「ぅ上野発の 夜行列車 ぉおりたときから~」
 眉間には刻み込まれたような皺、すがり付くように握り締めるマイク、
俺と二人きりのカラオケボックスで、長門は本日数曲目のリクエストを熱唱している。

事の始まりはある日の不思議探索午前の部、長門と二人組になった俺が
『今日も図書館でも行くか?』
と聞いたところ、
「むしろカラオケ」
と答えられたのがきっかけだ。

「時間の経過とともに他との調和を保ちつつ変化する情報群、それはまさに宇宙の理想的な抽象形態の一つであり、
 情報統合体の活動に対し高い親和性を持つ」
「それは私たちインターフェースに対しても同様。ノイズやゆらぎを膨大に含む有機体との接触によって蓄積された
 エラーはそれらの活動をより単純、純粋に抽象化した情報群、一般に呼ばれる所の音楽に触れることによって解体、
 再構成を効率的に行うことができる。」
「したがって、私たちインターフェースは定期的に音楽に触れることにより、システムのメンテナンスを行うことが、
 活動を効率的に行なう上で推奨されている」

 と言ったわけで、それから後俺は不思議探索で2人組になったり、あるいは長門と二人だけで会わなくては
いけない機会などはカラオケボックスを用いる事にしている。ここなら人目にもつきにくいし、何より長門が喜ぶ。
 長門の歌は、まあやはり人間でないだけあってか相当うまい。知らずに聞いたらCDか何かかと思うほどのクォリティだ。
 しかしそれよりも俺にとって貴重なのは、この感情をあらわにした表情の長門を間近で見れるという事だ。
たまったバグの解消をしていると言っているが、つまり人間にとってのストレスの発散なのだろう。日頃あれ
だけクールを貫き通しているせいか、マイクを握った長門は溜め込んだ感情をすべて吐き出すかのように声を絞り出している。

 ところで、俺自身はカラオケに対してあまり積極的ではない。それは圧倒的に上手い長門が歌った後で自分の歌を
披露する気がひける、と言った事情もあるが、そもそも俺はあのカラオケの、人が歌っている間にカタログを開いて
自分の歌を選ぶ、という行為が受け入れられない。とは言っても、誰かが歌い終わってから選ぶのでは時間ばかり食うし、
それに多人数で行った場合には入力が混み合う。そう言った煩雑な経験を何度か繰り返した後、俺はカラオケに対し消極的に
なってしまった。たまに付き合いで足を運ぶことが会っても、その時は今回と同じように人の歌に耳を傾ける事をもっぱらにしている。

「冬景ぇ色ぃ~」
長門が歌い終わった。歌い終わるやいなや、すぐにいつものクールフェイスに戻る。
汗に濡れた前髪をかきあげ、注文したコーラをプラスチックのコップから啜る。宇宙人とはいえ、熱唱すると喉は渇くらしい。
『長門、演歌以外は歌わないのか。お前演歌専門だな』
 そのとおり、長門は演歌専門だ。初めてカラオケボックスに行ってからと言うもの、こいつが宴会以外をリクエストするのを
見たことがない。
リクエスト曲を消化し終わったのかカタログを繰る長門に聞いてみると、カタログから目も離さず答えた。

「インターフェースごとに親和性の高い音楽は異なる。喜緑江美里はクラシック、朝倉涼子はユーロポップを嗜好していた。
 これはどちらのジャンルが優れている、という問題ではなく、各インターフェースの個性。」
「ただし、私自身が持つ彼女たちへの解釈を齟齬を恐れずに言語化すれば、あれは俗物根性丸出しのスノッブ趣味。私は、
 この文化圏でのエートスを最も効率的に表現できるジャンルとして、いわゆる演歌を嗜好する。」

……それなりの事情があるんだな、と俺は自分が注文したウーロン茶に手を伸ばすと、突然逆向きに持たれたマイクが
俺の鼻先に突きつけられる。

「二人でこうした施設に来るようになって以来、あなたは一度も歌っていない。会計はいつも割っているのだし不公平。
 あなたも歌うべき。」

白い腕でマイクを差し出しながら、長門は真っ黒な瞳で俺を見つめる。

『いや、俺は別にいいんだよ。歌うこと自体そんな好きじゃないしさ、それにお前があんなに上手く歌った後だと気がひけてな』
『あと、俺の好きな歌って洋楽が多いからさ、聴くのは好きでも自分じゃ歌えないって言うか、あと、
 お前の歌ってるのを聞いてるだけでも十分楽しいから』
「嘘」

長門は、黒曜石のような瞳で見つめ続けながら言い切った。

「それは嘘。あなたは嘘をついている。」
『いや、嘘じゃない、俺は本心から…』
「嘘。あなたには、人生のテーマソングとも言うべき程に愛した歌がある。」
「ドラゴンボールZの主題歌、『CHA-LA HEAD-CHA-LA』あなたは今までの人生で、1、2番のフルコーラスで86回、
 1番のみで3,627回、出だしのイントロなら5,879回、サビの部分を口ずさむだけなら12,589回この歌を歌っている。」
「入浴中、自転車運転中、古泉一樹とのゲーム中優勢な時、美術の時間中作業に没頭している際、あなたはこの歌を好んで口にする」
「ヒューマノイドインターフェースは歌によってバグを除去すると説明したが、それは人間の精神もほぼ同様。好きな歌を歌うことに
 よってフラストレーションを解消できる効果は大きい。」
「あなたは、涼宮ハルヒとの活動の中で抑圧している感情が少なからずある。ここで歌って発散すべき。」

カラオケマシンのモニターが変わった『CHA-LA HEAD-CHA-LA 作詞:森雪之丞 作曲:清岡千穂』こいつ、入力済みか…


チャカチャカチャチャカチャカチャッチャ テッテレ、ッテッテッテテレテーケテーX2 デーテテー♪
  
『ひ、光る雲をつきぬけ fl…』
伴奏が止まった。長門が中断ボタンを押したのだ。
「全然駄目。0点。自分を作ってる。もっと素直な気持ちで歌うべき。歌に失礼。」
「最初から」

『光る雲をつきぬけ fly away-』
「駄目。日本の歌なんだからカタカナ発音でいい。英語赤点の癖にこんなときばかり気取る必要はない。』

『ひ、光る雲をつきぬけ フライアウェー!』
「まだ駄目。15点。何を気取ってるの?私はあなたの肛門の皺の数から昨晩の自慰の数まで把握している。
 あなたの母親よりも、あなたについてはよく知っている。そんな相手に対し自分を飾るのは全くの無意味。」

『…ひぃかる、雲をつきぬぅけ フライアウェー!』
「声が涙声。歌は笑顔で歌うべき。やり直し」

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「そろそろ時間なので今日はこの辺で。あと、次の時までに腹筋毎日100回やって来い」
『……』

俺のちっぽけなプライドがこれまでかとばかりに踏みにじられた小1時間後、俺は涙でびっしょりな顔と力の入らない膝で、
背筋を伸ばして後ろも振り返らずに歩いてゆく長門の後をとぼとぼとついていった。
次の探索は来週土曜、長門は情報操作で俺との組を作るだろう。
二人でのカラオケ、別の名をナガトマン軍曹の人格改造キャンプは、始まったばかりだ。

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最終更新:2020年06月02日 18:35