This page was created at 2008.03.09
This page was modified at 2009.02.23 TAGにTRIP埋め

このエピソードは、When she is 78.の40年ほど前の話になります。


When he is 38. -What the Gran'ma!-

(ぴんぽーん)

あら? 誰か来たみたい。
(パタパタパタパタ)
対応するまでもなく上がり込み、廊下を歩く少し早足な軽いスリッパの音。
思い当たる人物は一人しかいない。もうすぐ、顔を出す。

「おばーちゃーん」

「いらっしゃい。お茶とコーヒーどっちにする? それとも紅茶がいい?」

「紅茶!」

この子は近所に住む息子の長女で、来年中学生になる。
近所に住んでいることと、私もあの人も孫に甘いものだからよく遊びに来てくれる。

「それで、今日は遊びに来てくれたの?」

差し出された紅茶のカップをありがとうと言って受け取り、ちょっと傾けて
慌てて砂糖を入れてかき混ぜながらその子は言った。

「今日はね、ちょっと聞きたいことがあって来たの」

あら。あの子たちじゃなくて私のところに聞きに来るなんて、ねぇ。
この子ももう中学生になるのだし、これからも増えるのかしら。

「あらま、何でしょうね」

「ぇとね、お父さんとお母さんのこと」

私は少し首を傾けて、先を促す。

「この前、お父さんの誕生日だったの」
「そのときお母さんがね、『今日はじきこんしき』って言ってたの」

ああ、もうそんなになるのね。でも、磁器婚式って何年だったかしら。

「それであたし調べてみたの。そしたら20年だって」

「すごいよね。だってお父さん38歳だって言ってたもん」
「18歳になってすぐお母さんと結婚したのよね」

あのときはあの子たちも若すぎたから、私たちも不安だったわねぇ。
悪い結果にならなくて本当によかった。

「いくらほーりつで18歳から結婚できるって言っても、おばあちゃんたちは反対しなかったのかなぁ……」

カップを両手で抱えて、少し心配そうな上目遣いで私の返事を待つ少女の仕草に、私はピンときた。
本当に、女の子は早く大人になるのね。もう少しゆっくりでもいいのに。
思わずつきそうになった溜息をお茶と一緒に飲み込んで、ゆっくりと答えた。

「もちろん、反対したわよ。若すぎたし」
「それに、結婚して本当にあの子が幸せになれるのか疑ってもいたから、なおさらだったわね」

「あの子って、お父さんのこと?」

私はうなずいて、肯定の意を示してから続けた。

「あの子が婚約したいと言い出したのは、あなたのお母さんが両親を事故で亡くしてすぐだったの」
「それに、これは後で聞いたんだけど、ハルヒさんを引き取りに来た親戚というのが悪い人でね」
「私たちはあの子がハルヒさんに同情して、それを愛情と勘違いしてると思ったわ」
「もし、同情とか、愛情以外の何かで結婚しても不幸になるだけ。だから反対しました」

最後は特にきっぱりとした口調で言い切ってから、お茶をひとくち。
期待していたのとは違ったでしょうね。すっかりしおれてしまって。
でも、まだ続きがあるの。それを思い出して。

「……お父さんたちは、反対されたまま結婚したの?」

いいこ。よく気づきました。
内輪だけの、ドレスも何もない、入籍だけの結婚式。
あの子たちの祝福に集まってくれた友達の多さには、私もあの人も驚いたわ。
あの時のことを想うと、今でも幸せな気持ちが湧きあがってくる。

「いいえ? 私にも、おじいちゃんにも、大勢の友達にも祝福された結婚だったわよ」

「どうして? 反対してたんじゃないの?」

いよいよ核心といったところかしら。

「ええ、反対してたわ。でもね、あなたのお父さんとお母さんはとてもがんばったの」
「本当に愛し合っていること。お互いの幸せのためにお互いが必要だと言うこと」
「周りが納得せざるを得ないほどの真剣さで」

私はあの子たちがどれほどがんばったのか、詳しいことは知らないけれど
一介の、たった17歳の高校生があれほど大勢の人を味方に付けられるなんて今でも信じられない。
人数だけじゃない。中には、しっかりとした社会的地位の人もいた。

「だんだんと、二人の幸せを後押しする人が増えてきて」

私たちの子供が、いつもでも子供じゃないんだと思い知らされたのはあの時だったかしら……
今思えば、反対していた私たちの方こそ、子離れできない愚か者に思えてしまって溜息が出る。

「とうとう、私たちも二人のことを認めることにしたの」

真剣な表情で私の言葉を吟味する少女にお茶のおかわりを勧めて、
紅茶を甘くするためスプーンをかき回している少女に爆弾を投げた。

「だからね、あなたも好きな人ができたらちゃんと言って。真剣な言葉は真剣に聞いてもらえるわ」

ガチャン!
「いやだ、おばあちゃん! そういうのじゃないったら!」

「あらあら大丈夫? こぼれてない? やけどしなかった?」

ふふふ。真っ赤になって。わかりやすいったら。

「じゃあ、約束してくれる? 『そういうの』になった時は、きっと私に相談してくれるって」

そういって、右手の小指を立ててみせる。

「うん。約束する」

少女と指切りを交わし終わるのとほとんど同じに、電話が鳴った。

「きっとお母さんだと思う」

「もしもし?」

『もしもしお義母さん、ハルヒです。うちの子そちらへお邪魔してないでしょうか』

「ええ来てるわ。いま二人でお茶してたところ」

時計をみると、そろそろ暗くなってくる時間だった。

「ごめんなさい。いつのまにかこんな時間だったのね。もう帰らせるわ」

少女はカップを急いで飲み干して、片付けを始めた。
急いでいても丁寧だこと。

「後片付けはいいから、あなたはもうお帰りなさい。急がないと暗くなるわ」

「ごめんなさい、今度来たときはちゃんとするから!」
「じゃ、おばあちゃんバイバイ! またくるねー」

「気をつけてね」

「今、玄関を出たわ」

『すいません。ありがとうございます』

「いえいえ。楽しかったわ。それに……どうしようかしら。口止めもされなかったし」

『はい?』

「これから私が言うことは、一応、聞かなかったことにしてね?」

『はぁ……? はい……』

「あの子もね、そろそろ恋を知る年頃になったみたいよ?」

『はぁ……? えええぇぇぇぇぇぇ!?』

「それじゃあ、ハルヒさん、また」

電話を置いて、『そういうの』になった時のことを想像してみる。
あの子が相談にくるまで、あと何年あるのかしら。
あまり待たなくていいかもしれない。あの子たちは17の時だった。

「ただいまー」

ハッと現実に戻る。
いけない、まだご飯作ってなかった。

「ごめんなさい、あなた。まだご飯の用意できてないの。少し待って」

「お客様だったのかい?」

好きな人のために台所に立つ、日々の営み。日々の幸せ。
あの子にも、幸せな未来がやってきますように。

(fade out...)

fin.


|