昔の人が残した言葉にこんな諺がある。
『光陰矢のごとし』
まったくその通りだとつくづく思うね。なんせ気付いたらもう大学4回生になっていたんだからな。
おれの中ではつい最近まで高校生だったのに、いつの間に大学生になったんだろうか。おれの年齢は18歳で止まっている気がするが、大丈夫なのか?おれ。…うん、きっと大丈夫だ。そう信じよう。
こんなおれだが、大学に入れたのも全てハルヒのおかげである。
それと言うのも、ハルヒの指導によりなんとか公立大学に合格することができたのだ。高2の時の成績を考えれば世界から戦争がなくなるくらいに信じがたい事ではあるな。
ま、要するにおれは血の滲むような努力をしたという訳であって、それでもハルヒと同じ大学に入る事ができなかったのは出来の悪いこの頭のせいだと言う他はないんだが。
 
そのハルヒはというと、当然のように国立大学に入学した。
他のSOS団のメンバーである長門、朝比奈さん、古泉もみんな散り散りになってしまった。
古泉がいつしか言っていたように、ハルヒの力が弱まりつつあるため今は近くで常に監視する必要はないらしい。
が…
「世界にはまだまだ知られざる秘密が眠っているわ!世界の為にもあたし達の活動は必要なのよ!」
とか言い出したハルヒがこれまたSOS会なる不思議研究会-見学に来たはものの、結局入会する生徒はいなかったが-を創設し、元北高のSOS団の面々は学校が終わった後も収集されることとなった。
やれやれ。おれ達が発見できる様な事なら既に学者が発見してるよ。
それにしても大学に入ってまでハルヒに振り回されるなんて可哀想な奴らだな…。
え?おれ?
ああ、おれはいいんだ。慣れてるし、何よりもう付き合ってるんだからな。振り回されるなんていつもの事なのさ。
それにハルヒのおかげで高校の時と同じメンバーで楽しくやってこれたんだから言う事無しだ。

 
そんなこんなでいつしか数年が過ぎ、楽しい学生生活がそろそろ終盤にさしかかった。
それぞれの就職先が内定し、仕事の準備が一段落した春も近い頃。
 

空は透き通るような青で雲一つない。出かけるには絶好の晴れ日だが、おれは部屋の窓から射す光を浴びつつ携帯を握りしめていた。
汗ばんだ指で通話ボタンを押し、携帯を耳に当てる。
仕事が内定したことである覚悟を決めていたのだ。付き合い始めてからもう5年以上経つ…そろそろいいだろう。
しかしこの話はハルヒと直接会わないことには始まらない。そこで誘いの電話を今かけているというわけだ。
1コール…2コール…3コール…。
…なかなか出ないな。
コール音が4回鳴っても返事が無いのでかけ直そうかと思った時、威勢の良いハルヒの声が鼓膜を振動させた。
《はいはい!ってなんだ、キョンじゃない。何?》
耳元で叫ぶな。おれじゃなかったらどうするつもりだ。
「なんだはないだろ…ところで今晩、映画見に行かないか?見たいやつがあるんだ」
《あんたにしてはやけに急じゃない。まあいいわ、何時?》
おれは時間と場所を告げ、電話を切った。
よし、これで準備は万全だ。あとは緊張しないで言えるかってことだな。
 
 
 


数時間後…
 

映画館は中々に混雑していた。
おれがチョイスした映画はファンタジー物で、最近映画化されたのだ。
その内容は…だいたい「ロード・オブ・ザ・リング」と同じのを想像してもらえれば良いと思う。ただし最後まで残る連れが女性であり、二人が恋に落ちるところが大きな違いだ。
 

しかし映画館から出て来たおれ達の表情は予想していたほど楽しげではなかった。先に言っておくが別にケンカした訳ではない。
そう、よくある話だ。原作は良作だったのに、3時間に詰め込んだおかげで何が何だかわからなくなってしまうという事が。
「迫力はあったけど、話がよくわからなかったわね」
ハルヒも内容理解に悩んでいるようだ。確かにこれは原作を読んでいないと理解するのは難しいだろうな。
「映画はいまいちだったな。だけど原作は面白いんだぜ」
 
映画館からの帰り道、おれは原作について詳しく語った。
仲間達との語られなかったストーリーや主人公とヒロインが紆余曲折を経てああいう結果になった事、Etc.
夢中で語るおれの話に時々質問を織り交ぜながらハルヒは良く聞いてくれている。
ハルヒも変わったな…。高1の頃からは考えられないほどに大人びたのは気のせいではないだろう。少なくともデート中に関しては。
 

そうやって感慨に耽っていると、ふとハルヒが両手を擦り合わせ、息で手を温め始めた。
曇って来たせいだろう。
「寒いのか?」
「うん、ちょっとね」
本当にちょっとだけならそんなことはしないだろ。
おれは何も言わずハルヒの手を握りしめ、そのまま上着のポケットに手を突っ込んだ。
だってこうした方が暖かいだろ?
「うわ、お前手冷たいな。心まで冷たいんじゃないのか?」
「な、なんでそうなるのよ!?」
「ハハ、冗談だよ」
「もう…」
ハルヒの手の冷たさを文字通り肌で感じながら温めようと頑張っていると、ハルヒが身を寄せてきた。
肩が触れ合い、二人の距離が限りなく0になる。
「そんなに寒いのか?」
「違うわよ。ただ…」
ハルヒは少し照れくさそうに言葉を濁した。
まったく…こういうところだけは昔から変わらないな、こいつも。
「ただ?」
「…こうしてたいだけ」
「そうかい」
ハルヒさえいれば全世界が滅んでもいい。そんなくさい事を考えてしまうほどにおれは幸せだった。
 

-この幸せがいつまでも続くと思っていたんだ…終わりがすぐそこまで来ているとも知らずに-
 

そうしていかにもカップルらしく歩くのもつかの間、駅が見えてきた。
デートの始まりの場所であり、終わりの場所でもある。
「そろそろお別れね」
元SOS団集合場所の辺りまで来た時、ハルヒは残念そうに笑いかけた。
―今しかない―
「大事な話がある」
手を離して帰ろうとしたハルヒを呼び止め、ベンチに座るように促した。
ハルヒは黙っておれの横に座りこむ。
緊張で心臓が高鳴り、心拍数も上昇している。外は寒いはずなのに体はやけに熱い。
声が上ずってせっかくの言葉を詰まらせてしまいそうなので動揺が収まるまで待つことにした。
ハルヒはどんな反応をするだろうか。経済的余裕はあるんだろうか。あぁヤバい、余計に緊張してきた…落ち着け、精神を集中させろ…。
「……………」
長い沈黙が続き、耐えかねたハルヒが何か言おうとしたが、それを遮って切り出した。
「おれ、高1の時も高2の時も成績が悪かった。それで3年になった時初めて気付いたんだ。このままじゃハルヒと同じ大学に行けないってな。だから死にもの狂いで勉強して、なんとか公立大学に合格できたんだ。同じ大学に入る事はできなかったけどな。なんでこんなことが出来たのか…それはなハルヒ、全部お前のおかげなんだよ。お前がいたから頑張れたんだ。もしハルヒがいなかったら…そうでなくても、もしただの友達だったら、努力もせずにダメな人間になってただろうな」
「何が言いたいの?」
そこで一呼吸置いてから話を続ける。今のは言う間でもなく前置きだ。
「つまりだ。おれはお前がいなけりゃダメになっちまう…おれの人生にはお前が必要なんだよ。ハルヒ…」
ハルヒはその引き込まれそうなくらいに愛らしい瞳におれを映し、黙って続きを待っている。
告白した時も確かこんな感じだったな…。
おれはハルヒの目を見据え、覚悟を決めた。
「おれがお前を養ってみせる。だから…結婚してくれ」
…ふぅ、全部言えたよ。後はハルヒの返答を待つだけだ。
しかしハルヒはうつ向いて黙っている。
まさか…。
その時、ハルヒの頬を光る粒が流れ落ちた。
「ハルヒ…大丈夫か?」
「バカ。大丈夫な訳ないでしょ…あんたがそんな事いうから」
拒絶されるのではないかと心配になったがどうやら杞憂だったようだ。
ハルヒは目を閉じて涙を流してはいるものの、口元は優しく笑っていた。
それが何を意味するのかぐらいはおれだってわかる。いくら鈍感なおれだってそれくらいはわかってるつもりだ。
安堵に浸っていると、ハルヒが涙を拭いてもたれかかってきた。
「…嬉しい」
「それじゃあ…いいんだな?」
「だって断る理由がないんだもん」
おれはハルヒを強く抱きしめ、囁いた。
「ありがとな」
「それあたしのセリフでしょ」
「そうだっけか」
正直どっちでも良かった。気持ちが伝わればそれでいいんだから。
 

 
それからおれ達は暫く新しい家庭について語り合った。家計の事、仕事の事、家事の事…。
「これからはハルヒの手料理が毎日食べられるんだな」
「任せなさい!毎朝目玉焼き作るんだから。言っとくけど、飽きたって言っても無理矢理食べさせるからね」
「勘弁してくれ」
そんなことを言って笑いあった。
新しく始まる生活に胸躍らせ、期待や不安、その中で強く幸せに、二人で人生を歩んで行こうと誓い合った。
 
-その時のおれ達は希望に満ちていた。そう、この時までは-
 
 
 
 

話の流れで明日ハルヒの家に挨拶に行くことになった。
「早めに言っといた方がいいでしょ」との事。まったくせっかちな奴だな。
そこまで進んだところで話がまとまり、時間が時間なのでそろそろ帰ると言い出した。

 
ハルヒの家には何度か行ったことがあるので大丈夫だと思うが、緊張してヘマをやらないようにしないとな。
ハルヒの事だ。断られて駆け落ち、なんて結末になりかねない。
「明日家で待ってるから。じゃあね!」
手を振って駅の方に向かう後姿をそこで見送ることにした。
トラックが勢い良く走ってくるのが見え、それが通り過ぎるまで待つためにハルヒが横断歩道の前で立ち止まる。
さて、そろそろおれも帰るか。そう思って帰ろうとした次の瞬間。
何処からともなく人影が現れ、ハルヒをトラックの進路めがけて突き飛ばした。
「危ねえ!!」
しかしおれの叫び声は意味を持たなかった。
 
 

ドガッ!
 
 

思わず顔を背けたくなるような嫌な音が曇った空に響いた。
ハルヒを吹き飛ばした後もトラックは止まることなく走り続け、逃走した。さっきの人影もいつの間にか居なくなっている。
両方ぶっ殺してやりたいが今はハルヒが先だ。
「ハルヒ!」
おれは急いで救急車を呼び、ハルヒに駆け寄って抱き起こした。
「おいハルヒ!しっかりしろ!」
ハルヒは申し訳なさそうに虚ろな瞳をおれに向け、力なく言った。
「せっかく…結婚しようって…決めたのにね。…キョン…あたし…死んじゃうのかな…?」
死への恐怖からか、約束を果たせなかった事への無念からか、ハルヒの目には涙が浮かんでいた。
「何バカなこと言ってんだ…お前らしくもない。それに毎朝目玉焼き作ってくれるんだろ?おれが飽きても無理矢理食わせるって言ってたじゃないか。それはどうするんだ」
「ごめん…ね」
「謝ってんじゃねえ、生きろよ……おれをおいて死ぬな!」
「ごめん…でも…あたし、キョンに逢えて…ホントに良かった……ありがとう…ゲホッ、ゲホッ」
「おい!もうそれ以上喋るな!」
口から血を流し、咳き込んでいたが、ハルヒはそのまま続けた。
「…ねぇ…最期…の…お…願い……が…ある…の…」
ハルヒは段々と声が小さくなり、息も弱くなってきていた。
お前のためなら何だってしてやる。
「何でも言ってみろ」
「キ…キス…して」
おれは手を握り、迷うことなく唇を重ねた。
しかしハルヒの唇は冷たく、血の味しかしなかった。
 
ほんの数秒後だった…おれが握っていたハルヒの手から力が感じられなくなったのは。
唇を離し、目を開けた時…ハルヒはこの世を去った後だったのだ。
「おい…ハルヒ…嘘だろ?冗談キツイぜ…なあ、嘘だと言ってくれ…おい…起きろよ…起きろよ!」
しかしいくら揺すっても目を覚まさない。
目を閉じたまま物言わぬ亡骸になってしまった。
ハルヒはたった今死んだのだ。
「あ…あぁ…うわあああああああああああああああ!!!!!」
おれは目の前の現実を受け入れることができず、ハルヒを抱きしめ、叫び、泣いた。
しかしいくら叫んでも哀しみは薄らぐことさえなかった。そんな簡単に消えるもんじゃない、消えてたまるか。
頬を伝って流れ続ける涙の粒がハルヒの服にシミを作った。
 

泣き続けるおれ顔に当たって冷たい滴が弾ける。
雨だ。
その雫は次第に数を増やしていく。
そんなに時間がかからない内に土砂降りになったが、おれはずぶ濡れになりながらもそこを動く気にはなれなかった。
 

何も見えない。何も聞こえない。悲しみで耳がおかしくなったんだろうか。その中で唯一感じるのはハルヒの身体が手にある事だけだ。
しかしそこに命は宿っていない。

 
ハルヒは式を挙げることなくこの世を去った。

 

 
 
 
 
 
…………………
 
ハルヒが病院に運ばれた後。
涙も枯れ果て、おれは白いベッドに寝かされているハルヒの側にいた。
ハルヒは死んだのが嘘みたいに綺麗な顔つきで目を閉じている。本当は寝ているんじゃないかと思うくらいだ。
 

その安らかな顔を見ているとふいにデジャヴがおれを襲った。
こんな事が前もどこかで…そうか、あの時だ。
映画のスクリーンの中、眠った様に死んでいたヒロインを抱き抱えるヒーローの涙。
最期の別れのキスによって奇跡が起きたのだ。
もしかしたら…。
おれは藁にもすがる思いで塵芥ほどの小さな可能性にに願いを込めた。
あのシーンを再現するようにハルヒに顔を近づけ、唇に触れる…。

 

 
ハルヒが勢いよく目を覚まして互いの額がぶつかる…なんてことにはならなかった。
 

当たり前か…これは映画でも何でもない、現実だ。
おれは絶望した。他に考えられる手立てなど無い。
もう…駄目なのか?どうにもならないのか?
昨日まであんなにはしゃいでたじゃねぇか。もう一度あの元気な姿を見せてくれよ。
頼む!何でもする!
 

しかしその願いも虚しく、何も変わる事はなかった。
おれは自分の無力さを痛感し、ハルヒを失った喪失感で暫く何もする気が起こらなかった。
ただ茫然自失として下を向いてうつ向き、床ばかりをずっと見ていた。
…何も考えられない。
 

カチッ…カチッ…カチッ…
 
時計の針だけがこの閉めきられた空間で動いていた。
それからどのくらい経ったのかも解らない。今何時何分なのか、そんな事はどうでもいい。
今のおれには時間が…いや、世界の全てが無意味だったからだ。
何もかも…自分の命さえ。
今死ねと言われれば簡単に死ねるだろう。
…死のう。死ねばハルヒに会えるかもしれない。ハルヒのいない世界になど何の興味もないのだから。
そう思ったおれは屋上に向かった。
途中で何人かとすれ違ったが、屋上には誰もいなかった。
ハルヒに会えるのかな…ああ、もういいやどうでも。
おれは投げやりな気持ちでフェンスを乗り越えた。
後は手を離すだけだ。
「ハルヒ、今行くぜ」
次の瞬間、おれの手はフェンスを離れ、身体は重力に引き寄せられて落下し、地面に激突する瞬間に意識を失った。

 

 

 
 
―…‥・どこだ?ここ。
気がつくとおれは真っ暗な空間にいた。何も見えない。
ああ。そっか…おれ、死んだんだ。
しかしこれじゃ地獄か天国かわからないな。もっとも、そんなもんは人間が勝手に作り出した物であって元々存在しないのかもしれんが。
 
それより、ハルヒにはもう会えないのか?命まで投げ出して来たのに。
まぁハルヒがいないんじゃ生きてても仕方ない、か…なんだ?
突然目の前に直視できないほど眩しい光が現れ、次第に形を変えてゆく。おれは目を疑った。
「ハ…ハルヒ…なのか?」
その光はやがて消え、紛れもなくハルヒがそこにいたのだ…駅前で手を振っていた時とまったく同じ姿で。
「ハルヒ!」『キョン!』
ところがおれの歓喜の叫びとは正反対の怒りを籠めた声でハルヒは怒鳴った。
『このバカキョン!!なんで死のうとしたりなんかしたのよ!バカ!』
何もこんな時にまで怒鳴らなくてもいいじゃないか。せっかくこうしてまた会えたんだしさ。
『でも…今回は有希がいてくれて良かった』
なんで長門が出てくるんだよ。
疑問を持ちつつもハルヒの表情が緩んだのを確認し、おれ達はしっかりと抱き合った。
 
互いの存在を確かめ合う。確かに触れられる…ハルヒだ、間違いない。
『キョン…会いたかった』
「おれもだ。良かった…これからはずっと一緒にいられるんだな」
ハルヒは何も答えない。
『…キョン。あたし、キョンに出逢ってキョンに愛してもらって、ホントに良かった。キョンと笑った時間、過ごした時間が、人生で一番幸せだったんだよ?だから泣かないで、前を向いて生きて』
「な…何言って…」
『…ごめんね、目玉焼き作ってあげられなくて。でもあたしはずっとあんたのこと見てるから。ずっと…ずっと側にいるから。あたしの分まで生きてあたしの分まで幸せになって。あんたが生きてることがあたしの望み…あんたの幸せがあたしの幸せだから』
「お、おい!」
『ごめんね、もう行かなくちゃ。さよなら、あたしの大好きなキョン…今まで愛してくれて、本当にありがとう』
ハルヒはおれの頬に軽くキスをした。
「おい!待てよハルヒ!」
ハルヒの身体が透き通ってゆく。
「おいハルヒ!待ってくれ!ハルヒ!」
しかしハルヒは笑顔のまま表情を変えなかった。
その笑顔は段々段々薄くなり、そして…消えた。
 

「ハルヒ!」
目に飛び込んで来たのは暗闇ではなく、白く彩られた清潔感溢れる個室だった。
そう、おれが飛び起きたのは病室のベッドの上だったのだ。
「ようやく目が覚めましたか」
そこにいたのは古泉だ。
今のは…夢?そうか、夢だったんだ。事故ったのはハルヒじゃなくおれだったんだ。そうだよな?古泉。
しかし古泉は黙ったまま答えない。古泉の顔からはいつもの笑顔が消え、苦痛に歪んでいる様にさえ見えた。
なぁ、何とか言えよ。ハルヒは何処だ?外にいるのか?
「涼宮さんは…もうこの世界のどこにもいません」
…は?いやいやいや。お前まで何言ってんだよ。ハルヒと組んでおれを騙そうって訳か?
おれがそう言うと古泉は真剣な眼差しでおれを見つめ、声を絞り出すように話し始めた。
「辛いのは…僕も同じです。あなたが一番辛いという事も…わかっています。
ですが…現実を受け入れて下さい。いつまでも夢を見ているわけにはいかないんです」
 

……そうだ。
わかっていた…わかっていたんだ…。ハルヒが死んだ時の感覚をハッキリと覚えている。
ただ、受け入れたくなかった。子供みたいにただこねて受け入れようとしなかった。
だってそうだろ?
自分にとって一番大切な人間がいなくなったんだ。誰だって認めたくないに決まってる。
「今回の件は機関の過激派によるものです。申し訳ありません。全て我々の責任です」
高校の時からの付き合いだが、古泉が頭を下げる所など初めて見た。しかし古泉はもとより、機関やその過激派になど何も感じない。
ただ自分が憎かった。おれがあの時側にいていれば…電車に乗るまで見送ってい
れば。
自然と手に力が入り、きつく握った拳がシーツにしわを作った。
約束したのに…守るって言ったはずなのに、おれはハルヒを守ることができなかった。
もう取り返しがつかない。何をしようがハルヒはもう二度と…。
「あなたは涼宮さんの死によって自分を見失い、屋上から飛び降りたんです。それを長門さんが…」
「もういい!!」
おれは古泉の話を遮った。
今は誰かと話す気分にはなれない。そう告げると古泉は気を使って席を外してくれた。
 

病室のドアが閉められて一人になった時、枯れたはずの涙がまた溢れ出した。
「ハルヒ…ハルヒ…ハルヒ…」
ただおれは最愛の人の名前を呼び続けた。それが意味の無い事だと知りながら…何も変わらないと知りながらも。

 
 
ずっとそうしていたかった。
しかしいつまでも泣いている訳にはいかない。ハルヒが死んでしまったという事実を受け入れるしかないんだ。
 

夢の中で消えていく瞬間のハルヒの笑顔が目に焼き付いている。
いつもおれ達の進む道を太陽のように明るく照らしてくれたあの笑顔が。
 

ハルヒは言った。
『生きてくれ』と。
『幸せになってくれ』と。
だがハルヒのいないこの世界でどうしろと言うんだ?おれはどうやって生きていけばいい?どうやって幸せになればいい?
わからない。
わからないが…ハルヒが言うのなら精一杯生きて精一杯幸せになるしかない…例えハルヒといた時以上に幸せになることはないとしても。
 

それが唯一の手向けになるならおれは生きて行こう。
この身が滅びるまで…いつまでも…ハルヒの為に。
 
 

 

-Fin-

 


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