「ねえ、ミクルちゃん、聞いてよ。神羅ビルで『てきのわざ』って変なマテリア手に入れたんだけど、それを装備してミッドガルの荒野に出てくるモンスターと戦ってたら、便利な技、いつの間にか覚えてたのよ――見てみて、『マトラマジック』!」

 ハルヒがそう叫ぶとマテリアから放出された赤い光がハルヒの身体全体を包み込んで、無数の小型ミサイル状のものが撃ち出され――


                     ズドーン! ズドーン! ズドーン!


「はわわっ!! す、涼宮さ~ん!やめてくださーいぃぃぃぃぃ!!!」

 ――朝比奈さんを追い掛け回してた。強烈な爆音や爆風に襲われながらちょこまか逃げ回る朝比奈さんの姿は何となく可愛らしかったが――ってそんなのんびりした事言ってられるか! なんて事しやがるハルヒ!

 俺が割って入ろうとした時には既に爆音は止んでいて……辛うじて無事逃げおおせた朝比奈さんは、「ふえぇ」と目に涙を浮かべ地べたにへたり込んでいた。ハルヒが慌てて朝比奈さんに駆け寄る。どうやら、朝比奈さんに技の自慢がしたくて試しに放ったら、朝比奈さん目掛けて飛んでったのが真相らしい。

「ご、ごめんミクルちゃん、大丈夫!?――見境が無いのがこの技の欠点ね……」

「こ、怖かったですよぉ……」

 やや泣きじゃくり気味の朝比奈さんの背中をハルヒがよしよしと撫でる。しばらくすると、彼女もようやく落ち着いたらしく、ゆっくりと立ち上がった。

「――ミクルちゃん、もう平気?」

「……はい、だいじょぶ、です」

「ホントに、ごめんね」

 すると、朝比奈さんは「もういいよ」と言う様に、にっこりとハルヒに微笑んだ。二人は再び歩きながら、何事も無かったみたいに談笑を始める。

「――微笑ましい光景ですね」

 その様子をただ眺めていた古泉が俺にこう言ってきた。――こらこら、今のこの惨劇が微笑ましく見えるようなら、お前は今すぐ眼科に直行しろ。

「そうですか? まるで姉妹のように仲睦まじく見えましたが」

 俺は呆れたように溜め息を一つ吐き、改めて目に映る様子を眺めてみる。俺たち5人は、ミッドガルを離れ、それを取り巻く平原――神羅の魔晄炉によって今は最早荒野だ――を東へと歩いている。その先頭を行くのはハルヒと朝比奈さん。少し遅れて、俺から貰った本を読みながら黙々と歩く長門、そして最後尾に俺と古泉――あれ、これどっかで――

「……あなたも、そう思いましたか。僕たち、特に朝比奈さんや長門さんとは出会ったばかりで、こうして揃って歩くのは初めての筈なのに、ずっと前からそうしていた様な感じが、さっきからしてたんですよ」

 そりゃアレだろ。デジャヴって奴だ。何の根拠も無いのに、その光景を見たことがある気になっているだけさ――そう、古泉に答えながらも、俺はミッドガルにこいつらといた時から少しずつ感じていた既視感が気になっていた。――しかし、

「そんな事、気にしてるだけ無駄だ。とにかくセフィロスを追うことが先決だろ」

「それはそうですが……その前に例の話、ちゃんと話してくれるのでしょうね」

「ああ、……カームに着いてから、な」

 俺はミッドガルを離れる時、古泉たちに約束していた。これからセフィロスと戦うにあたって、俺と奴との間に何が起こったのか、きちんと話すという事を。話が長くなるので、近くのカームという町に着いたらじっくり話す、と言ったが、本当は自分の心に整理を付ける時間が欲しかったからに他ならない。それは、出来ることなら忘れてしまいたいくらいに、悲しく、凄惨な出来事だったから……俺にも、そしてハルヒにも。





                    『HARUHI FANTASY Ⅶ -THE NIGHT PEOPLE-』

                                第8章 憧れ





 カームはミッドガルの最も近郊にある町で、シンボルとなっている時計台に代表されるように、中世風の三角屋根をした木造建築や石畳の道が織り成す美しい街並みが広がる。しかし、ミッドガルに近いだけあって、神羅の影響力はかなり及んでおり、中央の広場にはミッドガルから供給される魔晄エネルギーを蓄えるばかでかい貯蔵タンクがそびえ立ち、そのエネルギーを住民は享受して、豊かな生活を送っている。だから、ここの人たちの神羅への依存度はかなり大きい。そして、近年増加しつつあるモンスターからそんな彼らを守るように、高い高い石の壁が築かれていた。

 俺たちがカームについた頃には、すでに陽は落ちていて、貯蔵タンクから漏れてくるあの魔晄のエメラルドグリーンの光が、辺りを幻想的な美しさで照らし出していた。俺たちはすぐに宿屋に入ると、男性陣と女性陣用に二部屋取る。そして、手早く食事を済ませると、全員、俺と古泉の部屋に集合した。

「では……そろそろ聞かせて下さい。セフィロス、星の危機。あなたが知ってる事の全てを」

 分かったよ、古泉――俺はふうっと息を一つ吐くと、他の4人を見回した。皆、一様に緊張した面持ちをしている――長門はいつも通りの無表情なので分かりにくいがな。……それより、ハルヒがやや不安げな面持ちで俺を見ていたのが、少し気になったが、多分『あの時の事』を思い出して一種のメランコリー状態になっただけなのだろうと思い、ゆっくりと話し始めた。

「――セフィロスの本当の名は、朝倉リョウコ。幼い頃からソルジャークラス1stとして化け物じみた強さを発揮し、あの何年にも及んだ『ウータイ戦争』を一人で終結に導いた。――いつしか、人々はその英雄のごとき活躍に神を見出し、『神性の流出』という意味を持つ『セフィロス』という二つ名を奴に与えたんだ……俺はそんな朝倉に憧れてソルジャーになった。そして、いくつかの作戦を朝倉と一緒にこなすうちに俺たちは親しくなった」

「親友だったんですか?」

 朝比奈さんの問いに俺は少し答えに迷う。

「どうかな……性別も違ってたし、人当たりのいい奴だったけど、朝倉は自分のことをほとんど話しませんでしたし。あいつが本当の名前を教えてくれたのも、出会ってから暫く経ってからの事だったから……」

 

「……」

 

 いつもは喧しいハルヒも、黙って俺の話に耳を傾けている。何かを確かめようとしているかの様な目で。

 

「――戦友……かな。俺たちは信頼し合っていた。あの時までは……」

 

「あの時?」

 

 そうだよ、ハルヒ。お前の知ってる『あの時』さ。

 

「戦争終結後のソルジャーの任務は神羅に反抗する人たちを……。憂鬱な仕事が多かったな……あれは5年前のことだった――」

 

 

 

 

 

 俺と朝倉は、会社から任務を与えられ、数名の神羅兵と共にトラックに揺られながら指定された目的地へと向かっていた。外は天からバケツがそのまま引っくり返したかのような、物凄い土砂降りだった。

 

『すごい雨だな――おい、気分はどうだ?』

 

 俺は荷台のほろに寄りかかってぐったりとなっている神羅兵に声を掛ける。どうやら乗り物酔いに罹ってるらしい。

 

『……だいじょうぶ』

 

 その兵士は力無く答え、エチケット袋に首を突っ込んでいた。あまり大丈夫そうには見えないが……俺は、乗り物酔いなんてなったことないから、よく分からなかった。その後も、『準備はOK?』などと他の兵士に発破を掛けようと忙しなく動く俺に、朝倉が、少し苦笑いをしてこう言って来た。

 

『ねえ、あなた、もう少し落ち着いたら?』

 

『新しいマテリア、支給されたんだ。早く使ってみたくて落ち着かなくてさ』

 

『……まるで子供ね』

 

 クスリと笑う朝倉に俺は気になっている事を尋ねてみた。

 

『なあ、そろそろ今回の仕事、教えてくれないか』

 

『……今回の任務は、いつもとは違うわ』

 

 今にして思うと、この時の朝倉は少し憂鬱気な瞳をしていたのだが、俺はそれに気付くことは無く、はしゃいでいたんだ。

 

『それは嬉しいね!』

 

『どうして?』

 

『俺は、あんたみたいになりたくてソルジャーになったんだ。それなのにクラス1stに昇格したのと同時に戦争が終わってしまった。俺がヒーローになるチャンスが減ってしまった訳さ。だから、そういうチャンスがあるなら俺は絶対にモノにしてみせる――な、どんな気分だ?英雄セフィロスさん?』

 

 俺は少しおどけてわざと『セフィロス』と呼んでみたが、朝倉は少し悲しそうに目を伏せ、

 

『――その呼び方は止めて……』

 

 咎めるような声で言った。朝倉は、誰からも呼ばれるこの二つ名を心の底では嫌悪しているようだった。俺のような親しい人物には、本名で呼ぶように言ってたしな……。少し悪い事したなと反省している内に、朝倉は気を取り直したように、いつもの笑みを取り戻した。

 

『――それより、あなた、今回の任務が知りたかったんじゃないの?』

 

 そう言えばそうだったな。俺はバツが悪くなって頭を少し掻いた。

 

『今回の任務は、老朽化した魔晄炉の調査よ。異常動作を起こしている上に、凶暴な動物が発生しているわ。そいつらを始末しつつ、原因を見つけ出して排除するの』

 

『凶暴な生物……場所はどこだ?』

 

 そこで朝倉が口にした場所は、意外な所だった。

 

『ニブルヘイムの魔晄炉よ』

 

『ニブルヘイム……ニブルヘイムは俺の生まれ故郷なんだ』

 

 驚きを隠せずにそう言うと、朝倉は少し目を大きく開けて俺を見た後、寂しげにこう呟いた。

 

『そう……故郷、ね』

 

 すると、トラックが急にガタンと揺れ出す。トラックを運転していた神羅兵が叫ぶ。

 

『へ、変な動物が!! トラックに突っ込んで来ました!』

 

 しかし、その声にも朝倉は動じることなく、ゆっくりとナイフを握って立ち上がる。

 

『――早速、モンスターのお出ましね』

 

 モンスターを迎撃するべく急停車したトラックから飛び降りてみると、目の前には巨大な翼の生えた竜が行く手を塞いでいた。さっきあんな威勢のいい事言った手前、何とも情けないが……おいおい、こんな奴に勝てるのかよ……って思ったね。しかし、朝倉は微笑みを崩さない。

 

『行くわよ、キョン君!!』

 

 朝倉が手に持つ、アーミーナイフのようにごつごつした銀色のナイフが急に光り始め、あっという間に朝倉自身の大きさを遥かに超した刀になる。――これが朝倉の愛刀『正宗』だ。接近戦、遠距離攻撃、そして暗殺……用途に応じて伸縮自在の名刀。敵方の中にはこれを見ただけで失神する者もいたという。

 

 

                              『――死になさい』

 

 

 朝倉は正宗を構えたまま軽々と跳躍すると、それを大上段から振り下ろす!!

 

『グギャァァァァ!!!』

 

 けたたましい断末魔と共に、竜の首が真っ二つに切り裂かれ、血飛沫が舞う。そして朝倉は、その血と水の雨を浴びたまま、笑って、俺に手を合わせてウインクした。

 

『ごめんね、キョン君。獲物、取っちゃったね』

 

 

 

 

 

「――朝倉の強さは普通じゃない。世間で知られているどんな話よりも……凄かった」

 

「あれ?キョン君の活躍は?」

 

 朝比奈さんが不思議そうな顔で尋ねてくるが、俺はそう聞かれると頭を掻くしかないですよ……。何せ、俺はそんな朝倉の凄まじい戦いぶりに見惚れている事しか出来なかったからな。

 

「……」

 

 ハルヒは奥歯に何かが挟まってるのに中々取れない――そんな微妙な表情をしていたが、何なんだ、一体。まあいい。話を続けよう。

 

「……そして俺たちはニブルヘイムに着いたんだ」

 

 

 

 

 

 朝倉は、村の入り口に立つ門を見上げると、急に俺に向かってこう聞いて来た。

 

『……どんな気分?久し振りの故郷、なんでしょ?どんな気分がするものなの?わたしには故郷というものが無いからよく理解出来ないけど』

 

 故郷が無い?どういう事だ?――訳が分からず、俺は朝倉に問い直した。あまり話したがらない、朝倉個人のことを。

 

『ええと……両親は?』

 

『母の名前はジェノバ。わたしを産んですぐに死んだわ。父は……』

 

 ……意外にも朝倉は母の名前をあっさりと明かしてくれたが、その後、途中まで言いかけると自嘲するみたいにフフフと笑って、

 

『――わたし、何話してるんだろ……さあ、行きましょう』

 

 そう言って、村の中に足を踏み入れたんだ。

 

 

 

 

 

「――ちょっと待ってください。セフィロス――いえ、朝倉リョウコが言っていた母親の名前……ジェノバ……あれは神羅ビルにいた首無しの化け物ですね?」

 

 古泉の言葉に俺は頷く。ああ、その通りだ。すると、ハルヒが、

 

「ちょっと古泉君! キョンの話、ちゃんと聞かせて。質問は後よ!」

 

 半ば苛立ったように、話を止めた古泉を咎める。こいつが古泉にこんな事言うなんて珍しいな。本当にどうしたんだ、ハルヒ?

 

「……さあキョン、続けて」

 

「こ、ここで、幼馴染の再会ですね!」

 

 場を和ませようと、朝比奈さんが努めて明るい調子で発言する。まあ、話をする上でそれも避けては通れないが……あの時のハルヒには驚かされたな。さて、気を取り直して続きだ。

 

「……村はひっそりとしていた。みんな、モンスターを恐れて家に閉じこもっていたのかな? いや、俺たち神羅を恐れていたのか……」

 

 

 

 

 

 村の唯一の宿屋を神羅が借り切り、ここを俺たちの宿営地にすることになっていた。朝倉は宿屋に入る前に、俺に向かって、

 

『魔晄炉への出発は明朝だから、今日は早めに眠っておいた方がいいわ』

 

 そして同行の神羅兵にも労わるように、

 

『見張りは一人でいいから、あなたたちも休んで』

 

 そう言って宿に入ろうとするが、ふと立ち止まって、

 

『そうだったわ……家族や知り合いと会って来ても構わないけど』

 

 俺はその言葉に甘え、村の人たちに挨拶しようと、各軒を回る事にした。――もちろん、ハルヒの家にもだ。ハルヒがいるかな、と思ったが、奥に入っても人影が見えなかった。残念ながら留守だったようだ。そこで俺はハルヒ愛用のピアノを弾いたり、机の上の手紙を読んだり、タンスの中から『ちょっと背伸びパンツ』を見つけたり――冗談だ。怒るなよ、ハルヒ……。

 

 そして、俺の家にも行ったが――ここは5年前の事件とは関係ないからいいだろう。

 

 

 

 

 

「でも、興味ありますよ」

「あたしも。久し振り、だったんでしょう?」

「……聞かせて」

 

 古泉、朝比奈さん、長門から三者三様に促され、俺は口癖になっていた「やれやれ」を呟きながら、話を再開させた。

 

「……家族っていっても……親父は……俺がまだ子供の頃に死んでしまった。だから母さんが……この家には母さんが一人で住んでいた。――ああ、俺、母さんに会ったよ。母さんは……元気な人だった。全然変わってなかった。その何日か後には死んでしまったけど……あの時は……本当に元気だった」

 

 

 

 

 

 久し振りの実家。何だか入るのが気恥ずかしかったのを覚えている。

 

『あの……』

 

『は~い?――キョン!?……お帰りなさい!!」

 

 おずおずと扉を開けた俺の姿を見つけて、母さんは満面の笑みを浮かべて、俺に駆け寄ってきたんだ。ちなみに、『キョン』という間抜けな俺のあだ名は、幼い頃、親戚のおばさんが何かの拍子で名付け、母親はもとより、ハルヒ含む村のみんなに広まったものだ。

 

『……ただいま、母さん』



                        ――この後は、断片的なことしか覚えてない。



『どれどれ……晴れ姿、母さんに、よ~く見せておくれ……ふ~ん……惚れ惚れしちゃうねえこれ、ソルジャーさんの制服かい?』

『…………母さん、俺』

 


『本当に立派になってぇ。そんなんじゃ、あれだね。女の子もほっとかないだろ?』

『……別に』

『……心配なんだよ。都会には色々誘惑が多いんだろ?ちゃんとした彼女がいれば、母さん、少しは安心できるってもんだ』

『……俺は大丈夫だよ』

『あんたにはねぇ……ちょっとお姉さんで、あんたをグイグイ引っ張っていく、そんな女の子がピッタリだと思うんだけどね』

『……興味ないな』



『ちゃんとご飯は食べてるのかい?』

『大丈夫。会社が面倒見てくれてる』

『そうなのかい。あんた、料理なんて出来ないだろ?一体どうしてるのかと思ってたんだよ』



『ねえ、キョン――』



                                   『でもねぇ、キョン――』



              『そうだろ?キョン――』



                                               『母さんはね、いつだって、あんたの――』





                              …………もう、やめよう……





 ……村を一通り回った後、宿屋に入ると、そこの爺さんも「キョンちゃん立派になったねぇ」と歓迎してくれた。すると、カウンターでその爺さんと話してたらしい白髪のマッチョマンが俺に話しかけてきた。

『……ふむふむ。モンスター退治にやって来た神羅の人間だな?』

『あんたは?』

『私はザンガン。世界中の子供たちに武術を教える旅をしている』

 そう言うなり、男はそのまま俺の真上をジャンプで跳び越し、真後ろに立つ

『弟子は世界中に128人! この村ではハルヒという女の子が私の弟子になった』

『ハルヒだって?』

 ザンガンはもう一度俺を跳び越して、元の位置に戻る……今のアクション、何の意味があるんだろう……。しかし、このオッサンはそんな俺の疑問に気付くことなく話を続けている。

『ハルヒはセンスが良いな。彼女は強くなるぞ』



 ――変なオッサンだったよな、と男との話を終えた後、首を捻りながら階段を上って二階に行くと、朝倉が廊下に立って窓から外の様子をぼんやりと眺めていた。

『何を見ているんだ?』

『……この風景、わたしは知ってるような気がする』

 俺に振り返ることなくそう言って、暫くそうしていたが、思い出したように俺に向き直り、

『……明日は早いわ。そろそろ眠ったほうが良いわよ』

 ああ、そうだな。俺も疲れたしな。

『魔晄炉へのガイドは手配しておいたわ。若い女の子って聞いてるけど、頼りにしていいのかな……?』

 あの……お前もその『若い女の子』の範疇に見事に入るんだけど――ってツッコミは無しだよな、やっぱり。ともかく、俺たちはそのまま宿で眠りについた。――言っとくが、俺と朝倉は別々の部屋で、そんな期待するような妙な展開は微塵も無かったからな。



 そして翌朝。ちょっと寝坊してしまった俺は着る物も取り敢えず、慌てて用意して宿を飛び出し、集合場所であるニブル山の登山口に走った。――息を切らして到着すると、朝倉――英雄セフィロスを見送りに来たのか、数人の村人に朝倉が囲まれていた。朝倉は、俺の姿を見つけると呆れたように見てきた。

『もう、仕方ないわね……。ガイドが来たら出発するわ』

 その時、朝倉の前に立っていた男が懇願するように言う。

『セフィロス、聞いてくれ。もしもの事があったら……』

『……大丈夫よ。安心して、ね』

 男を安心させるように朝倉が言うが、何のことだ、一体?すると、横に立っていた少女が、

『そうよ、お父さん! つよ~いソルジャーが二人もいるのよ』

 ――って、お前は!?

『涼宮ハルヒです。セフィロスさん、よろしくお願いします!』

『ハルヒ! お前がガイド!?』

 ハルヒは驚いている俺にフフンと鼻を鳴らす。

『そういうこと。この村で一番のガイドと言えばあたしのことでしょうね』

『でも、危険すぎる! そんな事にお前を巻き込むわけにはいかない!』

 なおも反論しようとする俺に、朝倉がニッコリ笑ってこう言って来た。

『あなたが守ってあげれば問題無いでしょう?』

 これ以上の議論は無し、と言いたげにニブル山に向かって歩き出す朝倉に、ある村人が声を掛けた。

『あの……セフィロスさん! 記念に写真を一枚。ハルヒちゃんからも頼んでくれないかな』

 まあ、『英雄』だからな。朝倉もそういう自分の立場を弁えてるから、快く応じていた。何故か俺もハルヒと一緒に写真に入ることになったがな。ハルヒが真ん中に立ち、その両脇を俺と朝倉が挟んで立つという格好だ。村人は自慢のカメラを構え、

『行きますよ~!』

 と言ってシャッターを切る。小気味いい音が聞こえ、無事撮れたことに満足した村人は、上機嫌な顔をして言った。

『はい、どうも! 写真出来たら皆さんにあげますから』



 魔晄炉はニブル山の中に造られていた。ニブル山の寒々とした空気、変わっていなかったな……。ニブル山は道も細くて急峻で、更には強大なモンスターまで出没してたから、『生きては帰れない山』と村人から恐れられていた。村長であるハルヒの父親も、一人娘のハルヒを心配して、ガイドにするのをやめるように朝倉に頼んでいたんだろうな。

 俺たちはニブル山の魔晄炉へ続く、大峡谷を渡る吊り橋に差し掛かる。

「さ、ここからが大変よ! あたしについて来なさい!」

 ハルヒについて橋を渡る俺たちだったが、向こう側に辿り着く少し手前のところで、吊り橋が大きく軋み――

「は、橋が!!」

 ハルヒが声を上げた瞬間、橋は俺たち諸共崩れ落ちて、奇妙な形をした山肌の山麓に叩きつけられた。



 ――意識を取り戻すと、目の前に朝倉が立っていた。見ると、ハルヒも何とか無事のようだった。見渡してみると、山肌の至る所に穴が開いている。ここは恐らくニブル山中腹に無数に点在する洞窟がある辺りだろう。

『……無事のようね。涼宮さん、元の場所まで戻れる?』

『この辺の洞窟は蟻の巣みたいに入り組んでいるから……それにセフィロスさん。一人、姿が見えないんだけど』

 確かに見ると、随行していた神羅兵の二人のうち一人の姿が無い。……多分、山の谷底深くまで落ちて――生存は、絶望的だろう。朝倉は悲しげに首を横に振り、

『冷たいようだけど、探している時間は無いわ……さあ、戻れないなら先へ進むわよ』

 朝倉はそのまま洞窟の中へと入っていくので、俺たちも慌てて後に続いた。



 洞窟の中はエメラルドグリーンの不思議な光で包まれていた。俺やハルヒはその不気味な光景に二の足を踏むように突っ立っていた。

『……これは?』

『不思議な色の洞窟ね……』

『これは魔晄エネルギーよ。この山は特にエネルギーが豊富なの。だから魔晄炉が造られた』

 朝倉が光の原因について解説してくれた。……どうやら、このままここに立ち止まってる暇は無い、と言いたいようだったな。しかし、ニブル山の不思議な光景はその後も続く。

 次に俺たちが目にしたのは、エメラルドグリーンに光る水が湧き出す泉だった。……おいおい、これも……?

『魔晄の泉ね。まさに自然の驚異だわ』

 さすがに感嘆したように呟く朝倉の横をすり抜け、ハルヒが泉に近づく。

『こんなに綺麗なのに……このまま魔晄炉がエネルギーを吸い続けたら、この泉も消えてしまうのね』

 朝倉はハルヒの言葉に答えることは無く、泉にそびえる岩の上で光る鉱石に触れた。

『マテリアね。魔晄エネルギーが凝縮されるとマテリアが出来る。天然のマテリアを見るなんて、滅多に無い機会だわ……』

『そう言えば……どうしてマテリアを使うと魔法を使うことが出来るんだ?』

 俺の疑問に、朝倉は心底呆れた顔をした。

『……そんなことも知らずにソルジャーをやってるの?……いい、マテリアの中にはいわゆる古代種の知識が封じ込まれているわ。大地、星の力を自在に操る知識。その知識が星とわたしたちを結びつけ魔法を呼び出す……と言われているの』

『魔法……不思議な力だ』

 俺がそう感嘆すると、朝倉が『フッ、フフフフ』と妙な笑い声を立てた。何かを嘲る、そんな調子で。

『――俺、何か変なこと言ったか?』

 自分のことかと思い、少し不機嫌に返したが、朝倉は違う違うと言うように、首を振る。

『ある男がね、「不思議な力なんて非科学的な言い方は許さん! 魔法なんて呼び方もダメだ!」……そう言って怒っていたのを思い出しただけよ』

『誰だ、それ?』

『……神羅カンパニーの宝条。偉大な科学者の仕事を引き継いだ未熟な男。コンプレックスの塊のような男だわ』

 ……何とコメントすればいいか迷ってると、俺たちの話を聞いていたらしいハルヒが、話を割るように呟いた。

『魔晄の泉……この中には古代種の知識が入ってるのね』



 ――そうして洞窟や峡谷を潜り抜け、何とか俺たちはニブル山の魔晄炉に辿り着いた。

『着いたわ。随分遠回りしちゃったけどね』

 ハルヒはそのまま魔晄炉に入ろうとするが――って、ちょっと待て。俺はハルヒの首根っこを掴む。

『ハルヒはここで待っていてくれ』

『あたしも中へ行く! 見たい!』

 好奇心の塊であるハルヒは当然駄々をこねたが、朝倉がハルヒに手を合わせて『ゴメンネ』と言って続ける。

『この中は一般人立ち入り禁止なの。神羅の企業秘密で一杯だから、ね』

『――でも!』

 ハルヒはなおも抵抗を続けるが、朝倉はこれ以上取り合うつもりは無く、随行の神羅兵に、

『……涼宮さんを守ってあげてね』

 と言い残し、魔晄炉へと入っていた。当然俺も後に続く。ハルヒはそれでも中に入ろうとするが、神羅兵に押し留められ、悔しげに地団駄踏んでいた。――すまんな、ハルヒ。



 魔晄炉の炉心部内に入る俺と朝倉。中には、人間ぐらいの大きさのカプセルが10個ほど並べられてあり、その小さな丸い窓からは、あのエメラルドグリーンの魔晄の光が漏れていた。その形状は何となく繭を想起させる。一体何なんだろうな……朝倉は――というと、その奥の階段を上った先にある、『JENOVA』と上のプレートに文字が彫られた扉の前に立ち尽くしていた。俺は扉を押したり引いたりしてみたが、反応は無い。

『「JENOVA」……何だろう。ロックは……あかないか……』

 すると朝倉は階段を降り、一番下の方にあったカプセルの一つに近づいた。

『……動作異常の原因はこれね。この部分が壊れているわ。キョン君、バルブを閉じてくれる?』

 俺はすぐに階段を駆け下り、そのバルブをバルブを閉じる。これで終わりか。案外楽な仕事だったな――そんな事を思っていると、朝倉は何だか考え込むような仕草をしている。

『何故壊れたの……?』

 そう言いつつ、カプセルの窓を覗き込むと、やがて納得したように頷いた。

『……分かったわ、宝条。でも、こんな事をしても、あなたはガスト博士には敵わない』

 ? どういう事だ? 尋ねる俺に、朝倉は答える。

『これは魔晄エネルギーを凝縮して更に冷やすシステムよ……本来はね。さて……さらに凝縮すると魔晄エネルギーはどうなると思う?』

 え、ええと……そうだった!マテリアが出来るんだな。

『そう、普通はね。でも宝条はこの中にある物を入れた……見てみて』

 俺は言われるままカプセルの中を覗いてみると、そこにいたのは、人の形をしているが明らかに違う、異形の生物の姿だった……。俺は驚愕して跳び下がり尻餅をつく。

『こ、これは!?』

『あなたたち普通のソルジャーは、魔晄を浴びた人間。一般人とは違うけれど、それでも人間なの。でも、こいつらは何? あなたたちとは比べ物にならないほど、高密度の魔晄に浸されているわ』

 俺はようやく立ち上がりながら、ある事を悟る。

『……これがモンスター?』

『そう。モンスターを生み出したのは神羅カンパニーの宝条よ。魔晄エネルギーが生み出す異形の生物。それがモンスターの正体』



 そして、朝倉の話を聞いて何気なく――本当に何気なく尋ねた俺の言葉が、俺たちの運命を大きく狂わせることになるとは、その時の俺には全く分かる筈も無く――



                       『普通のソルジャーって?――お前は違うのか?』



 ――その言葉を聞いた瞬間、朝倉は急に頭を苦しげに抱え出した。

『お、おい、朝倉?!』

『ま、まさか…………わたしも?』

 手にしていた『正宗』でカプセルに斬り付けた。すぐ傍にいた俺は慌てて避ける。

『……わたしはこうして生み出されたの?――わたしはモンスターと同じだというの……!!』

 そう呟きながら、何度も、何度もカプセルに斬り付ける。だが、よほど硬い金属で出来ているのか、カプセルはあの朝倉の名刀をもってしても、容易に壊れない。

『……朝倉』

 俺が心配そうに見守る中、何度も刀を振りかざす朝倉。暫くそうしていた後、刀を落として荒く息を吐いた。

『あなたも見たでしょう!このカプセルの中に居るのは……まさしく人間よ……』

『人間!? まさか!』

 その言葉に衝撃を受ける俺。だって、そうだろ? と、いうことは……つまり、モンスターは人間から創り出された――俺たちは人間を虫けらの様に殺してきたって事だろ!? だが、朝倉の言葉は止まらない。

『……子供の頃からわたしは感じていた。わたしは他の人間とは違う。わたしは特別な存在なんだと思っていた――』

 朝倉は自分を嘲笑うように首を何度も振って、

『でも、それは……それはこんな意味じゃない!』

 すると、突然カプセルの一つから蒸気が噴出し蓋が開くと、下半身が赤く灼けたモンスターが飛び出してきた。朝倉は、何もする気力を失ったのか、その光景を虚ろな目で眺めてるだけだった。



                             『……わたしは人間なの?』



 ……朝倉の言っていた意味はそのときの俺にはよく分からなかったが、神羅カンパニーがモンスターを作っていた事実に、俺はショックを受けていた。





「くっ……神羅はそんな事まで……ますます許せませんね」
「……あの魔晄炉にはそんな秘密があったのね」
「……ここ数年来のモンスターの増加の理由……理解できた」

 古泉は憤り、あの時中に入らなかったハルヒは改めて真実を知って驚き、長門は無表情のまま納得している。そして朝比奈さんは、

「あのう、涼宮さん。あなたはずっと外で待ってたんですか?」

「……うん」

 ハルヒは彼女の問いに答えるが、これもまたいつもの調子とは何となくかけ離れており、俺はまた少し戸惑う。いや、いい。ここからが本題なんだ。

「俺たちはニブルヘイムに戻った。朝倉は宿屋に籠もり、誰とも言葉を交わそうとしない」

「……そしていなくなったのよね」

「――朝倉が見つかったのはニブルヘイムで一番大きな建物」

「村の人たちは神羅屋敷と呼んでいたわ。あたしたちが生まれた頃にはもう空き家になっていて……」

「昔、その屋敷は神羅カンパニーの人間が使っていた……」





 ――とにかく、朝倉に会わないと……。俺はハルヒや村人、ザンガンらが心配そうに見守る中、その神羅屋敷に入っていった。二階に上がり、寝室と思しき部屋の前で一人の神羅兵が不安気な面持ちで立ち尽くしている。

『セフィロスさんの姿が見えないんだ……確かにこの部屋に入って行ったのを見たんだけど……』

 俺は寝室に入って調べてみる――すると、石の壁の一部が動く。隠し扉だった。俺は意を決して扉をくぐり、螺旋状の階段を慎重に下りていく。そして、地下の地面をくり抜いて石で固めただけの簡素な廊下を抜けると……そこには、壁一面に広がる本の山、巨大なビーカー――何かの研究室のようだった。

 朝倉は、俺が来たのにも気付かず、本を読み耽っていた。

『……2000年前の地層から見つかった仮死状態の生物。その生物をガスト博士はジェノバと命名した。……×年×月×日。ジェノバを古代種と確認。……×年×月×日。ジェノバ・プロジェクト承認。魔晄炉壱号機使用許可。……』

 俺は朝倉の名を呼んだが、それでも本を読みながらウロウロと歩き続けている。

『わたしの母の名はジェノバ……ジェノバ・プロジェクト……これは偶然?――ガスト博士……どうして何も教えてくれなかったの?……どうして死んだの?』

『朝倉!!』

 ようやく気付いて俺に振り返る朝倉。だが、その瞳は恐ろしいくらいに冷たかった。

『……一人にして』

 俺はそれ以上話し掛けることが出来なかった。そして――

 

 朝倉は神羅屋敷に籠もり切りになった。まるで何かに取り付かれたように書物を読み漁り、地下室の明かりは消えることは無かった。



                               ――七日後。



 そのときの俺は、朝倉のことが気になって神羅屋敷に寝泊りしていて、埃が溜まっているベッドの上に寝転んでいたところ、神羅兵の一人が慌てた様子で飛び込んで来た。

『セフィロスさんの様子が変なんだ!』

 俺はベッドから跳び起きて、地下の研究室へ走る。朝倉は、奥の書斎にある大きな机に座って本を読みながら『クックックックッ……』と今まで聞いた事の無い笑い声を立てている。

『朝倉……』

『誰!!――フッ……裏切り者ね』

 朝倉は俺に敵意を込めた視線を送ってきた――信じられなかった。あの朝倉が、俺にそんな眼を向けてくるなんて――

『――裏切り者?』

 朝倉は俺を嘲るように笑って指を指す。

『何も知らぬ裏切り者に教えてあげるわ。この星はもともとセトラのものだった。セトラは旅をする民族。旅をして、星を開き、そしてまた旅……辛く厳しい旅の果てに約束の地を知り、至上の幸福を見つける。だが、旅を嫌う者たちが現れた。その者は旅することを止め、家を持ち、安楽な生活を選んだ。セトラと星が生み出したものを奪い何も返そうとしない――それがあなたたちの祖先なのよ』

『朝倉……』

 訳が分からず呆然としている俺に、朝倉は更に続ける。

『昔、この星を災害が襲った。あなたたちの祖先は逃げ回り……隠れたお陰で生き延びた。星の危機はセトラの犠牲で回避された。その後でのうのうと数を増やしたのがあなたたち。セトラはこうしてレポートの中に残るだけの種族になってしまった』

『――それがお前とどういう関係があるんだ?』

『分からない?……2000年前の地層から発見され、ジェノバと名付けられた古代種。そしてジェノバ・プロジェクト。ジェノバ・プロジェクトとは、古代種……つまりセトラの能力を持った人間を創り出す事よ。……創り出されたのはわたし』

『つ、創り出された!?』

 朝倉の衝撃的な発言に、俺は間の抜けた問いしか出来ない。

『そう。ジェノバ・プロジェクトの責任者、天才的科学者ガスト博士がわたしを創り出したの』

『そんな事……どうやって……あ、朝倉!?』

 俺は研究室を出て行こうとする朝倉の腕を掴むが、乱暴に振りほどかれる。そして、あの敵意のこもった眼で、

 

『――馴れ馴れしくその名を呼ばないで。我が名はセフィロス。邪魔、しないで。わたしは母に会いに行くの』

 そう言い捨てて研究室を出て行く朝倉。あまりのショックに俺は暫く呆然とそこに突っ立っていることしか出来なかったが――段々と、自我を取り戻すと、あの全てを破壊しようとするみたいな意思の込められた朝倉の眼に、嫌な予感を覚え始め、急いで後を追ったが



                          ――既に、村は業火に包まれていた。



『お~い! 誰かいるのか!?』

 神羅屋敷から出てきた俺の姿を見つけて、ザンガンが大きな声で呼ぶ。駆けつけると、ザンガンの傍らで村人が無残にも斬り殺されていた。

『おっ、あんたか!あんたは正気なんだろうな? それならこっちに来て手伝ってくれ! 俺はこの家を見てくる。あんたはそっちの家を!』

 炎に燃え盛る家に飛び込む前にザンガンが指したのは――俺の家だった。俺の家も他の家同様、炎に巻かれている。俺は水も被らず家に飛び込んだが……そこで見つけたのは、既に息絶えて身を焦がす母さんの変わり果てた姿だった。

『非道い……朝倉……ひどすぎる……』

 絶望に捉われて家を出た俺の目の前で、朝倉がまだ生きていた村人を捕まえ、必死の命乞いもまるで聞かず、

『じゃあ、死になさい』

 と、まるで虫けらを扱うかのように一刀両断にしていた。朝倉は炎の中でフフフと無邪気な笑みを見せると、そのままニブル山へと消えて行った。全てを奪われ、俺は、俺の身体は怒りに震えている。このままにしておけるか――朝倉の後を追い、ニブル山へと向かった。



 ニブル魔晄炉。その炉心部へ続く扉に辿り着くと、その前で男が倒れていた。――あれは村長。ハルヒの父親だ。彼の左胸に『正宗』が突き立てられ、傍らで、ハルヒが泣き崩れていた。

『お父さん……セフィロスね! セフィロスがやったのね! セフィロス……ソルジャー……魔晄炉……神羅……全部! 全部大嫌い!!』

 ハルヒが生きていたことに安堵する暇も無く、ハルヒは正宗を父親から抜き取り、炉心部の扉を開ける。そこでは、朝倉があの『JENOVA』の扉の前でブツブツ独り言を呟いていた。

『母さん、会いに来たわ。この扉を開けてちょうだい』

『よくもお父さんを! よくも村のみんなを!』

『ハルヒ、止せ!!』

 俺が止める間も無く、ハルヒは正宗を振りかざして朝倉に襲い掛かるが、あっさりと白刃を取られて奪い返され、逆に切り伏せられて階段から転げ落ちた。朝倉は何事も無かったかのように扉を開いて中へ入っていった。

『ハルヒ!!』

 俺は倒れたハルヒに駆け寄るが、左肩から袈裟斬りにされ、どくどくと血が溢れて来る。ハルヒは絶え絶えの息で――

『……ピンチの……時には……来てくれるって、約束したのに……』

 ――そう呟いて、そのまま意識を失った。俺は首をふるふると横に振ると、ハルヒをそのまま床に寝かせる。ハルヒまで……こいつまで朝倉の凶刃の犠牲になってしまった……俺の心に純粋な憎悪だけが湧き起こる。許せない――!! 俺は無我夢中で、階段を駆け上がり、扉を開け放った。

 朝倉は、女性を象った銀色に光る人形――その頭には『JENOVA』と彫られた金色のプレートが付けられていた――に向かって、語りかけている。

『母さん、一緒にこの星を取り戻そう。わたし、いい事を考えたんだよ。約束の地へ行こう』

 俺は、バスターソードを構えて叫ぶ。

『朝倉……俺の家族を! 俺の故郷を! よくもやってくれたな!』

 だが、朝倉は俺に一瞬興味なさげに目を移しただけで、すぐに人形に向き直る。

『フフフ……母さん、また奴らが来たわ。母さんは優れた能力と知識、そして魔法でこの星の支配者になるはずだったけど、あいつらが……何のとりえの無いあいつらが、母さんからこの星を奪ったの。でも、もう悲しまないで』

 そう言いながら、朝倉は人形に手を伸ばし――

『わたしと一緒に、行こう?』

 ――その人形を力任せに破る。すると、その人形に隠された奥から、腰よりも長く伸び、おまけに波濤の様に波打つ銀色の髪――まるでやたらと長くて重くて量の多いモップのようだ――をした女――の姿をした化け物が入れられた、巨大なビーカーが姿を現した。まさか、あれが『ジェノバ』……朝倉の母親?――朝倉は、恍惚とした笑みを浮かべつつ、それに手を伸ばす。……一体どんな悲しみがお前を襲ったのか知らない。だがそんなの関係ない。だって俺の――

『――俺の悲しみはどうしてくれる! 家族……友達……故郷を奪われた俺の悲しみは!! お前の悲しみと同じだ!』

『フフフフ……わたしの悲しみ? 何を悲しむの? わたしは選ばれし者。この星の支配者として選ばれし存在なのよ。この星を、愚かなあなたたちからセトラの手に取り戻すために生を受けたの。何を悲しめというの?』

『朝倉……信頼していたのに……いや、お前は、もう俺の知っている朝倉じゃない――!!』

 バスターソードを突きつける俺に、朝倉は高笑いしながら剣を弾き返し、決然と言い放った。

『――我こそ古代種の血をひきし者。この星の正当なる継承者!』

 これ以上話す余地は無い。そう悟った俺は、ありったけの力と想いを込め、朝倉に飛び掛る――










「――この話はここで終わりなんだ」

「ちょっと待って下さい?! 続きはどうしたんですか?」

「……覚えていない」

 誰が聞いても尻切れトンボなこの話への古泉の当然の疑問に、俺は首を振るしかなかった。

「セフィロス――朝倉さんはどうなったの?」

 朝比奈さんも知りたがっている事だが、それは俺が一番知りたい。何故なら……

「……実力から言って、俺が朝倉を倒せたとは思えないんです」

「公式記録ではセフィロスは死んだ事になっていたわ。新聞で見たもの」

「新聞は神羅が出してるのよ。信用できません」

 ハルヒの言葉に朝比奈さんがきっぱり言う。確かにその通りだ。神羅が自分に都合の悪い事を隠すのは最早お家芸と言ってもいい。

「……俺は確かめたい。あの時、何があったのかを。朝倉に戦いを挑んだ俺はまだ生きている。朝倉は、何故俺を殺さなかったのか?」

「……あたしも生きているわ」

「なんだか、いろいろ、変です……。あのう、ジェノバは?――神羅ビルにいたのはジェノバ、ですよね?」

 朝比奈さんの指摘の通り、俺は確かに神羅ビルで首を失くしたジェノバを見た。あの事件の後、神羅がニブルヘイムからミッドガルへ運んだのは確実だろう。だが――

「その後、また誰かが持ち出したのでしょうか? 神羅ビルからも無くなってましたよ」

 古泉の言葉に、ハルヒがふと、

「セフィロス……?」

 と漏らすが、奴がプレジデントを殺害し、ジェノバを持ち出した……そう考えるのが自然だろうな。一体、ジェノバを使って何をするつもりなのか知らないが、俺たちはこれから朝倉を追いかけ、真相を確かめる必要がある――そう結論付けて、話は終わった。窓の外を見ると、三日月が空高く上がっている。……随分夜遅くなったな。

 明日に備えてもう寝ようという事になり、ハルヒたちは自分の部屋に戻ろうとした、その時。ハルヒが立ち止まって俺を見詰める。

「…………ねぇ、キョン。セフィロスに斬られたあたしはどんな風だった?」

「もうダメだと思った。――悲しかった」

「…………」

 俺は正直にその時の心情を明かすが、ハルヒは一瞬――俺が微かに感じるぐらいの一瞬、不審に彩られた瞳を向けた……が、

「な、何でもないわ! ちょっとあんたがどう思ったかなって気になっただけで……べべべ別に、変な意味無いんだからねっ!!――ミクルちゃん」

 無理やり強引に話を纏めると、朝比奈さんに話を振った。しかし、

「あたし……古代種……セトラ……ジェノバ……セフィロス……あたし……」

 彼女も何か思うところがあるようで、色々つぶやいている。そう、朝比奈さんも『古代種』なんだ。ひょっとすると朝倉と何かしらの関係があるのかもしれない。そう思うと、朝比奈さんも不安に感じてるのだろう。そうして俺が彼女の心情を慮ることに意識を向けた。だから――

「もう、ボーっとしてないで部屋に戻るわよ、ミクルちゃん! あとユキも!! 部屋で枕投げしましょう!! 旅の定番だもんねっ!!」

 ――そう言って二人を連れ出すハルヒに、さっきの瞳の意味を問うことが出来なかったんだ。



 ……それより、明日に備えて休むんじゃなかったのか?ハルヒよ。



 次の朝、取り敢えず朝倉を追うことになった俺たちだったが、肝心の奴が何処へ行ったのか、皆目見当がつかん。思わず顔を見合わせる俺たち5人。しまった、序盤で躓いたか――そう思ったときだ。

「なあなあ、聞いてくれよ! 俺さ、昨日黒マントの女が東の草原に向かって歩いて行ったの見たんだ。物騒な長い長い刀なんか持ち歩いていてさ。なんか、おっかない奴だったよ……」

 カームの住民がそう世間話をしているのが耳に入った。おいおい――

「……それって」
「まあ、そうでしょうね」
「ラッキー、なのかな?」
「…………」

 さて、誰の台詞か当ててみよう――そんな阿呆な冗談はともかく、恐らくそいつこそ朝倉だ。偶然ともいえる僥倖だが、ともかくこれで目的地は決まった。俺たちはカームの町を後にし、東の草原に向けて歩き出した。――俺たちの旅は、まだ始まったばかりだ。


                                                              ...to be continued


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