「只今より第一回SOS団2時間耐久鬼ごっこを開始するっ!」
「はあっ?」
放課後の文芸部室。SOS団団長のハルヒコの奴がまたくだらん事を言いはじめた。
「よしっ!みんなジャンケンしようっ!鬼はキョンだけどなっ」
じゃあ一体なんの為のジャンケンだというんだ。そして私はジャンケンもしないし鬼もやらん。
というかまずそのゲームに参加拒否の意思を表明するね。
「じゃっ、早速ルール説明に入るっ!鬼はくちびるを奪われたら負け!以上っ!」
人の話をまったく聞いてな……って、
「ちょっと待て。言ってる意味がわからん。説明しろハルヒコ」
ハルヒコはニンマリと、
「だから、さっき説明したろ?お前が逃げて、俺達が捕まえる。そしてくちびるを奪う」
「いや全部まるっきり分かりかねるが、そしてに続く言葉の意味がとくに分からん」
ガタン、ガタン、ガタン。
「お……おいっ?どうしたお前等?」
何故か長門ゆうきと朝比奈先輩、そしていっちゃんが次々と席から立ち上がりだした。
「ほう。意味が分からないってか?」
ハルヒコが団長机から離れ、一人座ったままで驚きの表情を浮かべている私に近づき、
「つまりだ。団員全員がキョンとキスしたいって事さ」
「い、いや……だから私は鬼ごっこなんてしないって言って……」
ズイ、ズイ、ズイ、と他の三人も私のまわりに近寄ってくる。
おろおろと困惑する私に、
「じゃあ鬼ごっこはしなくてもいい。でもな……」
ニッコリ。とハルヒコは100Wの明るさで。
「おれ達はキョンさんを追っかけるから♪」
朝比奈先輩は無邪気に手を上げて。
「逃げ切れたら今日のところはあきらめますよ♪」
いっちゃんはいつものスマイルで…ってあんたも女の子だろうが。
「…………三秒待つ」
私は脱兎の如く廊下へと逃げ去った。


「って、……ちょっと待て!?なにが起きてる!?」
廊下に出た私がそう叫びながらキョロキョロと不審な動きを取っていると、


「逃がさんぜ!キョンっ!」
「安心してよ♪キスしかしないから♪」
「ふふっ。いつまで僕から逃げ切れるのかなっ?」
「…………イチコロ」


団長含む団員みんなが意味不明(特に長門ゆうき)な事を言いながら迫ってくる!


「うわっ!?い、いきなりなんでこんな事に………んっ?」

 

――そういえば、昨日……

 

 

 

「だから、俺の能力の方が強えって!本気だしゃあ花咲かじいさん程度のモンじゃ済まねぇんだぞ!?」
「……あんたの能力はオレの力で奪う事が出来る。それに、映画撮影の為にと桜を無闇に咲かすものではない」
「待って下さい二人とも。どっちみちおれのTPDDが攻守共にバランス取れてて一番なんだから、無駄なケンカはしないでよ」

暇でしょうがないSOS団の放課後の活動中、男性陣は全くもって生産性が皆無な論議を繰り広げている。
ほんとに、どうして男ってのはこうも幼稚なのかつくづく疑問に思うね。
そんな異種能力最強トーナメントの結果に一体なんの価値があるというんだか。
「大いにあるね!」
「……何物にも変えがたい」
「ん~、こればっかりは譲れないかなぁ」
宇宙人未来人それに変人が揃って他にやる事はないのかと言いたい。
「おいハルヒコ。せっかくSOS団なんて作ったんならもっと有意義な事をやるといいじゃないか」
「要は盛り上がればいいんだっ!キョンよ!」
ハルヒコは馬鹿なのである。


――SOS団。それは涼宮ハルヒコが設立し、宇宙人や未来人や超能力者と遊ぶ事を目的とした変態的な団体である。
なんでそんなに目的が奇抜で変態的なのかと言えば、涼宮ハルヒコがとびっきりの変態だからという理由の他にないだろう。
それに、ハルヒコは何で私をSOS団に入れたんだろうか。私は至って平凡な人間なのに。
「キョンが好きだからだっ!」
ハルヒコは馬鹿なのである。
私があからさまに顔を引きつらせていると、
「まあ、どうだっていいじゃないですか。あなただってこの生活を楽しんでいますし♪」
一緒にトランプをしている正体は超能力者のいっちゃんが、ハルヒコにドン引きしている私に話かけてきた。
……確かに、宇宙人や未来人や超能力者と一緒にいて楽しくない訳がない。
それにハルヒコだって、ヤンチャ坊主なところが可愛いといえばそうなのかなと思う程度には私は見ているんだし。

などとそんな事を考えている時、いっちゃんはハルヒコに向かって、
「でも確かに、このメンバーの中では誰が一番強いんでしょうか?僕だって自信があるんだけどなあ♪」
なにを参加表明しとるんだあんたは。それに、そんな戦いが巻き起こりでもしたら世界は灰燼に帰すだろうが。
どーでもいい事で宇宙規模の迷惑をかけるもんじゃないって。
「そうか?じゃあ、なんか普通にゲームでもやって最強を決めるか……」
いやそれ能力的要素関係ないだろと思ったが、私はハルヒコがアホである事を知っていたので、
そんなにいちいち言葉を挟まないのであった。

 

――そして今日。私は鬼ごっこ……というか、なんかのゲームの的にされている。 

 

 

「あのハルヒコ野郎!」

 


こうして、私にとって恐怖の鬼ごっこが始まるのだった……。

 

 


 


「――んなぁっ!!」


ドッテンコロリ、ハルヒコが盛大に転倒した。
私が走りながら後ろを振り向くと、
「まったくぅ。ハルヒコは運動音痴なくせにハシャいで走るから転けちゃうんですよ?」
そんな事を言いながら、それきたとばかりにハルヒコを踏んでいく朝比奈先輩はどこまでも黒かった。
「………アホめ」
ゆうきもこのゲームに参加している時点でアホの子だと証明されてるがな。
「校外に出てはダメですよ?僕の機関がちゃあんと見張っていますから♪」
いっ、いっちゃん!?


……なんてことだ。こんな事が始まった瞬間に私は全速力で帰宅しようと目論んでいたのに、
あと2時間は北高という限定された空間のなかでこの変質者達から逃げおおせなければならなくなってしまった。
どんな無茶だ。というかみんな無茶を言いすぎだし、それを実行に移しすぎ………

 

――うん?一体おまえらは何をしてるのかって?

私にもさっぱりわからん。なので説明のしようもないが、
ありのままの概況をほぼ実況的に伝える事ならできそうなのでレポートしてみよう。

まず、現在私は北高の廊下を走っている。ホワイ?なぜ?
それは小学生の頃のようにオチャメをしてきた男子を喜々として追っかけている訳ではなく、逆にそれと同程度の輩に追われており、
私が逃げている理由はアホどもがどこまでもアホな事を私にやらんとしているからだ。
そして、どうやらこの逃走劇はなにかのゲームの形を取っているらしく、優勝者には最強の能力者の称号が与えられるらしい。
っと、ここで一気に疑問符が沸き出てワイワイパレードを催すと思う。意味が不明すぎて。
答えられる部分だけいえば、この鬼ごっこじみたゲームは発案企画共にハルヒコであり、参加者は私を除くSOS団全員だ。
このゲームの勝者になる条件は私に接吻をするというミッションをクリアすることらしく、
そのどこに最強の能力者たるゆえんが発生するのかはなはだしく疑問であるが、おそらくそのミッションをクリアした者には
別の事柄が付属されるだろうね。強姦魔やレイプ魔、良くてもキス魔とか。


「待てぇコラッ!みき、おまえ俺を踏みやがったなっ!?」
ちなみに朝比奈未来(みき)先輩の事である。
「えへへっ。でも、涼宮くんが悪いんじゃないですか?だってぇ、人が倒れてたら踏みたくなるでしょう?」
朝比奈先輩はこれをマジで言っているので更にビックリする。普通にしてれば可愛らしい後輩のようにしか見えないのだが、
この人がおっしゃる事は下ネタや悪言とはギリギリなラインで違うものが多い。見ているだけで危なっかしいので、

いつもハラハラしっ放しだ。けどさっきのは正直アウトだったような気が……ハルヒコだったから良かったけど。
「……ったく、キョンは誰にもわたさねぇんだからな!」
トリャア―ッ、猛然とハルヒコが集団から抜きんでてコチラへと向かってきている!だがしかし……


「――おわッ!?ったぁー!!!!」


べちゃん。ハルヒコは両手を前に突き出した見事なフォームでダイブした。床に。


「だからハシャぐと転けるっていったでしょう?」
「……学習能力が欠如している」
「おや、申し訳ありません♪」


ドカドカドカと他団員に踏まれていくハルヒコ団長。……まったくもって、こいつは神聖で不可侵な存在なんかじゃないなぁと思う。
失敗したシャチホコみたいなポーズで取り残されるハルヒコの姿はそれだけでバカまる出しなのだが、
勉強の方も赤点ラインを見上げる位置をキープしているので、やっぱり可哀相なやつなのである。
とはいっても、ハルヒコの実際の学力はどれ程のものなのかは分かりかねている。

こいつはテスト中にすぐ居眠りなんかおっぱじめるもんだから、ろくに答案を埋めやしないのだ。

一度それについて聞いてみたら、「……文字見てるとさ、眠くなっちゃうんだっ」とにかくバカではあった。

 


――ひい、はあ。さっきから全速力で走っているため呼吸が荒らいできた。


「キョンさんも意外とガンバルなぁ。おれ、まともにやったらちょっと追いつけないかも」
「そうですねえ。僕もそう思います。まともな方法だとキツイってところは特に♪」


『今にみとれよキョン』という副音声が二人からまろび出ている。まともじゃないのは最初からのように思われるが、

もっと何かまともじゃない事が待っていそうだ。もう恐怖以外の何物でもない。

 

……しかし、現状では逃げの一手で大丈夫なようだ。
ハルヒコはまさか走る事すらままならないとは思わなかったが極度の運動音痴だし、朝比奈先輩は身体に見合った運動能力しか

持ち合わせていない。いっちゃんに関してはスポーツ万能だけれども、変態三人に追われてひょっとしたら死ぬかもしれないと

感じながら走っている私には敵わないようだ。


「そう簡単に……てゆーか、絶対つかまってたまるか!」


若干余裕を感じてきたので、次はベロベロバアでもかましてやろうかと思った瞬間、


「――っひゃぁ!?」


音もなく接近していた長門ゆうきにヒョイと持ち上げられ、私の体は、

後方を走る朝比奈先輩といっちゃんと対面しながらおしりを前にして進む形になっていた。


「はっ……離せっ、ゆう……き!」
ゆうきの肩に担ぎ上げられているせいで、声が上下運動によって途切れてしまう……!
それに連動して、結った髪が振りみだされて実に鬱陶しいっ。


――マズッた。ゆうきの存在を忘れていた。


「あぅあぅっ!キョンさんっ!めいっぱいジタバタしてくださぁい!ゆうきは目が弱点ですっ!」
いやこれだけは言わせてもらいます朝比奈先輩。……だれが突くかっ!
「ふむん。これは困った事態になりましたねえ……」
お願いだから、いっちゃん助けてっ!


そんな私の願いも虚しく、朝比奈先輩といっちゃんの姿が遠ざかっていく。……なんか、ヤバくなってきた。

 

「安心するといい」
「いや、出来るかっての!」

 「……状況を説明する」
「ほぇっ?」
思わぬ言葉を受けてマヌケな声が出てしまった。私はキョトンとしてゆうきの横顔を見つめ、
いつもの無表情が貼り付けられているのを確認して……少し安心した。そうだ、ゆうきはいつだって私を助けてくれるんだ。



――ストン。他の団員達からすっかり離れた校庭で私はゆうきの肩から降ろされた。


「ゆうき。これ、どういう事なんだ?」
「緊急事態」
わかりきっている事を言いだした。
「情報統合思念体から、このゲームにはイレギュラーな事態が発生しているとの報告があった。
 ……まず、このゲームではキミがハルヒコ以外の人間から接吻を受けた場合、世界は終焉を迎えてしまう」
なんだそりゃとしか言いようがないので私はそう言い、
「なんでそうなる?」と質問した。ゆうきは腕を組みながら、
「ハルヒコがそう設定した」
いやもう本当に帰りたいなと思いながら、それでも私は、
「……ハルヒコが?あいつが無茶ばっかりするのは確かだけど、そーゆうのはしなくないか?」
ゆうきは私と視線をあわせ、
「事実。だが、何故かは分からない。――しかし、それはイレギュラーな事ではない。
 イレギュラーが発生したのは朝比奈未来、古泉一姫のどちらか」
まあ、ゆうきがまともで良かったよ。さっきまでは、ほら。全員アホの子になってたと思ってたから。
私が安堵の溜息をつくと、
「……元々、他の団員にはオレが事情を説明していた為、実際にキミに接吻したがっていたのはハルヒコだけだった」
――なんとまあ……なんというか、色々アホな。
「しかし、SOS団内にイレギュラーな存在が紛れ込んでいたと判明し、キミとの接吻を実行しようとしているとの予測が立った。
 つまりそれは、このゲームにとってのジョーカー。そしてそれは消去法によってあの二人のいずれかである事が解っている」
……そういえば二人とも、なにやら物騒な事を言ってたな。って、――へっ?じゃあさっきの二人のセリフ、ヤバくないか? 
「どうするんだ?私がキスされたなら、世界は消えるんだろう?」
なんて嫌なキスだと思いながら問いかけた私に、ゆうきは「大丈夫」と言い放ち、私を見つめながら、
「――オレがさせない」
私は頼ってばかりで申し訳ないと感じながらも、なんとも頼りがいのある言葉をかけられてホッとしていた。
――と、その時だった。


ドオンッ!


「――なっ!?」
「…………!」
私とゆうきの間に赤い光球が打ち込まれ、白煙とともに砂塵がパラパラと舞い散る――!
驚き眼の私が、おそらく光球が飛んできたであろう方向へと目をやるとそこには……、
「長門さん……何をしてるんでしょうか?――教えて下さい♪」
「――いっちゃん!?」と、私が思わず声をあげる。
「まさか、僕達に話した世界崩壊の件は嘘だったんでしょうか?そして僕達が油断した隙に、彼女の唇を奪うと。
 いやはや、まいったなあ。危ないところでした♪」
……この人、なんかむっちゃ怒ってる!
そんないっちゃんはゆうきの静かな弁明にまったく耳を貸さずに、
「長門さん?あなたは僕のあなたに対する気持ちを知っていながら、目の前で別の女性、
 しかもキョン子ちゃんにキスをしようだなんて……ほんとに罪な人です♪」
……まさか二人の間にそんな事実があったとは驚きだ。てゆーかキョン子って呼ぶなっ!恥ずかしいから……。
それに、なんだか色んな意味で修羅場になってる気がするんだが――
「もう、このゲームは終わりにしましょう♪僕がキョン子ちゃんとキスをしたら良いだけですし♪」
ジョーカーはいっちゃんだったのか!?――いや、もしかして、ゆうきが嘘を?いや、それこそあり得ない……?
「……ど、どうすれば――」
混乱してオタオタしている私の方へ、
「キョンさんっ!こっちです!急いで!」
「朝比奈先輩!」
遠くで朝比奈先輩が手を振りながら呼びかけてきたので、私はそこに向かって勢いよく走り出した。
走る私の後では、ゆうきが私を追ってこようとしているのをいっちゃんが止めている――。




「ふぅ~、危ないところでしたっ。よかったぁ♪」
「あ、ありがとうございます……」
私と朝比奈先輩は正面玄関まで走り、そこでヘタりこみながら息を整えていた。
しかしまあ、ゆうきの話は本当だったようだ。だったらもう朝比奈先輩は手を出してこないだろう。安心だ。
……いや、待てよ?私がハルヒコとキスしなかったら一体どうなるんだ?朝比奈先輩は何か知って――
「って、あっ朝比奈先輩!?」
朝比奈先輩は座っている私へとにじり寄り、
「つかまえたっ♪」
ガッシリと私の腕を掴んだ。……って、なんで掴む必要が?
「んー、逃がさないためにですっ♪」
何で私が逃げ―――――うん?まさか、ジョーカーは……
「ちょ、ちょっと待った!朝比奈先輩はゆうきから話を聞いて無いんですか!?」
地面に腰をついたままジリジリと離れようとする私と一定の距離を保ったまま朝比奈先輩は可愛い笑顔で、
「聞いたような、聞いてないような……そうだ、忘れちゃいましたぁ♪」
「な、ななっ……!」
この人絶対知ってるっ!っと直感し、
「朝比奈先輩っ!冗談はやめて下さいっ……マジで!」
「……やだなぁ♪おれは最初からホンキですよ?」
そんな事を口走りながら、朝比奈先輩はズイズイと私の体を寝かせるように地面へと追い込み、
「上の人からのお達しによると、キョンさんとチュウまでならやってもOKなんだそうです♪
 でも、そうは言われても中々そんな機会は無いじゃないですかぁ?だからおれ、このチャンスは逃したくないんです♪」
なおも私に顔を近づける朝比奈先輩。私の顔に朝比奈先輩の影が重なる――。
「いっいや、だからっ!キスするとマズイんだってばっ!」
懸命に目をつむって顔を背ける私に、
「……世界も、過去も未来だって関係ありません。おれはキョンさんとの、今、この瞬間を選びます……」
偽悪的な笑顔を浮かべてグッと顔を私に近づけてくる朝比奈先輩の体を、私は掴まれていない方の右手で押しやりながら、
「マジなトーンで言われても困るって!朝比奈先輩っ」
「――おれのこと、嫌いなんですか……?」
「……へっ?」
少しだけ顔を離して、悲しそうな表情と声色を呈している朝比奈先輩に私は、
「そっそりゃあ……嫌いなわけじゃないですけど……」
「じゃっ、続けますね♪」
「朝比奈先輩!?」
ニパッと笑って先程よりもグイグイ顔を寄せてくる朝比奈先輩に私は必死に抵抗し、
「だっ、だから!やめてくださいって!」
「ダメです♪もう止まらないです♪……てゆーか世界が終わっちゃうんだったら、チュウまででやめる必要もないですね♪」
「って…………なにを!?」
ちょっと待て、非常にピンチだ!――うん?……あの時一人で遠くに逃げときゃよかったんじゃないか!?
って後悔してるヒマはない!確かに朝比奈先輩は嫌いじゃないしむしろ可愛いと思うけど……違う、こんなのじゃないんだ!
「さてと……準備は良いですか♪」
「――ま、まだっ……」
私の返事をまるで聞いちゃいない朝比奈先輩が、とうとう目的を達成しようかとした瞬間――


パシン。


「こらっ、みき!一体なにやってっさ!」
「ひゃあっ!?……鶴屋さん!?」
朝比奈先輩の頭を軽くハタきながら、鶴屋先輩がやってきた!
「いかんねぇっ、男子がかよわい乙女に乱暴しちゃあっ。……しかも、キョンちゃんじゃないか!」
「こ、これはゲームなんですっ!涼宮くん達と勝負してて……」
わたわたと説明する朝比奈先輩に、
「ハルくんがっ?……嘘は言っちゃいけないねぇ?ちょっとこっちきなっ!」
「ふぇっ!?……わわっ!」
ヒョイっと体を持ち上げられた朝比奈先輩は、そのまま鶴屋先輩にどこかへ連れていかれるようだ……。
てゆーか……さすが鶴屋先輩である。あの状態の朝比奈先輩をものともせずに制する事が出来るのは、恐らくあのお方だけだろう。
おかげで世界は救われました!鶴屋せんぱ―――
「じゃあ後は任せたっ!キョンちゃんを頼むよっ」
「わかりました鶴屋さん!みきをよろしくお願いしますっ!」
そんな言葉をかわしながら、遠くへ離れる鶴屋先輩に手を振っているのは……
「――ハルヒコ!?」
「よぅっ!」とハルヒコは私に笑顔で挨拶してきた。
「……ハルヒコ、おっ落ち着いて私の話を聞いてくれっ……」
――さてこれは逃げるべきか、ハルヒコにゲームの事を問いただすべきなのか――
私が若干後退しながらそう考えていると、
「……俺も話があるんだ。キョン、ちょっとついて来てくれ♪」
いやあさすがに信じられないね。今までが散々な目にあったし、だいたい原因はコイツだし。
「キスをするにしても、まずは雰囲気作りからだろう?こういうのは大事にしないとっ!」
それをゲームにした奴が言うとはこれまた別の意味で信じられないが、ハルヒコはアホなので……、
――そして、嘘は絶対に言わない奴なので、私はスタスタと歩くハルヒコの10歩後を追従した。


草木の生い茂った中庭まで来るとハルヒコはポスンと腰を降ろし、両足を前へと放り出した。
「こっちに来いよっ」左手でポンポンと草を叩きながら、隣に座るよう私に促した。
「わっ……わかった」ハルヒコの笑顔に少々警戒心を緩ませた私は言われるままに近づき、足を横に流して隣に座った。
ハルヒコは気持ちが良さように空を見上げていて、私はそんなハルヒコの姿を見ていて、
「「……あのさ、」」
同じ言葉がぶつかり、ハルヒコに先を譲られたので私が話を切り出した。
「なぁ、ハルヒコ。……ゲームの結果についてなんだけどさ、世界を消滅させるってのはマジなのか?」
ハルヒコはポカンとし、
「へっ?なにが?どうして世界が消滅するんだ?」
これがとぼけてるんなら顔面で逆立ちする男という都市伝説が生まれるところだったが、
「って、俺がそんな事やってどうする?俺はキョンとキスがしたいだけなのに」
もうパーフェクトに意味が不明である。……なんだ?どういう事なんだ?
「てゆーかキスがしたいって、ハルヒコ。いきなりどうしたんだ?」
とりあえず手近な疑問を投げかけてみると、
「うん?……だって俺達ケンカして……あれっ?してたっけ?」
「いや、してない。……何言ってるんだ?」
近頃はハルヒコがいつも通りにバカやってただけでハルヒコ以外オカシイものはなかったし、ハルヒコが変なのも日常的だ。
「あれっ?……まあ、いっか!」
どのみち答えは出そうになかったので、私はハルヒコの話を聞く事にした。
ハルヒコは空を見上げながら、
「……キョン。おまえさ、今、楽しいか?SOS団で過ごしててさ」
今というのがいつを指しているのかわかりかねていると、
「俺はさ、……すっごい楽しいんだ!ずっと会いたかった宇宙人、未来人、超能力者だっているんだからな!」
うん。それは良くわかる。私だってそういうのは昔願っていた事だし、現にSOS団のみんなでバカをやるのは……楽しいんだ。
ハルヒコは少し表情にマジメさを加え、
「……でもさ、俺はもともと、ゆうきやみき、いっちゃん達と会いたかったような気がするんだ」
うーん……。確かに、宇宙人がゆうき、未来人が朝比奈先輩、超能力者がいっちゃんで良かったとは思う。
――今では誰かが他の人員に変わるなんて、考えられない程に。
……そして、私がそんな事をなんとなく思っている時――、
「それに、キョン。俺は……お前に出会えて一番嬉しいよ」
「……へっ!?」
「まあ、ほんとにみんなと出会えて良かったよっ!……後は異世界人を探さないとな!
 ビックフットだって探さなきゃいけないし、次元の歪んだ場所だって見つけなきゃならない!それに……」
――心から楽しそうな笑顔で、ハルヒコは夢を目標にしながら私に語りかけている。
私はそんなハルヒコを見て…………。



――そうだ。私は……私が諦めてしまったものをまっすぐ追いかけるハルヒコが、いつでも素直に行動できる姿が、
この……ハルヒコの笑顔が、好きなんだ――



「……ハルヒコ」
「っと、どうしたキョン?他になにか探したいモンでもあるのか?」
……私はハルヒコに体を近づけながら、
「……ありがとう」
「なっ何が?どうしたキョンっ!?」

あたふたと慌てるハルヒコに、私は――



「これからも、SOS団のみんなで一緒に不思議を探していこう。私も……ハルヒコと出会えてよかった。
 私だって、ハルヒコの事が――」



――そうして、私はハルヒコにキスを………

 



「……んむっ?」
「気がついた?」
俺が長机に寝そべっていると、後から長門の声がした。
「……長門?」
なんでここに――って、うん?って、ここは……どこだ?
俺が体を起こして周囲を見渡すと、朝比奈さんのコスプレ衣装、冷蔵庫、ポット……我がSOS団の物証ばかりが見当たる。
「――部室か。俺は……寝ちまってたのか?」
ん?いつの間に……それに、部室にも来た覚えが――?
「寝てはいない」
そこを否定されても困る次第である。それに、そういえば夢だって…………夢?
「な……なんだしょりゃ!」
思わず噛んでしまったが、それも無理はない。なぜならさっきの夢は………、
「――ぐあっ!なんてこった!ゆ、夢であってくれっ!いや、夢か!?」
なんだあの内容は!?フロイト先生教えて……いや、断るっ!俺にそんな願望は無いってのは火を見るより明らかなはずだ!
「夢ではない」
「なっ……」
夢じゃないと言われても、じゃあ一体何だとしか言えん。俺はトリップするようなものはやっちゃいないし、ナチュラルハイに
幻覚を見るほど頭は爽やかでない。と思う。
「……長門。さっぱり状況が分からんのだが、何か知ってるか?」
「先程まで、世界は涼宮ハルヒによって改変されていた」
めまいを起こしそうな事を言っているが、俺はどうにか意識を保ちつつ、
「……なんでいきなり?ハルヒはどうしたってんだ?」
長門は俺を無表情に見つめながら、
「いきなりではない。原因は、今朝のあなたとの喧嘩によるもの」
「ケンカ……?」
――そうだ。朝、俺はハルヒと言い争いをしていた。ハルヒは飛びっきりの笑顔で俺に話しかけてきたかと思うと意味不明な質問をし、
俺が一体何の事だか分かりかねているとキリキリと目を三角に形成して激怒してきた。俺はハルヒが怒っている理由がわからなかった為に、
ついに放課後には口論がケンカじみたものにまで発展しちまってたんだ。
「そう。それによって古泉一樹も、午前より涼宮ハルヒの閉鎖空間の対処に向かう事となってしまった」
「……そりゃあ悪い事をしたな。だが、なんでお前が古泉の心配をしているんだ?」
「してない」
してないらしい。
「……しかし、なんでハルヒはあんな風に世界を変えちまったんだ?なんか、色々逆転してた気がするんだが」
長門はなおも無表情に、
「逆転ではない。涼宮ハルヒは世界を反転させていた。そう改変した理由は恐らく、彼女はあなたと喧嘩をしたくなかったから」
反転と逆転の違いも良く分からないが、
「……ハルヒがケンカをしたくなかったから世界を反転させたってのは、どういう理屈だ?」
長門は淡々と、
「……涼宮ハルヒは、自分の気持ちと裏腹な言葉をあなたに言いたくはなかった。あなたには素直な気持ちを言いたかった為、
 そんな自分を反転させたいと願い、そう願った事によって世界も反転してしまった」
まさか、自分からケンカを吹っかけておいて実は言いたくなかったなんてどーいう話だ。……っていうか、
「……世界が反転してたんなら、ハルヒが言ってた事は……全部反対の意味なのか?」
――そうなると、俺は熱烈に嫌われていることになるな。……そうなのか?じゃあ、俺だってハルヒの事を本当は……
「そうではない」
長門は起伏のない声調で、
「あなたがあなたである理由は、あなたという単一の精神を中心にして形成されている。
 世界が反転しても、個々の人間の精神が何かに変わる事はない。本質は同じ。あの世界の涼宮ハルヒの言葉は、
 そのまま涼宮ハルヒの言葉」
「……男が女に変わっても、ハルヒが誰かに変わる事はないって事か?」
長門はうなづき、
「そう。……そして、それはあなたも同じ」
…………。俺は沈黙した。



――じゃあ、ハルヒは俺を……そして俺は……ハルヒを――?




……ん?ちょっとまてよ?


「……じゃあ、お前も朝比奈さんも、古泉も同じなんだよな?」
――へっ!?なんかあの時、朝比奈さんだけがえらいぶっ飛びようだったが、まさか……?まさかっ!?
「朝比奈みくるは違う。あの世界の朝比奈未来は、朝比奈みくるが反転したものではない」
……ん?どういう事だ?
「あれは異世界人」
「異世界人?」
長門は興味なさげに、
「あれは黒みくる。朝比奈みくるの亜種として存在が確認されている。他にも、似たような存在の黒木田などが観測されている」
一体そりゃなんだ?っと聞こうと思ったが聞かない方が良い予感がしたので、別の疑問を長門にぶつけてみた。
「……お前と古泉は正常だったんなら、お前等……もしかして――」
「禁則事項」
長門は変わりなく言っているが……これ以上踏み入ったら進んだ分だけ俺の体が消え去りそうな気配がする。
「それより、あなたは涼宮ハルヒに謝るべき」
……確かに、俺もこのままハルヒとケンカなんてしていたくない。……が、
「いや、謝れって言われてもさ……何に謝ればいいのかわからんのだから謝りようがないぞ?」
ピクリ。長門の眉が微動した。
「思い出せない?」
「まだなんかあるのか!?」
驚いた俺に、長門はスタスタと近づきながら白い手を俺の額に持っていき……、


ペシッ。


「――いてっ!?」
……長門からデコピンを喰らった。長門のデコピンなんて、下手したら俺の頭はボンという音と共に爆発していたかもしれん。
「思い出した?」
「……なにをだ?」
まさか、俺の記憶に情報操作してないだろうな!?と不安になっていると、
「今日」
「きょう?」
俺が額を撫でながらポカンとしていると、
「日付」
「ひづけ?」
――日付って、今日が何月何日かって事か?
「――3月14日。……だよな?」
「ホワイトデー」




……俺がこの後、SOS団の女性陣に地獄の如く土下座したのは言うまでもない。




『キョン子の憂鬱』fin.

 

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最終更新:2020年07月24日 04:36