「よく解らん・・・」
俺は今、ある場所を訪れている。教会だ。何でもここは聖堂教会の管轄下の中でも結構蔵書が多い場所らしい。
そこで最低限読むべきだと大野木に言われた本を読み漁っていた。
色々な書物があり、それを読むうちにちょっとずつ記憶が目覚めている。
だが分厚すぎるのと細かすぎるのとで何ページも読まなければ目覚める事がない。
これは俺にとっての地獄であることは言うまでもないだろう。あぁ、本当にありえない。
「本当に不思議な人。知識も無しにあれだけ理解した動きを取れるんだから。はい、紅茶」
かたん、と目の前に置かれた紅茶はとても素晴らしい香りを放っている。
多分・・・う~ん・・・この感じは、アールグレイか。記憶力には自信が無いんだが。
「ありがとう、大野木」
「朝倉さんも」
「わざわざごめんね」
 
 
朝倉涼子を婚約者
 
第七話「Et la princesse de visages de lune le fate.」
 
 
今、教会の書物庫には俺、朝倉、大野木、そしてあの殺人狂・・・と言いたいところだが、生憎ナルバレックは職務中だ。
何でも殺人狂と呼ばれると同時に物凄く嫌われているらしく、それ故に監禁に近い状態で仕事室に居るのだとか。
執務はきちんとこなすあたり、どうやら不真面目ではないらしい。
大野木は結構な頻度で相手をさせられているらしく、だからこそ扱い慣れていると言える。
殺されかけた事もあったらしいがその都度、扱い慣れている故の方法でぎりぎり逃げているらしい。
まぁ、本気で殺そうとしていないのは明白で本気なら二秒も経たずに死んでるだろう、との事。
何と言うべきか、死ぬかもしれないのにお気楽だなと俺は思うよ。
「朝倉さんは読むのが早いのね。人とは思えないわ」
「そう? 結構、じっくり読んでる方なんだけど、これでも」
どうやら大野木とナルバレックは人の匂いにはあんまり敏感ではないらしい。
まぁ、そりゃそうか。ネロ・カオスやメレム・ソロモンは吸血鬼だからな。血の匂いに敏感だから解ったんだろうし。
人外レベルに到達しなければ見分けるのも難しいんだろう。
と、
「二人ともちゃんと読んでるか? 特にそこの馬鹿」
そこにナルバレックがやってきた。職務を全て片付けたから暇なんだろうな。
よし、ならば俺がいじって暇をつぶしてやらなくちゃいけないな。
決して本を読んでるうちにストレスが溜まって、その解消をするわけではないぞ。
「言われなくても読んでるぞ、殺人狂」
「会った早々から、叩き殺してや、もがっ」
大野木が毎度のようにナルバレックを押さえながら口もついでに押さえる。
「まぁ、ナルバレックさん落ち着いて下さいよ」
朝倉が何とか宥めようと身振り手振りで頑張っている。
しばらくナルバレックがじぃーと朝倉を睨んでいたが、はいはいと動作で示してきた。
それを合図に大野木がナルバレックを開放する。まぁ、今はこれぐらいのいじりで良いだろう。
「・・・それにしても・・・たまに読めない文字があるんだが」
「まぁ、古い本だからな」
「ちょっとずつ俺が修理しなきゃいけないのが面倒臭い話だよな・・・」
「・・・修理? それはもしかして魔術か?」
そう尋ねてくるナルバレックの顔はしかめっ面だ。
まぁ、当然か。聖堂教会の人間は魔術に関しては色々とうるさいからな。
「さぁ? 魔術なんじゃない? あぁ、超能力の事を教会が選ばれた聖人に持つべき物だと考えてるの知ってて使ってるから」
俺の答えに若干目を大きく見開き、すぐに諦めたように溜息を吐いた。
「お前という奴は・・・まぁ、外部協力者である以上は許すしかない、か・・・・・」
聖堂教会にとって、奇跡は選ばれた聖人が持つべきだと考えている。
そんな訳で
「しかし、お前だってこれぐらい出来るだろ?」
「ちょっとぐらいならな。シエルならお前並に出来るだろうが・・・大野木は、どうだ?」
「同じく少し程度なら」
これは意外だった。あの吸血鬼を専門に扱う部署だからな、こいつらが居るのは。
多少の魔術は使うものだと思ってたのだが・・・。
「我々、魔を滅する代行者は礼装や教典等を使用しているからな。装備無しで特攻すればそうそうには勝てん、シエルは別としてな」
シエル。
ついさっきも出てきた名前だが一体何物なんだろう。
「そのシエルって奴は、強いのか?」
「まぁ・・・死徒であるが、そうではない。そんな人間だから、奴は強い」
「なのにナルバレックが一位なのか・・・」
疑問が残るな。ここは年功序列が強いらしいが・・・まさか。
「仕方あるまい。代々そういう家系なのだから。年功序列に逆らってるのは私とメレムとシエルぐらいだ」
そのシエルってのはどっちの意味で年功序列に逆らっていると言うんだ・・・。
もし実年齢より番号が低いという意味なら、俺が教えて貰った範囲内での記憶と照らし合わせると相当なものなんだが。
・・・まぁ、どうでも良いか。
「生まれながらの運命ってのは辛いな」
とりあえず、同情してやるか。
「まぁな。だが、胃界教典を用いればシエルとて一撃で死にざるを得まい。まぁ、彼女とはいずれ出会うだろう、お前らは」
「うわぁ、まだ出会うのか」
これ以上どんな人や人じゃない奴に出会えば良いんだろうな、俺は。
何と言うか気分が重い。ただでさえ吸血鬼やこの殺人狂とその部下たるクラスメイトと出会う前ですら、なのに。
もう。人外は宇宙人、未来人、超能力者だけにして欲しいところだね。
・・・あれ? でも、この中で人類学上の人外って宇宙人だけじゃないか?
未来人は未来の人間だし、超能力者は超能力持った人間だし・・・。
・・・。あれだ。うん、一般人じゃない奴は、にしておこうか。
「まぁ、あれだ。メレム・ソロモン曰く『ホントにつまらない』と呼ばれるロンドンの魔術協会の連中に会うよりはマシだろう」
その言葉に記憶が反応する。どうやら魔術協会の本部らしい。
「ロンドンの魔術協会がどれぐらいつまらないか解らないし、何より人によって価値観は違う。だろう?」
「お前も固い男だな。どうしてそこの女、朝倉と言ったか? こいつを好きになったんだ?」
突然話を振られて朝倉が驚いた猫みたいにビクッとした。いきなり何て事を聞きやがるこいつは。
俺が止めようとしたが朝倉は恥ずかしそうに、少しだけもじもじしながら口を開きだした。
「えっと・・・鈍感なところとか、ぶっきらぼうだけど優しいところとか、たまに凄く格好良いところとか・・・」
「あぁ、もう良い。そのまま言わせ続けると終わりそうにないからな」
ちぇっ。惜しい事しやがって。折角日ごろから気にしてる事聞けるチャンスだったのに。
・・・止めようとしていたのに結局はこうなんだよ、俺は。あぁ、そうとも。
俺はちらっと朝倉を見ると丁度目が合った。朝倉は顔を真っ赤にするとゆっくりと視線を本に戻していった。
くっ、可愛い奴め。
「さて、今日はそろそろここを閉める。読んでる本は貸してやる。また明日学校終わったら持って来い」
ふとナルバレックが書物庫に鍵を閉めながらそう言った。
「明日も読むのか?」
「まだ全部読み終えてないんだろう? 当然じゃないか」
俺は不快と深いを掛けた溜息を思いっきり吐き出した。あー、やってられない。
全くもって不愉快だろう、常識的に考えて。
「まぁ、良いや。とりあえずとっとと帰らせて貰っても―――・・・ナルバレック、大野木、朝倉」
「どうした、キョン」
「・・・血の匂いだ・・・・・」
教会の真ん中。
そこに不気味なぐらい真っ白い少女が立っていた。比喩表現ではない。本当に真っ白なのだ。
色白の肌。そこまでは良い。髪の毛も白。唇の色も人より薄く、瞳も同様。身に着けている衣服も純白だった。
汚れが何一つ見えない。何も言わずとも解る。明らかに人ではない存在だ。
その少女はただじっと無機質な目で、俺を睨んでいた。
他の奴には目も向けずに、ずっと俺だけを少しも動かずに。
そのまま対立するように睨めっこが続いたが、
「・・・警戒しないで下さい・・・。・・・私は、ただ主の命によって見に来ただけですから・・・」
やっとその一言発した。
「主? ご主人様は誰だ?」
ナルバレックが概念武装・黒鍵を構えている。場合によってはこの場で殺害するつもりだろう。
大野木もいそいそと黒鍵を構えだした。そんなにのろのろしていて大丈夫なのかよ。
しかしそれを見ても少女はまるでそのような物はどうでも良いという表情で微動だにしていない。
死徒を六回程滅ぼすだけの力があるというのに。
 
―――ゾクッ。
 
久しぶりにあの感覚を強く感じた。あの、どうしようもないぐらいに壊したくなる衝動。
しばらく押さえ込んでいたというか衝動が表立ってなかったせいで油断していた。
「キョンくん?」
朝倉が俺の様子に気付いたらしい。だが、もう遅い。
完全にスイッチが入ってしまってる。理性が残っていてもこの状態を抑えるのは難しい。
もしここで戦闘が始まったら間違いなく止まらないだろうな。
だが、今回はそれだけじゃ無かった。様々な記憶が急激に目覚めだしたのだ。
攻撃、魔法、魔術、防御、結界、ルーン、降霊。様々な知識が一気に身に染みていく。
勿論、俺はそんなのには耐えられる程強い精神はしていない。正直言って、吐きそうだ。
それでも平然としていられるのはこの状態だからだろう。
「・・・そこの人には悪いですが、私は、もう帰ります・・・。・・・戦うつもりではないのですから・・・」
少女がその場から身を翻す。それを見てさっと俺の横を影が通った。
「お前は何物か聞かせて貰ってからにしようか、帰るのは」
凄まじい速さでナルバレックが結界を張り出しているようだ。
だが、それは意味を成すことは無かった。と、言うのも少女がいともたやすく破壊しちまったんだな、これが。
「こんないともたやすく・・・冗談でしょ。貴女、本当に何物なの?」
そう言って嘆くナルバレックには悪いが、俺は自分の頬が緩むのが抑えられなかった。ざまぁ見ろと。
久しぶりに、体の底から殺したいと思える相手が目の前にいるのだから。
「――――――」
目覚めた記憶を頼りにシングルアクションで大魔術を発動できる、高速神言を用いる。
だが俺はそれを言い終える前に止めた。その場の魔力が急速に廃れていったからだ。
これは俺が弓塚さつきと共にナルバレックと大野木の二人に襲われたあの夜にも起きた現象だ。
「・・・リアリティ・マーブル発動させるタイミングが遅いですね・・・。・・・あとで叱らなくては・・・」
少女はそう呟くとその隙にとさっと教会から飛び出た。
その瞬間、俺を支配しかけていた例の衝動は瞬時に身を潜めた。
久しぶりに浴びた自我すら打ち崩しかねない衝動。これは相手のせいだろう、多分。
あの少女は恐らくレヴェル的にナルバレックと比べる比べないという立ち位置に居ない。
「逃げられちまったけど、仕方ないよな」
俺はそんな気持ちも込めて、ナルバレックに同意を求めた。
対するナルバレックはと言うと何か末恐ろしい物を見るような目で俺を見ていた。
俺としては気分が悪いな。こいつに人外を見るような目で見られるのは。
「・・・お前、さっき神言を使ってたな」
「ん? あぁ・・・何と言うかいきなり出来るようになってたんだ」
「現代の人間の発音器官では不可能と言われるのにか。全く・・・お前は神話時代から来たのか?」
「は? 何を言ってんの? お前だって耳コピできるだろ?」
いきなり何を言い出すんだ、この女は。そう思わずにはいられないね。
人が喋れない言語をどうして俺が喋れるんだ。俺も人間だぞ。こいつ、それを解って言ってるのか?
そんな俺の心情を知ってか知らずか、多分知らないと思うがナルバレックは呆れたように首を横に振った。
「もう良い・・・。しかし、本当に謎だらけだなお前は。真祖の姫よりも性質が悪い」
「俺はただの人間だ。吸血鬼レベル以上の外道にされては立場が無い」
「ただの人なら良いんだがな・・・。少なくとも、私はお前と戦いたくは無いね」
「そもそも戦いたくないんだがな、俺としては」
 
 
―・・・―・・・―・・・―・・・―。
 
 
「キョンくん、夕飯どうする?」
「そうだなぁ・・・」
帰り道。朝倉と並んで俺は帰路を歩いている。
夕飯の献立を二人で考えながら、スーパーにでも寄ろうかとしている。
そんな光景からまだ完全には消えていない日常の姿を見出して何となくほっとする。
俺は人間から完全には逸脱し切ってないのだと。
そりゃ勿論、周りは逸脱したような連中ばかりだし、俺もその仲間だけどな。
だけどこうして俺は人を過ごしている。こうして人間を生活している。
「どうしたの、キョンくん?」
朝倉がふと俺の視界に飛び込んで首を傾げる。
「いや、何でもない」
目の前の宇宙人の少女も人間をしているのだ。そう、完全には逸脱していない。
こんなにも微笑ましい日々がまだまだ続いている。それで十分、俺は一般人だ。
「夕飯か・・・とりあえず、朝倉の作ったものなら食べるよ、何でもな」
「何でも、か・・・じゃあ、毒が入っていてそれを解っていたとしても?」
一瞬、俺はその言葉に止まった。朝倉が笑顔なのに落ち着かない。
それは何かのフラグなのだろうか。
まぁ・・・いいや。例えそれが現実になってもそんなの関係ねぇ。
「朝倉が作ったものなら残さず食そう」
そうだ。朝倉が作った食べ物なら毒入りでも食べるべきだ。
「あ・・・それは駄目。キョンくんが死んだら嫌だもん」
おいおい、言い出した本人がそれかいな。
「じゃあ、間違ってでも毒を入れるなよ?」
「勿論。キョンくんが死んだら、私も死んじゃうんだから」
う~ん・・・これを朝倉が冗談で言うとは思えないしなぁ・・・。
多分、俺が死んだら本当に死にそう。インターフェースに死とか何とかあるのかはさておき。
「駄目だぞ。朝倉は俺の分までその時は生きなきゃ。生きて何があったか、笑顔で俺に話してくれ」
「何か寂しいなぁ・・・それ」
想像してみよう。俺の仏壇に話しかける笑顔の朝倉。
・・・凄い寂しい。うん、これは幾らなんでも悲しすぎやしないかい?
かと言って死なれたら困るな・・・。まぁ、でも、逆はそうでもないな。
「あぁ、でもな、朝倉。朝倉が死ぬときは俺も死ぬぞ?」
「それズルい!」
「そして朝倉が死ぬのは俺が殺す時だ。病魔にも何にも朝倉を取らせない。俺が独占してやる」
「・・・なんかちょっと怖いよ? でも・・・愛されてるんだなぁ、私」
当然の反応だな。解ってるさ。
「あぁ、ずっと愛しているよ」
これぞ、愛の極みだな。あぁ、世の中のバカップルよ、我々を見習うが良いさ。
・・・さて、と・・・。そろそろ歩を止めるか。
「で、誰だ?」
「え?」
「さっきからずっと感じてた・・・居るんだろう? 気配、消せてないぞ」
後ろに居た気配が動く。
「えへへ・・・バレてた?」
そう声がして見たことのある吸血鬼、弓塚さつきが立っていた。
「当たり前だ。教会出た頃からずっと三人の気配を感じてる。あとの二人も隠れてないで出てきたらどうだ」
更に二人が闇の中から出てくる。
一人は先程の白い少女。もう一人は弓塚に出会った夜に擦れ違った変な格好の少女。
何となくおかしいと思っていた疑問が多少は解凍された。
だが、まだまだ疑問がある。明らかな力量の差だ。
どう見ても白い少女が弓塚と変な格好の少女より上。
つまりこいつらはご主人様じゃない。白い少女が言っていた主とは別の人物だ。
ならばその主はどこに居るのか。どこにも居ない。気配の欠片すらしない。
「・・・主とこの二人は利害の一致で動いています・・・。・・・それだけです・・・」
俺の考えが読まれたか・・・。
心を読んでいるという訳では無さそうだが、なかなかの洞察力だな。
「朝倉。場合によっては逃げろ」
「何を言ってるの、キョンくん?」
俺の考える最悪の事態は、この場に居る三人と戦う事だ。
その場合、朝倉がインターフェースの力をフル稼働して俺を支援しても勝てる見込みが薄い。
俺の予想が正しいならここに居る三人は全員が死徒か吸血鬼、もしくは吸血種。
情報連結解除がどういうシステムなのかは俺には解らないが、使ってもどこまで通用するかが解らない。
頭の中にあったエーテライトの例やネロ・カオスの獣の例にしても情報連結がこいつらに通用するとは思えない。
通用しても倒すまでとはいかないだろう。
「・・・戦うつもりはないです・・・。・・・戦うとしても私は手出ししません・・・」
「それは好都合だ」
この少女はともかく後の二人だけなら確実に勝利し得る自信があるからな。
「キョンさん・・・私と戦うのは無駄ですよ」
ふと変な格好をした少女がぼそっと呟いた。
「なんだと?」
「私の頭の中では常に複数のパターンが高速思考により展開されている。貴方如きの動きはさらりと読めます」
「ちょ、ちょっと、シオン!?」
弓塚が若干慌てているあたり、どうやら予想外の行動に出たみたいだが・・・。
「そうか、お前の名前はシオンというのか」
「私の名前はシオン・エルトナム・アトラシア。以後お見知りおきを」
「以後が無い事を祈りたいね・・・是非とも」
「それは叶わぬ望みですね。ここでどちらかが死なない限りは」
・・・やるしかないのか?
「なるべく平和的な解決をしたいんだけどな・・・」
俺は苦笑いを浮かべた。それしかどうしても出来ない。
もしかして、聖杯でも叶わぬ望みとはこういう事を言うのではないだろうか。
「なら手を組んでください。私は貴方にワラキアの討伐を手伝っていただきたくここに来ました」
「ワラキアの? なら教会に言えば・・・」
「教会とは別に、滅せねばならないのです。私達は」
「どういう理由で?」
「それは言えません。ただ・・・エーテライトの機能を破壊するだけの力を持つ貴方が仲間になれば心強いと思ったのです」
強い意志だ。それをとにかく感じる。だけど、それは俺に関係ない話だ。
例えどれだけの強い意思を持っていてもそれが通用しないならどうしようもないからな。しかもエーテライト破壊したの朝倉だし。
「・・・無茶な話だな。何も解らずに仲間になれと? 冗談を言うな」
断るのが、ここでの正しい選択肢だ。
「では力ずくで仲間になって貰うしかありませんね・・・。貴方が遠野志貴のように素直な人間なら良かったのですが・・・・・さつき」
「解ってるけど、あんまり気がすすまないなぁ・・・。あの夜、助けてもらったし・・・んー・・・。だいたい戦うのは駄目だって言―――」
「じゃあ、貴女はあの娘をお願い」
「うぅ・・・戦わなきゃいけないんだね・・・。あ~ぁ・・・我慢してやらなきゃいけないのかな」
俺は朝倉をちらっと見る。
「私は大丈夫よ、キョンくん」
「じゃあ、お互い検討を祈ろうか」
ふと白い少女を見やると、丁度目が合った。
「・・・私は介入しません・・・。・・・戦いはしないようにときつく言われますから・・・」
これで最終確認。
俺はシオン、朝倉は弓塚との一騎打ちという事だな・・・。
これなら大丈夫そうだが、問題は朝倉の力がどこまで弓塚に通用するかだ。
・・・まぁ、朝倉がインターフェースインチキパワー使えば楽勝しそうな気がするけどな。
「余所見していてはすきだらけですよ?」
「っ!」
揺れる空気を肌が感じる。
俺は反射的にその一撃を間一髪で避けきった。ふぅ・・・危機一髪だぜ、本当に。
「まだまだ序の口ですよ。これから貴方を徹底的に追い詰めます」
「危ねぇな・・・そりゃ」
「アトラスをなめて掛かると痛い目に遭いますよ?」
アトラス。その単語に反応して記憶が目覚める。
錬金術師の集まりですか・・・。高速思考・・・なるほど、これは厄介だ。
俺は本能のままに動きまくるからな・・・。行動パターンが本人の思っている以上に簡単そうだ。
でもそれをもってしても俺を殺すのは勿論、倒すのも不可能だろう。
ようは考えて攻撃するなって事だろ。全て考えずに、全て体の思うがままに決める。
殺すとまではいかない。俺は殺生は好きじゃないからな。
「・・・・・」
あいつの武器は・・・何だ? ・・・あれは・・・何だ?
あの細い糸は・・・。何の塊だ・・・エーテル? あれが、エーテライトなのか?
「まさか・・・エーテライトが見えてるのですか?」
あれを使用するとなれば蹴りや殴りが届く範囲には入れない。
となると・・・やや間合いは遠い方が良い。それに必要な武器とは何だ?
やや遠い間合いで、あれに当たらないよう範囲で届く武器。
武器じゃなくても良い。あれを倒せるのなら生き物でも良い。
・・・なら、アレで良いや・・・。
「・・・グラデーション・エア」
魔力に形を与えながら、魔術を構成。
この場を世界から封鎖し、俺の影響が及ぼす空間内における因果律を破壊、自分用に再構成。
「っ・・・!?」
投影するのは別に物質じゃなくても良い。俺が。それを。
その空間を手繰り寄せてここに呼べ。そして、この場に広げろ。
「―――――」
「何ですか、この空間は・・・・・」
あぁ、駄目だ。この戦闘を楽しもうとしてる俺がいる。
もしかしたら本気で殺しちゃうかもしれない。まぁ、別に良いか。
俺の記憶。知らない記憶が叫んでる。叫びすぎてよく聞こえない。
けど・・・これなら良いかも知れない。
しかし魔術たる固有結界を魔術たる投影でコピー出来るのか。・・・まぁ、出来るだろう。
出来ない事なんか無い。この空間は俺の物だ。そうなんだろう?
あぁ、駄目だ。考えることもうざい。体が動くままに動かそう。
「・・・完了」
その場が一瞬にしてガラリと代わり、シオンがそれを見回して目を見開いて驚いている。
「こんなの聞いた事も、見たことも無い。魔術を投影するなんて・・・。投影の詠唱だけで・・・」
「魔術と言えど魔で構成されただけの物質だ。物理的かどうかの違いだけのな。見せてやるよ、アイオニオン・ヘタイロイを」
荒涼とした平野が突如として広がっている。ここは異空間だ。
これを発動させるのは異空間。発動と同時に対象と自分をテレポートさせてここに連れてくる必要がある。
空間の内部に現れるのは英霊の軍勢。イスカンダルと共に英霊と化した生前の近衛兵団。
俺ではない誰かの部下達。だが、今だけは俺がその権利を強制的に執行する。
世界の情報を破壊し、世界からの修正を阻害し、ここに俺の確立をする。
今だけは俺が主人だ。お前の主人ではないが、動け。
奴を・・・。目の前に居る奴を・・・。
奴を、倒せ。
「っ!!」
シオンがこの軍勢の攻撃に備えているがただの吸血鬼に太刀打ち出来るわけがない。
「無駄だ。ただの死徒であるお前如きに、そのサーヴァントの群れは倒せない」
「サーヴァントと言えば・・・馬鹿な・・・そんな事が起こるわけが・・・!!」
「この事象における因果律を全て破壊し、構築すれば俺には関係話だ」
「まるで噂に聞く死徒二十七祖の五位のORTの水晶渓谷ですね・・・」
「多少は真似してるのかもしれないな」
だが実際問題、ある事象に対して別の事象が必然的・規則的に起きるのなら、
ある事象に対して別の事象が起きないという状態を覆してそれを起こせるようにしたら良い。
そうすればここに新しい因果律が成立するわけだからな。
そういう意味で考えるとなるほど。固有結界というのは使えれば使いやすい。
「・・・おかしい。貴方の力はおかしすぎます・・・。まるで真祖が全力を出している状態如く・・・」
「俺の空間に居る限り、全ては無駄だよ。ここでは俺が絶対のルールだ」
とは言っても、投影した既に無いものを世界が修正しようとするから長時間の具現化は難しい。
これだけ大規模な魔法を投影したんだ。維持出来ても二分が限界だな。
「私だって負けていられませんね・・・高速思考展開」
「・・・ん?」
シオンの動きが急に変わった・・・? いや、違う。たったの僅かな間に戦略を立ててるのか。
一番近い奴の状態を見てそこからすぐ様全てを計算しつくしているのか・・・。
おかしい・・・。人数的にも戦闘能力的にもこっちが格段に上のはずなんだが。
まさか、こうも簡単に軍勢が倒されるなんて。これが分割思考による高速思考か・・・。
戦闘能力が劣っていてもそれを上回るだけの戦略を立てる頭脳・・・厄介だな。
「甘いですよ、考え方が。アルクェイド・ブリュンスタッドにすら刃向かったこの私ですよ?」
「・・・これはマズいな」
軍勢の半分を倒されたらこの空間は持たないんだよなぁ・・・。
仕方ない、王の軍勢解除。
「・・・元に戻りましたか」
しかし困ったな。あれが通用しないとなると、肉弾戦か?
必要だな。武器だ。武器を寄越せ。さっさと武器を寄越せ。
武器に関しての記憶が俺に応じて蘇る。この世界中にあった中で俺が知っている奴を。
最強の武器を。
「投影―――」
「遅い! ロック解除。バレルレプリカ―――」
武器では駄目だ。身を守る為の何かを、何かを。
「開始」
「フルオープンッ!!」
俺に向かって一直線で飛んでくる攻撃。
そして視界が一瞬にして光で覆われていく。凄まじい衝撃だ。だけど、
「無駄だ。アヴァロンの前には、五つの魔法すら無意味だ。・・・構成が間に合ってよかった・・・」
「何なんですか!? 貴方は本当に・・・ありえない!!」
「では改めて・・・投影、開始」
「膨大な魔力・・・これは・・・さつき! お願い!!」
「え? う、うん、ちょっと待って! こっちが忙しいから!!」
遠くで弓塚に朝倉が凄まじい勢いで迫っている。
インターフェースは非科学的戦いならともかく、あぁいう殴り合いの戦いなら勝てそうだな、確かに。
「話をする暇は与えないわよ?」
「あぁぁぁぁあ、邪魔しないで!!」
弓塚の咆哮が轟いて、凄まじい衝撃が空気を震わしていく。
右腕の一撃が朝倉を思いっきりぶっ飛ばしていく。
「っ・・・もう、なんなの!!」
朝倉がちょっとだけイラッとしたらしく叫んでいる。だが、俺にとってそれよりも問題なのは弓塚の動きだ。
「よし、今だ・・・!!」
気合を入れたように叫んですぐ。世界が作り変えられていくのを俺は見た。
「これは・・・」
美しい庭園が広がる世界。しかし、段々と空は赤くなり、地面は乾いた土へと変貌していく。
何もかもが枯れ果てて見る影もなくなっていく。これが奴の心象世界・・・。
・・・それだけじゃない。全てが変わる。空気中のマナが失せていく。
あのナルバレックや大野木に弓塚と共に襲われた時のあれか・・・。
「何てレベルだ・・・まるで、二十七祖だな」
これでは魔法行使が出来ない。苦笑するしかないな。
世界、自然に満ちる星の息吹たるマナと生物の体内で作られるオドでは絶大的な差があるからな・・・。
・・・だがそれがどうした。確かに若干やり辛くはあるが、どうって事は無い。
投影には俺の体内にあるオドだけで十分だ。
「投影、開始」
インビジブル・エアは使う程の余裕もないし、初っ端から姿晒してるけど、大丈夫か。大丈夫だろう。
しかし避けられないか。・・・いや、光を避けるのは不可能だろう。
「馬鹿な・・・こんな、こんな魔力が・・・!!」
「朝倉、避けろよっ!!」
「はぁい、キョンくん!」
投影した約束された勝利の剣を、魔力を光に変えて、目の前に存在するのを全て破壊する。
「さつき、ここは退くわよ!」
「う、うん!」
逃がすか。絶対に殺す。
「エクス、カリバー!」
全てを巻き込んで全てを破壊する光が放たれる。
そしてあたりは光に満ちていく・・・。
 
静寂・・・・・・・・・・。
 
あの二人は、居ない。直撃を食らって死んだ、という訳ではなく単純に
「逃がしたか・・・」
という事だ。
ふと視界に真っ白い何かが見えて俺はそっちを見る。
そういえば、真っ白少女をすっかり忘れていた。
「・・・凄い力です・・・。・・・これは、恐ろしいですね・・・」
そう呟いてフッと消える。
その時、ガクッと体に凄まじい疲労感が襲い掛かってくる。立っているのも難しいぐらいだ。
「ハァ・・・疲れた・・・・・」
この戦いだけで凄まじい知識が蘇ったからな。
それを使ったんだ。ろくに予習復習せず数学に挑んでその場で方程式を発見して問題を解くようなものだ。
しかし一体、何事なんだ。よくあれだけの膨大な量の知識を俺が処理できたな・・・。ビックリだ。
いつもなら数学の授業やら何やらでもう頭が破裂しているところなんだが・・・。俺って案外凄いな。
・・・いや、違う。俺がおかしくなっているんだ。俺が、俺じゃなくなっているような・・・。
あぁ、駄目だ。もう久しぶりに本当に疲れた。身が持たない。
「キョンくん、大丈夫?」
朝倉が近寄ってくる。俺の顔を覗き込んでいる顔はとても心配そうだ。
「大丈夫・・・ではないな」
「おや、キョンと朝倉じゃないか。どうしたんだ?」
「岡部先生・・・いや、メレム・・・か?」
「うん。だいぶ疲れているようだね」
天使のようなショタっ子、メレム・ソロモンが視界に見える。
朝比奈さん以上の天使スマイルに癒される。が、眠くなるな、こいつは。
「まぁな・・・固有結界展開したり、宝具を投影したり、何したりで・・・・・」
「それは恐ろしいことをしているね。個人的には注意したいところだよ、キョン」
あぁ、もう怒るのは堪忍してくれ・・・。
「あの、岡部先生・・・どうしたら・・・」
「大丈夫だよ、朝倉。単純に休ませてあげてれば良いんだよ」
「それで良いんですか?」
「それで良い。これはただの疲労だからね」
二人が何かを言っている。あぁ、駄目だ。もう体がダルい・・・。
眠い。本当に眠い。疲れたとかそういうレベルじゃない。
「おや、キョンはもう持たないようだね」
「もう・・・仕方ないなぁ。いいよ、ちゃんと私が連れて帰るから寝ても」
なら・・・甘えようか。もう、寝る・・・。
「おやすみ・・・・・大好きな人」
意識がどっぷり沈む手前。
「大好きな人、ねぇ・・・。良いカップルだね」
「あ、あう・・・」
メレムに何かからかわれている朝倉の声を聞いた。
 

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最終更新:2008年03月21日 23:10