雨が世界に降り注いだ


傘はどこかへ置いてきてしまった


学校だろうか


家だろうか


そんな事は、もうどうでもよかった

 

振り返る、誰も居ない。


前を見る、誰も居ない。


いつか来た図書館の中を探してみても、居なかった。

 

 

 

「い か  とが  んのよ に  ひが   に」

そんな風に考えていた

 

いつか?

ずーっと昔?

それとも、昨日のこと?

忘れたことさえ、忘れていた。

ただ、その。いつかの幸せな日々が

ただただ、懐かしく思えた。

 

 


◇◇◇◇◇◇

 

 

 

ハルヒの力が消え
古泉は事後処理に追われ、朝比奈さんは未来へと帰った。
俺は一般人であるが故に一般人的な普通の生活へと戻りつつあった。
ハルヒは相変わらずで、能力が消えても、ハルヒはハルヒ、元気なのは変わりが無い。
朝比奈さんは丁度卒業と同時に遠くへ行ってしまったという事になったし、古泉は受験勉強で忙しいと理由をつけてここ最近顔を見ない。
進級した俺たち
ハルヒとは別々のクラスになった。
変わりに現れた別の日常に
人の心の移り変わりを感じながら、ひとり教室で空を眺めていた。
「お前は、そこで生まれたんだよな?」
ポツリと呟いた台詞は、行く当ても無く隣のクラスメイトが英語の教科書を読み上げた声にかき消された。
もやもやとした感情が沸いては消える。
何か忘れてはいないかと。
お前とは、誰の事かと。
訊ねても誰も応えてはくれない、俺自身も。

 

 

夕焼けに燃える街を見下ろすような場所に立つ俺。
屋上、どうして来たのかはわからない。
かつてSOS団の根城、文芸部室があった部室棟が視界に入る。
窓際のパイプ椅子が所在なげにポツリと、ただ其処に在った。
いつからだろう、と。
俺は足りない頭を働かせた。
記憶を辿れば辿るほど心のもやもやが増えていった。
SOS団を解散したのは、朝比奈さんの卒業と同時刻だった。
それ以来、それ以来だ。
何も思い出せないというのは、残酷だと思った。
忘れたなら、まだ良い。失くしたのなら、また探せばいい。
思い出と記憶を。
探そうと思った。

 

 

 

ホコリを被った部屋に
ホコリを被った本が並ぶ
当然だろうと思った
ここ文芸部室は文芸部の部室だからだ
もうここは決してSOS団などという非正規の同好会の根城などではないから、だ。
今年も新入部員は0らしく。
この部室はがらんとしている。
誰か掃除くらいしても良さそうなのに。
誰か----、誰が?

 

 


結局何も見つけられなくて
帰ろうと思い窓際のパイプ椅子から立ち上がる
一冊の本が目に留まり
なんとなく、カバンに入れた。
ただ、なんとなく。

3年生になり、新しい暮らしにも少しは慣れてきたが
見知ったヤツラとバラバラのクラスになってしまったという事は少し寂しいものだ。
今となっては、どうでも良い事なのだが。

 

 

信号は、赤。

 


信号機の元に根付いた蒲公英を、誰かに重ねてみた。
朝比奈さんは今頃何をしているんだろうかと、未来の方角を探した。
どこ、なんてのはわからないが。
あれ以来、受験勉強だとか言って姿を見せない古泉も
今思い返せば、もう俺達と関わりたくないに違いない
ずっと自分を振り回していた存在が消えたも同然なのだ
当たり前と言えば、当たり前なのかもしれない。
それと----、それと?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 


すっかり黒に染まる空は地面を闇で包んだ。

雨が世界に降り注いだ

傘はどこかへ置いてきてしまった

学校だろうか

家だろうか

そんな事は、もうどうでもよかった

 

振り返る、誰も居ない。

前を見る、誰も居ない。

いつか来た図書館の中を探してみても、居なかった。

 

いつか

いつか思った事を

どうして忘れてしまうのだろう

 

 

 

 

 

 

聞いてみた事があった

お前にできない事はあるのか

どうしてそんな事を訊ねたのだろう

理由は忘れてしまった。

しかし。ある、と応えた少女は立ち上がりこう言うのだ。

愛する事、と。

少女がなぜそんな事をいったのか

矢張り俺にはわからなかった

いや、わかろうとしなかったのかもしれない。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 


ずぶ濡れで辿り付いた家、妹に心配されたが、すぐに風呂を沸かすからと言って行ってしまった。
丁度いいと思った。
泣いているのがバレなかったから。

どうして俺は泣いていたんだ、どうして俺はこんなに苦しい、どうして俺は、悲しいんだ。
教えてくれ、教えてくれよ。
なあ、・・・、教えて、くれ・・・。

残酷な時間の中で歯車は回りだす。
止まることのない螺旋の中でもがいた
希望と言う名前の形をしたものは
俺の手から音も無く零れ落ちた

 

 

無理矢理目を瞑り
やってきた夢の世界で少女は笑った
人形の様に?
いいや、人間の様に。
少女は消えてしまった心の形をしていた。
その足元には、まるで、生まれ変わりの様に蒲公英が咲いていた。
枯れないで、ずっと。
ただ、咲いていた。

 

 


時間が巡れば
季節が巡れば
思い出す時は巡ってくるのだろうか
花は咲き、散り、また咲くのだけれど。
わかりきった事を、わかったと言えるのは
どうしてだろうか。

では、俺は。
もう一度思い出せるだろうか
忘れてしまった事さえ
忘れてしまったこの俺を

一冊の本を手に取る
どこからか紛れ込んだのであろう
七夕に飾った短冊が挟まっていた。
そこには、見間違う事なんかないくらい汚い俺の字でこう書いてあった

 

 

 

 

「いつか長門が、人間として笑える日が来ますように」

 

 

 

 

 

その時眼から零れ落ちたのは
俺の記憶の欠片なのかもしれない。
できない事は、愛する事だと少女は言った。
いつかこんな日がくるとわかっていたから?
いつか俺が全てを失くしてしまうから?
いつか----、自分が消えてしまうから?

声を出しても
誰にも届くことの無い思いの行き先は
一体何処だと言うのか

 

長門有希
記憶の欠片に残る少女。

全てを思い出すには遅すぎて
全てを捨てるには早すぎた

 

 

昨日の雨は上がったらしい。
空は白くなり、小鳥の囀りが聞こえていた。

制服に身を包み
新しい一日を始める。
こうする事でしか、毎日を刻めない自分に苛立つと同時に
それが自分にできる戒めだと思った。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

信号は、青。

 

飛んできた蒲公英の種をそっと、両手で掴んだ
風に運ばれてきたのだろうか。
あなたは、どこから飛んできたのですかと。
訊ねてみたところで、応えは無いのだろうと、諦めて手を開け、そして振り返る。
眼を疑った。
疑う眼など、持ち合わせては居ないのに。

 

「・・・」
「・・・」

 

「おかえり。で、合ってるか?長門」
「間違いではない」

「そうか」
「そう」

 

「おかえり」
「・・・、ただいま」

 

奇しくも

俺の願いは、かなえられた事になる。
とびきりの、笑顔と共に。

この胸の中で包んだ、少女と共に。

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最終更新:2021年05月03日 17:20