『…ウ~~!!…』
 
 ここは…どこだ。
 毎朝の目覚ましよりキツいハルヒの怒鳴り声のようなサイレンに耳を痛めながら、俺は地面から体を起こした。
ここで注目すべき点は、なぜ俺が地面に横たわっていたか、だ。
俺は、夢遊病と診断された覚えはない。なんて冗談はなしにして、俺が置かれている環境から考えれば答えは一つ。
 
「…ハル…」
 
 ハルヒ…と言うつもりだった俺は、口をあんぐりと開けたまま現状を理解した。そして、自分でも気付かぬ間に走り出していた。
 
 
 
「キョンたーん!!!」
 
 
 
とりあえず逃げよう、と。
 
あれは何だ!一体何なんだ!
 
 例の物体から とりあえず 逃げ切れた俺は、一、二度深呼吸をして心を鎮めた。
しかし、あんなものを見た直後に落ち着けと言う方が無理な話だ。何せ…
仮面のみを体に装着した古泉に追いかけられたんだからな。
 
「あんなもの…起きてすぐに見るもんじゃない…。」
 
俺はよく吐き気が起きなかったな、と自分を誉めつつ辺りを見回した。
 
 
 数十分…辺りを警戒しながら街を散策したが、どうやらここは閉鎖空間ではない…だろうという事がわかった。
完全に言い切れなかったのは、空が灰色ではなかった事と、俺と先程の変態仮面以外人がいなかったからだ。
もしここが閉鎖空間だとしたら、空が灰色じゃないとおかしいし、古泉が任務もやらずに開放的になるのは理解しがたい。
それに…奴と二人と言う事は、現実世界に戻るにはあの変態仮面と例の動作をしなければいけなくなるからな。
 
「さて…これからどうするべきか。」
 
 俺は近くにあった公衆トイレの個室で、ヤンキー座りをしながら頭を捻っていた。因みに、アレ捻りだしていたわけではない。
この世界で本当にあの変態仮面と二人だとすると、事情を知っている可能性があるのは奴だけだ。
しかし、機関なる組織の人間である奴を、俺のような一般的庶民が取り押さえるのはかなりのハイリスクだ。
まぁ、同年代の同性…しかも同性愛疑惑のある奴と接触したくないのが本音だがな。
 
 しかし何かおかしい。と俺の本能は叫んでいた。
なぜハルヒがいないのか。
なぜ長門もいないのか。
ついでに朝比奈さんもいないし、古泉に至ってはは究極的に変態だ。
 
…いつも、誰かが何とかしてくれてたんだな…
 
 ずーっと前から気付いていた筈の事が、今頃になって深々と胸に突き刺さった。
もし現実に帰れたら、もう少しハルヒに優しくしてやろう。
長門のために設備のいい図書館を探してやろう。
朝比奈さんはいつも通りよいしょしてあげて、古泉は…
 
 
「キョンたーん!どーこでぃーすかー!」
 
 
古泉は殴ってやろう。
 
 
 まさかこんなに早く再遭遇するとは思っていなかったが、気持ちの整理も出来たし丁度いいと思った。
しかし、俺がトイレの窓から外を覗き見ると、そこには信じられない光景が広がっていた。
 
 
「ふんもっふ!」
『キョンたんどこー?』
「唸れテドドン!」
 
 
いやいや。俺は動揺し過ぎて幻覚と幻聴が同時に起きてるに過ぎない。きっとそうだ。
 
 
『キョンたん!WAWAWAって何?』
「セカンドレイド!」
『パーソナルネームキョンたんを同性と判定。当該対象との生殖的情報連ケツを申請する。』
 
 
なんで三人いるんだ。Why?あいつ細胞分裂出来たのか?クローン人間なのか?
まさか、公衆トイレだから世界に三人いるという同じ顔をしたホモ古泉が集まったのか?
 一般的庶民x1対謎の組織のホモx3では明らかに俺が不利だ。そう判断した俺は、反対側から外へ抜け出し、三人の様子を観察した。
一人目は仮面を外して、大事そうに手入れをしていた。そんなに大事なのか。もし捕まったらアレを壊せばなんとかなるかもな。
二人目は…なんだ。アレをしていた。世の中の男が夜十時辺りから数回やるであろう摩擦運動だな。というか、公園でやるな。
三人目はなぜか化粧直しをしている。まさか近年のオカマブームに乗っかって、部室で「どんだけ~!」とかやらないだろうな。
 
 
「………遅れた。」
「ひょうっっ!!!」
 
 目の前で群れるホモの生態系を観察するのに注意を払いすぎて、突如背後からした声に変な声を出してしまった。
幸い、ホモ達は連結作業に忙しいらしく、こちらには気付かなかったようだ。結果オーライ。
 
「長門。急に声をかけてくれるなよ。心臓に悪い。」
「ごめんなさい。」
「いや。まぁ、いい。長門がいてくれるだけで安心感がどっと出たからな。」
「とりあえず、ここから離れるべき。」
「おう。わかった。」
 
 俺と長門は、とある一件の家に潜伏して、辺りの様子を見ながら話を始めた。
因みに、不法侵入なのはわかっている。しかし、ここにはホモと俺と宇宙人しかいないんだ。少し寛ぐ位なら罰はあたらないだろう。
 
「長門。今回の騒ぎは、一体誰の仕業だ。俺はハルヒじゃないと思うんだが。」
「…そう。今回の一連の騒動は涼宮ハルヒが起こしたものではない。」
「やっぱりな。しかし…じゃあ誰なんだ?まさか、急進派の新手の攻撃じゃないだろ?」
 
 俺は何の気なしにそう言っただけなのだが、長門は少し俯き何かを考えているようだった。そして、数秒の後
 
「……あなたは知らない方がいい…。」
 
と、窓の方を向いてそれ以上は聞くな。というオーラを出していた。
しかし、俺はいつも通り何も知らない無知な一般的庶民。それではまた任せきりにするだけだ。そう思った俺は
 
「いや…。教えてくれ。頼む。」
 
しかし…その後長門の口から出た言葉は、俺を驚愕と困惑の渦に巻き込む言葉だった。
 
 
 
「……閉鎖空間を出現させられるのは、涼宮ハルヒ一人とは限らない。」
 
 
 
「…ち、ちょっと待ってくれ。まさか…いや。そんな…」
「間違いない。涼宮ハルヒは今回の件に関わっていない。これは紛れもない事実。
そして、涼宮ハルヒのそれとは多少異なってはいるが、ここは閉鎖空間。導かれた答え。それはつまり、二人目。」
「…佐々木、なのか。」
 
長門は俺を真っ直ぐ見つめ、そして頷いた。佐々木が世界を変えるとは夢にも思っていなかっただけに、相当なショックだ。
 
「しかし、なんで佐々木がそんな事をするんだ?なぜ俺が変態仮面の古泉擬きに追われにゃならん。」
 
「……彼女は腐女子。」
 
 佐々木…高校で何があった!お前はそんな奴じゃなかった筈だ!
 
(僕は、恋愛は一種の精神病だと思うよ。)
 
…まさか、そういう意味だったのか?いやいや。それはない。断じてない。ない筈だ。頼む。
 
「全てはあなたが見た通り。」
 
…帰ったら、佐々木を腐女子にした奴(橘辺り)を潰しに行かないとな。
 
「まぁ…ここが佐々木の閉鎖空間という事はわかった。だが、そうすると俺はどうやったらここから出られるんだ?」
「この閉鎖空間は通常空間との時間の流れが違う。通常空間一時間に対して、この閉鎖空間では約1日分に該当する。
彼女が起きるのが閉鎖空間の消失の鍵ならば、あなたはあと7日間。彼等から逃げなければならない。」
 
「…なぁ。」
「…?」
「長門はいてくれるんだよな?」
「………。」
「長門ォォォ!!」
「ユニーク。」
 
 勘弁してくれよ。こんな男率ほぼ100%の北斗の拳のような空間に俺一人なんて、狼の群れの前に羊が一匹でいるようなものだ。
しかし、いてくれるようで何よりだ。狼も、ライフルや手榴弾を使いこなす筋骨隆々の飼い主がいたら羊に手は出せないだろ。
 
 
「…気付かれた。」サラサラ
 
「…ん?え、ちょっ…は?待て待て!」
「頑張って。」サラサラ
「おい!長門!」
 
…まさか、こんなに早く長門と別れるとは…あと6日間…羊は狼から必死で逃げなきゃいかんな。
それにしても長門よ。人差し指と中指の間に親指挟むやつ…あれ『GOOD!』のジェスチャーとは全く意味が違うからな?
 
 突然だが、あれから四日が過ぎた。つまり、今日は五日目にあたる。なぜ四日も省略したかと言うと、本当に何もなかったからだ。
 俺が道路のド真ん中を歩こうが公園でひなたぼっこしようが、変態仮面は現れなかった。
もしかしたら、フィールドが広すぎてわからなくなったんじゃないか?なんて考えもさっきまではあった。
 
本当にさっきまではそう思っていた。
 
 
 ホモ古泉の繁殖力を計り違えていたからな。奴は…人間じゃなかった。
まぁ、閉鎖空間だから何でもありなんだろうが…。
 
 マトリックスみたいにビルの中とか道の脇が古泉だらけってのは止めてくれ。そして、追うわけでもなく、前方に道をつくるのもやめろ。
その道を逝けばどうなるものか。多分俺はホモになるだろう。
 しかし逝かねば、なるまい。背後からちょっとずつ距離を詰められてるからな。早く行けって事なんだろうが。
 
「…は?」
 
 長いキモい古泉ングロードを負け戦に向かう足軽のようにズッタラズッタラと歩いていた俺は、目の前にある北高に驚愕していた。
なぜ変態仮面達は、俺を北高に誘導(強制送還?)したんだ?意味が分からない。
まさか、残り2日だからフィールドを北高だけにしましょうとか言うオチじゃないだろうな?
 
「そのようですね。」
「…!!…やはりな。最悪だ。あと2日も古泉だらけとはな。」
「心外ですねぇ。あれは僕とは呼べませんよ。何せ、僕は僕。ただ一人ですからね。」
「あぁ。確かにな。しかし…まさかこの土壇場でお前が来るとは思ってなかった。」
 
 そう。変態仮面に誘導されてきた北高で俺を迎え入れたのは、制服をちゃんと着ている現実世界の古泉だった。
どうやら、佐々木が覚醒しそうになるたびに、この閉鎖空間は不安定になり、その隙をついて侵入してきたようだ。
 
「しかし、今回は入る以外の力が使えないようでしてね。この通りですよ。」
 
と、古泉は手のひらを上に向けた。
 以前、コンピ研部長氏の部屋で見た赤い玉のようなものを出すつもりだったようだが、それは一向に出る気配はなかった。
 
「つまり、お前も実力勝負しないといけないわけか。」
「そういう事になりますね。ところで、随分落ち着いているように見受けられますが?」
「ん?まぁな。最初の1日は最低な気分だったが長門がいてくれたし、4日間はお前の顔を見ずに済んだからな。」
「なるほど。」
 
そう言って鼻で笑う古泉に殺意を覚えながら、俺達は俺の教室に向かっていた…のだが
 
『キーンコーンカーンコーン』
 
「…まさか、な。」
「多分、そのまさかだと思われます。現に足音が…」
「古泉。」
「はい。」
「早く逃げるぞぉぉぉ!!」
「承知しました。」
 
 古泉。奴らの狙いは俺だと踏んで、自分は襲われないと思っていたんだろうな。……もみくちゃだ。
 
「アッー!助け……痛い痛い!ははは。お手柔らかにお願いしますよ!痛いですって!」
「馬鹿!馴染むな!顔面でもキ[ピー]マでも殴れ!」
「嫌です!彼等は僕なんですよ!?…だから痛いですって!」
「アホが…邪魔だ!」
 
 俺は古泉にまとわりついていた変態仮面を二、三人蹴り飛ばし、古泉を…多分助けた。尻が丸出しになってるのは内緒だ。
 
「助かりました!危うく男の園に入るところでした!」
 
 うむ。未遂に終わったようだ。それに、涙流して感謝するところを見るに、現実世界の古泉はホモではないらしい。
 
『キーンコーンカーンコーン』
 
「…はぁ……はぁ…。」
「…はぁ…げほっ……はぁ…時間か?」
「た…多分。だいじょ…うぇっほ!!大丈夫でしょう…。」
 
 俺は息を整えながら時計を見た。やった。あと数時間逃げ切れば、現実世界に戻れるじゃないか!
 
「おい!古泉!あと数時間で戻れるぞ!」
「…はぁ…よかったです。もう、自分ウンザリですよ。」
 
そんな苦笑いをしている古泉も、内心かなり嬉しいようだ。頬が緩んでるぞ?
 
「しかし、正確な時間が分からないな。」
「えぇ。しかしまぁ、逃げ切ればいいだけですし。」
「まぁ、そうだな。」
 
 そんな余裕をかましていた時だった。
 
『キーンコーンカーンコーン』
 
「古泉!段々サイレンの間隔が短くなってるぞ!俺達を休ませないつもりだ!」
「それは違いますよ!サイレンではなく予鈴です!」
「あ…うるサイレント!」
「……。」
「に、逃げるぞ!!」
「おい古泉!しっかりしろ!」
 
 機関で鍛えられていると思っていた古泉が、ここにきてスタミナ切れを起こしていた。とんだダークホースだ。
 
「ぼ、僕に構わず行って下さい!」
「馬鹿野郎!」バチーン
「痛いっ!」
「お前も一緒に現実世界に帰るんだ!そして、佐々木を腐女子にした奴(橘京子辺り)を潰すぞ!」
「……はい!」ジーン
 
 どうやら、元気を取り戻したであろう古泉と俺が最後に向かったのは、なんの因果か文芸部室だった。しかし…
 
ガチャ!
ガチャガチャ!!ガチャガチャ!!
 
「こ、古泉!大変だ!開かないぞ!」
「本当ですか!?」ガチャガチャ ドンドンドン
 
 
「ふ、ふわぁ~い!」
 
「「……ん?」」
 
 
……コンコン
 
「ふわぁ~い!!ちょっと待ってくだしゃ~い!」
 
「朝 比 奈 さ ん !?」
「開けろ!雌豚ぁぁぁぁぁ!!」ドガッ!
「ああ、朝比奈さん!なんでここに!?」
「ふぇ!?え、えっと~、今日起きたらここにいて~…」
「もっと早く喋れ!」ドガッ
「古泉落ち着け!…とりあえず、ここ開けて下さい!」
「い、今着替え中なんでしゅ~!」
 
 こんのクソアマ。俺達が掘られたら掘り返してやる。
 
「いいから開けて下さい!ビンタでも甘んじて受けますから!」ドガッ!
「だ、駄目でしゅ~!」
 
「……どいて下さい。」
「…古泉?」
「 ふ ん も っ ふ !」ゴシャッパウア!
 
 古泉はやはり機関の人間だな。小さくなっても頭脳は同じな彼の幼なじみのような蹴り。見事だ。
 
「いやぁぁぁぁん!見ないでぇぇ!」
「すみません!でも見……こ、古泉。」
「え!?何?どうしまし……」
 
 
しかし…
俺達が見たのは朝比奈みくるではなく…
朝比奈みくるの声をした変態仮面の古泉だった。
 
 
           BAD END
 

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最終更新:2020年06月06日 22:24