世間には、姿が無くとも確かに存在するものがある。などと言われているが、
本日はそういった目に見えぬ事柄に甘ったるい物で形を与え、
そしてとある条件下に置かれた男女にとっては殆ど例外無く
その甘ったるいものを互いに確認し、そして見つめ合うであろう事が
想像するに難くない…2月14日。つまり、バレンタインデーである。


そしてもう一つ。ここに人類が存在しているなんてのは、
瓶詰めにされた時計の部品が振り乱される事によって偶然完成をみる事のような、
摩訶不思議的かつ天文学的な確立の数値で表される程の現象であるらしいのだが、
俺は、実は意外とそんな事は多発的に起こり得るんじゃなかろうかと感じている。


北高という限定された空間の中で振り乱されてきた俺達の中にもまた、
一体この世の誰が想像出来たのであろうかという物が組み上げられてしまったのだから。

 


早朝、北高へ臨む坂道を普段よりも軽快に感じながら
俺と谷口が肩を並べて登校している時だった。
俺の前に、ある者によって背中をパシンと叩かれる長門の姿が現れた。


「……ひゅっ!?」
「よっ!有希!今日も朝から天気が良くて気持ちいいな!」


ああ、長門も不意打ちを受けて息を漏らす程に成長したんだな…。
俺は目前で展開されている場面を観察しながら、まるで小学校に入り数年経過し、
もうすっかり馴染んでしまった愛娘を見る父親の瞳の如き柔和な感情を抱いていた。


だがしかし、以前の俺がこんな物を見てしまったら絶句するに違いない。
そしてすぐさま逆方向へと一目散に走り出す事だろう。…光陽園学院の制服を確認しに。


今、どうして俺が平静を保ち続けているのかと聞かれれば答えは簡単だ。
なぜならば、俺が見ている風景に不自然な点など何も無いのである。

少なくとも…長門と谷口が、肩を並べて登校している姿には。


人の馴れ初めを辿るのはいささか野暮ってものかも知れないが、
それは人の語り草に常々浮上してくるものなのであるからして、
今からそれを俺が話し出すのも逆らえぬ人の性…という事にしておこう。


…思えば去年、学校の昼休みに俺と国木田で弁当をついばんでいた時から、
『それ』は始まっていたんだろうな。


「谷口ってさ、最近は昼食の時間になると姿を消しちゃうよね」
「…ん。まぁ、学食にでも行ってるんじゃないのか?」
「どうだろうねえ。そんな雰囲気は感じなかったけどさ」
「じゃあ他に飯食う奴でも出来たんだろ。特に変わった様子も見受けられんし」
「うーん。それはそれで寂しい気もするよ。谷口は一体どこに居るんだろ?」
「…今度本人に聞いてみるか。物足りんっていえば、物足りんからな」


男三人の昼食会が男二人になろうとも別段変わるものなど無かろうが、
それでも、安穏たるBGMしか発信されないこの時間帯に、今まで散々と立証の無い持論や
これだけは豊富である観察日報でこの場を賑やかしていた面子が急に失せてしまえば、
誰であろうとも否応無く…色々と気なってくるものである。


午後の部。俺は最初に訪れた授業の猶予時間中に、谷口へと質問を投げかけた。


「…お前、ここの所は昼休みに一体何してるんだ?
 俺と国木田だけじゃ、黙々と飯食ってる音しか聞こえんじゃないか」
「ひっ、昼休み?べ、別に何もしちゃいねぇよ。購買部に行って飯買って、
 そのまま校舎をぶらついてるだけだ」
「…そりゃまた今までずっと弁当派だった奴が、えらい心境の変化を迎えたもんだな?」
「―お、お前こそ涼宮と一緒に飯食ってろよ!俺が昼飯をどうしようが、かっ関係ねぇだろ…」
「…?谷口、何そんなに慌ててるんだ?お前らしいっちゃあらしいが」
「だから別に何でもねぇって!あ…新しい飯の食い方を発見しただけだ!」
「…まあ、そうか。わかったよ」


…この時俺が抱えた疑念を解消したのは、そのまま数日が経った後の、
毎度の事となった二人きりの昼食時に国木田が発した一言だった。


「谷口さ、どうやらキョンの部室に居るみたいだよ」
「―なっ!?それっ…文芸部室にか?」
「だね。キョンが行って確認してみたらどうだい?」
「別に気には…ならん事は無いな、それは。しかしな…」
「じゃあ僕が行ってきてもいいかな?」
「いや、俺が見てくる」


…なんて言ってはみたものの、俺はどうも野次馬根性に関しては乗り気がしない。
しかし、確認の方法ならある。昼休みの時間なら…部室にはあいつがいる筈だ。
俺には何時だって、そいつからそれの真偽を確かめる機会があるのさ。


…その日の放課後、俺は早々に文芸部室へと自分の足を運んだ。


「…長門。ひとつ、聞いてもいいか?」
「なに」
「近頃、この部屋に誰か来たりしてないか?」
「…………」
「…その頷きはイエスと受け取って良いんだな。谷口か?」
「…たぶん」


…その後長門に聞いた話からすると、
谷口が昼休みを文芸部室で過ごしているというのは、国木田の冗談という訳ではなかった。
じゃあ、あいつは一体ここで何をしているのかと聞けば、
何かよう分からんが…谷口はひたすら長門に喋りかけているらしい。
そして話している最中は、別に長門に意見を求める訳でもなく、
それもまた良く分からん事を一方的に喋り倒しているというのだ。


…それ以上の事は長門から聞き出す事が出来なかったので、
谷口がなにもって部室へと姿を現すようになったのか、また、
何の目的で長門にちょっかいを出しているのかは依然として判明しないままだった。

ひょっとして…谷口。お前、長門に気があるのか?



「谷口お前、長門に気があるのか?」
「おわっ!なっ何だいきなり!?え、えらく直球だなキョン!?」
「聞く所によると、昼休みに長門を口説いてるそうじゃないか。
 もしかして昼食の新しい楽しみ方って…それか?」
「って、流石にナンパしながら飯食うわきゃねぇだろ!?」
「…それ以外に何がある?単に喋ってるのが楽しいのか?」

…俺のこの言葉に、谷口は意外な反応を示した。

「…まあ、そう言われりゃあ…楽しいって事になる…な」
「?、どういった意味なのか全くわからん」
「…きっかけは、彼女が廊下で歩いてた時に軽く声を掛けた事…だな」
「…ああ」
「それでよ、何度か廊下で会う度にいつも話掛けてたんだが…」
「ああ、そこは分かる。無反応だったって訳か」
「なっ!…まっ、その通りだけどな…」
「…それがどうして部室に行く事になる?」
「…成り行きだな。俺が弁当忘れて購買にパンを買いに行った時だ。
 そこで偶然、旧校舎に一人で向かう彼女を見かけたんだよ。
 俺は気になって話掛けてな、気付いたらお前の部室の前まで来てたんだ。
 それで彼女が部屋ん中に入っていって…」
「…どうかしたのか?」
「いや、扉を閉めなかったんだよ。…まるで俺も続いて入る感じ…でな」
「…閉め忘れたんじゃないのか?」
「かもな。俺はただ何となく入って…今じゃそれが習慣になっちまった」
「…なるほどな。しかし何で一人で話してるのが楽しいんだ?
 それとも長門が言葉を返すってのか?」
「いや…俺の話を聞いてるだけで、彼女はなんも。」
「…?」
「でも…何でだろうな。俺は他の女に声掛けてる時より、
 …最近はその事の方が、ずっと楽しいなって感じてるんだよ」


…思い返してみれば、谷口が昼食時に姿を消すようになってからは
あいつの口から軟派染みた言葉が出なくなっていた様に感じるな。
それに長門も一人で部室に篭ってるよりは、
谷口みたいなのが傍で二人分程喋っている位が丁度良いだろう。


…またそれから暫く経過し、ある頃にまでなってくると
俺は二人が廊下で話している姿を頻繁に目撃する様になった。
…まあ、話しているのは谷口だけという構図は変わっちゃいないが。
それでもいつの間にか、谷口の長門に対する呼称は親密な物へと変わっていた。


「よっ有希!俺な、人の魅力ってのはバランスが大事でな…
「…………」
「しかしだ!完璧でありゃあ良いってもんじゃなくてだ!…
「…………」
「そしてだ!無理して何かやっても魅力ってのは…
「…………」
「つまりな!カッコいい事とか可愛い事が魅力じゃないんだぜ!…
「…………」
「だからなっ有希!結局は自然体な奴が一番魅力的ってことだ!」
「……理解した」


…二人の話を抜粋するならこんな感じだな。
谷口の弁論に対して、長門が大体3文字にも満たない言葉で返事をしている。
先程の会話は、初めてそれが4文字台に突入した際の記念的な内容だ。


…そして、そんな場面を目撃していたのはもちろん俺以外にも居るのである。


「ちょっと聞きたいんだけどさ、谷口は長門さんと付き合ってるの?」
「なっ!?い、いきなり何だってんだ!?」
「違うの?二人でいつも楽しそうに話してるの見かけるけど」
「た…ただ一方的に俺が話してるだけだっての!」
「じゃあ友達?谷口は長門さんの事をどう思ってるのか聞きたいな」
「…それは俺も気になるな。最近、長門の返事も増えてきてるみたいだし」
「お、お前ら…そりゃあ…嫌いじゃないけどよ。なんつうか…」
「ああ。友達以上恋人未満ってやつだね」
「…とっとりあえずだなっ!そんなんじゃねぇ!」

 


…と、ここまで話せば大体十分だろうと思う。
これ以降は、ずっと似たような日々が現在まで続く事になる。


…つまり、馴れ初めなんて言っていたが、今俺の目の前で肩を並べている二人は
いわゆる恋人同士っていう明解な関係じゃあない。


…だけどな谷口。お前が長門にずっと講じていた持論は、
二人の間に何らかの変化を発生させたのかも知れんぞ。
俺にしか分からんかも知れないが、長門が以前とはちょっと違ってきている。
そして俺には…昨日の晩に、寡黙な宇宙人がチョコで何かを成型している姿が見えるのさ。
良かったな。谷口。それは宇宙的に貴重な一個だぞ。


ん。そうだな…無口な宇宙人の変わりに、俺が一つ言葉にしておくか。



『…彼女は、彼の事が大好きだ。』

 


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 「キョン!何してんだ?早く学校行かねぇと遅刻しちまうぞ?」

 


ああ、そうだった。俺も早く教室に行かないとハルヒに怒られるだろうな。


…そして三人で教室へと向かい、俺と谷口が自分達の教室に入ろうとした時だった。

衣擦れの音を立てる事もなく伸ばされた長門の手が、谷口の制服の端をつまみ、それを制した。




「有希?どうしたんだ?」

「……これ」

「えっ!それ、俺にくれるのかっ!?」

「…………」

「お前…可愛いなっ!」

 

そう言われて谷口からグシグシと頭を掻き撫でられている長門は、

例え髪型が乱れようとも、まんざらでも無さそうだった。


「ありがとなっ!めっちゃ嬉しいぜ!」

「…あなたも」

「おうっ?なんだ?」

「…ありがとう」

「あ…ああっ!どういたしましてだ!」



…ホントに物事はどう転ぶかわからんものだな。


「キョンっ!遅いわよっ!」

「…ああ。登校中、ちょっとな」

「…まあいいわ。はいっ!チョコレート!ありがたく受け取りなさいっ!」

「ありがたく受け取るよ。悪いな。」


…俺も人の事は言えないか。




「キョンも谷口も朝からお熱いね。今度その四人でどこかに遊びに行ってみれば?」

「な!?…って、国木田っ!キョンと涼宮は付き合っちゃいるが、俺達は違うだろ!?」

「いいじゃん。似たような物なんだし」

「で…でもな…」




…やれやれ。国木田の提案に乗って、今度4人で遊園地にでも行ってみるか…

 

 

kick start, my heart.


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