空から振る冷たい水に当たらぬよう差しかざした職員用のそれは明らかに定員オーバーで、それなのに寒さ故に微かに震えたあたしの肩がちっとも濡れていなくて、隣に居る男の無駄な優しさに腹が立った。

その男は持論を淡々と述べていた。雨音にかき消されることのないよう普段より少し大きめの、しかしどこか優しくあたしを諭すような声で。

諭される筋合いなど無い。何故なら今「男の持論」と称したものはあたしの持論でもあるからだ。いつだったか机に突っ伏しながら独り言のように呟いていたのを覚えている。

今でもあたしにはその思想が変わらずにしっかりと根付いている。受け売りの癖して偉そうにしている部分を除けばこの男の話に異論は無いのだが、あたしの視界がどんどん滲んでいくことから矛盾が生じていることに気がつく。

左上に視線をやると冴えない男の横顔。

昨日と何の違いも無いはずなのに、どうしてか今まで見たどの横顔よりも凛々しく、そして格好良く映った。

 

 

本日、私涼宮ハルヒは失恋しました。

 

 

「ハルヒ」

 

 

「何よ」

 

 

「好きだ」

 

 

「……え?」

 

 

「いや、『好きだった』んだ」

 

 

「……」

 

 

「恋愛感情なんて一瞬の気の迷いで精神病の一種だと俺は思う」

 

 

「……」

 

 

「付き合いなんてその場の口約束だし、結婚なんて薄っぺらい紙約束だ」

 

 

「……」

 

 

「そんなくだらん約束でお前を縛りたいとも繋ぎ止めたいとも思わない」

 

 

「……」

 

 

「だからお前を恋人と呼びたくない」

 

 

「……」

 

 

「だがもう一度言うぞ。好きだ、ハルヒ」

 

 

 

本日、私涼宮ハルヒは失恋しました。

 

失ったその瞬間に初めてこの男に恋していたことに気付いたあたしは、

それと同時に新たな持論を確立したのだった。

 

「……あたしも好きよ、キョン」

 

要するに、あたしがこの男に抱く感情に足りる表現など存在しない。

それはこの男にとっても同じなのだ。

 

本日、私涼宮ハルヒは失恋しました。


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