新川に連れられた超能力者たちは、機関の執拗な追跡をくぐり抜け、大小の建物が乱立している地域にある
ワンルームマンションの隠れ家までたどり着いていた。脱出したときはまだ昼だったが、すでに日はすっかり沈み、
外は繁華街の明かりに包まれていた。
 全員逃げ切ったという安堵感から、今までため込んだ疲労が噴出し、おのおのに疲れ切った表情で
床に力なく座り込んでいた。
 一方新川は多丸圭一と電話で連絡を取っている。携帯電話では追跡される可能性があるので、
部屋に取り付けてあった固定電話を使用している。
『二人は機関に捕らえられたよ。拘束されて中央に連れて行かれたみたいだ。今のところ手荒な扱いは
受けていないようだけど、今後どうなるかは流動的だな。で、どうする? 二人を奪還するか?』
「いえ、あの二人は自分の意志であそこに残った以上、こちらからの手出しは余計なお世話というものでしょうな。
何らかの考えも持っているでしょう。それより、そちらの調査を継続してください。最終的にはそれが彼らの身の
安全を保証できる最大の切り札になる可能性もありますので」
『わかった。裕とともに続ける。そっちも気をつけてくれ』
 そこで電話連絡を終える。
 新川は辺りを見回す。彼には超能力者たちの疑心暗鬼が拡大していくのがはっきりと見えていた。このままでは
彼ら自身で動く可能性が高い。
「この場所は数日は安全でしょう。だから安心して下さい。食料など必要なものも一通りそろっています。
足りないものがあればこちらですぐに用意しますので」
 と、ここで若い男の超能力者が顔を上げ、
「……いつまでこんな逃亡生活を続ければ良いんだ?」
 その指摘に新川は視線を落とし、
「はっきりとしたことは申し上げられません。言えるのは、超能力の無制限解放状態が収まり、機関上層部が
考え方を変えない限りは状況は変わらないでしょう」
「機関が敵に回っている以上、どうしようもないじゃないか!」
 別の中年の超能力者が声を荒げる。
 新川はそんな彼をなだめるように、
「機関とはいっても、わたしたちのように上層部に反発するグループもいます。また、上層部も今は現状を利用した
一部勢力に動かされているに過ぎません。今回の事件の真相が判明すれば、自ずと流れが変わるはずです。
我々を信じて、どうかここは落ち着いてください」
 そんな新川の説得に、超能力者達はただ沈黙するだけだった。
 と、ここでまた電話が鳴る。新川は機敏な動きでそれを取り、できるだけ超能力者達に聞き取られないよう
小声で通話を始める。
 相手は多丸裕だった。
『事態が動いたよ。政府は超能力者の拘束に失敗した機関に失望して、独自に動くことにしたみたいだ』
「どういうことですかな?」
『存在している脅威に対して自ら対処するってことさ。数日以内にぼかした形で神人について世間に発表し、
周辺地帯に自衛隊を展開させる。機関はもう用済みってことだよ』
「その脅威というのは……」
『もちろん超能力者達も含まれているだろうね。政府は彼らが反乱を起こすことに怯えている。
それにしびれを切らしたんだろう』
 超能力者達たちを逃がした結果、今度は別の方向へ事態が動き出した。もうあまり時間はない。
 
~~~~~~~
 
 翌日の夕方、森園生と古泉は拘束され、機関の中央施設に連行された。監禁に使われた部屋は牢屋ではなかったが、
窓一つなく厳重に扉がロックされたものだった。古泉は空調で空気の入れ換えは行われているのに、
なぜか息苦しさを感じていた。机はおろか、椅子すらないので二人は床に直に座っている。
「こんなところに長々と閉じこめられていたら気が狂いそうですね」
「しばらくしたら出られるわよ。連れて行かれる場所はもっと疲れるところでしょうけどね」
 古泉の言葉に、森園生は視線を下げたまま答える。
 …………
 しばらくの沈黙の後、森園生が口を開く。
「率直な意見を聞かせて。あんたはほかの超能力者達はこれからどうすると思う?」
 その問いかけに、古泉はあごに手を当ててしばらく考えてから、
「どうでしょうか。気の早い人はすぐにでも行動に移すかもしれません。もちろん目的は自分に対する脅威の排除、
そして、その次は自分の能力を使って何かを成し遂げようとするかもしれません。あれだけの力です。
現在の機関の脅威を排除できれば、その力に酔って次に何をやりだすかわかりません。そして、時間が経てば立つほど、
それに協賛する超能力者は増えていくでしょう。そうなれば、最悪歯止めがきかなくなって戦争という可能性も」
 古泉の言葉に森園生は額に手を当てて、
「……冗談じゃないわ。このままだと手の打ちようがなくなってしまう。その前にどうにかしないと」
「今は新川さん達に期待するほかありませんね。早いところ犯人を捕らえて、元の生活に戻りたいものです」
 そんなことを言いながら微笑を浮かべる古泉に、森園生はふと気がついて、
「あんたはどう思っているのよ。仮にも超能力者の一人で今でもその膨大な力は使えるんでしょ?
ここから逃げようと思えば簡単にできるし、それこそこの機に機関を壊滅させることだって……」
「僕が望むのは、あの場所――SOS団に戻って以前のような生活に戻ることだけです。機関をつぶすのは
涼宮さんに危害を加えようとしたときだけですよ。超能力者の前に、僕はSOS団副団長なので」
「全く……あんたってやつは……」
 半ば呆れた声を上げる森園生。
 と、ここで閉ざされていた部屋の扉が開き、数人の黒服の男が部屋の中に入ってきた。
「二人とも出ろ。これからお前達に対する尋問を始める」
 いよいよかと覚悟を決めた森園生だったが、そこに古泉が立ちふさがり、
「僕から一つお願いがあるんですが」
「お前の意見など聞いていない」
「これは手厳しいですね。できれば――お願いの段階で話を終わらせていただきたいのですが」
 そう言うと、古泉はすっと手を挙げて光球を作り出す。断れば、力づくでも聞かせるという意思表示だった。
 森園生は慌てて、
「古泉! 落ち着きなさい!」
 だが、古泉は何も答えずただ黒服の男達ににらみつけ続ける。
 膠着状態はしばらく続いたが、やがて黒服の一人が電話を取りだし、連絡を取り始めた。
その途中で古泉に視線を送り、
「……言ってみろ」
「僕たちに弁明の機会を与えて欲しいんです。それも上層部の人間全員そろった場所でね」
「無茶を言うな。お前が危害を加えない保証はどこにもない」
「大丈夫ですよ。逆に話し合いをしましょうと提案しているんです。断れば、僕としても不本意ですが
少々手荒なことをしなければなりません。あと、上層部の人間が集まったところをドカンするつもりもないですから
ご安心下さい。それが目的なら最初からやっています」
 にこやかなスマイルを浮かべる古泉に、黒服の男は視線は話さずに電話連絡を再開した。
 数分間それが続いた後に、
「わかった。ちょうど今会議中だ。そこに連れて行く。それでいいな?」
「……感謝します」
 古泉は軽く頭を下げると、浮かべていた光球を消した。
 森園生は彼の横に立つと、
「あんた……最初からこうするつもりでわたしについてきたのね」
 その指摘に古泉は肩をすくめて、
「森さんも、彼らには言いたいことがあると思いましてね」
「無茶するんだから……全く」
 
 二人が通されたのは、緊迫した雰囲気に包まれた会議室だった。そこにはあの最高責任者も含めて、
機関の上層部――機関における最高の権力を持った長官の姿もあった。
 古泉が姿を現したのと同時に、それまでとは異なった緊張感が漂い始めたが、森園生はその前の緊迫感に
感づいていた。何かせっぱ詰まったことが起きたなと。
 二人は部屋の一番奥――上座に座っている長官と対峙する位置に座らせられた。
 その後、司会役を務めていたらしい最高責任者が口を開く。
「早朝から行っている重要な会議の最中だが、弁明をしたいという森園生と超能力者古泉一樹からの要望が
あったため異例ながらそれを受け入れた。今後この会議では二人に対する尋問も行うことにする。長官、
よろしいですね?」
「かまわん」
 長官は頷いて了承する。
 最高責任者は続ける。
「まず今の会議についてだが、政府が機関をないがしろにした行動を取り始めた現今の情勢下において
我々が今後どのような対応を取っていくべきか、それを討議するためのものである。わたしとしては、
早急に超能力者たちの全員拘束を実現させ、政府側の動揺を取り除き再び神人対策において機関が主導権を
握るべきだと考えているが――その前に、森園生。キミに聞きたい。昨日、キミは立てこもりを続けていた
超能力者たちを上層部の判断に明らかに逆らい全員を逃がすという明白な反逆行為を行った。これについて
弁明することはあるか?」
 その言葉に、彼女は自分をここでさらしものにするつもりかとすぐに気がつく。逃がした自分の行為を非難し、
反論できない状況に追い込んで、拘束という無謀な行為を正当化させ、さらにそれをここにいる上層部全員に
知らしめる。姑息な手段だと彼女は感じた。
 だが、わざわざ相手のペースに乗る必要はない。
「その前にここにお集まりの方全員に申し上げたい」
「今質問しているのはこちらだ。先に答えたまえ。この行為は明らかに事態を悪化させ、機関の地位を
著しく低下させた。このことに対する責任をキミはどう思っているのか?」
「ならば逆に問いたい。確たる根拠もなく、彼らの意志の確認も行うことなく超能力者を危険視し、
さらにでっち上げられた任務放棄をそれの根拠にした全員拘束という判断は正しかったのか。
協力的だった彼らの危機意識を煽り、当初はなかった機関に対する敵対心を生み出させたことは
明らかに間違いだったと断言できます。そもそも今回の非常事態は機関内部の一部勢力が、
その自らの権力を拡大するために危機的状況を演出した可能性が極めて高い。
彼らはその謀略に巻き込まれた被害者に過ぎません」
 森園生は椅子から立ち上がり、そう言い返した。これには最高責任者は額に神経を浮かべて
反論しようとしてきたが、長官が手でそれを制し、
「森園生、今回の一件について未だ機関統合情報部でも原因について把握しきれていない。
にもかかわらず、機関内部の一勢力が事件を――いってみればでっち上げたとする根拠はなんだね?」
「最初から今回の事件は、ある一勢力の都合の良い状況ばかり生み出しています。さらに、任務放棄とされた
超能力者は何者かによって拉致されていました。犯人について明確な証拠はありませんが、
それが超能力者全員拘束の根拠となった以上、それを主導した勢力が絡んでいると見るべきでしょう」
「勝手なことを、貴様!」
 最高責任者は激怒の表情を浮かべて森の言葉を遮ろうとするが、それも長官によって静止されてしまう。
 続けて、
「キミの意見はわかったが、その一勢力とは一体誰のことかね?」
「……すでにここにいる方なら見当がついているはずです」
 森園生の言葉に、会議室は沈黙に包まれた。だが、口が動かなくなった代わりに、上層部の人間たちの視線は
活発に辺りの者を見て回っている。
 それに危機感を憶えたのか、最高責任者は沈黙に割って入り、
「現在はそんなことを言っている場合ではない! そもそも任務を放り出した超能力者が拉致されたというのは
奴らが言っているだけであって、でっち上げの可能性もある。何者かの陰謀だと決めつけるのは性急すぎる!
キミは知らんだろうが、すでに政府は神人の存在を公表することに決めた。同時に周辺地域に対しても自衛隊を派遣し、
神人と超能力者の脅威に備えると言っている! このままでは涼宮ハルヒどうこう言う前にあの地域で
戦争が始まるんだぞ!」
「それを回避する最大の手段は、今回の首謀者を特定し、超能力の無制限開放状態をやめさせることです。
神人の通常世界への干渉は二度とも意図的に行われたと考えられ、同様の事例が発生する可能性は低いかと」
 彼女の反論に、ぐっとのどを詰まらせる最高責任者。
 ここで長官が口を開き、
「キミの主張はよくわかった。だが、彼の言うとおり事態は着々と悪い方向へ進んでいるのは事実でもある。
犯人を捜すにも証拠は何もない上、そんな時間もない。ならば、超能力者を早急に拘束し、
政府内の危機意識を和らげ、協調体制を整える方が先決ではないか? 機関の立場を再度認知させることが
今は重要だ」
「しかし――」
 
~~~~~~~
 
 機関中枢で会議が行われている間、新川は隠れ家で見張りを行っていた。今のところ、状況に動きはなく、
超能力者たちも顔色は優れないが、大人しくしている。
 二人の若い男性の超能力者がトイレとシャワーを浴びに行っている。
 が、ここでふと気がついた。二人がなかなか戻ってこないことに。
 まさかと思い、新川は風呂場を覗くとすでに誰もいなかった。トイレにもだ。
 風呂場の窓が開いているところを見ると、二人でここから外に出たようだ。
「早まったことを……!」
 新川は愕然とするしかなかった。
 
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 キョン達は今日も三人だけの団活を続けていた。しかし、いっこうに姿を現さない長門と古泉に
ハルヒは完全なダウナーモードに陥ってしまっていた。
「もう……二人ともどうしちゃったのよ……」
 そうつぶやきながら、呆然と窓から夕焼けに染まる空を眺めている。
 キョンはそんな彼女に、
「仕方ないだろ。長門は病気だって言うし、古泉は俺の方に連絡して来ているから無事は無事だ。
事情は聞いていないが、面倒ごとを片付けるって言っていたから、いろいろと大変なんだろ。じきに戻ってくるさ」
「あんたね! 待つしかできないことにいらだちとか感じないの!? 全員そろってのSOS団なのに、
何もできないなんて……!」
 そうハルヒは焦燥感に駆られた声を上げる。
 キョンはこりゃあまり刺激しない方が良いなと思い、そこで話を打ち切ることにした。
 代わりにハルヒのダウナーモードに引っ張られて、最近コスプレしていないみくるがお茶を出してくれたタイミングで
ハルヒに聞こえないよう小声で、
「ちょっと聞きたいんですけど、今回の事件について朝比奈さんの方はなんか動きはないんですか?
これだけの大騒ぎだと一枚かんでいてもおかしくないと思うんですが」
「ううん、あたしには待機しているように指示があっただけ。逆に関わらないようにと念を押されているんです。
巻き込まれることを警戒しているみたい」
 キョンはみくるの言葉に未来人は今回は傍観を決め込んでいるのか?と考える。少なくとも宇宙人と超能力者が
大騒ぎしているのに、未来人だけじっとしているのは逆に不自然に感じていた。
「ひょっとしたら……ううん、何でもないです」
 みくるは何かを言いかけたが、首を振ってそれを打ち切るとお茶を片付けに戻った。
 ――と、ここで、
「……あれ? なんだろ……」
 ハルヒが声を上げた。背伸びして窓から上空を眺めている。
 キョンはなんだと思い、そのそばに行って同じように空を眺めると、
「…………!」
 思わず声を上げそうになったがすんでの所で飲み込んだ。北高の真上を飛行する赤い物体が目に入ったからだ。
彼はそれについて見覚えがあった。間違いない。神人と戦っていたあの赤い球体、つまり超能力者だ。
 一瞬彼は古泉じゃないかと考えた。神人がどこかに現れて現場に急行しているのかもしれないと。
だが、その動きはどうもおかしい。どこかに向かうわけでもなく北高上空をぐるぐると旋回している。
それに古泉だったらキョンに連絡するのではないかと思うようになってきた。
(だったらあれは誰だ……?)
 彼は思考を張り巡らせる。古泉ではない超能力者が北高に来る理由。空港爆発事件より前だったら、
理由は思いつかなかったかもしれない。しかし、今は超能力者はいつでもどこでも能力を使い放題。
だったら、彼らは何をしようと思うだろうか。何をするためにわざわざ北高に来るだろうか。
「UFO……かしら。でも、なんか変な感じ……」
 ハルヒは普段なら興奮しそうなシチュエーションにもかかわらず、正反対に不安げな表情を浮かべていた。
彼女もまた素直に喜べない違和感を感じ取っていたのだ。
 ここでキョンは考えがまとまる。それもぞっとするようなことだ。
 今まで超能力者は涼宮ハルヒというたった一人の少女の都合でさんざん引っ張り回されてきた。
だったら、その恨みは相当なものなんじゃないか? 彼女のせいでひょっとしたら人生が狂ったと思っている
超能力者がいても何の不思議もない。今までは復讐とかそんな目にあったことはなかった。それは機関に属し、
その意向に逆らうだけの力がなかったからだろう。だが、古泉に以前教えられたとおり、今では超能力は使い放題。
あの化け物を倒せるだけの力があれば、ハルヒぐらいの少女の抹殺など簡単だと考えるのも無理はない。
機関の意向に従う理由もない。
 と、ここでハルヒは上空を指さし、
「あ! みくるちゃん見て! ちょっと大きくなったわよ!」
「ほ、本当です……でもなんか怖い……」
 話を聞きつけたみくるも一緒に空を見上げていた。
 はっとハルヒは気がつく。
「ちがう……こっちに近づいてきているんだわ!」
 それを聞いたとたん、キョンは考えをまとめるのをやめて、ハルヒとみくるの手をつかんで文芸部室から
出ようとした。彼の推論は当たっているかどうかわからなかったが、万一に備えて逃げた方が良いと判断したからだ。
「ちょ、ちょっとキョン! 何するのよ!」
「良いから逃げるんだ! なんか嫌な予感がするからな! 朝比奈さんもついてきてください!」
「はっはい!」
 そう言って文芸部室を出て少し立ったときだった。
 ――強烈な爆音と衝撃。三人の身体をそれが激しく揺さぶる。見れば、部室の壁が吹っ飛び、ばらばらと建物が
崩壊を起こしていた。
 この時点でキョンは確信した。間違いない、あの超能力者は明らかにハルヒか、俺たちを狙っていると。
「な、なに? なになになによ!?」
「――逃げるぞ!」
 混乱するハルヒの手を引きながら、キョンは一目散に走り出した。
 とにかくこのまま学校で攻撃をさらされ続ければ、無関係な人を巻き込みかねない。手近な山の中に逃げ込もう。
彼はそう考えていた。
 しかし、いったん上空に上がった赤い光球上の超能力者は容赦なく追撃をかけてくる。次々と自分の一部を
放つかのように光弾をキョン達目がけて打ちまくり始めた。
 直撃を受けた建物、地面などは爆発を起こし粉々に砕かれていく。
 
~~~~~~~
 
 機関中央の会議室では未だに話し合いが続いていた。
 森園生は原因究明を推し進めて事態解決に努めるべきと主張するが、上層部はいっこうにそれを受け入れようとは
しない。
「ですから、その場しのぎの解決をしてもいたずらに事態を悪化させるだけなんです! 根本を叩かなければ
意味がありません!」
「だが、根本を究明することも調査することさえもできないほど、事態は切迫している。残念ながらキミの意見は
聞き入れられない。超能力者拘束後に、そちらについての調査を行うことは約束しよう」
「それでは全てが手遅れに……!」
「これは決定事項だ。これ以上の反論は許さない。そもそもキミが上層部の意向を勝手に無視したことは
明白なる事実なのだ。本来であれば、弁明どころかすぐさま監禁状態に置かれても仕方がない立場だと
言うことを忘れていないか?」
 長官の言葉に森園生は眉をひそめる。これ以上は無駄だと悟りつつあった。絶望的な感覚が彼女の頭の中に
広がっていく。
 一方で古泉はある違和感に気がついていた。神人が発生したときの感覚に近いが、微妙に異なっている。
しかも、その違和感は複数あった。
(……どうやら遅かったのかもしれませんね。SOS団という居場所を与えられ脳天気だったのは
僕だけだったのかもしれない)
 古泉はすっと肩を落とした。この感覚、彼の勘に間違いがなければ――
「古泉一樹、超能力者の立場からキミの意見を参考までに聞きたいんだが」
 唐突に、長官から彼に話が振られた。
 古泉はしばらく黙ったままだったが、やがてゆっくりと口を開き始めた。
「気がついていなかっただけでした」
「どういう意味かね?」
「先ほど、もうすぐ戦争になるかもしれないという言葉が出てきました。ですが、僕たち超能力者はずっと四年間
閉鎖空間という戦場で戦い続けてきたんです。しかし、それを誰も戦争をしているとは認識せず、
ただ涼宮ハルヒという少女に与えられた役割をこなしているだけだと考えていました。現場にいた僕らですら
そう思っていたんですから、それから遠く離れた上層部の方々はそれ以上に楽観的な見方をしていたはずです」
「実際にそうだったんだから仕方あるまい」
「楽観的すぎたんですよ。僕たち超能力者も森さん達も機関上層部も、誰も彼もがです。だからこそ、
超能力の無制限解放という状態になっただけで動揺が生まれてここまでの事態になってしまった。
その原因は閉鎖空間という現実とは違う虚構が作り出していた幻の壁であり、また逃げ場でした。
そのため、気がつかなかった。4年前からずっと神人との間で戦っているという行為の意味に。
閉鎖空間だろうが通常世界だろうが何も変わらない。僕たちはずっと戦争を続けてきていた。
そうだと知っていればもっと早く手が打てたでしょう。だがもう遅い」
 ――その時だった。地震でも起きたのかと勘違いするほど大きな衝撃が会議室内を激しく揺さぶった。
「なんだ!?」
 会議室内で悲鳴が上がった。
 同時に機関の職員が会議室に飛び込んできて、
「大変です! 超能力者がここに攻撃を!」
 これには幹部達がざわめき始める。ついに始まってしまったのだと森園生は落胆した。こうなればもう止まらない。
行き着くところまで事態が突き進む以外なくなった。
 再度襲いかかる衝撃。まるで爆撃でも受けているかのような振動が建物全体を揺さぶる。
 古泉は立ち上がり、
「僕が行って止めてきます」
 これに対し長官は古泉に厳しい視線を向けると、
「先ほどのキミの話を聞く限り、襲撃してきた人物にキミが協力しない可能性は否定できないが」
「大丈夫ですよ」
 その指摘に古泉は即答し、さらに、
「僕は事件の起こる状態の前に戻りたいと考えていますから。では失礼します」
 そう言い残すと、古泉は駆け足で会議室から出て行った。
 
~~~~~~~
 
 夕焼けに赤く染まる長門の部屋。
 そこではもう何日も正座したまま対峙する長門と喜緑江美里がいる。
 長門はずっと考えていた。どうすればこの拘束状態を脱することができるのか。しかし、情報統合思念体との
通信も行えず、部屋全体が喜緑江美里の情報制御空間と化している状態ではどうしようもできなかった。
 彼女は自分自身の中に酷いレベルのエラーが蓄積していっていることを認識していた。
ほかのSOS団の人間と会いたい、言葉を交わしたい、力になりたい――だけど何もできない。
 無力感。
 脱力感。
 絶望感。
 今自分の中に蓄積しているエラーを表現するのならば、きっとこういうものになるのだろうと彼女は感じた。
「何もできない自分にいらだっているのですか? どうしてそのようなエラーが蓄積するのでしょう?
あなたは情報統合思念体によって作り出された対有機生命体コンタクト用インターフェースなのです。
その意志に従っていれば良いだけの存在。今回は主流派もわたしの主も現在はあなたに動いてもらうわけにはいかないと
考えている。ならば、その指示に従えば良いだけではありませんか」
「わたしはわたしの意志で行動する。情報統合思念体の意志だけでは動かない」
「例えそれが主流派の意志に反していたとしても」
「構わない。守ると約束した」
 長門の揺るぎない口調に、喜緑江美里は視線を落とすと、
「なるほど。それがあなたの想いというものなのですね」
 そう言って立ち上がる。そして、両手を広げると今まで周囲に展開していた情報封鎖を解除した。
 同時に長門も情報統合思念体との通信が正常に行えるようになり、一気に彼女に情報が流れ込んでくる。
今回の事件の真相から現在超能力者の一人によって、キョン達が危機的状況に陥っていることまで。
「急進派は目的達成をあきらめました。主流派からの圧力に屈したと言うよりも、彼らの意図した通りの展開に
ならなかったと言うことでしょう。じきに彼らの干渉も停止します。主流派も交渉を停止して、
事態の収束に努める模様ですね。わたしも主も手を引くことに決めました。
これ以上あなたを拘束する理由はありません」
 喜緑江美里の言葉を聞きつつ、長門は立ち上がり、
「わたしは行く」
 そう言い残すと、その場から姿を消した。
 残された喜緑江美里は、
「彼女の意志こそ、涼宮ハルヒによる影響が生み出した事象なのかもしれません。ですが、それは果たして
情報統合思念体が求めている自律進化なのでしょうか――」
 彼女の問いに答えるものは誰もない……
 
~~~~~~~
 
 キョン達は超能力者の猛攻を何とかくぐり抜け北高近くの山の中に逃げ込んでいた。
「いったい何なのよあれは! どうなっているの!?」
「しらねえよ! 何でも良いから逃げろ! 朝比奈さん、大丈夫ですかっ!?」
「は、はいぃ……!」
 その間も超能力者はしつこく爆撃のような攻撃を続けてきている。木々に隠れて何とか向こうの追跡を
振り切ろうと試みているが、キョン達の場所がわかるのか、すぐに発見されてしまっていた。
 ほどなくして、岩場の陰に三人とも身を潜める。超能力者は姿を見失ったのか、すぐ頭上を飛び、
そのまま周囲を旋回し始めた。
「みくるちゃん。大丈夫? まだ走れる?」
「はっはい、何とかがんばって走りますっ!」
 ハルヒはみくるの背中をさすりながらそう励ました。一方でキョンは携帯電話で何とか古泉に連絡を取ろうと
していた。だが、電源が切られているのか何度かけても全くつながる気配がない。
(くそっ……あいつ、こんな時に限ってなにやってんだよ!)
 そう内心で毒づくが、つながらないものはどうしようもない。
 しかし、機関が頼れないとなると警察に連絡するわけにも行かず、キョンは途方に暮れていた。
いきなり超能力者に襲われるというとんでもない事態に襲われ、なおかつ助けも呼べないなんて
絶望的にもほどがあるからだ。
 ようやくみくるの呼吸が収まったのを確認すると、ハルヒはキョンに身を寄せ、
「ねえ、あんたアレなんだと思う?」
「……わからねえよ。どっちかというとああいう超常現象的なものはお前の方が専門だろ?」
「あんな攻撃的な奴なんて知らないわよ。そもそも今まで宇宙人にも超能力者にもあったことないし!」
「そりゃそうか」
 我ながらバカなことを聞いたとキョン。
 だが、そんな話をする余裕もない。キョン達のすぐそばにまた超能力者の攻撃が襲いかかり、大爆発が起きる。
「くっそ、休む暇もねえ!」
「みくるちゃん逃げるわよ!」
 そう言ってまた三人とも走り出す。
 だが、超能力者はもう逃がさないとばかりに連続して攻撃を仕掛けてきた。まるで絨毯爆撃のように
逃げるキョン達の背に爆発の連続が迫ってきた。
 ――そんなとき。
「きゃあ!」
「みくるちゃん!」
 爆発の衝撃に足をもつれさせたみくるが地面に転んでしまった。ハルヒはすぐさま方向転換し、
みくるをかばうべくその身を抱きしめる。
 ――その瞬間、二人の目前で大爆発が起き、爆風で二人とも吹き飛ばされた。それでもハルヒはみくるを
決して離さず、最後には彼女のクッション代わりに近くの大木に背中をぶつけてしまう。
「ハルヒ! 朝比奈さん!」
 キョンは慌てて二人の元に駆け寄る。抱きかかえられていたみくるは無傷だったが、ハルヒはぶつかったときに
頭部を打ったのか、額から血が流れていた。しかも完全に意識をなくしている。
「あ、あたしをかばって……しっかりしてください、涼宮さん!」
 みくるがしきりに声をかけるが、ハルヒに呼びかけるが全く反応なしだった。
 キョンは傷の具合を調べようとしたが……
「……くっそ」
 そう毒づく。キョン達の元に赤い光球に包まれた超能力者が降りてきたからだ。とっさにキョンは近くに落ちていた
太めの木の枝を取りぎこちない姿勢でそれを構える。
 このときようやくその姿をキョンは見ることができた。古泉よりも少し歳を取った若い男性だった。
 宙に浮いたままゆっくりと近づいてくる超能力者に対し、
「近寄るなっ!」
 そう言って棒を振るい、遠ざけようと試みる。しかし、赤い光球にふれたとたん、激しい衝撃とともに、
棒が原子分解したかのように消滅してしまった。
 武器を失ったキョンは、苦悩の表情を浮かべながら数歩下がり、ハルヒとみくるをかばうように左手で
二人を覆い隠した。
 超能力者はしばらく黙ってそれを見ていたが、やがて、
「無用な殺生はしたくない。どいてくれ」
 だが、キョンは無理やり不敵な笑みを浮かべ、
「そいつはできない相談だな。どうせハルヒの命が目的だろ?」
「その通りだ。彼女がいなくなれば、俺たちは自由になれる。力だって自由に使えるんだ」
「ハルヒはお前達の神様みたいなモンなんだろ? 傷つけて良いのかよ。その結果世界がどうなるかわからねえぞ」
「その時はその時だ。現状のままでいるよりかはずっと良い」
 キョンは聞く耳を持たないという超能力者の態度に、いっそうの焦りを憶える。
(どうする? どうやってこの場を乗り切る……)
 だが、何も思いつかない。彼にはもはや打つ手がなかった。
 すっと超能力者が右手を挙げる。向こうも説得は無駄と判断したのか、三人まとめて葬り去ろうとしている。
 その時だった。
 キョン達に猛烈な爆風がたたきつけられる。やられた――とキョンは思ったが、すぐに気がついた。
自分の身体は全く無傷だと言うこと、そして、もう一つ見慣れた背中がキョンの目の前にあることに。
「長門……!?」
「遅くなった。謝罪する」
 いつもの無感情の言葉。キョンはそれを聞いたとたん、思わず抱きしめてやりたいほどの衝動に駆られるが
ぐっとこらえた。まだ目の前に敵――超能力者がいるからだ。
 予想外の乱入者に、
「邪魔をするな!」
「あなたの要求は受け入れられない」
 長門の言葉と同時に超能力者は何かの力で遙か上空にはじき飛ばされる。彼女もそれを追いそれ高く舞い上がった。
 キョンは呆然と空で巻き起こる戦いを見つめることしかできなかった。
 
~~~~~~~
 
 上空で長門は超能力者と対峙していた。
「もう少しだったのに……!」
「あなたがわたしを退けられる可能性はゼロ。すぐにこのようなことはやめるべき」
「ふん、できないね!」
 超能力者は長門の警告を無視すると、そのまま長門に体当たりを仕掛けた。だが、彼を包む赤い膜は
長門が作り出された青く透き通った壁に阻まれる。
 その二つの間で激しいスパークが生じ、辺りに絶えず衝撃が放たれた。
「もう少しなんだ! あと少しで自由になれるんだよ! 機関もなくなる! 涼宮ハルヒもいなくなる!
それでもう終わりになるんだ!」
「……それがあなたの意志?」
 長門の視線はどこまでも透き通っていた。
 超能力者はギッと彼女をにらむと、
「そうだ! それが俺の意志だ!」
「わかった」
 長門の抑揚のない言葉。同時に彼女はさっと右手を振るう。
 その瞬間、バァンとはじけた音が響き渡り、長門のつく出していた青い壁と、超能力者の光球が同時に
破裂したように消滅した。
「…………!」
 何が起こったのかわからなかったのか、超能力者は目を見開いて呆然としてしまう。長門はその瞬間を逃さず、
彼の懐に飛び込み胸の辺りに手を当てた。
「それがあなたの意志だというなら、わたしはわたしの意志を貫く」
 その長門の言葉と同時に、超能力者は意識を失った。飛行している力も消失し、地面に向かって落下を始める。
 すぐさま長門はそれを追い、腕をつかんで超能力者を押さえた。
「わたしは彼らを守る。そう決めたから」
 
~~~~~~~
 
 長門は気絶させた超能力者を肩に担ぎ、キョン達の元に戻った。
「おい長門、大丈夫か!?」
「問題ない。障害は排除した」
 と、キョンはおそるおそる超能力者を見て、
「まさか殺しちまったんじゃ……」
「大丈夫。気を失わせただけ。数時間後には目を覚ます」
 長門の言葉にキョンはそうかとほっと胸をなで下ろした。
 一方でハルヒは気を失ったままになっていて、みくるがハンカチで出血した部分を押さえて止血に努めている。
怪我の具合は深くはなかったが、ぶつけた場所が頭のために、キョンは早急に病院に連れて行きたかった。
 と、ここで長門が、
「事態は切迫している。涼宮ハルヒについても、古泉一樹についても。そこで手分けして打開を図りたい」
 そう言うと彼女はどこからともなく取り出した小型のビデオカメラとメモをを取り出し、
それをみくるに差し出すと、
「朝比奈みくるに頼みがある。今からTPDDを使用してこのメモ書かれた時間と場所に行き、
そして、そこで起きていることを撮影してきて欲しい」
「ええっ!? で、でも許可が下りるかわかりませんし……」
「大丈夫。あなた達にとっても現状が継続するのは問題。改善を望んでいるはず。
今はそのタイミングを計っているだけにすぎない。早急に確認を」
 長門の言葉に後押しされるように、みくるは未来との通信を始める。
「わ、わかりました――え、あ、了解です」
 指示は短かった。長門の言うとおりにする。まるで、向こうがそれを待っていたかのようだった。
 キョンはそのメモを見て、
「ここでは何が行われているんだ?」
「この時間と場所に行けば、今回の事件の首謀者を押さえられる決定的な証拠が得られる」
 キョンはなんとと声を上げた。
 みくるはビデオカメラとメモを受け取ると、
「ちょっと怖いけど……がんばってきます」
 そう言ってキョン達から見えないところに駆け足で走っていった
 一方でキョンは気絶したままのハルヒを背負うと、
「俺はハルヒを病院に連れて行くよ。長門はどうする?」
「わたしはまだやることがある。事態はまだ悪化し続けている。古泉一樹の所属する組織へ行き、それを終結させる」
「そうか……あまり無理はするなよ」
「今までできなかったことをするだけ。涼宮ハルヒに危害が加えられるまで何もできなかったことはすまなかった」
「気にすんな。これだけしてくれれば十分さ。ハルヒも何とか無事だしな」
 キョンの言葉に、長門は少しだけ頷くと、気絶した超能力者を抱えたまま姿を消し、機関の中央へと向かった。
 
~~~~~~~
 
 古泉は機関の施設から飛び出すと、即座に超能力を発動し大空に舞い上がった。気がつけば、夕立が近いらしく、
辺り一面に真っ黒な黒雲が広がりつつある。
 上空では執拗に施設への攻撃を続ける中年男性の超能力者の姿がある。その超能力者はしばらくの間
攻撃を続けていたが、やがて古泉の姿に気がつき彼の方に振り返った。
「……キミはここに何をしに来た?」
「あなたを止めに」
 超能力者の問いかけに、古泉は即答する。
 その答えに、超能力者は酷く落胆したのち眉毛をつり上げると、
「なぜだ。キミもわかっているはずだ。機関は我々を裏切ったんだよ。さんざん協力して世界の安定に貢献してきた
わたしたちを使えないとわかったとたん――それはおろか自分たちにとって害をなす可能性が出たとたん
拘束し自由を奪おうとしたんだ」
「重々承知してします」
 古泉はスマイルを浮かべたまま丁寧に答える。
 その態度が気に入らなかった超能力者はさらに怒りを増幅させ、
「だったらなぜ止めようとする! 今のうちに機関をつぶしておかなければ、我々に未来はないんだ!
なぜそれがわからない!?」
 古泉は目を閉じその怒声をただ黙って聞く。彼の言うことが理解できないわけではなかった。
むしろ事実といってもよかった。だが、彼にとってはそれが望まない結果を生み出すことが問題。
 そして、ゆっくりと目を開くと、
「同情はします。僕もその一人ですけどね。ですが、それは抜いた刀を振り回し続けるという最悪な行為です。
僕は戦い続けることは望みません。望むのは刀を鞘に戻すことだけです」
「……どうやらこれ以上の話し合いは無駄のようだな。意志を共有できる仲間だと思っていたが……」
 超能力者はきっと古泉をにらみつけ、敵意をむき出しにした。
 ――そして、次の瞬間古泉に対して体当たりを仕掛けた。
 
~~~~~~~
 
 機関の会議室では、激しく続く攻撃に混乱状態に陥っていた。すぐに数人の護衛が会議室に入ってくると
上層部の幹部全員を避難させようとする。
 そんな中森園生は万策尽きたと肩を落としていた。超能力者が暴走を始めた以上、事態を収束させるのは
もはや困難だった。
(……終わりだわ)
 絶望だけが彼女の心を覆い尽くす。じきに機関は超能力者に対して反撃を開始するだろう。
もちろん、彼らを敵視している政府もそれに協力する。つまりは先ほど最高責任者が言っていた
自衛隊と超能力者の戦争が始まる。彼女はまだどれだけの超能力者が離反したのか把握していなかったが、
そんな状態が続けば、超能力者は次々と団結していくだろう。自分の身をまず守る。人間の生存本能に
照らし合わせて考えれば当然のことと言える。
 そんな彼女を無視し、幹部たちは次々と会議室から出て行こうと――
 だが、
「待って」
 それを制止する者が突然会議室内に現れた。
 森園生もすぐ隣から発せられた言葉にはっとしてそちらに視線を向ける。そこにはあの涼宮ハルヒのそばに
常に存在していた対有機生命体コンタクト用インターフェース――TFEI端末の姿があった。
何もなかった場所に突然出現した彼女に、森園生は驚きを隠せなかった。
 幹部全員も目を見開いてその姿に視線を集中させる。
 長門は続ける。
「この場所の安全はわたしが保証する。代わりにこちらの話を聞いて欲しい」
「……何の話をだ?」
 長官は立ち止まり、長門に尋ねた。彼女はしばらく周囲の人間を見回していたが、
「今回のこと。その真相。そして――」
 長門はここで最高責任者に視線を送ると、
「実行者について」
 その言葉に、長官はしばらくうつむいて考えると、ゆっくりと自分の席に戻る。そして、
「……わかった。聞かせてもらおうじゃないか」
「感謝する」
「長官! こんな奴の言うことなんて聞く必要はありません! 一刻も早く避難を!」
「かまわん」
 そう長官は最高責任者の抗議を一蹴した。
 他の幹部職員も一様に席に戻り始めたため、最高責任者もしぶしぶと席に戻った。だが、その手は小刻みに
震え続けていた。彼はすでに勘づいていた。
 ――見捨てられたと。
 長門はそれに気がついていたが、かまわずに全員の着席を確認すると話を始めた。
「今回の一件は全て情報統合思念体の急進派と、あなたたち組織の一部勢力が結託して起こした。
急進派は主流派と近い目的を持つあなたたちに不満を抱いていた。そこで、強硬的な態度を取ることを望んでいた
あなたたちの一部に接触を図り、その勢力を拡大させようとした。涼宮ハルヒに対して強い接触を望む急進派にとって
その方が都合がよかったから」
 長門の言葉に、森園生はやはりそうかとつぶやく。
 続ける。
「流れは全てあなたたち組織の強硬派が考えた。急進派はそれを実現するためのサポートにまわった。
その企みは彼女が話したとおり」
 長門はそう言って森園生に視線を向ける。
 長官は、
「具体的に急進派とやらは何をやったんだ?」
「空港の滑走路の破壊行為、涼宮ハルヒに力を与えられた者の能力の解放、あなたたちが神人と呼んでいる存在を
作りだし、危機的状況の演出」
「それ以外は我々の仲間がやったというわけだな。発端はTFEI端末の介入とはいえ、それ以外は我々が
勝手に踊っていただけだったとは」
「急進派は主流派の介入を最小限にするために、発端となる事象の発生にしか関与できなかった。それでも、
あなたたちの強硬派が望み通りに動いてくれたおかげで思惑通りの事が進められた。だが――」
 ここで彼女は再度森園生に視線を向けると、
「途中で思わぬ妨害が入り、急進派のシナリオは破綻へと向かった。現在の情勢は急進派が望んだものではない」
 森園生が超能力者を逃亡させたこと。この一つの行為で、流れは一気に変わった。あれが結果として
機関の影響力低下、政府の大規模介入、超能力者の離反へとつながった。
 自分のしたことは間違っていたのか、それとも正しかったのか。森園生は何とも言えない複雑な気分になる。
強硬派の思惑は阻止できたが、これら三つの最悪といえる状況も作り出してしまったのだから。
 長官は額に手を置いて、
「大体の事情は飲み込めた。だが、進んでしまった事態は止められない。それに関してキミたちは
何かしてくれるのか?」
「急進派がするのは、力の開放状態を停止することだけ。それ以外はあなたたちが対処すること。
主流派もそう判断している」
「まあ……結果的にこの情勢に突っ走ったのは我々だからな。贅沢は言えんか」
 長官は自虐的な笑みを浮かべた。そして、続けて、
「では、そろそろ本題に入ろうじゃないか。今回我々の中でそれを主導したのは誰かね?」
「彼」
 そう長門はすっと最高責任者を指さした。急進派に見捨てられてがっくりと肩を落としていたが、
その指摘を受けたとたん、今度は自己保身に頭のスイッチを切り替えて、
「何を馬鹿なことを! 証拠があるなら見せてみろ!」
「すぐに届く」
 長門からかけられた予想外の言葉にうっと最高責任者。
 それと同時に、
「――うきゃう!」
 重苦しい会議室とは180度異なる間の抜けた悲鳴が部屋の中に響き渡る。いつの間にか長門の背後に、
みくるが座り込んでいてぶつけてしまった腰の辺りをさすっている姿があった。
「な、長門さぁん……言われたものは持ってきましたぁ。四日もかかっちゃいましたけど……」
 そう言って長門から渡されていたビデオカメラを差し出した。
 長門はそれを受け取ると、
「あなたの行ってきたことは全てここに映し出されている。急進派の対有機生命体コンタクト用インターフェースとの
接触現場、その他通話記録――全て収まっている」
 その言葉にも最高責任者はひるむ事なく――いや、半ばやけになり、
「でっち上げだ! 長官、TFEI端末の能力を考えてください! 彼らの力を使えば、そんな映像なんて
簡単にねつ造できます! さらに未来人まで関与しているなら――」
「なら現代人が調べ上げた調査結果なら納得できるのかな?」
 今まで会議室内で聞こえなかった声。森園生は聞き覚えのあるそれに目を向けると、会議室の入り口に
大きな封筒を抱えた多丸圭一と多丸裕の姿があった。
 彼らは会議室内に入ると、長門の前に封筒の中身をばらまくように置く。そこには多数の電話の通話記録や
銀行口座の資金の流れを示した資料が並べられていた。
 多丸圭一はそれらの資料を指さしながら。
「正直、これだけでは証拠として不足しているかと思ったが、現場を押さえた証拠映像があるなら話は別だな。
いくら機関が非公然組織といっても、電話の通話や税務署の記録までは隠せない」
「……だが――」
「あなたがどこまでしらを切っても、最後に判断するのは機関の統合情報部だよ。証拠映像にそれを裏付ける
多数の資料。彼らがそれらを見てどう判断するだろうね? あんたも知っているとおり、彼らの尋問は
非常にきついものだ。抵抗するならそれ相応の覚悟をしておいた方がいいと思うよ」
 その多丸裕の一言に、最高責任者は完全に言葉を失うと、数度助けを求めるように辺りを見回したのち、
誰からも助け船が出されないことにみるみると顔に失望を浮かべ、最後は黙りこくって椅子に座り込んでしまった。
 それを観念したと判断した森園生は、大きく深呼吸をして全身の身体の力を抜く。これで大半の問題は解決された。
残っているのは離反した超能力者だけだが超能力の無制限解放はもうすぐ停止するので、これ以上事態は
悪化することはないだろう。政府との連携については機関上層部のすることだ。
 と、長門は他の幹部職員を指さそうとし、
「だが彼は今回の事件の主導的な役割を果たしたに過ぎない。彼の背後で指示を出していたのは――」
「ストップ」
 その人物を特定させる前に、森園生が彼女の口を手の甲で軽く押さえてやめさせる。
 長門は理解できないというように、森園生に視線を向けるが、彼女は笑みを浮かべながら、
「いいのよ。ここにいる全員大体の予想はついているわ。だけど、今はそこまで必要ない。あなたたちの中に、
考えの異なる者たちがいるように、わたしたちの中にもそれはある。今はこれ以上機関を混乱させるわけには
いかないのよ。今後の事態の収束を手際よく行うためにもね」
「…………」
 長門は理解できないというように首をかしげるが、やがて周囲の雰囲気を察し、それ以上指摘するのをやめた。
 おい、という長官の言葉に最高責任者が数人の黒服の男たちに両脇を抱えられて、外に連れ出されていく。
 ほどなくして、会議室内の空気がゆるみ、幹部職員たちの肩の力が抜かれる。長官も大きなため息をついて
事件が一区切りついたことに安堵した。
 ふと、緊張を崩した表情のまま長官は長門を見つめると、
「しかし、わからんな。今までキミのようなTFEI端末との接触はあったが、必要最低限の意思疎通だけで
ほとんど会話もろくに成立していなかった。にもかかわらず、今回はこれほど我々に協力姿勢を見せ、
さらに事態打開に多大な貢献をして見せた。これはキミの上からの指示だったのかね?」
 その指摘に、長門は首を振って、
「情報統合思念体が現情勢の沈静化を望んでいるのは確かだが、こうやってあなたたちに接触を図り
事情を説明したのはわたし自身の意志。情報統合思念体は関係ない。例え、逆の指示を出してきても
わたしは同じ行動を取ったと確信している」
 この長門の言葉に、長官は目を見開き、
「……おもしろいな。長門有希といったか。我々にとってキミの存在は実に興味深いものになりそうだよ」
 そう言って含みを持たせた笑みを浮かべた。
 
~~~~~~~
 
 機関施設上空では、古泉と離反した超能力者が激しい戦闘を続けていた。両者とも超能力者同士の
戦闘は行ったことはなかったため、互いに体当たりを繰り返すという戦闘になり、決め手に欠けていた。
 古泉は幾度となく続く衝突に、次第に疲弊して言っていた。ぶつかるたびに激しい衝撃が全身を襲い
筋肉を走る神経回路が悲鳴を上げる。強大な力を持っていても、それは外付けのようなものであり、
身体自体は一般的な高校生と変わらなかった。
 一方で相手の超能力者も同様にダメージが蓄積されていっていた。だが、古泉とは決定的に
異なりつつある状態になっていた。
「すばらしいと思わないか? この力、どんな相手が来ても負けない。神人だって倒せるんだ。
この国の全てが襲いかかって来ても蹴散らすことができる!」
 力に酔っている。古泉はそう悟っていた。建物も一瞬にして破壊し、空を高速で飛び回る。
これは外から見れば脅威以外の何物でもないだろう。持った本人の頭をおかしくするには十分すぎるものだ。
(……まるで拳銃の撃ち方を憶えた動物みたいだ)
 古泉はそんな超能力者に酷く嫌悪感を抱いた。自分の力はそんなものじゃない、
そんなことをするために存在するんじゃない。彼の中には力を持つ確固たる理由がある。
 再び二人は激しく空中衝突した。相撲の寄り合いのように押し押されの状態になる。
「キミはそうは思わないか!? 我々全員で力を合わせれば、それこそ世界だって動かせる! 
持っているだけではもったいない! 成し遂げられることがあるんだよ!」
「……その成し遂げられるというのは何ですか!」
 古泉はそう怒鳴り力を込めて押し切ろうとする。
 超能力者は明らかに正気を失った顔つきで、
「どんなことだってできるんだよ! ちょっとこの力を使って脅せばいいだけだ! 何でも言うことを聞くさ!
これだけの力なんだからな!」
「そんなことを考えるから憎まれる! 恐れられる!」
 ここで二人の間にぶつけられていた力の収束が限界に達したのか、破裂したかのような衝撃を生み出し、
二人の距離を引き離した。
 そこでしばらく二人はにらみ合いを続ける。
「正直、理解できない。なぜキミは拒む? 機関は裏切り、政府は敵視し、誰も助けてくれない。
だったら、もう自分たちで動くしかないじゃないか」
「僕たちの役目は涼宮さんの理性を補うことです。それ以外に力を使う理由はありません」
「……涼宮ハルヒ……ねぇ……」
 そう超能力者はくくっと悪意のこもった笑みを浮かべた。古泉はそれに言いしれぬ嫌な予感が走る。
 超能力者は続ける。
「彼女はもうすぐ消えてなくなる。すでに超能力者が向かった。自覚していない彼女はこの力に対抗できない。
もう閉鎖空間というものもなくなるんだ。我々は自由になる」
 その言葉に古泉はぞっとしたが、頭を振ってそれを振り払った。彼女の元には信頼できる仲間がいる。
そう簡単に消されるようなことはないはずだと。
 超能力者はさらに続ける。
「今まで勘違いしていた――いや、諦めていたんだろう。これだけの力を持っていることを自覚しながら、
あの閉鎖空間の中でしか使えない、そして、それを防がなくては世界が終わってしまうから、
彼女ために戦うことしかできなかった。視野が狭かったんだろうなぁ。だが、この開放状態になって
初めてわかったよ。自分がやるべき事やできることがな」
「……それでも僕は理解しません」
 古泉の強情な態度に、超能力者はますます怒りといらだちを強めると、再び古泉に襲いかかる。
再び衝突した二人の間で激しいスパークが巻き起こった。
「どうしてそこまで涼宮ハルヒにこだわる!? すばらしい力がありながら、あんなたった一人の子供を
守るということに束縛されるのがそんなにいいのか!?」
「だからこそです!」
 古泉はそう言い放つと腕を伸ばし、自分を包んでいる赤い球体を突き抜け、さらに相手のものも突き抜ける。
そして、超能力者の来ている服の胸ぐらを掴み、
「彼女を守るんです! 僕たちのこと――閉鎖空間も神人も彼女に知られるわけにも行かない!
涼宮さんがそれを知ればきっと傷つく! 僕はそうなるのは絶対に嫌だ!」
「もっと大局でものを見ろ! そんなのはちっぽけな事に過ぎない!」
「確かに――確かにちっぽけなことかもしれない! だけど!」
 古泉は超能力者の胸ぐらを掴んだまま、急下降を始める。超能力者は逃れようとするが、古泉は死力を尽くして
その手を離さない。
 やがて、二人は眼下の施設近くの地面に衝突し、激しい砂煙が立ち上った。轟音が辺りを揺るがす。
 煙の晴れた後には、超能力者を地面に押しつけた状態の古泉の姿。
 その状態で古泉は叫んだ。
「そんなちっぽけなこと――たった一人の少女も守れずにして何が世界を動かせる、だ!」
 ――――
 ――――
 ――――
 二人の間に沈黙が訪れる。超能力者も唖然としたような表情を浮かべたまま微動だにしない。
 やがて、ぽつりぽつりと二人に雨粒が落ち始めた。
 同時に、超能力も雨水に流されたかのように消え去っていった――
 
~~~~~~~
 
 キョンは病院でハルヒの看病をしていた。時刻はすでに深夜に突入しようとしていたが、
彼は彼女が目を覚ますまでここを離れるつもりはなかった。医者の話では、脳に異常は見られず
じきに目を覚ますと言われていたが、それでも心配だった。それにまた敵が襲ってきたらという考えもある。
 ふとキョンは考える。
 涼宮ハルヒという存在は今回のようにたった一つのきっかけで憎まれる存在になってしまうのではないだろうか。
機関を始め、宇宙人や未来人も状況によっては彼らに危害を加えるという選択を選ぶかもしれない。
現にキョンは一度朝倉涼子にその目的で一度殺されそうになったこともあった――二度目は意味合いが異なったが。
 そんなときに自分はどうすればいいのだろう。ハルヒ――そして、SOS団を守れるのだろうか。
漠然とそんな不安がよぎっていく。
 と、ここで長門とみくるが病室に入ってきた。キョンは立ち上がり、事態のことを確認すると、
「大丈夫。全て終わった」
 そう長門からの返答に彼はほっと胸をなで下ろした。
 それを認識したとたん、彼の中にさっきまでの不安が一気に晴れていく気がした。
 SOS団にはたくさんの仲間がいる。
 一人で解決する必要なんてない。
 今後も困ったことが起きればみんなで何とかすればいい。
(……我ながら楽観主義者だと思うよ)
 キョンは内心でそう苦笑した。
 長門とみくるはハルヒの元に行き、その様子を確認し始める。
 と、ここでキョンの携帯電話に連絡が入った。古泉からだ。
「よう、そっちは大丈夫か?」
『ええ、まだまだ事後処理は残っていますが、事態は収束に向かっています。元通りになるのはしばらく時間が
かかると思いますが、これ以上涼宮さんに危険が迫ることはないかと』
「そうか……よかった」
「キョン……?」
 ここでハルヒが目を覚まして口を開いた。起き上がらずに視線だけで三人を見回す。
 キョンはやれやれと安堵のため息をつくと、
「大丈夫か? さんざんな目にあったな」
「……なんだっけ? 何かすごく大変な目にあったような気がするんだけど……」
 キョンは事前に考えておいた言い訳を頭の中で整理しつつ、
「旧校舎がぼろくなっていて、文芸部室の天井が崩壊したんだよ。それにお前が巻き込まれたって訳だ。
その後、俺と朝比奈さんでお前を助けて病院に連れてきたんだ。安心しろ、身体に異常はないってよ」
「そう……何か――いや、何でもない。きっと夢だったんだわ……」
 まだ呆然としているのか夢の中にいるようにつぶやく。
 ここでキョンは長門をハルヒの前に連れて行き、
「目を覚ましたばかりで悪いが、お前に二つ朗報だ。まず長門が帰ってきたぞ」
「長い間留守にしてしまった。謝罪する」
「有希……よかった。病気は治ったのね」
 そう言ってハルヒは長門の手を握った。
 キョンは次に携帯電話をハルヒに差し出し、
「古泉もようやく問題を解決できて、明日からはいつも通り学校に来れるってさ。もちろんSOS団にも復帰だ」
『涼宮さん、すいませんご迷惑をおかけしました。罰の方は何なりと』
「ま……それは明日の楽しみにしててよね」
『覚悟しておきます』
 
~~~~~~~
 
 古泉はハルヒとの連絡を終わらせると電源を切り、助手席に身をかける。終わったという感覚が、
今までため込んでいた疲労感を噴出させ一気に身体の力が抜けていった。
 隣では自動車を運伝している森園生の姿がある。
「向こうの方はどうだった?」
「どうやらいつも通りに戻れそうですよ。明日はまあいろいろと覚悟しておかないといけないでしょうけどね」
「これで終わればいいんだけど」
 森園生の言葉に、古泉はくくっと喉を鳴らすと、
「一度起きてしまったことは記憶でも消さない限り完全な元通りにはならないでしょうね。超能力者たちの
機関に対する疑念も完全に払拭できたわけでもありませんし。しばらく時間がかかるでしょう」
 古泉の言葉に、彼女はやれやれとため息をついた。
 …………
 …………
 …………
「ねえ、古泉。ちょっと聞きたいんだけど」
「何でしょうか?」
「あんたは本当に反乱の意志はなかったの? わたしが同じ状態になったら――言っちゃ悪いけど、
あんな感じになっていたと思う。それだけの力だし、機関も信用できなくなっただろうし」
「そうですね……」
 古泉はいつものうさんくさい笑みを浮かべると、
「僕がいつまでもあそこ――SOS団の一員でいたいと思っているからでしょうね」
 
 
 ~おわり~


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