『長門有希の勝負』

 

 

その日は、朝からどんよりした天気で、今にも雨が降り出しそうだった。もちろん、そんな天気のことなど関係なく恒例の不思議探索のため、待ち合わせ場所に集合した我らSOS団の一行は、やはり恒例の俺のおごりの喫茶店での組み分けくじ引きの後、天気同様の重い足取りで店を出た。常に快晴エネルギーの団長様を除いて。

 

案の定、お昼に集合場所に戻ってきた頃には、ぽつりぽつりと降り出してきた。

「午後の探索、どうすんだよ」

イタ飯屋で昼食のパスタをぱくついている団長様に聞いてみた。

「雨が降ろうと槍が降ろうと探索はやるわよ!」

 

しかし、店を出るころには雨脚は少し強くなっていて、さすがのハルヒも雨の中を探索するのはやめたほうがいいと判断したようだ。

「うーん、この雨では仕方ないわね」

「じゃあ解散というこ……」

「有希、これから有希んちへ行ってもいい?」

俺がすべてを言い終わらないうちに、物事を進めようとするのはいつものことだ、もう驚きはしない。

長門も否定することはなかった。

「……いい」

「うん、こんな日はツイスター勝負ね!」

どんな日なんだよ。

「いいじゃない、健全な高校生にふさわしい遊びよ」

「それもいいんじゃないですか」

だから簡単に肯定するな、古泉。

「ツイスターなら私でもなんとかできますね」

健気にいう朝比奈さんの姿を見ながら、ツイスターのシートの上で朝比奈さんと複雑に絡み合う場面を想像して、古泉に同意せざるを得ない俺って、健全な高校生だよなぁ、やっぱり。

 

道中のコンビニで少しばかりのお菓子とジュースを仕入れた俺たちは、おなじみの長門のマンションにたどり着いた。

 

部屋に入ってみると、3LDKのマンションのリビングはいつにもまして殺風景だった。

「あれ、有希、いつのもコタツは?」

ハルヒの声で気づいた。リビングの真ん中にあるこの部屋で唯一の家具といっていいコタツ机がなかった。

「模様替えしようとして片付けている」

いや、まてまて。

「長門、どこをどう模様替えするつもりだ。コタツしかないだろうが」

そう言った俺を、少し怒った表情で眺める長門がいる。うーん、コタツ机の位置が1ミリ動いても部屋の模様替えになる、といわんばかりの表情だ。俺にしかわからん表情の変化だが。

「本体は和室にある」

振り返ると、4本足のコタツの本体部分は、長門の言うとおり和室においてあった。

「天板はあっちの部屋。重いので運ぶのを手伝ってほしい」

「キョン、行ってあげて。古泉君は和室のやつを運んで」

「了解です」

「わかったよ」

「みくるちゃんはお茶の用意してね」

「はーい」

語尾にハートマークがつく朝比奈ボイスを後ろに聞きながら、俺は長門について廊下を玄関の方に向かい、右手にあるドアへと進んだ。

 

長門のプライベートな部屋に入ったのは初めてだ。ピンク系のカーテンに、山のようにぬいぐるみでも置いていたらどうしようかと思ったが、やはり杞憂だった。

リビングと同様に、いたってシンプルなその部屋には、壁際にベッド、突き当りの廊下に面した窓には白いレースとベージュのカーテンがかかっていて、小さ目の整理ダンスと、丸いテーブルとその上に電気スタンドと読みかけらしいハードカバーが1冊あるだけだった。整理ダンスの上に、前のホワイトデーにお返しとして俺からプレゼントした熊のぬいぐるみがぽつんと置いてあるのが、唯一女の子らしい点だ。

整理ダンスの横の壁には、いつものコタツ机の天板が立てかけてある。

「運ぶのはこれか?」

部屋の奥側にいる長門を見ると、小さくうなずいていた。

結構重いはずなのに、長門一人でどうやって運んだのだろう?得意の情報操作でもしたのか、と考えながら、ふと、振り返ってみると、作り付けのクローゼットの扉が開いていて、ハンガーにかけられている服が視界に飛び込んできた。そこで俺は目を疑ったね。

「これ……全部お前のか?」

やはりうなずく長門。

壁一面の幅のあるクローゼットにかかっていたのは、全部北高の制服だった。夏服と冬服の違いを除いては、同じセーラー服だ。十五・六着はあるか。

「なんでこんなに持ってるんだ?」

「……毎日変えている。おかしい?」

うーん、制服ってもんは、そんなに毎日変えるものではないぞ、普通は。

だいたいシーズンオフにクリーニングに出して、次のシーズンまではクローゼットの中でお休みだ。さすがに高校生にもなれば、そんなに体のサイズが変わることもないから、シーズンごとに買い換えるやつもほとんどいないだろう。

 

「その日の気分か何かで変えているのか?」

「天気、気温、日照量、その日の行動予定、その他多くのパラメータを総合して、どの制服を着るか判断している」

「で、今日の天気の場合はそれになるのか」

「そう」

長門は両手を広げて軽く首を動かした。ちょっとばかりポーズをとっている……らしい。

「ちなみに昨日着ていたのはどれだ?」

「……この服」

と、クローゼットの右から3番目にかかっていたセーラー服を取り出してきた。

「このあたりの生地の状態が、昨日の状況に適していた」

はて、どう見ても同じなんですけど、長門さん。

宇宙人謹製のなんとかインタフェースの繊細な感覚は、一介の男子高校生たる俺にはわからん。わからんが、ちょっと聞いてみたくなったので、聞いてみた。

「……もし、明日、俺と二人だけで出かけるとしたら、どれを着てきてくれる?」

じっと俺の目を見つめた長門は、やがてクローゼットに手を伸ばすと、なんのためらいもなく、真ん中あたりにかかっている制服を取り出して、その華奢な体の前にあてがった。

「……これ」

す、すまん、俺のために選んでくれたんだろうが、やはり制服以外の何者でもない。

やや上目遣いで、でも、何かしらの自信というか、強い想いのこもった澄んだ瞳で俺をじっと見上げる長門は、やがてポツリとつぶやいた。

「……勝負服」

 

Fin.

 


|