あたしは焼却炉にゴミ袋を投げ込んだ。
今は放課後。そしてあたしは掃除当番。面倒だけど仕方ないわ。
サボってもいいけど、それを口実にSOS団の活動を妨害されたらつまらない。

「ん?」

昇降口に戻って上履きを取り出すと紙が落ちた。
なにかしら。手紙?

「えーっと『北口駅前の喫茶店で待ってる』」

シンプルな白の便箋にはそう書かれていた。
ちょっと待って、これってまさか……ねぇ。

「どうかしたの?」
「うひゃう!」 

慌てて振り向く。声の主は朝倉涼子だった。

「ったく、驚かさないでよ」
「ふふ、ごめんなさい」

朝倉が鈴を転がしたような声で笑う。
今更だけど、名前の通りさわやかな娘よね。

「……って、いつまで笑ってるのよ」
「ふふふ、ごめんなさい。でも涼宮さんがあんなにかわいい悲鳴を上げるとは思わなかったから」
「う……」

意味もなく恥ずかしくなる。
……あの角度ならこれは見られてないわよね、たぶん。
あたしは咳払いをして呼吸を整えた。

「ちょうどいいわ。あたし急用ができたから帰るってみんなに言っておいてくれる?」
「急用?」
「頼んだわよー」

朝倉の返事を待たずにあたしは教室へ戻った。


「ふぅ」

カップを戻す。
注文したコーヒーの残りは半分以下。どうも早く来すぎたみたいね。

「キョンの奴……わざわざここに呼び出すなんて、一体何の用だろ」

つまらない話だったら即罰ゲームね! さて何にしようか……ん?
バカそうな客の顔を見てピンと思いつく。
そうね、また新しい映画でも撮ろうかしら。
ちょっと時期的に早いけど、準備期間は多いにこしたことはないし。
キョンには空でも飛んでもらおうかしら。あいつの頭って軽いからそういうの得意そうよね。
あ、でもそれ楽しそう。あたしがやりたい。
……んー、そうね。紐なしバンジー。これなら罰ゲームになるわ。
あー、でもそれも楽しそうよね。

と、あたしはあれこれ考えながらまたカップを手に取る。

「ふぅ」

コーヒーの残りは1/3。 

キョンside



俺はノックをして部室のドアをやる気なく開ける。
……あれ?なんだ?

「いらっしゃいキョン君」

はっと俺は我にかえる。部室には見慣れない奴がいた。

「朝倉? めずらしいな」
「涼宮さんの代理なの」
「ハルヒの?」

あいつが来ないとは。まさか風邪でもひいたか?
いや、でも六限目はいつも通りだったよな。

「急用らしいですよ。というわけで今日はみなさんでモノポリーでもやりましょうか」
「やらん」

俺は短く答えていつもの席に腰掛ける。
古泉はうさんくさい笑みを浮かべて、テキパキとボードゲームの用意をしていく。
まったく、こいつといい俺の周りの人間はどうして人の話を聞こうとしないのか。

 

「キョン君、お茶どうぞ」
「ありがとうございます」

かわいらしい俺の精神安定剤兼女神様兼唯一の常識人は、今日もせっせとメイドの働きをしていた。
うむ、相変わらず朝比奈さんの茶はうまい。

「では始めましょうか」

ゲームの用意ができたらしい。気のせいか古泉の笑みがパワーアップしたように見える。
朝比奈さんは、待ってくださいーと慌てて席に着いた。
いつの間にか長門もスタンバッている。

「長門もやるのか?」

コクリと頷く。まあ止める理由はない。

「ねぇキョン君」

いつの間にか、朝倉は俺の左隣に移動していた。
団長机の前がカラになっている。

「私よくわからないからいっしょにやってくれる?」
「ああ、いいぞ」
「ふふっ、ありがとう」

朝倉が笑う。名前の通り爽やかな奴だった。

 

ハルヒside



放課後。
あたしはゴミ捨てを終えた。
昨日よりさらに乱暴にゴミ袋を焼却炉に突っ込んでやった。
今日のあたしは一日中ふつふつと怒りを溜め続けていた。

「キョンの奴、授業中も、昼休みもいつもと同じ様子だったわ……
昨日あれだけ人を待たせておいて何考えてるのかしら。許せないわ……ん?」

下駄箱を開けて上履きを取り出すと紙が落ちた。

「『昨日と同じ場所で待ってる』って……人をおちょくるにも大概にしなさいよ!」

手紙を地面に投げ捨てて踏み潰……しはしなかった。
まぁ、一応行こうかしら。弁解くらいは聞かなくちゃね。
手紙を拾い上げ、ぱっぱと払う。
団長たるもの、広い心を持たねばならない。

 

キョンside



ノックをしてドアを開ける。
……はて? なんなんだろうこの違和感は?

「ん? 朝倉、今日もいるのか」

部室を見回すと、俺以外のメンバーは揃っていた。
ただし、ハルヒと朝倉が入れ替わって、だが。

「ふふふ。お邪魔してます」
「涼宮さん、今日も急用らしいですよ」

古泉がトランプを念入りに切っている。
ゲームに弱い割りに、こういった動作はサマになっていた。

「へぇ。ま、あいつにもいろいろあるのかね」

俺は席に着くと同時に、朝比奈さんのお茶をいただく。
今日も相変わらずお美しい。そして茶はうまい。

「ではみなさん、今日は大富豪でもしましょうか」
「はいよ」

昨日は否定。今日は肯定。
明日はどっちの返事にするかなと思いながら、俺は古泉の飛ばすカードをぼーっと見ていた。

 

……って五人分?
視線を上げると、朝比奈さんと長門、そして俺の左に朝倉。
長門が二日連続参加とは……と、待てよ。

「朝倉、ルールわかるか?」

モノポリーを知らなかった奴だ。大富豪がわからん可能性も……

「ふふ、心配してくれてありがとう。でも大丈夫。それに私、結構強いわよ」

朝倉が不敵に笑う。
まぁ、古泉が配ってる時点で気づくべきだ。そういった不手際をするとは思えんしな。

「なら今日は俺がお前の後ろでサポートでもするかな」
「ダメ。昨日の恩を仇で返すわ」
「お前な……」

言い返そうとしたが、朝倉の顔が妙に嬉しそうで、
出掛かった言葉をなぜか俺は引っ込めてしまった。



ちなみに、結果は朝倉の宣言通り妨害をされまくり、
俺は古泉にすら後れを取るハメになった。
昨日の協力プレイはどうやら夢だったらしい。

 

ハルヒside



翌朝。
登校中のバカの頭にあたしの鞄がクリティカルヒットした。

「ぐぉ!?」
「ちょっとキョン! 昨日一昨日と一体どこ行ってたのよ!!」
「いててて……どこって、部室行って帰ったんだが」
「はぁ!? ちょっと来なさい!」

いつかのようにネクタイを引っ張って、人ごみ離れた脇道に連れて行く。
堪忍袋の中では核融合を起こしていた。

「おいハルヒ。離せ。苦しい」

何も言わずに手を離す。
さて、この超巨大バカはどんな言い訳をするのかしら。

「あんたねぇ、自分の行動には責任持ちなさいよ」
「何のことだ?」
「とぼけないで。この手紙……」
「ん?」
「………」

 

ポケットに突っ込んだまま、あたしの右手が止まる。
ちょっと待って。ちょっと待ってー。
確かあの何の飾り気もない便箋には……

『北口駅前の喫茶店で待ってる』
『昨日と同じ場所で待ってる』

うん。そうね。そうだわ。それだけ。
……差出人なんてどこにも書かれていないわ。
そして様子を見る限り、

「どうした?」

うん、絶対に違うわね。

「おーいハルヒ」
「……なんでもない」
「はぁ? あ、おいハルヒ!」

外部の音を完全に遮断してダッシュする。
あぁ、今なら東京タワーから飛び降りてもいいわ。

キョンside



「……馴染んできたな」

放課後、部室に入ると今日も朝倉はいた。

「ふふふ、こんにちは」
「涼宮さんはまた急用みたいです。一体どうしたんでしょうね」

ふーん、と適当に返事をして席に着く。
と、ここで俺はやっと違和感に気づいた。そうだ、部屋が広いんだ。

「あぅ……キョン君」

朝比奈さんが小型犬よろしく俺を見上げる。
ああ、この人のためならどんな願いでも聞けるね俺は。

「ごめんなさい。茶葉を切らしてしまったみたいです」

なんだ、そんなことですか。とは口に出さずに俺は席を立つ。

「別に構いませんよ。なんなら俺がひとっ走り行って買ってきますよ」
「そ、そんな!悪いです!」
「いいですって。じゃ行ってきますね」

朝比奈さんが後ろで何か言っていたが、聞こえない振りをした。

キョロキョロと周りの風景を確認しながら歩く。

「えーっと、前に朝比奈さんと行った店って向こうの通りだったよな。
茶葉はよくわからんが……まぁ店の人に適当に選んでもらえばいいか」
「前に朝比奈さんと行ったってデート?」
「そのような違うような……って朝倉!?」

こいつ、足音全くしなかったぞ。
まあ長門の同類だしな。なんでもありか。

「へー。意外とスミに置けないね」

朝倉はニコニコ笑う。
イヤミには見えない。顔のいい奴は得だな。

「お前、部室で待ってればいいだろ」
「まぁまぁ」

なおも笑う。帰る気はなさそうだ。
俺は嘆息して、仕方ないかと気持ちを切り替える。
別にあの店が俺と朝比奈さんだけが知ってる場所だったのになぁと、
子供じみたことを思ったわけではない。たぶん。

無事茶葉を買い終えて学校へと続く道を歩いている途中、
朝倉がぽつりと言った。

「ねぇ、どうして学校出てきたの?」
「お前はこれが見えんのか」

茶葉の入った袋をぺしぺし叩く。
まっすぐ前を見て歩いていた朝倉が、俺に視線を合わせる。

「そんなの口実でしょ」

朝倉が立ち止まる。

「本当は涼宮さんの家に行って、様子見に行きたかったんじゃないの?」

朝倉の瞳には、はっきりと俺の姿が映っていた。
俺は心の内がすべて覗かれているような気がして、
できるだけ自然に視線をはずしてから歩き出した。
黙秘権は憲法によって保証されているのだ。

「ふふふ。わかりやすい」

朝倉はちゃんと俺の後をついてきた。
そしていたずら好きな子どものような顔をして言った。

「ねぇ。種明かししてあげよっか」
「なにがだ?」
「今朝、涼宮さんに手紙がどうのって言われたでしょ」

そういえばそんなこと言っていたような。

「昨日一昨日とね、谷口君が彼女の下駄箱に入れてるの見たの」
「え、それって……」

いや、でも谷口が? ハルヒに? いやいや、それはないだろう。

「彼、手紙を入れる場所を勘違いしてたんじゃないかしら。
隣の下駄箱の子。確か以前彼に遊びに誘われてたって言ってたし」

……すばらしいポカミスだが、あいつならやりかねんな。

「それに昨日も一昨日も二人して駅前の喫茶店にいたわ」
「教えてやれよ」
「い・や」

100%否定の言葉を満面の笑みで言う。
さすが、笑顔で俺を殺そうとしただけのことはある。

「それに嘘だしね」
「は?」
「いくら彼の注意力がなくても、二日も続けて間違えると思う?」

谷口ならやりかねんと思ったが朝倉の笑顔からすると違うようだ。
どうやらこいつは、つまらないことをしたらしい。

「お前、優等生の割りに何気にひどいよな」
「本当ならもう少しいろいろして、彼女の様子を見ようと思ったんだけどね」
「……何をする気だ?」
「そんなに警戒しないで。ただのかわいい嫌がらせよ」

嫌がらせはかわいくないだろう。
それにどうせとばっちりで迷惑するのは俺だ。

「安心して。もうする気はないから」

朝倉はくすっと笑って、歩く速度を上げる。
俺は外人よろしく一度肩をすくめてから朝倉を追いかけた。

次の日の放課後、ハルヒは何事もなかったかのように部室にいた。
朝比奈さんも長門も古泉もいた。
朝倉はいなかった。帰ったのだろう、それがあいつがこの学校に戻ってきてからの日常だ。
部室の隅は相変わらずガラクタ置き場になっていて、まともな空間を侵食していた。
団長席でハルヒは得意気にくだらん思い付きを披露している。

「ん?」

ハルヒに気づかれない程度に辺りを見回す。
ふと、別の声が聞こえた気がしたのだ。
ほんの一言。



……次の機会はいつかな、と。





―終―

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