涼宮ハルヒの霍乱?
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事の始まりとは、えてして奇妙なもので、もう二月も終わろうというのにいきなり天気予報に雪マークが溢れかえったりするものだから、一向に梅も咲かねば鶯もとんと見かけぬありさま、巷ではマスクをした善男善女が一向によくならぬ景気を嘆き右往左往している中、我がSOS団にも風邪の魔の手が忍び寄ったのか、はたまた、ハルヒの強制コスプレが災いしたのか、お茶です、とトレイを運ぶ朝比奈さんが、可愛いくしゃみをしたのが、そうと言えばそうであるかのもしれない。
おや、朝比奈さん、風邪ですか?そんな寒そうな衣装はさっさと着替えて、暖かくして早く帰ってはどうですかと、俺が尤も至極な事を話しかけていると何が気に障ったのかハルヒはとんでもない事を言い始めた。
「風邪なんてものは気合よ、気合!かかると思うからかかるんだって」
おいおい、そりゃあ無いだろう。それにインフルエンザだって流行ってるんだから、無理させないほうが良いと思うぞ。一回くしゃみをしただけで、朝比奈さんが目をうるうるさせちゃでるじゃないか。
「インフルエンザは、かかったやつがフラフラ出歩いてばら撒いてあるくからいけないんじゃない。
気合が足らなくてインフルエンザにかかったら、
未練たらしくウロウロせずに責任とってじとっと家で大人しくする。
出歩いたり、見舞に来させたりとか甘ったれたこと考えるなんて獄門貼り付け・・・・くちょん。」
おい、まさかハルヒも風邪か?
翌日、その、まさかという出来事がおこった。ハルヒがインフルエンザで欠席したのである。
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部室でチリチリと音のする電気ストーブに当たりながらぼんやりと窓の外に目をやる。静かだ、世界中の喧騒がいきなりお暇を頂いて一斉休業にでも入ったのかと訝るほどに静かだ。一体全体どうしたってここは真剣に悩むべきなのかも知れないってことは一切考えずに、ハルヒにゃ悪いが、たまにはこんな風に静かなのも有りかもしれん、なぞと思いつつ、ひたすら来ない次の一手を待っていると古泉の携帯がなった。
「すみません、残念ですがこの続きはまた、バイトです」
そういって、立ち上がりながら、危険を感じのけぞる俺の耳元に、
「どうも、いつもと様子か違う様です。少々上のほうはパニックになっていまして。」
と囁いてそそくさと帰っていった。
「あのぉ、やっぱりお見舞い行かなくて良いんでしょうか?」
朝比奈さん、ハルヒが事もあろうに流行に乗り遅れたら沽券にかかわるとばかりに突然インフルエンザで寝込んでしまったんですから仕方ないですよ。うつるから面会謝絶だってメールが来たでしょう。あいつの事ですから、二三日病人を堪能したらケロッとしてまた出てきますから。この週末はゆっくり休めということじゃないですか。
なあ、長門もそう思うだろ?
「そう?」
何気に疑問形?
「情報収集が必要。私は帰る。」
そう言うと読んでいた本を閉じ、長門もすすっと帰ってしまった。おい、何か問題が起きているのか?
そぞろ俺たちも解散にするべきではあるまいかと朝比奈さんに声をかけようとしたら、バタンと大きな音をたてて部室の扉が開き、鶴屋さんが入ってきた。
「お、やっぱりハルにゃんお休みなんだねえ、お、キョン君もお帰りかい?」
ええ、お先に失礼します。この人ばっかりは静かになってはいなかったと、気おされるように思わず部室から出てきてしまった。朝比奈さんと並んで下校ができるかと思ったんだがな。半分未練を引きずりながら、いつもより三割増しに静かな道をたどって漸く家へと帰りついた。本当に静かだよな。
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「おーい、キョン君。こっちこっち。
お姉さんをまたせるなんて、君も随分偉くなったにょろ。」
待たせたって、そんな。鶴屋さんからメールをもらって、真っ直ぐ走ってきたんですが。この先輩の時間感覚はどうもハルヒの向こうを張れそうなぐらい、そこはかとなくぶっちゃけているに違いない。
「実はみくるっちが、ハルにゃんの事で落ち込んでてね。何かお見舞いを届けたいって言うから、キョン君、付き合ってやってくれないか。
そろそろ駅前の喫茶店に着いてるはずだからっさ。
で、あたしは用が出来たから代わりに頼まれたって言っておいておくれよ。
代わりを頼むと言うより、お姉さんからの、ちょっとしてプッシュっさ。
はい、これは軍資金。返す心配しなくていいし、みくるちゃんには内緒だからね。
それより、デートなんだからみくるを寂しくさせちゃ駄目にょろよ。
あ、お姉さんのお土産はスモークチーズで良いからね。」
一方的にまくし立てて、小さな封筒を俺に押し付けるとサッサと帰ってしまった。
唖然としながら封筒の中を確認すると、俺のおよそ一ヶ月の小遣い相当額が入っている、
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店に駆けつけると朝比奈さんは薄いピンクのコートを着たまま、奥の方の二人用のテーブルで、紅茶を前に俯いていた。すみません、と声を掛けて向かい合わせの席に着く。
「あ、キョン君。どうしたんですか? でも、良かった。相談したい事があったんです。」
鶴屋さんから代理を頼まれた事を告げると、朝比奈さんは目をうるうるし始めた。え、なんか、状況的に俺が公衆の面前で美少女を一方的に泣かせている悪者になってるみたいなんですが。
「あの、ちょっと前から、連絡がとれなくなってしまったんです。涼宮さんの事もあるし、
私、自分が消えてしまいそうな気分で、不安で。
それで、とってもキョン君に会いたかったんです。」
それって未来、えっ、手、手を握っていただけるのは嬉しいのですが、お店の人も見てますし、あの・・・
うろたえる俺の手を引き寄せて、その上に突っ伏して声を押さえて泣きはじめてしまった。手の甲に落ちた涙が、袖口にすっと流れてきた。マジ泣きですか?
ひとしきり泣き終えると、ちょっと直してきます、御免なさいとハンカチとバッグを握って立ち上がって化粧室へいってしまった。
周囲からの一様な冷たい視線を感じながら、ようやくやって来たウエイトレスさんにコーヒーを頼むと、
「伝言です」
と、そっとメモを渡された、え、喜緑さん。どうして此処に?
メモには綺麗な明朝体で『不確定要素が多すぎる、軽軽な言動は危険』と意味不明な事が記してある。長門・・・なのか?
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戻ってきてしきりに誤る朝比奈さんを制して、レジを済ませて外にむかう。
「いつも奢ってもらってるから、今日は良いんです。私が払いますから。」
いや、良いんです、俺に支払いをさせてください。お願いします。鶴屋さんの顔が浮かび、思わずお願いしてしまった。
歩き出した俺の横にくると腕をとって背伸びをするように耳元へ朝比奈さんが話すところによると、やはり、今朝から断続的に未来との連絡がとれなくなってきたらしい。そして、部室を出る頃がらはまったく返事が無くなってしまったとの事。
どうしたんでしょうね、やっぱりハルヒなんでしょうか、そんなに怖がらなくっても、そうか、やっぱり未来に帰れなくなっては大変ですからねと答えながら歩く日暮れの商店街は、二月の末だからか、やけにひっそりとしているのですが、何ですか、コートをの上からも腕に感じるその柔らかいものは?
気づいたとたん全身の感覚が腕に集中して、空気を求めて水面に浮かぶ金魚のように口がパクパクしてくる、もう、耐えられません。
「涼宮さん、あんなメールくれたけど、やっぱり病気は辛いと思います。
・・・
そうなんです、だから、やっぱりお見舞いに行かなくっちゃいけないんです。
お見舞い、何がいいでしょう?」
気もそぞろに、そうですね、やっぱり無難にお花と果物とかが良いんじゃないでしょうかなぞと、当たり障りのなさそうな答えをしていると。
「やっぱりそうですよね、でも、キョン君にそう言ってもらうと助かります。
キョン君って、特別な人ですから。
時間移動も、キョン君から頼まれたことは信じられないほどの速さで許可されちゃうし、
ひょっとしたら、私が帰ってしまってからもキョン君とだけは繋がっていられるのかもしれないって考えちゃう事あるんですよ。」
もちろん、もう一人のゴージャス版の朝比奈さん(大)にはしっかりお世話になってきたわけであるから全面的にイエスではあるけれども、今横でホワンとしている当の朝比奈さん(小)にこれを伝える事ははきっと禁則事項であるに違いないはっきり答えるわけにもいかず、仕方なく、そうだと良いですねと答えたわけである。ほかの答えが思い浮かばないくらい至極穏当な答えだろ?
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花屋に入ると、朝比奈さんは凄くうれしそうに花をえらび、いかにも朝比奈さんらしいファンシーな色合いの花を店員さんと相談しながら選んでいる。花篭のアレンジが出来るのを待つ間に、ホワイトデーも近いことなので、それとなく聞いてみることにした。
「朝比奈さんなら、お見舞いとか、プレゼントはどんなものがいいですか?」
「私の事を思って選んでくれたものなら、どんなものでも嬉しいとおもいますよ。」
花屋を出るとウインドウを見ながら歩みをすすめる。この花柄のカップなんか、朝比奈さんに似合いそうですね。
「わあ、可愛い。私が好きそうなものちゃんと見てくれてるんですね。
嬉しいな、でも、陶器のカップって、割れちゃったら寂しいですよね。
好きな人からもらったものが壊れちゃったら悲しいですものね。」
じゃ、身に着けるアクセサリーなんかがいいのか? でも、俺、そんなの守備範囲外だし。って、鶴屋さんの言葉が潜在意識にまるで働いているかのようにデートみたいな展開になってるんですが、良いのですか朝比奈さん?
「風邪にはビタミンCが良いそうです。」
とどこぞの健康雑誌か情報番組を鵜呑みにしたような朝比奈さんのお言葉に従って、
リンゴとキウイとポンカンを山ほど買いこむとハルヒのところへ向かうことにした。
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玄関先で花と果物を渡したが、ハルヒは案の定「うつすから絶対会わない!」と布団をかぶってひっこんでいるらしい。
お大事にと伝言を頼んでハルヒの家を後にした。
「今日は本当にありがとうございました、キョン君に来てもらって助かりました。」
そう言ったあと、別れ際に一瞬なにか言いよどんだようだったが、
「じゃ、また。学校で。」
そう、手を振って朝比奈さんは帰って言った。
帰りながらハルヒに、早く元気になって出てこいよ、お前がいないと世界が寂しくなっちまったようでいけないとメールを入れておく。
「もちろん、速攻で治して復活する
バカキョンの癖に寂しがるんじゃないの
人間素直が大事だから、今日の事はありがとうって言っておくわ
リンゴ、美味しかった」
思いのほか直ぐに返事が来た。メールを待ってたのか?
いつの間にかすこし大きくなった街のざわめきの中、駅の露天で目に止まった銀のアクセサリー、ホワイトデーのプレゼント、これでも良いのかな? 見れば値段も手ごろそうなので、銀のリンゴ、薄いピンクの水晶の玉、雪の結晶のデザインのペンダント三本を選び、それぞれ包んでもらい家路に着いた。
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その後、続けざまにメールが来た。
朝比奈さんからは、
「さっき、連絡が復活しました。なんだか分からないんですけど、
それに、キョン君にお礼を言うようにって、キョン君なにかしてくれたんですか?」
古泉からは、
「先ほど、異常閉鎖空間が消失ました。危機は回避されたようです。
一時は心配しましたが、結果的に適切な行動でした。
上層部からも感謝の言葉を伝える様にとの事です。」
なんだか随分感謝される日だが、俺、何かしたのか?
「yuki> 貴方が涼宮ハルヒにメールを送った後
時間線の捩れと情報空間の漏遺が回復し
世界の改変が回避された。」
何故メールの事を? そういえば、情報収集とか言っていたが、メールの盗聴までやっていたのか?
しかし俺のメールが何か関係したのか?
まさかあんなことで機嫌が直ったとか、まさかそんな単純なものでもあるまいに、理由がさっぱり分からん、だれか説明してくれ。
ともあれこうやって、俺の知らぬ間に世界の危機は回避された、らしい。
- 涼宮ハルヒの霍乱? 完 -
(タイトルがカブッテルので微修正スマソ)