すいません。この状況、僕が最初にあなたに言ったとおりなのでしたので、つい」
 なんか言ってたっけ? ……ああ、そっかそういやそんな風なこと言ってたな。思い出した。
 
 さてと、この後のことなんだが……、いかんせん、俺は気絶していて良くわからんのだ、だから目が覚めたときの結果から判断するしかない。
 俺がハルヒに起こされた時は廊下だった。てな訳で、俺と古泉で気を失った俺を廊下に運び出した、しかし、自分自身を持ち運ぶなんてどんな現場だよ、理解に苦しむね、ほんとに。
 俺も良く理性を保ててるもんだ。まったく同じ人間が二人もいるこの状況、そしてそれを運んでいる今の俺の姿。はたから見てどう思う? 古泉。結構シュールな光景じゃあないか。はっはっは。
 
「あんまり笑える状況ではありませんが、あなたが二人いるこの現場を涼宮さんに見られでもしたら、どのようなことになるのか想像もしたくありませんね、もし、その時に生き別れの双子だとか言ったらそれが現実になる恐れがあります、一番怖いのが敵対勢力がそうしてあなたを増やし、手ごまに使うことですが、ま、それは今考えることではないですね」
 
 何やら怖いことをさらりと言いやがったぞこいつ。
 身に覚えがある朝比奈さんはその言葉を聞いて表情がなくなってるじゃないか、隣にいる長門が無表情なのは普段どうりだが。
 で、その長門だが、先ほどこの時間の俺が気を失った時、床に落とした文庫本を大切そうに持っている。
「ああ、すまんな長門、大切な本を粗末に扱っちまって」
「べつに、いい」
 そう言った所でふと気付く。
「ところで長門、その栞には何かメッセージ的なものを書いてあったりってことはないか?」
「……ない、ただのしおり」
 長門は少し気まずそうに返事する。
 ま、そうだよな。そして俺は廊下で寝てる方の俺を哀れんだ目で見て一言つぶやいた、……道化師だな、俺って。
 
 次にすることは古泉含め、機関の人たちの姿を消すんだが、さてどうしたもんかね。とりあえず相談することにしましょう、と古泉が提案して、みんなで食堂に向かう。
 
 新川さんや森さんたちに事情を説明すると、今後の予定をちゃんと考えて行動をしたほうがいい、と、言われ、このあと何があってどうなったのか詳しく訊かれた。なんだか犯罪者が警察で調書を取られてる様な気分だ。言っておくが、そんなことは今までの人生で経験したことはないぞ、よくドラマとかで見る光景なだけだ。
 そういや多丸さんたちはパトカーに乗って警官の制服を着ていたこともあったな。
 
 だが、そのおかげで色々行動しやすくなった。不明な部分も多いが、ハルヒやこの時間の俺に見つからない様に既定事項をこなさなきゃならなかったことを考えると、行き当たりばったりじゃどこかでボロがでたかもしれなかったからな。
 それにいくら便利とは言え、長門にはできる限り負担を与えたくないしな、俺にとっちゃ長門は好きな本を静かに読んでいる姿が一番望ましいんだ。
 
 だから俺は、ここにいる人数8人分、例のサイレント透明人間になるやつを長門に頼むのはできるだけしたくなかったのだ、それを使わずに消える方法は、実際にどこか見つからないところに隠れないといけなくなるのだが、なにか他にいい方法はないかと考えていると、一つの考えが浮かんだ。
 喜べ古泉、お前の念願がかなうかも知れんぞ。と、思っただけで、俺はそんなことは口に出さず、代わりに朝比奈さんの方に向き、
「ここにいる全員を未来に飛ばすことは出来ますかね、まあ、未来と言っても数時間だけなんですが……」
 話を急に振ったせいか、朝比奈さんは俺の言ったことをすぐに理解できず、
「え? はい?」
 と言って、瞬き数回、そして全員から注目を集めていることに気づき、あたふたとし始めた。
「な、何いってるんですか、そ、そんなこと急に言われても出来る訳ないじゃないですか、以前にも言ったように、時間移動は厳しい審査とたくさんの人の許可がいるんですよ、いくらなんでも……」
 はじめは勢いのよかった朝比奈さんだったが、後半尻すぼみ気味になって何やら考え込んだ、
「ちょ、ちょっと待っててください、確認してみます」
 朝比奈さんは部屋の隅の柱の陰にとてとてと進むとなにやら小声でぶつぶつ言い始めた。
 
 俺だって闇雲に言ったわけじゃない、なぜか知らないがそのような予感がしただけだ。でもあのときの俺の最後のセリフを思い出した時、ふとひらめいたのだ。
 たしか『サプライズパーティはこれで終了だ、みんながあっちで待ってる』と言っていたっけな。そのあと、ハルヒとともに部屋に入り、姿を消した。てことは時間移動したんじゃないか、と俺は思ったわけだ。しかも、みんながあっちで待っているってことはここにいる全員が時間移動したってことになる、そうだろ。
 
 どうやら俺の予感はあたりだったようだ。
 朝比奈さんは溜息まじりで戻ってくると、
「……信じられません、……また、使用の許可がでました」
 だ、そうだ。よかったな古泉。念願のタイムトラベルだぞ。
 その言葉を聴いて古泉たちがどのようなリアクションを取るのかちょっと興味がわき、俺はちらりと横目で皆の顔色をうかがう。
 さすがに新川さんと圭一さんは表情を崩したりしていなかった、内心ではどう思っているのか解らないが、実は飛び上がるくらい喜んでいたり、または初めて飛行機に乗る時のような不安に勤しんでいたりして。
 次に森さんと裕さんだが、森さんは少し怪訝な表情だった、逆に裕さんは期待に満ちていた、これは解りやすい、不安と期待、まあどちらかしかないだろうな。
 最後に古泉なんだが、ん? 意外と残念そうな表情だぞ。
「なんだ? 不服そうだな、てっきり喜ぶと思ったんだが」
「いえ、うれしくないわけじゃないんですよ、何せ人生初のタイムトラベル経験なんですから、ですが、なんというか、その、理由がですね」
 なんだ、もどかしいな、はっきり言え。
「では、はっきり言いますけど怒らないでください、僕としては、なんだかこの時間にいては邪魔だからどこかに行けっ!と言われてるような気がしてならないんです、まあ、誰が言ってるとかは別として」
 古泉は一瞬だけチラリと朝比奈さんの方に視線を送り、すぐさまいつもの微笑になった。
 なるほど、古泉はどうやら時間移動することについては喜んでいるようだが、その思惑が未来人、つまり朝比奈さん(大)の指示で手ごまのように扱われているのが気に食わないらしい。
 その気持ちは解らなくもないぞ、俺にだってたまには出し抜いてやろうと思って行動したことはあるからな、だが、出し抜いたかどうかの判断まではできないが。
 
「まあ、そんなことを考えても仕方ありません、ここは素直に従って初の時間旅行を満喫することにしましょう」
 古泉はちょいっと肩をすくめ、朝比奈さんのほうに向き直り、
「それで、我々が行く先は何時間後なんでしょうか?」
「そのことなんですが、なぜか全部キョンくんの指示に従えってことしか言われませんでした、はぅ、あたしには何の理由も伝えられないし……あたしの存在って……」
 またしょんぼりし始めた朝比奈さん、いえいえ、充分お役にたってますよ、何度も助けていただきました、まあそれは未来のあなたですが。
「それより、キョンくん」
 朝比奈さんは急に俺のほうに真剣な顔を近付けてきて質問してきた。ちょっとどぎまぎしてしまうじゃないか、なにか意を決した感じで、ひょっとして告白か? などと我ながら馬鹿な妄想をしてしまった。
「キョンくんはいったい何者なんですか?」
「はい?」
 何者も何も朝比奈さん、俺はただの一般ピープルですよ。ま、今のところちょろんとだけ未来人属性が付加されてますが、それでも俺自身で時間移動なんてできないし、どちらかといえば巻き込まれただけの人間です。特技と言えるのは愚痴と突っ込みくらいで、はい、なんでやねん! と、ここでさっき馬鹿な妄想した自分に突っ込みを入れておく。
 
 朝比奈さんは、うーん、と考え込むようにして、
「そりゃ、キョンくんはどっからどう見ても普通の人だと思うけど……、でも、またキョンくんの指示に従えって命令されたんですよ。普通の人にそんな権限を持たせるなんて、ありえないことなのに」
 朝比奈さんの疑問はもっともだ、しかし実際は少し違う、俺はただの代理人みたいなもので、俺に権限があるとかじゃなく、言わば伝書鳩のようなものなのだ。名目上、俺の指示に従えってなってるが、まあ、それはこのあとの展開をこの目で見て、体験した人物、として便利な手駒のように扱われてるだけです。
 
 要するに、どっかの誰かさんが俺を雑用係と決めたせいで、あっちこっちで色んな用事を請け負う属性が付加されちまったのかもしれないってだけなのさ。
 
 朝比奈さんは、そうなの? っと言って、俺の表情をしばらく覗き込み、
「……そうよね」っと何やら納得し、少し悪戯っぽく微笑んだ。
 うん、とってもいいですよその微笑も。でも朝比奈さん(大)の片鱗が垣間見えます。
 
「それじゃあ、キョンくん、あたしたちは何時に跳べばいいですか?」
 さてと、何時がいいかな、俺が出発してきた元の時間より後にした方がいいのは鉄板だ。
 えーと、すでに深夜だったな、はっきりと時間は確認してなかったが、確か2時半くらいだったと思う。
 
 そういう訳で、それ以降の時間なら問題はないはず、って事で3時頃にしておいた。
 予想どおり、難なく時間移動の許可は下りた。だが、 
「でも、キョンくんは居残りですよ」
 先ほどと同じ悪戯っぽい微笑みで、諭すように朝比奈さんが言った。
「後はキョンくん一人でがんばってくださいね」
「え? 俺ひとりで?」
「そうです、キョンくん以外全員時間移動させろって言われちゃいましたから」
 
 俺以外全員ってことは長門もか、ちらりと食堂の椅子に座って本を読んでいる無口文芸部員を見た。
「ちょっと待ってください」
 俺はこの後のことについて思考をめぐらせた。たしか妹と鶴屋さんの姿が消えて、そのあと偽者の俺──つまり今の俺──が出てきて、ハルヒと共に廊下の奥の部屋に入った後、姿を消さなければならないんだよな。だとすると、
「で、でも朝比奈さんは戻ってくるんですよね」
 寝ていた妹と鶴屋さんは事情を話して別の部屋に隠れてもらうことが出来るかもしれないが、ハルヒと俺が消えるのはどう考えても俺だけじゃ荷が重い気がするんだが……。
「うーん、そういう指令は言われなかったし、それにあたしには何の権限もないし……」
 うつむき加減にそう言って、またもやしょげ返りはじめた朝比奈さん、別に責めてるんじゃないんですよ。
 
 いや、まてよ、この朝比奈さんじゃなくてもいいのかもしれない、最後の俺とハルヒの姿を消すのはひょっとして朝比奈さん(大)なのかも。だとしたらこの時間の朝比奈さんはこのまま時間移動してもらった方が都合がいいのかもしれん。

「なんとかなります、てか、なんとかしますから後はまかせて下さい朝比奈さん」
 あんまり細々考えをめぐらしても仕方ない、あの時俺とハルヒは部屋に入った後消えちまったんだ、これは俺自身が体験した事実で、ここでどうあがいてもきっと結果的にはそうなるんだろう。そういうもんだ。
 こういう時間のややこしい事柄は俺の頭でいくら考えても答えなんて出ないのさ、それに、俺とハルヒがあの時に消えてしまうのは、言わば未来人風に既定事項ってやつだ、そうですよね朝比奈さん(大)。
「わかりました、それじゃキョンくん、また後で」
 そう言ってウインクする朝比奈さん、ああ、かわいいです、そして名残おしいです。
「では、また数時間後に」
 そう言ってウィンクする古泉、するな! ああ、気色悪い、お前なんか時間酔いしてしまえ。
「…………」
 何か言いたそうにこちらを見てパチパチと瞬きをしている長門、ああ……なんだ? なんかの合図だろうか。
 俺一人じゃ心配だとでも言いたいのか? それともこの後に何か予想だにしないことでも待っているってんじゃないだろうな、だったら目配せじゃなくはっきり言ってもらいたいのだが。
 でもまあ、はっきり言わない所を見ると長門も古泉と同じく、手駒扱いされてるのが不服なのかもしれない。
 
 
 と、まあこんな感じで総勢七名がこの時間から消失した。
 
 急に静かになって、なにやら寂しく感じたが、あんまりここで落ち着いてる時間はない。
 いつ、この時間の俺とハルヒがここにやって来るのかはっきりとした時間を覚えてないからな、と言うわけで、俺は三階に上がり階段のすぐ隣の部屋で待機することにした。
 鶴屋さんの話だと、トイレに行った後、たしかハルヒは三階じゃなく、まず一階の方に探索に行ったんだよな。
 部屋に入って間も無く、階下でハルヒの声が聞こえてきた、廊下で伸びてる『俺』を見つけたようだ。思ったより早かったな。
 
 このままここでしばらく待機だな、そう思い、久々ののんびりタイムを満喫することにする、とは言え、眠っちまう訳にもいかず、この微妙な空き時間は少々つらいぞ。世の中では皆熟睡している時間だしな。
 
 
 どれくらいたったろうか、そろそろ出番かもしれないと思い、階下の様子を伺いながら部屋から出て階段の所に詰め寄った。
 鶴屋さんとハルヒがトイレに出てきた後、ハルヒは一階に探索に行き、その後、それを鶴屋さんから訊いたこの時間の俺が追いかけて一階に行くはずである。
 その後はハルヒが夜食を作ったりするはずだから時間的余裕があるはずだ、その間に鶴屋さんに事情を話してどこかに隠れてもらうことにしよう。さて、妹はどうしようか、起こすか?ふむ、どっちでもいいか、起きれば鶴屋さんと隠れてもらい、起きなければ隣のハルヒの部屋にそのまま移動させときゃいいだろう。
 あの時は他の部屋を探しに行ったりしなかったしな。
 
 階下で鶴屋さんとハルヒが部屋から出てきたようだ、なにやら話しているが内容までは把握できない。
 気配を殺しつつ、聞き耳を立てていると、背後に気配を感じた。ドキリとして振り返る。と、そこには。
「え!? 朝比奈さん?」
 なんと、朝比奈さんが立っていた、驚いたことにゴージャスバージョンではなく、俺の良く知る方のである。
 思わず声を出してしまった俺に対して朝比奈さんは、人差し指を口に当て、シーっと言ったあと、
「ふふ、来ちゃった」
 と、小悪魔っぽく微笑んだ。
 それは、将来都会で一人暮らしをはじめた俺の部屋の前で、田舎から追いかけてきた幼馴染が、俺の帰りを夜遅くまで廊下で待っていて、久々の再会ような時に聴いてみたいセリフだ。
 ま、こんなかわいらしい幼馴染がいたら放っておくなんてしないだろうがな。
 
「ちょっと心配だったから、キョンくんの所に戻れるかどうかためしに申請してみれば許可が出たの、でも、あたしがいても役にたてるかどうか解らないんだけど……、それから、どうやらあたしがここに戻ってくるのも上の人にはわかってたみたい」
 その上の人ってひょっとしなくてもあの人なんだろうな、などと思ったりもしたが、そんなことは今更なことだ。
「俺としては、また会えてうれしいですよ、それに実を言うと俺一人じゃ睡魔との闘いにまけそうなところだったんです」
 朝比奈さんのおかげで睡魔のやつは完全降伏いたしましたよ。
 
 朝比奈さんは、少しでも役に立ったのならそれでよかったっと言って下さり、俺は俺で朝比奈さんとまた一緒に行動できることに少し舞い上がっていた。
 気が緩んでいた、そう言い切るしかないのかもしれない。完全に忘れていたんだ、俺は。肝心な時には鈍感で、絶妙な時には何故か感が鋭い世界の中心人物の存在を。
 
「誰? 誰かそこにいるの?」
 
 急に声をかけられ、誰かが階段を上り近づいてきた、その時にはすでに隠れる時間も場所もなく、俺と朝比奈さんはびくっとして体と表情を強張らせるしかできなかった。
 
 ────なんと、ハルヒに見つかってしまったのだ。
 
 すぐさま古泉の言っていた事が俺の脳裏をよぎり、俺の今後の行く末を想像して頭を抱えた。
 
 
 
   次回、結末編につづく     挿絵

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最終更新:2008年04月30日 12:58