手紙だ。

厚みのある白い封筒が、そこにあった。

下駄箱に手紙。俺にとってはあまり良い思い出のない組み合わせだ。
途端にフラッシュバックが脳裏を横切る。

誰もいない教室。アウトドアナイフを握り締め、不適な笑みを浮かべる朝倉涼子。

待て待て。冷静になれ俺。朝倉は長門に消されちまったんだ。
1度は再び俺の前に姿を現し、またもや俺を殺そうとした朝倉だが、あれは長門が作り変えた世界での話だ。2度目はありえん。
だとすると、朝比奈さん(大)からの指令書か?ホワイ、なぜ?
ここ最近はとくに珍騒動も起きず、ハルヒだっておとなしくしてただろ。
いや、しかし断言もできん。以前朝比奈さん(みちる)が俺の指示により八日後の世界からやってきた時は、
本人がその理由もわからんくらい平和な時期だった。
やっぱり指令書か。くそ。少しはこっちの都合も考えてくれよ、朝比奈さん(大)。
今、俺の隣にはハルヒがいる。朝比奈さん(大)からの指令書をこいつに見られるわけにはいかない。
そう思った矢先だ。

「ちょっと、何やってんのよボーっとして。・・・ってそれ何?ラブレター?下駄箱に入ってたの?」

電光石火。ハルヒは俺の手から封筒を引っ手繰ると、ビリビリと封を解き、中身を取り出しておもむろに読み始めた。
ぬかった!!マズいマズいマズいマズい・・・。

「ばか!読むな!返せ!」

声を張り上げるも、すでに手遅れだった。ハルヒの耳には届いていないようだ。
見る見るうちに文面を見つめるハルヒの瞳が驚きで大きく見開かれる。

やってしまった。
朝比奈さん(大)からの指令書には何が書いてあるのだろうか。想像したくもない。
こいつに何て説明すればいいだろう。
「誰かのいたずらだろ」とでも、とぼけられるだろうか。おそらく無理だ。
ハルヒのことだ。俺が口を割るまで首を締め上げるに違いない。
すいません、朝比奈さん(大)。これはきっと既定事項では無いですよね?

「キョン・・・これ、何よ。」

文面から目を離さずにハルヒがつぶやく。
ちくしょう。どうすりゃいい?とぼけるか?知らないで通すか?開き直って逆ギレしてみるか?

「・・・何だまってんのよ。これが何なのかって聞いてんの!!」

そう言ってハルヒは、俺の目の前に自分が今まで読んでいた文書を突きつけた。
俺は手にとって、ソレを読んだ。

それは朝比奈さん(大)からの指令書ではなかった。朝倉からの殺人予告ですら、なかった。

 

『いきなりこんな手紙を書いてごめんなさい。でも書かずにはいられなかったんです。
誰にでも優しいあなたのことが、ずっと気になっています。
もしよかったら、クリスマスイブ、終業式の終わったあとに二人でどこかへ遊びに行きませんか?
午後2時に駅前で待っています。2年7組 相沢』

あまりのことに、俺の思考は完全に停止した。
気になってる?俺のことが?クリスマスイブに遊びに?俺と?二人で?相沢?相沢って誰だよ?
たちまち俺の頭の中はクエスチョンマークで満たされる。わけがわからない。

「何これ?相沢って一体誰よ。あんた、団長であるこのあたしに黙って女漁りでもしてたの?
それにこの子、7組じゃない。同じクラスでも無いのに、どうしてあんたなんかにこんな手紙書くわけ?」

待て待て待て。断じて違う。間違っても俺は女漁りなどという谷口まがいのようなことはしない。
それに、相沢が誰なのか俺にもわからない。どうして俺にこんな手紙を書くのかも、俺が知るはずない。 

「うそ。」
うそじゃねえって!!!本当にどうしたもんだろう。

「あんたに惚れるなんて、この子も相当バカね。どこがよかったのかしら。」
そう口を尖らせるハルヒの顔は、怒りで顔が赤く染まっていた。待て。なんでお前が怒る。

「明日、7組に行ってどんな奴か確かめてやるわ!どうせ大したことない女に違いないけど!」
なんだか段々俺も腹が立ってきた。この相沢さんだって、お前にそこまで言われる筋合いはない。

「お前よりはマシな女に違いない。絶対。」
「・・・・・・。」

空気が凍ったかと思った。実際、俺の耳には『ピシッ』という音が聞こえたような気がする。

「・・・ぬぁぁぁんですってえええ・・・!!!!!」

鬼の形相に顔を歪めたハルヒが1トーン低い声を発した。

「聞こえなかったのか?この相沢さんも、お前よりはマシな女に違いないって言ったんだ。」
俺も負けじと釘を刺す。

「うるさい!バカ!だまれ!キョンのくせに!あたしは団長なのよ!
こんな手紙もらったからって、浮かれてるんじゃないでしょうね!?
団長の許可無く女と遊びに行くなんて、ヒラ団員のあんたには許されていないのよ!?わかってんの!?」

いよいよ俺も限界に近づいてきた。このバカハルヒめ。

「なんでお前にそんなことを決め付けられねばならん!
そこまで言うなら意地でも相沢さんと遊びにいってやるよ。クリスマス・イブに!二人きりでな!!」

 

そう言ってしまってから、俺はこの言葉が失言だったことに気づくのにしばらく時間がかかった。

その言葉を聞いた途端、ハルヒの顔から血の気が引いていくのが目に見えた。
赤かった顔が青くなり、瞳には・・・驚いたことになんと涙を浮かべている。なぜに?
てっきり大声で言い返してくるもんだと・・・・・・しまった。

クリスマス・イブ。SOS団のパーティの日じゃねえか。

しかし、さっきの今だ。訂正しようもない。俺は何も言えずにいた。
そうするとハルヒはついにうつむいて、嗚咽まじりに本格的に泣き出してしまった。

「うっ・・・このっ・・・バカキョンっ・・・ひっ・・・あたしぃ、のっ、・・・許可も・・・取らずにぃいっ・・・」

ヤバい。俺はどうしようもない罪悪感に苛まれた。こいつは誰より、クリスマスパーティを楽しみにしていた。
いつものやかましさが嘘のようだ。こいつが人前で、よりによって俺の目の前で涙を見せるとは。
あまりのことに気が動転し、素直に「ごめん」とも言えず、俺はただオロオロするばかりだ。

しばらくすると、先に外に出ていた古泉があまりにも時間のかかりすぎている俺たちを見かねて、

「どうしました?傘を失敬したことを先生方に知られては、あとあと面倒です。早く帰るのが得策だと思うのですが。」

と玄関外から顔を出して声をかけた。

「なんでもねえ、今行く。」

とっさに俺は手に持っていた手紙をポケットにねじこんだ。
古泉は俺とハルヒの尋常でない様子を見て、一瞬いつもの笑顔を怪訝そうに曇らせたが、それについては何も言わずに、

「では、お早めにお願いします。僕は別に構わないのですが、長門さんと朝比奈さんを待たせるのは本意ではありません。」

と言って顔を引っ込めた。

「ホラ。みんな待ってるぜ。コレで顔拭けよ。」

俺はハルヒの手にポケットから取り出したハンカチを押し付けた。自分では、やさしく言ったつもりだった。
しかし、ハルヒはそれを俺に向かって投げ返し、代わりに自分のコートの袖でぐしぐしと涙をぬぐってから、
無言で靴を履き替えズカズカと外へ飛び出していった。あわてて俺もそれに続く。

 

その後はまさに地獄だった。

想像してみろ?あんな壮大な喧嘩をして、あげくの果てには大泣きさせちまった後のハルヒとの相相傘だ。
俺たちは肩と肩が触れ合わないように、お互い自分の体を不自然なまでに傘の中心から遠ざけて歩いた。
無論、お互い無言でな。
後方を歩く朝比奈さん、長門、古泉の目が明らかに不審なモノを見る目つきだ。


今になって、俺の頭は冷静さを取り戻していた。歩きながら思考をめぐらせる。
これは俺が悪いのか。いや、違う。最初に素っ頓狂なことを口走ったのはハルヒだ。
団長のあたしの許可なしに女と遊ぶな。たしかそんな感じだったな。
そんなバカな話があるか。これじゃいよいよもって、俺の青春はハルヒに邪魔されることになる。
下駄箱を開けてみて入っていたのが、未来からの指令でもなければ殺人者からの呼び出しでもなく、女の子からのデートのお誘いであったことは本来喜ばしいことだ。
これこそ俺の思い描いていた恋愛なんじゃないのか?
凡庸な高校生らしい恋。下駄箱にラブレターなんて、かわいらしいじゃねえか。
せっかくのお呼び出しだ。俺が行かないと、相沢さんは駅前で寒い中ずーっと俺を待ってることになるかもしれん。
ためらうことはない。これはチャンスなんだ。

でもSOS団のパーティはどうする?

そんなの知るか!迷うな俺。
仮にほかの男子が俺と同じ状況に置かれたとして、百人が百人デートを取るに決まってる。
俺にだってたまには、やかましいハルヒのいない息抜きのデートも必要だ。
俺は気づかれないように、隣を歩くハルヒの横顔をのぞき見た。
ハルヒは口をへの字型に曲げて、仏頂面をかもしだしていた。 
やっぱりな。謝る気も無いんだ。こいつには。

 

だが、先ほどのハルヒの泣き顔は、俺の脳裏に焼きついてなかなか離れようとしなかった。

 

―その日の夜。

俺は中学の卒業アルバムを引っ張り出していた。
自室でもう一度俺宛のラブレターらしき文書を読み返してみて気がついた。
相沢という名前に心当たりがあったのだ。

「やっぱりか。」

こいつだ。俺のクラスの欄には、顔写真とともに相沢の名前があった。
よく見ると、幼いながらも可愛らしい顔立ちをしている。ふむ。なかなか。
そういえば、相沢は俺の中学から共に北高に入学していた生徒のうちの一人だ。
結構仲もよかったはずなのに、なんですぐ思い出せなかったんだろう。
当たり前だ。記憶違いで無ければ、俺は高校に入ってから相沢と一言も言葉を交わしていない。
待てよ。だとすると、この『ずっと気になっています。』っていうのは中学時代からの話なのか。
なんてこった。全然、気づかなかった。

俺はますますこの誘いには応じなければならないような気がしてきた。
きっと相沢は、中学時代からの俺への想いが募り募って、やっとの思いでこの手紙にペンを走らせたのだろう。
その一途な姿を想像し、俺は心が揺らいだ。

 

もう1度手紙を読み直す。
その途端、俺に今までに無かった感情が湧き上がった。うれしくなってきた。
女子からラブレターを貰ってうれしくない男子学生などどこにもいない。
ニヤニヤ笑いを抑えつつ、相沢とのデートを妄想していると、

「どわぁっ!!」

いきなり携帯の着信音が鳴り響いた。一体誰からだ。こんな夜中に。

驚いたことに、背面液晶はハルヒからの着信を俺に告げていた。
俺の脳裏にハルヒの泣き顔が蘇る。
なんだなんだ?なぜハルヒがあんな喧嘩の後わざわざ俺に電話をかけてくるんだ?
言い争いの続きでもしようっていうのか?
待て待て。焦る必要はない。冷静になれ俺。
パーティのことを忘れていたのは確かに俺が悪かった。
ハルヒだってそこまで鬼じゃない。
あいつはアレで意外と素直な一面も持っている。ほんの一面だけどな。
ちゃんとその事を謝れば、相沢とのデートの事だって許してくれるはずだ。
なんでデートの事でハルヒに許しを請わねばならんのかは謎のままだが、この際それは置いといてもいい。
もう二度と、俺はハルヒのあんな顔は見たくなかった。
決心を固め、俺は電話に出た。

 

「もしもし?ハルヒか?今日は」
「今日のことだけど、あたしも少し言いすぎたわ。クリスマスイブのデートは、あんたの好きにしていいわよ。」
「へ?」
「だーかーら!デートのことはあんたの好きにしていいって言ってんの。そんだけだから。もう切るわよ。電話代もったいないし。」

ぶつん。ツーツーツー・・・。

甚だしく意外だった。こんな形であれ、ハルヒの口から謝罪の意が表明されるとは。
漠然とした罪悪感が、またもや俺を襲う。
電話越しのハルヒの声が震えて聞こえたのは、電波のせいではないだろう。 

 


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最終更新:2020年03月15日 00:30