「コラ、貴様もキリキリ働かんか! 今、この船にはルーファウス新社長と本社の多丸統括が乗船されている! 上手くすれば昇進のチャンスだぞ!」

 ジュノンを出航してから数時間。俺は今、神羅のバカでかい運搬船の甲板の下のコンテナやら何やらが無造作に積まれた巨大な空間――すなわち貨物室で神羅の軍服を着たまま、その場に佇んでいる。周囲では神羅兵やセーラー服を着た船員たちが、チーフと思しき男の号令の下、積荷の整理をすべく、甲板と貨物室との間の階段を忙しなく動き回っていた。

「フン……何が昇進のチャンスだよ。どうせ得するのはあそこのチーフだけ。俺たちみたいなヒラには関係ない話さ」

 すぐ側でボソッと愚痴をこぼす船員の声が聞こえてきたが、別に気にも留めない。神羅の仕事を手伝う気などさらっさらに無いので、俺はチーフに見つからないようにコンテナの陰に隠れて座り、暫しただ何もせずただ波の任せるまま揺られてみる船旅と洒落込んでみたが、すぐ近くから不快な音――そう、呑めもしない奴が無理して一気呑みなんかしてやらかすあの行為の音だ――が聞こえてきて、そんな気分も一気に台無しにされた。

 ……ったく、誰だよ。俺は少々怒りを覚えてその音がした方へ行ってみると、そこには神羅兵の青い制服を着たツインテールの少女――橘キョウコが顔を真っ青にしながら両の手で口を押さえている。

「……お前だったのか、橘。それで、大丈夫なのか?」 

 すると、橘は恨みがましい眼をして、

「これが大丈夫に見えたら……ウプッ、すぐにでも眼の検査をするべきなのです……。ウ~……これだから……船はイヤなの~。ねぇキョンさん。『鎮静剤』持ってない?」

 今にも吐きそうになりながら、涙目で訴えてくる。こいつ、乗り物に弱いんだな。カームでの回想で述べたように、俺はそんなのになったこと無いからよく分からないが、多分相当辛いんだろうよ。新参者のくせに(俺が言えた立場じゃないけど)少々生意気なこいつにはいい薬だとも思ったが、あんまりにも苦しそうだったので、ついつい懐に手を伸ばして――

「ホラ、使えよ」

 ――詳細は省略するが、六番街スラム『ウォールマーケット』の女装騒動のどさくさに紛れて入手していた鎮静剤を橘に手渡す。すると、橘はむしり取るように薬を手に取ると即座に封を開けて一気に飲み込む。……そんな飲み方、かえって健康に悪いだろ。案の定、橘は顔を妙に歪めている。だが、薬はすぐ効いてきたのか酔いの方は見た目にも楽になったようだ。

「うえ~、やっぱり苦いのです。……でも、キョンさん。ありがとう。ホントにありがとうなのです」

 ウルウルさせた両の瞳で俺を見詰めて、何度も何度も俺に礼を言う橘。不覚にもちょっとカワイイと思ってしまったじゃないか。……それはともかく、他のみんなは何処へ行った? ジュノンでの一件、忘れたわけではない。しっかり問い詰めてやら無いと、な。

「涼宮さんたち? さあ、その辺に隠れてると思うけど? そんなのあたしが知ってるわけ……ウ……プ……」

 そう言うと橘はまた口元を押さえ出す。こいつの船酔いは相当な重症らしい。俺は数袋分の鎮静剤を橘に渡して、取り敢えずこの船にいるであろう他の仲間を探し始めた。





                  『HARUHI FANTASY Ⅶ -THE NIGHT PEOPLE-』

                             第11章 ghost





 口やかましいチーフに見咎められぬよう、貨物整理作業しているフリをしながら貨物室を探し歩いていると、突然目の前が真っ暗になる。温かくて柔らかな二つの掌が両目を塞ぎ、「だ~れだ?」とまるで天使の歌声を彷彿させる可憐な声が、後ろから降ってくる。

「…………」

 俺は『彼女』にどんな返答をしようかと、しばし考えていたが、彼女は別に答えは求めていなかったのかおもむろに掌は外され、橘と同じ神羅兵の格好をした少女がくるりと俺の前に立って悪戯っぽく笑った。あの長く綺麗な栗色の髪は神羅兵のマスクに隠されていたが、神様でも虜に出来るキューティーフェイスまではさすがに隠しきれないようだった。

「フフフ……あたし、ミクルです」

 朝比奈さんは律儀に正体を明かす。……もうバレバレだったけど。あんまり驚いた様子を見せない俺に朝比奈さんは少し不満そうだったが、それも僅かな間で、すぐに笑顔を取り戻して俺にこう尋ねてきた。

「――ね、キョン君。ジュノンで飛空挺、見た?」

「……噂には聞いてたけど、あれ程大きいとは思ってなかったですね」

「すごいですよね。――ね、あたし、あれに乗れるかな?」

 そう言って朝比奈さんは、ふと空のあると思しき方に目線を上げる。……その時の彼女の言葉は、唐突であまりに突拍子なく、そしてあまりに実現性の低い希望だった。――と今にしては思える。でも、あの美しさ溢れる瞳を輝かせて、心から楽しそうな声音で言われてしまうと、

「――いつか俺が乗せてみせます。……期待してて下さい」

 ……ついついこう答えてしまう俺を誰が責められよう。けれど、そう言ってしまうと、何だか本当に実現できそうな気がした。 

「うわぁ~! キョン君、楽しみにしてますね」

 俺の言葉に満開の笑顔を咲かせる朝比奈さんを見てると、ね。





 それから俺はチーフの目を盗んで甲板へと上がった。それというのも、朝比奈さんがあの後、少し気になることを言ったからだ。

『ねえ、キョン君。涼宮さん見なかった? 無茶なこと一人でしてないといいんですけど……』

 この船にはあのバカ会長――もとい新社長・ルーファウスや治安維持部門統括・多丸ユタカも乗っている。直情径行、猪突猛進なハルヒのことだ。七番街スラムの仇を討とうと後先考えずに喧嘩を吹っ掛けてる可能性は十分に考えられる。神羅兵だらけの、しかも逃げ場の無い海の上で目立つようなことは避けねばならない。ハルヒが暴走する前に俺が止めてやらないと。多分それが、ずっと前から俺の役目なんだろうよ。すると後ろから、今や女子学生の制服として認知されているが本

当は水兵のユニフォームがそもそもの始まりである衣服――セーラー服を着た優男が声を掛けてくる。

「おやおや。その格好、よくお似合いですね。まるでずっと以前から着慣れてるかのように」

「……何だ、お前か」

 その男――古泉イツキは、いつもと変わらぬニヤけたスマイルを浮かべていた。片腕が銃である以外はモデルも裸足で逃げ出すほどのプロポーションを持つニクイ奴だ。セーラー服姿も様になってる。しかし翻って俺の格好と言えば神羅の一般兵だが……『着慣れてる』ってのは失礼だな。これでもソルジャー・クラス1stだぞ。神羅兵とは格好も格も違うんだ。そんな俺の不満を知ってか知らずか、奴は船が進む方の海にそっと目を向けた。

「――それはともかく、西の大陸へ向かってるんですよね…………僕たち」

「まあな。それがどうかしたのか」

 古泉は俺のほうに向き直ってフフっと微笑った。そこに何やら自嘲めいたトーンが入っていたのは気のせいだろうか。

「……いえ、別に。住み慣れたミッドガルからこうまで離れた場所にいることに少し感慨に浸ってる――ただそれだけですよ。あんな街でも少しは愛着もあったのでしょうね」

 訝るように見た俺に、古泉は何となく取り繕うかのような笑みを見せた。少し引っ掛かるが、それよりも今はハルヒだ。

「涼宮さん、ですか? さあ……怪しまれないようバラバラに乗船したきり見て無いですね。僕も気になって探していたのですが、何分この船は大きくて最初に出会ったのがあなたという有様なんですよ。……これも運命ですかね」

 何サラッと妖しく囁きかけてくるんだ。それに顔が妙に近いぞ。あからさまに嫌そうに顔を背けてやると、古泉はやや残念そうな微笑を浮かべて少し離れた。

「フフ……今更僕が入り込む余地は無いみたいですね。残念です。――とにかく僕も探してみましょう。何かあったら連絡します」

 古泉はポケットから携帯電話を取り出して俺に示す。ところで、「入り込む余地」って何のことだ――という疑問が喉から出そうになったが、俺は了解の意の頷きを返すだけに留めた。どうせ尋ねても微笑で誤魔化されるだけだろうし、仮に教えてもらうと何かとんでもない事になると俺の第六感が告げていた。

「ここは神羅の船――いわば敵のど真ん中です。あなたも決して無茶な真似をしないように。では、後ほど」

 そんな俺の心中を知ってか知らずか、古泉はそういい残してその場から立ち去っていく。俺もハルヒ探しを再開しようと後ろを振り返った瞬間、少し遠くの方から絶対零度の無言の視線(?)が俺を射しているのに気がついた。その発生源は俺と同じく神羅兵の青い軍服に包まれたアッシュブロンドの綺麗な髪をした――

「――長門か。どうした?」

「…………」

 俺は長門に近づいて話し掛けるが、無言、無反応。――それだけならいつもの長門なのだが、どこかおかしい。明らかに機嫌が悪い。こいつと出会ってからそう時間が経っていないのに、何故だかこいつの無表情の中での微妙な変化が、俺には読み取れたりする。何故って? 分かってしまうのだから仕方が無い。……ってこれもどこかで聞き覚えのある台詞だよな。

「……ど、どうしたんだ、長門?」

 俺は長門の期限を考慮しつつ穏やかに尋ねてみる。

「…………」

 予想通り、長門は一言も発そうとはしない。俺を見据える両の瞳に軽蔑の色が浮かんでいたのは気のせい、なのだろうか?

 ――たっぷり180秒程そうしていると、長門はようやく口を開いた。

「……………あなたと古泉イツキは、愛し合っている?」





                              ……………………は?





 ……さらに時が止まって300秒。イッタイナニヲイッテイルンダコノヒトハ。俺と古泉が愛し合っている? ホワイ? なぜ? ――このレトリックを使うのも二回目だな。同じのはあんまり多用しないようにしないとな。――ってしょうもない事を考えて現実逃避していると、

「…………さっき、あなたと、古泉イツキが…………接吻――いわゆる『キス』というものをしているのが見えた」

 なぬ? 接吻? さっきって、そんな事した覚えも無いし、今後もする予定は断じて無い。それが何で――とここで俺は先ほどのシチュエーションの断片を詳細に思い出した。そう言えば、あの時奴はこれでもかというくらいに顔を近づけて俺に囁いていたような……その光景を遠目から見たらキスしているとも思えなくも無い体勢なわけで――ってこれも二度目のレトリックだ。

「……あなたがそんな趣味を持っているとは、わたしには衝撃的だったけど、世の中にはそういう人もいることは理解している。時間は掛かるかもしれないが、わたしも努力して受け入れる用意がある。――安心して。このことは涼宮ハルヒたちには秘密にしておく」

 あくまで口調は淡々としているが、こいつの口から『衝撃的』って言葉が聞けるとは思いもよらなかった……と場違いな感想漏らしてる場合か! 違う!! 断じて違うぞ!!! 俺と古泉がいわゆる『ウホッ』な関係だなんて、一瞬でも思い浮かべただけで頭をリボルバーで撃ち抜きたくなる。しかし、長門の頭の中では俺(加えて古泉)はそういう趣味趣向の人間となってしまったらしく、「他者の理解を得るのは容易ではないが頑張って」とか「多少カウンセリングの心得がある。今なら引き返せるかもしれないから良かったら相談して」とか言い出した。ま、待て待て。

「ちょっと待て長門! お前は完全に誤解している。古泉はともかく俺がそんな趣味を持つなんてありえない。あれはだな――」

 俺は600秒程フルに使い、あらゆる言葉を尽くして、あれはキスでも何でもなく、ただの見間違いであって、俺と古泉が『妖しい』関係では決してない事を長門に説明すると、最初怪訝な顔(と言っても分かるのは俺くらい)をしていた長門も最終的には納得したらしく、

「そう」

 という一言を言ってくれた。よかった……取り敢えず一安心だ。俺がひとしきり安堵しているうちに長門は、

「…………よかった……わた…………に……まだ…………」

 何やら小声でボソボソ言っていたが、俺には聞き取れない。何を言っていたのかもう一度聞き直そうとも思ったが、長門は「今は敵のど真ん中。あまり仲間で固まっていると危険。あなたも気をつけて」と言って、その場から離れていった。……しまった。ハルヒの居場所聞いておけばよかった。だが時既に遅く、俺は当ても無いままハルヒ探しを再開させたのだった。





 巨大な運搬船の甲板上を歩き回り、現在艦橋の外辺りにいる俺は物思いに耽っている。……アレを見たのが長門で本当によかったぜ。もしハルヒだったらと思うとゾッとするどころの騒ぎじゃない――「あたしだったら何だって言うの?」――そりゃお前のことだから誤解を解くのにも長門の数十倍の苦労を背負い込むだろうし、それ以前に俺の命がもつか……ってハルヒ!!

「一体何なのよ、誤解って。訳分かんない事ばっか言ってないで、ちょっとこっち来なさい!」

 ハルヒは俺の独り言にはそれ以上ツッこむ気はなかったらしく、俺の手を強引に取って、艦橋と外を隔てる窓へと引っ張って行く。あの件に関して追求されないのは幸いだが、こいつが何をする気なのか全くもって予想がつかず、少し不安になりながらついて行く。

 艦橋では、ルーファウスと多丸ユタカが何やら話し込んでいる。防弾ガラスなのか窓はかなりぶ厚く、何を言っているのかここからでは聞き取れない。

「見てよ、キョン。ルーファウスと多丸弟よ。こんな近くにいるってのに、手が出せないなんて……」

 ハルヒはウヌヌ……グヌヌヌ……と心底悔しそうに歯軋りをしている。その点では俺も同意する。俺だって出来るものならここで決着を着けたい。だが、こんな所で戦いを挑むのは自殺行為だ。ハルヒもそれが分かっているようで一安心――いや待て。

「何よあのバカ会長……呑気にワインなんか呑んじゃってさ……あいつらのせいでビッグスは……ウエッジは……ジェシーは……! もうっ! ガマン出来ないわ!! いっそのこと、ここで一気にカタをつけ……」

 ――優雅にワインを楽しむルーファウスに、ハルヒも我慢の限界に達し、今にもガラスを割って飛びかかろうとする。慌ててハルヒを後ろから羽交い絞めにして押さえ込もうとした瞬間、タイミングを見計らったかのように警報が鳴る。

『緊急連絡! 不審人物を発見の報告アリ! 作業の無い各員は艦内を調査。発見次第通報の事! 繰り返す。不審人物を発見の報告アリ! 作業の無い各員は艦内を調査。発見次第通報の事!』

「しまった、見つかった!?……いや、あたしたちじゃないみたい。となると……ミクルちゃんたち!? こうしちゃいられないわ。行くわよ、キョン!」

 結果的にそれが水を射す事となって冷静さを取り戻したハルヒと共に、甲板の方へと駆け戻ることにした。





「みんな大丈夫!?」

 不審者探しにかり出されたのかほとんど人がいなくなっている甲板上に急いで駆けつけたハルヒが開口一番こう尋ねると、いつの間にか元の服装に戻っていた朝比奈さんも長門も古泉も橘も一様に頷いた――って、あれ?

「みんないる……わね」

 すると古泉が顎に左手を当てて考え込むポーズを見せる。

「少なくともさっきの不審人物は我々では無いようですね。――ということは、まさか……」





                                 「朝倉……!?」





 俺の言葉に、瞬間場は凍りつく。その沈黙を破るかのように、ハルヒが俺に問いかけた。

「……キョン、それ本当なの!?」

「ただの推察だ。俺だって分からない!……確かめるしかないだろう」

「……それが最も論理的な行動」

 長門が淡々とそう告げると、朝比奈さんも古泉も揃って頷いた。しかし、

「あ、あたしはいいのです、別に。セフィロスとか興味ないですし。それに……ウ……ウプ……」

 橘は顔面をさっきより蒼白にして、口に両手を当てつつ後ずさりする。……すごい船酔いだ。今回は戦力として計算できそうに無いな。

「仕方ない。俺たちだけで行くぞ!……橘。くれぐれも見つからないようにな。取り敢えずこの紙袋やるから」

 俺は力無く礼を言う橘にエチケット袋を渡し、残るハルヒたち四人と共に、さっきまでいた貨物室へと向かった――



 ――その貨物室は、つい半刻前とは様相を一変させていた。コンテナ、壁、床……至るところに血がごびり付き、骨や内臓が無造作にうち捨てられ、それらで構成されたどす黒い海の中で、何人もの兵士や船員が無残にも滅茶苦茶に斬り刻まれて横たわっている。さっきまでうるさく怒鳴っていたチーフも、不満を漏らしていた船員も同様に。俺たちは、死臭でむせ返りそうになりながら貨物室の中を進む。朝比奈さんもおっかなびっくりではあるが、何とか付いてきてくれているようだ。だが、あまりの光景にいつも口喧しいハルヒでさえ無言を貫いていた。

 貨物室から機関室へと通じる鉄の扉の前。ここにも神羅兵が身体中を血で染めて倒れていた。だが見るとまだ息があるようで、俺は状況を聞こうと「おい、大丈夫か!?」と声を掛けつつ助け起こす。

「……機関室に……不審……人物……いや……ちが……う……あれ……人間じゃ……人間なんかじゃ……な……」

 しかし、その兵士は一言二言うわ言を発しただけでそのまま事切れてしまう。俺は首を横に振ってその兵士の亡骸をその場に横たえると、目の前の鉄の扉をゆっくりと開け放った。



 扉の向こうには、神羅兵の隊長格を示す赤い制服を着た人間が佇んでいた。制帽を被っていたから顔までは判別できない。

「朝倉…………なのか?」

 俺はそう問い掛けながら慎重に近づくが、そいつは生気をまるで失った顔をしたままゆっくりとその場でガクンと膝をつき、そのまま崩れ落ちた。?! 違う……朝倉じゃない!!――その刹那、女の声が船室の何処からとも無く低く朗々と響いてくる。



                        「――――長き―――眠りを―――経て――」 



                           「――時は……時は――――満ちた」



「キョン、あれ!!」

 ハルヒが指差す方向に目を遣ると、その空間の一部が奇妙に歪み、それが次第に収斂して人間の形を構成していく。腰までかかる長くきめ細やかな蒼い髪。端正な顔立ち、ガラス細工の様な瞳――それはまさしく、朝倉リョウコだった。

「朝倉! 生きていたんだな!」

 俺の言葉に朝倉はさも不思議そうに首を傾げる。

「――――誰?」

「俺を忘れたって言うのか! 俺だ!! キョンだ!!!」

 敢えて本名を名乗らず、あの間抜けなニックネームにしたのは、朝倉がかつて俺をその名で呼んでいたから思い出しやすいだろうという判断だ。だが、それも効果は無かったようだ。

「――キョ――ン―――――?」

 まるで「知らない」と言いたげな朝倉の返答。しかし、この声――確かに朝倉のものだが何か言い様の無い違和感を俺は感じ始めていた。俺の記憶の中にある朝倉は、もっとはきはきと喋っていたはずだ。それなのに、このいわば眠たさが極限に達したあまり死にそうな声は何だ?

「朝倉! 何を考えている! 何をするつもりだ!!」



                        「―――――時は―――満ちた―――――――」



「お前……何を言っているんだ!!?」

 朝倉は先ほどと全く同じ意味不明な言葉を繰り返すと、俺の呼びかけに答える事無く、朝倉はその場で俺たちに向かって猛スピードで跳躍。俺やハルヒ、朝比奈さんを突き飛ばして船室の天井へと飛び上がるとそのまま姿を見失った。

「朝倉…………?」

「――?!! 来るわよ、キョン!!!」

 訳が分からず呆然とする俺にハルヒが飛び掛かって押し倒す。その瞬間、俺の目に映ったのは、朝倉と入れ替わるかのように現れた白と赤と紫が斑に入り混じったような巨大な異形の怪物。そいつの大きく横に広げた手の様なものからレーザーが放たれ、俺の元居た場所を瞬時に黒焦げにしてしまう。

「もう、何ボーっと突っ立ってんのよ! アホキョン!!」

「すまん、ハルヒ。……にしても、こいつは一体……」

 俺は剣を手に取って構えながら、異形のモンスターを改めて見る。それだけで、俺の身体に強烈な悪寒が走った。奴はこれまで倒してきたモンスターとは明らかに違う。何か言いようの無い不吉さを、俺の身体中の細胞で感じていた。脳裏に神羅ビル、そしてニブルヘイム魔晄炉で目の当たりにした長く美しい髪をした女の怪物の姿がフラッシュバックし、頭が割れるような痛みが襲い来る。まさか……あれは……ジェノバ――

「キョン君!!」

 ――朝比奈さんの叫び声に我に返ったその時、怪物がその場で巨体を高速でスピンさせる。すると、俺を庇おうと魔法を唱えかけた朝比奈さんの前に、大きな時計のような紋様が出現して彼女の身体に収束していく。

「朝比奈さん!!」
「ミクルちゃん!!」

「―――――――」

 怪物が回転を止めると、朝比奈さんはその場に凍りついたかのように、その場で動かなくなり、俺やハルヒの言葉にも全く反応しなくなってしまった。

「朝比奈さん、朝比奈さん!!」

 俺は朝比奈さんを揺り動かそうとするが、何故か手が届かない。まるで彼女を取り巻く空間を見えない壁に仕切られているみたいだ。すると、長門がその『壁』にそっと手を触れる。その手からは瞬間的に閃光のような火花が走る。

「………これは対象に流れる時間だけを凍らせる力。使役者を倒さない限り効力は消滅しない」

 そう言うや否や長門は怪物よりも高く跳躍し、口を人間ではありえない速度で動かして何ごとか呟きながら身体全体を光の槍にして落下を開始。更に加速し赤い風を纏いつつ怪物に襲い掛かる。

「オーバーソニックモード『ブラッドファング』―――?!」

 しかし、それがモンスターに突き刺さる前にそいつは再び超速回転を始め、長門を時計の紋様が包み込む! 長門はそのまま空中で静止する。

「ユキ!!!――今度はあたしが! 『掌打ラッシュ』!?――キャアァァァ!!!」

 長門がやられたのを見てすかさず殴りかかろうとしたハルヒにも、モンスターの『時計』が容赦無く襲い来る。成す術も無く、ハルヒは拳を振りかざした状態のまま固まってしまった。

「『ふんも』――――!!!???」

 そして、古泉に至っては例の掛け声を全部言い切らせてもくれず、『時計』の餌食となってしまった。……あっという間に残ったのは俺一人。みんなを元に戻すには俺だけの力で奴を倒さなくてはならなくなってしまった。だが、あの『時計』を喰らってしまったらもう一巻の終わりだ。どうする――

「!!!??」

 ――その考えが纏まる前に、モンスターはまたあのスピンを始めた。瞬時の事で逃げることも出来ず、時計の紋様が俺を包み込む……が、その刹那俺を覆った時計にヒビが入り、パリンと音を立てて割れてしまう。怪物は二度三度『時計』を仕掛けてきたが、結果は同じ。何故かは知らんが、どうやらその魔法は俺には効かないようだ。

 『時計』を恐れる必要の無くなった俺は、ジュノンで手に入れた敵を一刀両断するという大剣『ハードブレイカー』を振りかざしモンスターに斬り付ける!! 剣は怪物の腹の皮膚を切り裂き、絶叫と共に何色とも形容し難い血が噴き出す。

「――よし、これなら何とかいけそうだ」

 そう思ったのも束の間。『時計』が効かないと悟ったモンスターは大きく広げた両腕から四方八方にレーザーを照射する。その光線は俺だけでなく、動けなくなったハルヒたちにも襲い見た目にも大きくダメージを与えた。――時間を止まったってのに、そんなのアリか!?

「畜生、『ブレイバー』!!」

 俺はありったけの剣技と魔法を叩き込むが、決定打足り得ない。その内にもレーザーでどんどん体力が削られていき――とうとう俺はモンスターの真ん前で力尽き膝をつく。『時計』を掛けられた訳でもないのに動けない俺を嘲笑うかのようにモンスターは両の腕にそれぞれ光を収束させ、俺に向かって放とうとする。止めを刺す気か――その時だ。



                      「キョンさん!!―――喰らえ、『抜山蓋世』!!!」



 怪物がレーザーを放とうとした瞬間、そいつが立っていた床が何かの衝撃を受けて歪な形になって盛り上がり、その歪みに耐え切れなくなった瞬間、モンスターを巻き込み爆発する。――粉塵の向こうに立っていたのは、巨大な手裏剣を構えた少女。

「橘!!」

「えへへ。間に合ってよかったです」

 はにかむ様に笑顔を見せる橘。お前、船酔いで戦える状態じゃなかったはずじゃ……。

「みなさんのピンチを放って置けるわけ無いじゃないですか。それに……ウ……ウプ……キョンさんには鎮静剤の恩もありますし……ウプッ」

 顔面は未だ蒼白で、今にも吐きそうになるのを堪えながらも、手裏剣をモンスターに投げつけて両の腕を切り裂く。モンスターは漸く背後の敵に気付き、橘の時を止めようと、またあのスピンを始める。

「橘ッ―――!!!」

 その時、『ハードブレイカー』に装着した赤いマテリアが目に入る。――これは……



『あ、あの。お兄さんに渡したい物があるんです……。海のお守り。きっとあなたを守ってくれる筈ですから……大事にして下さいね』



 ジュノンでミヨキチがお礼に、と渡してくれたマテリア。触れるとそれが一体どういう存在なのか一気に情報が流れ込んでくる。――ここで使わない手は無い!!

「降り注げ『シヴァ』!!『ダイヤモンドダスト』!!!」

 俺の叫びと呼応しマテリアが紅く光ると、雪が優しくしんしんと舞い降り始め、その中から白い肌をした女の姿をした召喚獣『シヴァ』が姿を現す。シヴァが右手を静かに掲げると、冷気のエネルギーがその手の先に集まっていく。それが極限に達すると、キラキラと輝く無数の氷の粒がモンスターを包み込み、極度の冷気によってその怪物ごと凍り付いてそのまま砕け散り、モンスターは無数の破片と化して消滅する。

「橘、大丈夫か!?」

 俺が駆け寄ると、安心したのか橘はそのままふらっと俺に倒れ掛かる。

「な……何とか……ウプッ」

「――……お前って実はいい奴なんだな」

「……何気に酷い言い草なのです……それより、鎮静剤、まだあります?」

 あれだけの量をもう使い切ってしまったらしく、俺に支えられている橘が申し訳なさそうに手を合わせるので、俺が半ば溜め息を吐きながら、懐の中の鎮静剤の残りを探していると――

「キョン君―――!!……あれ?」
「っと……あれ? あのモンスターは??」
『――っふ』!!……?」
「――――!!!!」

 止まっていた四人の『時』が一斉に動き出し、ハルヒの拳は空振りし、古泉はエネルギー弾を壁にぶっ放し、長門に至ってはさっきの光の槍のまま物凄い勢いで床に激突し大きく穴を開ける。……さっきの橘の技でも思ったのだが、船にあんなに大きく穴開けて沈んだりしないのか? でも、そんな心配は無用だったようで、この運搬船の船底は二重三重に壁によって仕切られていた。さすが神羅、とこの時ばかりは思ったね。ところで、

「キョン、モンスターは…………って、何、してんの」

 ハルヒは俺と橘を目聡く見つけると途端に例のジト眼になった。何故って? 俺にも分からん。ただ、船酔いで気分を悪くして俺の腕の中に倒れこんでる橘。その静止画を見たら抱き合っているとも思えなくもない体勢なわけで……ああ、これ三度目だな。ハルヒは口をまたアヒルみたいに尖らせてるし、朝比奈さんや長門の俺を見る眼が何故か冷たい。……いや、だから違うぞ。朝比奈さんはともかく橘となんざ考えたことも無い。

「はわわっ!!……す、涼宮さん、すみませんすみません!! ななな何でもないのです!!!!……ウ……ウプ」

 橘は橘で、更に顔を真っ青にして、即座に俺から離れる。……さすがにそこまで過剰に反応されると少し傷つくな。俺が言うのもなんだが。

「……まあ、いーけど。――それより――」

 ハルヒは不機嫌さを保ったまま、モンスターが消えた場所に目を遣る。奇妙な形の腕だけがそこに残されていた。まだ生きているらしく、ピクピク動いている。俺たちは恐る恐る近づいてみる。

「これは……どこかで見たことありますね」

「その通りだ古泉……こいつはジェノバ。ジェノバの腕だ」

「ジェノバ……キョン、セフィロスはこんなものを持ち歩いていたの?」

 俺たちが話している間に、さすがの生命力も長くは続かなかったのか腕は次第に動かなくなり、その場から消滅した。

「……やっぱり朝倉だった」

「『時は満ちた』……そんなこと言ってましたね。何のことでしょう?」

 首を傾げる朝比奈さんだが、俺にもさっぱり分からない……時は……満ちた? それ以上何も喋る事無く無言で考え込む俺たちだったが、結論など出るはずもなく、そうこうしている内に船内にベルが鳴り響く。

『接岸作業員、コスタ・デル・ソル入港5分前。接岸準備を開始せよ』

「いけない。もう一度身を隠すわよ!」

 ハルヒの言葉に、みんなもう一度変装用の服を取り出してその場から散開する。俺も後を追って機関室から出ようとしたが、ふとその場で立ち止まる。

「生きていた……朝倉が……約束の地……本当にあるのか……?」

 その間にも、俺たち、そしてルーファウスらを乗せた船は、西の大陸に着こうとしていた。





 コスタ・デル・ソル。東のジュノンと並ぶ西の大陸の玄関口。ただ、すっかり神羅の軍事要塞にされてしまっているジュノンとは異なり、海流と地形の影響で年中太陽の降り注ぐ、常夏のリゾート地となっている。世界中からサーファーやスイマーたちが集まり、港にはプレジャー用のヨットやクルーザーが所狭しと並ぶ。ここでは服を着て歩く人はあまりおらず、水着のまま過ごすのが暗黙の了解だ。そんな開放的な場所に来たら誰でも――

「へぇ。ここがコスタ・デル・ソルかぁ。楽しそうなところね……キョン、ちょっとここを見物して行きましょ!!」

 ――そんな気分になるのは自然の理だと思う。でもな、

「……おい、ハルヒ。俺たちはバカンスで来たんじゃない。朝倉を追うんだ。先を急ぐぞ」

 そう言うと、案の定ハルヒは例のアヒル口の不満顔になると、

「いいじゃない、ちょっと位。さっきの戦いのダメージも癒えてないんだし、ねー、みんな」

 周囲に同意を求め始めた。

「いいんじゃないでしょうか」

 そこ、すぐさま賛同するんじゃない。いや、イエスマンのニヤケ面に期待するほうが間違いだ。俺はすぐさまその隣の栗色の髪をした女神様に助けを求めるが、それよりもハルヒがギロリと睨みを効かせるのが早かったみたいで、

「は、はいぃぃ!!……いいと思いますよぅ……」

 俺に向かって「ゴメンネ」とこっそりと手を合わせる朝比奈さんはやっぱり可愛いなあ。などと一瞬どうでもいい事を考えてしまうくらいに形勢は劣勢に傾きつつある。橘は「別にセフィロスには興味ないのです」などと言って既にハルヒと一緒になって何処に行くか相談してるし。

「……やれやれ」

 俺の意見は完全無視で話はそういう方向に纏まったらしく、既にビーチのほうへと歩き出しているハルヒたち。それを眺めつつ盛大に溜め息を吐く俺。

「……………」

 長門はその場に留まったまま俺をじっと見詰める。

「………どちらにしろセフィロスはもうこの辺りにはいない。ここで情報を集めてみるのも一つの手」

 ハルヒたちの後を追って歩き出す長門。だが、すぐ立ち止まって俺に振り返る事無く、

「…………焦らないで。きっとチャンスはまた来る」

 抑揚の無い小さな声でそう言い残して、その場から去っていく。……これって、慰めてくれたんだよな。そんなに焦ってたかな、俺。……まあいいか。『約束の地』『時は満ちた』――よく分からない事ばかりが出てきて混乱した頭を整理するには丁度いいだろう。……俺もここの開放的な雰囲気に当てられたかな。もう一度軽く溜め息を吐いて、俺はハルヒたちの後を追った。



 後ろの方から、けたたましいヘリコプターのプロペラ音が聴こえて来たが、気にしないことにした。



「「「長時間の船旅、お疲れ様です!!」」」

 そのヘリが港のヘリポートに着陸したタイミングを見計らうかのように、運搬船からルーファウスと多丸ユタカが悠然と出て来た。既にスタンバイしていた数人の神羅社員――その中にはミッドガルでハルヒに絡まれた課長の男も含まれていた――がそれを出迎える。

「ウム……ごくろう……」

 満足げに頷くルーファウス。続いて多丸が偉そうなデカイ声でスキッフ(神羅B1A式ヘリの愛称)の準備を命じると、社員たちは大慌てでヘリポートの方へと散っていった。途端にルーファウスは切れ長の眼鏡をギラリと光らせながら多丸を見る。その眼を見た瞬間、多丸の額からはジワリと脂汗が滲み出した。それに構う事無く、ルーファウスは穏やかな調子で話を切り出した。

「セフィロスが乗っていたらしいな」

「……はっ」

「キョンたちも乗っていたらしいな」

「……はっ」

「どちらも取り逃がした……大失態だな、多丸君」

 ルーファウスの声は穏やかだが、言葉の度に有無を言わさぬ迫力が増してゆく。正反対に多丸の声からはどんどん覇気が失せていった。心なしか、顔面も蒼白の度を増している。

「面目無い……です」

「いつから返事と謝ることしか出来なくなったのだ……君は?」

 まるで獲物を前にした毒蛇のような目で見るこの新社長に、ここで何かしら言わなければ――多丸が無い知恵絞って言葉を探していると、あの課長級の男が一所懸命走ってきて、

「スキッフ発進準備、完了いたしました!!」

 と大声で告げたのでルーファウスもそれ以上追求する気も失せたのか、あからさまな溜め息を吐くと、

「……なんとかしたまえ。期待している」

 それだけ言い残し、ルーファウスはスキッフに乗り込んで何処かへ飛び去って行った。ヘリが視界から消え去ったのを確認すると、多丸はそれまでの鬱憤を晴らすかのように、その課長を海に突き落としてその場から立ち去った。



 数分後――近くにいた観光客に助けられて漸く岸壁に上がった神羅の課長。海水を含んで塩辛く濡れたスーツと最近薄くなっていることが気になっていた頭髪。何で自分がこんな目に。ミッドガル、出張先、あらゆる場所で受けてきた理不尽。もう我慢の限界だった。止まらぬくしゃみを続けながら、彼はヘリポートへ向かって駆け出し、遥か海に向かって声の限り叫んだ。



「ウオォォォォ!!こんな会社辞めてやるぅぅぅ!!多丸ユタカのバカヤロウッー!!ルーファウスのかっこつけやろうー!!」





「……ねぇ、何か今変な叫び声が聞えてこなかった?」

 話を途中で止めて、唐突にハルヒが俺に問いかけてくる。確かにそんな気がしたが、内容はよく聴こえなかったし、まあ気にする必要は無いんじゃないか? そう返事をすると、ハルヒもそれ以上興味を抱かなかったらしく、コスタ・デル・ソルの観光案内のお姉さんと再び話し始めた。彼女は観光地にはよくあるパンフレットに目を遣ると、

「ここ、コスタ・デル・ソルは西の大陸の玄関として、また、世界有数のリゾート地として古くから発展してきました……あ~ん、もう! どうでもいいわね、そんなこと」

 たった数行読んだだけで在り来たりの話を読むのに飽きたらしい。お姉さんはくだけた口調になって観光案内を再開した。

「遊ぶんだったら、ビーチへどうぞ。かわいい女の子もたくさんいるわよ……まあ、それだけいれば必要ないみたいだけど。――あなたたち、もしかしてお金持ち? コスタ・デル・ソルで休んだ後はゴールドソーサーへ抜けるのが、リッチでメジャーな観光コースなの。ここから、ずっ~と南のゴールドソーサーにはカジノや遊園地があるのよ。でもね~~歩いていくのは、山越え谷越え、そりゃもう大変らしいの。ま、旅してるなら一度は行ってみるといいんじゃない」

 『かわいい女の子』のくだりでお姉さんが俺と古泉をチラッと見たあと、ハルヒや朝比奈さんたちを眺め回したのは偶然じゃあるまい。そりゃそうだろ。見た目だけなら何処に出しても恥ずかしくない美少女が四人も揃ってるんだからな。まあ、そんなことよりもこれからどうするんだ、ハルヒ?

「そうねぇ……やっぱりまずはビーチでしょ!! 水着とか売ってるの?」

「もちろんよ。それにホテルに泊まるんなら水着の貸し出しもあるわよ」

「ふーん。じゃあ、それでいいわ!」

「わかった。予約取れるか聞いてみるね」

 お姉さんは慣れた手つきで電話を掛けると、とんとん拍子にホテルと話をつけて部屋を取ってくれた。俺たちは彼女に礼を述べると、早速そのホテルへと向かう。道すがら、すれ違う人は皆、水着かそれに近い格好をしている。出るところは出て、引っ込んでいるところは見事に引っ込んでいるナイスバディなお姉さんも惜しげも無くビキニ姿を白昼堂々晒している。――聞いていた話のとおりだな、とハルヒにばれない様に密かに鼻の下を伸ばしていると、

「僕、この街、気にちゃった。裸で歩いてても白い眼で見られないもんね」

 パツンパツンのビキニパンツだけを穿いたマッチョな男が同士と語らっているのと擦れ違った瞬間、俺は壮大に噴いて昏倒した。ああああ、あれって――あまりのトラウマで心の奥底に封じ込めていたミッドガルの『蜜蜂の館』での悪夢がフラッシュバックよろしく蘇ってくる。ウッ……途端に怖気が走り出す。だが、ムッキーは俺の姿に気付かなかったのか気付いていても忘れてたのか、そのまま歩いてバーの方へと行ってしまった。

「どうかしましたか?」

 安堵してヘナヘナと力無くしゃがみ込む俺の耳元で古泉が囁きかける。だから止めろそれは。顔が近いんだって。

「ほっとけば。どーせ女の子の水着姿でも見て鼻の下、伸ばしてたんでしょ?」

 先頭を行くハルヒが機嫌悪そうに言うが、どうして分かったんだろうな。いや、こいつのことだから当てずっぽうに言っただけに過ぎんかもな。ただ、そんなハルヒの声を聞いて、さっきのはあんな事考えていた事への罰のような気がして、妙にムカついた。





 そんなこともありつつ、俺たち5人はホテルに入って水着をレンタルすると、そのままビーチへと(主にハルヒが)駆け出して行った。ちなみに『5人』なのは、ホテルに入った直後に橘が、

「あのう、キョンさん。さっきマテリア売ってる露天屋見つけて、バイトの子募集してるみたいなんで、ちょっと稼がせてくださ~い」

 などと言って姿を消したからだ。ハルヒは少し残念そうだったが、本人がそうしたいんならいいじゃねえか、という俺の言葉に納得したらしく、

「みんな、キョウコの分まで精一杯楽しむわよっ!!」

 と叫ぶ間も無く、朝比奈さんの手を強引に引っ張って、蒼い海へと盛大に水飛沫を上げて飛び込んだ。

「ふえぇぇ、涼宮さん~~いきなり何を……キャッ!?」

「ふふん、ミクルちゃん、油断大敵よ! うりゃうりゃ!!」

 ハルヒは間髪入れずに朝比奈さんにバシャバシャと海水を浴びせる。突然の事に困惑している朝比奈さんに、ハルヒは構わず水を掛け続けて戯れている。でも、心なしか朝比奈さんも楽しそうな笑みを浮かべているようで、

「それならこっちも……えいっ!」

 ハルヒと比べてささやかな反撃を開始した。するとハルヒは不敵な笑みを浮かべ、

「あたしと勝負しようなんていい度胸ね~~。これならどうっ!!」

 更に激しく朝比奈さんに海水を浴びせる。朝比奈さんも朝比奈さんで負けじと、さっきよりも強く(それでもハルヒの勢いに遠く及ばないが)水を掛けている。ところで、敢えて言うことでも無いが、二人は当然水着姿だ。ハルヒのスタイルのいい身体を強調したライトグリーンのビキニは元より、ピンクの花柄のワンピースに身を包んだ透き通るような白い肌を光り輝く太陽の下に晒した朝比奈さんは最早垂涎モノだ。そんな美少女二人が渚で楽しそうに戯れているのだ。だから、

「顔、ニヤけてますよ」

 と古泉に指摘されても何も気にならん。むしろ当然だろう。お前こそ、アレを見て何も感じないのか?

「まあ、確かに微笑ましい光景ではありますがね……」

 古泉はそう言いつつ言葉を濁す。一瞬、どこか寂しそうな表情をした様に見えたが、多分気のせいだ。そうに決まってる。――それより、長門の姿が見えんが……と思って見渡してみると、いつの間にやらビーチパラソルの下に移動して本を開いている彼女を見つけた。朝比奈さんとは対照的な模様の無い白いワンピースの水着。そして朝比奈さんよりも青白い肌。そんな彼女が暗いパラソルの影で独りで過ごしている光景に少し居た堪れなくなって、パラソルに向かう俺の手を古泉が掴んだ。

「楽しみ方は人それぞれですよ。涼宮さんには涼宮さんなりの、橘さんには橘さんなりの、そして長門さんには長門さんなりの、ね。外野がとやかく言うことではありませんよ」

 ……確かにそうなのだが、何処と無く釈然としない気分を抱えてどうしようかと思っていると、

「こらーー!! キョンに古泉君も早く来なさいっ!!!」

 ハルヒがけたたましい声で呼んで、俺たちも渚における女神たちの戯れの中にに入っていったので、そんな気分もいつの間にやら意識の奥底へと沈んでしまった。





 そうして四人で水を掛け合ったり、競泳したり、ビーチバレーをしたり、朝倉のことも忘れて浜辺の遊びに興じて小一時間。さすがにちょっと疲れて長門のいるパラソルまで戻ろうとしたその時だ。

「あっ! キョン君!!」

 朝比奈さんが小さな驚き声をあげて指差す方向を見ると、これまたハルヒや朝比奈さんにも負けず劣らずの水着の女の子が……悪く無い眺めだな。するとハルヒが俺の腹を力いっぱい抓る。

「もう!! 何処見てんのよ、バカ! あそこの男、神羅の宝条よ! ふざけてないで話つけて来なさいっ!!!」

 もう一度見てみると、水着の美女たちに囲まれてデッキチェアで悠然とくつろいでいる見覚えのある男がいた。ハルヒの命令に従うわけではないが、俺は誰も使ってないパラソルを剣代わりに手に取ると、慎重にその男――神羅科学部門統括(いや、ジュノンでの話によるともう「元」だったよな)・宝条博士に近づいていく。

「あら!! 何か御用?」

 宝条の左側にいた金髪ロングヘアーのダイナマイトボディー美女が、俺たちの姿を見咎めて声を掛けた。

「そこの男に用がある」

 その女は俺のやや高圧的な物言いに眉をひそめつつ、

「ねぇ、宝条博士~。怖い人が、用があるって~」

「今忙しい」

 来客を告げる甘い声にも、宝条はこっちを見ようともせずにボトルをあおっている。よくよく見るとそれはワインでもウイスキーでもなく、ただのオレンジジュースだったのだが。

「……だって~。残念でしたぁ~」

 宝条の答えを聞いて、やや馬鹿にした調子で女が言う。少々カチンと来て構えていたパラソルの先を宝条の鼻っ面に突

きつけようとしたその瞬間、宝条がようやく俺たちに目線を向けた。

「いや、待ちたまえ。君は確か、僕の記憶にある……。ああ、そうそう。思い出した。久し振りだね、キョン君」

「宝条……」

 お前までその間抜けなあだ名で呼ぶのかよ……。

「たまにはこういうのもいいものだね」

 奴は俺に目線を向けてはいるが、依然優雅にデッキチェアに寝そべっている。両脇には水着姿の美女。こいつがこんなシチュエーションにいることに神の理不尽を感じたのは恐らく俺だけではない筈。

「……何をしている」

「見ての通り、日光浴だよ」

「真面目に答えろ!」

 いけしゃあしゃあと答える宝条に苛立って、剣先(実際はビーチパラソルの先)を向ける俺に宝条はつまらぬ素振りで鼻を鳴らす。

「ふん……僕の目的は君と同じだと思うけどね」

「……朝倉か?」

 宝条は肯定を示すかのようにニヤリと口元を歪める。

「君たちは会えたのか?」

 俺は一度だけ頷く。

「そうか……ふむふむ」

 何を納得したのか、宝条はやおらデッキチェアの上に立ち上がる。しかし、今までツッこまなかったが、この男なぜにビーチで白衣を着ているのか。

「一体何なのよ?」

 俺以上に苛立った様子でハルヒが問うが、あくまで宝条の目線は俺から外れない。 

「いや、ちょっとした仮説を思いついたのだが……君は、何かに呼ばれているという感じがしたことはないかな? または、どうしてもある場所へ行かなくてはならないという気持ちになるとか……」

「俺は朝倉がいる場所なら何処へでも行く! あいつを倒すために! 決着を着ける為にな!」

 ――宝条の言葉を聞いた瞬間、俺は至極当然のようにそう答えていた。一片の躊躇も無く。が、宝条は何がおかしいのかクククと笑いながら、

「なるほど……これはイケるかもしれないな。ソルジャーか……クックックッ。ん、僕の実験のサンプルにならないかい?」

 ……何故だろう。妙にムカムカする。苛立ちが収まらない。一体何がオカシインだ?



 俺にとってソレハアタリマエデ、



                      オレハアサクラノイルバショヘイカナケレバナラナイ。



                                                   オマエニソレヲワラウケンリハ――



 ――俺は自分でも気付かぬうちに宝条の喉元にパラソルを突きつけていた。

「ん……何だ? そのパラソルで僕を刺すのかい?」

「……パラソルでもお前くらい造作も無く殺せるんだぞ」

 俺はかつて無いほどのドスの効いた声は発しながら、パラソルの先端をゆっくりと奴の喉に近づけ、ついに皮膚に触れるか触れないかの所で、いきなり朝比奈さんがその先端を掴んだ。

「キョン君やめて!! この人死んだら何にも分からなくなっちゃいます……」

 朝比奈さんの真摯な表情にしぶしぶ矛先を収める俺。宝条は勝ち誇ったかのようにクックックッと嗤いながら、目線を朝比奈さんへと移した。

「……おや、ときに君は……古代種の娘ではないか」

 宝条の言葉に朝比奈さんは固く口を結んだ少し険しい表情になる。

「あたし、朝比奈ミクルです。名前くらい覚えて。……ねえ、宝条博士、教えて下さい。あたし、自分が古代種なのは知ってます。母さんに聞いたから」

「『母さん』? ――ああ、ミユキか。元気にしてるのか?」

「知らないんですか? 死にました……ずっと前に」

「……そうか」

 憮然とした朝比奈さんの答えに、宝条は残念そうに呟くが、それは知り合いがいなくなったことに対する寂しさというのではなく、ただ単に貴重な実験道具を失くした事への失望でしかないことは俺にも分かった。朝比奈さんは小さくかぶりを振ると、さっきまでの質問を続けた。

「……ねえ、博士。ジェノバは古代種なの? セフィロスは古代種なの? あたしと同じ血、流れてるんですか?」

 しかし、宝条は朝比奈さんの言葉に答える事無く独り何事かボソボソ呟くだけだった。

「……ボソボソ…………西へ……………」

「ボソボソ作戦? って事は、何か隠してるわね!」

 イライラがついに頂点に達したハルヒが割って入ってきて宝条に詰め寄る。

「ねぇ!答えなさいよ!!」

「………………」

「……ダメだ。無駄だよ」

 奴にとっての用はこれで終わりなのだろう。恐らく武器を突きつけて脅してもこいつは何も喋らない。俺は踵を返そうとした。その時、宝条の左側にいた茶髪のショートヘアの水着美女が手招きをしてこう言った。

「宝条先生のボソボソを通訳するね。ここから西のコレル山を越えて進んでる……分かったかしら? わたし、よくわかんな~い」

 『進んでいる』? ……もしかして、それは――

「――セフィロスね!!」

 意気揚々とハルヒが叫ぶ。恐らくそうなのだろう。宝条の目的が俺たちと同じならば。次の目的地は決まったな。ハルヒは「そうと決まったらホテルに戻って今後の作戦を考えるわよ!」などと言って朝比奈さんといつの間にか来ていた長門を引き連れて帰ろうとしている。だが、ここでいつもなら「それはいい考えですね」などとお決まりの文句と営業用スマイルを並べ立てる筈の古泉が、

「そうですね……」

 と、少し力なく答えたのが引っかかったが、

「ほら、キョン、古泉君も早く来なさいっ!!」

 ハルヒが例によって急かすように呼ぶ声に、慌ててその後を追ったので、それもまたいつの間にか念頭から消え去ってしまった。

 ちなみに、

「この暑さの中、実験服を脱ぐことは無い。知的な男のダンディズムよね~~」
「宝条先生だったら、よろこんで実験台になっちゃう!」

 水着美女たちが宝条を囲んで上記のような会話を繰り広げていたが、俺にはあんな変人の何処がいいのか分からんね。というより、あれが何で魅力的な女性たちを虜に出来るのか、物凄い違和感を感じるのは俺だけなのだろうか。





 ホテルに戻ると丁度夕飯刻で、タイミングよく戻ってきた橘を合わせて6人で、ホテルの食堂でコスタ・デル・ソル自慢の海鮮料理をつつきながら、コレル山への旅について話し合った。ここからコレル山まではかなり遠く、険しい峠道を何度も越えなければならないらしく、更にその山には『コカトリス』という人間を石にする煙を吐くモンスターが出没するらしいが、今更そんな事を苦にしてもしょうがない。とにかく、石化対策として売られている『金の針』など必要なものを明日

買い揃えてから出発しようということになった。ちなみに橘が、

「実は、バイト先で働いてくれたお礼って、こんなにマテリアをくれたのです!!」

 と言ってアタッシュケース一杯に詰めたマテリアを見せてくれたのはありがたい。これから神羅やひょっとすると朝倉と戦わなければならない場面がもっと出てくるはずだ。少しでも戦力が増えるに越したことは無い。橘にしては中々気の効いたことをしてくれるな。

「そうでしょ、もっと褒めるのです」

 得意げになる橘に、ハルヒも、

「偉いわキョウコ! この功績を讃えてあなたを二階級特進でSOS団副々団長に任命するわ!!」

 なんて言うもんだから、ますます調子に乗ってギャーギャー五月蝿く騒ぎ立てる橘。古泉も浜辺で見せたメランコリー状態も何処へやら、あのニヤけたスマイル面に戻ってるし、長門も相変わらず無口だし、ハルヒは――いつも通り過ぎて、たまにはしおらしくして欲しいくらいだぜ。しかし――朝比奈さんだけ、いつもと違ってどこか上の空の様に見えた。ハルヒが話しかけても返事はするけど、心ここにあらずみたいな雰囲気だ。あれは――そう、あの浜辺で宝条に出くわしてから、

ずっとだ。





 ――それが何となく気になってたから眠れなかったのだろうか。真夜中、俺は急に目が冴えてしまって、横のベッドでグースカ眠っている(様に見える)古泉を横目に部屋を抜け出した。廊下を少し歩いた先にはホテルのロビーがある。空には雲一つ無いらしく、窓からはそっとほの明るい月の光が射してきて、それが一人の少女を美しく照らし出していた。

 俺は、窓の外をぼんやり眺めている女神のような少女にそっと声を掛ける。

「朝比奈さん」

 すると彼女は少し驚いたらしくビクッと身体を震わせると、「なあんだ、キョン君でしたか……」とホッとしたように答えてくれた。だが、彼女の表情からさっきまでの陰鬱さは消えてないようだった。

「フゥ……。なんだか、疲れちゃいました。分からないこと、多くて……ちょっとだけ、不安なの」

 朝比奈さんは窓の外を眺めたまま話し出すと、不意に俺の方を向いて、確かにこう言った。





                     「ねえ、キョン君? あたしのこと、どう思ってますか?」





 一瞬、時が止まる。俺を見詰める真剣な二つの瞳。予想だにしなかった問いかけに、俺の心臓が早鐘を打ち始める。これは一体何なんだ。彼女は一体俺にどんな答えを期待してるのか。彼女は黙って瞬き一つせずに俺の答えを待っている。その間にも、頭の中で色んな考え、邪な妄想、そして最後に何故かハルヒのアカンベーしている姿がぐるぐる回ってどうにもならなくなり、

「……どうもこうも、分からないです」

 と答えてしまうのが関の山だった。俺は己のあまりのヘタレさに頭を何処かに打ちつけそうになるが、朝比奈さんはそれに気付いてないらしく再び話し出す。

「…………そうですよね。あたしもね、分からないの。自分のこと。あたし、どのへんが古代種なの? 古代種ってどこがどうなるの? へんですよね。分からない……はぁ……堂々巡り。こういうのって答え、あるんでしょうか。難しいですよね、いろいろ」

 ……『古代種』、ねぇ。ははは。そういうことか。何を気を張ってたんだ、俺は。途端に力が抜けた俺は、朝比奈さんの隣の腰を下ろした。

「キョン君……?」

 そんな俺を怪訝そうに見詰める朝比奈さん。――彼女はずっと不安だったんだ。『古代種』なんていう訳の分からない存在として生まれて、神羅に追われ、普通に生きていける人生を奪われ、その上朝倉も同じ存在なのかもしれないと聞かされて。彼女は今、自分がいつか朝倉みたいになるのではと、恐れているんだ。……俺は、何て馬鹿だ。何で気付いてやれなかったんだ。気付いてやれなくて、何を勘違いして舞い上がってたんだ。

「……すみません」

「? 何で謝るんですか? キョン君、何も悪いことして無いですよ?」

「それでも、すみません」

 重ねて俺が謝ると、朝比奈さんは小さく吹き出した。

「変なキョン君」

 そして、暫く二人で窓から輝く満月を眺める。どちらとも口を開く事無く無言のまま、静寂だけがその場を包み込む。それでも全然苦痛じゃなく、心地良い空気が流れる。朝比奈さんの表情からはまだ少し陰鬱さは取れていなかったが、少しは落ち着いたようで、仄かに笑顔を浮かべているようにも思えた。

 どの位経ったか、俺はゆっくりと静かに話し始めた。

「……やっぱり、『古代種』は俺にもよく分かりません。多分、この旅の先にその答えはあります。正直、どうなるか分からない。でも、『古代種』なんて関係ない。朝比奈さんは朝比奈さんだから。――何があっても、俺があなたを、守ります」

 段々と言葉に力が入るのが自分でも分かる。それが俺の偽り無い気持ちだったから。でも、

「…………キョン、君」

 俺を見詰める彼女の瞳に、何故か急に照れ臭くなって、

「……だって、まだボディーガードの契約は続いてるでしょう?」

 などとおどけて見せたのは、せめてものご愛嬌さ。それでも、

「…………ありがとう」

 ――朝比奈さんの、心からの笑顔をもう一度見ることができたのは、ちょっと誇らしかった。





 翌日。朝も早うからハルヒに叩き起こされ、只でさえ寝不足で眠い目をこすりながら、装備を買い揃えにコスタ・デル・ソルの街中を回る羽目になった。その道すがら、昨日宝条が側に侍らせていた金髪の水着美女が俺の側に寄って来てこう言った。

「な~んか、あなたに伝えなきゃいけないことがあったのよ。そうよ! あれよ! 昨日のことなんだけど、海から黒マントの女が上がってきたの。ザバザバってさあ。ゴールドソーサーのチケット持ってたような気がしたけど……そんな訳無いよね。あれって、まぼろしかなあ」

 黒マントの女って――朝倉じゃねえか!! 何でそんな重要情報を真っ先に言わないんだよっ!! と叫びたくなったが、

「はあ……宝条先生。今、何処。先生、何かを発見~解明~したみたいなの。で、それっきり……やっぱり、西のコレル山に向かったのかしら。ちょっと悔しかったかな。宝条先生、何かを発見したとき、子供みたいに嬉しそうな顔でクックックッって笑って……後、追っかけちゃおうかな。コレル山からゴールドソーサーへ二人のバカンス(はあと)」

 どうやら自分の世界に入ったらしく、こっちに全く反応を示してくれない。重ねて言うが、あんな男の何処がいいんだ? とにかく朝倉の居場所はコレル山方面で間違いないことが分かっただけでも良かった。気を取り直して旅を再開するか……と思ったその時だ。

 すぐ近くにマテリアの露店を出していた親父が、隣の商売仲間に話しているのが耳に入った。

「やられました……。雇ったばかりのバイトの女の子。店の売り上げとマテリア持ってトンズラしちゃいましたよ。世の中上手い話は無いもんですなあ」

 ちょっと待て。その『バイトの女の子』って、まさか……おい、橘。

「ぎくっ」

 マテリアがたんまり入ったアタッシュケースを持ったまま逃げ出そうとする橘の首根っこを、俺はむんずと掴む。

「『ぎくっ』、じゃないだろ!? 早く返して来なさい!!!」

 当然、二階級特進は取り消しになった。


                                                              ...to be continued


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