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……こちらのお話を踏まえています。

   ・長門有希の勝負

   ・春先の風物詩

   ・涼宮ハルヒのあの日

 

 

『長門有希の春色』

 

 

この前の「学年末試験対策講習会」のおかげで、嵐の試験は無事にやり過ごすことができた。つまり一つ進級できるってことだ。しかもハルヒ達のご指導の賜物で席次さえ上がったんだから、驚きだぜ。俺の親もいたく感激して、是非ハルヒさんにお礼を、などと言ってやがるが全力で阻止中だ。そんなことされて、ハルヒを調子に乗せてみろ、地獄の猛特訓が連日繰り返されるに決まっている。放課後の俺の大切なティータイムをつぶされてたまるか。

あの講習会の日々が脳裏に蘇ってきて春だというのに寒気がする。そういえば、あのとき長門は花粉症でくしゃみを連発してたっけ。そのくしゃみっ娘は、今、俺の隣を普段通りの無表情で歩いている。

 

4月、それは始まりの季節。ひと目でわかる新入生や新入社員が街中にあふれている。ハルヒに言わせると、

「宇宙人、未来人、超能力者が紛れ込むにはもってこいじゃない! きっといるはずよ、捜すのよ!」

だとさ。いつまで灯台の下にいるつもりだろうね。そんなわけで春休みの最後の1日だというのに、俺たちSOS団の面々は相も変わらず不思議探索に駆り出されているというわけだ。

 

午前の探索は長門とペアになった。ハルヒ達と別れて2人だけになってから、念のため確認してみた。

「また、図書館に行くのか?」

「いい」

えっと、それは肯定か否定か?

「否定。少し歩きたい」

おや、珍しいこともあるもんだ。

そんなわけで、俺は、もうすぐ満開になる桜並木の川沿いのお馴染みの遊歩道を、長門と並んで歩いているというわけだ。

 

世の中的には平日なので、花見にやって来ている人も多くはない。静かでのどかな1日を予感させる。

 

長門はというと、いつもの北高指定のセーラー服にカーディガンを羽織って、ちいさなポーチをぶら下げている。時折舞い落ちてくる花びらを目で追いながら、ゆったりとした足取りで、そこかしこに充満する春を観察しているようだ。

 

「やっぱり制服なんだな」

俺は桜の木を見上げながらつぶやいた。

「……」

「それって、いつか言っていた勝負服だったりするのか」

「……そう」

「えっ?」

思わず声が出てしまった。マジですか? 俺は、前方をじっと見つめたまま歩く長門の姿をあらためて眺めてみるが、普通に制服だ。

「今日は特別。カーディガンもソックスも、下着も、勝負仕様」

そう言った長門は、立ち止まって俺の方を振り向き、漆黒のまなざしで見上げている。

23つと桜の花びらが落ちていく間、俺は長門の真意を測ろうとしたが、無表情の向こうには何も見えなかった。

「一応聞くが、勝負服って意味、わかってるのか?」

「以前、探索の時に涼宮ハルヒがつぶやいていたことがある。『今日はキョンと2人になれると思って勝負服着てきたのに……』 と」

再び歩き出しながら長門は続けた。

「あなたと2人だけの時、または2人だけになりたい時に身に着ける服のことを勝負服、と理解した」

そうか、長門に入れ知恵したのはハルヒだったのか。

まぁ、勝負服の定義としてはあながち間違いとは言えないが、毎日見慣れているセーラー服では俺にとっては勝負にならない。ただし、今日は見えないところを含めて勝負仕様にまとめあげたらしいので、俺としては謹んで長門に1勝を献上することにしよう。

隣を行くショートヘアの横顔を見つめながら、俺はふと気づいた。

「ひょっとして、今朝のくじびきは細工したのか?」

「……くじも勝負も時の運」

振り返ることなく、長門は答えた。

 

 

その後なぜか運よく空いていたベンチを見つけて、俺たちは一休みすることができた。そろえた膝の上にポーチと両手を乗せた長門の隣に俺は腰掛けた。

「最近、どうだ?」

「……どう、とは?」

「人間界に溶け込んで、エラー無くやってるか、ということだ」

あの12月の出来事以来、長門なりにいろいろと苦労してるんじゃないかと、俺は思っている。長門が言うところのエラーとやらも発生し続けているのかも知れない。最近は、あえて花粉症になってみたり、『絶妙な』というより『妙な』冗談らしいことを言ってみたりしている。今日だって「下着まで勝負仕様」だなんて言い出すし。

「私がここにいる限りは、エラーの発生から逃れることはできない。ただし、以前とは異なり、エラーを取り扱うための異常系処理や例外処理の充実が図られている」

「……」

「また、涼宮ハルヒの観察以外にその周辺の人々を観察し、その中に順応していくことも、自律進化の可能性を探求する上で重要視されなければならない、と私および情報統合思念体は判断した。観察を効率よく実施するためには、人間との間に円滑なコミュニケーションを確立することが必要。そのためには、情報の伝達に齟齬を発生させないような正確な会話だけでなく、慣用的な表現や冗長性を持った表現、隠喩やたとえ話、言葉遊びなども駆使しなければならない」

「……つまりなんだ?」

「ユーモアやジョークも必要」

 

うーむ、久々に長台詞を聞いたと思ったら、そう来たか……。饒舌になった長門そのものがジョークのような気もするが、そこは俺の心の内にしまっておこう。

「そういえば、ハルヒが腹が痛いとか言ってた時も、お前の一言で気がまぎれたと感謝されていたな」

「あのアドバイスは厳密には正しくない。妊娠期間中および授乳中は生理は休止していることが多いが、それは1年を少し超える程度の期間しかない。アドバイスとしてもジョークとしても不十分」

「そ、そうなのか……」

「そう」

 

時折、平日の午前中から花見で騒いでいる声が響いている。いい気なもんだ。異世界人でも混じっていないか心配になってくる。

 

「それにしても、さすがにいろいろと詳しいな。保健体育もヒューマノイドインターフェースとやらの必修科目なのか?」

「読書で身につけた」

「出産や育児の本も守備範囲というわけだ」

「ジャンルは問わない」

流石だ、長門。

 

少しの沈黙の後、長門は続けた。

「私のようなインターフェースは、当然、人間との間で子孫を残すことは不可能」

「そりゃそうだろ。できたとしたら八百万の神々への冒涜だ」

「ただし、物理的な身体構造は人間と同じ。そのため男女間の行為は可能だが、妊娠することはない。つまり……」

ちょっと言葉を区切った長門はつぶやいた。

「毎日が安全日」

 

………………。

いったい幾つ3点リーダを並べればいいのだ。

驚いて見つめる俺を、自称全身勝負服仕様の無表情な有機アンドロイドのまっすぐな視線が突き抜けていく。

長門、それは俺の理解できる冗談のレベルを超えているぞ。

本当に冗談なのか、それとも……。

 

その場で固まってしまった俺をおいて、長門はベンチから立ち上がると5-6歩進んだところで桜を見上げた後、ゆっくりと振り返った。緩やかな風にわずかに舞う桜の花びらの向こうに凛とした感じで佇んでいる。柔らかい春の日差しが降りそそぎ、淡く霞んだ景色の中にその小さい姿が浮かび上がる。

どうしたの?

と俺を見つめているようだ。俺はふっと軽く笑って、やれやれだ、と心の中でつぶやきながら、春色に染まりつつある無垢なアンドロイドに歩み寄った。

 

Fin.

 

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