「。」



「大体よしと。後は中身が分かるようにマジックで書いてから封をすれば、とりあえず終わり。思ったより割れ物少なかったわね。運ぶのは引っ越し屋に任せるし、出す時はあんたは来なくていいわ。あんたには特殊任務があるしね」

今日は日曜。神の足下暗しゴッコのお供は仰せつかっていない。
その代わり森さんの転居の手伝いをさせられている。
こんな事、本当は全部引越し屋に頼めば済む事だ。
でも、僕は悪い気はしない。
むしろ僕の心は弾んでいる。
ここでなら、偽りの個性を捨てられる。
無理に笑顔を作らなくてもいいし、敬語で話すことを期待されている訳でもない。
YES以外の返答ができる。
ほんの束の間の休息。

僕の閉鎖空間。


「ああ、ちょっとソレ取って」
「はい、どうぞ」

僕は近くにあったガムテープを、中腰で荷物の整理をしている森さんに手渡す。
押さえているダンボールの蓋から目を離さずに手を伸ばす彼女の手と、僕の手が、今日何度目かの接触をする。

彼女は、それに気付いた素振りすら見せない。

僕はまた少し内心動揺してしまった。やはり、大人振ってみても、精神的には所詮僕も嘴の黄色い高校生か。

「あんたさ」
「はい?」
「学校ではかなりモテるでしょ?可愛い子だって沢山いるんじゃないの?耳まで真っ赤にした女の子から告白されたり、手作りのチョコレートを貰ったりするわよね」

……どこまで、この人は気付いているのだろうか。僕の気持ちに。
突然無意味に話題を振る人じゃない。必ず何らかの意図がある。
いや、気付いていない訳がない。ただ、今までは気付いていない振りをしてくれていた。

僕の心はつい身構えてしまう。

「まあ確かに。冗談でも僕はモテないなどと言えば、陰でクラスメイトに何を言われるか分かりません。まあ、彼ほどではないのですが」

「見た目と頭脳ならアンタの方が明らかに上よ。あの子、恋愛感情以外への直感は嫌に鋭くて、細かい所によく気が付くけど。あれって、まさか意識してやってる訳じゃないわよね。それから、アンタまた気色悪い敬語になってるわよ。擬態を止められるのは私と二人の時ぐらいなんだから、普通に話しなさい。それとも、私に何か隠し事でもしようっていうのかしらね?」

彼女は、そう言って僕に視線を投げる。一瞬だけ。
でも一瞬で十分。彼女は他人の心を全て見透かす。本当に怖い人だ。

「いや。まさか。森さんに対して何かを隠し通せる気はしないよ。」

「……ただ、私も彼が周りの女の子達にモテるのは理解できるわ。あ、今度はアレ取って」

……遠回しに断られているのかな。これは。

「はいはい、どうぞ。」
「ふうっ。腰に来るわね~これ。ヤダヤダ。歳を感じちゃうわ」

立ち上がった彼女が、腰を叩いて背筋を伸ばす。

「森さん……。いえ、何でも無いですって。やだな、そんな目で睨まないでよ」
「あんた今、どうせ「若く見えます」だか「若いです」だか言おうとしたんでしょう?世辞はやめてよね。嬉しくないから」

「ふぅ。言い訳は無駄かな。はは。相変わらず鋭いなあ、森さんは。それに厳しいや。でもまあ、世の中の全ての女性が森さんみたいではないでしょう?」

「問題は、皆がどう思うかではないでしょう。たった1人がどう思うか。だけ。違う?」

肩に手を当て首を回し、凝りを解していた彼女は、
「っていうか、一樹」
と、急に真面目な顔になり、下ろした手を腰に当てると、一瞬だけキラリと光ったように見えるその両目で、僕の目を覗き込みながら、涼やかな声で言う。

「自分の好きな女にそんな事言うもんじゃないわね。あの子の悪い所を真似てみても、私は惚れたりしないわよ」

…………。

「それに、あんたも解ってるでしょう。機関の関係者同士での恋愛は『禁・則・事・項』よ。そして私はそれを破らない」


彼女はそう言って、他愛無いいつもの会話だったかのように、作業に戻る。
……帰ったら、久しぶりに少し泣いてみるのもいいかもしれないな。

「ホレホレ、ベソかいてる暇があったら、ちゃっちゃと働く!直々に手伝わせてやってるんだから感謝なさい。誰にでもやらせる事じゃないんだから」

思わず彼女を見てしまった。
彼女は、何事も無かったかのように、仕分けを続けている。
僕の聞き間違いだろうか?

「あんた、なんだかんだ言って他の4人と同じ。ヒヨコね。まあ、高校生なら普通あんなもんでしょうけど。どうせ今だって聞き間違い?とか思ってるんじゃないの?顔に書いてあるわよ。情けない。もっと自分に自信を持ちなさい。普通にしてればあんたそんなに悪くないのよ。擬態中は正直かなり気色悪いけど、ま、褒め言葉と受け取っておきなさい」

全ての箱の仕分けが終った彼女は、立ち上がると、

「ほら。コレあげるわね」
と言って、手にした1枚のシールを僕に押し付ける。

「あげるって森さん。こんなゴミを?普通に捨てておけって言ってくれたら捨てますって」

「ソレ、持って行ってドアか壁にでも、外側から貼っときなさい。ピッタリじゃない」
そう言って、片眉を吊り上げ、ニヤっとする。

……なるほど。そういう事か。確かにピッタリだ。

「本当にやってもいいのかな?」

と、おどけて見せた僕は、
お返しに彼女からの冷ややかな一瞥を受け取る。

「やだな、冗談です。それにどうせ不興を買って直ぐに剥がされる程度で何も起きはしませんって。今は。それよりこれ、むしろ僕の胸に貼って欲しいな。森さん」

僕の渾身の反撃。
でも、彼女は、さも本心から可笑しそうに目を細めると、軽やかな声で、

「ふふふ!うまい事言うじゃない一樹。でもあなた少し勘違いしてるわ。人は傷付いてもその内治る。直らないのは関係だけ。だから例え自分が傷付いても焦っては駄目よ。さて、そろそろ昼食にしましょう。行くわよ」

ははは……。軽く受け流された。か。
それにしても彼女が相手だと、自分がまだまだ子供だと嫌でも思い知らされる。
そして、そんな彼女の人間的深さや知性の煌きを感じる度、僕の心は少しずつ削られていく。
思い切って告白してくれる学校の子達には悪いけど、この人が僕の上司である間は、僕は他の人を好きになんてなれそうもない。

それに僕自身、偽りの僕を心底嫌悪している。

「ええ。いいですね」

「ふふっ。今何を考えていたの?しょうがないわねぇ。まあ、返事だけは素直でよろしい。ところで、1つ気になったんだけど?」

そう言う彼女の目に、僕は、ほんの僅かな憂いを見出す。
見たことの無い表情だ。
僕の全身に緊張が漲る。

「なんです?」

「もし将来あの子と親友になる夢でも見ているなら、今ここで忘れなさい。これは命令。……というより、お願い。あなたの為にならないから」

「……了解」


やはりこれも気付かれていた。この人の前で隠し事なんて何ひとつできやしない。
それがたまらなく嬉しい。と、同時に非常に怖い。
でも今は、この人が全て理解していてくれているから、僕は苦痛な演技を続けることができる。
僕が長門さんに対して耐性を持ち得ているのも、彼女のおかげだろう。

しかし、彼の事に関しては、僕は果たしてこの命令を守れるだろうか。
判っている事は、彼女はいつも正しいという事だ。
それに、彼女から何かを「お願い」されたのは、初めてだ。
ふぅ。やってみるしかしょうがないか。……やれやれ。
って、早速彼の口癖を真似てしまった。ああ~、未熟だなあ。僕は。


だが、もしも万が一、最悪の事態が発生したなら、僕は自らを捨てSOS団を選んでしまうだろう。
彼女がそれに気付いていない筈がない。
にも拘らず、彼女はそれについて何も言わない。無駄なことはしない人だからだ。
その上、僕は今の役目から外されてもいない。
だからもしもの時には、せめて彼女にだけは絶対に遭わないようにしなければ。
彼女に恩を仇で返す事だけは、何があっても、したくない。
選択肢は、かなり限られる事になるだろう。


「じゃあこれ、今日の手間賃代わりね。ありがたく受け取りなさい」

彼女はそう言いながら僕の正面に立つと、流れるように僕の両肩に腕を回し、すっと自分の唇を僕の首筋に掠めさせ、そのまま無言で玄関へ向かった。


「……これは、ちょっとしたスペクタクルですね」

なーんてね。あっはっは。お前、本当に気色悪いな「僕」!



 

こわれもの」 「につき」 「。」 

 

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