そして翌日。
 結局神になれなかった俺は、朝からハルヒの苦言を雨あられと背中に浴びる覚悟を決め、登校中も土砂降りの酸性雨に見舞われたために既に辛酸をなめるような気持ちでいた。
 そして下駄箱でも憂き目に合いながら教室へ辿り着き自分の席へと腰を下ろすと、ハルヒから他の意味でぎくりとさせられる言葉を掛けられることとなった。
「ねえキョン」
「……何だ? ポエムなら、スマンがまだ少ししか出来ちゃいないぞ」
 嘘をついた俺に、
「それは急いで仕上げなさいよね。学校は明日までなんだから。どうしても出来ないってんなら、土曜の不思議探検までなら待ったげる」
 なんて、二十段の跳び箱が十九段になった所で無茶な指示に変わりゃしないぜ。
 俺は失敗が怖くて動けないといった根性はないつもりだが、派手に転ぶとわかっていて「やります」とは到底言えず、そして当然の如く「出来ません」など言えるわけもなく、「ああ、ありがとう」という自分では何がありがたいのか分からんながらも感謝の言葉で対応した。しかしハルヒが聞きたかったのは別のことだったらしく、「それじゃなくて」と続け、
「佐々木さん、元気してる?」
「……ん、ああ。してると思うぞ」
「そう」
 特にどうでもいいといった感じで静まるハルヒ。

 ――俺は佐々木の名を聞いて、先日の、佐々木に群がる奴らとSOS団との衝突を思い出した。
 佐々木は自分自身を別の位置から見つめられる聡明さと思慮深さを兼備した女の子なのだが、過去に行って自分と話してみないかという藤原の話に乗ってしまい、あいつらと行動を共にしていた。
 そうなってしまうような会話が佐々木と藤原の間で交わされたのは、いつもの喫茶店で俺が最初に佐々木たちと会合した後、藤原と佐々木の二人を残して帰ったときだった。
 もし過去の俺がもっと佐々木の話を聞いていたならば、あいつは俺たちの争いに巻き込まれずに、安定した閉鎖空間が灰色に染まる程傷付いたりもしなかったのではないかと思う。


 佐々木を傷つけた、あの事件。
 それについて語る前に その事態を招く原因となったもう一つの事件について話しておこう。
 長門がダウンしていた間、俺たちSOS団(ハルヒ除く。長門の代わりに喜緑さん含む)は、佐々木たちと喫茶店でハルヒの能力についての議論を行った。もちろん意見は対立し、平行線のままに終了したのだが。
 そして後日。橘京子の組織がハルヒにちょっかいを出しやがり俺はハルヒの誤解を解くために思い出したくもない真似をやるハメとなったのだが、そのすったもんだは平穏に終了し、俺はようやくその日の夜深い眠りについた。
 そして翌朝。目覚めるとそこは異空間だった。なんじゃそりゃ。
 俺はすぐには現状把握が出来ず、もしかしてまだ夢の中を放浪しているのかと思ったのだが、俺の寝ぼけ眼に飛び込んできたある人物の姿によって、意識は一気に、鳴り響くアラート音とともに覚醒した。


 そこにいたのは、周防九曜だった。


 それだけでその場所が天蓋領域によって作られた空間であったのを認知でき、また計り知れない危機が俺にせまっているかもしれないという予感も身を焦がすほどに強く感じられた。
 だがいつまで経っても周防九曜はバタつく俺を無機質な瞳で見続けるのみだった。
 しばらくして俺は落ち着いてモノを考え初め、長門の部屋に最初に行ったときあいつはお茶ぐらい出したぞなんて緊張感に欠ける思考が巡っていた頃、その異空間に新たな来訪者が訪れる。
 その闖入者の姿をみた俺は一瞬ああもうこれはダメかもしれんなと思ったが、意外にもそいつは俺を天蓋領域の異空間から救い出してくれた。
 なぜ意外だったかと言うと、俺を解放した人物は――未来人・藤原だったからだ。
 藤原はいきなりやってきたかと思うやいなや周防九曜の後頭部に美麗な皐月の花姿のバレッタを取りつけ、その後の周防九曜は、藤原の命令を聞くかのように従順と異空間の解除を実行したのだ。
 そして現実世界に戻った俺は、もしかして藤原に感謝しなければならないのだろうかと戸惑っていたのだが、藤原は俺に、
「……まったく余計なことをしてくれた。これは僕の予定にはなかった。忌々しき事態だ。計画を変えなけりゃならない」
 まるで万引きの被害を受けた店の側を怒るような理不尽極まりない文句をつけられたが、まさにこの言葉こそが、俺たちと藤原たちとの、ハルヒの能力を巡る抗争の戦火を切ったんだ―――。


 争いの概要はこうだ。藤原は周防九曜を操ってハルヒの能力を奪わんとし、俺たちはそれを阻止すべく交戦した。
 面子は喫茶店で議論を繰り広げた際の顔触れで、この戦いは位相転移した空間で行われた。古泉は超能力が有効化されて喜緑さんと共に戦線に加わり、橘京子に戦う能力はなかったので、佐々木と共に傍観者となっていた。
 俺と朝比奈さんは言わずもがな見ているだけしか出来ず、佐々木たちと共に傍観していた。
 暫く戦況は拮抗していたのだが……正直、SOS団側に思わしくなかっただろう。
 そんな中、藤原によって自身の任務に関する独白がなされ、あいつら側の未来人の目的は、時空改変能力を周防九曜に消去させるというものであったのが判明し、それについての問答によって別理論での時間遡行法の話や、本来の計画では佐々木を過去に赴かせることによって現在を変えようとしていたという事実も浮き彫りになったわけだ。
 そして藤原の話も終わっていよいよとばかりにSOS団が敗北を喫しようとした……そのときだった。急に橘京子が震駭しながら、佐々木の閉鎖空間に突如として《神獣》が現れ、閉鎖空間がたちまち拡大し始めたと俺たちに訴えてきた。
 このままでは能力がどうのという騒ぎではなく世界が破綻してしまうので、俺たちはすぐさま佐々木の閉鎖空間へと向かい……そこに生まれた《神獣》を撃退した。
 そして、あいつの閉鎖空間が消滅する直前、少しゴタゴタしていたときに俺と佐々木で交わされた会話があるのだが、これは少し思い出して振り返ってみようと思う。
 それは、俺から佐々木に話しかけて始まった会話で…………




「……佐々木。良かったら教えてくれないか? お前がなんで、過去の自分と話そうなんて思ったのか」
 割れていく空。かつての穏やかな雰囲気とは一変して灰色に染まった空間。そして《神獣》。
 それの崩壊を……諦観のような、それでいて納得したような面持ちで見つめる佐々木に、俺は問いかけた。
 佐々木は俺の方へと顔を向け、泣き明かした後のような切なさが映る笑顔で柔らかに答えた。
「キョン。僕はね、山月記の李微によって教導されるように、心の中に猛獣を飼っていたんだ。それがこんな形で具象化するなんて……皮肉以外の何物でもないが、おかげで感得することが出来たよ」
 そう話す佐々木からは、やはり何処かいつもとは違う覇気のなさを感じられる。しかし、
「心の中の猛獣だって? それこそお前には似つかわしくないし、俺はそんなことはないと思うぞ」
 佐々木は少しだけ普段を取り戻したように独特の笑いを発して、そしてまたすぐに哀愁を呈し、
「まあ、李徴ほどの人物と僕なんかを比喩するのは相応しくなかったね。僕には彼ほどの才知は備わっていない。それに僕にあったのは、愚昧な臆病心だけだったのだから」
 自嘲する様な笑いを挟み、
「まさか僕の嫌悪するところの人体(にんてい)と同じものを自ら抱いていたとはね。恥じ入るよ。でもそれに気付けなかったのは、今では当然のことのように思う。全部僕のせいだ」
「何言ってる。こんな事態が起きちまったのはお前を担ぎ上げた奴等と……俺が原因だ。すまなかった」
 たまらず俺が口を出すと、佐々木は「それも遠からず起因しているね」と答え、継ぐ言葉を失った俺に、
「でも違うんだ、キョン。これは僕が中学生の時から存在していたものだったんだから。気付いたのが現在なだけであってね。むしろそれに気付かせてくれた彼ら……特にキョンには感謝しているよ」
 ありがとう、という佐々木の言葉に俺はいたたまれなさを感じ、そして気付いた。
「……ちょっと待ってくれ。そもそも俺の質問に答えが出てないんじゃないか? 言いたくないのならもう聞きはしないが、はぐらかさずに教えちゃくれないか? 俺だって、お前の力になりたいんだ」
 俺の言葉に佐々木は、見て取れる程度に微小な悲しみを顔に浮かべ、
「……中学の頃、僕が恋愛感情は精神病の一種だという見解の話をしていたことを覚えているかい?」
 忘れやしないさ。今でも同じ考えの奴が俺の身近にいるからな。
「それは涼宮さんのことかな? ……だったら、僕がこれから話す内容を彼女にも伝えてくれないか? きっと彼女にとっても有用な情報になると思う。多分、それは君にとってもね」
「……わかった。すまないな」
 それを聞いた佐々木は、目をつむりながらすうっと一息ついて、
「――僕はね、恋人のような関係性にはまるで意味がないと思っていた。互いを見つめ合って、周りが見えなくなるようなものにはね。ただ、人生の伴侶のように、二人が同じものを見つめて歩いていく関係に関してはその限りではなかった。実はね、中学生の頃にキョンと肩を並べて歩いていたときに、僕はそれに似た感情を持っていたんだよ。これは正直な気持ちだ。そして、僕はその状況に満足していた。その関係を変えることなど考えもしなかった。それは恋人というものに意味はないと思っていたのもあったが、そもそも、僕はキョンの誰に対してもどんな場所であっても不偏的な人柄が気に入っていたからね。自分にも無理に変わろうという気持ちは生じなかったんだ。……そしてそのまま、僕たちは高校に入ってそれぞれ違う道を進むこととなった」
 佐々木は俺の理解度を確かめるような間を置き、続けて、
「……それから一年以上が経過して、先日僕たちが久しぶりに駅で鉢合わせた瞬間、僕としてはキョンの顔を見て沸き出でる喜悦の情を禁じ得なかったんだ。でもそのときですら、僕はそれを、好意を寄せていた君に対して生物としての本能が感じさせたものだと思っていた。そして正直なところ……あの時僕は塾の時間までには暫くの間があってね。もっとキョンと昔のように話をしたかったんだ。言い訳がましく学校の憂さ等を語っていたがね。実はそうなんだ」
「じゃあ俺たちと一緒に喫茶店まで来たら良かったじゃないか。あいつらだって佐々木なら喜んで迎え入れてくれるし、茶の支払だって俺がいつも一括して担ってるから佐々木の分が増えたところで変わらん。お前が来てたなら奢らせてもらったんだがな」
 俺の言葉を聞いて、佐々木はくっくっと嬉しそうな声色で笑い、
「それは勿体ないことをした。唯一の心残りだ。でも僕はあのとき涼宮さんたちを目に入れて、そんな余裕や厚かましい態度を取れる程心が平静ではなかったからね。態度には出さないように努めたが、あれで結構戸惑っていたんだよ」
「そりゃあ全く気付かなかった。でも何に戸惑う必要があったんだ?」
「……僕自身も、そのときは何故そんな動揺を抱いてしまったのか分からなかった。でもね、今なら理解できる。僕はあのときキョンは中学生の頃とそう変わっていないと思っていたが、キミと彼女たちをみて、以前とは違うものを感じたんだろう」
 俺がイマイチ得心出来ないでいると、
「これはキョンには分からないかも知れない。自分で見ているものでも、他人からの視点でなければ感じ取れないものというのがある」
 それが何かと言えば、と続けて、
「つまり、キョンの視点が以前と変わっていたんだ。僕はそれを感じて、今まで並んで歩いていたと思っていたキミが何処か別の場所へ行ってしまったように思い、無意識の中で寂寥とした侘しさを抱いたんだろう。だが僕の自意識はその感情を否み、それらが心底で葛藤を繰り広げていたために僕は動揺していたんだと思う」
 …………………。急に不思議な静寂が広がる。俺が何事かと尋ねようとした瞬間、
「……ここまで、キョンは何か気付かないか?」
 いんや。まだ良く話を聞かんことには何とも言えんし、すまんが話の内容以上のものは分からん。
「そうか。じゃあ話を続けよう」と佐々木は、
「少しだけ話を戻そうか。恋愛は精神病の一種だという見解についてだ。……現在僕が考える所の恋愛感情による病的症状というのは、万人がそう言うように、盲目という障害を発生させるものなんだ。そして、それは何も恋愛にとりつかれることによって恋人にしか目を向けなくなるということや、それによって周囲の状況を正常に認識し得なくなることだけではない」
「それ以外になんかあるのか? 俺にはまったく想像がつかないんだが」
 ……このとき佐々木が浮かべた笑顔に、俺は軽くてやわらかな音を聞いた気がした。
「――僕も想像すら出来なかった。それに、僕がそれら以外のものに気付いたのは本当につい最近で、しかもこれは僕自身が実際に体験することによって認知出来たものなんだ。……質問の答えが遅くなってすまない。僕は、『それ』を過去の自分に教えてみたかったんだ。僕はそれに気付けて良かったと思っているけど、時期が遅すぎたことに対しては率直に後悔の念を隠せない。でも、そんな僕の愚考による浅劣な行動を君たちが止めてくれて、嘘偽りなく心から感謝しているよ。おかげでもっと大事なものに気付くことができたからね」
 皆にはすごく迷惑をかけてしまったけど、と佐々木は微笑みながら話していたが、俺にはまだ分からない点があったのでそれを言葉に表した。
「佐々木。そのお前が気付いた『それ』っていうのは何なんだ? あと、もっと大事なものってのも」
 佐々木はキョトンとして俺を見つめ、すっかり元通りになった独特の笑い声を漏らし、
「……既に九十九パーセントの部分を言ってしまっているようなものなんだがね。しかし、それは僕が今となっても、出来ればその曖昧な段階のまま終わらせたかったということだろう。すまなかった。ちゃんと言葉にしよう」
 いや、謝るべきなのはいつだって俺さ。それに聞いてばっかりで申し訳ない。
 すると佐々木は、
「――いや、考え方によっては、これはお互い良い方向に進めるきっかけになるかも知れないな。『それ』を明確に答えることによって、僕が抱えてる九十九パーセント答えが判明している懸案と、キミが抱える疑問に答えを出すことが出来るからね」
「……他にも悩みがあるのか?」
 俺の言葉に、
「なに、悩みという程のものじゃない。あえて悩みという言葉で表現するなら……そうだな、百五十億年かけて壁にぶつかれば、一回は素通りできるんじゃないかという希望を否定しきれない僕の弱さに悩ましさを覚えるよ。だが、それもすぐに解決する。キョンの疑問の『それ』に対する答えとなる……次の僕の言葉によってね。これには、今までのように錯雑に言語を交えて紛らわせたりはしない。キョンには、そのままの言葉を受け取って欲しい」
 俺が教会で神の御言葉を代弁する教皇に向けるような厳粛な態度で沈黙すると――佐々木から、俺が持つ想像力を遥かに超えた言葉が飛び出した。


「わたしね、ずっと前からキョンのことが好きだったんだよ? ……今まで自分でも気付かなかったのは、きっとわたしがその気持ちに背を向けていたからなんだと思う」


 突然佐々木らしくない言葉でこれまたらしくないことを言われては、俺の天地が崩壊して意識がブッ飛ぶ事態を起こすのに何ら障害はない。
 ――が、俺は体の支えを失って倒れこむなんてな真似は到底出来なかった。出来る筈がない。やる奴がいるとしたらそいつは本当のフヌケだ。
 ……佐々木の瞳はしっかりと俺の眼へと向けられ、その言葉に冗談なんてものは微塵も入ってないと訴えかけていたからだ。


 くっく。不意に俺の耳にそんな音が届いた。目の前にはイタズラな笑顔を見せる佐々木がいた。
「そう固まってくれるなよキョン。まあ、そうなるのも仕方がないことだけどね。今の僕の台詞は投げっぱなしであるがゆえに、キョンは何とも答えようがいんだ」
 脳がオーバーフロー気味に停止していただけであった俺は未だ反応できず、 
「それに、僕も何かキミからの返答を求めようとは思っていなかった……いや、本当は聞きたくなかったのかもしれないな。僕はこの期に及んでも、臆病な心に噛み付かれたままだったようだね。まったく、どうしようもないとはこのことだ。……このように、どうしても僕は心の中に飼っているものに自分では抗うことが出来ない。それを踏まえて、一つ質問してもいいかい?」
 若干の思考能力を取り戻しつつ、おもむろに首肯した俺に佐々木はうなづき返した後、少しの間を置き……
「もしキミが、先程の僕の発言に言葉以上のニュアンスを感じこちらの意思を受け取ることがあったなら、それに対してのキョンの気持ちをそのまま僕へと伝えて欲しい。恐らくそれは一言で済むだろうし、それで十分だろう。僕はそれに含有された意味を正しく受け取とれる自信がある。これは、今までの僕たちが積んできた時間と関係性を根拠にして言い切れることだ。それは君だって同じだろう? ……そして別段思うところがないのであれば、このまま続けてキョンが抱く疑問に対しての答えを出すことにするよ」
 ――さて、どうする? と俺に質問を投げかける佐々木。俺は…………。




 わかってる。流石に気付かなければならない。佐々木の気持ちに、言わんとしているものに。
 即物的なものを佐々木は望んでいるんじゃない。それもわかる。
 だが、それは『そう』なのだ。俺がそれを受け入れてしまえば、『それ』になってしまうんだ。
 そして、あいつもわかってる。そうなってしまうということを。そして、俺のそれに対する返答と……、
 ――この言葉が、どういった意味なのかを。
「……すまない」
 キュッ、と唇をむすぶ佐々木。……それを見て、俺は眼の裏側が熱くなるのを感じた。 
 それは俺の意識をうろんげにし、ふと気付けば、既に佐々木は言葉をつむぎ出していた。思い返せば、「ありがとう」と聞こえていた気がする。それに、俺が返答してから佐々木が話し出すまではそう時間は空いていなかったかもしれない。

「……僕は恋愛感情というものに目を当てることをしなかった。そんなものは存在しないとさえ思っていた。しかし、それは確実に僕の中に成立していたんだ。それを認めなかったがために、僕は自分の心底に潜む猛獣、愚昧な臆病心に自身が捉われていることにさえ気付けなかった。それはつまり、僕は恋によって盲目になっていたと言えるんじゃないか? 恋愛感情を否定することが、実はその存在を肯定する一つの証明になっていたなんてね。不覚にも、僕の確証バイアスは真逆の結論を導いてしまったわけだ。……そうだな、この僕の経験則は、まるで社会主義の効率性を立証せんとし、逆に経済の破綻を導き出してしまったコルナイのそれに似ているよ」
 まるでミレニアム賞問題のいずれかを解き伏せたような喜色でくっくっと笑い、
「しかもそれによって、僕にもずっと以前から恋愛感情は存在していたという事実と、それの不変性にすら確証付けるまでに至るとは思いもしなかった。これにはもう一驚を喫するどころか感嘆の意すら覚えるよ。ああ、こんな情操的な感情を抱けたのは実に久方振りな気がするな。一番近いときでは、都心に原発を誘致することによって原発の実態を国民に垣間見させるよう目論んでいた、都知事の計画案に対してだったかな」
 まあこれは映画の話だがね、と無邪気に手を振りながら、
「キョンも見てみると良い。キミの価値観や世界観に対してもすべからく影響を与えてくれるだろうから。……そして、僕はいま、心から過去になんて行かなくて良かったと思えている。なぜなら、こうなることによって、僕の世界は新たな変容をむかえられたからね。もちろんそれはトランジショナルなものではなく、リアライズされたことによってのものだ」
 フリスビーを手首のスナップだけで放ったような手つきを見せ、
「――さて、キミが残すところの疑問もあと一つとなった。僕としてはこのまま話を続けてもいいのだが、」
 上空に広がっている亀裂が加速度的に拡大していく様を指差し、
「長らく続いた僕の閉鎖空間とやらも、そろそろ終焉を迎えるようだ。なので、どうかな? 日を改めて、またあの喫茶店に前回のメンバーで会するっていうのは。歓談が出来るかは分からないが、きっと彼等らもキョンに言っておきたいことやらがあるだろうし、僕もキョンがそうしてくれるとありがたい」
「ちょっと待ってくれ」
 なんだい? っと思いのほか早い反応を見せた佐々木に、
「おまえさ、過去に行こうなんて思い立ったのも、藤原と喫茶店で二人っきりになったときに何か言われたからなんだろ? ……あのとき、二人でどんな話をしてたんだ?」
 佐々木は微妙に悩ましげな表情を顔に作り、思い立ったように、
「……もう隠す必要もないだろう。うん、教えよう。まず僕が過去に行きたかった理由は先に話したように、僕に潜んでいた感情を過去の自分に気付かせたかったからなんだ。それはもちろん、只の自己満足などではなく、それによって変化するものがあったためだ。それは今ではどうしようもなくてね。僕は卑しくも、あのとき彼からそれを変えられるという話を聞いて、みずからそれを望んだんだ」
 どこか悲しげにそれを話す佐々木に、
「……変えるって、この世界をか?」
 佐々木はゆっくり首を左右に振って、
「僕の行動によって、君たちのSOS団がこの世界からなくなってしまうなんて知らなかった。本当にすまない。今思い返すと、自分の思慮を欠いた軽率な行動に悔やみ入るよ。取り返しのつかない事態になっていたかもしれないのだから」
 いや、お前が世界を変えるようなことをするなんて誰も思っちゃいないさ。
「佐々木、謝るのはナシにしよう。それは俺がすべきことだ。お前は何も気になんかしなくっていい。それにさっきの俺の言葉だってな、どうもお前が過去に行ってなにかをやるなんて信じられなかったから出ちまったんだ。気にさせてすまなかったよ」
 でも、と佐々木はうつむき加減に、
「……確かに、僕が変えたものによって現在を違えてしまう予見はあったんだ。むしろそれが、僕の本当の希望だったのかな。すまな――」
 俺の視線を受けて佐々木は言葉を中断し、
「……僕の過去での行動よって、変わるものとは何か? について述べよう。それは非常にシンプルで、かつ単純に意味が反転するだけのものなんだ。それに、答えは既に僕たちの今までのやり取りの中に紛れている。キョン、わかるかい?」
 んー。正直に言えばサッパリわからん。……ヒントをくれないか?
「そうだね、中学生の僕たちが話していても何らおかしくはない、むしろそちらのほうが健全であろう会話の中の一文だ。……僕はもう言いたくないので、キミ自身で気付いてくれないか? おや、これもヒントになるだろうね」
 暫く考えた俺であったが、佐々木がもう言いたくないこと、という言葉をそのまま考えて答えらしきものを見つけた。だが……。
「――それって、まさか……」
「わかってくれたようだね。ご名答。それだ。そして変わるのは――」
 虚をつかれて戸惑っているような顔をしている俺に、
「……僕の告白に対する、キョンの返事なのさ」
 正直、佐々木のこの言葉には納得しかねた。……それって藤原の嘘だったんじゃないか? 俺の佐々木に対する認識は過去を通してつい先程まで変わっちゃいなかったし、いつ言われたとして俺の意見が変わるとは……。
「ストップ。……そこまでにしてくれないか?」
 佐々木から沈鬱な色で言い止められ、
「……すまん。考慮が足りなかった」
 あいつの気持ちをまたもや意にかけていなかった事実に俺が自省していると、
「そういう顔をしてくれるなよキョン。僕は何もその後の言葉が聞きたくなかったわけじゃない。あのね、親友という立場の見解から言わせて貰えば、今の言葉はキョンの返事の理由としては若干の異存を残してしまう。今のキミは、もっと違った理由からあの返事を言っているはずなんだ」
 お前が言うからにはそうなんだろうな。しかし、
「じゃあ、どんな理由からだと思うんだ?」
 くっくっ、佐々木は事もなげに笑い、
「……それこそが、僕が最初に感じた過去のキョンとの相違点なんだ。キミは依然として気付いていないようだが、それを僕が教えてしまうのは無粋でしかない。それに言ってみたところでキョンは合点がいかないだろうし、これは己で気付くべきものだからね」
 だから言わない。と、続けて、
「さて、僕にもまだ言い残したことがあるが――それもまた次の機会に回そう。それに、僕の心も今は……人並み程度には失恋の悲しみに打ち震えているんだよ? 存在しないといっていたものを失くしたことによってそう思うなんてバカげた話だがね。……だが逆に、そうであるからこそ、今の僕の悲哀は通常よりも大きいかもしれないな。それこそ、今ここで泣き崩れることだって容易に出来る程だ。しかし、僕はキミにそんなものは見せたくないし、キョンだって見たくはないだろう?」
 そう言いながら揚々とした態度を取る佐々木に、俺はそうは思わないと言った。なぜなら……
「……おまえが一人で泣いてる姿を想像するほうが、俺としては……ずっとやりきれん」
 ――そっか。と、言い漏らすかのように佐々木は小さく呟き……しばらくは俺も佐々木も表情を崩さず、ただ、佐々木が何かを思っているだけのような静寂が二人の間に流れた。
「……優しいね。キョンは、いつもそうだったね」
 まったく身に覚えがないことを言われたが俺は否定せず、
「ならば、それに甘えさせて貰おう。僕はここで泣かせてもらうよ。けど、やっぱり涙は見られたくないかな。そうだ、こういうのはどうだい? キョンが許すなら、キミの胸を貸し――」
 ――その時、スウ、と佐々木の頬を一縷の水が伝った。
 それは止め処ないようにサラサラとしたたり始め、佐々木はあわてふためくように、
「……す、すまない。こんなモノを見せるつもりはなかったんだが…………」
 ひらいた手の平でそれぞれの頬をさすりながら、
「――ふ、あっあれ……? 僕は――」
「……佐々木」
 ――俺は視線を横に流し佐々木へと近寄りながら、一歩手前で足を止めた。
 そこにはもはや少女の泣き顔になっていた佐々木がいて、俺は、受身になった佐々木のその潤んだ瞳をしたたかに見つめ、視線を斜に落としながら一言、「すまなかった」と……俺には、これだけしか言えなかった。
 佐々木は両方の手で顔を包み隠すように、ストン。と俺の体に倒れかかってきた。
 胸の中でむせび泣く佐々木に、俺はその双肩に手をやる事だけしか出来ず、「――少しは、気付いてよ……」という佐々木がこぼした言葉に、ただ、俺は馬鹿野郎だったと、痛いほど……感じていた。




 っと、まあ……佐々木が過去の自分と話したかった理由は、こうだったというわけだ。
 そして佐々木は最後のあのとき、俺の鈍感さ加減に対して言葉を漏らしたんだと思われる。
 ……だがしかし、俺はもっと別のことに対して気付いてやるべきだった。中学時代、佐々木自身も気付いていなかった……佐々木の心の中、その脆い部分に。
 そこを俺が友人としてなにか助言でも出来ていたならば、あいつが自分の悩みに気付けずに、自分が悩んでいるということにすら気付いていないという状態になるのを回避出来たかも知れない。
 ……しかし、後悔ばかりしているわけにもいかなければ、現在の俺と佐々木の関係は、以前よりも健康的に繋がっている。事件の詳細についても後日の喫茶店での会合でもう少し掘り下げれられているので、もう少し回想タイムを延長しようと思う。
 SOS団お馴染みいつもの喫茶店、そこにいたのは、
「よ、キョン! お前恋のポエムなんか書いてんだってなぁ? ほぉー、早く見せて貰いたいもんだ!」
 いや正確に言えば一文字だって書いちゃないが。ていうか谷口、いきなり声を掛けられると困るんだが、色々と。
「お前が似合わねぇツラ下げて、物思いにふけってやがるからだよ。てゆーか、なんだ、全然書けてねぇのか?」
 もっと俺を見習えよ、と俺のシリアスな回想を邪魔しくさった谷口はなにやらのたまっている。
 なになに? ほう。お前はポエムの麒麟児なのかもしれないってのか。谷口。五つ神童、十で天才、二十歳過ぎればただの人って言葉を知ってるか? だがまあ谷口の場合は、五つ残念、十でがっかり、二十歳過ぎたらああやっぱりって具合だろうね。
「なに言ってやがる。俺にはひがみにしか聞こえねえな とにかく、ちゃんと書いてみるこったな」
 まさしくその通りである指摘をし、早くも谷口は「ま、せいぜい頑張れよ!」とスタスタと教室内を歩き去って行った。あいつはマジで俺の心配でもしに来たんだろうか?
「ちょっとキョン。あんた、まったく詩書いてないっての?」
 ……そういえばハルヒが後にいたんだった。谷口、スマンがお前は余計な事態しか起こさなかったみたいだ。
 が、それより……。
 ――こいつ、今日はやけに大人しいな。メランコリックなのか? まさか、なんかの予兆じゃなかろうな。それは勘弁してくれ。ただでさえ俺は朝っぱらから別の不安材料も持たされてるんだから。
「どうすんのよ? タイムカプセル埋める余裕がなくなっちゃったら」
 そりゃああなた、埋めないだけですよ。とは言わず、
「いつ埋めるかもう決めてるのか? あと、何処に埋めるのかも」
 そうだな、俺んちはよしといた方がいい。なんせ俺の妹という自分で隠したヘソクリすら翌日に開けちまうヤツがいる。こいつは庭に俺たちが何か埋めたのを嗅ぎつけて掘り起こすどころか、タイムカプセルの中身の眠りまで覚ましちまうぜ。
「あんたが掘り起こすんじゃないの」
 とハルヒ、あくまで淡々と。俺は肩をすくめつつ、
「しないね。正直ヘソクリは俺も一日しか我慢できなかったが、こればかりは勝手に掘り起こそうもんなら団長ってよりは組長みたいなヤツから俺が埋められちまう」
 ……うん? 予想に反してハルヒからの反応がない。
 俺の話を聞いていたのかどうか、ハルヒは頬杖をついたまま流し目で、
「……ゴールデンウイークの花見のときに、そのまま鶴屋さん家の庭に埋めようかな。あそこなら、この先もずっと残っていきそうだし。そこで作った短歌を入れるのもアリね。うん。そうしましょう」
 他人の家で実行される計画案にも関わらず、今この瞬間ハルヒの中で決定されたような口振りだ。確かにそれには誰も否やはないだろうし、鶴屋さん邸が何世代にも渡って受け継がれていきながら益々の発展を遂げていくだろう予見にも疑いようは皆無だろう。だがハルヒ、そこは人の良心としてだな、まず鶴屋さんにお伺いを立てるべきなんだぞ。
「わかってるわよ、そんなの」
 いやぁどうだかね。お前ほどそこら辺が怪しいヤツはいやしないし、恐らく元より備わってないだろうし。
「あんたね」ハルヒは机の方へ体を少し沈ませて、「それもこれも、詩が出来てからじゃないとダメなの。余計なもんにあたま回してないで、ちゃっちゃと書きなさいよね。花見まで出来なくなったらどうすんのよ」
 それは困るなと思いながら、
「……だいだいだな、恋の詩ってのが無茶なんだ。下手したらお前、それ、下手なラブレターより始末が悪いじゃねえか。しかもだな、ハルヒよ。それを掲示板に貼り付けられちまうってんならまだしも、自ら印刷して全校生徒に配ってどうする」
 ピクリ。ハルヒの頬から杖の役割を果たしていた腕が離れる。
 そしてハルヒは腕を組みながら背もたれに寄りかかり居直すと、何故かその表情は数学教師が難問を寝ている生徒に問いかけて狙い撃つ際の偽悪的に作られたニヤリ顔を呈しており、かと思えばシタリ顔で教鞭を振るうかの如く右手人差し指をクルクル回し、明快な声調で、
「キョン? いい? 宛名のない恋文になんか言葉以上の意味はないのっ! そんなんじゃ、あんたはラヴソングすら歌えないわ。世界中のシンガーソングライターを敵に回すつもり? あたしはそんなくっだらない戦いは所望してないわ。どーでもいいから書くのよ! ほら、テキパキと済ませちゃいなさいよねっ!」
「……そっ、そうか?」と圧倒される俺。
 ――いやはや、今までさんざ俺が呼び水を差していたのにも関わらず、コイツはなんだかよくわからん場所で元気を取り戻した。一体さっきの俺の言葉のどこに元気の素があったと言うのだろうか。それより先にもっと噛み付くところがあったじゃないか。
 しかし結果オーライだ。ハルヒはどうやら鬱々としていたわけじゃなく軽度の感情の浮き沈みで意味もなくホウけていただけだったようである。そうであって欲しい。なんせ現状は団員の原稿の仕上がり位しか危惧するところはなく、他の事情によって憂鬱な色が出ているのであれば、それはそのままハルヒ以外のSOS団員(特に俺)に憂慮すべき事態が発生し東奔西走するという過程を辿ってしまうということが、今までの経験からして疑いようもないんだから。
 そんな思考を巡らしながら、「てゆうかさ」と俺。「お前、なんで今回の機関誌の内容をポエムなんかにしたんだ? 単純にページ数が少なくていいからだってのか?」
 今更な質問に、ハルヒはさも当たり前のことを言わんとするかのように鼻を鳴らし、
「それもあるけどね。モチロンそれだけじゃないわ。いいキョン? 詩っていうのはね、作者の人間性を計るのにはベストな創作活動なの。人としての魅力ってぇのは結局、その人物のインプットとアウトプットがどれ程のレベルで成り立っているかってことだから」
「どういうこった」
「一つのモノから、どれだけ情報を得られるのか。それをどれだけ伝えることが出来るのかってこと。詩を作る際にはこれに情報を変換する作業が加わるの。これは人間にしかない文化なのよ? そして、いかにそれらに富んでるかってのがイコールその人の魅力度数で、それが人間性の豊かさって言葉になるわけ」
「じゃあ長門はどうなる?」
「有希はあんた、寡黙で知性的な所があの子の魅力じゃない。多くを語らずとも有希の人間性は溢れ出てるの。むしろ、有希は背中でモノをありありと語ってるわね。そういうこと」
 ふむ……まあ、わかる気はする。長門はアウトプットこそ微小だが、そのままハルヒの言葉通りに行動から長門らしさが顕然と現れるし、内包しているものはそれこそ計り知れない程だ。
 それに、その理論を体現しているのは他ならぬハルヒ自身であろう。
 世の中の事象全てを己が内にせしめんとし、コメットハンターばりの瞳で宇宙を見つめながら実際にその目の吸引力で彗星をも引き寄せそうなハルヒの求知心は本当に珍妙なエトセトラを呼び込む程であるし、こいつがアウトプットするモノは物理的概念的な意味でも途方もない。
 ……って、これじゃあハルヒが魅力度トップって話になっちまうんじゃないか? 魅力的ランキング争い大本命の朝比奈さんはどうした。
 俺の脳内で何故か陸上競技のビブスを着用したSOS団三人娘(ハルヒ赤、長門青、朝比奈さん黄色)が激烈なレースを繰り広げていると、
「それにね。今回の機関誌製作は、昨今のテレビ制作やミュージックシーンに対するアンチテーゼでもあるの」
 それは気付かなかった。まさか、特に別条のない一学校組織の中でもおぼろな一団のポエム誌に、そんな大仰な意義が付属していたなんてさ。
 ハルヒは未だ腕を組んだまま、若者がフェミレスで姿の見えない何かに対して実体のない怒りをぶつけているような感じで、
「家族と夕飯喰ってるときに流れてるテレビ位はあたしの目にも入るんだけど、なんでどの局もテンプレートに似たような番組しか作ってないの? 制作スタッフが大衆を愚鈍だと思ってるとしか思えないわっ! それに音楽だって、癒しだのなんだのばっかで逆にウンザリしちゃうってのよ。もっとあたしたちみたいに、面白さがなんたるかを突き詰めてクリエイトしていくべきね!」
 その面白さの基準は全てハルヒ視点からなるものでありそれによって俺と朝比奈さんが被害を被る事が非常に多い件については、じゃあ面白くないのかという問いに対して俺はあの日キッパリと答えを、明言しているので言及しない。それには長門、朝比奈さん、そしてどうやら古泉すらも同じ答えを出すであろうから、なんら問題はないんだ。まあ……毎回事件は起こるんだが。
 そして俺は音楽業界に明るくはないのだが、確かに近頃メディアで流れているインスタントなミュージックよりは親の部屋から流れてくるロカビリーでジャジーな野良猫たちの音楽や、メンタイコが好きな雄鶏が歌うロックンロールの方が心に触れるモノがある気がする。だが多分、つまびらかに調べて行けば現在もそういったミュージシャンたちは存在するんだろう。そういえば谷口がリンゴがどうだのピローがどうしただのと絶賛してたっけ。
 しかしテレビについては一つ俺の考えをハルヒに示してみようと思い、実際に提言してみた。
「ハルヒ。確かにお前のその意見には俺もほとんど同調する。しかしだな、テレビに関しちゃそんな手法を取っているのは他にも原因が考えられるんだぜ」
「なによ? まさか効率性重視な商業の打算的な考えだとか、興行だからとかいったツマンナイ理由を言い出すんじゃないでしょうね」
 それも言おうと思っていたのでちょっぴり悔しくなり、「そうじゃない」と負け惜しみ的に前置きして、
「つまるところ、民放のテレビってのは単なる看板でしかないんだ。制作側がどんなに新鋭的で良質な番組を作ろうが、それを見る人が少数派ならスポンサーの付き手が少ないから成り立ちにくい。言うなれば、それは砂漠のオアシスみたいなモンで、見定めることができるヤツにとっちゃあまさに楽園だが、悲しいかな人が少ない場所には看板が立ち難いし、立たなけりゃ広告宣伝料も入らないがゆえに番組は潰れちまうというわけさ。しかしだ、そんな番組は当たれば視聴率が安定して得られるし、成功例が往々にして長寿番組になるんだ。と、そうは言ってもそれは難しい。それより、魚群の中にその時々で効果的な仕掛けを放ったほうが成果としては確実に望めるだろ? でもだな、そんな打算的なツマラナイ手段を取るハメになるのは、時勢に飲み込まれている視聴者側が、鋭気溢れる制作者たちの番組に目を向けられないからというのも起因してるんだ。つまり似たようなテレビ番組が増えてるのは、我々民衆の意識の程度にも問題があるわけで――――」
 と……ここまで言いかけて、俺はどこかこの状況に既視感と違和感を覚え、ハッとするようにピタリと止まった。
「どうしたの? ちゃんと最後まで言いなさいよ。気になるじゃない」
「あ、ああ。そうだな……」
 俺はハルヒに余した話を言い終え、先程感じたものについて考察し、それはすぐに判明した。
 ――そう。さっきの風景は、ハルヒがSOS団結成を思い立つキッカケになった一年程前の俺とハルヒの会話の風景に似ていたんだ。
 そして、あの頃とは決定的に違うものがある。
 それはまあ、俺とハルヒが話している姿が周囲から見てなんら不思議ではなくなったということと、俺の演説をハルヒが止めなかったこともそうだな。思えば、会話の内容がハルヒ的には死ぬほどつまらない話であったはずにも関わらずだ。
 ついでに言えば今は雨が振ってるし……朝倉もいない。
 だがしかし、一番変化していて、しかも一番重要な以前との違いはそんな目に見えてわかる事柄じゃないんだ。一体それは何か。




 わかるだろ? ハルヒは今、この世界を心から楽しんでいる。
 そしてそれは、俺だって一緒だ。もちろんSOS団のみんなだって。
 でもまあ、それには気付いているつもりだった。だったんだが……。


 見えているものが違う――。俺は、佐々木があのとき言っていた言葉の意味が今、何となく実感出来たような気がした。


第二章


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