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「全く……九曜さんのおかげで偉く恥をかいちゃいましたよ。頼みますからあまり変なことはしないで下さい」
「――――」
 宴会で、受けると思ってやった一発ギャグが案外受けなくて、しんみりと席上を後にしたしがないサラリーマンのような顔を浮かべながら、あたし達はデパートを逃げるかのように出て行きました。
 今はデパートから少し離れた、桜並木を歩いています。
「はあ……」
 九曜さんのおかげで被害が被りまくりです。あたしへの精神的ダメージは、ボス戦で8回逃げた後に発生する改心の一撃ラッシュ1ターン分に相当します。
 今日の九曜さん、ツッコミ具合が滅茶苦茶です。ひどすぎます。何でここまでキワどいことをするのかしら?
「あなたも――彼に――対しては――迷惑を――かけ過ぎ―ー」
 え……? あたしが、彼に迷惑をかけてるですって? 根も葉もないことを言わないで下さい!
「根も葉も――ある……――あなたは――――彼に――空気を読めと――言われているのに――改善の――兆しは――ない――」
 そ、それは……あたしだって努力しているわけで……決してわざとじゃないんですってば。
「彼は――それにより――様々な被害を――被っている―」
 う……確かに……。いくら空気を読めないヤツと言われても、あたしにだってそれくらいの自覚はあります。以前なんか佐々木さんがいるのに、あたしは気付かずキョンくんを挑発して、後でもの凄く怒られたこともありましたしね。
 ……まああのときの場合、正確には空気というより気配だったんですけどね。
「だから――わたしが――彼の心境を――正しく伝えるべく――――行動を起こした……あなたには――悪口を――言う資格は――ない――――彼の――気持ちが――分からない――限り――」
「…………」
 あたしは九曜さんのおしゃべりに、沈黙せざるを得ませんでした。
 彼の……気持ち……ですか?
「そう――彼は――あなたの成長を――楽しみに――しているはず――あなたの――――心の――成長を――そして――それができた暁には――最高の――パートナーとして――迎い入れる――所存――」


 がーん!


 ……あたしは今、胸と頭と肩と首筋を強打されたような状況に陥りました。
 そ、そうだったんですか! キョンくんがあたしに空気を読めって言ったのは、そう言う意味だったのですか!
 ふふふふふ、全く素直じゃないですね、キョンくんったら。あたしが必要なら必要って言ってくれれば、どれだけでもサポートしますのに。
 んん……もうっ! やっぱりキョンくんってばツンデレですね。

「やっぱり――単純――」
 九曜さん、何か仰いましたか?
「別に――何も――――」
 そうですか? 今悪口が聞えた気がしたんですがね?
「ちっ――こういう時は――鋭い――奴――」
 何が鋭いんですか?
「何でも――ない――もう何も――言わない――」
 ?……おかしな九曜さんですこと。 でも、おかげであたしのテンションは何故か絶好調になりました!! やる気も沸いてきました! それじゃあ次に向かいますよ!!
「どこに――行くの――?」
 特に考えていません!!
「お――い――こら――」
 まったキョンくんのマネですか? 可愛いですね、九曜さんったら!
「キャラ――変わりすぎ――怖い――――」
 ともかく、あっちのほうに進みましょう!




 あたしはハイテンションのまま、桜並木をひたすら直進していました。何故だか走りませんが、すっごく気分がいいのです。
 そうでしたか、キョンくんはあたしに期待しているのですね。全く、それならそうと早く仰ってくれれば良いのに。ね、九曜さん?


 ・・・・・・


 あれ? 九曜さん? もしかしてまた行方不明?
 もう! どこに行ったのかしら? お願いですからちゃんとついてきてくださいよ! そうでなくても気配が無いから、探すのにいっつも苦労するんですよ!
「うぃーっす、どうしたの彼女? 意気阻喪気味な表情をしちゃってさ」
「へ?」
 あたしがキョロキョロと九曜さんを探していると、背後から声をかけられました。振り返ってみると、そこには男の子がすました顔で突っ立っていました。
 背の高さはキョンくんと同じくらい。年も同様でしょうか? ただ、春だというのに冬物のブルゾンを身に纏い、ビリビリのカーゴパンツがダッサダサです。それに何と言っても髪型がオールバックというのが劣悪です。
 正直、あんまりお近づきにはなりたくない人です。
「もしかして、今一人? なら丁度良かった。実は映画のペアチケットがあるんだけどさ。一緒に見に行くはずだった相方がドタキャンしてさ、どうしようか困ってたんだ。良かったら見に行かない? チケット代奢るからさ」
  そんなあたしの思いを他所に、彼は興味津々とした顔であたしを眺め、そして陽気な声で喋りかけてきました。
 ……はっ、これはもしかして、今流行りのナンパというものでは? 佐々木さんが塾行く途中に引っかかってるやつですね。聞いたことがあります。でも、佐々木さんは今ここには居ません。もしかして……
「あの……あたしに言ってるんでしょうか?」
「あ? ああ。そうだけど? 他にそれっぽい女の子がいないじゃん。君を誘ってるのさ」


 ががががーん!!


 つ……ついに、ついに!! ついにあたしにもナンパされましたぁぁ!!!
 びっくりです! 阿鼻叫喚です! 驚き桃の木山椒の木なのです!!
 うゃっっっほーーーーーーい!!!!

 ……コ、コホン。あたしとしたことが、少々取り乱してしまいました。本日二度目ですね。申し訳ありません。佐々木さんが物凄く自慢してくるので、ちょっとうらやましかったんですよ。ナンパされるのが。
 正直、自分の好みのタイプではないですが、でもこうやって声をかけてくれただけでも嬉しいのです。
 被ナンパ率では佐々木さんには遠く及びませんが、こんなあたしでも女としての魅力は十二分にあるのですね。
 ちょっと自信がわいてきました! あたしはいぶかしげな顔をする彼を尻目に、にひひひひとニヤケタ笑いを浮かべました。
 ふふふふ……あなた見た目があるじゃない。お礼として、あなたのナンパに乗ってあげようじゃないですか。感謝しなさい。
 もちろん一回限りですけどね。以前佐々木さんに教わったアレを試すときがついに来たみたいです。
 即ち。
  この男にタダ飯を奢ってもらうという、佐々木流豪華な食事をタダで食い尽くすぜプラン! これにつきます! 実はあたし、うらやましかったんですよ、これが。
 説明の必要性は余り無いかもしれませんが、念のためにしておきましょう。
 彼があたしの気を引くために、あたしの好きなものを買ってくれるといってくるはずです。男なんてそんなもんですから……っと、これは佐々木さんのセリフですよ? 念のため言っておきますけど。
 そこで彼の優しい言葉を逆手にとって、食いだめ買いだめをします。そして頂くもんだけ頂いて、さよならしてやるのです。たしかそんな感じなことを仰っていました、佐々木さん。
 そうそう、佐々木さんは以前、この方法で買ってもらったものを売っ払い、ガッポガポ儲けたそうなんです。 あたしも参考までに教わったんですが、ついに有効活用する時が来ました! へへへっ、まずはアレをこうして、そんでもってこうしてこうやって……
「……彼女、どうしたんだい、彼女?」
 へ……? っと、危ない危ない。思わず顔に出すところでした。
「え、ええ。ちょっとびっくりしちゃって……あの、映画って……あたしと二人で、ですか?」
 あたしはまず軽く驚いてみました。これで直ぐに喰らいついてホイホイついていくと、軽い女と思われて警戒されるから気をつけたほうがいいと、佐々木さんからのアドバイスです。
「おや、もしかしてこうやって声をかけられるのは初めかい? そりゃあ珍しい。こんなに可愛いのに……そんなに怖がらなくてもいいんだよ。変なことしようってわけじゃないしさ。ただ映画を一緒に見ようってだけだぜ?」
 ふふふ、あたしが可愛いという意見には賞賛してあげますが……こいつバカ丸出しですね。あたしが演技でしどろもどろしているってのに気付いてないようです。どうやら彼はあたしの演技に見事引っかかってます。
 あたしの完璧な演技を前に、彼はナンパの経験も無いイモ女と勘違いして警戒を解くはずです。そうなればこっちのペースに持っていくのは8割方成功したといってもいいはずです。これも佐々木さんの言葉通りなのです。
 ただ……一つ断りを入れさせてください。確かにナンパされたのは初めてなんですが、あたしはイモ女じゃありませんから。あれは言葉のあやですから。
「ねえ、一緒に見に行こうよ。この映画最高に面白いんだぜ。お茶も食事も奢るからさ。もしよかったら何かプレゼントするよ」
「……ぷぷ」
「??……どうしたのさ、彼女?」
「あ……いえ、なんでもないのです」
 いやぁ、もう笑いが止まりません。ガードを固くして彼の誘いに簡単にはのらないようにしていると、面白いくらい彼は好条件を突き出してくれました。
 こんなに効果があるとは思っても見ませんでした。さっすが佐々木さん。こんなに簡単に引っかかるとは……
 もう少しいい条件が出たら軽く付き合ってあげることにしましょう。そして利用するだけ利用してさよなら、です。
「じゃあさ、あたしブルガリの……」

「橘――京子――」
 く、九曜さん! あなたいきなり顔を出さないで下さい!
「あ! ……ああ!!」
 ん? 彼の顔色が突然変わりました。どうしたのでしょうか?
「す、周防さん……こ、これは……これは関係ないんだ!」
 へ……? もしかして、お知り合い?
「そう――元カレ――」


 へ……? 今、なんと仰いましたか、九曜さん?
「元――カレ――」
 か、カレーの元で……しょうか?
「違う――元カレ――以前――――カレシだった――相手――彼は……――」

 え……?
 ええっ!!
 えええええっ!!!

 マジですかぁ!! 九曜さんに……あの九曜さんに彼氏がいたなんて!
 しかも元ですよ! 元!!
 宇宙人の九曜さんが、あの無感情の塊である九曜さんが、あたしよりも早く異性とよろしくやっていたなんて……
 人間……いえ、生物としてのプライドが……く、くやしい……
 あたしの心の中の葛藤を他所に、九曜さんは彼に話し始めました。
「彼女には――手を出さないほうが――いい――」
「え? どうして?」
「彼女――既にカレシ持ち――」
「がーん! ……そうだよな。こんなにかわいい娘なら、カレシが居て当然だよな。はあ、ナンパまた失敗か……」
 あの……九曜さん? 何ゆえ勝手に話を進めているんですか? そしてあたしはいつカレシができたんでしょうか?
「(いいから――まかせて――彼は――ストーカー並に――しつこい……――別れた――原因が――まさにそれ――)」
 九曜さんが元々小さい声を更に弱めてあたしに語り掛けました。……え? ストーカー?
「(そ、そうなんですか?)」
 思わずあたしも小声になってしまいます。
「(そう……――だから――あなたは――何も言わないで――欲しい――――)」
「(わ、分かりました九曜さん。よろしくお願いします)」
 そう言ってあたしは九曜さんに害虫駆除をお願いしました。……彼のお金で色々おごってもらう計画が頓挫したのは残念ですが、ずっと付きまとわれるのも嫌ですからね。


「彼女のカレシは――あなたと同じ高校で――同じクラス――」
「え? 本当か? 俺の知っているやつか?」
「もちろん――あなたの――よく知っている――人――」
「だ、誰だそいつは? いつの間に彼女と知り合いになったか聞いてやる! 教えてくれ!」
「それは――」
「そ、それは……?」
 九曜さんはあたしのほうを一瞬見て、そして彼のほうを見直しました。
「耳――貸して――」
「あ? ああ……」
「…………――」
「…………!?」
「…………――」
「……なっ! それは本当か、周防さん!!」
「本当――」

 一体何を吹き込んだのでしょうか? 九曜さんが彼に何かを耳打ちしたとたん、彼の顔が真っ赤に染め上がりました。
 ですが、決して九曜さんに惚れて赤くなったわけではないようです。何故だか知りませんが、物凄く怒った表情をしているからです。
 そして――

「あの野郎!! お似合いの相方がいるってのに……他の女に手を出してやがったのか!!」
 相方? 他の女? 何を話をしているんでしょうか?
「違う――彼女は――彼を――助けようとしている――――あの人の――束縛から――解放しようと――彼に尽くしている――」
「つ、尽くしているって……まさか、無理やりあんなこやそんなことを!」
「そう――彼女は――健気に――尽くしている――彼の――奴隷のごとく――他にもアレをアソコに(既定事項その1)したり――ナニをナニして――(既定事項その2)――させたり――――」
「ゆ、許せん!!」
 彼は例えではなく、本気で顔から湯気を出しながら吼えました。すっごくブサイクで怖い顔です。
「橘さん!!」
「は、はいっ!!」
「あなたはあいつに騙されているんだ!! 俺があなたを救ってみせる!! だから、もう少しの辛抱だ!!」
 へぇ? 一体何のことでしょうか?
「いいから――とりあえず――頷いて――」
 はあ……分かりました九曜さん。――ええ、それじゃひとつよろしくお願いします。
「分かりました!! それじゃあ今からヤツをシメてきますよっ!!! うおおおおおーっ!!!!!!!!」



 疾風怒濤、破竹の快進撃を絵に描いたような勢いで、彼はその場から走り去っていきました。
「あのー、九曜さん。彼に何て言ったんですか?」
「禁則――事項――です」
 またキャラ変わっていますよ……九曜さん。
「気の――せい」
 はいはい、そうですか。よかったですね。
 ……それはさておき、彼を追っ払ってくれてありがとうございました。お礼といっちゃ何ですが、九曜さんのお好きなところに遊びに行きませんか?
「そう――する――行きたい――ところが――ある――」
 ええ。ではそこに向けて出発しま……あっ!
「どう――したの――?」
「彼の名前、結局聞いてませんでしたね」
「別に――必要ない――いらない――」

 ――それもそうですね。もう会うこともないでしょうし。では改めて出発しましょう!




「九曜さん、それで九曜さんの行きたい場所っていうのはどこですか?」
「もう――すぐ――ほらそこ――」
 九曜さんが指差したのは、なんと大手予備校の校舎でした。
「へ? 九曜さん、何故ここに?」
「高校生――たるもの――勉学――第一――」
 ううむ、言っていることに間違いは無いのですが、九曜さんが仰ると何故か間違って聞こえるのは気のせいでしょうか?
「それに――今――――受験に向けた――体験授業を行っている――しかも――無料――」
 なるほど、無料ですか。それならば体験してみるのもいいかもしれませんね。どうせ今日は暇ですし、わかりました。では行って見ましょう。

 あたしと九曜さんは、鉄筋コンクリートで覆われた校舎の中に入り、簡単な手続きをした後、指定された教室の中に入っていきました。
 当たり前ですが、あたし達と同年齢と思われる高校生で溢れかえっていました。その後ろには、彼ら彼女らの親御さんと思われる方たちが肩を窄めて立ち尽くしていました。
 うーん。なんだか異様な光景ですね。何故そこまでして勉強したいのかしら? そんなにいい大学に入りたいのでしょうか?
 大学なんてネームブランドが多少異なるだけで、学ぶことはどこも似たり寄ったりですし。だから家から近いところに行けばいいのにね。
 あ、佐々木さんは別ですよ。佐々木さんはあたしの考えが及ばない、崇高な計画があるに違いありませんから。だから佐々木さんには頑張ってもらいたいですね。
 あたしは組織の情報操作によって、佐々木さんの行きたい大学に自動的に編入することができますし、敢えて距離を取る――別の大学や専門学校に席を置くこともできます。だから受験勉強というものには縁がありません。
 それに、あたしの任務は受験勉強じゃありません。佐々木さんの身の保全。これが第一なのです。

 キーンコーンカーンコーン――

 チャイムの音が、放送用マイクから響き渡りました。授業開始の音……ここでは、体験授業開始の音です。
 ……ちょっと緊張しますね。高校と同じなんでしょうけど、塾って言うのは行ったことが無かったので……どんなことを教わるんだろう?
 あ! 先生っぽい人が入ってきました! 思ったより若い、なかなかカッコイイ男の先生なのです。


「はい、えー、それでは今から体験授業を始めます。まず皆がここに来た理由ですが、様々なものがあるとは思いますが、根は同じ。希望の大学に受かるためだと思います。もちろん私達も、君達の願いを叶えるべく……」
 先生はその後予備校の学習方針やら、受験までのプロセスやら、受験生達に知ってほしい7つの事柄など、様々な内容を喋りだしました。
 うーん。かっこいいんですけど、話が長いのが玉にキズですね。もっと要約して、分かりやすく教えないと生徒にも飽きられちゃいますよ?
「……ちょっと聞いてみましょうか。ではそこの君」
「へ……? あ、あたし?」
「そう、あなた。あなたは何故この塾を選んだのですか? 他にも予備校はたくさんあると思いますが、参考までに教えていただきませんか?」
「え、えーっと……」
 突然の質問に動揺しまくりました。まさか、暇つぶしで来て見ましたなんて言えません……どうしましょう……
「はい――先生――」
 あたしが返答に困っていると、隣に座っていた九曜さんが手を挙げ、あたしの変わりに喋りだしました。
「彼女は――片思いの――――彼を――一目ぼれした――彼を――探しに――ここまで――来ました――」
「く、九曜さん!?」

 どよどよ……

 教室の中は一気にざわめき始めました。そりゃそうでしょう。あんな爆弾発言をしたら、教室の中は盛り上がること請け合いです。
「ち、違います! 決してそんなこと……」
 あたしは必死になって否定しました。うそっぱちですから当然です。しかし……
「ほほう、それは興味深いね。もう少し詳しく聞かせてくれないか?」
 ……しかし、その話に興味をもった先生が、その場を沈めるどころか、余計に盛り上げる方向に進んでしまったのです。先生は目を輝かせながら、九曜さんに話を振ってきました。
「ここの予備校に――入っていく姿を――――見ている――だから――彼女も――足を踏み入れることを――決意した――」
「へえ。なかなかいい話だねえ。……で、その人の名前は知ってるの? わが校の生徒なら、名前を調べたら一発で分かるんだけど」
「彼の――名前は――わからない――――だけど――特徴なら――ある程度――言える―――」
「ほうほう、ではその特徴を教えてくれないかな? 僕が全力を持って調べてみるから」
「ありが――とう――彼は――やさぐれた――顔で――中肉中背――短髪だけど――揉み上げは――長め――北高の生徒を――着ていた――やれやれ――が――口癖――」
 調子に乗った九曜さんもやたらと喋る喋る。ってかその特徴。キョンくんじゃないですか。何であたしとキョンくんをくっつけようとするんですか!?
「嫌……――なの?」
 ううう……別に嫌だ、とまでは言いませんが、その……あたしとキョンくんがイチャイチャすると、あのお二人に制裁されますからね。それに古泉さんや森さんにも命狙われますし。
 最近じゃあたしが佐々木さんの神人発生頻度を上げてるんじゃないかって、組織の人にも疑問視されているんです。だからあんまり彼に接近しすぎるのは控えたいんです。
「それは――置いといて――」
 置いとくんですか!
「誰か――彼のこと――知りませんか……――」

 ざわ……ざわ……
 そしてまた教室内がどよめきました。まるで命を賭けたギャンブルを趣味にしている人たちがそうするように。


「あの……いいかな? ちょっと心当たりがあるんだけど」
 そして、一人の男子生徒の発言によって、そのざわめきはかき消されました。


「北高で、やれやれっていう口癖の人に該当者がいるんだ。僕も北高の生徒だし、彼とは付き合いが長いから、何となくそうじゃないかと思うんだ。確か彼も以前に行われた体験教室に参加していたはずだったから。もしよければ連絡先を教えるよ」
 男子生徒――少し童顔気味の彼は、飄々とした口調で宣言しました。もしかして、キョンくんのリアル知り合いでしょうか……?
「あり――がとう――是非――教えて――――ください――」
 あたしがあまりのことにボーっと突っ立っていると、代わりに九曜さんが返答して、そして彼から連絡先を書いたメモ用紙を受け取りました。
「あなたも――お礼を言わなきゃ――」
 ……何かすっごく間違っているような気がしますが……ここでもめてもしかたありません。あたしは『ありがとう』と彼に声をかけました。

 この住所……もしかして、本当にキョンくんのものだったらどうしよう? あたしはそのことばかり気にしていました。
 もしここに書かれている住所が、本当にキョンくんの住所であった場合、キョンくんにこのことがばれてしまいます。そこはかとなくまずいのです。
 そして……そして、一番考えたくない可能性もまた秘めています。
 彼は北高の生徒だと仰いました。北高の生徒であれば、涼宮さんのことは知らないはずはありません。彼と涼宮さんが親しいかどうかは定かではありませんが、それでも彼の今日の話は、噂話となって北高内に広まる可能性があります。
 そして、もし……彼の話が、涼宮さんの耳に入ったら……

「ひぇえぇえぇぇ!!」
「ど、どうしたの? いきなり素っ頓狂な声を出してさ!?」
 ううっ。想像しただけで背筋が凍りつきます。まだ明け方や夜は肌寒いっていうのに、汗がとめどなく流れてきます。
 ふう……この場を切り抜けるには、あたしが下手なことを言うより、さっさと認めて、この一件を軽く流したほうがよさそうです。
 ……ですが、彼やこの場の人に約束してもらいましょう。あたしはとっさに考え出した策を講じる事にしました。
「あの……皆さんにお願いがあります。できればこのことを、彼に伝えないで欲しいんです。あたしは彼に直接この気持ちを伝えたいんです」
 あたしの朗々たる斉唱に、一同注目していました。
「そして……もし北高の生徒さんがいらっしゃいましたら、やはり流布することをご遠慮願いたいのです。うわさで彼に伝わる可能性もありますから」
「うん。それがいいね。分かったよ。僕は北高生に絶対喋らないようにするよ。それと……この中に北高の生徒っているかな?」
 彼はあたしの提案を快諾し、そしてあたしの心中を汲み取ってくれたようで、他の皆にも語りかけてくれました。
 幸いなことに、北高の生徒は彼一人だけでした。
「どうやら僕しかいないみたいだね。僕が気をつければ、彼にうわさが伝わってくることは無いと思うけど……念のため、ここにいる皆も、北高の知り合いに話をしないようにしてくれると助かるんじゃないかな?」
「は、はい! 是非お願いします! あたし自身の問題ですし、自分で決着つけるのです!!」
 あたしは決意に満ちた表情で(演技ですよ、演技)、自分の声を教室内に響かせました。
 そして――

「かっこいいじゃん! 頑張れよ!」
「その勢いがあれば大丈夫よ! ちゃんとゲットしなさい!」
「長年塾講師をやってるが先生は感動した! そういった思いが未来の世の中を動かすんだ!!」

 あたしはその場にいる生徒や親御さん、そして塾の先生に賞賛を浴びせ続けられました。
 えへへ、ちょっと恥ずかしいのです――



「ふう、一時はどうなることかと思いましたよ。ですが丸く収まってめでたしめでたし、なのです」
「それは――よかった――」

 その後、すっかり塾の説明が遅れたため、余分に時間を使用して体験授業は幕を閉じました。
 外に出ると、西日が差し込み、あたりは黄昏色に染まっていました。
「あら、もうこんな時間。今日は色々あったわね。最初は暇で暇で仕方なかったんですが、九曜さんのおかげで結構充実した一日になったのです。ありがとう」
「礼を――言われるほどじゃ――ない」
「九曜さん、また暇になったら遊びましょうね」
「そう――する――」
「それじゃ、九曜さん。また今度」
「また――」

 そう言って、あたしは西日に向かって歩き出し、九曜さんはトワイライトな東の空に向かって歩き出しました。



 ――こんな感じで、あたしの退屈な一日が幕を閉じました――







 真新しく不釣り合いに大きいランドセルを抱えて登校する小学一年生、初めての制服にぎこちない仕草をみせる中学一年生、そして義務教育を終え、自分の道を歩き始めた高校一年生……エトセトラエトセトラ。
 様々なフレッシュなスチューデントを見据え、俺もこんな殊勝な時期があったのかなとつい感慨にふけっていた。
 恐ろしく暑い夏が終わったかと思いきや、嘘みたいに寒気団がこの地域にやって来た今年の冬。しかもかなり住み心地よかったらしく、四月になる直前まで名残惜しそうに滞在していたが、それもようやく別れを告げる事が出来た。
 草木の芽は明るい大地を見つめ、虫達の数も多くなって来た昨今、俺は公園のベンチに座って春の暖かさを満身に受け止め、そしてこう呟いた。

「ねみぃ…………」

 ……しょうがないだろ? 春眠暁を覚えず――英語で言えばIn spring one sleeps a sleep that knows no dawn――などと、世界中グローバルオーバーゼアーに伝えられているように、冬の寒さから開放されたこの季節は特に眠いんだよ。
 中にはこの時期特に症状が酷くなる、某アレルギー諸症状緩和のための抗ヒスタミン剤のせいで眠気を催す人もいるが、生憎俺はそのような症状で耳鼻咽喉科のお世話になった事は一度たりともない。


 まあそれはともかく、つまり俺は眠りに誘われる程暇を持て余しているのだ。


 いつもならこの休日ハルヒが不思議探索と称する市内ぶらつき漫遊記があるのだが、本日も昨日に続きハルヒの緒事情により中止となってしまった。
 なんと言うラッキーな一日だ。今日という時間を有意義に過ごすべきだな。さて、何をしようかな……
 家で惰眠を貪るのも一つの手だが、そうしたところで我が妹に阻止されるのは帰納法的に見ても明らかであるし、それにどうせ家にいても暇であるのは当然の理だ。
 ならばいっそのことこちらから外に出て、散歩でもする方が吉と思い立ち、こうして公園まで来てみたのだ。俺が何故ここに似るのか、これで分かってくれれば幸いである。
 ……が、思いもよらぬ誤算があった。この陽気である。こんなに気持ちいい天気の下では、散策するのも億劫になってきた。
 これだけ暖かければ青空睡眠という粋な事をしても、誰一人として俺の行動を咎める奴なんぞいないだろうか?

 いや、あるはずが……
「キョン、起きなさい。キョン」
 ん……? なんだ、誰だ一体……ってハルヒ。今日は不思議探索は休みだろうが。何故ここにいるんだ?
「やあ、キョン。実は君に少々伺いを立てたいことがあってね。ここまではせ参じたというわけだ」
 佐々木もいるのか? で、何が聞きたいんだ?


『あなた、昨日橘さんと何をしてたの?』


「はあ?」と俺。昨日は橘と行動を共にした記憶など爪の垢ほども無い。確かに橘からの着信はあったが、悉く無視した。せっかくの休みを橘のせいで振り回されるのは嫌だったからな。だからこう答えた。

「なんにもしてねえよ」
 そう言うこった。じゃあな、俺は寝る……

『うそおっしゃい』
「うっ!!」

 俺は思わず悲鳴を上げた。ハルヒも佐々木も、闇よりも黒いオーラを噴出し始めたからだ。
 な、何が彼女らをここまで黒くさせているんだ……?

 俺がしどろもどろな対応をしていると、ハルヒが喋り始めた。
「正直に言いなさい、キョン。 昨日橘さんと何をしていたか。正直に話さえすれば、全裸で校庭100周の刑を、全裸で99周プラス3/4周の刑にまけてあげるわ」
 減刑少な!
「おや? それとも全裸で光陽園学院の教室に乗り込んで、教壇の上でブレイクダンスをする方がいいのかい?」
 どっちも嫌だ。それより何より、俺は昨日橘にあってなど無い。従って何をすることもできん。


『ふっふーん。どうあってもシラを切るつもりなんだ……』


 顔を伏せて、呪文を唱えるようにつぶやく二人。いやだからな、やってないものはやってな……


『ネタは上がってんのよ!!! この色魔!!!』


「ぐふぉ!」
 俺は跳ね飛ばされた。二人に纏わりつく瘴気。その一部が噴出された際、具現化した見えざる負の力によって。
「ネタって何だよ! 俺は何も知らん!!」
「なら教えてあげるわ。あなた昨日、デパートに行ったわね!」
 そこから既に間違っとるわ。昨日はずっと家にいたんだよ。
「しらばっくれんじゃないわよ! あたしも昨日そのデパートに行って、館内放送であんたが迷子になった橘さんを呼び出したことは明白なのよ!」
 なんじゃそりゃ!
「しかも橘さん、あたしのかかりつけの歯医者にも行ったみたいね。受付のお姉さんが話してくれたわ。『橘さんっていう女の子が来て、キョンくんというカレシに嫌われないように、お口の中を綺麗にしていったわよ。これからファーストキスかもね』って!」
 だからどうして俺の名がそこで出てくるんだよ!
「阪中からも電話があったわ! ツインテールの女の子が、キョンの名前を連呼してたそうじゃない!!」
 人の話を聞けぇ! しかも何で阪中が関係して来るんだよ!!
「あたしが知りたいわよ! 不審に思った阪中が電話をよこしてさ、『連れの女の子をキョンくんに見せかけて、二人でシュークリームを食べあうような練習してた』って言ってたわ!」
 なんじゃそりゃ! どうして阪中が橘のことを知ってんだ!
「知らないわよ! でも阪中が言う橘さんの特徴はピッタリ一致してたわ! 間違いなくあの橘さんよ!」
 橘ー! お前阪中の家でも迷惑かけてんのかー!

 ――佐々木、頼む。お前からも注意してやったらどうだ!?
「それには及ばないよ。それより、僕の方にも昨日興味深いことがあったんだ。何でも一目惚れの彼を探しに、女の子がその予備校まで追ってきたそうだ。たまたま模試でその予備校にいた僕だけど、その話で持ちきりだったよ」
 佐々木……? お前までいきなり何を?
「で、その場に偶然居合わせたのが国木田だ。彼に少女の詳細を聞いてみたら、『栗色の髪の毛のツインテール』との回答だったよ。おまけに傍にいたのが『光陽園学院の制服を着た、ボリュームのある黒髪の少女』だそうだ」
 おい……まさか……
「まさしく、あの二人に相違ないね。しかも捜索中の彼というのが、「やれやれ」が口癖の北高生だそうだ。……くっくっく。一体誰のことだろうね?」
 さ、さあ……誰のことでしょうね……?
「しかも、北高生には秘密にして欲しいとそこで打ち明けたそうだ。彼に自分の思いを伝えるというのが表向きの理由らしいが……本当の理由は、ある特定の人に知られたくなかったのだろうね。それはおそらく……」
 まさか、ハルヒとでも言いたいのでしょうか、佐々木さん?
「よくわかっているじゃないか。もし涼宮さんに露呈したら、橘さんは今ごろこの世の住人じゃなくなってしまうからね。完璧に策を施したつもりだったが……、実はそこに落とし穴があったんだ。それは僕の存在だ。幸か不幸か、僕は北高生ではない。ならばいいのだろうと、国木田は詳細を教えてくれたんだ」
 …………。
「国木田の話を聞いて、間違いなく橘さんの仕業だって知ったわ。さあキョン。あなた橘さんとどこまで進んでるのか、いい加減白状なさい? 言わないと……」
 だぁー! 待てぇー!! 俺は全く知らんぞ! 全部狂言だ! 橘の策略だ! お願い信じてくれ!!!




「あー! こんなところにいやがった! キョン!!」
 谷口……お前はなんと言うタイミングで入ってくるんだよ……頼むから話をややこしくしないでくれ。
「お前! 橘さんになんてことしやがるんだ!」
『はぁ!?』
「嫌がる橘さんに(WAWAWWA)や、(WAWAWAWAWAWA!)なんかをしたそうじゃないか!!」
「た、谷口! それ本当なの!?」
「おう涼宮、本人が『うん』って言ったから間違いないぜ!」
「くくく、キョン……どうやら言い逃れはできないみたいだね……」
「キョン……あなたはあの電波を相手にしないって信じてたのに……」
「あんな可愛い娘に、人間とは思えない仕打ちをするとは……見損なったぜ」

「な、なあ……もう少し穏便に話そうぜ。なんだか知らないけど、勘違いしていることが多そうだし……俺の話を聞けば、分かってくれるさ、な?」
 三者三様とはよく言ったもので、原因は皆ばらばらのようである。しかし、怒りの矛先はどうやら同じらしく、その方向はつまり……俺であるらしく……


「ふふふ……そうね」
「くくく……ならば」
「じっくり聞こうじゃないか……」


 な、なあ……穏便にって俺は言ったんだけど、何でそんなに表情が固いんだみんな? ほ、ほら、もっと笑って過ごそうぜ?

 ――プチッ――
『おのれのせいじゃあああああぁぁぁぁ!!!!!』



 うぉぉぉ!! 
 ――俺は一目散に駆け出した。


「待てぇー!!」
「待ちやがれ―!!」
「待てと言ってるのだキョン!!」

 ――そんな形相でホイホイ捕まるわけにもいかねえだろうがぁぁぁ!!!



 ……こうして俺は、暇を持て余す一日から一転、背後から襲う殺気に怯えながら身を隠す恐怖の一日へと変化したのだった。
 必死に逃げ惑いながらも、俺は橘への思いを胸に馳せていた。

 ――あいつぅ!! 次に会ったらお前を森さんの前に引きずり出してやるから覚えとけぇ!!!――







「ふう……今日も暇ですね、九曜さん」
「暇――ですね――」




おわり


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