SOS団を立ち上げて2回目の春がやってきた。
部室の天使だった朝比奈さんはもうすぐ大学へ進学することになっている。
鶴屋さんと同じ日本の古い都にある大学である。

お別れパーティは大騒ぎになった。
団長じきじきの卒団証書の授与に至って朝比奈さんの涙は止まらなくなり、さすがにこのときは誰もがジーンときて、ハルヒも口をへの字にして窓の外をにらんでいた。

部室を出るとき、朝比奈さんは鶴屋さんとやってきた。
「キョン君・・・本当にお世話になりました、涼宮さんとお幸せに」
「ちょ、朝比奈さん、俺とハルヒはそんなんじゃないですってば」
朝比奈さん(大)に踊らされながらも、この二年間で、さまざまな未来を規定事項とする活躍をし、彼女の見習い期間が終わる。
彼女の任務の性質上、四六時中ハルヒにくっついている必要はもともとなかったわけで、一応の目処が立ったことで、俺たちの前からは姿を消すということなんだろう。
「少年、そろそろ年貢をおさめるっさ~。あんまり優柔不断なのはすべてを失うもとだよっ、それともあれかい?まだこっちの宇宙人のほうにも未練があるにょろ?」
鶴屋さん、が俺の側頭部をつついていった。
それシャレにならないですって。
「まぁ君の気持ちもよぉくわかる。でもねいつかは決めなきゃいけないことさ。いつまでもモラトリアムってわかにはいかないよっ、ジャンルの違う女神、さぁどうするぅ?」
最後にはいつものように笑い転げながら、鶴屋さんは大きく手を振って去っていった。
やれやれ何もかもお見通しってわけか、鋭いひとだなぁ。

まったく正直なところ、いまのおれはどうしようもない自家撞着に陥って、身動きならない羽目になっちまっている。
どちらを選んでも、残ったほうの事を考えてしまうからだ。
俺の気持ち云々はさておいても、俺が選択を行ったときに起こることを考えると、少しでも問題解決を先延ばしにしてその間に全てを解決してくれるような何らかの妙案をひねり出すしかないような気がする。そんなものがあるとして、の話だが。


ハルヒの命令どうりパーティの後片付けを終え、長門と古泉が部室を出ていった。
ハルヒは白い襟付きのジャケットをきながら向こうを向いたままきりだした。
「で、あんたどうするつもり?」
「どうするってなにが」
「進路よ進路。大学、行くんでしょ? このまえ岡部に呼ばれた話あたしにしたじゃない、あたしあれからいろいろ考えたの」
お前が考えるとろくな結論にならないような・・・
「でその件に関してちょっと話したいんだけど、これからあたしんち来れる?」
これからかよ、いつものことだけどお前は俺の都合ってことをだな。

「あたしはいいのよ?別にどうだって。あんたの進路でしょ?」
というハルヒの後姿を見るとなんとなくいつもと違う。なんだろうこの違和感は、とおもってよく見ると、耳の後ろからうなじにかけて朱を差したように染まっている。
なんだこりゃ、どうしちっまったんだハルヒ?
こういうときは特に逆らわずこいつの思いどうりにしてやったほうがいいような気がして、おれは言った。
「わかったよ。」
ハルヒはなにごとかを思い切るように、俺のほうに向き直って言った。
「決まりね、ついてらっしゃい。」

そういえば俺はこいつの家がどこにあるか正確には知らないな。とちょっと意外な気がした。
気になるのは、いつもはあんなに饒舌なハルヒが怒ったような顔をして無言で考え込んだようなふうを続けていることだった。
よく見ると頬のあたりが上気したままだし、そのくせ表情はこわばっていて、なんとなく俺はこの先に待っている話とやらがあんまりいいものではないような気がしてきた。
「なぁ、ハルヒ? 話ってどんなこと?」
「うるさい、ちょっとしばらく黙ってて」
へいへいそうですか。俺は肩をすくめる。

歩きなれた坂道を二人で肩を並べて通り、例の公園のベンチのそばにあいつの家はあった。
「ここよ」
と指差した道沿いの玄関のかぎを外して、ハルヒは俺を招き入れた。
「お邪魔しまーす」われながら間の抜けた声で挨拶をする。
「今日は両親とも居ないわよ、親戚のうちで寄り合いがあるから。バカみたいな挨拶は止めてよね、ほんとに親がいるときはもっときりっとしなさいね?でないと」
と、いって言いよどむ。
でないとなんだよ、俺はだな、一般的な高校生としてできるかぎりの挨拶をだな。
「もういいから入んなさいよ、さっさとあがって」
「こっち」

通されたハルヒの部屋はとてもいいにおいがした。香水とかそういうんじゃなくて、これはハルヒのにおいだ。
「ちょっと待ってなさい、なんか飲み物もってくるから、そこらのもん勝手に触るんじゃないわよ!」
と指を突きつけて足音高く去っていった。
やれやれ、俺はあえてトラの尾を踏むような趣味は持ち合わせてないんだよ、ハルヒさん。
清潔な部屋とハルヒのかぐわしい香りのなかで、おれはなんとも言えないむずがゆいような面持ちで、じっとハルヒを待った。

飲みものを小さなトレイにのせて、ハルヒは戻ってきた、小さなテーブルの上にコースターとコップをおいて、おれの正面に座る。
ハルヒはしばらく黙って俯いている、こりゃこいつらしくもない、なんかいつものハルヒと違うな、と漠然と俺は感じた。

「ねぇ、キョン」
とやがてハルヒは意を決したように俺の目をまっ正面から見て言い出した。
「あんた・・・あたしのことどう思ってるの?」
そういう顔がほんのり赤い。
「どう・・・って、なにがだよ」
「あんたってまったく救いようのない超鈍感ね。」
「つまり・・・すきとかきらいとか、そういうことよ、あんたあたしのことどうするつもり?」
どうするつもりと突然聴かれてもだな、ハルヒよ、そんなことはもっと、ほらしかるべき手順を踏んでだ、そういう気分のときに聞くべきもんであってだな。

こんな風に、万引き発覚の後取調室につれてこられたときのような切り出し方をされてもだな。

「ごまかさないで。あたしはこれでもまじめよ、返答しだいによってはもうSOS団も終わりって覚悟で聞いてんの、あんたもそれなりの誠実さを持って答えなさい。」

脅迫だ。

おれはハルヒの目を見た、なにやら決死の思いがこもった眩しい視線にたじろいで、おれはクラクラした。いつもの強気一辺倒なだけじゃない、祈るような風味まで付け加わって、俺を正面から突き刺してくる。
たしかにこれはただ事ではないな、と思った俺は、俺なりに自分に正直になろうと心がける。
「俺はおまえのことが、好きなような気がする。」
「毎日の楽しさにかまけて、将来のことなんかはまだ突き詰めて考えたことはない、ただお前の居ない世界はきっと味気ない。できればこれからもずっと一緒にいたいと思う」


ハルヒの下瞼にうっすらと涙が浮かぶのを俺は見た。

「あたし、あんたが好きなの、いつかからかは覚えていないけど、気がついたら、あんたのことばかり考えて」
「こんなのあたしらしくないって、おもったけど、なんともできなくて、あんたいつもフラフラしてるし、ここまで時間が過ぎたけど、これからのことを考えて、はっきりさせておきたいの。」
「あたしは器用な恋愛ができるようなタイプじゃない。 生涯に一回大恋愛をして、そのままそのひとと、同じ道を歩いていきたいの」
「あたしに関して言えば、気が変わるとかそういうことはありえない。一度決めた相手と死ぬまで一緒にいたいと思ってる」
「あなたそれだけの覚悟をもってあたしを愛してくれるつもり?」
いつも不意打ちだな、ハルヒ。おまえらしいわ。

俺も男だ、そうまで言われたら腹を括ろうじゃないか。お前にこんな告白を貰うなんざ男冥利に尽きるってやつだ。
おれはハルヒの目を見据えていう。
「いくつになっても、いつまでも俺はお前のそばに居る。何があっても、何が起ころうと、死ぬまでお前が笑っていられるようにする」

たっぷり10秒ぐらいハルヒは俺を見つめていた。
彼女の頬を透明なしずくが伝い始める。
ハルヒが泣いている。こいつの泣き顔ってそういえば初めて見るんだ。
俺を見上げて、静かに言った。

「今日は泊まっていって。 あなたとあたしの記念日を祝うために。あたしはあなたに刻印を押す。あなたは私に刻印を押す。」
「あたしたちの新しい生涯の初めにあたしを見て、感じて。」
胸が息づいて服の上から見てもわかるくらい上下している。

消えた部屋の明かりのもとでもハルヒの身体はとても白かった。
全ての布を取り払ったハルヒは囁くように言った。
「覚悟して。あたしはしつこいよ」
おれは彼女を強く抱きしめた。彼女の肌はとてもいい香りがした。


週があけて、月曜日の朝、ハルヒは大変な爆弾を破裂させる。
ホームルーム直前の教室で、あいつは教壇につかつかと上がって、宣言する。
「きょうから、あたしキョンとつきあうことにしたから、みんなそのつもりで居てよね」

みんなの目がいっせいに俺を射る。か、勘弁してくれ。
谷口がボソッと言う、「なにをいまさら、おめえらいつもいちゃついてるじゃねえか、一年のはじめからよ」
「まぁあれだ、みんな祝ってやれよ、曰くつきの超電波カップルがとうとう宣言しやがったぜ。へん、ご馳走様の極みだあほらしい。せいぜいバカップル振りを晒すがいいさ。」
教室が歓声やらひやかしで沸きかえる中、おれは『もういっそ殺して』とその場に立ち尽くすしかなかった。

その日の昼休み、ハルヒは俺にいった。
「みんなにはああいったけどね、あたしはこれまでと変わらないでいたいの。そこらのバカップルみたいに人の目のあるところでいちゃいちゃするなんていうバカなことはしたくない。」
おれはこいつにこういうデリカシーがあることがほんのちょっと意外な気がして、こいつをまた見直す気になった。
おそらく長門のことを考えているのだ。
「おれはそれでいいよ。」
「で、有希の事どうするつもり? あの子を不幸にしたらあたしあんたを許さないわよ」
どうってなんだよ。
「わかってるでしょ?あの子あんたのこと好きよ。それもずっと忍んでる。報われないことを知っていて、それでもあの子はあんたのことを思ってる。」
「あたしはね、有希のことが本当に好きなの、あの子が幸せになるためならどんなことだってしてあげたい。」

俺にどうしろと。
「あんたが何かいい方法考えなさい。あの子を傷つけたら承知しないんだからね。」

おまえな、そりゃないだろ。おれがずっと思い悩んできたのはこの事態なんだ。

「あたしは浮気は絶対みとめないわよ、でも有希に限っては多少のことは多めに見ようか、っという気にすらなる。あたしが動いて先にあんたのこととっちゃったわけだし。」
「それにあんた有希のこともすきでしょ。」

おまえにそういわれて、ほいほいと両天秤かけるほど、軽い男だとは思わんでくれ。俺の値打ちが下がる。
「確かにおれは長門のことが気になる。好きかも知れん。なんとかできるもんなら、そりゃいいだろう。ただおれはなんともできんぜ。」
「とにかく」とハルヒは俺に指を突きつけていう。「ちゃんとあたしも有希も幸せになれるように、死ぬ気で考えなさい。いいわね。団長命令よ。」
と言い残して去っていった。
おいおい、一体俺はどうすればいいんだよ。

放課後の部室で長門はいつものように本を読んでいる。
ハルヒは岡部に呼ばれたらしく遅れるらしい。
窓から一陣の風が吹き込んできて長門の髪を揺らす。
どうしたもんかなぁ、と考えながら漫然と長門を見つめていたようで、長門は読んでいた本からふと目を上げて、俺だけにわかる角度でかすかに首をかしげた。
「・・・?」
「い、いやなんでもない」
うろたえるな俺。
めずらしくはっきりためらったとわかる間をおいて。
「涼宮ハルヒが交際を宣言したと聞いた」
「う、うん」
またしばらく間。
「本当?」
「え、ああ。そういうことになった。」
「・・・そう」
長門はかすかうつむいた。睫毛で目の表情を隠している。
白い指が緩慢に動いて制服のタイをいじっている。
い、いかんなぁ。
「・・・そう」

もう一度いったあと、長い間をおいて、
「今日あとで私の部屋に来てほしい。7時。」
俺から顔を背けて平坦なトーンで呟くように長門は言った。
そう告げて読んでいた本を静かに閉じると
「今日はもう帰る」
と言い残して、静かに立ち上がった。

「おや長門さん、今日はもうお帰りですか?」
と古泉が入ってきた。
やつはいつもの笑顔で俺に口を寄せて言う。
「聞きましたよ。涼宮さんと交際を高らかに宣言なさったそうで」
顔が近い。息をかけるな。俺がしたんじゃない。
「大変いいことではないですか。これで僕たちの機関も肩の荷を半分ぐらいは降ろしたような気分です。そもそもなんでこんなにぐずぐずしていらっしゃったのか理解に苦しみますけどね。」
こちらにもいろいろ都合というものがあるのだ。機関とやらの思惑どうり、くっついたり離れたりできるか。
「あなたもとうとう年貢を納めた、ということですね。まさにハッピーエンドというべき、喜ばしい事態ですね。」
「僕としてもあなた方お二人の、言い出せない青春絵巻を脇から見てため息をつくのにも少々飽きがきていたところです。」
殴るぞ。
「おにあいですよ。少々羨ましい気持ちを隠せない気分です。もう勝手にやってください、としか言いようがない。」
わかったわかった、そういじめるな古泉。
「冗談です。ただこれからのSOS団に関しては、順風満帆とは必ずしもいえない部分もあるような気もします。あなたがそれを涼宮さんの機嫌を損なわずやってのけれるかどうか、非常に興味深いですね。」
お前の野次馬根性を満足させてやろうとは思わんぞ。
「あなたには期待していますよ。ほかのTFEI端末と違って彼女は非常に危ういバランスのうえでゆれている印象があります。またいつぞやのことにならなければいいのですが。」
「彼女はいまやオンリーワンの地位にいます。それがバグの危険を内包してもなお、彼女の上位者が彼女をこの時空にとどまらせておく理由でしょう。」
「そして、同じSOS団の一員として、僕は彼女も他にかけがえのない仲間として認識しています。中途半端な解決はこの僕が許しません、といったらどうしますか?」
お前も俺を脅迫するのか、古泉。
「お手並み拝見、と行きましょう。くれぐれも双方にとってよい結末を。」
念を押しやがった。


その日の夜、俺はもう通いなれた、と表現してもいいかもしれないくらい何度も訪れた、長門のマンションへの道をチャリを押して重い足取りで歩いている。
ままよ。下手な考えをいくら重ねても、ろくなもんが出てくるわけでもなく、こうなればあたって砕けるしかないと意を決して、708号室を呼び出す。
「・・・・・・」
「俺だ、長門、開けてくれ」
「・・・」
7階にたどり着いて部屋の前でもう一度呼び出しボタンを押す。
カチャリと音がして扉が開く。
前髪で俺の視線をさえぎったまま、長門は無言で俺を招きいれた。

お茶の支度をする長門の後姿がなんとなく寂しげに見えて、おれは唇を噛む。
しばらくうつむいて座っていた長門は、静かに話を始める。
「あなたは、一去年の12月18日に私が行った時空改変を覚えているか」
忘れようとしても忘れ得ない、あの激変の4日間の記憶。
そして俺の決意。

「ああ、覚えているよ」
「あのとき私をそうさせた蓄積されたエラーについてどのように解釈したか教えてほしい」
「俺たちが、あまりお前に頼りすぎて、お前の負担が大きくなりすぎて、そのストレスがバグとなった、でいいのかな」
「あなたはあの時もそのようなことを言っていた。」
「でもそれは全然違う。そしてあなたはあなたの心の中にある本当の自分の解釈に気づかない振りをしている。」
何が言いたいんだ長門。
「本当の、解釈?」
「・・・そう」
「あなたは知っている。私の心に芽生えたある感情が抑えきれなくなって、ああいうことをしたのだ、と。」
「改変後の私はどういう姿をしていたか、あなたは知っているはず。そしてその世界の私は、あなたが脱出しないよう必死に努力していたはず。」
俺はそこであった可憐で痛々しい長門の姿を思い出す。
だがこの世界の今のおまえも同じ。
現れ方は違っても、やはり長門は可憐で、哀しい。
「あれが私の望んだ姿だと知って、あなたは気がついてしまったはず。」
「どうにもならない、私のあなたへの、想い。」
ああ、わかっていたさ。お前が伝えようとした想いは、ちゃんと伝わっていたよ。

「私のあなたへの想いの始まりは、わかりやすく言える。」
「涼宮ハルヒの保全、という私の任務の重さが、全宇宙と等価といっても過言ではない、というユニークでアンバランスな状態が全ての原因。」
「そしてあなたはその涼宮ハルヒの特別な人。」
「私のなかのあなたの存在の重さはそこからスタートする。」
「涼宮ハルヒが無意識的にあなたをかけがえのない人と思えば思うほど、私のあなたの保全への比重も高まる。」

「でもそれだけではない。いつのまにか私には感情が備わっていた。」
「それはうまく言語化できないもの。無理に言葉にしようとすると情報の伝達に齟齬が発生するようなもの。それは涼宮ハルヒやあなたが私に与えてくれたもの。」
「情報統合思念体はそれをノイズと呼んではばからない。でも私にとってそれはかけがえのないもの。」
「楽しい、寂しい、哀しい、嬉しい。そういう言葉で表される概念を涼宮ハルヒはSOS団の活動を通して私に教えてくれた。」
「そしてある日気づいた。愛する、という感情。あなたが私に植え付けた感情。」

「私は涼宮ハルヒを裏切るわけにはいけない。 あらゆる意味で。」
「私のあなたへの想いは、涼宮ハルヒに対しては負の要素でしかない。」
「でも想いは捨てられない。これが私の中のエラーの蓄積。」
長門、おれは知っている。お前の一途な思い、報われぬ哀しい愛。でも言っちゃだめだ。

「私はこれまで一度たりとも言葉にしていったことはない。でも初めて言う。」
長門は静かにおれの目を見つめる。

「あなた・・・、死んでもいい。」

悲しい、悲しいな長門。でもどうして俺なんだ。こんなどこにでもいる、普通の男なのに。
俺はお前をどうすればいいんだ。それさえわかれば、それさえわかればなぁ。
気がつくと俺は力一杯長門の白い指を握り締めていた。
長門はじっと握り締められた自分の手を見ている。

やがて、長門は静かに呟くように話を始める。
「私は転校したことにしようと思っている。」
なぜ。
「あなたが涼宮ハルヒとともに生涯を歩む決意をしたと聞いたとき、私の心に訪れたこれまでとは桁の違う単位のエラー。」
「きっとわたしはまもなくこの前以上に深刻な動作異常を引き起こすと予測できる。」
「私は私自身の情報結合の解除を申請する。」
「他に方法はない。」

「俺を消せ、もういいから、俺を消しちまえ。俺を涼宮ハルヒからもお前の記憶からも消してしまえばいい。」
おれは立ち上がって叫んでいた。
「頼むから、頼むから消えるなんていうんじゃない。俺のどこにそんな値打ちがある。」

長門は立ち上がって、俺の胸に額をつけてかろうじてきこえるくらいの声でいった。
「私はあなたが欲しい、私は消えたくない。ずっといつまでもあなたとともにいたい。」
何か熱いものが俺の胸を濡らしている。長門は泣いている。
「でもそれは許されない。苦しい。」
深く静かに。



何とかしてやるぞ、何とかしような長門。

天啓のように俺の頭に去来したひとつの可能性について考える。
最良でも最善でもないかもしれないがひとつの解決方法を思いついた。

「長門、阪中の犬の事件のとき、お前とした話を覚えているか?」
「有機生命体の意識の話。覚えている。」
「俺の魂、-意識-を俺の肉体から分離させることは可能?」
「データ化は可能かもしれない。情報化のプロセスは完全無謬である必要がある。」
「それをコピーしてお前の中に取り込め。あらゆる意味でお前にとってはそれは俺そのものだ、違うか?」
「・・・違わない、肉体がないという点だけを除いて。」
「俺はお前の中で自分の自我を保ったままお前とともに生きられる?」
「可能。私はあなた、あなたは私。何者も私たちを妨げることはできない。」
「やってみる気はあるか?」
長門はそれ以上何も言わず、コクっと頷いた。

「私の作るプログラミングされたナノマシンをこれからあなたに注入し、あなたの情報を完全にスキャンさせて再回収する。」
ナノマシン・・・また噛まれるな。

「わかった、俺はどうすればいい?」
「何も、ただしばらく目を閉じていて欲しい。」
何でもお前の思うとおりにしていいぞ。

目を閉じた俺の唇は、突然暖かくて同時に冷たい、信じられないくらい柔らかな感触に覆われる。
『長門・・・おまえはかわいいなぁ・・・』
「ずっと、・・・こうしていて」
おれは彼女の細い身体を強く抱きしめた。

ナノマシンの回収とやらが終わって、なんとなく名残惜しそうに彼女は俺から離れた。
ずっとこうしていたかったが、そういうわけにもいかないよな。

「蓄積されたエラーが消えてゆく。私が目覚めたあの夜降っていた水よりももっと儚い花びらが消えるように。」
「私はあなたとともにある。これからもずっと。」
「あなたを取り込んだ私は、あなたとともに何かもうひとつ高みを上った存在になってゆく。」
「それでもそれは、長門有希であることは確か。」
「私に訪れた永遠の平穏。私はいまとても幸せ。」
「みんななにもかもあなたのおかげ。」
「ありがとう。」
長門は微笑んでいる。それは神のような微笑みだった。

長門の部屋から帰り、夜空を見上げて考える、あれでよかったんだよな。



翌朝の教室、俺は後ろからのなじみのシャープペンシルの先っちょによる呼び出しをうける。
「で、どうするの?」
どうってなにが
「有希のこと。」
「そのことはたぶんもう問題ないと思うぜ。」
「???問題ないって、そう簡単に解決できるような問題じゃないでしょ。あたしがいくら考えてもいい解決方法が浮かばないのに。あんたを二つに割るとか、曜日で担当を替えるとか、三人一緒に暮らすとか。」
「おー最後のやつ希望だ。」
「ばか。まじめに考えなさいよ。」

だから、もう大丈夫だと思うっていってるじゃないかハルヒ。
「あんた、まさか有希に変なことしたんじゃないでしょうね。もしそんなことしたら、即あたしたちの仲も解消よ。」
してないしてない。ナノマシンの注入と再回収だけ、ゲホンゲホン。
「はぁ?何訳のわかんないこといってるの。頭おかしいんじゃないの?」
「まぁいいわ。放課後部室に行けばわかるし。」
「あたしあれ以降有希と顔合わすの初めてになるのよね。平静でいられる自信がないわ。」

ハルヒの不安げな表情なんぞはそうそうお目にかかれるものじゃない。
「俺、今日は掃除当番だから、遅れるぜ。」
「ちょうどいいわ。女同士先に話しつけとくから。」
おいおい手荒な真似はよせよ。おまえがいうとなんか恐いんだよ。

そして放課後
「あの・・・有希。もう知ってるかな。その・・・あたしね、キョンとつきあおうかなって・・・もしあんたが嫌じゃなければだけど」
「あんたが嫌ならなんか相談していい方法を考えましょ」
「・・・そう」
「・・・わたしは嫌。あの人を返して。」
「え、え、え、有希それマジで言ってるの、なんかキャラ違う?」
「・・・・・・」
「・・・いまのは冗談。おめでとう。私もとても嬉しいと感じている。」
「ううそっ、有希が冗談言うなんてはじめてみたかも、っていうか嬉しいって嘘よね?」
「あなたは私の彼への想いに気づいている。でも私はなんとかこのことを克服できる。」

ハルヒはワンワン泣き出してしまった。
「ごめん、ごめんよう有希。あたしとうとう我慢できなくなって・・・」
「あなたを裏切ることになるの知ってて、あいつを独占しちゃった。」
「そのことはもういい、私は大丈夫。」
「あきらめるの? それはそれで、・・・」
「あきらめるのではない、でも心配要らない」
「キョンも心配ないとか言ってた。なぜかは言ってくれないの。有希も教えてくれないの?」
「教えない。でもあなたが心配するようなことにはならない。」
「もし浮気するなら、絶対あたしが気がつかないようにして。でもしないで。」
「しない。安心していい。」

長門はハルヒの肩を抱いてやっている。ハルヒは長門にすがって号泣する。
やれやれいい気なもんだよ。逆じゃねえのか、本来。

「おい、入ってもいいか。」
「なななななによっ、呼んでもいないのに何でくるのよ馬鹿キョン。ちょっとは空気読みなさいよ。」
さすがに泣いていたことは隠しようもなく、赤い目をして俺をにらんでいる。

「おまえは今までどうり普通にしてればいいんだ。俺たちはこれからもっずっとSOS団の仲間だ、そうだろ?」

「長門は大丈夫だ。お前が過剰な心配をするのは逆に嫌味になることもある。」

しばらく難しい顔をして考えていたようだったが

「当たり前じゃない。」
といって急に昂然と胸を張る。
いつもの百ワット級のスマイルがあっというまにもどっている。
「ね、有希、そうよね。SOS団は永遠に不滅よね」
やれやれ、いま泣いた何とかってやつか。

長門はかすかに頷いた。
なにかその表情は弥勒菩薩像のように静謐で穏やかなものをたたえていた。

「一件落着ですか、たいしたものです。」
いつの間にかやってきた古泉が俺を見ていいやがった。
「どんな魔法をお使いになったのかはわかりませんが、たいしたジゴロ振りですね。」
殴るぞ古泉。
「おっと冗談です。雨降って地固まる、あなたは見事に私の期待にこたえてくれたようです。」
「正直どうされたのか謎ですが。」
「言わないよ。」
「結構です。僕としてはSOS団がこともなく存続してくれればそれでいいのです。」

やれやれ、こんな騒ぎはおれには荷が重い。

でもとにかくSOS団空中分解の憂き目には会わずに済んだことは非常に喜ばしい。

俺はまだハルヒによる地獄の猛勉強が新学期とともに開始されることも知らずに、人生最大のピンチをダブルプレーでしのいだことに満足していた。
長門。助けて。


|