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<<前回のあらすじ>>
 なんだか生々しい夢だな、と思ったら実は現実でした。自分はごくごく普通の、一介の男子高校生に過ぎないと思い込んでいたキョンは大ショックです。
 ショックではあるけれど、それが事実である以上、目を背けるわけにはいきません。世界の命運がかかっているかもしれないのです。
 キョンには理解しづらい理屈をぶつけ合い、討論を交わす古泉一樹と長門有希。
 さすがにそんな二人の会話にはついていけないキョンでしたが、なにもついていけていないのはキョンだけではありません。朝比奈さんも全く分かっていませんでした。
 でも、議論についていけない人が正しいことを言えないというわけでは、決してありません。むしろ、あまり状況が分かっていない人の方が的を得た発言ができる事もあるのです。

 

 

~~~~~

 

 

 朝起きた時から本調子じゃなかったのは感じていたが、登校して教室に入っても、授業が始まっても、昼になっても、そして放課後になっても、私の気分は落ち込んだままだった。
 いや、正確には落ち込んでいるわけじゃない。気力というかやる気というか、とにかくいつもよりも気分が盛り上がらないのだ。
 退屈を持て余している時のようにイライラしているわけじゃないし、物事が思い通りにならなかった場合のように躍起になっているわけでもない。
 敢えて言うなら落ち込んでいると言うよりも、沈思黙考している、物思いに集中している、冷静、と言った方がふさわしい。
 決して気持ちがしょげているわけではないのだ。なのに、今日は朝から頭の中がマイナス思考に傾いてしまう。非常に私らしくないことだと自覚できる。

 

 原因は分かっている。原因が明らかであるからこそ、胸中の靄が払えないのだ。
 自分でも本当にバカバカしいことだと思うのだが、私は今朝から、昨夜見た夢に思考を絡め取られている。夢の中身は本当に一笑に付してしまうような、三流のふざけた二次製作SSみたいな内容だ。
 高校を卒業した私たちが、そのまま定職に就くこともなくダラダラと無為な日々を送っていく、という冗談以外の何物でもないものだ。
 もしそれが映画だとか漫画だとかだったら 「こんなアホバカ作品にかける資金があるんなら、私にシナリオ作らせないさいよ!」 と会ったこともない担当者に対して憤懣をぶつけていたことだろう。
 違うのだ。そうではないのだ。そのシナリオを用意したのは、他でもない形而上の私、自分の無意識の部分なのだ。

 

 寝起きの段階では何のことやら理解できず、特段夢に対して感想を持つこともなかった。朝食を食べている時に、「夢に出るほど私はSOS団に愛着を持っていて、卒業してからも続けたいと思っているんだな」 と自分のことながら少し微笑ましく思っていた。
 家を出てからだった。少しづつ、徐々に、その夢の本当の意味を考え始めたのは。

 

 SOS団を立ち上げた当時のことは、よく覚えている。まだクラスメイトの一人に過ぎなかったキョンとの会話の中で、天啓的なインスピレーションが働いたのが全ての始まりだった。
 大嫌いな 「退屈」 を自分の世界から抹消してくれる存在や事象を求めていろいろと試行錯誤していた私だったが、今にして思えばそれらはどれもこれも逸り過ぎた行動ばかりだった。
 たとえば毎日髪型を変えたり、教室の机椅子を全部外へ放り出したりして、非科学的な存在たちへ自分なりのアピールをしてみた。しかしそれらは、どれもダメだった。成果は一向に上がらなかった。
 成果が上がらなかっただけじゃない。成果が上がらないことからくる苛立ち、焦燥感、そして敗北感。それらが私の心の中にずるずると発生してくることが、たまらなく不愉快だった。
 私は間違ったことをしていない。私がしていることは確かに周囲の人たちに受け入れてもらえる種類のことじゃないが、それでも私は普通であることを享受した人々におもねる気はさらさらない。
 普通なんてつまらない。私は私のやり方を通す。今はダメでも、きっとこの満たされない思いも癒される時がくるのだから。ここまでやれば、必ず願いはかなうはずなんだから。
 けれど、ここまでやって、もしこれで願いがかなわなかったら、私は……

 

 気がつくと、私は必死になっていた。退屈を紛らわせる面白い存在を見つけ出すために走り回っているつもりが、いつの間にか、必ず自分の行いは正しかったのだ!と証明するために意地になっていた。
 中学生の頃の私は、ただただイライラしっぱなしだった。願望が満たされない苛立ちのせいか、自分の価値観に該当する物以外の全てが劣等的に見えていたし、それらに対して譲歩する余裕も持ち合わせていなかった。
 私が追い求める物。私を受け入れない周囲。その相容れぬ二つから生じる軋轢がやがて大きくなり、爆発寸前になり、何もかもがバカバカしくなり、やけくそになってきた灰色の日々。
 そこへ、あいつが現れた。
 ジョン・スミス。
 日本で言うところの、山田太郎ってところかしら? そんなどこにでもいそうでいない名前、偽名でしかありえない。あいつ、どっからどう見ても日本人だったしね。日本語しゃべってたし。暗かったから顔はあまりよく覚えてないんだけど。

 

 

 私の身の回りの人間といえば、私に理解を示したふりをする偽善者か、私の考えを頭ごなしに否定する普通であることに毒された一般人のどちらかだったのに、彼は違った。
 ジョンは、なんて言うんだろう。決して私のやっていることに賛同していたワケじゃないんだけれど、それでも、一般人的な立場から私の価値観に理解を表してくれていた。文句を言いながらも、私の校庭メッセージ計画を手伝ってくれたのだから。
 あいつは私の考えを認めているわけでもないのに、私の考えに理解を示してくれた。それも慇懃無礼的、表層的なものではなく、ちゃんと涼宮ハルヒという私個人を真正面から見据え、受け止めた上でのことだ。
 初対面だったのに、なんだか何年も親交を持っている友人のようなヤツだった。馴れ馴れしいヤツだった。
 でも正直なところそれが、逆にありがたかった。表には出さなかったが、とてもうれしかった。
 後になって思ったことだが、やはりあいつは私の価値観には賛同していなかったのだろう。ブツブツ文句言ってたし、言うこともどこにでもいるごく普通の一般人染みたものだったし。
 それでも私があいつに親しみを感じたのは、あいつが私の考えではなく、私と言う個人、人間を受け容れてくれたからだろう。
 普通の一般人が夜中の校庭に忍び込もうとする中学生を見つけたら、シカトするか注意するか通報するかのどれかだ。手伝ったりなんてするはずない。
 でも、何故かは分からないけれど、短いやり取りの中でジョンは私という人間を認め、理解し、その上で私に手を貸してくれた。まあ、なんだかんだ言ってあいつも私と同じ種類の人間だったのかもしれないけれど。

 

 ジョンと一緒に校庭いっぱいに石灰で文字を書いていく作業は、とても楽しかった。充実していたと言ってもいい。
 それを体感して初めてわかったことがある。結局私が感じていた苛立ちや焦燥感は、心の中の孤独感からきたものだったのだ。

 

 誰も私を認めてくれない。みんな私を腫れ物扱いする。私を上から見る者がいる。私を下から見上げる者がいる。
 けれど。私と同じ目線で、対等に、真正面から向かい合い、肩を並べてくれる人はいなかった。一人も。

 

 ────私はここにいる。

 

 色眼鏡で見るのではなく、自分という人間を正視してもらいたくて、必死にそう叫んでみたって、その声は誰にも届かなかった。
 いや、届いてはいた。届いてはいたんだ。特に校庭に書いたメッセージは、新聞の地方欄にも載ったくらいなんだから。東中関係者で私の叫びを聞いていない者は一人もいなかった。
 けど。私の叫びは、とても屈折していて……
 結局、私という人間を理解してくれる人は誰もいなかった。私と付き合いの長い小学校時代からの知り合いたちも、ついてきてはくれなかった。

 

 私を認めてほしい。───でも誰も私を認めてはくれなかった。

 

 ジョンとの出会いは、だからとても私にとって非常に衝撃的だった。

 

 ジョンとの出会いで、ひとつ、それまで気づかなかったことに気がついた。
 誰かと一緒にひとつのことに取り組めることが、こんなにも楽しいことだったなんて。
 ずっと昔、子供の頃には当たり前すぎて考えたこともなかったようなそんな事を、改めて考えさせられて……

 


 家族という集団は別物として、SOS団は私にとってかけがえの無い物で、とても大切で、愛おしい存在。
 私を支えてくれる、穏やかな副団長の古泉くん。小柄で無口で自己主張はしないけれど、多才で頼りがいのある有希。かわいくて絡みがいがあっておいしいお茶を淹れてくれる、どこか包容力を感じさせるみくるちゃん。
 そして、バカでアホでスケベで私のすること為すことにいちいち文句をつけるけど、それでも私を対等の人間として見てくれるキョン。
 軽々しく奇跡なんて言葉は使いたくはないけれど、それでもやっぱり、こんなメンバーたちに恵まれて結成できたSOS団は奇跡的に幸せなわけで。
 私は……

 

 あの夢は、自分から自分へのメッセージだったんだと思う。1年先、2年先のことまで見ていない、目をそらしている自分に対しての、自問だったのだ。

 

 私は……高校を卒業して、SOS団を解散できるの?と。

 

 いつまでもSOS団なんて称して活動し続けることは不可能だ。卒業後はみんなきっと、別々の道に進んで行くに違いない。就職する者、進学する者、県外へ出て行く者。
 それは個人の生き方だ。SOS団団長がどうこう介入できる問題じゃない。だから、各々の意思によって進んでいく未来なんだ。
 SOS団という肩書きがなくなっても、みんなの関係が変わるわけじゃない。友情という絆は一生続いていくに違いない。だって、こんなにも貴重な経験を共有してきた仲間たちなんですもの。それは疑いようの無いこと。
 でも、離れ離れになったら、関わり合いが希薄になることは明白。県外に出て行くメンバーがいたりしたら、たまに電話やメールを交わしたり、帰省した時に会うくらいだけになるのは当然のこと。だから、SOS団が継続していくことは不可能なわけで。

 

 私は……そうなったら、私はまた元のつまらない、無味乾燥な、苛立ちと焦燥感と孤独感に包まれた生活に逆戻りするのでは?
 それが恐ろしい。とても怖い。そして、みんなとの暖かい交流を覚えてしまった私は、きっとそれに耐えられないだろう。

 

 嫌だ。嫌だ。もう二度と、中学時代のような思いはしたくない。宇宙人や未来人や超能力者が見つからなくてもいい。みんなと一緒に、ずっといたいよ。

 私は今朝、泣きながら目が覚めた。自分の流した涙が頬へ流れるくすぐったさに、目が覚めたんだ。

 

 ────用って何よ? 行ってみなさいよ。私には言えないような用事なの?

 

 夢の中でキョンは、誰だったっけ、なんだか見覚えのある女性と二人で、バイトを休んでまで仲よさげに出歩いていた。
 私はそんなキョンを問い詰めた。自分の中の動揺を看破されまいとして、強がって。

 

 ────な、なんだよ。何マジになってんだよ? お前には関係ないだろ。

 

 夢の中のキョンは私にそう返答した。そりゃそうだ。私には関係ないことだもんね。あんたが何をしようが。まして、夢の中だし。
 でも、私は、それが気にくわなかった。私は怒っていたわけじゃない。苛立ってはいたけれど、それは怒りとは違った感情。
 けど、キョンには、それが怒っている態度のように見えていたわけで。

 

 ────なあハルヒ、俺……何か悪いことしたか?

 

 後はもう、ただただ惨めなだけ。
 公園に逃げ込んだ私は、水道から出した水で浴びるように顔を洗って、押しつぶされそうになる心を必死に守りながら……
 何かを願った。何かを願っていた。何を願った? ……思い出せない。ともかく、何かをそこで願った。
 夢は、そこで終わっている。
 その夢が、あまりにも生々しくて、悲しくて、私は泣いていた。

 

 私は自分勝手な理屈と感情をぶつけているだけなのに、なんだか、あなたの表情は、とても悲しそうだった。

 


 キョンも古泉くんもみくるちゃんも有希も、私にずっとつきあってくれている。みんなの前じゃこんなこと恥ずかしくて照れるから言えないけど、感謝してるんだよ。
 こき遣って迷惑かけたりすることもあるけど、文句言ってたりもするけど、辛いこともあるかもしれないけど、みんな私の思いつきに付き合ってくれるもんね。
 私には一度走り始めたら周りが見えなくなる猪突猛進で激情家っぽい悪い癖があるけど、それでもついてきてくれるもんね。かなり無理矢理引っ張ってる部分もあるけど。
 それでも、みんな最後には笑ってくれるから。私を認めてくれるから。私は無理なく自分を表に出すことができるんだよ。

 

 振り返ってみれば、ずっと同じ坂道が続いていた気がする。でこぼこだらけの道だったけど、悪くないっていう気になる道程だったと思う。
 その坂道を、私の後を、みんながついてきてくれている。孤独じゃない。安心できる。だって、この坂道は一本道なんだもの。道なき獣道を突き進んできた私だけど、今までの道に分岐はなかった。
 じゃあ、私の目の前に広がる道には……? 分かれ道は……?

 

 鞄を床に投げ出し、私はずっとベットに寝転がっていた。
 今日はそんなことばかりを考えていた。身体に力が入らない。
 今日ばかりは、みんなに会うのが……後ろめたかった。

 

 インターホンの音が家に響き渡った。誰だろう。郵便でも届いたんだろうか。
 ベットから起きたくない。部屋から出たくない。居留守でも使おうか。

 

 ………ああもう、面倒くさいわね! 今、親はいないのよ!
 私は仏頂面で悪態をつきながら、気合をこめて起き上がった。その足で玄関まで早足で歩いて行った。そうでもしないと、途中で立ち止まってしまいそうだったから。
「はい、どなた?」
 明らかに不機嫌な調子で、ドアの覗き穴から外の様子を見る。

 

「よう。遊びに来たぜ」
 そこには、私の大好きな友達たちが立っていた。

 

 

  つづく

 

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