「で?」

 土曜午前、恒例の喫茶店でのミーティング。
 シナリオ通りの反駁を、団長様から頂く。他のメンバーはと言えば、ハルヒが声を荒げたその時こそ身構えはしたものの、話の概要を察知するや否やどうやら大して労することなく御せる問題だと判断したのかすぐに落ち着きを取り戻し、今は落ち着き払って、しかし、隙なく話の展開をうかがっていると言った風情である。
 正直、晒し者にされているようで気分は非常によくない。

 

「つまり、あんたの懐具合が厳しいから、この一番の遅刻者がおごるという制度はやめにしたいと」
『…そ、そうだ』

 俺にしては、よく言い出せたほうである。なんと言うか、例えば体育の授業で柔道なり剣道なりをする際、だいたい最後には練習試合としてクラスの中で組を作って試合をするが、その時に剣道部や柔道部といった経験者と組んだ時の感覚と言って伝わるだろうか。
 
 つまり、向き合った瞬間に、『ああ、勝てないな』と悟るあの感覚だ。戦いが始まる前の、相手の佇まいからすでに「格」が違う事を思い知らされる。目標より遥かに難易度が高い学校の入試の過去問を見たときのような絶望感。手の付けようがない。
 俺はハルヒに何かを提案しようとする度に、そして、こいつのこの形のいい大きな瞳に見つめられる度に、それを味わう。
 
 俺の1の言葉に対し、こいつは10の反論を返してくる。そして、その10の反論の一つ一つは全て理が通った、隙のないものであり、かつすべてを弾き飛ばす勢いに満ちている。更には、こいつは俺がしどろもどろに吐き出した要領を得ない提案をわざわざ自分の言葉で非常に明確に定義し直した上で、かつそれを俺の目の前で理路整然と否定するような事までやってのける。
 そんなことが何度か繰り返されたら、自分から意見を述べる事をためらうようになってしまうのは責められる事だろうか?そんなことはあるまい。

 

「ふぅん、そうなんだ…。でもさ、こういうペナルティなしで、あんた待ち合わせに遅れないで
来よう、って気になるの?」
『いや…』
「いや?」

 わからない。ここで、何と答えていいのかわからない。
 どんな答えをしたら、この後のハルヒの丁丁発止の突っ込みを、切り抜けられるかがわからない。そもそも、俺は待ち合わせの時間自体には遅れてきている訳ではない。しかし、そのごく真っ当に思える論拠すら、口に上らせてしまった途端にハルヒの魔法のような論理展開によっていともた易く引っ繰り返されてしまいかねない。そう思うと、何も主張する事ができない。

「そう… って言うかさ、あんた月の小遣いいくら貰ってんの?」
収入と言う、最も敏感なプライバシーになんの躊躇いもなく手を突っ込んでくるハルヒ。
こいつに踏み込まれてしまうと、一切の抵抗は許されない。

『い、1万、ぐらいだ』
 嘘だ。本当は6000円だ。この額が多いか少ないかは、人と比べた事がないからわからない。しかし、俺、と言うより俺の親父の名誉のためにも、もし世間並みより少ない額を貰ってるなんて事ならそれは表沙汰にしたくない。だからつい大目に言ってしまう。

 

「キョンの癖に結構もらってんじゃないの。あたしは1万2000貰ってるけどね。とりあえず、それだけ貰ってるなら月に2~3回は払う余裕があるんでしょ?だったらもう少し早く集合場所に来るようにしなさい。じゃ、これでこの話は終わり。組分けするわよ」
 結局、今回も俺の抵抗はなんの用も為さずに終わった。しかも、またひとつハルヒの行為への正当性を与えた形で終わった事になる。しかし、あいつ俺の倍貰ってんのか…家が金持ちっぽいもんな。
それにあいつぐらい成績もよければ親もそれぐらい出そうと言う気になるのかも知れん。ハルヒと引き立てて、俺の存在の小ささを思い知らされる。

 

その日の午前の組分けは、古泉と二人きりだった。いつもなら余り歓迎しない組み合わせだが、今日はあまり口を利かなくていい分ありがたい。古泉と連れ立って歩きながら、自分の人生の将来と、現在置かれている境遇について思いを馳せる。

 

「失礼ですが、お金に困ってらっしゃいますね」
無論そうだが。もしかして、お前の組織とやらでこの金を持ってくれるとでも言うのか?


「勿論ですよ。あなたが一向に持ちかけてきてくれないから、長門さんから何か援助を
受けていると思っていたんですがね。しかし、そう言う事ならお力になれます。」


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