「……おお」「ほへぇ」
一人と一台、つまりキョソとこいずみくんは、高い高い城壁を見上げて、感嘆の声をあげました。
そこは立派な国でした。この辺りにある国の中ではとりわけ大きく、豪奢で、歴史を感じさせます。
「ここなら老若男々、ありとあらゆるアナルに遭遇できそうですよ!」
「そりゃよかったな」
キョソは生返事をして、まだ城壁を眺めていました。
この時、キョソはなぜか妙な胸騒ぎを感じましたが、こいずみくんにそれを話したりはしませんでした。
国に入ったコンビはさらに驚きました。
国はやっぱりというか、とにかくどえらい発達していたのです。
行き交うホヴィー(ホヴァー・ヴィークル、浮遊車両のこと)はどれも見たこともないくらいの最新型。住民はみな都会的というか、先鋭的な衣服をまとっていて、それがまたよく似合っているのです。
建造物もまたレトロフューチャーというか温故知新というか、いい感じに格好いいのです。
「すっげぇな」
キョソのつぶやきに、
「キョソたん! この国のアナルはすげぇですよ! 極上ですよ!」
こいずみくんはすでに二桁に達するほどおとこをたいらげたようです。
さて、一人と一台はしばらくの間国を見て回りました。
あらゆるものが新鮮で、とにかくキョソとこいずみくんは驚きおののき二十一世紀な感じに観光を楽しみました。
やがて、彼らは大きな広場にやって来ました。
そこにできた人だかりにキョソは目を留め、こいずみくんとともに輪の中に入りました。
「何だ? ……おふれ?」
そこには国王からのおふれが書いてありました。
―次期国王募集―
わが自慢の姫君二人の花婿を募集する。
われこそはと思う者、必殺のアプローチを考えて応募されたし。
姫君の眼鏡に適う者が現れれば、次期国王の座を譲ることを考えないでもない。
国王
「……なんかファジーな王様だな」
「この国の国王様はあらゆるものを娯楽に変えるのが好きなのです」
キョソのつぶやきに答える声がありました。キョソが振り向くと、そこには何となく某機関の期間限定パートメイドさんっぽい、すっとした出で立ちの女性が立っていました。
「わたくし、姫君二人の世話役兼メイドを仰せつかっております、モリーと申します」
彼女は静かに礼をしました。キョソは、彼女がどうやら自分に話しかけてきたらしいことを知って、
「はじめ……まして」
珍しく丁寧に返礼しました。モリーは半眼のような眼差しでキョソを見て、
「失礼ですが、お二方の後を前の国よりつけさせていただきました」
「何でまた」
キョソはこいずみくんがまたおとこ漁りに消えてしまったことに気づきながら言いました。するとモリーは、
「キョソさま。ぜひあなたにこの国の次期国王候補として立候補していただきたいのです」
キョソはぱちぱちと瞬きをしました。すぐには意味の解らない言葉でした。
「端的に言いますと、姫の結婚相手になっていただきたいのです」
モリーはキョソの様子を見て、即座にさきほどの言葉を言い換えました。
彼女の瞳は静かなる意思に満ちていました。
一時間後、キョソは巨大な宮廷の一室に招かれていました。
彼は自分でもなぜついてきてしまったのかよく解りませんでした。
単に姫君に好奇心があったのかもしれませんし、お城の中を見たかったのかもしれませんし、モリーが麗容な微笑を浮かべていたからかもしれません。
「お待ちください」
モリーがそう言って奥の一室に引っ込むと、キョソは何だか落ち着かなくなりました。
「そういやこいずみはどこ行ったんだ」
その頃のこいずみくんは――、
「うっほうひゃっほいいおとこー、もっほもほっふぃいいおとこー♪」
いいおとこを掘りまくっていたのは想像に難くないことでしょう。
しかし、こいずみくんもキョソも、この時はまだ、この国の衛兵がいかに冷酷であるかを知らなかったのです。
衛兵が屈強であるからこそ、この国の王の能天気さでも政治が成り立っているわけで。
「…………」
さてさらに数分後、キョソは言葉を失っていました。
「こちらがサキ姫、こちらがハル姫でございます」
モリーの紹介によって名が明かされた二人の姫は、共にとんでもないくらいの美人でした。
それこそ、キョソがこれまで旅をしてきた中でも五指、いえ三つの指に入るほどです。
翌朝。
キョソは早い時間にひとりでに目が覚めました。
いつもなら寝起きに一時間近くかかることすらある彼ですが、なぜだか今日は早起きしたのです。
「こいずみー」
起きて早々に、彼はモトラドの名を呼びました。
「……帰ってないのか?」
キョソがどこに泊まろうと、こいずみくんは彼特有のセックスセンスでピピンとキョソの居場所を嗅ぎ当てて、いつだって戻ってくることができるはずでした。
しかしこいずみくんはいないようでした。キョソはやれやれと思いつつも、仕方なく一人で街を散策することにしました。
「いつでも来てくれていいよ。僕はキミのことが気に入った」
昨日、サキが別れ際に放った一言を思い出して、キョソは顔が温かくなるのを感じました。キョソは実際問題、今日もお城に行こうか迷っていました。
彼はサキを思い浮かべ、次にハルの物憂げな表情を思い出しました。
「あ」
肩がぶつかって、キョソは思わず飛びのきました。彼は考え事に没頭しているあまり、注意力散漫になっていたのです。
「あ」
ぶつかった相手はハルでした。
「お前は……」
「……」
ハルは見事に街の空気に溶け込んでいました。街の人は彼女に気がつかないようでした。
ハルは何も言わず、きびすを返して立ち去ろうとします。
「待てって」
キョソは思わずハルの手を取っていました。いつもの彼ならば、こんな無愛想な人物など余裕でスルーしているところですが、この時は違いました。
「……何よ」
「いや、その」
呼び止めたものの、キョソは何を言うべきか迷っていました。実質、ハルと話すのはこれが初めてでしたから。
「あんた」
ハルが言いました。彼女はキョソではなく、路上の何もない一点をぼうっと見ていました。
「サキ姉と結婚するの?」
キョソの心臓はキャット空中三回転半ひねり足くじきな具合にもんどりうってフライハイ、ラプソディインブルーでした。要するにどっきりしました。
「な、何言ってんだよ! んなことあるはずないだろ」
キョソは手を離して言いました。ハルはキョソをちらりと見て、
「目が泳いでる」
「……」
「まあ、あたしの知ったことじゃないし、勝手にすればいいわ」
ハルはそう言うと、キョソが止める間もなく去ってしまいました。
「何なんだよあいつは。ぶしつけだな」
キョソはつぶやきました。けれど、彼はやはりハルのことが気にかかりました。
彼女の瞳には、何かミステリアスな光が宿っているようでした。