「こわれもの」   (陰謀をこれから読む可能性がある方は、読まない方が)



今俺は、薄黄色のデニムのコートに黒いベルトとスカーフという格好の長門を連れ、ウィンドウショッピングをしている。

 

通りがかる男共の視線がちらり、ちらりと刺さっているが、当の長門は、恐らくそれら一切に気付いているであろうにも拘らず、全てに一律無反応という冷然たる反応でそれに応えている。

まぁ、そこはもう見慣れた光景だな。



しかし、一昨日の朝比奈さんと比べても、1度の視線が留まる時間こそ短いものの、回数は上回っているんじゃないか?
今日は日曜で人通りが多いのだから当然と言えば当然か?


長門がこのような出で立ちであるのは、前もって私服で来るようにと伝えておいた為で、ほぼ毎週末と言っても言い過ぎではないほど頻繁に行われるSOS団恒例の不思議探索という名の暇つぶしの間ですら、身に纏う自身のシンボルとして必ず制服を選択するこの有機インターフェースの事であるから、その私服姿たるやSOS団員ですらなかなかに見る機会のない、かなりの希少価値のあるものだ。

いや、制服姿でない長門を見たかったというのも勿論あるが、週末にはかなり目立つ北高の制服姿の長門と連れ立って歩くと、何処やらで誰やらに見咎められ、それがどんな偶然だか知らないが巡り巡って結局特定の誰かに伝わり、明日学校で背後の「主人公が最高レベル最強装備でも本気を出されたら鎧袖一触されるような反則的強さを誇る隠しボスモンスターごとき存在」からの殺気と背中に穴が開くような視線に耐える必要性が生じ、殺気や視線だけならまだしも、実際に命の危険、もしくは、世界崩壊の危険すら生じる可能性があるからだ。というのもある。

実際に先月そのような事があったばかりなので、傷口に塗った消毒液がもたらす痛みのように身に沁みて理解している。

ちなみに、その危険極まりない自由奔放なる火属性猫類モンスター本体は今頃、朝比奈さんと古泉が別のどこかで我が身を生き餌としてじゃらし回し、俺と長門とのエンカウントの可能性を排除するよう取り計らってくれている事になっている。


朝比奈さん、ありがとうございます。どうかご無事で。
古泉と、恐らく機関にも、まあ礼を言っておくか。言うだけならタダだ。


だが、先程から俺の心臓が、制限時間残り僅かとなったスーパーマリオのBGMごとき速さで脈打っているのは、その長門の服装の希少性が問題なのではない。

解っている。もっと別の理由だ。

おい。どうした。俺のハート。一昨日あの愛らしくも微笑ましい朝比奈大天使長様と、同じように同じコースを二人きりでショッピングした時には平然としていたではないか。

というよりもだな、この長門型宇宙高校生にとって他人の心拍数を読む事など、他人がハルヒの顔色を読む程度に簡単な事であろう事は判っている訳で、従って、俺が緊張しているのも完全にモロバレだという事になる。


まだ朝比奈さんの時に活発に運動してくれた方が誤魔化しようがあるぞ。
まぁ、あの朝比奈さんに対して何かを努力して誤魔化す必要があるのかどうか甚だ疑問ではあるが。

・・・・・・何を緊張しているんだ。俺の体。なんとかしろ。いや違う、むしろ何もするな。
なんなんだこの手汗は。今とめろ。直ぐやめろ。余計に気まずいだろうが。


そして、もっと悪いことに、今俺の精神が緊張の北極点にあるのは単に長門が普通の、いや、平均以上の女の子のように見える・・・・・・いや、正直に言おう。俺の主観ではこのような服装をした長門はかなり可愛く思え、また、通り掛かる男達の投げる視線を考えれば、客観的意見としてもそれが裏付けられていると判断するに一片の躊躇いもないのだが、その可愛いく思える女子とデートまがいの・・・・・・いや、どう客観的に見てもデートだよなこれは?可愛く思える女子とデート・・・を、しているから、というだけではない。


俺は、自慢になるが、俺ほど長門の感情を読める人間は他に居ないと断言する自信があった。
あったのだが、今はその自信が脆くも崩れ去ろうとしている。


先週のSOS団不思議探索活動において、俺がした、というよりもしなかった事による、ある失敗によって、俺はどうやらこの長門を決定的に怒らせてしまい、それからというもの俺と長門の間にあった無言という言語による会話が、料金を払い忘れた携帯のように不通になってしまったのだ。


いや、今でも長門をじっと見ていれば、時には少しは云いたい事が分かる時もある。
が、なんというか、以前は俺に対して長門の方からもメッセージを送信していたんだな。多分。それが無くなってしまった。

実際、これがかなり堪えている。


昨年12月のあの事件以来、長門には俺なりに気を遣って来たつもりだった。
なのにこの有様だ。
笑いたければ笑え。
所詮俺など単なる1男子高校生でしかない訳で、宇宙人であり更に女性ですらある長門の気持ちを汲むなど、俺の頭脳ではスペックが足りる、足りない以前の問題で、結局水と油、いや、氷と馬の油のように相容れないという事なのかもしれない。


いや、これは下らん最低な言い訳だったな。忘れてくれ。
・・・・・・妹の考えている事なら全て解るのだが。


自身の恥を晒すというのは、全く俺の趣とする所ではないのだが、一応そのしなかった事について説明しておこう。


悪いのはどうやら全面的に俺であり、俺だけが今回の諸悪の根源である様で、万が一にもあり得ない話だが、長門がハルヒ的、自己中心的思考によって一方的な怒りを俺に向け発散している訳ではないようだ。


まあ、もし仮にそのような事態であったとしても、長門なら寧ろそうしてくれた方が長門の精神衛生上いいようにも思うのだが、長門に限ってそのような事は絶対に無い。


猫が人語を話そうが、同じ2週間が永遠と繰り返されようが、もしかしたら地球が一夜にして逆回転を始めるような事態になる事はあるかもしれないが、これだけは俺のちっぽけな命を賭けてでもあり得ないと断言する。

であるからして、まさに今の俺のこの困惑たるや、例えるならハルヒが突如として「わ、私、キョンの事が好きで好きでしょうがないのっ!」などと意味不明、かつ理解不能な恐らく宇宙語を宣ひながら、まるであたかも純真無垢な乙女であったかのような恥らひを持って俯き加減にしがみついてくるような事態に陥るのと同程度であるのかもしれない。

いや、別にそうなって欲しいと思っている訳では断じてない。俺が答えに窮し途方に暮れるだけからな。


まあ、これも絶対に有り得ないと今の俺が断言できる数少ない事の1つであるから、その心配も無い訳だが。


・・・・・・閑話休題。もう話を逸らすのは止めだ。

問題の、俺のその本当は絶対すべきだったのにも拘らず「しなかった事」だが、
まず俺は先々週から先週に掛けての丸1週間、朝比奈さん及び未来に係わる、とある事件に係りっきりだったのだが、その一環としてどうしても必要とされた条件を満たすため、不思議探索の際、長門と俺が組むよう、長門に班分けのくじ引きの結果を操作して貰った。

長門のなにがしかの工作により、予定通り同じ班になった俺達が連れ立って図書館まで行くと、短期的未来から来た朝比奈さんが、俺としては予定通りに、長門としては突然に、待っており、そこでやっと長門に対してくじ引きの班分けを操作をして貰った理由を全く説明していなかった事に思い至り、あわてて説明した。

長門と別れた後、あの朝比奈さんが困惑しつつも怒り出し「ちゃんと長門さんに謝っておいてください」との通告を受け、俺としてはその後ちゃんと謝ったつもりだったのだが、どうも不十分だった。・・・・・・らしい。


朝比奈さんの態度を鑑みるに、これはどうやら相当に重大な意味合いを持つ致命的失敗のようだ。

なのだが、本当に申し訳ないのだが、実はまだ俺には本当の理由がピンと来ていない。

いや確かに、我ながら事前説明をしなかったのは、かなりどうかしていた。


言い訳でしかないが「長門だから、そこら辺はもう説明せずとも理解しているのだろう」という甘えもあったとも言えるし、不可解な事件に巻き込まれその渦中にあった俺の脳が限界を超えて働き過ぎていた為に、処理し切れなかった。という言い訳もできるかもしれない。

しかしながら、俺の凡庸なる記憶力をもってしても、「あの時」黒い液晶画面に映された文字を憶えていないわけではない。

正直、少し忘れかけていた時期があった事も認めざるを得ないけどな。


・・・・・・。


・・・・・・しかしなぁ。一緒に図書館へ行ったとは言えども、よもやすぐに寝ちまった奴とまた行きたいっていうのは無いだろう。

俺の知る中では最強の愛読家である長門だが、あの時は図書館というものに触れる事自体初めてだったようだから、当然そこら辺りが長門の心の琴線に触れたのではないかとは思うのだが。

色々考えてはいるのだが、考えるほどに謝罪不十分と判断される根拠が思い当たらん。
いや、流石に謝罪が十分だったなどと断言できるほど傲慢では無いつもりだが、遅ればせながら理由も全て説明したし、納得もしてもらえた。
・・・・・・と、思う。

相手がハルヒなら謝罪不十分と取られる根拠も理解できる。感情に理論は通じないからな。
だが、長門に理論が通じない日が来たなら、それは恐らくこの世の終わりなのではなかろうか。
いや、長門に感情が無いなどとは断じて言っていない。

ただ長門ほど理論が通じる相手は、地球上にもそう居ないだろうというだけで。
・・・・・・これも断言はできないけどな。色々な意味で。


それともなにか、やはり感情に理論は通じないという事なのだろうか。


感情に理論が通じない、そうだな、仮定すると、「俺からくじ引きで一緒になるように頼まれる事」が「嬉しい事」だったので、期待していたが、実際はそういうことではなく、必要性があった為の注文であり、また、事前説明も無かったので・・・・・・「裏切られた」「利用された」と感じた。という事か?


確かに、仮にこれがもし正しく、長門がそう感じているのなら、原因も理解してない俺の謝罪で許せという方がどうかしている。


だが待て待て。これは仮定の段階で崩壊している。
そもそも、これだと長門が俺に対してまるで恋心を持っているかのようだぞ。っはっはっは。スマン、谷口。それから全校の隠れ長門ファン。
というよりも、長門。スマン。妄想が過ぎた。


もしくは、俺が「長門ごときに説明しなくとも、どうせ人間でもないしどうでもいい」と・・・って、流石にそんな風には思われてないだろう。
もしそうなら俺は今すぐここで永眠するね。


・・・・・・自分が緊張しているからなのか、はたまた長門の心が閉ざされているためか、それとも両方からか。

今日もまた長門の表情からも、以前は心地よかった俺達の間の静寂からも、何も読み取ることができない。


巨大な喪失感が、ひんやりとした感触を伴って背後から押し寄せてくる。


どうせなら、朝比奈さんも何が問題なのかはっきりと教えてくれればいいのだが・・・・・・。
彼女曰く、「それでは意味が無い」んだと。

・・・・・・やれやれ。

 



今日から数えて5日前の2月15日、朝比奈さん手製チョコレート争奪あみだくじイベント後の部室での事だ。

「皆が帰っても残ってください」と、朝比奈さんに言われていた俺は、さて、なんの用だろう。何かこれは期待してもいい前兆なのだろうか、それともまたしても何がしかの最優先事項が発生して、どこやらいつやらへ一緒に行くことになるのだろうか。いやいや、流石に今日またって事は無いだろう。などと考えつつ、わざと忘れておいた鞄を取りに戻ると、制服に着替えを終えた朝比奈さんが開口するなりこう言った。

「で、どうなりました?」

と、朝比奈さん。いきなり仰られましても。


どんな表情でも愛らしく思えるはずの朝比奈さんのお顔が、今ばかりは少し怖い。
なんというか、弟の失敗を叱る姉のような表情だ。

「ちゃんと謝ってくれました?」


「ああ、長門ですね。ええ、謝っておきました」


「ちゃんと?しっかり?」

「・・・え、ええ。そのつもりですけど」


少し不安になる。が、
ふっ。と息を漏らした朝比奈さんの顔が少し緩み、優しい姉のような表情になる。それを見た俺も少し安心する。


「そっか。ならいいの。長門さん、ちゃんと納得してくれてました?」

「そう思いますけど」


「長門さん、なんて言ってました?あ、でもキョン君相手でも、あんまり言葉にはしないかな?」

「そうですね。「そう」とだけ言ってましたけど」

「まさか、なんですけど、あたしに言われたからだ。って、言っちゃったりしてない、です・・・よ・・・・・・ね」

言いながら、俺の表情の変化を眼で追っていた朝比奈さんは、言葉による回答を得るまでもなく理解し、口が次第に重くなる。目が、表情が曇っていく。


何か、取り返しの付かない恐ろしい失敗をしでかしてしまったのではないかという不安が、背中の辺りから首筋にかけてビリビリという感触を伴って這い上がってくる。


「キョン君?」
そう問いかける朝比奈さんの顔は、悲しみとも、落胆とも、怒りとも取れるなんとも複雑な表情をしている。

「・・・・・・はい」
それ以上言葉が出てこない。

「あなたって本当に・・・・・・・・・・・・」


急に大きく息を吸い込んだ朝比奈さんを見て、何事か怒鳴られるのだろうと内心ビクビクしていたが、暫く止めた息をそのまま強くフーっと吐き出すと、震える声でこう言った。


「全然ダメ!もう、完全に失敗です!あーもう、釘を刺しておくんだった。そんなじゃあんまり長門さんが可哀想。私はしょうがないっていうか、それに・・・あ、ええと、長門さんはでも、・・・ああ!もう!!なんであなたは、そんな所だけ素直なのっ?!」

「・・・・・・はい。ええと、まずかったの」
「まずいに、決まってるでしょう!!!」

ぷいっと背を向けた朝比奈さんの肩、そして部室に差し込む夕日の逆光で輝く髪が、小刻みに震えている。

朝比奈さんの怒っているのも初めて見たが、普段の彼女は意識的に人の言葉に被せて発言するようなことは絶対になく、増してや怒鳴ろう事があろうなどとは夢にも思っていなかった。しかもそれら全ては俺1人に向け、1度に発せられているのだ。


ハルヒの傍若無人な振る舞いにも、今まで1度も本気で怒ることの無かった朝比奈さんを、こんなにも怒らせてしまうとは。


これには本気で面食らった。


俺はどうやらハルヒでさえ踏み越えない人の心の壁を、土足で踏み込むどころかブチ破ってしまったらしい。

自分の頭から血の気が引いていく音がする。


「・・・・・・・・・・・・

 

それじゃあまるで、私に言われたから、口先で謝ってるだけみたいじゃないですか

 

・・・・・・・・・・・・」


自分の喉が、唾を飲み下す音がやけにうるさい。

なんだ?
なんだ?
どういうことだ?
そんなにまずいことだったのか?
俺は長門に何をしてしまったんだ。

1分程そうしていただろうか。いや、10分だったような気もする。


急に振り返った朝比奈さんの顔は、厳しい、でも優しい姉の様相に戻っていた。

「キョン君」


「はい」


「わたしが、古泉君にもお願いして、そうね、今度の日曜日、1日キョン君と長門さんが確実にフリーになれるように取り計らいます」


「へ?」

「え?じゃないの。長門さんとあなたが、ううん、みんなが仲良くしている事は、・・・・・・あ、そっか。でも、それだけじゃなくて、わたしは長門さんは個人的には苦手というか、あんまり得意じゃないけど、でも、大切な仲間です。そして、キョン君、あなたも」

「・・・・・・はい」


「あなたが長門さんを傷つけてしまったのなら、あなたがなんとかするの。わざとじゃないのは、はっきりしてるし、それは長門さんもきっと解ってる。・・・・・・この場合はそれ自体が問題なんだけど・・・・・・。でも、わたしも、それにきっと古泉君も、協力するから、後はあなた次第です」

「・・・・・・ええと」


「とりあえず、この前のお詫びとして、長門さんを図書館に連れていってあげて。後は・・・そうね、何か形に残るものをプレゼントしてあげるのもいいかな」


「ええとそれって?」
「とにかく、そうするの!」


「へぁい!」

うろたえる余りひどく間抜けな返事をしてしまった俺に対して、思わず吹きだした朝比奈さんが久しぶりと思える笑顔を見せた。

「急に怒ったりして、ゴメンナサイ」
そう言ってぺこりと頭を下げる。

「それに、原因はわたしにもあります。キョン君がいつものように色々気を配る心の余裕を持てなかったのは、きっとわたしがキョン君に頼ってばっかりで不甲斐なかったから・・・・・・。ほんとにごめんなさい」


「い、いえ、とんでもない。というか、朝比奈さんが、その、俺のことを考えて叱ってくれたってのは、分かりましたし、それに、これは俺と長門の問題、というか、俺の問題かな。という気がします」


そう言うと、朝比奈さんの表情は、喜んでいるような、今にも泣きだしそうな、そんな顔になった。


この天使の生まれ変わりのような朝比奈さんを怒らせ、怒鳴らせ、その上泣かせてしまったとあっては、俺はこの先どうやって生きて行けばいいのだ。慌てた俺が、


「あ、でも、形に残る物って言っても、俺、どうしたらいいか」
と言った時、朝比奈さんも何か言っていたような気がした。自分の声でかき消きえてしまったが。

「・・・・・・そうね、金曜日、みんなが帰った後なら、あたし、時間を空けておけます」
「はい?」

「・・・・・・・・・・・・」

「あ、ああ、じゃあ、どうしたらいいか、考えるのを手伝って頂けませんか?」


「どうしても、って言うなら」


「じゃあ、どうしても、お願いします」
そういって頭を下げた俺に、


「うん、どうせなら、良いものを選んであげないとですね!いつもお金、大変だろうけど、今回だけはお金で買えるなら安いと思います」


はは、確かに金は無いですね。
ああ、それからもうひとつだけ。


「はい?なんでしょう?」


「さっき、なんて言ったんです?自分の声で聞き取れなかったんですが」


そう質問する俺に、初めて見た時よりだいぶ様になってきたウィンクをしながら、人差し指を唇に当ててみせた朝比奈さんは、何も言葉にこそしなかったが、言いたいことは顔を見れば解った。


「禁則事項」だな。本当はなんだったんだろう。

しかし、その時の朝比奈さんと話していると、まるで朝比奈さん(大)のような錯覚がしたね。




ふと気が付くと、俺は高そうな女物のビジネススーツを着せられた白いマネキンに目を据えながらかなり長い間呆然としていたらしく、隣に立った長門の、ショーケースの中の黒真珠のような目が俺をじっと見つめていた。


「ああ、すまんすまん。これは流石に違うよな」


こんな物が似合いそうなのは、俺の知人では朝比奈さん(大)か、森さんぐらいだ。というか、それ以前の問題だな。
何をやっている。・・・・・・俺。

「他の店、行ってみるか」


我ながら引きつった笑いを浮かべたと思い、急いで顔を逸らし先に歩き始める。
長門は何の反応も示さず、無言でついてくる。

いかん。長門の目を直視できない。

ウィンドウショッピングとは言ったが、買う物は1つ決まっている。いやここは正確に「決められている」というべきか。選んだのは殆ど朝比奈さんみたいなものだしな。


なんとなくぶらぶらしつつ、1人では多分一生入りそうに無かった洒落たブティックなどを冷やかしつつ、目的のジュエリーショップに向かう。

長門は音もなく後をついてくる。
いつもにも増して存在感が希薄な長門を、時々横目で確認しつつ緊張を隠すようにゆっくりと歩く。

・・・・・・どうせ何も隠せやしないのだが。



困ったことになった。
目的の品が無くなっていたのだ。


朝比奈さんと色々見て回った結果、俺の所持金と照らし合わせても無難な線で、値段にしては綺麗だったイヤリングに決めていた。

それが無い。昨日にでも売れてしまったのだろうか。


しかし、まさか朝比奈さんと下調べをしていたなど、今度ばかりは口が裂けても言うわけにはいかない。店員に聞くわけにもいかず、俺はかなり焦った。

どうする。しまったな。こんな事なら買って置いて渡せば良かった。
俺のセンスで何か女の子へのプレゼントを咄嗟に選ぶ自信は無いぞ。

などと考えていても致し方なく、他に何か良い物は無いかと探す。
と、長門が何かに興味を惹かれた様で、何かを見つめている。


「これ。・・・・・・なに?」


「ん、ああ、それはオルゴールだな」

なるほど、実際にオルゴールを見るのは初めてなのか。というより、そういえば今日初めて声を聞いた。

長門の顔に、納得したというような気配が一瞬流れる。
まあ、小説にも出てくるであろうアイテムだしな。いや、長門はそんな安っぽいのは読まないか?ああ、安っぽいというのは俺の主観だが。


1つ手近なオルゴールの蓋を開けてやると、繊細なメロディーが流れ出る。

 

ぱち。っと1度だけ瞬きをした長門は、そのまま静止して控えめに装飾された小さな木の箱に注視している。


俺が子供の頃持っていた物とは質が違う様だな。音の数も多いのか?

それに、流石ジュエリーショップに置いてある物だけあって、中を覗くと少々凝った造りをしている。
シリンダー(円筒部分をそう呼ぶらしい)が回転するのに合わせて、細工された穴だらけの銀色の円盤が2枚、ゆっくりと回転し、その上に窓のついた板が乗せられている。窓から円盤の見える部分だけを見ると、まるで雪の結晶が降っているかのように見えるという訳だ。


・・・・・・なるほど、値段も安くない。買おうとしていたイヤリングよりも全然高い。

しかし、壊れやすそうだな。コレ。

 


長門、気に入ったのか?

 

「よし、1つ買ってやるよ。曲がそれぞれ違う筈だから、色々試してみるといい」
そう言うと、ゆっくりと視線をオルゴールから俺に移した長門は、まるで「いいの?」と問いかける様に僅かに首を傾げる。

「ああ、長門にはいつも世話になりっぱなしだ。・・・・・・こないだの事も、本当に悪いことをしちまったしな。だから、感謝の気持ちと、それからお詫びだ」


長門は視線を小さな箱へと戻し、しばらく固まっていたが、今しがたゆっくりと音の止まったその箱に手を伸ばすと、緩慢な動作で蓋を閉め、それをそのまま俺に差し出す。

「他のは、聴いてみなくていいのか?」

 


俺の目を至近距離から捉えている二つの磨かれたばかりのブラックダイヤモンドが、さっきまでの俺の緊張をまるで無かったかのように霧散させて行く。


「・・・・・・いい」

「・・・・・・そうか」

 


俺と長門に満遍なく笑顔を振りまきつつ対応する、明らかに俺たち2人をカップルだと誤認したらしいレジの店員に、使い方やら、もし壊れた場合どうするのか。などを聞いておいた。まぁ、長門なら壊れてもすぐ直してしまうかもしれないけどな。


しかし、この出費はかなり痛いぞ。
どうすっかなぁー。


オルゴールを入れた紙袋を大事そうに抱える長門を見ていたら、この際そんな事どうでも良くなった。

 

 


次の日。

放課後部室へ入って間も無く、長門がコンピ研に緊急事態とやらで呼ばれ、読みかけの本を閉じ出て行くと、既にメイド服を着込み、お茶を淹れる準備をしていた朝比奈さんがここぞとばかりに聞いてきた。


「ね、図書館へは行きました?」

ええ、ショッピングの後、昼飯を食って、それから行きましたよ。今度は寝ないように頑張りました。


「うふ。ね、なんか、前より仲良くなってません?」

そうですか?俺としては元に戻ったという感じがしますけど。


「そうかなぁ~。うん、まあ~、それならそういう事にしておきましょう」
あ、なんかちょっと嫌な感じですね。それ。


それまで横で黙って聞いていたミスター・スマイリーフェイスこと古泉が、

「我々も結構大変でしたよ。何せ貴方がいらっしゃらなかったのでね。どうも涼宮さんは、僕と朝比奈さんだけではご不満のようで」


「・・・・・・まあ、5人揃ってのSOS団だからな」


「いえ、・・・・・・そうですね、同感です。ですから今回機関も力を貸してくれた訳ですが、僕が本当に言いたいことはもうお解りでしょう?」

い~や。全く解らないね。想像だにできん。何度言わせる気だ。

「だがまあ、一応礼は言っておく。今回の件では、世話になった。いや、今回の件でも。か。朝比奈さんも、本当にありがとうございました」


あなたのおかげで、大切な仲間の信頼を失わずに済みました。


・・・・・・しかし、仲間の信頼を得るのにイヤリングをプレゼントってのも、繋がりが掴めないよな。まあ、オルゴールでも同じようなもんだが。

・・・そうだな、長門も女の子って事か。

そう考えると、少し心に引っ掛かる物があるのは、何故だろう。


「いえいえ、とんでもないです。あたしの方こそ、あの時は強く言い過ぎちゃって。ゴメンネ。・・・ところで、プレゼントはどうしました?」


背中を向けて何やらモゾモゾやっていた朝比奈さんが振り返りながら聞いてくる。
そうそう、実は大変だったんですよ。あのイヤリングが・・・

「って?!朝比奈さん?そのイヤリングはもしや・・・・・・」


まるで俺の妹のような所作で、軽く握った右手で自分のこめかみをコツンとやり「てへっ」と舌を出した朝比奈さんの耳には、あの時売っていたら買う予定だったイヤリングが光っている。


「やっぱり、プレゼントぐらい自分で選ばないと駄目ですよぅ。大切なのはコ・コ・ロです!」

言葉が出ない。・・・・・・しかしそんなもんかね。

それにあのオルゴールは長門が自分で見つけたようなものなんだがな。


「でも、そのためにわざわざそれを、しかも先回りして買ったんですか?」

「いえいえ、実はこれ前からいいな~って思ってて。丁度いい機会だし、買っちゃえ!って。最初からこうするつもりでしたから。こうでもしないと、キョン君、自分からは何もしなかったでしょう?」

・・・・・・ますます言葉が出ない。



「ところでご相談があるのですが。今回かなりの出費だったご様子ですが、もしよろしければ」
「断る」


「まだ僕は何も言ってませんが・・・・・・まあいいでしょう。貴方にもちゃんとお解りのようだ。全て、ね」

そう言って気味悪くクスクス笑っている古泉は放っておく事にする。

 


そこへ長門が戻ってきた。
俺たちはそれぞれいつもの日常へ戻る。
古泉が適当なボードゲームを選び、朝比奈さんがポットの湯の温度を計り始める。


いつもの椅子に座った長門は、いつものように本を1冊膝に乗せると、今度は鞄から小さな箱を取り出して、スカートの上に乗せ、開いた。

小さな箱からメロディーが流れ出す。



まさか、長門がそれをここへ持って来るとは全く思ってもみなかった俺は、かなり意表を突かれた。朝比奈さんと古泉も、驚きの表情で長門とその小さな箱を見ている。

「綺麗な音・・・・・・」
ウットリとする朝比奈さん。お湯、もう沸騰してますよ。

「僕が幼少の頃持っていた物よりもずっと良い音がします。これは「パッヒェルベルのカノン」。ですね?」


なんだよお前、俺と同じ感想とは気持ちが悪い。まあ、俺は曲名も作曲者も知らなかったが。そういや、裏にでも書いてあった筈だな。気付かなかった。くそ、なんか無性に腹が立つ。


「(いえ、「愛の喜び」などでなくてほっとしましたよ。あれがそのプレゼントなのでしょう?)」
顔が近い。と、何度言わせる。古泉。


ふと気付くと、長門は本には目を落とさず、真っ直ぐ俺を見ていた。

そうか、そんなに喜んで貰えたら、そのオルゴールも幸せだろうよ。俺も幸せだし、俺の財布もきっと幸せだ。



ガチャバッッガン!!!

突如として、儚い小さな箱が奏でる繊細な旋律をかき消し轟音が響き渡った。
「おっくれてゴッメーーーン!!」
と、笑顔満員御礼で入ってきたのは説明するまでもなくハルヒだ。


どうでもいいがお前、ドアぐらいせめてもう少し普通に開けられんのか?
機嫌が良いのは、まあ、悪いよりはいいが、ドアの前に誰か居たらどうする。
古泉なら別に構わんが、朝比奈さんや、長門や、朝比奈さんに怪我でも負わせたらどうするつもりだ。


「ん?」
と、長門を見るハルヒ。すぐにオルゴールに気付き、

「お、有希、可愛いもの持ってるじゃん!見せて見せてっ!」

先程から俺を凝視したままだった長門は、ゆっくりとハルヒに目を向けると、大事そうに手のひらにオルゴールを乗せ、これまたゆっくりとハルヒに向ける。

「へ~え!かわいぃっ!雪が降るんだ。ピッタリじゃん。どうしたの?これ」

「貰った」
と、長門。

それまで機嫌大快晴、笑顔前線満開中だったハルヒは、突然、時間差で電波をキャッチした現地リポーターのように怪訝そうな顔つきになった。


・・・・・・ひしひしと嫌な予感がする。うん、ひしひしってのはこういう事を云うのか。なるほど。


「ねぇ、有希?ソレ、誰に貰ったの?うん、なんか、聞かなくても判るような気もするんだけどね」

ハルヒの、長門に向けられた、見ているとこちらの目が瞑れそうな程に眩しい作り笑いが、圧倒的な無言のプレッシャーを、全く目も向けていない俺に向けて放出している。気がする。

そして、またいつの間にか俺の監視任務を再開している長門。お前の観察対象はハルヒではなかったか?今俺に視線を向けると、あらぬ誤解を・・・・・・いや、誤解ではないのだが、その方が余計にマズイ。


マネキンのように真っ白な顔になって固まっている朝比奈さん。さっきからお湯が沸騰してますよ。
古泉の顔は相変わらず清々しいまでのエセスマイルだ。いや、少し無理っぽさが増したか。

いつの間にか、白熱したハルヒの笑顔がそのまま、脱獄囚を照らすサーチライトのように真っ直ぐ俺に向けて固定されている。

カッと見開かれた、顔とは対照的に全く笑みの欠片も感じられないその両目は、恐らくその気になれば10秒で地球を貫通しそうな勢いのハルヒビームを、俺の顔面に向けて今正に照射せんとしている。気がする。

 


さあ、どうしたもんかな。これ。
だから、どうしてこう、困った時にこそ落ち着いてくれないかなぁ。我が肉体よ。
どうやらこんな凄まじい脈拍と汗では、長門は無論、ハルヒだって絶対に誤魔化せないのだが。やれやれだ。

さて、ハルヒには何を買わされる事になるのか、古泉の言うバイトとやらを紹介して貰わざるを得ないのか。
もしくはそんな余裕すら与えて貰えず、このまま部室の窓からいつぞやのように放り出そうとされるのか。

やれやれ。どちらにせよ、こりゃあろくな事にはならないな。やれやれ。
ところで、あのオルゴールにはフルオーケストラの演奏機能なぞ、無かった筈だが。
いや、古泉、この曲名ぐらいはいくら俺でも知っている。葬送行進曲だろ?どうだ。


などと冷や汗、油汗にまみれつつ現実逃避していると、ゆっくりとハルヒに視線を戻した長門が一言だけ発した。

 

「パパ」

 



・・・・・・・・・・・・ええと、・・・・・・だな。

長門の発言の中から、無意味であった事を探そうとする事ほどに無意味な事は、SOS団の略称から正式名称を推測しようと努力する事の他にはまず存在しないであろうというこの歴然たる事実は長門との長くも短い付き合いの上でかなり早い段階に俺も学習している。その長門をしてこの「パパ」という単語を、長門有希大百科辞典に記載された誤魔化しの為の方便に選択可能な他のありとあらゆる当たり障りの無い膨大なる語彙の一切をことごとく放棄せしめ敢えて選択させたというこの事象からは、そこに何らかの深遠かつ強固なる長門自身の自覚的もしくは無自覚的意図が介在すると断定して差し支えないという当然の結論に達する。

であるからして、ごく自然、且つ自動的に、とある疑問がここに生じる訳だが、それは一体全体どういった意味合いでの「パパ」を指すのであろうか?

非常に気になる所だが、ハルヒが納得した様子でもある事だし、ここはあえて触れないで置いてもいい。

いや、むしろ触れないで置きたい。

・・・・・・・・・・・・触れないで置こう。

 


それはそうとなぁ古泉よ。
吹き出しそうな所を更に作った笑顔でこらえるってのは、いくら作り笑いコンテスト優勝候補筆頭のお前でも無理があるだろう。


お前の顔、今、正しく配置した後に裏面からワンパンチかました福笑いのようになっているぞ。
そのままトイレへ行って、鏡で確かめてみるといい。
今度こそ本当に心の底から笑えるぞ。きっと。
ああ、それから出て行く時は鞄も忘れず持ってけ。

・・・・・・それとも試しに今俺が前面からワンパンチかましてみてやろうか?意外にあっさり元に戻るかもしれん。

 

 

 

おわり

 

「こわれもの」 「につき」 「」 


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