昨日の夜、俺は悪夢を見た。風呂に入ってたら…寝小便オチはないから安心しろ。風呂に入ってたら突然、ハルヒがすっぽんぽんで入ってくる、という内容だったんだ。別にオチはない。入ってきたところで終わったんだから。これなら、この間の閉鎖空間のようにキスで終わるほうがはるかにマシだ。比較の問題だが。

 しかし本能というのは恐ろしい。俺の脳内カメラはそのハルヒの登場シーンを100万fpsで録画した挙句、脳内スクリーンでノンストップ上映を続けている。おかげで寝れやしなかった。なにしろ、あいつは外見だけで言えば北高トップクラスの美少女であるわけだからな。上映内容を詳しく描写しろってか?残念、禁則事項だ。

その本能とのバトルが終了したのは恒例の早朝ハイキング中だった。だが問題はその先、学校である。本人と会うと倒したはずの本能が復活する可能性が大だ。そして、相変わらず席は俺の後ろ、つまり、ハルヒを視界にいれずに教室に入るのは不可能ということだ。俺は最後の可能性、ハルヒが俺より遅く来る、を信じてドアを開ける。いない!
やったぜ!今日は遅い!これならなんとか一日耐えられそうだ!と思ってたら目の前に突然現れやがった。入り口に程近い席の阪中辺りと話してたらしい。

「ねえ、キョン!」
朝から元気だなお前は。寝不足の目には光り輝いて見えるぜ…って畜生、予想通りまた本能が復活してきやがった!無意識に胸のほうへ行こうとする視線を必死で戻す、が、妙にまばゆい鎖骨から喉のあたりが目に飛び込んできたあたりで、俺の脳は服に覆われた部分の補完を開始しやがった!ハルヒは何か言ってるが正直それどころじゃない。
「ちょっとあんた聞いてるの?」
いきなり俺の腕をつかみやがった。妙なことを意識してるせいか、つかまれた部分がやたらムズムズする。そしてつい反射的にその部分を手ではたいてしまった。瞬間、ハルヒはもともと大きな目をさらに大きく見開いて
「…キョン…あたしのこと…」
とつぶやいたっきり固まってしまった。こっちはあまりにも無意識での行動だったので、ハルヒの突然の停止がしばらく理解できなかったが、阪中の「ちょっとキョン君あんまりなのね!」の一言で我に返った。

そうだ、たしかに客観的に見れば、汚いものに触られたときのリアクションそのままであり、ハルヒが傷つくのも無理はない。だからって、どうやって謝ればいいんだ?正直に「全裸のあなたを夢に見てしまい、妙に意識してこういう行動をとってしまいましたごめんなさい」なんて言えるわけがないだろう?しかしハルヒは相当ショックを受けたのだろう、固まったまま動こうとしない。殴りかかってきたほうがはるかに救われただろうか。どうすんの、どうすんの俺?

他人から見ればそれから0.5秒後、俺にとっては5時間後。大量の「どうすんの俺?」でいっぱいになった俺の脳はついにエラーを起こし、暴走した。具体的に言うと叫びながら屋上へ走り去ってしまったのだ。そして暴走する瞬間まで、平行して補完シミュレートしてやがった俺の脳に乾杯。

すまんハルヒ。…ああ、教室から古泉が携帯電話片手に青い顔して飛び出してったのが見えた。
すまん古泉。
…はあ、どうすっかなあ~。

教室に戻ってからその日の授業終了まで、ハルヒは目すら合わせてくれなかった。
団活は当然中止。落ち込み、悩みながら帰ろうとする俺を、誰かが引きとめた。無意味にハンサムなその顔はまさしく古泉だった。お前、閉鎖空間で神人と戦ってたんじゃなかったのか?
「さっきまで戦ってましたよ。一体何があったんですか?今日の閉鎖空間の発生数は尋常ではありませんよ。」
俺は今日起こったことを話した。
「確かにそれでは涼宮さんが落ち込むのも無理はないですね…。」
しかし、あんなエロ夢が原因とは言いたくても言えないだろ?
「確かに、涼宮さんのあられもない姿を夢とはいえ、見てしまえば僕でも平常心でいられるとは思えません。」
他人事だと思いやがって、鼻の下伸びてんじゃねえか。
「僕だって高校生男子ですから。それはそれとして、かいつまんで言えば夢で見た涼宮さ んが美しかったからつい意識して、ああいう行動をしてしまったんですよね?」
確かに、単語をそぎ落としたらそうなるがなあ…
「そぎ落とさなくても本質はそうです。その点を伝えれば特に問題はないと思います。」
なんとなく、上手く言いくるめられてしまったような気がしてすっきりしない。しかし俺にはもうこれにすがるほかなかった。

だが正直、このタイミングで古泉に会ったのは幸いだった。悔しいがこういうことを話せる奴は俺の周りではこいつしかいない。谷口は口の堅さに問題があるし、国木田は頭はいいが、こういった面では古泉にはるかに劣るだろう。実際はわからないが、なんとなく。ほかのSOS団員、長門や朝比奈さん、顧問の鶴屋さんは女性だしもってのほかだ。

翌日、ハルヒはいつもどおり登校していた。あまりのショックに学校に来ない可能性もあったので少し安心した。適当に近づいたところでよう、と声をかける。無反応。やっぱり難しいか…席に着いたところでもう一度声をかける。今度は目だけわずかにそらした。俺のために使うエネルギーを最小限に抑えてやがる。これはもう奇襲作戦しかない。俺はハルヒの腕をぐい、とつかんだ。
「ちょっと、なにすんのよ!」
24時間ぶりに聞くハルヒの声。たとえそれが怒声であっても、少しほっとした。だが感動している暇はない。すかさず引っ張る。さすがのハルヒも予想外のことには対応できなかったんだろう、踏ん張れずにこっちへよろめいた。こうなりゃこっちのもんだ。そのまま人気のないところまで連れて行く。目指すはいつぞやの、SOS団設立の協力を要請されたときのあの場所、屋上に続く踊り場だ。あの時とは逆の立場だけどな。あそこなら大丈夫だろう。あとは逃げ出さないようにしっかり肩をホールドして、大きな黒い瞳を見つめて話すだけだ。


…その前にハルヒが口を開きやがった。
「昨日といい、あんた一体何なのよ…昨日はあたしをまるでバイ菌かなにかみたいな扱いしたわよね!かなりショックだったわ!こう見えてもあたしだって乙女なんですからね!」
果たしてコイツが乙女という単語に該当する存在かどうかは知らんが、バイ菌みたいな扱いというのは誤解にも程があるんだがな。何はともあれ、準備は整った。行け、行くんだ
(ここに俺の本名が入る)!
「あー、昨日のあれはな、あのー、その、あれだ。その前の夜、夢にお前が出てきたんだ。そのときのお前がとんでもなく美人だったんだ。」
「はあ?それがどうあの行動につながるのよ?」
「あまりに美し過ぎて、一晩眠れなかったほどだったんだ。そんな頭で学校に行って、お前に会って、腕をつかまれてみろ、逆にああいう行動を取ったとしてもなんら不思議じゃないぜ。」
「あたしがそんな言い訳信じると思ってるの?あんたバカじゃないの。」
ちくしょう!頑固にも程があるぜ全く。…でも本当なんだからしょうがないだろうが。万事休すか。いや、待て、この薄暗い空間にさっきの「バカじゃないの」って台詞、一度前にも
こういうことなかったか?

あったな、忘れもしない、あの閉鎖空間。ご丁寧にハルヒの顔にさす光の角度まであのときそのまんまじゃねえか。こうなったらやることはただ一つ、なんだろうな。
しょうがねえ、やるか。今度は正真正銘の現実でな!

「…どうだ?バイ菌と思ってるやつにこんなことするか?」
ハルヒは昨日同様固まっていたが、顔は見る見るうちに真っ赤になっていった。そうだ、あの時はやった(こら、そこの中学生!そういう意味じゃないぞ!)瞬間目が覚めてるから、後は知らないんだよな。そう思いながらしばらく観察していると、今度は赤く染まった頬をつねりはじめた。
「これ?夢じゃないの?いや、夢だわ。だってあたしの夢って五感があるもの。そうよ、テレビなんかで夢かどうか確かめるために頬をつねる、ってところであたしいっつもツッコんでたじゃない。」
…などとわけのわからんことをつぶやきだした。

お前が夢だと思うなら夢でもいいさ。たぶん一生覚めないけどな。ほら、5分前のベルが鳴るぜ。授業に出ないと俺もお前も困るだろ?特に1時間目は俺が苦手な教科なんだから…
ん?お前、何このタイミングで目薬さしてるんだよ。それよりもいつの間に目薬出し入れしたんだ。お前から目を離したつもりはなかったんだが。しかも量多すぎないか?大半があふれてるぞ。

「バカキョン…あんたって、本当にバカなのね!何が授業よ!あんたは勉強以前の問題だわ!」
真っ赤な目でそう言うと、いつぞやの朝比奈さんのように胸をぽかぽか叩きはじめた。ははは、ずいぶん女の子らしいことしてくれるじゃないか。って痛ッ!どっからそんな力沸いてくるんだ!
「心臓にショックを与えて頭に新鮮な血液が行くようにしてやってるんだから!感謝しなさい!」
100Wの笑顔で言う台詞とやる行動じゃないだろ。

 

…やれやれ。やっぱりこういうオチになるのか。耐えてくれ、俺の肋骨。

 


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