入団してからと言うもの、俺の経済状況が悪化の一途をたどっていると言う事実は、皆さん
ご存知の通りだ。
 喫茶店の払いが、一人だいたい700円、それが5人で3,500円、それが毎週で
一月14,000円、一年で16,8000円。その他に、シーズン毎のイベントで
何やかやと出費する分、しめて年約20万の出費がここ1年かさんだ訳である。

これは一高校生が友達づきあいで使える金額としては度を越している事はもちろんであり、加えて俺だって団以外の生活でも物を買ったりする訳だから、月に何万も小遣いを貰える身分でない俺にとって、この出費は当然のごとく許容を超えてしまっている。歳出過多、と言う奴だ。
 率直に言えば、俺はこの一年、親からもらう全ての小遣い、正月に親戚からもらったお年玉、盆暮れに田舎に行った時にもらった小遣い、それら全ての収入をつぎ込んでなお、今まで、この16年そこそこで積み立ててきた貯金を取り崩さなければいけない状況にある、という事だ。

 しかし、おそらく大方の高校生同様、俺の銀行の貯金口座の通帳とハンコは俺の親が握っている。
これは俺が人生を送る上で、本当に必要な場合---高校生として---自分のパソコンが欲しいだとか、どうしてもやりたい楽器があるだとか、絶対に行きたいイベントがあるだとか---そういう場合ならばこそ理由によっては使えない事も無い金なのだが基本的には取り崩せない仕組みになっており、そんな金に対して、学校の団活で毎週奢らされていてそれで懐が苦しいから貯金を下ろしたいなどとはもちろん絶対に言えない。
 もしそんな事を口に上らせでもした日には俺は両親によってその『団活』とやらの詳細に至るまでを聞き出された挙句、おそらくは激昂した親がハルヒの両親の所に怒鳴り込み、俺、ハルヒ、両者の親と言う非常に気まずいメンバーで気まずい話し合いを行った後、その後の生活では『友達付き合いを親にチクった』人間としてハルヒの指弾を嫌と言うほど受ける羽目になる。そんな事はゴメンだ。

 だから、俺は貯金を取り崩せない。
 つまり、俺は、金銭的に、全く行き詰まってしまった訳である。

 只今の俺の所持金は、306円。小遣いが貰える月末まで、あと2週間余り。
 俺は、何も間違った事をしていないのである。派手に遊び歩いている訳ではないし、無駄遣いしている訳でもない。ただ、ハルヒに面と向かって
『今ちょっと、金が無くてな』
と言う事ができない、そのほんのちょっとの勇気のなさが、俺をここまで追い詰めてしまっているのである。

 こんなことは、今までだって無かった訳ではない。そんなときにはどうしたか。そうだ、借りるのだ。

 実は谷口の家というのは見かけによらず相当に裕福な家庭であり、かつ奴の性格はルーズと来ている。つまり、非常に金を借りやすい相手なのだ。そこで、だいたい月のこのぐらいの時期になると、俺は谷口に無心を伺う
事になる。

『そんな訳でな、ちょっと今月も都合してくれんか』
 谷口は女心の1mm程も窺い知れず、教科書すらろくに学校に持ってこないほどのだらしがない男であるが、このときばかりは頭が上がらない。と言うより、俺は体面上こいつに対しては対等に振舞っているものの、本音としては顔すら見たくない。毎日の昼飯を一緒に食いながらも、こいつにいつ何時金の話を持ち出されないかと生きた心地がしない。国木田や阪中、その他俺をごく一般的な、何の後ろ暗い所のない一高校生と信じているクラスメート連中に、俺の正体、高校生の分際で、同級生に少なからぬ債務を抱えている欠陥人間と言う俺の赤裸々な実体を、決して知られたくない。一見無思想無批判なボンクラ学生同士ののんきな付き合いに見える俺達の人間関係であるが、皮一枚下にはそのような綱渡りの苦労が隠されているのである。

「ああ、まあ、いいよ。幾らだ」
 清水の舞台から飛び降りる気持ちで、多めに言っておく。ちょっと顔を曇らせるものの、俺が言ったままの金額の紙幣を財布から取り出す谷口。そう言えば、こいつの財布はなんだか新しくてきれいだ。俺の財布は、中学入学の時に買って以来、そのまま使い続けている古ぼけた財布だ。いつも金がないのも、当たり前かもしれない。

「しかしなあ、キョン」
 谷口から受け取った金を、そそくさと財布にしまう俺に対し、思わぬ一言がかけられた。な、何だ。なんだよ。

「貸すのはいいんだけどさ、お前、今俺に全部で幾ら借りてるか、わかってるのか?」
 把握はしているつもりだ。しかし、改めて認識はしたくない。
 口ごもる俺に対して、谷口は財布の中から1枚のメモ用紙を取り出し、広げて俺に見せた。
 何てこった。さすが金持ちの子は違うね。こいつ、俺がいつ、どれだけ借りたかを、借りた場所まで付記して帳簿につけてやがる。いや、当たり前といえば当たり前の作業なんだが、いざ自分が管理される対象になってしまうと今まで借りた総計の金額とも相まって、奈落のドン底に突き落とされたような絶望感に襲われる。
 
「貸せって言うなら貸すけどさ、お前、もうちょっと金の使い方とか考えた方がいいぜ」
 谷口如きから説教されるとは思ってもいなかったが、全くもって返す言葉が無い。お言葉、おっしゃる通りだ。
返す言葉の一言も無い。借金は、人から言葉を奪う。

『わ、わかった。あと、ありがとな、今回も…』
 伏目がちに礼を述べ、逃げるようにその場を立ち去る俺。きっと、背中は猫のように丸まっているに違いない。

 谷口からの借財で、とりあえず暖かくなった懐を胸に俺は考えた。変えなくてはいけない。変わらなくてはいけない。
ハルヒに、話をしよう。こんな生活は、打ち切らなくてはいけないのだ。


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