<<前回のあらすじ>>
 キョン妹が地方公務員試験に合格した。キョンは妹に対し祝福の念を抱くと同時に、激しい焦燥感も覚えた。
 公務員が給料泥棒のダメ人間なんてのは、ごく一部の人の話ですよ。大半の公務員は真面目に職務をまっとうしているのですよ。
 まあ、その「一部のダメ公務員」が、国家の中枢や諸機関の上層部に集中しやすいというのが問題なのですが。
 ショックを受けたキョンは公園へ赴いた。そこには、暖かくも退廃的な無職集団・SOS団がたむろしていた。
 キョンは心の底から谷口に敵意を抱いた。
 そして、古泉がつぶやいた。
「涼宮さんに、心の底から就職したいと願わせるんです」

 


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「いいですか。涼宮さんに、心の底からSOS団の皆で就職したいと願わせるのです。さすれば、僕たちは晴れて手に職を持つができるでしょう」
 確かに。ハルヒが本気で就職したいと思えば、その希望は実現するに違いない。
 今まで幾度もハルヒは、俺たちにその信じられないような神秘的パワーを見せ付けてきた。今さらそれを疑うつもりなんてないし、第一そんなのはナンセンスだ。
「それに涼宮さんが、日銭を稼ぐのが精一杯というような貧困的職業を希望することはありえません。必ず先進的でやり甲斐のある職を願われるはずです」
 確かにな。生活に追われる食うや食わざるやの仕事なら、わざわざ神的パワーを使わなくても手にいれられるはずだし。
「そうです。そういう底辺に近い職に就きたくないからこそ、僕らはこうやって無職をしているのですから」
 自分ではあまり意識していなかった部分まで、古泉の言葉は俺の願望を如実に物語っていた。そう。俺は生活に困るような仕事はしたくないのだ。
 裕福になりたいとまでは言わないが、せめて今までと同じ生活レベルを保って、平々凡々と暮らしていたい。それだけが俺の願いなんだ。
「概ね僕も、あなたと同意見ですよ。少なくとも金銭面で苦しい思いはしたくない。日々を忙殺されることになろうとも、ね」
 互いに肩を組み合い、俺と古泉はうなづきあった。持たざる者である我々無職にとっては、この仲間との団結だけが大きな財産なのだ。

 

 意を決した俺と古泉は、ベンチに座って朝比奈さんのお茶をラッパ飲みするハルヒの左右に腰掛けた。これぞ俺と古泉の、両サイドからのステレオ攻撃。
「なあ、ハルヒ」
「なによ」
 谷口襲来の一件で、すっかりハルヒのご機嫌は損なわれてしまったらしい。しかしそんなの関係ねえ。
「悔しくないか、あそこまで谷口にボロクソ言われて」
「ふん。別に私は悔しくなんてないわよ。いちいち他人の言うことなんか気にしてたら、キリがないもの」
 そう意地を張るハルヒだが、コメカミのあたりに青筋がぴくぴくと脈打っているのを俺は見逃さない。
「俺たちも、ほら。なんだ。いい年なんだしさ。そろそろ、本気で将来設計つうか、生活のことを考える時期なんじゃないかと思うんだ」
 俺は真面目な顔つきで、ハルヒの目を見つめてそう言った。
 凡人のくせに分かったような口をきくな!と怒鳴られるかと覚悟していたのだが、意外にもハルヒは神妙な顔つきで黙りこくっていた。
 やはりこいつも、泰然を装ってはいても心の中では俺たちと同様に苦しんでいたんだな。何も言わずとも、その心中は察しているぞ、ハルヒ。
「将来のことを考えるって言っても、求人がこんなんじゃね。やる気はあるのに、それに見合う場がないんじゃ話にならないじゃない」
「では涼宮さんは、具体的にどのような職業に就きたいと思っているのですか?」
 そこですかさず古泉が口をはさむ。ハルヒに希望する職種像を明確にイメージさせる良い質問だ。
「そうねえ。自分の実力を100%発揮できて、それを予断無く正当に評価してくれる、年功序列なんかにとらわれない実力主義の会社ね!」
 もっと謙虚さやしおらしさがあれば、こいつもやり手の営業として成功するだろうに。
「あまり具体的ではありませんね。どんな分野で、どのような能力をもって、どう働いていきたいのか。それを聞きたかったのですが」
「う~ん……そう言われると難しいわね。そこまで細かく考えたことなかったし。ドーンと行ってバーン!と成功できればいいな、くらいしか思ってなかったわ」
 なんだかんだでこいつが無職なのは、この短絡的な性格にこそ原因があるのだろう。
 きっと今までの面接でも、この単発的でいいかげんな面を余すことなく繰り広げてきたに違いない。そりゃ落ちるわ。
「長年の付き合いである涼宮さんの将来の展望。是非お聞きしてみたいものです。宜しければ、近々お教え願いたいものですね」
「ええ。別にいいわよ」
 あまり深く考えることなく、ハルヒは古泉の話を引き受けたようだ。そうだ、それでいい。是非1日でも早く明確な将来のビジョンを持ってもらいたい。
 結局それがハルヒ自身のためになるのだし、ついでに俺たちも救われることになる。まさに一石二鳥。

 

 

「あ、もうお昼ですよ」
 空になった魔法瓶を脇に提げ、腕時計に目を落としながら朝比奈さんがベンチから立ち上がった。
「そっか。んじゃ、そろそろ行くかい?」
 それに倣うように鶴屋さんも腰を上げ、長門は読んでいた本を閉じて鞄にしまった。
 ちなみに鶴屋さんの言う「行く」というのは、すっかり俺たちの昼食場所として定着してしまった長門のマンションのことだ。
 我々SOS団は日がな毎日、午前中をこうして公園で過ごし、昼になると一気に長門宅になだれ込むのを日課としている。
 本当に毎日のことなのだが、長門自身はまったく気にしていないふうなので、最初のうちは遠慮がちだった俺たちも今じゃまるで自宅のように気軽に出入りしている。

 

 そもそもSOS団が長門のマンションの一室に入り浸るようになったのは、長門が独り暮らしであることと広い割に整然としているという点が大きな理由だ。
 けっこうな高級マンションであるにも関わらず、誰にも気を遣うことなくワイワイやれるというのは、俺たちにとっちゃ最高の好条件。
 それに、これは長門以外のメンバー全員の暗黙の了解だが、俺たちが長門宅で楽しく過ごしていると、長門自身がとても楽しそうなのだ。
 元来無表情な宇宙人である長門有希だが、長い付き合いのSOS団メンバーには彼女の表情の機微が読み取れるようになってきたようだ。

 

 

「おっじゃましまーす!」
 開口一番そう言うと、真っ先にハルヒが長門宅へズカズカ無遠慮に踏み込んで行った。セリフとは裏腹に、お邪魔だなんてカケラも思っていないに違いない。
 その点、朝比奈さんや古泉は親しき仲にも礼儀ありの作法に則っているあたり常識人だ。
 高校時代から今現在なお、ずっと世話になっている身なので、俺もふたりと同じく礼儀正しく靴をそろえて上がらせてもらった。
 ハルヒの脱ぎ飛ばした靴が、傘立てに引っかかっているのが目に入った。
 その靴をさりげなく、本当にさりげない動作で鶴屋さんが土間に並べて置いた。鶴屋さんも、こういう気遣いは天才的だよな。

 

 

 

「免許が無いせいだと思うのよ!」
 ドン!と勢いよく机をたたき、カレーを口の端につけたままハルヒが突然すっとんきょうな声を張り上げた。
「免許がどうしたって? 資格とか、そういうのか?」
「違うわよ。自動車免許よ。資格もあればいいだろうけど、やっぱり今の世の中は車社会なんだから、車の免許がないと採用も難しいってことよ」
 そういやこいつ前に、普通自動車免許を取得するために自動車学校まで行ったが「普通」という名称が気に食わなかったから結局入校しなかった、て言ってたな。
 そんな理由で免許を諦める人は世界広しといえど、こいつくらいのもんだろう。そんなところに文句をつけられた自動車学校側も返答に困ったに違いない。
 ちなみに、俺も古泉も鶴屋さんも車の免許は持っている。今の世の中は、ハルヒの言う通り車社会だからな。ペーパーだとしても持っていた方がいい。
 長門は自動車学校へ通ったりしないだろうが、こいつなら免許の偽造くらいワケないだろうし、車に乗った瞬間から二種免許を持つベテランドライバー真っ青のテクを見せてくれるに違いない。
 つまりこの中で実質車に乗れないのは、ハルヒと朝比奈さんの二名だけということだ。
「まったく。免許を持っているかどうかで職業の向き不向きを判断するなんて。配達業や車関係の会社とかならまだしも……」
 免許を持っていないことに深いコンプレックスでもあるのか、ハルヒはぶつくさと文句を垂れながら水菜サラダにフォークを突き刺した。
 面接なんて短時間の話し合いで採用希望者の本質を見抜くことは難しいから、どうしても免許や資格とか、形のあるものに重点を置いてしまうんだろうな。それは仕方ないことだと思う。
 まあハルヒの場合は、免許の有無以前の問題なんだろうけれど。

 

「決めたわ!」
 さりげなく鶴屋さんに注いでもらった水を一気に飲み干し、ハルヒは満面の笑みで一同を見渡した。
「私、今日から自動車学校に通うわ! 車の免許を取るの!」
 珍しくまともで建設的なハルヒの宣言に、SOS団一同は一瞬言葉を失い、あっけにとられたようにハルヒの輝く笑顔を見つめていた。
 免許取得宣言に最初に反応を返したのは、ハルヒの隣に座る鶴屋さんだった。
「ハルにゃんってば、自動車学校に通うのかい!? いいな、なんだか面白そうだねぇ!」
「もちろんよ!」
 なんだか脱力してしまうような光景ではあったが、対面の古泉はそのハルヒの宣言にいたく感じ入っているようだった。
「さすが涼宮さんです。良い着目ですね。確かに車の免許があれば、面接試験の書類審査でも、試験管に対して好印象が与えられるはずです」
 確かに、こうしてハルヒの勤労に対する意識が高まっていけばいくほど、俺と古泉の野望も実現に向かって進むんだ。今は素直に喜び、賛同してやるとするか。
「そうと決まれば善は急げ、思い立ったが吉日よ! 早速お金を工面して、自動車学校に行ってくるわ!」
 さすがに行動力がある。すさまじいフットワークだ。相性の良い仕事にめぐり合えれば、きっと出世するだろうに。
「いってらっしゃい。無事に免許が取れると良いですね」
「なに言ってるのよ、みくるちゃん。二人で行くのよ!」
「えぇ!? わわ、私もですか!?」
「そうよ。だって、SOS団内で自動車免許を持ってないのって私とみくるちゃんだけなのよ? ねえ、そうでしょ?」
 当然、俺は持っている。
「僕もこの通り、常備しておりますよ」
「私も持ってるっさ!」
「活用はしていないが、私も持っている」
 長門の自己申告は本当かどうか分からないが、まあ長門は今この場で運転を頼まれても問題ないだろうから、免許を持っているとしておいてもいいだろう。
「ほらね、私とみくるちゃんだけなのよ。そんなの悔しいでしょ? だからこの機会に、二人でそろって自動車学校に行きましょう!」
「ふひぃ、私は別に、その、免許がなくても困りませんよぅ」
「今のご時勢、ペーパードライバーでも免許持ってて損はないのよ。レンタルビデオとかカラオケの会員カード作るのにも使えるし。さ、行くわよ!」
 今のご時勢って言うか、今の時代はな。未来世界ではどうだか知らないが。
「あ、ちょ、涼宮さん、ひっぱらないでぇ! わひぃぃいいぃぃ!」
 あれよあれよと言う間に、バタンという閉戸音を響かせてハルヒと朝比奈さんの姿は見えなくなってしまった。
 まあ、こういうこともあるか。などと悠長に考えつつ、俺はケラケラと笑う鶴屋さんの声を聞きながらゴロリと横になった。

 

 

 

 結局、やたらご機嫌なハルヒと疲れきった表情の朝比奈さんが長門邸に戻ってきたのは夕方になってからのことだった。
 上機嫌で自動車学校のことを話すハルヒの後ろで、疲労困憊という風体の朝比奈さんが深くため息をもらしていた。はて。自動車学校の入校式くらいでそんなに疲れるもんだろうか。
「楽勝よね、自動車学校なんて! 見てなさい。乗り越しゼロで卒業してみせるわ!」
 高らかにそう言い放ち古泉や鶴屋さんから喝采を浴びるハルヒの脇をすり抜けてきた朝比奈さんが、無言でそっと俺に自動車学校の教本を手渡した。
 そこには、こう書かれてあった。【大型特殊】
 俺は我が目を疑ったね。え? 大特?
「やっぱ普通免許より、特殊免許でしょ!」
「そうですね、さすがは涼宮さんです」
 さすが涼宮さん、じゃねえよ古泉バカヤロー。

 

「おいちょっと、ハルヒ!? これはどういうことだ? 大特免許って?」
「やっぱさ、普通自動車より特殊車輌の方が私向きじゃない? 履歴書の資格免許欄に書く時も、普通って書くより特殊って書いた方が存在感あるし!」
 これを本気で言っているんだからなぁ……。お前の頭の中で、車の免許というものがどういう位置づけにあるのか聞いてみたい。
「どうもこうも。昔から大は小を兼ねるって言うじゃない。大型特殊免許を持っていれば何だって乗れるのよ! 4tトラックは元より、普通自動車も大型バイクも思いのままよ!」
 乗れねえよ。っつうか、乗れると思って申し込んだのか!?
「当たり前田のティンパニーじゃない!!」
 ……もうダメだ、こいつ。

 

 いや、問題はそこじゃない。ハルヒが普通免許とろうが大特免許とろうがそんなの一切お構いないが、看過できないのは朝比奈さんまで巻き込んだという事だ。
「みくるちゃん! 明日からふたりで、運送屋を目指して一直線よ!!」
「にぇぇ……」
 朝比奈さんの手に握られた自動車学校の領収書が、もう後戻りできないことを如実に物語っていた。
 古泉にふと目をやると、困った表情で両手を持ち上げていた。長門は口を出そうはずもない。
 ……もう、勝手にしてくれ。頭が痛くなってきた。
 ハルヒがひたすらヒートアップした夕暮れ時の長門邸では、ただただ鶴屋さんの甲高い笑い声だけが響いていた。

 

 

  つづく


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