「何よ、折り入って話したい事があるって」

 

ハルヒは、不機嫌なのか照れているのかよくわからない声で俺に質問した。
決意を胸に、俺はその日の放課後、SOS団の活動が長門の本を閉じる音で終わると同時にハルヒを非常階段の下---つまり、誰も来ない静かな場所に呼び出した。
第三者的な目線から見れば、まさにこの状況は、なんとも青春ドラマ的だと思う。
こんな場所で男女が二人きりになるなどという事はつまり、ドラマの中では、すなわちお約束なシーンで、お約束な言葉を言わなければいけないのだろう。
などという事を、考えていた。

 

「まぁ、大事な話なんだよ。ハルヒ、お前に一番最初に話しておこうと思ったんだ」
俺はハルヒに向かって言う。
「も・・・、もったいつけずに話しなさいよ!!い、いいわ、特別に聞いてあげる!」
ハルヒは二の腕を組みながら言った。自身に満ち溢れている表情、ああ、いつものハルヒだ。
そのことに一先ず安堵し、次に俺の胸を落ち着けた。

 

 

 

 

「あのなハルヒ、俺・・・」

 

 

 

 

 


===============【涼宮ハルヒの留学】===============

 

 

 

 

 

 

昔から「新しい」と名のつくものは、好きだった。新製品、新発売、新幹線も好きだし、新大阪なんていう名前もだ。どうしてなのかは俺にもわからないが。まぁ、例に漏れず「新学期」も好きなイベントの一つではあった。
俺達学生にとって一大イベントである「クラス替え」などという決して他人事ではない大切な行事もさることながら、気持ちも新たに登校する学校というのは、どうしてだろう、空気が違うように感じた。
もちろん、そんな事はおそらく俺の勘違いであり。2.3日もすると、いつもの睡眠が俺を襲ってくる事は間違いないのだが。


その日は、俺にしては(あくまで俺にしては)朝から快適な目覚めだった。妹のドロップキックで目覚めるという事が半ば習慣となっていた俺にとって、自らで自らの目を開いたというのは、大袈裟にいえば一種の悟りの境地なのであった。
「あれれ。キョンくんがもうおきてるー」
残念だな、妹よ。今日からお前のドロップキックで起きる俺では無くなったのだ。
・・・、正直いつまでこの状態が持つかわからんが。せめて三日坊主よりは長生きしたいものだとは考えていた。なにせ新学期なのだ。学年も変われば気分も変わる、なぜか俺はそんな気がしていた。まぁ、新年を迎えようが、学年が一つ上がろうが、ハルヒは相変わらずだろうがな。
なんと言っても、ハルヒは自分で自分の事を崇高で絶対不可侵などとのたまっているのだ。事情も何も知らない一般人的目線からするとかなりのセンで怪しい事を言っているのだと思う。いや、実際その通りなのだが・・・。
まぁ俺はそんなハルヒが立ち上げたSOS団の団員その1、かつ雑用係であり、まぁ、色んな出来事の鍵らしい。俺にゃまったくそんな自覚はないんだがな。
「キョンくーん、朝ごはんできたよー」
学生服に着替えながら、一階の妹に今行くと返事を返した。
この匂い、今日は目玉焼きに醤油だな。快適な一日は快適な朝ごはんからと、かの有名な・・・ええと誰だったか忘れたが、そんな言葉もあるくらいだしな。

 

 

 

 

登校途中に出会った(出会ってしまった)谷口は、一年生らしい女の子にさっそくお得意の(?)ナンパをしていた。
見るからに可愛い女の子ばかりに声をかけては凄い勢いで平手打ちをくらったり、ぷいと無視されたり、まぁ反応は様々なのだが、連敗記録を今日だけで10は更新していそうだ。
「よぅ、キョンじゃねぇか。新学期になってもかわらねぇな」
「それを言うなら、お前のナンパの成果の無さも相変わらずだな」
「甘いぜ…キョン。お前はまだまだ甘い」
「な、なんだよ」
「変化なんてもんはな!自分で望まなきゃならんのだ!!」
谷口が珍しくマトモな事を言っていると感心していると、いつの間にか俺の横からこつぜんと居なくなり--新しい女の子へ声をかけていた。
あいつのああいう前向きな一面を俺は見習うべきなのだろうか。
そうは思いたくないが・・・。
「やぁ、キョン」
「おう、国木田」
「おはよう、どうしたの?校門で突っ立って」
「いや、谷口のヤツがな」
「あぁ、そういえば昨日たまたま駅前で会ったんだけど、その時から張り切ってたよ。今は年下がねらい目だーって言ってたからね」
「成功率0%の更新は今日も続きそうだがな」
「ははっ、まぁそうだね」
その後靴を履き替え、教室で国木田達と談笑していた。しばらくすると項垂れた谷口が教室へと帰ってきた。本人の口から直接聞いたわけではないが、どうやら成果は上がらなかったらしい。下手な鉄砲数打てど当たらず・・・、谷口の為にあるような言葉だと思った。
その後、チャイムギリギリにハルヒが教室に入ってきたのと同時に担任の岡部もやってきて朝のホームルームが始まった。どこか浮ついた空気が流れる新しいクラス。
新学年といっても、一年生の時とそれほど面子が変わった形跡が見られないのはハルヒの仕業なのだろうか、それとも。まぁ、知っている顔が多いという事はとりたてて悪いと言う事でもあるまい。

 


「そうだ、キョン」
「なんだ?」
国木田が思い出したように言った。
「昨日佐々木さんにも会ったんだ」
「佐々木に?」
「そうそう、彼女凄いね。なんでも学校の選抜大使かなんかに選ばれたらしいよ」
選抜?大使?なんじゃそら。

 

国木田の後から現れる影

その影はいきなり大きくなったかと思うと
「ちょっと!キョン!話があるからきなさい!」
ぐ、ネクタイ引っ張るのだけはやめてください。
「生徒会対策よ!」
とか言って、何やら紙とペンを持たされた俺達は前回以上にひいひいいいながら機関紙を発行したり。
野球大会ならぬボーリング大会(これなら少人数でも大丈夫だろ)に参戦したり。
相変わらずハルヒのエンジンは新学期早々から一分の迷いも無く全開だった。
度重なるイベントに、たまにはブレーキをかけた方がいいんじゃないかと、俺が愚痴を零すと
横でニヤケ顔の古泉が
「涼宮さんらしくていいじゃないですか」
とか言うのだ。まぁ、確かに。その方がハルヒらしいよな。あいつはそれでいいんだよ、俺は振り回されているくらいで丁度いいのかもしれない。
長門は長門でずーっと読書に没頭してるし、部室専用のエンジェル朝比奈さんは--ああ今日もトテモ素晴らしいです。
最近じゃメイド服以外にもナース服とかチャイナドレスとか、警察の制服とか(どっからそんなもん買ってくるんだ)を見事に着こなしている朝比奈さんには、もはやどんな賞賛を持ってしても値しない気がしてきた。
そんな朝比奈さんを気の毒に思うのだがしかし、これはこれで、この状況を楽しんでいる俺がいるわけで。そういう意味では俺もハルヒの共犯と言わざるを得ないかもしれない。すみません、朝比奈さん。

 

 

そんなこんなで、まぁ。
アクセルを踏むどころか、ペダルが壊れて戻らないというか、新学期だろうが何だろうがそんなハルヒはハルヒで健在なわけで。
SOS団の活動もあり、俺達は時間の経つ事すら忘れる様なくらいに忙しい日々を過ごしていた。
いつの間にか、桜が開花したというニュースが流れてから3ヶ月くらいが経っていた。
その間には花粉症がどうのこうのと世間を騒がせているみたいだったが、幸いうちの家族はそれとは無縁な生活を過ごしていた。
しかし、なんでも花粉症というものは人間の食生活や生活習慣と深く関わりがあるらしく、誰にでも発病する可能性があるというニュースを昨日見たばかりだ。
その日の朝食には、お袋がさっそく買ってきたヨーグルトが登場し、俺はこのヨーグルトが家族を守ってくれる救世主になる様に深く願った。たのむぜヨーグルト、なーんてな。

 

その日の朝も快適だった。
目覚ましのセットしていた時間より1分前に目覚めた。おはようございます、と、背伸びをすると、カレンダーのマル印に目が行った、今日がその日だと思うと、少々の緊張感に襲われた。もっとメランコリーな気分になるかと思いきや、どうやらそうではないらしい。まぁ、ダメで元々だしな。リラックスしていこう。

国木田に協力してもらいながらここまで来たが、どうも俺にとって「テスト」というのは鬼門であり、それは今回も例外ではなく、あまり手応えの良くないテストのデキ次第で合否が決まってしまうわけなのだから、緊張するのも仕方無い事だろう?


1年生から2年生へと無事に進級した俺たちは、いつもながらにお約束の通学路を通り、いつもながらに授業を受け、SOS団では普段と何も変わらぬ非日常を過ごしていた。
何も変わらぬ非日常、などという表現だが。日常ではなく、非日常と書いたのはあながち間違いではない。そりゃそうだろう、なんだってこの猫の額ほどの文芸部室と言う空間には、未来人、宇宙人、超能力者が一同にかいしているのだ。
それに何より、涼宮ハルヒという存在、SOS団をSOS団たらしめている存在だが、ハルヒがいる事により、もっとカオスに。当たり前の事だが、もはやこの空間は日常という言葉には相応しくない空間になっていた。
それはいつかの俺が望んでいたことであり、ここにはむしろ心地よさすら感じられていたのだが。

2年生へと進んだ俺にとって、本日ある転換が訪れようとしていた。
いつかの谷口の言葉に感化された--いや、まさかな。まぁ、確かに。谷口には感謝するべきなのかもしれないけれど。

 

昼休み、職員室で聞いた岡部の言葉をそのまま復唱しよう。
「よく頑張ったな、キョン。合格だ」
担任まで俺の事をキョンと呼んだのは、この際どうでも良い事としよう。
俺は嬉しさで有頂天だった。有頂天ホテルだ、乱闘だ、乱闘パーティーだ。
いやすまん、少し取り乱した。


これ、手続きは済んでいるからな。と、岡部から渡されたパスポートに写る自分の半開きの目を見て、どうしてこんな写真が採用されたのかと我ながら自分の目を疑っていた。
いやしかし、実感と言うものはすぐには沸かないものである。
甲子園優勝投手、M-1チャンピオン、宝くじに当選した人。まぁ、少々大袈裟な表現かもしれないのだが今の俺の気分に似ているのかもしれない。
甲子園に行ったわけでもないし、漫才ができるわけでもなく、ましてや宝くじなど買ったことはないのだが。

 

教室に戻り。
今まで協力してくれた国木田に礼を言うと
「頑張ったのはキョンだよ、僕は何もしていないから」
などと、実に歯がゆい返答を返してくれた。
頬がつい緩んでしまう。
ありがとう、国木田。半分はお前のおかげだ、いや。実際半分以上お前のお陰かもしれん。

 

なんだか、午後の授業が上の空だった。
後の席のハルヒからは
「キョン?なんなのよ、気持ち悪い」といわれてしまったけれど
こんな時なんだ、鼻歌の一つでも歌ってもいいだろ。

 

だから。この事を話さなければなるまい。
まず、何よりハルヒに。

 


 


「何よ、折り入って話したい事があるって」

 

ハルヒは、不機嫌なのか照れているのかよくわからない声で俺に質問した。
決意を胸に、俺はその日の放課後、SOS団の活動が長門の本を閉じる音で終わると同時にハルヒを非常階段の下---つまり、誰も来ない静かな場所に呼び出した。
第三者的な目線から見れば、まさにこの状況は、なんとも青春ドラマ的だと思う。
こんな場所で男女が二人きりになるなどという事はつまり、ドラマの中では、すなわちお約束なシーンで、お約束な言葉を言わなければいけないのだろう。
などという事を、考えていた。

 

「まぁ、大事な話なんだよ。ハルヒ、お前に一番最初に話しておこうと思ったんだ」
俺はハルヒに向かって言う。
「も・・・、もったいつけずに話しなさいよ!!いいわ、特別に聞いてあげる!」
ハルヒは腕を組みながら言った。自身に満ち溢れている表情、ああ、いつものハルヒだ。
そのことに一先ず安堵し、次に俺の胸を落ち着けた。
「あのなハルヒ、俺・・・」
「ちょ、ちょっと待って!」
言いかけた言葉、両手で俺を制するハルヒ、一体なんだと言うのだ、さっきもったいぶらずに話せって言ったじゃないか?
「こ、心の準備が必要じゃない」
そうか?
「そうよ。そ、…それにキョンも落ち着く必要があるんじゃない?」

 

 

 

そうするとハルヒは2回3回大きく深呼吸をして、いいわよと言った。
そうかそうか、そんなに俺の事を心配してくれるか。
「そ、そうよ!団員の事を心配するのは、団長だけの特権なんだからねっ」
相変わらずハルヒはハルヒだ、俺はそんなハルヒの様子に安堵した。
これならば、今の俺の気持ちを打ち明けても大丈夫だろう。
そう、桜も散ってしまい、葉桜へと姿を変えた頃に決意した気持ちを。
16歳から17歳へ移ろうかという時の、思春期というより、青春まっさかりの気持ちを。
どうしてもハルヒに一番に聞いて欲しかった。
聞いて欲しかったんだ。
それは、俺のエゴなのかもしれないけれど。
他の誰でもない
朝比奈さんよりも
長門よりも
古泉は、まぁ入れてやってもいい
国木田は協力してくれたからな、谷口はこの際論外という事で。
誰よりも、ハルヒに。
俺の気持ちを、知っておいて欲しかった。

 


「あのなハルヒ。俺、留学するんだ」

 


 

 

一陣の風が通り過ぎた。

一瞬目が痒くなった様な錯覚に陥り、花粉症になったのではないかという思考を巡らせたが、そんな考えは一瞬のうちに消えてしまった。
えらく、長い時間が過ぎたと思う。
校舎の大時計は7を指していた。
6月も終わりといえど、この時間になると結構暗くなるものだ。
俺の言葉はハルヒに届いただろうか。
二人の間になんとも言えない空気が流れる
ハルヒに、笑われるだろうか
それとも、祝福してくれるのか
どちらにせよ
俺から伝えるべきことは、伝えた。

 

「いう事って、りゅ・・・、留学?キョン、あんたが?」
ハルヒはただ、驚いていた。
ああ、そうだろう。それが当然の反応なのかもしれない。当たり前といえば当たり前の反応だ。
俺がハルヒの立場だったら間違いなくそうするだろう。
まさか万年成績最下位の座を谷口と争っている俺がこんな事を言うなんてのは、夢にも思わなかっただろうからな。
酔狂と捉えられてもおかしくはないだろう。
そうだ、でも。


俺は留学するんだ、中国にだ。
「ちゅ、中国ってアンタ、あのチャイニーズな国でしょ?海を越えた向こうにある国じゃない?」
ああ、そうだぞ。
ニーハオ、シェイシェイ。中国語の勉強も少し始めたんだ、向こうに着いてから大変だからな。

 

「そんな…、そんな事って…」
ハルヒは下を向いて何か呟いている。
俺にはそれが聞こえないが。
・・・、喜んでは、くれない、・・・か。

 

 

やや空いて

 

 

「それでな、SOS団の事なんだが…」

 

一番大切な事を話そうと思った、その時

 

「お…、めでとう!!」
「へ?あ、あぁ。ありがとう」

 

ハルヒは今日一番の大きな声で祝福してくれた。
俺は一瞬の事で変な声しか出せなかったのだが
次の瞬間ハルヒはくるりと反転し、全速力で駆けて行ってしまった
俺は、ただその光景を後から見ているだけだった。
俺は追えなかった。

どうしてだろう。
嬉しい反面、寂しいという気持ちになった。
ずっと思っていた事なのに。

言うのが遅くなったのは素直に謝ろう、すまなかった。
新学期が始まって、募集を開始した留学の事。
それに目が留まり、興味を惹かれ、応募した事。
国木田に勉強をみてもらっていた事。
決してダマそうと思っていたワケじゃないんだが、ギリギリまで黙っていてハルヒを少し驚かせたかったという思いもあった。
結果的に、俺の目論見は成功に終わった。

 


ハルヒは、
泣いていたけれど。

 

 

 


マナーモードにしていたケータイに着信
’古泉一樹’と表示され、なんとまぁ、通話する前から大筋の用件がわかるタイミングで電話をかけてきたものだと思った。

 

『もしもし--マッガーレこと古泉一樹です、いっちゃんってよんd』
四番じゃなくて、呼ばん。なんだよ、今忙しいんだよ
『それはご愁傷様です、実は先程ここ半年で一番巨大な閉鎖空間が発生したのですが。何か心当たりは?』
・・・
『あるのですね』
まだ何も言ってねぇだろ
『そうでした、今僕も新川の車で向かっている所なのですが』
それがどうかしたのか
『前にも言いましたが、閉鎖空間は涼宮さんの気持ち一つで発生するものです。あなたにもご理解いただけているかとは存じますが』
あぁ、嫌になるほど
『そうですか、それならば話は簡単です』
・・・
『SOS団の活動の後、二人で非常階段に残った涼宮さんと何があったのか、僕は知りませんが』
なんだよ、俺が悪いと言うのか
『責任論を押し付けるつもりはありません、しかし、二人の間に何か誤解が発生しているならばまずそれを正すことが大切なのでは?おっと、現場に着きました、それでは、生きていたらまた会いましょう』

 

ガチャ……・・・ツー…ツー…

 


誤解ってなんだよ。
俺は、ハルヒに喜んでもらいたくて。
なのに、あいつ。
何を泣いてるんだよ

 

電話が来る前から学校を手当たり次第探しているが、ハルヒの姿は見当たらない。
ケータイも出ない、あいつの行きそうな場所を考えたが多すぎて見当もつかない。

---いや、心当たりはあった。

 

走り出した。
そりゃもう、生まれてから今まで一番早かったんじゃないかと思うくらいに。

 

 

 

いつかこんな話をした事があった。

それが一体、いつなのかは記憶が定かではないが。

 

 


「ねぇキョン」
「なんだ?」
「あたしね、運命とか信じないの」
「どうしてだ?」
「だって、そんなチンケなものに頼っているなんて、なんだか恥ずかしくない?私の人生は私が切り開くのよ」
「ははっ、ハルヒらしいな」
「あんたはどうなのよ」
「うーん、どうだろうな…」
「キョン?」
「少なくとも、俺はハルヒや長門、朝比奈さん、古泉達と一緒にSOS団に居れて良かったとおもうよ」
「少なくともって何よ」
「まぁ聞けよ」
「仕方ないわね、聞いてあげるわ」
「お前が居てな、横で長門が本を読んでるんだよ。そんで古泉が俺にオセロでボロ負けしてるんだ。それで俺は朝比奈さんのお茶を飲みながら、ああ、今日も良い一日だなって思うわけだ」
「・・・」
「だから、ハルヒには感謝してる」
「なっ・・・!」
「どうした?」
「な・・・、なんでもないわよ・・・」
「そうか?」
「そ、そうよ!」
「うん。だから、これはひょっとしたら運命なんじゃないか、ってな。たまにそう思うんだ」
「・・・ばか」
「へ?」
「あー・・・、もう。バカキョン」
「ひ、人が真剣にだな」
「・・・ちょっと、カッコいいじゃない・・・」
「ん、何か言ったか?」
「な、何も言ってないわよっ!!」

 


 

 

いつかの公園。
いつかの記憶に、ハルヒの声が重なる。


「やっぱり、ここに居たか」

ぜぇぜぇ、と肩で息をしながら。
ブランコに乗ってる黄色いカチューシャに声をかけた。
声に反応したのか、少し肩が上がる。
俺は息を整えようと、深呼吸をした。
気がつくと、もう日は沈んでいた。

 

「なによ」

 

振り向いたハルヒの目は充血していた。
・・・、泣かせてしまったのだろう、俺が。
色々な思考が巡ったが
一番にすべき事があった。


「すまん、ハルヒ!」

俺は全力で謝った。
かっこ悪いかもしれないけれど、そりゃもう凄い勢いで頭を下げた。

 

 

「お前に今まで一言も相談せずに黙っていてすまなかった!お前に喜んで欲しくて、中国語の選考だってなんとか通過して。それで!いざ留学が決まって、俺、うれしくて。でも、お前の気持ちなんか全然考えていなくて!すまなかった!俺、自分勝手だよな!お前の事ちゃんと考えられなかった!ほんと、ごめん!」
口を開いたら、今まで溜め込んでいた気持ちとか想いが溢れてきた。
なんて俺はバカな事をしちまったのだろうかと、今更ながらに思う。
なんで一言くらいハルヒに相談をもちかけなかったのか
なんで、どうして。
ハルヒを探している途中に、何度も自問自答した。
本当は、見返してやりたかったのかもしれない。
俺だってやればできるんだぞという所を見せたかったのかもしれない。
男って、そういう生き物だろ?
特に、す・・・、す・・・好き・・・な、女の子の前ではさ。


「なによ・・・、バカキョン・・・」
ハルヒも我慢していたものが溢れたのだろうか
その大きな瞳に涙をたくさん貯めていた
「バカ・・・、キョン・・・。あんた、よかったじゃない・・・私、嬉しかった。でも、キョンが私の前から居なくなるって考えたら恐くなって・・・、それで逃げたの・・・、ごめんね、怒った・・・?あたし、キョンが居なくなったらまた中学の時みたいに一人ぼっちになっちゃうかと思って…恐くなった。恐くなったの」

 

肩が震える。
「お前は一人なんかじゃない!!」
叫んだ。

 

「お前には、長門だって朝比奈さんだって、古泉だって、鶴屋さんだって、国木田だって谷口だっているじゃないか!」
「キョンじゃなきゃだめなの!キョンじゃなきゃ・・・だめなの・・・」

「・・・っ!!」

 

あぁ、やっぱり俺は大ばか者らしい。
何が格好をつけたかっただ、ハルヒの一番そばに居た癖にハルヒの事を一番わかっていなかったのは俺じゃないか。

 

「ハルヒ、・・・すまん」
「キョン・・・キョン」

 

現実に女の子を、抱きしめた事なんてなかった。夢の中の出来事なんてのはノーカウントだからな。
だから、どうしていいのかわからなかったけれど、ただ、なんとなく知ってはいたんだ。
いつかドラマで見たみたいに、ハルヒの背中にそっと手を添えた。

 

胸の中で、ハルヒの温もりを実感した。
普段は存在感の塊みたいな感じなのに、こうしてみると意外と小さいんだな
「バカ・・・、あんたが大きいからよ」
涙まじりの声で、上手く聞き取れない。
すまん。
「ねぇ、キョン」
なんだ
「あたしね」
ああ
「キョンの事」
うん
「好き」
そりゃ奇遇だな

 

 

「俺もハルヒの事が好きだ。世界で一番、な」

 

「・・・バカ・・・、大好き・・・」

 

 

 

 

「わざわざ見送りなんて来なくてもいいのに」

 

俺はお袋と妹以外の4人に向かって言った。

 

「そういうわけにはいかないでしょ?あんたにはSOS団中国特使としての重責があるんだからねっ!!」
ハルヒ。
元気でな
「あ、あんたもね」

 

 

「あ・・・あのぅ・・・キョンくん!がんばってくださいねっ!!」
両腕でガッツポーズを取った朝比奈さん
はい、帰ってきた時は朝比奈さんのお茶、楽しみにしてます。
あ、でも、もう卒業・・・
「うふっ、大丈夫ですよ♪」
あれれ?
目の前がピンク色に・・・
「ちょっと、キョン?」
はっ、いかんいかん。

 

 

「僕も微力ながらサポートさせていただきますよ、中国には親しい友人が居ましてね、その人物・・・」
謹んでお断りする
「それは残念です」

 

 

「・・・」
長門、行ってくるよ
「そう」
もしかして最初から知っていたのか?
「・・・教えない」
そうか、俺の居ない間、ハルヒをよろしく頼む。この通りだ
「了解した」

 

 

それじゃ、行ってくるよ。
「キョンくーん、お土産まってるよー」
お兄ちゃんって呼びなさい!

 

 

お袋、行ってきます。
「立派になって帰ってくるんだよ」
ああ、病気なんかするなよ。

 

 

飛行機がハイジャックされないかと最後まで心配してくれたハルヒ。
飛行機が墜落しないかと最後まで心配してくれたハルヒ。
愛しい人。
愛すべき人。
ちょっと待っててくれよな、一年なんて、あっという間に過ぎるさ。

 

 

 

 

下宿先で、ハルヒそっくりの人物と一年間を過ごしたのは、また別の話になる。

 

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最終更新:2008年03月29日 00:32