情緒不安定 歩くテポドン

それが去年までのあたしの代名詞だった。
失礼しちゃうわね。と言いたいところだけど真実なのが悲しいわね。
ついた溜め息が真っ白な湯気となって消えた。

 

一年前にさよならした部室は当然のように元のあるべき姿に戻っていた。
なんの変哲も無い、只の文芸部室。
棚の中を覗き込むと有希が読んでいたあの分厚い何だかよく分からない本が置いてあった。
手に取るとずっしりと重い。
あの華奢な身体には不釣り合いだろう。けどそれが普通だった。
ふと窓際を見やってもかの無口少女はいない。
……それが普通なのだ。

 

今のあたしを彼等が見たら何と言うだろうか。
古泉くんは「らしくないとは思いますが」なんて言うかしら。
けど彼の事だ。それも素敵ですと微笑んでくれるだろう。
みくるちゃん、はそうね。
戸惑うに決まっているわ。もしかしたら泣き出してしまうかもしれない。
有希……は、無言かしら。
そうね、きっと無言ね。

あいつ……キョンは、


そう思いかけた所であたしは思考に急ブレーキを掛けた。
特に意味は、無い。


窓の外を見るといつの間にか雪が降り始めていた。
窓ガラスが氷の様に冷たい。
そういえば傘を持ってきていただろうか。
もしもの時は職員用の置き傘でも拝借しようかしら。
……いや、辞めておこう。あの古臭い茶色の傘を見るのも今は辛い。


---
「キョン!雪よ!雪だわ!」
部室にはもうキョンとあたししか残っていない。どころか学校自体に二人だけしかいないのではないんじゃないかしら。もうそんな時間なのね。そんなことを思わせる位静かな校舎。

あ、でもさっきトイレに行った時にお隣はまだ電気が点いてたみたいだからコンピ研もまだいるはずだけどね。
あいつらは居ても居なくても同じ様なものだから除外、対象外ね。


で、本当は普段通りに有希の本の合図で解散の予定が、まあこのバカが眠り呆けちゃったせいでこんな時間になっちゃったわけ。
古泉くんが鍵を掛けておきますよ。と言ったけど、こんなバカのために残らせるのも悪いじゃない?
それに部室の鍵の管理は団長の責任だもの。


しかもこいつ、なんで眠り呆けてたと思う?
いつものように商店街までお使い頼んだだけなのよ?
全くだらしない。
そう思いながら自分のカーディガンを掛けるあたしも大概バカね。


まあ、お約束の様に掛ける寸前に目を醒ますもんだからタチが悪いわ。
……あんた、あの雨の日もこんなタイミングだったわよね。まさか起きてんじゃないしょうね。
だから苦し紛れにこんなことを言ってみるわけ。
雪が降ってるのなんてさっきから知ってるわけだし、今更騒ぐことじゃないけど。


「本当だ」
キョンが億劫そうに立ち上がって窓際まで来る。
ちょっと、あんた近くない?
耳に掛かる息がくすぐったくて、恥ずかしい。
「む、結構降ってるな。傘忘れた気がするんだが」
「心配しなくても借りてきたわよ。一本で十分でしょ。」
そう言うと何故かキョンはプッと吹き出した。
何か可笑しい事言ったかしら?気に食わないわよ。その顔。


窓ガラスが冷たい。のに、背中から感じる暖かさで身体が火照るのを感じる。
本当に、あたしったらどうしちゃったのかしら。
「ハルヒ、お前手冷たくないのか。窓、結構冷たいぞ」
あたしの気持ちも知らないでキョンがあたしの手をとって両手で包み込む。
ハアッと息を吹き掛けたりするもんだから、あたしの頭は一気にショートする。
ちょっと、まだ寝惚けてるんじゃ無いでしょうね。
言っておくけど、あたしは涼宮ハルヒよ。みくるちゃんじゃないわよ。
……まあ、みくるちゃんにこんなことしてたら死刑だけど。

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ふと携帯を開く。
待ち受けは……SOS団だ。
未練がましいかしら。
撮影は古泉くん。
肌けたメイド服のみくるちゃんをセクハラするあたし。
みくるちゃんは泣きながら嫌がってるように見えるけど、ほんのちょっとだけ口角が上がってるのをあたしは見逃さない。
有希は、分厚い本を読んでいて部屋と一体化している。
……キョンは、あたしを羽交い締めにしてみくるちゃんを助けようとしている。


何でも無かったあの日々が今は遠い。
今は、あの自作の「SOS団」の表示は無くて、只「文芸部」とだけ書いてある。
あの紙は卒業と同時にあたしが破った。
そうするのが一番いい気がしたから。


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「もう、会えないのか」
じっとあたしの目を見つめてキョンは言う。
うん、と頷いた顔が上がらない。
町で会うことすら、無い気がする。
もちろん、連絡を取る気なんて毛頭無いわ。
そうか、とだけ言ったキョンの顔は見たこと無い顔だった。
笑っているような、泣いているような、変な感じ。

部室は卒業パーティーの後でとんでもなく散らかっていた。
だから"雑用係の"キョンを残して掃除させた…っていうのは口実で、二人っきりになりたかったの。
古泉くんもみくるちゃんも有希も何となく分かってたみたいね。
名残惜しむ様子も見せずに去っていった。
それはそれで寂しい気がするんだけど、有難いわ。


最後くらいキョンの手伝いをするかな、そう思って紙の食器をごみ袋に放り込む。
その時だった。
肩に温かさを感じて振り返る。
予想はつくわ。
この部屋に今いるのはあたしとキョンだけだもの。


珍しく真面目な顔をしたキョンの顔が近づいてくる。
いつもこんな顔してりゃマシな方なのにとか下らない事を考えているうちにあたしの唇は奪われた。
ああ、前にもこんなことあったっけ。
でもあの時は夢の中だったから、そうね、これはファーストキスなのね。
目を開けたままでは何となく気まずい気がしたから目を閉じる。肩に掛けられた手に力が入るのを感じる。
もう少し、もう少しだけこのキスに酔っていたい。
そう思ってキョンの背中に手を回そうとした瞬間に唇が離れる。
どちらのものとも言えない唾液が名残惜しそうに糸を引いて、切れた。


「もう、会えないのか」
そんな顔して欲しく無いのに。

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なんであの時言えなかったのだろう?自分のふがいなさに腹が立つ。
キョンはきっといつまでも一緒よって言って欲しかったはずなのに。あたしも言いたかったのに。
……言えなかった。
もう、SOS団の仲間でいることは不可能だって分かってた。
でも、恋人になるのは怖かった。
こんなあたしだから、いつかは愛想を尽かされてしまう。
そう思うと言えなかった。

あたしの傍若無人さは、あの時からすっかり消えてしまった。
街で会った谷口が「本当に涼宮なのか?」と不安そうに聞いてきた位だ。
それは、高校3年間がどれだけ楽しかったかを示していた。
あたしは、世界であたしの周りが一番楽しいって思えた。
そう思ったら一気に気が抜けちゃって、世界が灰色になっていった気がした。
もう、なんでもいいや。ありがとう。離れたくない。けどお別れ。
そんな気持ちがごっちゃになって、あたしの核は抜けてしまった。

 

 

情緒不安定、歩くテポドン。
懐かしいあたしの代名詞。
今だけ、思い出してもいいでしょう?


慣れた手つきで11桁の番号を入力する。
ひとつ息を大きく吸ってコールボタンに指を伸ばした。

「!?」
急に画面が光って表示される電話番号と名前。
それは今まさに電話を掛けようとしていた人物のものだ。
なんで?なんで?
少し遅れて震える携帯を握り締めて辺りを見回す。
どうしよう?どうしよう?
そんなこと考えたって仕方ないのに。しっかりしなさい!
ごくり、と生唾を飲み込んで電話に出る。
「もしもし」
「……よお」

 

ああ…どうしよう。泣きそうだ。
違う、泣きそうなんじゃない。泣いてる。
言いたい。この気持ち。
恥ずかしいとかそういうのを一切放り出して、伝えたい。


お願いだから、同じ気持ちでいて欲しい。


「好き。好きすぎてどうにかなっちゃいそう。どうにかしなさい」


頭の中で何かが弾けた気がした。
あたしの長い長い憂鬱がようやく解消された気がした。
涙が延々と流れる。
なんでだろう。悲しいんじゃない。嬉しいんでもない。
ホッとした。気持ちを伝えられたことに?
それとも・・・

 

 

電話口からは何も聞こえない。
うん。でも、分かってる。あんたの気持ち。全部。
あたしの背中に感じる温かさが全部語ってる。


「俺も、どうにかなっちまいそうだ。」
END

 

 

Crystal Kay

[think of U],[lead me to the end] を聴きながら書きました。

糖度自重してないキョンverはこちら

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最終更新:2020年03月13日 00:59