アナルは、美しくなんかない。
 そして、それゆえに美しい。
 Anal is not beautiful,therefore it is.



 キョソの旅 ――The Anal World――



 第十二話 「最後の国」
 ―All roads lead to Anal―

 その日。
 一人の旅人と一台の人型モトラドは、何の変わりばえもなく旅を続けていました。
「キョソたん。次の国にはいいおとこはいますかね」
「お前どこいってもそればっかだよなしかし」
「何を言っているんですか。おとこは世界を救うんですよ。僕のアナルもぴっかぴかです!」
「意味わからん」
 まあそんな感じで、確かに意味は解りませんが、道を走って、国に入って、三日滞在する。このサイクルを続けた彼らは、今回もまた国に到着しました。


「……おお」「ほへぇ」
 一人と一台、つまりキョソとこいずみくんは、高い高い城壁を見上げて、感嘆の声をあげました。
 そこは立派な国でした。この辺りにある国の中ではとりわけ大きく、豪奢で、歴史を感じさせます。
「ここなら老若男々、ありとあらゆるアナルに遭遇できそうですよ!」
「そりゃよかったな」
 キョソは生返事をして、まだ城壁を眺めていました。
 この時、キョソはなぜか妙な胸騒ぎを感じましたが、こいずみくんにそれを話したりはしませんでした。

 国に入ったコンビはさらに驚きました。
 国はやっぱりというか、とにかくどえらい発達していたのです。
 行き交うホヴィー(ホヴァー・ヴィークル、浮遊車両のこと)はどれも見たこともないくらいの最新型。住民はみな都会的というか、先鋭的な衣服をまとっていて、それがまたよく似合っているのです。 建造物もまたレトロフューチャーというか温故知新というか、いい感じに格好いいのです。
「すっげぇな」
 キョソのつぶやきに、
「キョソたん! この国のアナルはすげぇですよ! 極上ですよ!」
 こいずみくんはすでに二桁に達するほどおとこをたいらげたようです。

 さて、一人と一台はしばらくの間国を見て回りました。
 あらゆるものが新鮮で、とにかくキョソとこいずみくんは驚きおののき二十一世紀な感じに観光を楽しみました。
 やがて、彼らは大きな広場にやって来ました。
 そこにできた人だかりにキョソは目を留め、こいずみくんとともに輪の中に入りました。
「何だ? ……おふれ?」
 そこには国王からのおふれが書いてありました。

 ―次期国王募集―
 わが自慢の姫君二人の花婿を募集する。
 われこそはと思う者、必殺のアプローチを考えて応募されたし。
 姫君の眼鏡に適う者が現れれば、次期国王の座を譲ることを考えないでもない。 
  国王

「……なんかファジーな王様だな」
「この国の国王様はあらゆるものを娯楽に変えるのが好きなのです」
 キョソのつぶやきに答える声がありました。キョソが振り向くと、そこには何となく某機関の期間限定パートメイドさんっぽい、すっとした出で立ちの女性が立っていました。
「わたくし、姫君二人の世話役兼メイドを仰せつかっております、モリーと申します」
 彼女は静かに礼をしました。キョソは、彼女がどうやら自分に話しかけてきたらしいことを知って、
「はじめ……まして」
 珍しく丁寧に返礼しました。モリーは半眼のような眼差しでキョソを見て、
「失礼ですが、お二方の後を前の国よりつけさせていただきました」
「何でまた」
 キョソはこいずみくんがまたおとこ漁りに消えてしまったことに気づきながら言いました。するとモリーは、
「キョソさま。ぜひあなたにこの国の次期国王候補として立候補していただきたいのです」
 キョソはぱちぱちと瞬きをしました。すぐには意味の解らない言葉でした。
「端的に言いますと、姫の結婚相手になっていただきたいのです」
 モリーはキョソの様子を見て、即座にさきほどの言葉を言い換えました。
 彼女の瞳は静かなる意思に満ちていました。
 

 一時間後、キョソは巨大な宮廷の一室に招かれていました。
 彼は自分でもなぜついてきてしまったのかよく解りませんでした。
 単に姫君に好奇心があったのかもしれませんし、お城の中を見たかったのかもしれませんし、モリーが麗容な微笑を浮かべていたからかもしれません。
「お待ちください」
 モリーがそう言って奥の一室に引っ込むと、キョソは何だか落ち着かなくなりました。
「そういやこいずみはどこ行ったんだ」

 その頃のこいずみくんは――、
「うっほうひゃっほいいおとこー、もっほもほっふぃいいおとこー♪」
 いいおとこを掘りまくっていたのは想像に難くないことでしょう。
 しかし、こいずみくんもキョソも、この時はまだ、この国の衛兵がいかに冷酷であるかを知らなかったのです。
 衛兵が屈強であるからこそ、この国の王の能天気さでも政治が成り立っているわけで。

「…………」
 さてさらに数分後、キョソは言葉を失っていました。
「こちらがサキ姫、こちらがハル姫でございます」
 モリーの紹介によって名が明かされた二人の姫は、共にとんでもないくらいの美人でした。
 それこそ、キョソがこれまで旅をしてきた中でも五指、いえ三つの指に入るほどです。

「キミがキョソか。話はモリーから聞いたよ。なかなか興味深い」
 サキと呼ばれた少女(見たところ、サキもハルもキョソと同い年くらいでした)は、キョソの心を一発で奪うほど淑やかな笑みを浮かべて言いました。
 ひとつ、キョソにとって意外だったのは、サキが独特の言葉遣いをする女性だったことでしょうか。
「よろしく」
 サキは前に進み出て、キョソと握手しました。キョソはかしこまってどもってしまい、何だかうまく喋れませんでした。彼ははっきりとサキのほうに一目惚れしていたのです。
「あ、ハル様!」
 モリーの呼び声にキョソが視線を外すと、ちょうどハルが自分の部屋に引っ込むところでした。
 その姿を見ていたサキは、
「ああ、あの子は人見知りが激しいんだ。気にしなくていいよ」
 そう言ってキョソに笑いかけました。彼女は時計を見ると、
「お茶にしないかい? ちょうどいい時間だしね」
「……ああ」
 キョソはうなずきましたが、何となく頭にハルの横顔が残っていました。


 夕方、キョソはお城から帰ってきました。
 半分くらいはサキと一緒に過ごした時間、もう半分くらいは正体不明の困惑で胸中は満たされていました。
「こいずみ!」
 こいずみくんを呼んでみましたが、いつもの軽快な鼻歌は聞こえてきませんでした。
 あのイノセントアナルゲイモトラドがおとこあさりに精を出しすぎた挙句帰ってこないのはいつものことでしたから、キョソは仕方なく自分で宿を探して一日を終えることにしました。
 サキに城に泊まることを提案されたりもしましたが、さすがにそれは固辞したキョソです。
 


 翌朝。
 キョソは早い時間にひとりでに目が覚めました。
 いつもなら寝起きに一時間近くかかることすらある彼ですが、なぜだか今日は早起きしたのです。
「こいずみー」
 起きて早々に、彼はモトラドの名を呼びました。
「……帰ってないのか?」
 キョソがどこに泊まろうと、こいずみくんは彼特有のセックスセンスでピピンとキョソの居場所を嗅ぎ当てて、いつだって戻ってくることができるはずでした。
 しかしこいずみくんはいないようでした。キョソはやれやれと思いつつも、仕方なく一人で街を散策することにしました。

「いつでも来てくれていいよ。僕はキミのことが気に入った」
 昨日、サキが別れ際に放った一言を思い出して、キョソは顔が温かくなるのを感じました。キョソは実際問題、今日もお城に行こうか迷っていました。
 彼はサキを思い浮かべ、次にハルの物憂げな表情を思い出しました。
「あ」
 肩がぶつかって、キョソは思わず飛びのきました。彼は考え事に没頭しているあまり、注意力散漫になっていたのです。
「あ」
 ぶつかった相手はハルでした。
「お前は……」
「……」
 ハルは見事に街の空気に溶け込んでいました。街の人は彼女に気がつかないようでした。

 ハルは何も言わず、きびすを返して立ち去ろうとします。
「待てって」
 キョソは思わずハルの手を取っていました。いつもの彼ならば、こんな無愛想な人物など余裕でスルーしているところですが、この時は違いました。
「……何よ」
「いや、その」
 呼び止めたものの、キョソは何を言うべきか迷っていました。実質、ハルと話すのはこれが初めてでしたから。
「あんた」
 ハルが言いました。彼女はキョソではなく、路上の何もない一点をぼうっと見ていました。
「サキ姉と結婚するの?」
 キョソの心臓はキャット空中三回転半ひねり足くじきな具合にもんどりうってフライハイ、ラプソディインブルーでした。要するにどっきりしました。
「な、何言ってんだよ! んなことあるはずないだろ」
 キョソは手を離して言いました。ハルはキョソをちらりと見て、
「目が泳いでる」
「……」
「まあ、あたしの知ったことじゃないし、勝手にすればいいわ」
 ハルはそう言うと、キョソが止める間もなく去ってしまいました。
「何なんだよあいつは。ぶしつけだな」
 キョソはつぶやきました。けれど、彼はやはりハルのことが気にかかりました。
 彼女の瞳には、何かミステリアスな光が宿っているようでした。


「ハルのことが気になるのかい?」
 サキはキョソに言いました。
 午後のお茶の時間。結局呼ばれていったキョソです。
「な、何でだよ。あんな変な女、気にならん」
 サキはクスッと笑って、
「僕の妹に変な女はないと思うけど?」
 キョソのティーカップに紅茶を注ぎました。キョソは顔の温度が上がるのを感じました。
「しかし、王族ってのはこんなにヒマなものなのか」
 キョソはごまかすように言いました。サキは頷くと、
「まあね。政治のほとんどは国の政務官がやっているし、僕らの実務はほとんど形骸化している」
「王様のお触れも妙にくだけてたよな」
 キョソが言うと、サキは笑いました。
「そうだね」
 キョソはまた胸の高鳴りを感じました。

 楽しいひと時はあっという間に過ぎ、キョソは宿屋に戻ってきました。
 帰り際、モリーに「いかがでしょう。婚約の件、真剣に検討していただけませんか?」と言われたのも相まって、キョソはなんだか幸福でした。
「こいずみー」
 自室の明かりを点けて、キョソはモトラドの名前を呼びました。
 しかし返事はありませんでした。
「こいずみ?」
 キョソはいぶかしく思いました。ここは大きな国でしたが、それでも一日もあればとりあえず満足してモトラドは帰ってくるだろう、というのがキョソの見通しでした。
 しかしこいずみくんは不在でした。キョソは何となく不安になりました。
「こいずみ。出てこいよ。いるんだろ。おい! 変態、アナル、ガチホモ!」
 やはり返事はありませんでした。
 キョソは不安なまま、うとうとと夢の泉に漕ぎいでるのでした。

 夜。王城の一室。
 どこかから話し声が聞こえてきます。
「久しぶりにモトラドが見つかったらしい。それもかなりの年代ものだとか」
「それも廃棄処理されるの?」
「そうなるだろうね。僕がこの承認の印を押せば、交通省がすみやかに処理するだろう」
「……あたし、モトラドって結構好きなのに」
「この国ではホヴィーを主とした公共交通機関以外利用禁止なんだから仕方がない」
「誰が決めたのかしら」
「誰かが決めたんだよ。慣習というのはそうそう簡単にくつがえるものではないからね。さあ、そろそろ眠ったらどうかな」
「サキ姉は寝ないの?」
「まだ少し仕事が残っているから。判を押すだけの退屈な業務だけれど」
「そう。わかった。おやすみ」
「おやすみ」

 翌朝。
 キョソは起きてすぐ、こいずみくんがいないことを思い出しました。
 今日は王城に向かう気にはなれず、モトラドを探すべく街へ繰り出しました。
 空には薄く雲がかかり、遠くに見えていた朝日もどこかへ消えてしまいました。
 キョソは広い広い城下を歩き回りました。一時間と経たぬうち、彼は西地区の広場で人々がざわめいているところに出くわしました。
 集団の真ん中で、ひげをたくわえた一人の男性が話しています。
「あー、こほん。こちらは世にも珍しい人型モトラドだ。とうに承知のこととは思うが、この国ではいかなるタイプであろうとモトラドに乗ることは禁じられている。 モトラドは事故を起こす。それに騒音もひどい。排気ガスは大気を汚し、やがては世界を滅ぼすのだ。ちょうどいい機会だ。あらためてモトラドを公の元で解体し、今後の世のいましめとしようではないか」
 キョソは人の波を押しのけて最前列に出ました。
「こいずみ!」
 そこには原動力を失したこいずみくんの姿がありました。
 両の瞳は閉じられ、手足はぴくりとも動きません。
 棺のような台座の上で、キョソの相棒のモトラドは静かに横たわっていました。
「おい、これはどういうことだよ! お前、こいずみに何したんだ!」
 キョソはいきり立ってひげの男性に詰め寄りました。男性は眉をひそめて、
「おや、あなたはどなたですかな?」
「旅人だ。そんなことよりこいずみを返せ!」
 すると男性は鼻で息を吐いて、
「っほ。もしやこのモトラド、あなたのものですかな? ほう。だからこの国の法律を知らなかったと。なるほど道理で。 ……旅の方、遺憾ですが、いかなる理由であれこの国にモトラドを持ち込んではならぬのです。国民であれば毒物所持と同等の重罪ですぞ?」
「そんな理不尽な法律があってたまるか。こいずみを返せ!」
「もう解体執行の承認は下りているのです。あいにくですが」
 男は近くにいた部下数名に合図をしました。部下のうち二名はキョソを捕らえ、残りのものは見たこともない大きな機械をこいずみくんに向けました。
「やめろ!」
 キョソは叫び、人々はざわめきました。
「モトラドは悪だ! やれ!」
 モトラド破壊装置がこいずみくんに近づいた、その時――、

「待ってくれ」
 怜悧な声が、涼風のように広場に響きます。
「おや、サキ姫ではありませんか」
 男の声に、キョソは振り向きました。
 サキがキョソの隣に立っていました。
「大臣、このモトラドの解体、少し待ってくれないだろうか。学術研究部の連中が、今後の参考に少し研究したいとうるさくてね。どうも珍しい型のようだし、このまま壊してしまうのは惜しい」
「しかしサキ様。モトラドがこの国に持ち込まれた以上――」
 サキは片手を挙げて大臣の言葉を制し、
「解っている。最終的には解体しなければならない。モトラドの技術を用いて作られた戦車は、人を殺すための道具だしね。この国の法が平和のためのものであるというのも承知しているよ。だから猶予は一日でいい。どうかな?」
 大臣はまだ何か言いたそうにしていましたが、やがて顎を引き、
「承認印を押したサキ様が責任を取られるのであれば」
「もちろんさ」
 キョソは瞬きしながらサキを見ていました。彼には事情がよく解っていませんでした。

「大臣が先走ってしまったようだね」
 サキは自室の窓から城下を眺めつつ言いました。
「どういうことなんだ。説明してくれ」
「この国には多くの法律があってね。そのおかげで平和が保たれているんだ。そして、法律の一つに、モトラドの完全廃止がある。乗ることはもちろん、所持することも作ることも、他国から持ち込むことも許されてはいない」
 サキは戻って椅子に座りました。キョソは何となく彼女の顔を直視できませんでした。
 「だからこいずみが壊されるのか」
「…………決まりなんだよ」
 サキは丸テーブルの一点を見つめて言いました。彼女は続けて、
「ある考えにもとづいて作られた法律は、ある場面では理不尽に働いてしまう。けれど、だからといって例外を認めてしまっては、法の存在自体が危ういものになってしまう。平和のために生じる犠牲というものもあるんだ」
 キョソは黙っていました。両手でズボンのひざの辺りを握りしめて。
 やがて彼は小さな声で言いました。
「こいずみを返してくれ」
 サキは静かに、一度だけ首を振って、
「それはできない。僕にも与えられた役割というものがある。これでも王家の長女なんだよ」
「……!」
 キョソはサキを睨むように見つめました。サキもキョソを見ました。
 しばらく二人は視線を交わしていましたが、やがてキョソは
「帰る。無理言って悪かった」
 そう言って、サキの部屋から出ていきました。

 キョソはあてどもなく街をほっつき歩いて、夕方になる頃、空虚な気持ちのまま宿に帰りました。
「……」
 彼のそばに、全裸の能天気モトラドはもういませんでした。
「こいずみ……」
 キョソは、これまでにこいずみくんと巡ってきた様々な場所を思い起こしていました。
ある時は草原に、ある時は森に、ある時は街に、ある時は海に、ある時は砂漠に、ある時は荒野に一人と一台は立っていました。キョソとこいずみくんはいつだって一緒だったのです。こいずみくんがいれば、キョソはなんだってできるような気がしていました。どこへだっていける気がしていました。でも今は、何もできず、どこへも行けない。そう思えて、キョソは次第に悲しくなってきました。
「こいずみぃぃ」
 その晩、キョソは枕を濡らして泣きました。
 どれだけ涙を流しても、モトラドは彼の元に帰ってきませんでした。

 真夜中。
 泣き疲れたキョソは、いつしか眠り込んでしまいました。
 宿屋の窓に、こつこつと音がします。
 夢の渕で、キョソはそれを雨の音だと思っていました。
 しかし、音はだんだん大きさを増していきました。
 コンコンコン――、
「起きなさいよ、ねぼすけ!」
「……ん」
 キョソは目を覚ましました。
 部屋のドア、いいえ、窓から、確かにノック音がしています。
 キョソが窓を開けると、そこにいたのはハルでした。
「な、お前どうして!?」
「しっ。静かにしなさい」
 ハルは人差し指をキョソの口元に当てます。キョソはこれで目が覚めました。
「あのモトラド、あんたのもんなのよね?」
 ハルは尋ねました。キョソは当惑しつつも、
「そうだけど……もう戻ってこない」
「取り返しに行くわよ」
「は?」
「いいから、とにかくここを出ましょう。宿代はあたしが昼間に代理人名義で払っといたから」
 ハルはそう言ってキョソの手を引きました。キョソは半ば強引に夜空の元に出て行きました。春の夜は少しだけ肌寒くありましたが、空には半月がくっきりと輝いています。
「取り返すってどういうことだよ」
 早足で歩くハルに何とか遅れないようにしつつ、キョソが訊きました。
「あんたのモトラド、動力源を奪われただけで、まだ動くのよ」
「……そうなのか?」
 ハルは夜の城下をずんずん歩いていきます。大通りには出ず、裏道や路地を選んで、人目につかないようにしています。
「そ。あんたと一緒に出て行けるようにしてあげるわ」
 ハルはここで一度足を止め、キョソのほうへ向き直りました。
「けど条件がある」
「何だよ」
「あんたとあのモトラドは、たぶんもう二度とこの国に入れなくなる」
 ハルの瞳は夜の微かな光を集めて不思議な輝きを放っていました。キョソは彼女の言葉を反芻し、
「こいずみが助かるんなら」
 頷きました。
「そう。解った」
 ハルは背を向けて、再び歩き出しました。
「ああそれと。サキ姉のこと、悪く思わないでね。あたしと違って、国のためにいつもすごく頑張ってるんだから」
 キョソはぽかんと口を開けていましたが、
「ああ」
 確かに返事をしました。
 キョソは後に続きながら、サキと、前を歩くハルのことを思いました。
 タイプは違えど、この二人は確かに姉妹なんだとキョソは感じました。
「ありがとう」
 キョソは小さな声で呟きました。誰かにお礼を言ったのなんてずいぶん久しぶりでした。

       *

 二人がやって来たのはやはりお城の中でした。
 秘密の通路を使って地下に至り、通路を何本か通って、格子のついた牢のような場所に着きました。こいずみくんはその中で力なく横たわっていました。
「研究中じゃなかったのか」
「あんたも鈍いわね。あれはサキ姉の嘘よ」
「……な! そうなのか!?」
「そ。モトラド解体を止めるまでが姉さんの役目。そしてここからはあたしの番」
 そう言うとハルはポケットから鍵を取り出して、牢を開けました。
「しかし変わったモトラドよね」
 こいずみくんをためつすがめつしながら、ハルが言いました。
「確かに、俺もこいつと同型のモトラドを見たことはないな」
「さて、動力源を元に戻す必要があるわね」
 ハルはそう言うと、もう片方のポケットから光り輝く宝石のようなものを取り出しました。ピンポン玉くらいの大きさのそれは、表面に大きく『おとこ』と書かれています。
 それを見てハルは、
「……何で『おとこ』なの?」
「……言わなきゃダメか?」
「いいえ、やっぱりいいわ」
 ハルは動力源をこいずみくんの口から放り込みました。
「モトラドのことよく知ってるんだな」
 キョソが訊くと、
「ええ。図書館の禁書の棚に忍び込んで勉強したから。このモトラドに至っては完全に勘だけどね」
「たぶん大丈夫だ。うん」
 間もなく、ごとんがたんばばんと変な音が鳴り出しました。
 
 こいずみくんの身体は、まるで携帯通話装置のマナーモードみたいにブンブン震えています。
「何か気味が悪いわ」
「これでダメなら、こいつの普段の素行を知ったら卒倒するぞ」
 二人がモトラドの行方を見守っていた、その時――、
「ふははは見つけたぞ!」
 大臣が衛兵団を率いて階段を下りてきました。
「おお、これはこれはハル姫。今宵もまたお出かけでしたか? まったく、あなたの監視の目をかいくぐる技術には感服せざるを得ませんな」
「あんた、どうしてここが解ったのよ」
 ハルが大臣に言い放つと、
「さて、どうしてでしょうな。聡いあなたのことだ、察しはつくのではありませんか?」
 大臣は嫌な感じに笑い声を上げました。ハルは眉をひそめ、そののち何かに気づいたように口を開けて、
「サキ姉はどこ」
「おや、姉上の心配ですか。失礼ですがハル様、あなた、今のご自分の状態が解っておいでですかな?」
 ハルは大臣の後ろに控える衛兵団を見ました。
「あんたたち、大臣の言いなりなのね」
 すると大臣は、
「国王陛下はわたくしめに全幅の信頼を寄せておられますからな」
「あんたの二枚舌にはうんざりだわ」
 ハルはさっと出口の方向を確認しました。しかし、大臣はそれを見逃さず、
「おっと、無駄な抵抗はよしていただきましょう」
 小さな破砕音が城壁に反響しました。
「……!」
 キョソとハルは目を見張りました。大臣の手には小型のハンド・パースエイダー(注・パースエイダーは銃器。この場合は拳銃)が握られていたのです。
「あんた! パースエイダーはモトラドと並んでこの国では禁止されているのよ!」
 ハルが叫ぶと、大臣はガマガエルの鳴き声のような笑い方で、
「もちろん承知の上です。しかし、私がパースエイダーを使ったことを誰が見ているというのです? 兵士長、どうだね?」
「自分は何も見ていません」
 兵士長は傀儡(かいらい)のように気の抜けた返事をしました。
「あたしとキョソが見てるわよ」
「っほ! おてんば小娘と若輩旅人ふぜいの小言を誰が信用するというのですか? ハル姫。
あなたのこれまでの素行不良の数々、国民はしっかりと見ておりますぞ。その証拠に、あなたの元には婚約希望者がただの一人も現れないではありませんか!」
 大臣は不快な笑みをなおも浮かべました。キョソは怒りで腹の底に力が入り、思わずげんこつを固めていました。
「さ、解ったらさっさと諦めて、そのモトラドをこっちへよこしていただきたい。そこの旅人くん、今なら君も国外追放だけで赦してしんぜよう」
 膠着(こうちゃく)状態が続いていました。ハルもキョソも、大臣の言いなりになるつもりなどこれっぽっちもありませんでした。言葉を解さずとも、二人には互いの心境を汲むことができました。
グローブアナル、いえ、グローバルコミュニケーションってやつでしょうか。……違いますか。
 突然でした。
 その音は空を裂き、大地にとどろき、人々を震撼させました。全米が泣いたかどうかは定かではありません。

「うっほうほっほいいおとこー。もっほもほっほいいおとこー♪」

 軽快なリズムに乗せて。

「悪・即・堀」

 さあ、みなさんご一緒に。

「肛門拡張波(アナル・バースト)!!!」

 堀――、

 その場にいたおとこ共は、一人残らず掘られてしまいました。
「キョソたん! 大丈夫でしたか!?」
「……こ、こいずみ!」
 感動の再開、というわけでもありませんが。ともあれこいずみくんが復活しました。
 前述の通り、大臣その他は見事に失神していました。はじめてでも優しくなかったりするのがこいずみくんです。
「んおあ? これは一体どういうことですか! キョソたん!」
 こいずみくんはたった今自分の犯したおとこたちに気がつきました。無我の境地です。
「ハル!」
 キョソはハルと目を合わせ、意思疎通しました。
「こいずみ。サキって女の子を探してるんだ。お前の韋駄天でなんとかそこまで運んでくれないか」
「うほ!?」
 こいずみくん的に女の子は専門外もいいところでしたが、
「キョソたんの頼みとあらば!」
 次の瞬間にはハルとキョソを両腕に乗せて駆け出していました。

 まさに一瞬で到着。サキは大臣の作った隠し部屋に眠らされておりました。まあいやらしい。
「サキ姉! 大丈夫!?」
 ハルの呼びかけに彼女は目を覚まします。
「……ああ、ハルか。キミこそ大丈夫だったかい? すまなかったね、大臣を止めることができなくて」
「そんなの何てことないわ。あの大臣、ついに本性をあらわしたわね」
「父上は天衣無縫な人柄だからね。人に優しい。あの大臣も最初は善人だったんだよ。けれど、野心を燃やすうちに、いつしかあんな風になってしまった」
 互いに話す姉妹にキョソは、
「あいつ、どうするんだ? こいずみに掘られたからには三日は起きられないと思うが、その後は?」
 サキは真摯な眼差しをキョソへ送り、
「父上に事情を話して、国外に去ってもらうことにな――」
 一瞬の出来事でした。
 ほんのつかの間、空気を裂いたような、耳に残る音がして、サキの声が途絶えました。
「サキ……?」「サキ姉……?」
 時が止まりそうなほど長い、まるでスロー再生したような速度で、サキが倒れるのをキョソは目にしました。それは彼の主観によるもので、実際はもっと短い間に起きたことでした。
 サキは絨毯の上に、静かに倒れました。キョソもハルも、はじめは何が起きたのかまるで解りませんでした。 しかし、倒れたサキの身体から、暗闇のように血が流れ出したことで、二人はたちまちのうちに戦慄するのでした。
 
「そんなバカな」
 シリアスモードに空気を読んで自重していたこいずみくんが言いました。脊髄反射的に振り向いたキョソとハルの視線の先、大臣の姿がありました。 手には白く煙の残るパースエイダーが握られていました。
「だから逃げるなと言ったではないですか」
「お前、どうして……!」
 キョソが瞠目して言いました。
「サキ姉! しっかりして! ねえ!」
 へたり込んだハルが震える声で叫びました。その間にも、サキの細い身体からは赤黒い血が流れ出します。 彼女の双眸は閉じられ、呼吸はみるみる薄く、小さくなっていきます。
「ぐふふ、これでも私は真性のゲイなのですよ。ちょっとやそっとの肛門拡張ではビクともしません」
「さっき倒れてたのは――」
「死んだフリですな。っほ、安い手に引っかかる。これだから最近の若者は」
 大臣は鼻で息をしました。しかし、地下に来た時率いていた衛兵群は綺麗にいません。ピュアだったようです。
「……………………」
 不可視の、高密度の、まがまがしい、オーラのような、なんかよく解らない、それでも確かに不気味で、強く、感じちゃいそうな、すんごい何かをビリビリ放っている存在がありました。
「!」
 キョソはそれがこいずみくんであることに気がつきました。
 こいずみくんは今や髪がガイジン並に金髪でした。パンツでガードしていたはずのイチモツは、今やはちきれんばかりに怒張して、見るものすべてを圧倒していました。
「…………てめぇ」
 確かにこいずみくんの声でしたが、そこには何週間も戦ってボロボロになって死にかけた挙句、覚醒してトドメを指す寸前になったカカロット的な雰囲気が漂っていました。
「あ……あぁぁ……」
 大臣は一瞬で魂が天に昇って、帰ってこなくなる寸前でした。
「てめぇはアナルゲイブロスの風上にも置けねぇええええ!」

 こいずみ、覚醒。

 今度こそ、全米が、泣いた。

 さよなら、小津先生。

 安西先生、バスケがしたいです。

「超究尻穴貫通波(テラ・アナルゲイ・スクリューブレイカー!!!!!)」

 小鳥が、さえずった。
 野原に、花が咲き乱れた。
 クララが、立った。
 ばかもん、そいつがルパンだ。

「ぬわぁああああああああ!」
 断末魔の悲鳴と共に、今度こそ大臣はアナルを永久にロストしました。
 こいずみくんは本気で怒っていたのです。後にも先にも、こんなこいずみくんを見たのはキョソですらこれ一回きりでした。
「アナルは、美しくなんかない。そして、それゆえに美しい」
 福音のように、天使の声のように、こいずみくんは言いました。

「サキ姉!」
 ハルの声が小さな一室に木霊します。
「しっかりして! ねえ!」
 ハルはサキの手を握って叫びました。姉妹の手と手は、赤い血に染まっていました。
「サキ……」
 キョソは座り込んで、サキの名を呼びました。サキの頬にはいまや生気がありませんでした。キョソも彼女の手を握りました。 心なしか、冷たくなっているように思えて、キョソは胸が熱くなるのを感じました。
「サキ!」
「サキ姉!」
 二人は叫びました。
 しかし、それに答える声はありませんでした。
「キョソたん。ごめんなさい。僕がついていながら……」
 こいずみくんが言います。彼はいつになくしょんぼりして見えました。
「サキ。起きてくれ。頼むから」
「サキ姉。お願い。こんなのいや。目を開けて。お願い……」
 ハルの瞳から涙がこぼれて、弾けました。
 二人の様子を見ていたこいずみくんが、ふと口を開きます。
「キョソたん。僕の動力源を使ってください」
「……え」
 わけがわからないキョソに、こいずみくんは、
「キョソたんはモトラド工の授業をまじめに受けなかったんですね。モトラドには生命の源とも言うべき動力源があります」
「さっき見た。ハルがお前に戻した光の玉だよな」
 こいずみくんは頷きました。
「そのおかげでモトラドは意思を持ち、自分で考え、話すことができます。そしてそれは、人にも使うことができるんです」
「……そうなのか!?」
「そうなの?」
 これにはハルも意外そうな声をあげました。
「ふつうのモトラドの動力源にはそんな力はありません。でも僕は普通じゃありませんから」
「うんざりするほど普通じゃねぇよな」
 こいずみくんは頷いて、少し笑いました。
「人型のモトラドを動かすには、人を動かすのと同じくらい強い動力源が必要でした。それは人の魂にも同じシロモノです。だからきっと、サキちょんも生き返ると思うんです」
 こいずみくんはいつになく真面目に訴えました。キョソはふと思いつきます。
「でもこいずみ、そしたらお前は……」
「僕なら大丈夫です。いつもキョソたんと一緒です」
「お前、もう動かなくなっちゃうんじゃないのか」
「いつも一緒です」
「答えろよこいずみ!」
「……キョソたんと、一緒です」
 こいずみくんは屈託なく笑いました。
 キョソは拳をかためて、目に滲んでくる温かいものをこらえるのに必死でした。
「……そうか。わかった」
 
 まもなく、動力源がサキに移されることになりました。
 仰向けに横たわったこいずみくんが意識を集中すると、光り輝く宝玉がふたたび出現しました。こいずみくんに言われた通り、キョソはそれを握って、強くつよく願いました。 するとどうでしょう、「おとこ」と書かれていた宝玉はまっさらになって、白く清浄な光を放つではありませんか。
「サキ。頼む、どうか目を開けてくれ」
 キョソは命の源をサキの胸元にかざしました。すると、宝玉は吸い込まれるように彼女の身体に消えます。サキの全身はほの明るく燐光をまといました。
 やがてそれもおさまると、サキは、静かに目を開きました。
「……」
「サキ姉!」
 ハルがサキに抱きつきました。
「ハル……?」
「サキ姉! サキねえ! よかった……本当によかった……」
 ハルの抱擁をうけながら、サキは不思議そうに辺りを見渡しました。
「キョソ、これは……?」
 キョソは唇を噛んでいましたが、胸の奥にある思いをそっとしまうように、事情をサキに説明するのでした。
 姉妹と、旅人の横で、すべての力を使い果たしたモトラドが、静かに役目を終えました。

 それから一日のうちに様々なことが起こりました。
 まず大臣ですが、この世のどこかにあるという「おとこどもの国」に永久追放されることとなり、身柄が引き渡されました。 何でも向こうの王はもみ手すり手で歓待したとのことです。 こいずみくんのラストアタックですっかり恐怖心を植えつけられてしまった大臣は、裸体で冷凍庫に放り込まれるのを恐れるかのように震えあがりながら退場しました。
「『どんな者にもやり直しのチャンスを与えるべし』って父上が」
 とのサキの弁にキョソは、
「あらゆる刑罰より拷問的じゃないのか……」
 とつぶやきましたが、まさしくつぶやいただけで終わりました。
 国王はキョソをいたく気に入って、ぜひ次期国王として正式にサキと結婚することを勧めましたが、これはキョソが断りました。
「すまん」
 どんな相手にもタメ口のキョソでした。彼は「それではハルはどうか?」という国王の問いにも首を振りました。
「残念です。せっかくいい方を見つけることができたと思いましたのに」
 とモリーが言うと、キョソは、
「もしかしてお前、この国で起ころうとしていた騒動を見透かして俺とこいずみをこの国に呼んだんじゃないよな」
 珍しく鋭い洞察力を発揮しました。が、モリーはあてやかに微笑んで、
「そのようなこと、想像するだに恐ろしく、わたくしにはとても」
 と言ってやんわりと否定しました。
 色々なことが起きたのですが、これら一連の出来事は国民にとっては寝耳に水だったので、最初から最後まであずかり知らぬものとなりました。
「いいのさ。結果的にこの国の平和は保たれたんだから。僕の仕事は三倍に増えてしまったけどね」
 と言ってサキは笑いました。

 次の日の朝、キョソは出国手続きを済ませて、国を出ることにしました。
 そこにモトラドはありません。彼は自分の足で世界を旅することにしたのです。
「結局、あんたはあたしにもサキ姉にも惚れなかったってわけね」
 見送りにはハルだけが来ていました。キョソはいたずらっぽく笑い、
「焦る必要はないんじゃないかと思ってな」
 何やら意味深な発言をしました。ハルはふふっと笑うと、
「いつでも来ていいわ。玉座も空けて待ってるから」
 冗談めかしてウィンクしました。
「王様だけはお断りだけどな」
「あら、どうしてよ。お金使い放題よ?」
 するとキョソは、
「でも自由に旅ができないだろ?」

 旅人が去った国の、とある一室。
 そこに、静かに眠る、珍しいモトラドの姿がありました。
 名前はこいずみくん。
 アナルゲイにして純真無垢、この世の八割五分のおとこを賞味した経歴の持ち主。
 彼はいつか、持ち主が再起動の方法を見つけて戻ってくるのを待っているはずです。
 まだ見ぬアナルを、うたた寝の夢のほとりで思い描きながら。


 キョソの旅 ――The Anal World――

 Fin

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