<キョンサイド>
家に居る事を怖いと思った事はない。あの時までは。
今では家が一番怖い場所になっている。今は平静だが何が起こるか解らないからな。
あの妹の豹変から随分と時間が経過した。今はアレが嘘だったように全てが日常に回帰している。
だがこの日常というのはどれもこれも信用出来ない。信用出来る要因がない。
だってあの時、俺の目の前で叫んでいたのは間違いなく妹だったのだから。
「おかえり、キョンくーん」
「のわっ!?」
あの時より以前の妹も、あの時の妹も、この妹も全部同じ人。なのに何でこんなに違うんだ。
だからこの日常すら本物なのか偽者なのか解らなくなってしまう。混乱してしまう。
ただ一つ考えなくとも言える事実は、
「キョンくん。今日の弁当どうだった?」
あの日から、妹は弁当を作り出したって事だ。
 
 
My Little Yandere Sister   第一話「太陽を葬る日」
 
 
「キョンくーん、朝だよー!」
「ぐぇっ! ったく…毎朝毎朝、普通に起こせって、妹よ!」
再び始まっている日常。これは本当なのか? 仮面を被った偽りなのか?
目の前の幼い少女はひたすらにアレ以前の笑顔を浮かべている。俺のもっとも知ってる笑顔だ。
俺もアレ以前の生活に戻している、自分を。普通というものを無理矢理自分にやらせている。
そうじゃないと俺は過ごせない。何もないフリなんて出来ない。心が砕けそうだ、まったく。
妹が去った部屋で俺は今日も一日の始まりを確認する為にカーテンを開ける。
「…明るいな……」
なんて清々しい。太陽も。朝も。空も。雲も。
まるで俺と対を成しているようにみんな清々しい。嫌がらせしているように見えてしまう。
一階に下りると妹が靴をキュッと磨いてくれている。これもあの日以来やり始めたことだ。
やっぱりアレはお前なのか、妹よ………。
「朝飯は?」
疑念を打ち消し、俺はあくまでも平凡を装う。
「もう出来てるよー」
妹はやはり笑顔を浮かべて、すくっと立ち上がると食卓へと駆けていった。
リビングのテーブルに座って俺は親に挨拶をするよりもまず朝飯を確認した。
焼き鮭、ウインナー、味噌汁、パン、麻婆豆腐。…なんだ、これは。
恐らく麻婆豆腐を妹が作ってそれ以外が母親ってところだろうな…。
それにしたって焼き鮭と味噌汁とウインナーにパンって…合ってないよな?
「おはよう、母さん、父さん」
「おはよう。その麻婆豆腐は妹の力作よ。貴方以外食べたらいけないんですって」
ほら、やっぱりな。
アレから起きた変化は靴磨きや弁当だけじゃない。妹は朝飯に俺専用のおかずを自分で作り出し始めたんだ。
味は常に美味いし、特に体調不良が起きた事もないから体に悪いという事はないだろう。
「いただきます」
それでも俺は若干恐る恐る麻婆豆腐を口に頬張ってみた。
…うん。やっぱり味は美味しい。ただどうしても気になることがある。何も入ってないよな、と。
そればかりをどうしても考えてしまう。
「どう、キョンくん?」
いつの間にか靴磨きを終えたらしい妹が俺の横でワクワクと言った顔で感想を求めてきた。
「美味いよ、毎度の如くな」
「えへー。良かったー」
嬉しそうに笑う妹。…やっぱり日常に戻ったのかなと見てると思いたいくなる。
しかし駄目だ。もう何日も経つのに未だに信じられない。兄として自分が情けない。
だがアレからおかしいのも事実なんだ。間違いなく変わってるんだ。
戻ったように見えるが、妹は確実に俺に対しての態度が全くと言っていいぐらい変化している。
靴磨き、朝飯と言い…。考え方次第では尽くすタイプ、みたいな感じにも思えるが…。
残念ながらそうは思えない。周りはそう思ってたとしてもな。
だから…頼む、父さん。そう何か憎悪にも似た嫉妬の表情で俺を睨むのはやめてくれ。
自分の娘が自分ではなく兄に甘えるのが羨ましいのかもしれんが紆余曲折あったんだ。
それにしてもこの麻婆豆腐はパンによく合うもんだな…。
ってか、パンに合う麻婆豆腐ってのも不思議なもんだ。
ご飯に合う麻婆豆腐なら大量にあるけどな。…前出たときにはご飯に合う味だったんだが…。
まさかパンかご飯かで調味料を変えているというのか? 面倒くさいことをしているな。
だが美味いなら別に良いか。
「おっと、そろそろ学校行かなくちゃな。ところでちゃんと父さんの革靴も磨いたか?」
「うん! はい、お弁当。今日はお父さんにも」
おぉ、嬉しそうだな、父上。良かった良かった。
 
<妹サイド>
 
キョンくんは今日もわたしが作った弁当を食べてくれる。
いつも帰ってくると美味しいって言ってくる。残さず食べてくれる。
それがとても嬉しいの。
毎回毎回。キョンくんが食べる度に嬉しくて、嬉しくて。
もっともっと作りたくなってしまうの。だってそうでしょう?
 
―――わたしがお兄ちゃんに吸収されていっているんだもん。
 
いつも弁当にはわたしの唾が入ってる。そっと垂らして入れるんだよ。
いつも弁当にはわたしの血が入ってる。ちょっと包丁で切って入れるんだよ。いつも痛いの。てへっ。
いつも弁当にはわたしの皮が入ってる。ハサミでちょきって切り取るんだよ。
いつも弁当にはわたしの膣分泌液が入ってる。インターネットで知ったんだよ。ちょっと恥ずかしいかな。
えへへ。
キョンくんはいつもいつも”わたし”を食べてくれてる。それが嬉しいの。
わたしを美味しいって言ってくれる。わたしを全部食べてくれる。
そしてわたしはキョンくんと一つになっていく。
消化されて、吸収されて。
キョンくんを構成しているうちの一つにわたしが居る。もっともっとキョンくんになりたい。
大好きな人だから。誰よりも愛して止まない存在から。
本当なら私の全てを食べて欲しい。全部、頭の先から指の先まで。
髪も、爪も、心臓も、脳みそも、残さず。
でもそうしたらいつかわたしは老廃物としてキョンくんから居なくなっちゃう。それは悲しいよ。
愛しい人と共に。永遠に。
ファンタジーのように憧れてしまう。でもファンタジーと違ってこれは実現出来ないこともない。
たとえそれが禁じられた愛だとしても関係ないんだもん。
わたしはわたしだよ、キョンくん。
世間なんて関係ないんだよ。国なんて関係ないんだよ。
元々わたしのものなんだよ、キョンくん。
わたしだけの、お兄ちゃんなんだから。
ずっと変わらないんだよ、キョンくん。
誰にも渡さないんだから。近付くようなクズなんて全部ゴミ箱に捨ててしまって。
キョンくん。
だって近付く奴が多すぎるから困っちゃうよね。私のものなのにみんな汚い手で触ろうとするの。
ハルにゃんも、みくるちゃん、有希ちゃんも、他のみんなも。
笑顔を浮かべて、近寄る。キョンくんをわたしから取り上げようとする。
慣れなれしいんだよ、あのクズ。メス豚。泥棒。俗物どもめ。
あーミヨちゃんだけはわたしの友達だから許してあげるけどね。
それにミヨちゃんのこと、大好きだし。共有ってところかな。
でも、やっぱり多すぎるなー。間引きって必要だよね。邪魔なものは消さなきゃ。
わたし、学校で習ったんだよ。すぐにわかったよ。
これは人間関係においても通用することなんだって。
森林を維持するために切らなきゃいけない木があるんだって。
そうだよね。維持するためには要らないものは消さなきゃいけないよ。
必要なもの以外は捨てなきゃ部屋だって片付かないもん。
消さなきゃいけない。
わたしだけのキョンくんにする為に邪魔なものは要らないよね。
不要なゴミは箒と塵取りでまとめて捨てなきゃいけないよね。
 
わたしのキョンくん。
 
大好きなキョンくん。大好きなキョンくん。わたしのキョンくん。
 
キョンくんキョンくんキョンくんキョンくんキョンくんキョンくんキョンくんキョンくん。
 
キョンくんキョンくんキョンくんキョンくんキョンくんキョンくんキョンくんキョンくんキョンくんキョンくんキョンくんキョンくんキョンくんキョンくんキョンくんキョンくん。
 
あぁ、駄目だ。わたしの頭の中を占領しちゃう。
顔も、体温も、声も全部思い出してわたしのことを侵していく。犯していく。
ちょっと照れちゃう…かな。
キョンくんが私を満たしてる。溢れかえりそうなぐらい。ううん、もう溢れてる。だけどまだ注がれている。
それでも、足りない。満ちない。貴方が居ないと、足りない、満ちない。
「ほら、お前も。早く学校行かなきゃ遅れるぞ」
ふとお父さんに言われて私はハッとした。
時間は…あっ! いつの間にこんな時間になってるの!? お、遅れちゃうよー!
「い、行ってきまーす!! …その前に…」
キョンくんの運動靴の匂いを家族に見られないように嗅いで、今日もわたしは学校へ行く。
 
<キョンサイド>
 
「まったく…シスコンの兄ならブラコンの妹ね。血は争えないわね」
昼飯時。いつものように谷口、国木田とで弁当を囲んでいる。
そんな時にハルヒはこのようにしてやってくる。とっとと教室出て行けとは俺の内心だ。
その気持ちを知ってか知らずか、多分知らないと思うが、ハルヒは一通り言いたいことをぶちまける。
そして満足してすっきりしたように阪中を伴って教室を出て行った。
恐らく長門や朝比奈さんと食べるのだろう。
朝比奈さんが居るのはとても魅力的だがハルヒが居るんじゃそれもパァだ。
古泉は教室から出れそうにないしな。あいつは男女共に人気だから。
…まるで両刀のようだ。我ながらやめてくれ。考えたくない。
「しかしよ、キョン。本当にお前は毎回毎回妹の弁当羨ましいなー」
流石世の中が認める要らない社会のゴミ・谷口。ここぞとばかりに便乗しやがる。
お前からしたら羨ましいかもしれないが俺からしたら死活問題なんだぞ。
「あぁ、美味いぞ、これ」
俺は見せびらかすようにミートボールを若干ゆっくりと食った。
どうよ。相当ムカつくだろう? 苛々するだろう? …大人気ないな、俺。
「一個寄越せよ」
しかし負けじと谷口。なかなかデカい態度で物を申しやがる。気に入らない。
「態度がデカいぞ」
だから俺はその天狗鼻をへし折ってやる。谷口はぐっと顔を顰めた。
しかしこいつはほとんど奴隷のような人間だ。どうせ頭を下げるさ。
「お一つどれか下さいませ、キョン様」
ほらな。お前にはそれがお似合いだ。
「よろしい」
俺はミートボール一個を谷口に分け与えてやった。
しかし食べ物の為にプライドを下げるなんて、谷口はその程度って事だな。自尊心も無い奴め。あははははっ!
…俺、本当に大人気ないな。
「うめぇな、これ。国木田も食ってみろよ」
誰の弁当だと思っていやがる貴様。
「いやいや、僕は遠慮するよ。キョンのおかずが減って可哀相だ。しかし、本当に美味しそうだね」
「だろう? 妹が作っているとは思えない出来栄えだ。冷凍食品に味付けしてるんだから、流石だ」
「あれじゃね? 天○食品なんじゃね?」
「お前殺すぞ、いい加減にしないと」
「そこまでは言わないけど、そう言われると僕も不安になるのでやめてくれないかい、谷口?」
谷口、そのうち誰かに殺されるんじゃないか?
こいつの固有結界は人をイラつかせるのに特化しすぎている。
しかも本人が無意識に展開してるってのが本当にウザい。死ねば良いのに。
「ふん、キョン。俺はお前ごときには勿論、誰からも殺されはしないんだぜ?」
「よし、ちょっとベランダの手すりに立て。俺が突き落としてやろう」
「面白そうだね、僕も手伝うよ」
俺と国木田は立ち上がり、谷口の制服の襟を掴んだ。
「すいませんでした」
「うむ」
「ははは」
だが、こんな日常が良いんだ。少なくとも俺はそう思っている。
なんだかんだで、死んで良い奴なんて居ない。
ハルヒも、長門も、朝比奈さんも、古泉も、谷口も、国木田も、誰も彼も。
大切な日常のピースなんだ。揃ってないと日常ってパズルが完成しない。
一人一人が大切な奴なんだ。
 
………。
 
そして学校も終わり、夕方。
SOS団の活動も終わり、下校道。いつものように俺は家へと帰るべく歩いていた。
隣にはいつもはセットではない谷口と国木田、そのおまけとして阪中も居る。
こいつらは今日ハルヒに巻き込まれてSOS団に参加していたからこうして一緒の帰宅となっている。
活動中、毎度のように谷口は凄く嫌そうな顔をしていた。国木田と阪中は楽しそうだったけどな。
ちなみに何をやったかと言うと鬼ごっこだ。マジで何だ、ソレと俺でも思うよ。
「でも、キョンくんは本当に妹さんと仲良しなのね」
で、見ての通り会話の題は現時点で俺と妹の関係だ。
「まぁ、こいつはシスコンだからな」
「違う。あいつがブラコンなんだ」
ブラコンどころのレベルでは無いけどな。家族愛を超えてしまったわけだし。
もしかしたら超絶にヤバいかもしれないし。改めて認識すると…若干恐怖だな。
感情を俺じゃなくて違う奴に向けてくれればなぁ…。
そうしたら妹の容姿は幼い事この上ないが悪くないし、相手をロリコンに目覚めさせられるだろう。
育てばハルヒのように容姿だけは素晴らしい人間になると俺が自信を持って言ってやろう。
生憎、俺は兄という立場上その魔術に掛かることはないのが残念だ。
しかし妹はそんな俺に今でも弁当やら靴やらで尽くしている。少し悪い気もする。
まぁ、そのうち別の男を好きになってくれるだろう。
まだ若いんだから出会いの可能性は豊富だ。俺なんかよりもまだまだ。。
…それはそれで兄として寂しいのだろうけど安心することもある。
「じゃあまた明日な」
俺一人と他三人に分かれる道に着き、俺は手を上げてさようならを言う。
「またな、キョン」
「バイバイ、キョンくん」
「さようなら、キョン」
こうして国木田、谷口、阪中と別れて俺は一人になった。
しばらくそうやって一人で歩いていると俺は前方に見慣れた人物の影を見た。
それが誰か解った刹那、背筋が少しだけ凍るような感触を覚えた。鳥肌も立った。
もしかして待ち伏せしていたのか、と考えてしまったからだ。間違いなく恐怖。
夕日に背中を照らされているのは、見間違うことのない、俺の妹なのだから。
だが前方を歩く妹は俺に気付く様子も無く歩いている。よく見ればランドセルも背負っていない。
友達の家からの帰りなのかもしれない。そうだと思いたい。そうだと思わせてくれ。
「おい!」
駆け寄って声を掛けるとビクッとしてから妹は振り返った。
そして俺の姿を視界に入れると嬉しそうにパァッと笑顔になる。凄い瞬間的に。
「あ、キョンくんだ。学校の帰りなの?」
俺を見上げる妹はとても元気にワイワイ騒いでいる。
「あぁ。お前は?」
「ミヨちゃん家に行ってたの。今帰ってる最中なんだよ」
そうか。やっぱりそうだよな。
………もう忘れよう、俺。アレは既に過ぎた事なんだ。ただの過去なんだ。
何を疑っているんだろう、俺は。もう疑うこともないのに。
「じゃあ、一緒に帰るか」
「うん!」
妹が俺の手をぎゅっと握る。幼い頃から変わらないな。
血のように赤い夕日が背中から光で刺してきて俺達二人の影を作る。
手で繋がっている影はブラブラと手を動かしながら歩いていた。
「ねぇ、キョンくん。今日の弁当どうだった?」
毎度毎度尋ねてくる質問だが、これにはいつも同じ答えしか返した事はない。
「ん? 美味しかったよ、とてもな」
実際問題マズい料理が無いのだからワンパターンになっても文句は言えまい。
ただ一回だけ凄まじい料理があったけどな。
あの時ばかりは流石に美味いとは言えなかった。…どうしてカレーと麻婆豆腐を混ぜたんだろうな…。
「えへー。良かった」
妹は俺の言葉に満足し、照れて顔をちょっとだけ赤くした。夕日のせいであまり変わらないが。
「あまりに美味そうに俺が食ってたから谷口もくれって言ってきてな。一個ミートボールあげたらあいつも絶賛してたよ」
そう言った刹那。
「え?」
妹がピタッと立ち止まった。手を繋いでいる関係上俺も止まらざるを得ない。
「どうした?」
手に力が入って、震わせているのが伝わる。
「わたしは、キョンくんの為だけに作ってるのに…キョンくん以外の人が食べるなんて許さない…」
「!?」
アレの雰囲気がした。あの俺の前で自分にハサミを突き刺し続けた妹の雰囲気が。
妹? 俺と今手を繋いでいるこいつは…俺の妹なのか?
「わたしを他者が食べるなんて…ふざけないで……」
こんなに淡々と低い声で呟いているこいつは…。
明らかに憤怒の色を隠しきれていない。
「…おい」
俺の脳裏にあの日の妹が蘇っていく。せっかく少しだけ薄れていこうとしていたのに。
あの発狂した状態。あの状態の雰囲気が徐々に徐々にはみ出している。
と、いきなりその空気は霧散し、妹はニコッと笑った顔で振り返ってきた。
その差にゾクッとする。が、
「でも、くれって言ったのなら仕方ないよね。キョンくん優しいから」
と言ってきたので俺は脱力した。なんだ、何を危惧しているんだよ、俺は。
「まぁ、今度からなるべく人にはやらないようにするよ」
「うん。ありがとう、キョンくん」
こいつは…妹。俺の妹じゃないか。不安になることなんてない。
この笑顔は本物だ。間違いない。
「ほら、早く歩け。まだ帰ってる最中だぞ」
「解ってるよ」
繋いだ手をブラブラと再び動かしながら俺達は家路をゆっくりと急ぐ。
 
<妹サイド>
 
ごめんね、キョンくん。キョンくんには謝らなくちゃ。
わたし、嘘吐いたんだよ。ミヨちゃんの家に居たのは本当。でもね、その後ずっとここで待ってたんだよ。
ここの道を通るのは知ってたから。少しでもキョンくんの傍に居たくて。
あともう一つ嘘を吐いたの。仕方ないよね、なんて。
駄目だよ。やっぱりそれは駄目なんだよ。…許せないよ。
わたしはキョンくんだけに食べて欲しかったんだから。別にキョンくんを許せないわけじゃない。
 
許さないよ、あんなクソゴミ野郎。
 
要らない。谷口くんなんて奴は要らない。不必要な存在なんだ。存在そのものが無価値。
伐採しなくちゃ。要らないモノは伐採しなくちゃ。そうじゃなくちゃ維持できない。
わたしを食べて良いのはキョンくんだけなんだから。
わたしが篭った料理を食べていいのはキョンくんだけなんだから。
上から下まで全部キョンくんのなんだから。
誰か他の奴に食べられたなんて虫唾が走るぐらい気持ちが悪い。
吐き気がする。冗談じゃない。
他の人間が食べるなんてそんなの強姦も同じ。私には、何よりも苦痛なの。
レイプされた人の気持ちなんて解らないけど、きっとこういう気持ち。
だから許せない。そして許さない。
そうだ…きっとキョンくんに無理にせまって無理矢理奪ったに決まってる。
いつもわたしの弁当を残さず食べてくれてるキョンくんが弁当を分けるわけないもん。
とてもとても大好きな弁当だよ? 残さず食べてしまうぐらい大好きな弁当なのに。
きっと強く言われてるんだ。言うなって言われてるんだ。
無理に食べたのを隠せって要求しているんだ。
酷い友達…。キョンくんのような素晴らしい人格者に相応しくない。
そんなのと居たらいけない。影響を受けてしまう。
そんな奴、殺してやりたい。ううん、殺す。
絶対に、殺してやる。
キョンくんとわたしの邪魔する奴は全員死ねば良いんだ。
間に立つことなんて絶対に認めない。そもそも入ってこようとする時点でいけない。
だからこそ死なせてしまおう。邪魔される事によってわたしはその権利を得たんだから。
だってやられたら、やり返してもいいんでしょう? わたし、殺されたぐらい苦痛を受けたよ。
だからやられたから、殺り返さなきゃいけないよね。
権利は執行しなきゃ。権利であると同時に義務なんだもん。
義務を遂行しない怠け者に権利を主張する価値なんてないもんね。
たいした納税もしないくせにダラダラ過ごして権利を主張するニートなんかになりたくないもん。
わたしは働き者だから。わたしの大切なお兄ちゃんの為だけの。
これはただの報復。そう、誰も非難なんて出来ないんだよ。止められないんだよ。
ああ、これでやっと間引きが出来る。
ん? そうか。これはきっと神様の仕業なんだね。神様の悪戯っていうスイッチなんだよ!
神様は私に道を示してくれた。間引きする為の道を。やっとそのスイッチが押されたんだよね!
解ってくれた。神様はわたしを解ってくれた。
これからちょっとずつ減らしていけば良いんだ。うん、そうだよ!
まず谷口くんから減らそう。 良いよね、わたしだけのお兄ちゃん? だってそんな奴要らないでしょう?
 
じゃあ、早速………。
 
家に帰ってから降り出した雨の中。
わざわざその中を雨合羽を着てここまで殺しに来てあげたのを感謝して欲しいかな。
 
―――ピンポーン。
 
『はぁい』
「あのすいません、キョンくんの妹ですけど―――」
『キョンの? この雨の中をわざわざ……あぁ、とりあえず今から開けるから待ってろ』
「はぁい」
 
―――ガチャッ。
 
「どうしたんだ?」
馬鹿っぽい顔してる。本当に馬鹿っぽい顔。
何も警戒しないで開けちゃって。まるで小学生みたいだね。
あ…私も小学生か…。じゃあ、小学生以下だね。情けないほど愚昧な人。
生きていてもそのうちに破滅しちゃうんだろうなぁ。じゃあ、今死んでも同じかな。
「ちょっとキョンくんの事で相談がしたくて…」
「そっか。じゃあ、上がれよ。今、誰も居ないし、暇だったし丁度良いや」
こんな簡単な嘘に騙されるんだ。何も考えてないんだね。嗤っちゃうよ。
やっぱりニートだ。学生なんて所詮身分。職業じゃない。
働かない奴なんて全員ニートだ。キョンくんは家でわたしと遊んでくれたりして働いているのに。
例え学生が職業だとしてもコイツだけは例外だ。コイツは、ふざけてる。
存在そのものがふざけている。ふざけていないという事はまず有り得ない。むしろふざけ過ぎている。
あぁ、駄目だ。見れば見るほど殺したくなってきちゃった。堪えられない。
でも、その為に私はこうして隠し持ってきたんだもんね。
よし、殺しちゃおう。ん…殺す?
あ~それは違うかなぁ…それじゃあ言い方が悪いもんね。聞こえが悪いし。
なんだろう…制裁、かな。そうだ。これは神様が認めてくれた制裁なんだよ。
権利を与えられたんだよ。だから制裁だよ。贖罪。
断罪に服させるべく、ここに来たんだよ、私は。
未だに自分の危機に気付かないバカは冷蔵庫からわたしの為に飲み物を探しているらしい。
アホらしい。今から自分を殺す相手に何を出すつもりだろう。
本当に、無知ってのは可愛らしいんだね。でも、関係ない。
足音を立てないようにそっと近付く。
いくら馬鹿でも後ろに回している手から前へと突き出すだけの時間で反射的に避けるかもしれない。
だから隙が無いように振り向く前に首を切る。
「ねぇ、谷口くん」
ほら、階段を上っているよ。谷口くんが天国への階段を。
わたしはそれをただただ見つめている傍観者。階段を上らせている執行人だけどね。
「ん? どうしたんだい?」
「あの、お願いがあるんだけどね」
「うん、何だ?」
さぁ、この罪深き愚か者に、
 
「死んで」
制裁を。
 
―――ブシュッ。
 
「………え?」
喉を裂いて、
 
―――ピチャッ。
 
「がっ…あっ……」
耳を切り落として、
 
―――グシュッ
 
「……っ………」
眼球を抉って、
 
―――。
 
腕を、頬を、背中を、胸を、腹を、腿を、足を、指を、骨まで肉まで内臓まで断つように。
 
――――――。
 
死んでも、死んでも、その体に罰を刻みきるまで何回だって殺す。
一回なんて甘い。何回だって死ね。死ね。死んでしまえ!!
 
―――――――――。

「ハァ…ハァ…ハァ、アハハハ…アハハハハハハハハハハッ!!」 
でも、やりすぎちゃったかな?
「えへへ。わたしったらお茶目さん。さて早く、帰らなくちゃキョンくんが寂しがるよね」
血がついている着ていた雨合羽を脱いで洗い、指紋がついていそうなものを拭いて外に出る。
サスペンスドラマ見た限り、これぐらいで大丈夫…だよね?
「さて、次は誰を減らそう」

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最終更新:2020年08月19日 15:41