その次の日。一欠片でも希望が見出せるような変化を望みつつ、最も来て欲しくなかった一日がついに始まった。世界消滅の原因がなんであれ、一通り足掻いてみなければ結果は永遠に変わらない。

 

 昨日交わしたとおり、4人とも校門が開くと同時に登校する事が出来た。担当の用務員に立派だ、感心だ、と一頻り褒められはしたが、こんな状況で賞賛の言葉を貰っても何ら嬉しくも無い。一直線に部室へ向かい、早速臨時会議を始める。最後になるかもしれない朝比奈さんの淹れるお茶を飲みながら。

 

 閉鎖空間は発生したか?
 時空の歪みとやらは検出されたか?
 その後、未来収束の件は改善の方向へ進んでいないのか?

 

 回答は全てノー。

 

 例の手紙も恐らくあと一度の文面追加で完成すると予想しているが、あれから一切変化無し。最悪この未完成の手紙から解決策を捻り出さなければならない。しかしそれは針穴にロープを通すくらい不可能に近いってことは言われなくても分かっているさ。

 

 外から騒ぎ声がちらほら聞こえだして、登校する生徒がポツポツと現れてきた事が分かる。さて次にこれからのことを考えようか、と話を切り替えたその時。朝から数秒程度の域を超えない言葉しか喋っていなかった長門が立ち上がった。

 

「涼宮ハルヒの生命反応完全消滅。この世界から彼女が再び消えた……。」

 

 長門の発した言葉を俺のちっぽけな頭脳が理解を始めようとしたその時、今度は古泉が立ち上がる。

「閉鎖空間が現れましたよ。…それも特大なヤツが。今、機関員が調査兼対処に向かっていますが…その全容によっては僕も出動しなければならなくなるやもしれません。」

 

 ハルヒはどこに消えた?まさか一年前の時のように閉鎖空間に閉じこもったって言うのか?だったら何で俺はここにいるんだ?

 

 何故ハルヒは閉鎖空間を引き起こしたんだ?

 

「……記憶の欠損が涼宮ハルヒの精神に影響を及ぼす可能性は25.37%。ただし3日間の断片的な記憶を残存させられた場合、その可能性は大きく膨れ上がると予想される。」

 

 ハルヒは自分がどこかおかしくなってしまったと勘違いしているのか。いや、確かに自分が健忘症なのだと理解してしまったとしたら、それは愕然の2文字以外の何物でもないのは分かる。

 

「長門…ハルヒは…世界を作り直すことを選んだのかな。」

 

 長門は何も答えず。ふと視線を移すと朝比奈さんの顔が何かを考えるような顔から、何かに気づいたような顔に変化する場面に遭遇した。

「何か、分かったんですか?朝比奈さん。」

 

「あの、涼宮さんの記憶を弄ったのは敵である何者か、なんですよね?それによって異空間、つまり閉鎖空間が発生したっていうことは…、敵は閉鎖空間に何か用があるのかな、と思ったんです。」

 

 普段天然キャラな癖にこういう時に限って優れたヒントを出してくださる。失礼な話、ありがたいヒントを落として行ってくれるのは朝比奈さん(大)と相場が(俺の中で)決まっているので、この時ばかりは随分と面食らったような顔をしていたと思う。俺も、古泉も。長門は…あまり変化が無いが…若干は。

 

「成る程…しかし閉鎖空間というものは我々の力無しに容易く入れるものでは無いのです。目の付け所は非常に素晴らしいのですが…まず断定はできませんね。」

 

 古泉め。朝比奈さんがせっかく考えたものを一蹴しやがって。

「あ…いえ、いいんです。あまり考えもしないで頭に過ったものを喋っただけですから…。あれ?キョン君、手紙に新しく何か文字が書かれていませんか?」

 

 どれどれ?…本当だ。

 

 

 

“─────────────────────────あの日のお前にな。”
“生まれながらに低スペックな頭しか持ってなかった俺の心をひきつけて止まない。”
“ガイドが必要なんだよ、俺には。絶対追いついてみせるからそれまで待っててくれ。”
“鍵穴程の視野しか持たない極平凡な一般人ことキョンより。”

 

 

 

 酷い脱力感に襲われた。結局最後まで普通の手紙だったじゃないか。…とりあえずこれで全文揃ったようだ。文章は次の通り。

 

 

 

“元気にしているか?そっちの様子はどんなもんだ?ハルヒ。”
“通常ならこんな手紙を書いている場合じゃないんだがな。”
“リーダーという肩書きが異常なほどに当てはまっていたお前がいなくなってから”
“にわかに落ち着かなくなってな。…なかなか慣れないな。”
“修学旅行を覚えているか?珍しく偶然一緒に登校したあの日だ。”
“正直、まさか前日に見た番組の “進化論について” を延々と語り続けるとは思わなかったが。”
“すがすがしいのは天気だけだったな。まったく、お前は昔っから話の方向性がどっかズレてたよ。”
“ルビーを手に持って冬虫夏草の話をする、みたいな。例えるならそんな感じだ。”
“にしても、そんなお前がまさか最難関の大学に一発で通るとはな。”
“はたから見ても嬉しそうだったぞ。「こんなもの受かって当然」とかなんとか言っていたが。”
“閉口の二文字が全く似合わない人間だよお前は。大抵自力でなんとかしてしまう。”
“さて、何とか留年せずに入れた俺だが、今年も卒業がやばそうだ。”
“空論だけ無駄に大量生産中でなかなかまともな論文が出来上がらないんだよ。”
“間もなく締切日だ。今年こそ卒業したいが…どうなるやら。”
“のんきに見える?いやいや、これでも結構焦ってる方だぜ?”
“発端は…お前に憧れてなんだ。考古学者になると言い放ったあの日のお前にな。”
“生まれながらに低スペックな頭しか持ってなかった俺の心をひきつけて止まない。”
“ガイドが必要なんだよ、俺には。絶対追いついてみせるからそれまで待っててくれ。”
“鍵穴程の視野しか持たない極平凡な一般人ことキョンより。”

 

 

 

「あれ?これって…。」
 声を上げたのはまたしても朝比奈さん。また何か気づいたのだろうか?今日の彼女は妙に冴えている。明日には雹が降ってくるんじゃないか?

 

「あ、やっぱりそうですよこれ。」

 

「何か分かったんですか?」
 こうなったら全てを朝比奈さんの肩に預けよう。

 

「これ、頭文字を繋ぐと一つの文になっているんですよ。ほら、こうやって縦に読むと…。」

 

 

 

“元通りに修正するには閉鎖空間の発生が鍵”

 

 

 

 ………。まさかこんな簡単な暗号だとは。…というか暗号ですら無い。
「……私とした事が。」
 と長門も悔しがって(?)いる。

 

「閉鎖空間…ってことは古泉!」

 

「分かりました、あの閉鎖空間を意地でも片付けてきましょう。」

 

 そこへ長門が止めに入った。
「これでは文章に隠して送信した意味が無い。この件は手紙を読んだ我々、つまり4人の行動なくしては解決しないと思われる。」

 

 な、成る程…。だが古泉、超能力者でない俺達3人を連れて侵入するなんて前代未聞の試み、成功するのか?
「成功しなくては意味が無いでしょう。そのために手紙が我々の元へやってきたのですから。
さぁ皆さん、僕の元に集まって手を繋いでください。閉鎖空間は拡大の速度を早め、既にこの学校の近くまで迫っています。タイミングは一度限り。これを逃して僕一人で侵入してしまったら、その速度によりもう一度この世界に戻ることは困難です。そうなれば世界は…。」

 

「ひぇえええ~、わ、私も行くんですか~!?」

 

「……全ての事象に無意味は存在しない。あなたがいない事が世界の存亡に繋がるかもしれない。
……あなたの言葉を借りるならば、これは【規定事項】。腹を括るべき。」
 怯える朝比奈さんの腕を長門の手が掴む。ひゃう!と小さくたじろいだ後、観念したのか自ら足を進める朝比奈さん。

 

「これでいいのか古泉。」
 俺から時計回りに古泉、朝比奈さん、長門の順に手を繋いで円を作った4人。

 

「結構です。では目を閉じてください。…ふう、流石に3人一辺は難しいですね。しかしやらない訳には…!」

 

「……非物質エネルギー増幅プログラムテキスト読込。私を中継して充分なエネルギーを確保できる。あとは待つのみ。」

 

 流石は長門さんですね、と言う古泉の声が聞こえた後、体を通過する何かの感触を味わい、俺達は無事閉鎖空間の侵入に成功した。

 

 ほの暗い嫌な雰囲気が体にまとわり付く例の閉鎖空間。自分の足でしっかりと立っている場所は部室で間違いないが、ここは元の世界ではない。朝比奈さんは置いてある薬缶やコスプレ衣装をまじまじと見つめ、触れ、そして窓から空を見上げ、まるで夢の世界に迷い込んできたと錯覚しているかのようだ。

 

「そうだ、長門!ハルヒは?ハルヒはこの閉鎖空間の中にいるんだよな!?」
 元の世界にいない、閉鎖空間にもいない、なんてことになればあとはどこにいるのか全く分からなくなる。しかしそんな杞憂は不必要みたいで、すぐに
「涼宮ハルヒの生体反応を感知。命にも別状は無い。」
 と答えたのでここにきてようやく俺はほっと胸を撫で下ろすことが出来た。

 

「……涼宮ハルヒの所在地は……グラウンドの中心。」

 全速力で向かっている間、嫌な予感しかしなかった。普段なら忘れてしまっているが、グラウンドといえば俺が過去に飛んだ後に中学生のハルヒと共に意味不明な図形を描いた場所だ。しかもその正体が宇宙に向けたメッセージ、それも宇宙人のお墨付きだというものだった。勿論現在は綺麗に消されて本来の目的の為に日々使われている場所なのだが。それよりもそんなところから一歩も動かずにいるってことは…つまりハルヒが身動きの取れない何らかの状態に陥っていると考えられる。そう考えると頭がどうにかなりそうだった。

 

 上履きのままでグラウンドに着いてみると、長門の言うとおり確かにハルヒはそこにいた。身体を地面に横たわらせて。

 

 意識を失っているのだろうか。逸る気持ちを抑えきれずハルヒの元まで駆けていこうとする俺。…の腕を長門の手が掴む。
「長門?何故止める、早くハルヒを助けなくちゃならんだろう。」

 

 そう言うと長門はハルヒを指差し
「囮。」
 と一言だけ呟いた。指差す方をじっと見つめると、ハルヒの周りの空間が揺らいでいるように見える。
「なんなんだ、あれは。」

 

 

 

「……異端派。」

 

 

 

 ここで長門は初めて聞く単語の説明を自ら始めた。
「……情報統合思念体の多数存在する派閥に対立する一派。その実態はありとあらゆる異常な手段で情報爆発を発生させようと目論む危険分子。構成割合は他に比べて小さい。主流派と穏健派により行動を監視、制限されていたが、今回の件で全機能を一点に集中させなければならなくなった時に、最低限施してあった制限網を破ったと思われる。ちなみに朝倉涼子の一件も異端派の影響を受けての行動、という説も浮上している。」
 正直説明を受けても、あれがどんな悪影響を及ぼすものなのか、想像すらできない。何故なら俺は人間。しかも無能力。相手が人智を超えたもの
である時点で俺の頭脳は計算を止める。

 

「成る程、涼宮さんは我々を見捨てて閉鎖空間を発生させたのではなく、無意識のうちに発生させてしまった閉鎖空間に侵入した異端派により彼一人さえ呼び寄せる事が出来なかったのですね。」

 

「……そう。」
 古泉の語りを長門が肯定する。良かった、やっぱり俺の考えは正しかった。ハルヒはもう1年前のような自己中心的、排他的、猪突猛進的な性格を持ち合わせてはいない。……………多分。いや、だがもしそうであるならば今日なんて一日すら、まずやって来なかったはずだ。
 とりあえずは一安心した。…しかし。

 

「だったらその異端派って奴は何のために閉鎖空間に入り込んだんだ?」

 

「僕もそこが疑問なんですよ。それに情報統合思念体とはいえ、この空間にはまず侵入する事が出来ないはずですが。」
 俺と古泉の質問に長門は簡単にこう答えた。

 

「涼宮ハルヒに細胞レベルで一体化していた為に容易に侵入可能。異端派はその程度の規模。ただしその場合、自己の能力全てを情報書き換えに廻さなければならなくなる為に他の動作が行えない。だからこそ今、涼宮ハルヒの体内から自己を切り離そうとしている。現在彼女の身体に刺激を与えるのは危険。」
 そうなのか…。クソッ、こうして指を銜えて眺める事しか出来ないとは。諸悪の根源が今すぐそこにいるって言うのに。
「もう一つの質問の答え、異端派が閉鎖空間内で何を成そうとしていたかについて。私という存在に与えられた演算機構をフル稼働させてシミュレートして得られた、一番可能性の高いものを抽出。
──異端派はこの空間を最大まで拡大させて定着させた後、原初の時空と入れ替えるつもりだと推測。その後唯一の情報統合思念体として君臨し、涼宮ハルヒの力を用いてその他の時空を消滅させるはず。」

 

 早い話が、新世界創造って事か。成る程、異常な事この上ない手段だな。しかしおいそれと俺達の住む世界を譲ってやるものか。ハルヒを異端派なんぞにくれてやるものか。

 

「ハルヒ!目を覚ませ!!俺達と一緒に帰るぞ!!!」
 身体に物理的な刺激を与えなければいいのなら、この、叫んで呼びかける方法しか残されていない。そしてそれは同時に、この場面で考えられる最良の解決方法だろう。
「一度じゃ駄目か。…なら何度でも叫んでやるさ、目を覚ませハルヒ!!!」

 

 

 

「叫ぶのを止めて頂けませんか?キョン君。…私達にとって不都合極まりないものですから。」

 

 

 

 横たわるハルヒの周りで一際大きく空間が揺らいだ後、一人の人間がそこに現れた。…その人物が誰であるかを、俺は知っている。

 

 朝比奈さん(大)、の偽者。

 

「だっ、誰か出てきましたよ!?キョン君、あの人のお知り合いなんですか??」
 それはもう良くご存知ですよ。…本物であるなら、だが。
「誰、なんて失礼ですよ。過去の私さん。」 
 朝比奈さん(大)にそう答えられた朝比奈さん(小)は、ただただ驚き立ち竦んでいる。
「そんな事…そんな事ある訳が…」

 

「朝比奈さん、あれは別の世界の未来人です。騙されないでください!詳しく説明するとややこしいんですが、あれは確かに未来人なんですが、未来の朝比奈さんじゃないんです。」


「え?あ…そうですね、そうでした。仮に本物であったとしてもこんなところに現れるはずがありませんよね。」


 なんとか気を取り戻したようだ。
 偽者とはいえ朝比奈さん(大)を朝比奈さん(小)に認識させるのはタブーなはずだ。本来の朝比奈さん(大)があれほど接触を避けていたのだからこの場合もそれに倣うのが一番だろう。しかしなぜ、またも偽者がここに現れたんだ?一体何のために。

 

「我々、機関の知りえない方法でここを訪れる方がもう一人いたとは…よろしければお聞かせ願えませんか?その手段についてを。」
 無謀にも朝比奈さんの偽者に質問する古泉に、相手はこう答える。
「情報統合思念体の協力あっての手段です。私の細胞にもまた、彼らが極小単位で融合しているんです。涼宮さんに融合した思念体と私に融合した
思念体は同一ですから、涼宮さんがこの空間を作り出したときに最初からここにいられる形になりますね。」

 

「ご丁寧にどうも。」
 馬鹿正直にお礼を言っている場合か古泉。
「何らかの利益も無しに宇宙人と未来人がここへ侵入するはずがありません。涼宮さんは恐らく今日、過去数日間の記憶がなくなっている事に早い段階で気づいたのだと思われます。そのせいでこの閉鎖空間が生まれた…。しかしその全ては、あの異端派が人為的に起こしたものだった…。涼宮さんの記憶を引っ掻き回したのは異端派です。違いますか長門さん?」

 

「……違わない。」

 

 話は大体理解した。だが、その異端派も偽朝比奈さんも、ハルヒに新しい世界を作り出させて何をしたいんだ。

 

「……派閥はどうあれ、情報統合思念体の目的は自立進化の可能性を見つけること。この空間の定着によって世界を上書きしたところで、涼宮ハルヒの本質は変わらない。また同じ現在を、同じ未来を、同じ情報統合思念体を生み出すだけ。コピーを作ることと同義。だからこそあの人間がいる。」
 長門がそう答えると今度はこちら側の朝比奈さんが声をあげた。
「そんな…まさか!」

 

 朝比奈さんは数歩駆けて前に出て、偽朝比奈さんを見据える。
「あなたは…涼宮さんに “未来” を理解させるつもりですね!?私達が未来を過去に伝えるとどうなるか…別の未来の人とはいえそれくらい分かっ
ているでしょう!?」

 

「ええ、よーく理解していますよ。私達が悪戯に未来を公表してしまえば、この世界は時空矛盾により自己崩壊するでしょうね。
ただしそれは相手が世界の歯車である一般人類だった場合です。涼宮さんはこの世界の設計者であって歯車ではありませんから。彼女に対しては何ら危険な行為ではないのですよ。

それに、考えてもみて。常にこれから起こる未来を理解した涼宮さんが作る世界はそれは素晴らしいものになりますよ。情報統合思念体が喉から手が出るくらい欲している情報爆発だっていくらでも発生します。」

 

「それが…異端派との契約?」
 長門を見ると少し眉が釣り上がっている様に見えた。長門の怒りの表れは俺の心を安心させた。何故なら、こんな極めて悪質な手段で情報爆発を見たいと思っていないってことが分かったからだ。

 

「そう。私が住む時空に存在する異端派が協力してくれたの。簡単に言えば世界を面白おかしくしよう、ってね。私自身、何も起こらない世界を調査するだけの毎日に飽きたんですよ。キョン君。」
 何故そこで俺の名を。
「涼宮さんは新生世界にあなたがいないことを知れば、必ずあなたを新しく創り出すでしょう。それでも問題は無いんだけど、どうせならあなたが最初からいてくれた方が彼女に負担が無いわ。だからあなただけは私達の世界に連れて行ってあげようと決めていたの。どうかしら?今からでも遅くは無いです。私達と一緒に行きませんか?」

 

 ふざけている。俺をハルヒの精神安定剤目的で連れていくだって?俺達の世界を捨て去るだって?俺の意思もへったくれも無いじゃないか、その答えはたった一言で充分だ。
 い・や・だ・ね。

 

「そうですか。では私達はこれで出発するとします、さようなら。」
 と言い終わると同時に長門が瞬時に間合いを詰めに行った。
「させない。」

 

 血気盛んに飛び出して行って偽朝比奈さんを組み伏せたまでは良かったが、その後長門の顔色が急変した。苦悶の表情が見て取れ、偽朝比奈さんを捕まえていた腕は緩み、最後には地面に顔を着けた状態となってしまったのだ。一体長門に何を。

 

「何の対策も立てずにここに来ると思いますか?私の協力者は異端派ですよ?あなたを無力化する術は全て知ってます。流石にこんなに大勢で来るとは予想外でしたが、それでも充分に逆襲可能な計算です。そこの超能力者君も、手を出さないのが賢明ですよ。私も加減できるか心配ですから。」

 

「成る程、そのようですね。あなたは長門さんと同等の力を備えている訳ですから、僕なんかが手を出しても無駄のようです。
涼宮さんを神人から遠く離れた場所に運んできたのも機関の大人数を相手にしないようにする為なのでしょうね。
…ただし、あなたの助言を聞き入れるのは普通の人間くらいでしょう。生憎、僕は普通じゃないんで…、ね。」
 そう言うと古泉は例の赤いオーラを見に纏い、真っ直ぐ偽朝比奈さんの方へ向かっていった。

 

 敵の発言はブラフでは無く、確かに言ったとおり人間離れした動きで古泉を迎撃する。古泉も負けじと猛攻を繰り返すが、やはり宇宙人的パワーを手に入れた未来人には赤ん坊のようにいなされる。どうにか俺もゼロに近い力で手助けしようとあれこれ模索してみたが、どの案も足を引っ張るだけのものにしかならない。そうやって隔靴掻痒の感に浸っているうちに、ついに古泉も地に伏してしまった。

 

 その時後ろから朝比奈さん(小)の大声が聞こえた。

 

「止めてえええ!!!」

 

 閉鎖空間内全てに響き渡るのではないかと思うくらいの大声がしたと同時に、なんと偽朝比奈さんの動きが止まったのだ。

 

「うう…何故…?何故あの子のTPDDのプレセデンスが私より上位なの…?こんなことが…あっていいはずが…。」

 

「……これが私達4人でなければならなかった理由…。」
 ゆっくり起き上がった長門に駆け寄る俺と朝比奈さんに、さらにこう説明を続けた。
「我々の時空から派生して出来た未来が創り出した物。本来創り出される物と内部構造に違いは無い。」

 

「で、でも私のにはこんな機能は許可されていません。なのにどうして…。」

 

「我々の未来側の対策。恐らく一時的という制約はあるものの、あなたの階級は今トップクラスレベル。同じ装置を持つ者に対して絶対的な権限を持つ。」

 

「ええと…それじゃ、試しに…。あの、しばらく眠っていてください。」
 するとどうだろう。偽朝比奈さんがまるで催眠術にかかったかのように突然倒れて眠りについたではないか。

 

「……涼宮ハルヒに融合した異端派も、半身が強制的に眠らされた事によって活動停止している。絶好の機会。これより体内から異端派の除去を行う。」
 そう言うと長門は倒れているハルヒの背中に掌を当て、例の高速言語を呟いた。以前、情報統合思念体は人間の目では視認出来ないと説明された覚えがあるが、今回は違った。禍々しい黒色の濃淡で斑状になったゼリーのような質感のものがハルヒの身体からずるりと流れ出る。
「……半物質化している為。」

 

 やがてハルヒにとり憑いていたと思われる異端派とやらは全てが完全に取り除かれ、偽朝比奈さんの隣に放られる。

 

「情報統合思念体より伝令。異端派の件を報告し、それを踏まえて時空面の解析を依頼して貰ったところ、時空集約もまた異端派の仕業ということが判明した。独自に作られたと思われる、時空切断面に見られた変数に特徴的な規則性を発見。逆利用して元々の時空に繋げ直している最中。全ては元通りになる。彼女を元の時空に戻し終えた後で。」
 長門はハルヒにしたように、偽朝比奈さんの身体からも異端派を取り除いた。そしてまた高速言語を唱えて、偽朝比奈さんを閉鎖空間から消した。

 

 しかしこれで全てが終わったわけでは無かった。取り除いた異端派が一つに固まり、まるで神人の縮小版のような出で立ちで俺達の前に立ち塞がったのだ。…最後の足掻き、とでも言おうか。

 

 何かを話すように口元が動く。しかし音声は無い。それに逐一長門が答える。

 

「──────────。」

 

「無駄。あなたの全機能は私が壊した。」

 

「───────!」

 

「あなたが考えている再発は起こり得ない。何故なら時空切断面にそれぞれの時空に存在する情報統合思念体に向けたメッセージを添付して元に戻したから。全ての時空において存在するあなたを処分するように、と。」

 

「───────────────!!───!!!」

 

「勿論あなたも例外ではない。この場で完全消滅させる。」

 

 激しく身を振るわせた異端派の物体が、両腕で攻撃を仕掛けようとしたところを古泉がいつか見た神人狩りの要領で切り裂いていく。
「これが超能力者の力です、舐めないで頂きたいものですね。」
 と容赦なく細切れにしていった。

 

 完全に戦意を喪失した異端派に長門がトドメの高速呪文で塵に変えていく。

 

 

 

 こうして、ようやく戦いは終わりを迎えた。

 

「そうだ、ハルヒはどうなった?」
 倒れたままのハルヒの身体を抱き寄せてみる。何度も呼んでみるが返事が一切返ってこない。このまま意識を失ったままってことには…。いいや、そんな事があってたまるか。

 

 こうなれば手段を選んでいる場合じゃない。最終手段でとっておきの手段を今ここで使わないでどこで使う?

 

 

 

「おい、ハルヒ。ジョン・スミスが助けに来たぞ!」

 

 

 

「ん…?キョン……?」
 微かにそう聞こえた気がした。

 

 

 

 気がつくと俺は自分の教室にいた。どうやら朝のホームルームの最中のようだ。まるで寝起き直後のような感じで実感が沸かないが、俺達は元の世界に戻ってこれたらしい。ハルヒは無事かって?それは聞くまでも無い事だ。

 

「あれ…?ジョン・スミスは…?」
 という聞きなれた声がした後
「涼宮。ホームルームも立派な授業の一つだ。熟睡して海外旅行の夢を見る為に用意された時間と勘違いするな。」
 と言う担任・岡部の声が真後ろから聞こえてきたからだ。

 

 教卓に戻った岡部のくだらない話を聞いていると、どうにも初めて聞いた気がしない。そう思って黒板を眺めてみて驚いた。なんと今日は3日前になっているではないか。

 

 理由はなんとなくだが理解できた気がする。多分これもハルヒの願望だろう。記憶の存在しない3日間があるより、その3日間が無かった事にすればいい、とでも考えたんだろうな。

 

 適当に時間を見つけて古泉や長門、朝比奈さんと顔を会わせてみると、皆にも俺と同じ記憶が残っていた。それは同時に、あの出来事が白昼夢などでは無かったことを再認識させてくれる。

 

「いやぁ、貴重な体験をさせて頂きました。まさか一派といえど宇宙人の相手をする事になるとは。」
 と古泉は語る。俺もまさか宇宙人と未来人のコンビが世界制服を企んでいたなんて事、信じられない訳ではあるが…。

 

 手紙は本当に助けになった。文面が追加されていく最中は何だ、この変ちくりんな手紙は、と馬鹿にしていたが。長門がその答えから推理した結果、つまり4人全員で閉鎖空間に乗り込むって事が今回いかに重要だったかが思い起こされる。

 

 長門はあの手紙についてこう説明した。
「差出人は未来の貴方。ただしこの時空に無い未来。選ばれなかった未来の貴方は現在の貴方にヒントを与えた。答えを与えればたちまち異端派に見つかって破棄されてしまう為、文字情報を自己解凍プログラムに隠して送る事が最良だと考えた。しかしそれを学校に持ち込んだとき、涼宮ハルヒに潜んでいた異端派に気づかれてしまった。」

 

 成る程な。それで偽朝比奈さんが俺の前に現れて手紙をどうにかしようとした訳だ。
「危惧すべき点は完全に消えうせた。世界は正しく回っている。…3日前からのやり直しで。」

 

 ん?3日前に戻ったって事は、異端派を消し去ったのも未来に先延ばしになったってこと…じゃないのか?
「手落ちは無い。我々情報統合思念体は全ての時間平面上において同一。未来で消滅させた異端派は現在にも過去にも存在しない。」
 そっか。長門がそう言うなら安心するよ。

 

「3日前といえば朝比奈さん。あの日ハルヒに連れられてどこに行ってたんですか?」

 

「え…、あの…。…ご想像にお任せします…。」
 ふむ。どうせコスプレ衣装専門店か何かか。
「なんか涼宮さん、私を元気付けてくれようとしたみたいで。」
 そういえば朝比奈さん、あの日から未来との交信が出来なくなって最高に沈んでいたんだよな…。唯我独尊を擬人化したようなハルヒだが、意外に人のメンタル面に敏感だったりする。

 

 

 

 …ようやく手に入れた平和な日常だが、今日までに、いや今日から3日の間に起こった出来事は今になって疲労として俺に圧し掛かってくる。褒められる事でないのは充分承知だが、疲れを癒すため授業をサボって静かなところで一眠りするとしよう、と部室まで歩いている時に彼女は現れた。またもや、朝比奈さん(大)である。

 

 あまりにも突然の出現に身構えてしまう俺。ついさっき元の世界へ戻したはずの偽朝比奈さんがなぜここに、とたじろいでいると

「私は本物の朝比奈みくるです。ほら、証拠のホクロだってここにちゃんとありますよ?触ってペイントじゃないか確かめてみる?」
 なんて言うものだから、これは確かに偽者じゃないなとすぐに信用することが出来た。それにこんな廊下で顔を合わせて、長門が飛んでやってこな
いってことは100パーセント本物だろう。

 

 朝比奈さんは事の全てを俺に説明した。この事態に陥ると分かっていながら手が出せなかったのはそれが規定事項だったから、と。朝比奈さん(小)のTPDDとやらの階級にシンデレラマジックを掛けたのもそのためだ、と。手紙の存在についてすら教えなかったのは、長門が言った事がその全てだろう。

 

「最後にあなたに注意しておく事があって、今日は主にその為に来たんです。」
 朝比奈さん(大)は神妙な面持ちでこう続けた。
「これからの3日間は涼宮さんによって巻き戻された、空白の3日間です。それは未来さえ知り得ない空白の期間。充分に未来を改変させてしまう程の危険性を孕んでいます。私がここに来られた以上、私の出生までの未来は確保されているのでしょうけど、その後未来がどう変わるのかは把握できません。ですからキョン君。これから3日間だけは充分注意して行動してくださいね。」

 

 挨拶もそこそこに朝比奈さん(大)は廊下から去っていった。やれやれ。全て解決したように決め付けていたが、そんなのは俺の思い込みだけだったようだ。ここで時間を浪費するような馬鹿な事は止めておこう。

 

 帰ろう、教室に。

 

 

 

 腹痛などの理由をつけて席に戻ればいいやと意を決して教室のドアを開けるとなんとタイミングのいいことだろうか、その時間は自習になっていた。急いで戻ってきた労力が水の泡だ。教室に入るなりやってきて無駄なボケをかましてくる谷口や国木田を適当にあしらい、毎日腰を置いている俺の席を目指す。そこで目に入ったもの

 

 それはチラシの下書きを一心不乱に作り続けるハルヒの姿だった。でもって、ハルヒが次に言う事は既に分かっている。…こうだろ?

 

「暇なら少しは手伝いなさいよね!団長1人に仕事をさせるなんてもってのほかよ!」

 

 多分、ここでハルヒを手伝う事が俺のこの世界での規定事項なのだろう。

 

 どこにも確証はないが、俺はこれからの3日間を無事乗り切られるような気がする。こうしてハルヒと共にチラシ作りに精を出して、食堂で長門とメシを食って、古泉のムカつくニヤケ顔を目にして、部室で朝比奈さんの新コスプレを目に焼き付けて。SOS団の日常は一般人の日常とは常軌を逸したものだが、この非日常が日常となった毎日が続く限り、世界が無くなってしまうような事はないだろう。

 

 学校帰りの途中、俺はハルヒにこんな事を聞いてみた。
「なぁハルヒ、朝寝言で言ってたジョン・スミスって何者なんだ?」
 その正体を知っている俺にしてみれば、こんな質問をすることは不毛な事この上ないものなのだが。

 

 ハルヒはこう答えた。

 

 

 

「んー?そうね…、ヒーロー、かしら。夢の中ではね。」


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